● そのエリューションが形をなした時、『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア(nBNE001000)はお腹を抱えて、目の端に涙を浮かべるくらい笑ったという。 「あはははー! やだもーこれ全然似てないじゃないですかー!」 ● ん? 来たか。 いいか、今日はよーくリスントゥミーだ。 お前たちも聞いたかな。 塔の魔女から、パーティーのお誘いがあったってことは。 もっとも、会場はこちらで探せとのお達しでね――無作法なレディだと思わないか? まあともかく。 俺たちだって『賢者の石』を手に入れたんだ。カレイドシステムの強化も順調。 万華鏡の目は俺(ワンダリングキャット)に戦場(ダンスホール)を教えてくれたよ。 ……そんなに急くなよ。俺だって好きで焦らしてるわけじゃあないのさ。 場所は、神奈川、横浜。三ツ池公園。この地に、特異点が現れる。 崩界の加速(アクセルが踏み込まれたの)は、こいつのせいみたいだな。 奴らはここで、儀式を行うつもりらしい――洒落にならない光景(シーン)だぜ。 とんでもなく大きな穴が開く様子と、赤い月が浮かぶ様を、この俺の目(キャッツアイ)がしかと見た。 大規模な崩界(カタストロフ)が起きる時に空に浮かぶ、血の色の月(ブラッディムーン)、赤い夜。 ――そうだ。こいつが『バロックナイト』だ。 この公園だが、残念ながら既にジャック側の戦力が配置されている。 何度か顔を合わせたことのあるあっちの精鋭たち、バロックナイトに賛同する他のフィクサード、魔女の作り出したエリューション……ま、そんなところだな。 公園近辺の住民は念の為避難させたし、封鎖態勢も整えたんだが――見てくれ、この地図。 真ん中に橋があるだろ? この橋を挟んで南北に、ジャックたちがいる。 さらにはこの真南の正門は、敵戦力の厚さから言って事実上封鎖状態。 迎撃態勢(パトリオット)は万全(パーフェクト)ってわけだ、向こうからすればね。 さて、順番に行こう。 敵は堅牢、だが儀式阻止のためにはタイム・イズ・マネー。 この事態に、こっちが取るべき手段は何か? ――陽動と奇襲だ。 まずは陽動。 これについてはアークの戦力以外にも、蝮原たちが協力を申し出てくれたそうだよ。 セバスチャンもそっちに行くって言ってたかな。 そこで騒ぎを起こしている隙に、この他の門から潜入(スニーキング)してもらうことになる。 ……しかし、やっぱり最大のプロブレムはバロックナイツだな。 アークとしての最善は当然、ジャックを撃破して、儀式をブレイク。穴を開けさせないことだ。 なんせあのジャックといえども、こっちがゲットした分の賢者の石の影響は大きいらしいじゃないか。 儀式への集中が必要なせいで弱体化するって話だしな――塔の魔女の話を信じるなら、だが。 まったく無茶な話だよ。 やつを倒せ、だが奴が倒れても儀式が成立するようになるまでは、こっちに手を貸す心算はない。 それが魔女の言い分だってんだから。 何って言ったっけ? ああ、『無限回廊』か。 空間をおかしな形に歪める特殊な陣地……時間を掛ければ攻略法を見つける事もできるかも知れないが、あまり現実的な話じゃないな。魔女に解除させるか、それとも、倒してでも押し通るか……。 ん? ああ、すまない。今はそっちの話じゃなかったな。 どういう方法を取るにしても、重要なことがある。 それは攻め込む(アタックする)ことだ。 敵戦力を削って戦線を押し上げていかないと、最悪、敵軍の中で孤立するなんてこともあり得る。 後宮派の戦意は高いし、そいつらのほとんどはジャックとシンヤに忠実だ。 その上シンヤはアシュレイを疑っているようだな。準備は万端、オールグリーン。 ……まったく、不利な戦いだよ。 だが、勝ってくれ。 お前たちなら、無茶な話じゃないはずさ。そうだろ? リベリスタ。 ● 長くなった『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の説明を聞きながら、リベリスタは書類に目を落とす。 記載されているのは、エリューション・フォース。 「なあ、これって……」 「ああ、多分思ってるとおりだ」 にやりと笑いながら書類を指ではじき、伸暁は続ける。 「あのTV放送を見た人間の頭に残った『猟奇殺人犯・ジャック』のイメージ。 どうやらそれをアシュレイがE・フォースにしたもの、らしいな」 イメージ。 または想像力。 それは恐ろしいものだ。 何も無いところに怪物を作り出し、見聞きした怪物の話を更に恐ろしい物にまで持ち上げることすらある。 特にジャックに関しては、世間一般の人々が知る情報もほとんどない。 突然現れた、殺人事件ショーの司会だったということ以外は。 「その結果がこれということらしい。……まったく、全然似てないじゃないか」 伸暁の感想は、奇しくも魔女と同じものだった。 ● 3体のジャックは赤い月の下を走る。 南門から襲撃に来た一団があるとの報を受けて。 「テメェ等に最高のショーを見せてやる。俺の伝説を見せてやる。参加させてやる!」 一体は、外見こそ似ていたが、隠し切れない小物臭さを持っていた。 おそらくは、チンピラのような形でしか、裏の社会に関わることのなかった人々の持ったイメージ。 「本能に覚醒してみせやがれ! さあ――さあ、パーティの始まりだぜ!」 一体は、顎の尖った美男子。ある意味ではもっとも本物に似ていたかも知れない。 猟奇的なモノ、危険なモノに心惹かれる――いわゆる厨二病だろうか。 そういったイメージを持った人々の、崇拝やあこがれにも似た感情から出来上がったイメージ。 「良く聞け、猿共! 俺は、ジャック・ザ・リッパーだ!」 そして一体は、これはいったいどうしたものか。 人々の、恐れないための自衛策だったのか、それとも何か歪んだイメージを抽出してしまったのか。 リーダー然として振る舞うそれは、三頭身の幼女だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月20日(火)23:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 水面が赤い月の光を跳ね返す。 如何なる偶然か、この逢瀬の場に視界を遮るものはなく。 ――だからだろうか。 気がついたのも足を止めたのも、どちらもほぼ同時だった。 この先には、南門がある。 リベリスタ・フィクサードが入り乱れているだろうそこに、こいつらを向かわせる訳にはいかない。 ――いや、そもそも。 「やーやー! われこそは! ……わたしっ幼女じゃないのです! 中学三年生です! そしてゆーしゃなのです! ここは絶対まかりとーるのです!」 頭の上に王冠を揺らし、『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)が吠えた。 にやりと笑い、幼女ジャックが声を上げる。 「俺様達!やっちまえー!」 ● 『天翔る幼き蒼狼』宮藤・玲(BNE001008)が、陣頭指揮を取った幼女に向けて駆け、破壊的な気を叩きこむ。 「やだっ! 可愛い!」 殴りながら何を胸キュンしてるんですか。 そのトキメキが災いしたか、幼女の腕をかすめただけの掌打には本来の威力があったようには見えない。 「いってーな! 何しやがる!」 幼女が痣になった腕を払いながら唸る。 防護を無視する土砕掌の一撃は、それでも決して軽くはないようだ。 ――どうせなら防護を砕いてくれればいいのにと、玲は自分の掌をちらりと見て考える。 それを隙と見たのか、髪をかきあげながらイケメンジャックが玲に肉薄した。 「全国の雌猿共、俺様の最高のショーで魅せてやるぜ!」 ナイフの閃きが、二筋。目にも留まらぬ速さで繰り出されて玲を襲う。 「当たらないよ!」 狼の耳をぴくりと揺らし、玲はあっかんべ、をした。 「……どうしてこうなりましたか」 呆れた声を隠し切れない様子の浅倉 貴志(BNE002656)が、最初に玲が狙った幼女を追撃し、雪崩を思わせる投げで地面へと叩きつける。幼女ジャックが、くらくらするのか頭を振るさまを見て、効果の程を確認し――貴志は自分の首から鮮血が吹き出すのを見た。 投げた間に、チンピラジャックが彼の背後に回っていたのだ。 「ヘヘッヘッヘ! どうよ、痛いだろ!」 ナイフについた赤い色を舐め取る仕草まで、本物を真似つつもどこか小物臭い。 ――しかし、威力と痛みは決して偽物ではなかった。 毒が塗られたジャマダハルを振り回し、幻惑を生む武技でイケメンジャックを翻弄しながら『新米倉庫管理人』ジェスター・ラスール(BNE000355)はため息を吐く。 「チンピラはうん、イケメンもまあ分からなくもないっすけど…… 何で女の子……しかも3頭身なんすか……」 続けて、人の心って分からないっすね……と呟く。 その後方で、『銀猫危機一髪』 桐咲 翠華(BNE002743)が頷く。 「そんなもの(幼女)が出てくる程度には、世間は平和とも言えるのかも知れないわね? ――見た目だけの『伝説』は、すぐに終わらせてあげるわね」 見得を切る翠華の、その身にまとう威風。まがい物にはまけぬと言う自信が、そこにはあった。 「みんなが想像したジャックなのです! 私の想像は! 横綱ジャックだったのです! でもなんと!? 全然違ったのです!」 横綱と聞いて、数人の脳内を化粧まわしをつけたジャックのイメージが過り――そのイメージが選ばれなくてよかった、と少しほっとする。その周囲の空気を知ってか知らずか闘気を漲らせるイーリス。 「あやまったいめーじを、みだりにるふしてはいけないのです!」 君が言うな。 その瞬間、廻しジャックを想像してしまった数人の脳内で一斉にツッコミが入ったことは間違いない。 一瞬毒気を抜かれていたチンピラジャック――多分想像しちゃったのだろう――が正気に返り、ナイフをイーリスに向けて怒鳴り散らした。 「うるせえ! キーキー鳴くな雌猿が……!?」 チンピラが言葉に詰まる。『鉄腕ガキ大将』鯨塚 モヨタ(BNE000872)が、一気に自分の間合いに飛び込んできたのだ。顔がよく見える距離で、少年はにっと笑ってみせる。 「見た目は似てたってお前みたいなチンピラなんてちーっとも怖くないぜ、とことんぶった斬ってやる!」 「今度は餓鬼猿が来やがったな、あァん!?」 モヨタはあの放送を見た時、「圧倒的な強さの、おっかない殺人鬼」に、ただただ恐怖と無力を感じることしかできなかった。――もっとも、それを感じ取れたことそのものがリベリスタとしての強さだと、未だ幼い彼にはピンと来ていないのかも知れない。 モヨタとチンピラジャックは、睨み合いながら闘志を奮い立たせる。 ――参考までに。モヨタがこの時身にまとっているのは、白いうさぎの着ぐるみである。参考までに。 更に後方、僅かに上空。羽ばたきながら、『雇われ遊撃少女』 宮代・久嶺(BNE002940)が頭部狙いの銃撃を幼女に浴びせる。立て続けに、2発。命中を確認し、スコープから目を離す。 「あのイケメン、伸暁になんとなく似てる気が……」 気のせいです。たぶん。 重ねられる手傷に、鋭くも愛らしい造形の顔をしかめて幼女が吐き捨てた。 「……チッ、ババアが粋がりやがって!」 「誰がババァよ! アタシはまだ11歳よ!?」 久嶺がムキになって返す――ところでこのチーム、おおよそ半分が外見10~11歳だったりする。 これでババアだったら、一体世の中どうなってしまうというのか。 外見10歳中身は最年長の『嘘つきピーターパン』冷泉・咲夜(BNE003164)がこほんと咳払いをしながら結界を張る符に気を通し、守護をリベリスタ達に行き渡らせる。 「みな、無理は禁物じゃぞ。前に出ること叶わぬのじゃ……これ位は支援させて欲しい」 「助かる! ――おうし、気合入れるか!」 己の掌を拳でひとつ打ち、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)がチンピラジャックと貴志の間に立ちはだかり――貴志の怪我が意外に酷いのを見て、癒しの微風をまず呼び出す。 「邪魔ものになる事は間違いないでしょうし、ここで排除させてもらいましょう。 さて……あなた達の攻撃すべて受けきって耐え抜いて見せますよ……」 眼鏡の奥に不敵な表情を浮かべ、『絶対鉄壁』ヘクス・ピヨン(BNE002689)が全身に光輝くオーラを纏う。 ヘクスはできるならイケメンジャックのスカした顔に飛びかかってやりたいと考えていたが、それではどっちつかずになるだけだ。 集中攻撃に、幼女ジャックは既に傷が多い。 軽く涙目。ていうか今にも泣きそう。 「猿共が、よくもやってくれるじゃねえか!」 しゃくりあげる寸前で、しかしセリフだけは通常運転。 うわーん、とか言い出しそうな様子で玲に殴りかかり――さっき受けたのと同じ技でお返しする。 「わあっ!?」 身のこなしも遅く、何かとトロそうな印象の幼女だったが、しかし腐ってもジャックのイメージから生まれたということなのだろうか。 叩きつけられた、芯から響く掌打に玲の体が悲鳴を上げる。 「……思ったより厄介かもしれないね……」 一瞬だけふにゃりと下がった耳をまっすぐに幼女に向け、玲が唸った。 ● 「早くここを倒して次に行かなきゃ……!」 更にお返しとばかり玲が掌打を狙うも、幼女は再び腕に当てさせて体への直撃を避ける。 目の前に居るジェスターや自分を狙おうとしているヘクスを見て、イケメンは顎に手を当てた。 「ガキは刻み甲斐がねえしな」 言うやいなや、近くの街灯や木を蹴る。――ジャック・ザ・リッパーは女を狙うもの。それは『ジャック』ではなく、ただロンドンの殺人鬼という物語を聞いてきた人々に植えつけられていたイメージ。 その物語の影響を最も強く受けているのが『イケメン』だったのは、当然とも言えた。彼の好みにもっとも近いのは――この中では、翠華だったのだ。 突然の強襲に、しかし翠華も決して不意を打たれることはないが、しかし。 「姿だけ真似ても……本物には敵わないわよ?」 近すぎる距離に、ぱたりと不快そうに揺れる彼女の尻尾。 「言ってくれる。本物に会ったこともないんだろ?」 しゃっ、と切り裂かれる胸元。 「桐咲さん!」 貴志が鋭く声を上げながら、幼女に再び大雪崩落をかける。 「チッ……俺様があっち行きやがった。俺様の相手は、男だけかよ」 一人称も三人称も『俺様』である彼らの、彼我を指す言葉は判別がつきにくい。 しかし目の前にいるモヨタには、チンピラジャックが誰を当面の獲物と決めたのかが判った。 ――モヨタ自身だ。 そう気がついた瞬間には、チンピラが彼のう背後に回り込んでいた。 「あぐっ!?」 うさぎの着ぐるみの白い毛が、赤く染まる。 「おおおおおっ!!」 幻影剣を再度繰り出し、ジェスターがイケメンジャックを追撃する。 移動は遮れても、どこをどう足場にして跳躍するのかわからないソードエアリアルを防ぐことまではできない以上――抑えである自分が、相手にとって脅威であると思わせなければならない。 イケメンはジェスターのことなど興味がないといった様子で、その攻撃を鬱陶しそうに避けてみせる。 「――ふッ!」 傷の痛みを堪えながら、翠華は幼女に向けて借り物のナイフを驚くほどの速さで投げつける。 だが、幼女ジャックはそれを鼻で笑って腕で弾いた。 「そんなの、あたるわけがないだろうが!」 「どーーん! すーぱーいーりすなのです!」 高飛車な表情の幼女に、雄叫びを上げながらイーリスが突撃する。 己への反動も気にかけぬ、雷を纏った一撃。その直撃を受けた幼女が舌打ちした。 「こいつはっ! 指揮官! なので! さいしょから! 全力全開なのです! それに! 私のほうがおねーさんです! ばばーん!」 ばばーん。 「ヒグ、おべは、ジャッグ・ジャ・リッビャーだ! ジャ……ジャッグ・ジャ・ビィッビャびゃあ!!」 何が怖かったのか、それとも単に痛みの故か。幼女はついに、決壊したように泣き出してしまった。 その泣きっ面に蜂とばかり、久嶺がヘッドショットキルを重ねる。 モヨタはさっと周囲を伺うと不調を癒す光を放ち、彼自身と貴志の、未だ血が流れていた傷口を塞ぐ。 「わしが担おう」 咲夜が傷癒の符の力を翠華に向けて開放し、言葉をかける。 その言葉を肯定するかのように、エルヴィンの呼びかけに答えた福音が彼女らの怪我を更に癒していく。 イケメンに牙を立ててやろうとしたヘクスだったがそれは容易に躱されて、僅かに苛立ちを隠せない。 「おべざまがあ! ごどじでびゃぶううう!!」 さっきから泣き止むことなくえぐえぐ言ってる幼女は、正直何を言ってるのかわからなくなりつつある。 しかし威力や精度は相変わらずのままで――泣きながら駄々っ子のように手をグルグルと振り回し、イーリスに掌打を思い切り真正面から叩き込んだ。 「うぐぐぐぐ……」 あまりにも綺麗に入ったその一撃に、イーリスの体の自由が奪われた。 ● ほぼ同じ様な戦闘がしばらく続いた。 リベリスタたちは幼女に集中して攻撃を重ね、ジャックたちは各々好き勝手に攻撃を続けた。 イケメンは翠華を執拗に狙い、チンピラはモヨタを刻み続ける。幼女はその時々で一番近い相手に土砕掌を繰り返したのだ。 もしもジャックたちが、リベリスタたち同様に一人の相手に攻撃を集中していたら、下手をすれば戦列はあっという間に瓦解していたかも知れなかったが――ジェスターがイケメンを抑え、モヨタが常にチンピラの前に立ち続けたことが、功を奏したのかも知れない。 もしくは、ジャックたちにそもそも共闘するという概念がなかったか――所詮まがい物にすぎなかったのか。 だが、永遠にそのままであるということはない。 リベリスタたちの回復も徐々に追いつかなくなっていき――しかし、それはそもそも回復手段を持っていないジャックたちにとっては、もっと大きな問題だった。 そして、ついに。 ──からん。 幼女ジャックがいた筈の所に残ったのは、地に落ち乾いた音を立てるナイフが一本。 「まぁ、こんな奴相手に負ける訳には行かないわね?」 膠着を脱したのだと悟った翠華が、額の汗を拭いもせずに口の端を歪め、そう嘯く。 「次はイケメン! いかにイケメンでも! にせものなのです! これをたおせずして、いかにジャックに勝つのか! 負けられぬ戦なのです!」 僅かな間だけ標的が消えたことにきょとんとした表情を浮かべたイーリスが、慌ててヒンメルン・レーヴェを構え直す。 久嶺もまた、ライフルのスコープを慌てて覗き直し、銃弾に不可視の殺意を込めて撃ち出す。 「――ちッ」 イケメンジャックの小さな舌打ちには、確実な焦りが込められていた。 もっとも――幼女ジャックを倒したといえ、リベリスタたちの状態が整っているわけではない。 不調を訴える数名を確認し、モヨタは繰り返しブレイクフィアーを放ち続けていた。 チンピラジャックがそれを見て、鼻にシワを寄せる。 「ピカピカ光りやがって!」 イライラとした吐き捨ても、彼にしてみれば仕方がない。 チンピラは、ずっと目の前にいるモヨタを刻み続けているというのに。 「すまぬ……苦しいじゃろうが、堪え時じゃ。すぐに援護する、もう暫し頑張るのじゃ」 しかしそれを、咲夜とエルヴィンが癒し続けているのだ。 モヨタと、イケメンに狙われ続ける翠華の怪我を。 ヘクスはちらりとその様子を見て、再びイケメンジャックに飛び掛かる。防御に長けた彼女ではあるが、攻撃を己に惹きつけようと考えたのか吸血を狙い続けているのだ。 今はその場に、気力を切らしてやはり吸血を狙う貴志もいる。 掴みかかってきたヘクスをひらりと避けたイケメンに、玲の掌打が打ち込まれた。 しかし――『ジャック』はその整った顔に歪んだ笑みを浮かべる。 「俺様を俺様と一緒にしない事だな」 相変わらずわかりにくいが、どうやらこう言いたいらしい。――幼女よりはるかに、回避が得意だ、と。 土砕掌の効きが悪いことに顔を曇らせる玲を尻目に、再びイケメンジャックは翠華へ向かってソードエアリアルを繰り出す。――殺人鬼は獲物に執着するもの、という先入観でも入り込んでいるのだろう。 翠華は迫るナイフを投げナイフで弾いたが、そろそろ限界だと、口にはせずともその表情が訴えている。 ――敵が一人欠けたとはいえ、油断はまだ出来ない。 ジェスターがそう考えた刹那、赤い飛沫が暗い戦場を舞った。 振り返り、息を呑む。モヨタの首筋が深く切られ、先と同じようにそこから赤い血が流れ出している。 先刻と違うのは、その少年の姿が力なく地に伏したということ――。 「ようやく女子供を切り刻めるってことだな!」 自分の一撃に惚れ惚れしたとでもいいたげにまたナイフを舐める、チンピラジャック。 モヨタの体を蹴り飛ばし、誰を狙おうかとぐるりと周囲を見回し――その顔が歪む。 「こんなできそこないごときにやられてたまるか!」 運命を燃やして立ち上がったその姿に、困惑したのだ。 「て、てめえ!? 確かに仕留めた筈だぞ……!?」 どこまでも小物臭いセリフを吐きながら、チンピラはナイフを構え直す。 苦戦には違いないが――もうしばらくは、耐えてくれるだろう。 「――っぅおおありゃああ!!」 ジェスターはその少年の小さな背中にひとつ頷くと高く跳躍し、イケメンジャックに強襲した。 ● 翠華はイケメンジャックに向けてナイフを投げつける。 「情熱的じゃあないか。さあ、愛し合おうぜベイビイ」 やたら嬉しそうな『ジャック』の顔には、何故か喜色が滲んでいる。 並の人間ならその気色悪さに引いてしまいそうなところだが――爆裂元気娘は平気だった。 「きっとひとりだけでは、むりなのです! そこで! リベリスタ友情ぱわー! ちからこそぱわーなのです!」 「オイラたちにゃまだやるべきことがあるんだ、こんなとこで立ち止まってなんかいられっかよ!」 オーラを雷気へと変換させながら、イーリスが槍斧を振るい、重ねて。攻撃に転じたモヨタがその間合いに一気に踏み込んで気合と共に機煌剣・プロミネンサーブレードを炸裂させる。 流石に平気な顔では居られなかったイケメンジャックの頭部に、更に殺意の銃弾が撃ち込まれた。 「その綺麗な顔吹っ飛ばしてやるわ!」 久嶺の一撃である。 その間にも咲夜たちがモヨタと翠華へ治療を行い、ヘクスたちがイケメンジャックに牙を向ける。 いつしか、イケメンも満身創痍になっていた。 「――俺だけでは死なない、せめてお前だけでも道連れに――!」 今までよりはるかに切羽詰まった表情で、翠華に向けナイフを突き立てようとしたイケメンに、 「させるもんかああ!」 距離があった玲が蹴り放った真空の刃が、その体を裂いた。 しかし、上半身と下半身が半分しかつながっていないような状態で、彼はずりずりと翠華に這いよる。 「続きは……地獄で……」 ナイフを構えた翠華の前で、その言葉を残し、イケメンジャックは消滅する。 「顔は良くても、性格サイアクよ……冗談じゃないわよ」 翠華の言葉はつれなく、しかし消えたモノには届きはしない。 チンピラジャックは、消えた『ジャック』に目を剥いた。 吸血を狙った二人を振り払い、反撃するかと思ったところだったのに。 周囲には、リベリスタたちが。 「ちんぴら! ふるぼっこなのです!」 「この小物は……なんか放っておいてもいい気がするけど」 「流石、愉快なジャック達なのじゃ。さぁ、もう少しその愉快なままわしと遊んで貰おうかのぅ?」 イーリスが、久嶺が、咲夜が。まずは言葉でチンピラジャックを追い詰める。 「……ハハハ! 一人になったから勝てる? それは群れねえと生きていけないお前達猿共の理屈だな! 俺様は違う、俺様はジャック・ザ・リッパー! 本能に覚醒した新しい王国の王ジャック様だ!! お前達なんか何百人いようが木偶も同じ! 死んだ俺達は弱かったのさ、俺様の王国に弱者はいらねえ……始末する手間が省けただけだぜ!」 突然、チンピラは笑い出すと、一息にそう叫び始めた。 ナイフをざっとふりまわし、威嚇しながら、まだ言葉を続ける。 「良いだろう、まとめてかかって来いよ! 猿が何匹群れようと猿でしかねえって事を、この俺様が特別に教えてやる。 伝説をその身に刻みなぁっ!」 そして彼は飛び掛かる――ヘクスに。 がきり。 異音がなった。 「俺のナイフが入らない……だとぉ……!?」 ナイフと首の間にがっちりと挟まれたのは彼女愛用の、鉄鍍の盾扉である。 「……これで終わりですか? 伝説は。 砕くことも、ねじ伏せる事もできないんですね、この絶対鉄壁を」 ヘクスの声に、サディスティックな色がにじむ。 やれやれと言った雰囲気で、何が起こるのかと警戒していた他のリベリスタたちも武装を構え直す。 「そ、そんな馬鹿な! 俺様が!? このジャック様が!? 馬鹿な、ありえねえ。馬鹿なあああああ」 そして、微妙に情けない絶叫が上の池周辺に響き渡ったのであった。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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