●仲良しカイギ 落葉を待つばかりの木々や、丸裸の桜の間を、時折吹き抜ける風が冷たい。 冷え切った耳を山茶花の紅に彩るのは、そんな冬の風だけではない。 「気味のワりぃ奴だな」 本来澄み切っているはずの大気を、重い鎖の音と、生臭い息遣いが穢している。 数多の気配を孕む怱々とした夜の中で、彼等の頭上を染めるのは、赤い赤い歪みの月だった。 「おうアマ。酒瓶はどうしたよ」 ダークスーツに身を包んだ精悍な男が、沈黙を破った。 「ハッ。舐められたもんだぜ」 忌々しげに天を仰ぐ巫女装束の女は、問いに対して口を噤むばかりだ。 「こないだ俺等とやりあったときゃ、飲んでやがったなァ?」 彼等が参加する作戦は、とある重大な儀式の、言わば護衛だ。 この場を守るのは、ただの五名と一匹である。 だが、この広い三ツ池公園にどれほどのフィクサード達が犇めいているのか。 全容は『精鋭』たる彼等すら、把握はしていない。 「ずいぶんと御大層な布陣だな」 漸く呟かれた言葉は、重なる問いの答えではなかった。 「傭兵風情が、せいぜい見せてみろや」 「この場で、か?」 「あ? この間のケリぃつけっか?」 男が顎をあげ、女が艶やかに笑う。 「よせや」 「シンヤさんに怒られちまうってか」 「おッ! そりゃ怖いネ」 男達は、下卑た笑みを浮かべ、次々に火のついたままの煙草を湖面へと投げ捨てた。 「んじゃま。カイギと行こうや」 「カ、イ、ギ!」 一人の男の提案に、他の面々が一斉に笑う。一体何がそんなに可笑しみを誘うのだろう。 彼女は自分一人で十分だと思っている。 幾多の戦場を渡り歩き、血路を切り開いてきたこの腕、この刀さえあればいい。そう考えている。 だが、アシュレイと名乗る魔女が余計な施しを差し向けてきた。 それがこの生臭い化け物だ。 エリューションを自在に操る魔女のことなど、彼女はこれまで聞いたこともない。 それがいかほどの業によるのか等、想像すら出来なかった。きっと反吐が出る所業に違いない。 女――宮部茜が煽るように振り返った。 切れ長の瞳に映る湖面の様子は、ようとして知れない。 どうでもいい。心中で呟く。 乱暴に告げられる作戦の概略も、その耳には入らない。 戦いたい。彼女の心を支配するものは、ただのそれだけだった。 危険な運命は間近に迫っている。 この世界に大穴が開くらしい。 いいじゃないか。茜が唇を舐める。 きっと闘争に満ちた、地獄のような世界になるのだろう。 ――それならば。 この歪んだ月も。 脳が膿んだ野卑な男達も。 半人半馬の生臭い化け物も。 全て赦そうじゃないか。 これほどの酩酊があるならば、酒の一滴もいらない。 その前に、きっと箱舟の勇者達がやってくるのだろう。 彼女はもう一度肩を並べても良かったと思う。 だがこんな再開も、また一興ではなかろうか。 なにせ、まだ剣を交えてはいないのだから。 もっと。 戦いを。戦いを。戦いを。 とりあえず死線を。 ●なかよし会議 エレクトリックギターが奏でるのは、スチールの乾いた音だった。 「な。寂しいもんだろ?」 アルペジオを爪弾く『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は、俯いたままリベリスタ達に問いかけた。 相変わらず分かりづらい。 無機質なブリーフィングルームに余りに似つかわしくないギターには、エフェクターはおろか、アンプさえ繋がっていない。 この日、リベリスタ達は重要な話を聞くために、この部屋に来訪していた。 「で、結局の所どうなの?」 重要なのか、重要でないのか、測りかねる情報にリベリスタ達が問うのは当然のことだ。 「いつも通り。大変なことを万華鏡が感知したのさ」 大変、ね。 「あのジャック君と、おっぱいちゃんの事さ」 彼等の探知の難しさ、そしてあの魔女の目線は古い記憶ではない。 それを感知したと伸暁は告げた。 アークの万華鏡は、リベリスタ達が持ち帰った『賢者の石』の一部を使い、機能が強化されている。 それが功を奏したということか。 「残念だけど、先手は打てない」 なるほど。 そこまで出来たのであれば、それも責められないだろう。 「だけど一つ面白い情報があってね」 「面白い情報?」 「まあ、先にこれを見てよ」 伸暁は億劫そうに、くしゃくしゃの資料をデスクに放った。 神奈川県横浜市の三ツ池公園中心部で、バロックナイトが世界に大穴をこじ開けようとしている。 そしてそれを守る執拗なまでに分厚い布陣。資料はそういった内容だった。 「でね。この中の半分は、あのボインちゃんが教えてくれたのさ」 俄かに信じがたい情報だが、これまで気になる臭いがなかったわけでもない 「ま、シンプルな話だよ」 つまりは、リベリスタ達は迎え撃つバロックナイツの勢力を蹴散らし、ジャックの儀式を阻止しろと、そういう事なのだろう。 簡単に言ってくれるものである。 「沙織ちゃんの作成はこうさ」 完全に封鎖された正門を避け、セバスチャン、蝮原等の部隊を南門に配置して派手な陽動を行う。 リベリスタ達は西門、北門から突入するのだ そして公園の中心部に展開されたアシュレイの『無限回廊』を『対処』して本丸を攻め落とす。 「対処、さ」 それはアシュレイを倒すか。彼女が持ちかけてきたジャック暗殺の話に乗るか、ということだ。 兎も角、悩ましい難題はさておき、選べる状況を構築するためにも、まずは死線をくぐらなければならないというわけだ。 手始めの死線。 リベリスタ達の脳裏をよぎる言葉には、皮肉な笑みすら浮かぶ。 伸暁が前髪をかきあげる。 「心を揺らすには単音じゃあ物足りないだろ? お前達のハートビートで、熱いコードを刻んでくれよな」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月17日(土)23:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●遭遇三手去来 「ァ、ガッ」 瀟洒な銀の剣から放たれる闘気の茨が黒服の首を締め上げる。 「で、私を撃った人は誰よ?」 赤い月に照らされて昆虫のようにもがく男――仲谷の姿を尻目に、少女は冷然と言葉を紡いだ。 解き放たれた銀髪に彩られた頬はどこまでも丹精で、精巧なビスクドールを思わせる。 「てめアマぁッ!」 後宮派のエージェントである村尾は、少女の顔に見覚えがあった。 彼がかつて『賢者の石』を奪い合った小娘だ。 その時彼女ドレスでもなく。髪は無機質な黒い帽子に仕舞い込まれていた。俄かに気がつかなかったが、また現れるとは。 しかし彼女が物言わぬお人形さんでないことは、冷たい怒りに彩られたその瞳の輝きが明示していた。 『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)がドレスを僅かに翻す。幾重にも放たれる弾丸は、彼女の周囲を歪な月光に彩るだけだ。 意図せずして紙一重ではある。力量自体はフィクサード達が勝っているのだろう。 だが、交戦開始から受けた傷は、肩を塗らす僅かな赤い滲みだけだ。 逃げに徹しているわけでなければ、こんなもの、そう何度もあたるものではない。 「おっさん、あんたの相手は俺だぜ」 何時の間に肉薄していたのか。いずこともなく舞い降りた『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)は二対の刀で村尾の胸板を十字に切り裂く。 フィクサード達は、彼の気配をまるで感じ取ることが出来ていなかった。 村尾は咄嗟に凍夜への反撃を試みるが、確かに撃ち抜いたと思えた影は味方の仲谷だ。 「野郎ッ!」 初手の接触の手ごたえは上々だ。 村尾が振り返る間もなく凍夜は跳ぶ。 次の狙いは茜。更なる斬撃は、しかし凍夜の刃は目の前から突如掻き消えた茜の残像を斬り裂くのみだった。 中々どうして順調なままというわけにも行かない。 「あれが噂の宮部茜か……古風なバトルマニアとは結構なことだ」 リベリスタ達の目の前に立ちふさがる敵は、ただ単純に強い。 それで。だから何だと言うのだ。 「どこまでもシンプルな話だよね。守るか、失うか。二つに一つだからね」 リベリスタ達はなんとしてもここを突破して、公園の中心部にたどり着かねばならない。 前哨戦ごときで立ち止まるわけには行かない。ましてや倒れるわけには。だから。 (――越えましょう、この死線を) 肉体の限界まで反応速度を高めた『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)が、この死線最大の障害の一つである宮部茜の前に立ちふさがる。 直後、身に迫る神速の太刀に、彼女は抜き放たれた細身の片手半剣を走らせる。 「ほぅ……」 茜が目を細めた。間髪居れずに次々と襲い来る白刃を、リセリアは身を捻り、蒼く輝く剣を繰り出し、どうにか凌いでいく。 瞬く間の打ち合いは風圧さえ伴い、飛び散る火花が二人の頬を照らしあげた。 茜の戦闘力は、アーク屈指のソードミラージュであるリセリアさえも大きく上回っている。おそらく潜った修羅場の数は数倍であろう。 それでも茜の力は典型的なソードミラージュの枠に収まっていた。避けるほどには当てない、ということだ。 とは言え、この場でそれを体感出来るのは、おそらくリセリアただ一人であろう。それも耐える事に集中しての上である。 どうにか捌き切った安堵を打ち払うのは、重い打撃に痺れた腕だ。それに立っていた場所から三歩後退している。 長くは持たない。だから―― 「さあ始めようか!」 剣を下段後方に構えた『サマータイム』雪村・有紗(BNE000537)は、既に爆発的な闘気を身に纏っている。 「正義と悪なんていわない、ひっくり返したい者と守りたい者の正面対決ってやつをね!」 眼前には、もう一つの大きな障害。剥き出しの筋肉に、黒い蛇のような血管がのたうつ醜悪な化け物だ。 「大きな攻撃がくるです!!」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の叫びと重なるように、ナックラヴィーの巨大な腕が、臭気を伴う暴風と共になぎ払われた。 叩きつけられた凄まじい膂力に、有紗の踵が地を抉る。 急激に遠ざかる景色に、直後の肺の圧迫。吹き飛ばされ、背を樹木にでも叩きつけられたのだろう。 呼吸が覚束ない。 だが彼女には、その背を守る暖かな力がある。 「あたしが支えるですッ」 その言葉に裏打ちされた、確かなバックアップがあるのだ。ならばこの程度、まだ耐えられる。 視界から目標は決して外さない。醜悪の権化だけを見つめたまま、無言の決意を込めて有紗が駆ける。 理想を語るのは、勝利の後でいい。 ●蜘蛛糸死線 「さあ、ド派手にブチかますぜ!」 銃弾の嵐が、この公園中に張り巡らされた死線を凝縮したように網目を描く。 唐突に始まった遭遇戦は、瞬く間に血と硝煙に彩られていた。 八名のリベリスタ達が、この場で合流出来たのは偶然だろうか、それとも必然なのだろうか。 中の池のほとりであるこの戦域は、決戦の場へ赴く為に欠かせぬ要所である。 とはいえ、無駄な戦場など一つもないのだが…… リボルバーを構えた『影たる力』斜堂・影継(BNE000955)は常識を超えた速射で銃弾の雨を放った。 死の雨はフィクサード達に怪物をも巻き込み、次々に銃創を穿ってゆく。出現していた影のフィクサードも瞬く間に消滅した。 「野郎ッ!」 一気に詰め寄る石田の蹴りが大蛇のように荒れ狂う。 利き手の鎖鋸剣で辛うじて防いだ影継だったが、被るダメージ全ては流石に抑えきれない。 さらに、不吉な星の煌きを伴う呪符が襲いかかる。 敵フィクサード達の士気は高い。能力も強力だ。だが。 「癒すですよっ!」 『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)が癒しの術を投げかける。 出来ることならば、強力な剣士である茜と斬り結びたいところだが、敵が強力なら回復手は多いほうがいい。 リベリスタ達に求められる的確な連携は、手が広い彼女ならどうとでもこなすことが出来る。 反面フィクサード達はよほど自信があるのだろうか。チームワークに難があると言わざるを得ない。 短い間に影継が負った傷は浅くはないが、彼が目立ち、集中攻撃を受けることで、後衛に控えるそあらへの狙いは逸らすことが出来た。 「頑張って下さいです」 作戦の要である癒し手、そあらが可愛らしい苺を掲げる。 力強い波動は、傷を癒すのみならず、リベリスタ達の闘志さえも更に奮い立たせていった。 ほぼ同時に、身体の自由を回復した仲谷の左腕から、そあらと同種の光が放たれる。 リベリスタとフィクサード、双方の傷が瞬く間に癒えて行く。 仲谷も強力な癒し手ではある。しかしやはり、癒しの力はそあらが頭一つ抜けていた。傷が残ったのはフィクサード達だけだ。 「お主の相手は、わしじゃぞ」 石田を抑えるために『紫煙白影』四辻 迷子(BNE003063)が間に割り込む。 舌打ちする石田を流れる水のごとく巧妙なステップで翻弄しながら、放たれた真空の刃は手負いの仲谷に襲い掛かる。 傷が塞がり切らぬ仲谷の胸を、大気を切り裂く蹴撃が切り裂き、夥しい赤が飛び散る。勢い衰えぬ風に、縁なしの眼鏡が吹き飛んだ。 これで影継は敵全体を射線に収める為、退くことが出来るだろう。 彼には幾つかの選択がある。ナックラヴィーを池に叩き落そうと試みる有紗のバックアップと、敵全体に火力をたたきつける事だ。 状況に応じて策はいくらでもあるが、何れを行うにしても、身軽なほうが良い。 丁度その時、有紗の剣が銀の弧を描き、ナックラヴィーの巨体を強かに打ち据えた。 全身全霊の一撃はナックラヴィーを確かに捉え、踏みとどまろうと力を込める四足は、遂に地面を離れた。 「傑作だぜ。悪くない」 大きくひしゃげる柵は即座にはじけとび、水しぶきと共に、呪詛の咆哮が公園中にこだまする。 「このハイテク時代に、伝承に命を委ねるギャンブラーが八人も」 ナックラヴィーは怒り狂うと不治の病をばら撒くというが、死毒と呪いを癒せるそあらと光が居るならば、なぎ払われるよりもマシなのではないか。 リベリスタ達はそう考えた。水に落としたからといって、必ずしも怒り狂うとは限らない。 だから賭けといえば賭けである。結果は未知数だ。 剣を握る光の手の平に、じっとりと汗が滲む。 (でも、試すしかないのです) 突如、大きな水柱が吹き上がった。 ●狂騒死毒円舞 水中から飛び出し、柵にしがみつくナックラヴィーの口腔から、穢れた肉の塊が弾け飛ぶ。 リベリスタ達はステップを踏み、切り払い、避けようと試みるが、糾華、有紗、凍夜、影継、光、迷子に付着した。 直接的なダメージはない。だが直後、肉のカプセルから、鼻を突く臭気を帯びた禍々しい気体が噴出する。 月明かりの下にもはっきりと見て取れる紫の染みが、リベリスタ達の肌を覆っていく。 激しく咳込む有紗の口元を覆うマフラーをじっとりと塗らすのは、赤い血だ。 だが、何をされたとしても構うことはない。 有紗はもう一度剣を構え直す。何度でも叩き落してやる所存である。 「あのアマから潰せや!」 石田の怒号が指し示すのはそあらである。 彼女に届かぬフィクサード達は、次々に遠射程の打撃を試みる。 村尾が全身の力を解き放ち、生み出された赤い月が天空に浮かぶ月と重なった。 リベリスタを襲う不吉の波動に呼応するように、土橋が氷の雨を降らせる。 身体を突き刺す冷気の渦に、リベリスタ達の全身が悲鳴をあげる。 「終りだ、娘……ッ!」 さらに茜がリセリアに太刀を振りかぶる。 雷を纏う強烈な一撃を、リセリアはなおも剣で受け止めた。 少女の全身を貫く電撃は、しかし直撃ではない。 「小賢しいッ!」 茜は叩き付けた刀にそのまま全霊の力を込める。こすれた刃から火花が散る。 技にそれほどの差があるわけではないが、膂力は段違いだ。 それでもリセリアは退かない。退くわけにはいかない。彼女達の目指す『敵』は、この先に在るのだから。 フィクサード達の反撃はそこまでだった。 ナックラヴィーの行動を規定範囲に収めることが出来たのは、ひとまず第一の成果だろう。 「すっごく匂うです」 こんなに鼻がよかったろうか。 病魔の種から放たれる臭気は、そあらでなくとも顔をしかめざるを得ない。 リベリスタ達は治癒を光とそあらに託している。誰もが二人を信じている。 ここは死線である。難関である。 だがこんなものは、思い人と添い遂げるため、これから待ち受けるであろう困難の一つにすぎないのだ。 クリスマスが待っているのだ。さおりんとの聖なる夜のデートの為に。 その夢が叶うか否かは神のみぞ知るだろう。 兎も角。 そあらは気合十分にリベリスタ達を癒し、身に受けた災厄を次々に打ち払っていく。 一人なら僅か五割。光が居るから八割。 リベリスタ達自身の意思の力をあわせれば、まだまだ戦い続けられる。 勝利こそ未だ遠いだろう。しかしここで二段目の成果が出ようとしている。 風を切り裂く迷子の蹴撃が直撃し、遂に仲谷が倒れた。 「やっぱりこうでなくちゃね」 影継が放つ弾幕の風に乗り、糾華の銀剣が村尾の胸に突き刺さる。 「まだ完了ってわけには行かないけど」 敵味方、次々に血花舞い散る激戦の最中、凍夜が次々に繰り出す刃を浴びて土橋が倒れた。 凍夜、迷子が一度は膝をついている。唇を噛み締め、運命を引き寄せ、立ち上がっている。 そしてとうとう直撃した雷陣の一撃に、リセリアの意識が遠のくが、運命をねじ伏せて彼女は倒れない。 「代われッ!」 二人の間を割るように影継が立ちふさがった。 「素晴らしいよね。この命賭けで、不毛で、救いようのない馬鹿みたいな戦いってやつを」 有紗は怪物と対峙し続けている。決して岸への進入など許すはずがない。 「見てるのは、赤い月だけなんてさ!」 歪みの月の下、赤々と輝く有紗の剣が唸りを上げる。 リベリスタは辛うじて、戦いを優勢に進めているように見えた。 そして―― ●「ねえ、本当に、楽しいの、貴女?」 幾許か短い時が過ぎ、リベリスタ達と相対するのは、最早茜だけとなった。 (思えば、似ているのかもしれんの) 技術の種類、行く先。そしてそのあり方。迷子はどこか、茜に共感出来る節がないわけではない。 記憶もなく、己自身のことさえ分からぬ彼女だが、何かが知れるかもしれないから。 だから、その戦いが見たい。 リベリスタ達が最後に残る茜を、ゆっくりと包囲して行く。 (死線を求め危険を望む、ま、分かんなくはねえよ。 生きてるってな、死ぬってこった。 死が近けりゃ近いほど、生きてるって感じらあな) 凍夜が見据える茜は、鬼神のごとき力でリベリスタ達を打ち据えて行く。 戦わねば始まらない。しかし安易に近づけばまとめてなぎ払われてしまうだろう。 ならば精々酔わせてやる。凍夜は変幻自在の太刀筋で、茜に斬り込む。 「なあ、宮部茜」 返す茜の剣を身に受けながらも凍夜が問う。寒空の下で、腕を伝う血が暖かい。 「手前死線が潜りたいんだってな」 そうだ。ならばなぜ、こんなことをしているのか。 「混沌? 闘争? 地獄? 馬ー鹿。そんなもんより極上の死線が有るじゃねえか」 「吹け、小僧ッ」 糾華の一撃を掠めさせるにとどめ、迷子の煙管をかわし、有紗と影継の一撃を受け止め、茜は揺るがない。 リセリアが振るった剣を足場に天へ跳ぶ。 「何で手前は、ジャックに挑まねえ」 当然の疑問である。 天空から降り注ぐ稲妻の剣閃を強かに受けた凍夜が、ここで光と入れ替わる。 「希少価値、だな」 遅れた答えは、矢張り単純だった。茜はリベリスタ達がジャックに負けるだろうと考えている。 「お前達とは、今夜限りだろう?」 なるほど、リベリスタ達が命を落とせば、最早闘うことは出来ない。 本当にそれだけだろうか。 これまで光が受けた傷は、そあらの支えによって全て癒えている。万全だ。 「どんな強敵であろうと活路を見出し、叩き伏せることできなければ――」 茜の歯軋りが聞こえる。ままならない。斬っても斬っても、リベリスタ達は起き上がり立ち向かってくる。 「――ジャックやシンヤになんて勝つことはできないです!」 折れぬ闘志があるからだ。それを、そあらが支え続けているからだ。 ふと、己はこれが見たかったのではないかと、茜は思った。 己が持たぬ何かを、リベリスタ達は持っているのではないか、と。 刹那、茜の思考が現実に引き戻された。光の剣が左肩を抉ったのだ。 小娘と見くびっていた。そう言わざるを得ない。 返す茜の一撃に、それでも光は倒れない。折れるわけには行かない。 漸く剣を交えることが出来たのだ。それに絶対負ける訳にはいかない。 「私達の力はジャックにも、貴方にも及ばない」 月の光を反射するリセリアの剣が煌き、茜の頬に一筋の赤を描く。 「それでも――ここに居る貴方を越え、私達はそこへ行きます」 跳ね上げられた顎で天を仰ぐ茜は、受けた反動をばねに勢いよく太刀を振り下ろす。 激しい雷撃が眼前のリベリスタ達を覆いつくした。 (わしは正直穴が開くと何が起こるのか難しゅうてようわからぬ) 遠のく意識の中で迷子は想う。そんなことはずいぶん難しい上に、どうでもよかった。 だが、このままであれば、こんな戦いがずっと続くのだろう。 足元がふらつく、握る拳に力が入らない。だが。ならば運命を捻じ曲げてでも。止めてやる。 彼女は歪曲運命黙示録を願う。 ――何かが告げていた。まだその時ではないと。 それでも彼女は倒れなった。運命ではなく、自身の力で踏みとどまった。 「ならば一度では足りぬ。十度百度と、お主らと戦いお主らを止めよう」 極限まで集中を重ね、炎を纏った拳が茜に迫る。 茜はこれも身体を捻って――かわせない! 「戦いに満ちた素晴らしいこの世界を下手にいじってくれるな」 強烈な一撃に茜の呼吸が乱れる。迷子は肋骨をへし折る手ごたえを感じた。 「御馳走を前に高楊枝か?」 凍夜の刃から放たれる一撃は、茜の裾を僅かに引き裂くのみだった。 「違ぇだろ」 だが即座に重なる第二撃を、茜はかわしきれない。 手数には自信がある。白い装束が赤く彩られた。 「別段リベリスタになれたあ言わねえよ」 彼女とは、利害が一致するのではないかとリベリスタ達は考えた。 それがゆえの懸命な説得である。 これでだめなら、理不尽に舞って理不尽に踊って理不尽に殺しあって理不尽に死ねばいい。 (死ぬなんて、私は御免だけれど) 糾華のドレスが翻り、白銀の剣が茜の脇腹に吸い込まれる。 剣に咲いた赤い薔薇と共に、フィクサードの傭兵はゆっくりと膝をついた。 「戦いが望みならアークに来りゃいい」 剣を構えたまま影継が笑う。 「時村財閥の提供で今日みたくバトれるぜ?」 冗談のような言葉だが、半ば以上本気でもある。 「……いいだろう」 運命を従えて、茜は再び立ち上がる。 負けた。完膚なきまでに。どこか清々していた。 「一口だけ構わんか?」 酔えば欲しくなる物だってある。 「よろしいとも」 大きな煙管から紫煙が漂った。 それに今宵は、まだ酔っていたい。 これほどの高揚は、あのナイトメアダウン以来なのだから。 長い年月を一人で生きた彼女のこと、いまさらアークになど所属する気はない。 されど。己を打ち倒した者達と共に、次の死線へ挑んで見てもいいだろう。 良い夜だった。 風が冷たい日には、いくらでも酔えるから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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