●月を愛でる女と、月を愛でる女を愛でる男 「嗚呼、月が綺麗ね」 月下に透ける空中の楼閣の上で、君は呟く。 赤い光の中に黒々と浮かび上がるシルエットは、凛として一分の隙もない。 「ねぇ、ガーランド知っていて? この国では昔っから、月を愛でるのよ。 水面に映った月さえも、『風流』だってありがたがるの」 眼下の池には、細波の中に月が溶けている。 俺に向かって問いかける彼女の声は、甘く冷たく耳を潤す。 「ヨーロッパの歴史の中じゃ、『病的』、『狂気』、『不吉』。 月にはいつだってネガティブなイメージがつきまとってきたというのに。 それを諸手ばなしで美しいと愛でたのは、この国の奴らくらいのもの。 『ナイトメア・ダウン』を経た現代でさえも、この国の奴らは未だに月を愛でたがる」 ああ、そうだ。月が恐ろしいように、君は恐ろしい。 それでも俺は、君が愛しい。なぜなら君は、美しいから。 この国の人間も、きっとそうなのだろう。 「ねぇ、それって傲慢だとは思わない? まるでまだ、『夜闇など恐るるに足らず』とでも思っているみたい。 まったくもって、気に喰わないわ」 ああ、すまない。それが君を怒らせると分かっているから、俺はただひたすらに口を閉ざそう。 君の声に耳を澄ませて、君の声を愛でよう。 君が恐ろしい月を、それでも愛でるように。 「ねぇ、ガーランド。何故、月が恐ろしいか知っていて? 獣の潜む闇が怖いなら、人は新月無月、真の宵闇こそを恐れる筈でしょう? 満月が恐ろしいのはね、人は人を恐れるからよ。 月明かりの下で自分を狙う、悪意ある人間の影が、獣なんかよりもずっと恐ろしいから」 陶酔したように言う彼女は、公園の中心をライフルのスコープで覗く。 「……あの方々なら、あの方々の悪意ならきっと、できると思うの。 この国に、今度こそ月の恐怖を刻むことが。 私はせめてその一助になりたいと、心からそう願うわ」 そして俺は、そんな君の一助になりたいと願おう。 「ねぇ、ガーランド知っていて? 聞くところによればこの国で、『月が綺麗ですね』は愛の告白にもなるらしいの」 知っていたから、どうだと言うのだ。 君のその愛は、俺に囁かれたものではないと知っているのに。 「はぁ……これだから無口な男って、嫌いだわ」 ●攻城戦 「三ツ池公園。神奈川県横浜市にあるこの公園に『特異点』は出現する」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、ディスプレイに表示された地図を前にそう宣言する。 「近頃の崩壊加速は、この特異点の前兆だったみたいね。 バロックナイツはこれを利用しようとしてる。 万華鏡は、連中の儀式の当日に大きな穴が開く様と、バロックナイトが起きる様を観測したわ」 賢者の石争奪戦。その成果物は万華鏡を強化し、またジャックを儀式に集中せざるをえない状況に追い込んだ。 「塔の魔女の情報を信じるなら、儀式中のジャックは一時的に弱体化するらしいの。 アークに彼を殺させたい彼女は、その隙を叩かせる腹づもりのようだけど……。 『無限回廊』なんて厄介な陣を敷いて、時間稼ぎをしようとしてる。 『儀式が制御者を失っても成立する』までは、アークに手出しをさせる気はないみたい。 だけどこちらとしては、ジャックを倒せればそれでいいという問題ではないわ」 アークのリベリスタは、アシュレイに都合良く動くだけの手駒であってはならない。 向こうがこちらを利用しようというのなら、こちらも向こうを利用して、こちらの目的を果たすのみだ。 「貴方たちは、彼らの儀式を止めなければならない。 そして彼らは、貴方たちを止めなければならない。 お互い分かり切ったことね。此方も彼方も総力戦だわ。 忠誠心に満ちた後宮派の精鋭、バロックナイトに傾倒するフィクサード、それにアシュレイのエリューション。正門は事実上封鎖され、それ以外の場所にもまんべんなく戦力がばらまかれている。 まるで敵だけじゃない。『味方』にまで、防御を固めてるみたいに。 シンヤはアシュレイを信用していないみたいね。 ……この状況下で、先手を打つのは不可能よ。必ず敵とぶつかって、尚かつ突破してもらうことになる」 イヴの操作に従って、モニターの上にいくつものヒトガタが配置されてゆく。 これは単なるアイコンではない。このひとつひとつが、侮りがたい敵なのだ。 「正門の戦力は厚くて、そこを狙うのは利口じゃない。南門には陽動部隊をぶつける。 この状況を踏まえて貴方たちに向かって欲しいのは、北門から入って森を迂回。広い道路上を可能な限り素早く進軍して南東からジャックの陣取る中枢部……丘の上の広場を目指すルートよ」 アニメーションする赤い矢印が、イヴの言葉をなぞる。南下するそれは、テレビ塔の下で止まった。 「このルートに待ち受ける大きな障害は、主にふたり。北門からの侵入者を空中から狙い撃つ砲手と、その守護者。 砲手は術式によって空中に足場を造り出し、そこから狙撃しようとしている。 この術式は少々厄介で、足場の上からの攻撃は透過するけれど下からの攻撃は完全に遮断してしまうようなの。 つまりこの砲手を倒すには、なんとしても空中砲台に上る必要がある。放置して通り過ぎようとすれば、無防備な背中に風穴が開くわ」 イヴは人差し指で銃を作り、「ばん」と呟いて戯けてみせるが、その表情は已然として厳しい。 「砲台に上がる方法として、私に提示できる方法はふたつ。 ひとつ。フライエンジェの翼や翼の加護を用いて飛び上がる方法。 ふたつ。砲台の端はテレビ塔に繋がっているから、ここを登る方法。 何れのルートを以てしても、砲台に上がる時には高火力高命中の砲火の前に無防備で晒されることになる。 囮を用いれば一時的にそちらに砲火を集中させ、隙を作ることも可能だろうけど……」 イヴはそこで言葉を切る。『囮』とはなにも、風船を飛ばす、と言っているのではないだろう。いくら言葉をぼかそうとそれは紛れもない人間であり、仲間なのだ。 「『囮』はほぼ確実に、撃墜されるもの思って」 誰ひとり、犠牲になんてしない。そんな甘い考えで勝てる相手ではない。 リベリスタたちを見渡すイヴの視線は、そう告げていた。 「これは攻城戦。城を攻める側の強みは本来、『いくらでも時間をかけられる』ことにあるの。でも今回私たちに、その強みはない。 時間に束縛されているのは彼方じゃなくて此方だから。 ……これは、不利な闘いよ。でもこれだけは覚えておいて」 最後にイヴは、少しだけ微笑んで言った。 「この闘いに、楽な道なんてひとつだってないの」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:諧謔鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月16日(金)23:50 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●攻城の月 「ねぇ、貴方。知っていて? まだ発明されて間もない頃、銃は城を守るには不向きな武器だと言われたの。 下を向ければ、火薬と弾とが零れてしまうから。 だけどそんな話も、今は昔。高さはそのまま、私の有利だわ」 向けられる二つの砲火を耐え、幾多の傷を負いながらも砲台の高さへと上昇した二人――『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)と『殲滅砲台』クリスティーナ・カルヴァリン(BNE002878)を、加護の翼を纏ったカスパール・イェーゲリンは尚眼下に見下ろす。 二人がノックバックの距離を取り戻す隙に重ねられた上昇によって、カスパールは已然高さの優位を保っていた。 「――月墜(ツキオ)としてあげる」 月光に重なり黒く覆うカスパールの影。瞬いた幾多の光は、銃弾の雨となって降り注いだ。 「守ってみせますのデス!!!」 放たれたハニーコームガトリングが、拡散する前に。 その身を呈して連撃を一身に受けた心は、受けた銃弾の数だけの斥力によって斜め下方へ吹き飛ばされる。 ずん…… という低い音とともに、放射上に割れたコンクリートから粉塵が散った。 「まったく……悪い癖だわ。戦闘中にお喋りが過ぎるのは。ひとり撃ち漏らしてしまったじゃない」 「……御機嫌よう、ミス・カスパール・イェーゲリン。 欧州での噂は伺っているわ。貴女の命、『殲滅砲台』が頂きます」 体重を殆ど感じさせない軽やかな足取りで砲台に着地したクリスティーナは、銃弾に貫かれて一部が破れたスカートを、それでも優雅に広げてご挨拶。 「Estás listo?」 不敵な笑みとともにダウンロードされる巨大な銃口。光で形作られる十字が、真下からカスパールを狙った。 「立てますか〜? 勇敢な心さんに、天使の癒しあらんことを……」 来栖 奏音(BNE002598)は、フェイトの力によって意識を取り戻した心を癒しの術で支える。 囮役を引き受けた二人の奮闘の影で、砲台強襲を担う本体は砲台直下への移動を殆ど攻撃を被ること無く完了していた。 「……はい。まだ、耐えられます! 『超守る』の名にかけて、絶対守ってみせますのデス!!」 纏う鎧以上に、固い決意で見上げる上空で。 ぱぁん…… 抜けるような破裂音とともに。クリスティーナが砲台から投げ出され、白羽根を散らすのが見えた。 これ以上、彼女をひとりにはしておけない。 心は傷ついた翼を精一杯に羽撃かせ、砲台へと向かった。 「ヴァルテッラさん、大丈夫でしょうか〜。あっち……もうひとり、居るみたいです〜」 リーディングによって、戦場に流れる思考を拾っていた奏音は、ひとつの懸念を口にした。 「術士……でしょうね。一人は地上に居ましたか」 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は、暗視と遠隔視を組み合わせたその視力で奏音の指した方向を探る。 ヴィンセントは探索を打ち切ると、AFを通して仲間達に声を届けた。 「……彼を信じて、ここは任せましょう。探していては、二人が保ちません。 加護を使う皆さんは、僕に続いて下さい」 「翼のかごなのっ」 『すーぱーわんだふるさぽーたー』テテロ ミ-ノ(BNE000011)は、地上に残るリベリスタたちに改めて砲台へと駆け上がるための翼を授ける。 まず、ヴィンセントがその黒翼を大きく広げ。かつて神軍を導いたという八咫烏よろしく仲間たちを空路へと先導していった。 「遅かったじゃない」 透明な足場の端へと追いやられ片膝をついたクリスティーナの目の前に、心の小さくも頼もしい背中が立つ。 クリスティーナにとどめの一撃を加えようとしていた兵隊の銃弾は、心の盾の前に阻まれた。 「ごめんなさい、随分とお待たせしてしまいました。 でも、速さを捨てたからこそ守れるものがある……それこそが私の信念なのデス!!」 「……ええ、どうやらそのようね」 頷くクリスティーナの背後に、万全の状態を保ったまま接近を完了した本隊七名が、次々に砲台へと着地した。 役者を揃えての空中戦は『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)が空に放った一筋の閃光と共に幕を開ける。 そう、まさに火ぶたを切って落とすかのように、焰の矢は天上から降り注いだ。 「私たちの戦いは、ここで終わりではないのでね。『次』に繋げるため、ここは圧倒させて頂きましょう!!」 朗々たる星龍の宣言とともに。『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)と奏音の神気閃光が、月光に紅く塗りつぶされた視界を真白に染め直した。 ●曳血の英傑 時は僅かに遡り、鉄塔足下。 影に血を曳きずるごとく紅いコートを纏った男……ガーランド・ローズレッドは、『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)を前に薄く笑んだ。 その胸には、既に魔弾との邂逅を確約された証……ザミエルの烙印が、赤々と燃えている。 「『ひとりでこの俺を抑えるつもりか、笑わせる』とでも言いたげだね」 内心を読んだかのようなヴァルテッラの物言いに、ガーランドは眉を顰める。 「どうやら無口な男のようだが……ふむ。どうやら君、ポーカーは苦手なタチだろう」 灼けつくような視線とともにヴァルテッラに向けられた拳銃が、その推測が図星であると言外に告げていた。 「さて、年長者の賢(さか)しさというものを見せてやるとしようか!」 大振りな武器から放たれる、しかし精緻な神気の糸が、ガーランドの放つ銃弾と交錯した。 ガーランドの猛攻を全力の防御によって凌ぎながら、ヴァルテッラは隙を見てピンポイントを撃ち込んでゆく。 体力の削りあいは、ヴァルテッラの圧倒的不利。しかし徐々に奪われた冷静は、ガーランドの足を電波棟から少しずつ遠ざけていた。 「気づいているかね? 君が慕うあれは、君を信頼等せぬ。 誠に信じておるならば、自らの近くにこそ君を置いておくだろう」 「……心配は無用だ。彼女はとびきり眼がいいからな。距離が遠かろうとそう変わりはしない」 「やっと口を開いたと思えば女の自慢か。果たして彼女に君が命を賭すほどの価値が……」 ヴァルテッラが挑発の言葉を口にし終える前に。ガーランドの拳が、その頬を捉えた。 「……と言うかだね、真に彼女を愛しているなら、止めてやりたまえ。あれは破滅に突き進んどるぞ」 口内の血を唾とともに吐き出しつつ、ヴァルテッラは踏みとどまる。 ノーガードで受けられるのは、あと一撃がせいぜいというところ。 一対一。己さえ通さなければ、この男をこのまま封じることができる。幸い、向こうはカスパールの射程圏と地が交わる境界を踏み越える気がないらしい。ならばこのまま距離を保って牽制しつづければよいのだ。しかし。 「な……に……?」 背後から撃ち込まれた魔力弾に、よろめいたヴァルテッラの鳩尾を、ガーランドの拳が正面から貫いた。 「がはっ……」 背後の木立からマジックミサイルの主、ヴァンパイアの少女がまろぶように駆け出してくる。 天上の楼を支える、術士のひとり。 「隠れていろと言っただろう……!!」 「だ、だって……このままじゃ……」 少女は視ていたのだ。砲台上の劣勢を。 このままでは、どうなるのか。口にされなかった結論を、ガーランドは読んだ。 「そうか……」 頭上を見上げるガーランドを前に、ヴァルテッラは口の端の血を拭った。 二対一。この局面を切り抜けるにはこの命、歪曲された運命に委ねるしかないか……とヴァルテッラが覚悟を決めた時だった。 「ガーランドさん、行ってください!」 マグメイガスの少女はヴァルテッラとガーランドの間に立ちふさがり、砲台の守護者に翼を授ける。 「全員ここで死ぬよりは、せめて……」 少女の悲痛な願いを、ガーランドは頷きひとつで受け取った。 そして少女はヴァルテッラに向き直り、残る全ての神力をかけてチェインライトニングを放つ。 ヴァルテッラは、こちらも残された最後の力で雷の嵐の中を突ぬけ、立ちふさがる少女を袈裟懸けに斬って伏せながら頭上の砲台に向けて叫んだ。 「すまない、後を頼む!!」 直後。翼を纏った守護者は砲台へ……カスパールの元へと、飛び立った。 ●狙撃手は踊る 「……貴方は確かに私より強い。でも、勝つのは私よ!!」 最後の力。全力を振り絞って放たれたクリスティーナのジャスティスキャノンと、カスパールのアーリースナイプが、正面から相撃った。 それぞれの砲火は互いを撃ち抜き、そして斥力を受けたクリスティーナは弾き飛ばされる。 「バイバイ、お嬢さん。あなた強かったわよ」 十字に灼けた肩を庇い、落下するクリスティーナを見送るカスパールの耳元を、矢が掠める。 「……月が綺麗な、良い夜だね。 こんな時を、君の様な美しい人と過ごせるなんて……と言ったら、彼に妬かれちゃうかな?」 カスパールの相手を引き継ぐは『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)。 魔弾の射手と月下の円舞を踊りはじめる。そこに音楽はなく、ただ互いの心の臓を射抜く、射線を絡み合わせて。 「ええ、彼はきっと妬くわ。恐ろしくて、眠れなくなってもしらないんだから。ねぇ、小さい射手さん」 「大丈夫だよ、心配しなくて良い。一緒に葬ってあげるから」 リィンはつがえた矢を放つとともに、幼さを多分に残す少年の顔にはおおよそ似つかわしくない凄惨な笑みを浮かべた。 「嬉しいね。僕と似たタイプの使い手と、こうして手合わせできるなんて」 彼の昂揚に応えるように、カスパールもまた彼女の技の粋を以て……リィンの胸に、悪魔の烙印を撃ち込んだ。 ゆらり、ゆらりと揺らめくように重心を崩しながら。『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は、インヤンマスターの術士を翻弄するように移動し、それとともに散弾をばらまく。 「ふっふっふ、近接サジタリーの本領を今こそ見せる時ですな!」 視認するやいなや、紅い眼光を残し死角へと消える様はまさに怪人。弱体化した一兵隊が拮抗できる相手ではなかった。 このままでは、唯一の癒し手であり楼を支える一角が落とされる。そう判断した補助射手は、翼の加護を用いて九十九の上をとる。しかし。 「……蚊トンボめ、落ちろお!」 真上に向けた銃口が、夜空に赤い砲閃火を咲かせ。上空から九十九を狙うサジタリーを撃ち落とした。 「月下の狙撃者とは、中々に風情がありますがな。 ここは押し通らさせて頂きますかのう」 「ごめんなさい、小さな射手さん。貴方と競うのは楽しいけれど、いささか邪魔が多すぎる」 ジョンのピンポイントスペシャリティを銃身を盾に防ぎながら、カスパールはリィンに向かって笑んだ。そして空に向かって銃を構える。 砲声とともに、一斉に放たれる紅蓮の矢の群。 そのうち一矢は、真っ直ぐとリィンの胸、印された烙印へ。 「いつかまた、二人きりで踊りましょう?」 蛇蝎のように全員を狙った矢によって、砲台から一掃されたかに思われたリベリスタ勢力だったが、尚そこに立つ者が一人。 「へぇ、今のを躱したの。 命中にはすこしばかりの自信があったのだけど、落ち込んでしまうわ」 「いいえ、貴方の攻撃は確かに当たりましたよ」 迫るインドラの矢からヴィンセントを庇ったのは。 とっさに彼の前に立ちふさがり、パーティの盾として最後の務めを果たした心だった。 「飛行する射手として、空中要塞を自認する者として負けるわけにはいきません。 僕の仲間を害するものは全て墜とします」 「はっ、上等!!」 二つの銃口が瞬いた瞬間だった。 突如二人の間に飛来した影は、カスパールの魔弾を受け取り、その一方でヴィンセントのピアッシングシュートをその身に防いだ。 翼を散らされたガーランドは、砲台に荒々しく着地する。 「あら、ガーランド。私ならひとりで十分だったのに。何しに来たの?」 毒づくカスパールに、ガーランドは黙って背中を預ける。 「……ああ、まったく。これだから無口な男って、嫌いだわ」 砲台へと復帰したリベリスタたちは、こうしてそろい踏みした精鋭二人を、囲んだ。 ●枯渇 精鋭二人による連携は、戦況をフィクサード有利に反転させたかのように思えた。 鋭さを増した牙は、パーティ回復役奏音に向く。神気閃光によって応戦する奏音だったが、カスパールが重ねる全体攻撃を、全て自らの力に変えるガーランドの猛攻によって遂に砲台から突き落とされた。 「さぁて、天使の歌が消えたところで、今度は悪魔の歌を聴かせてあげる」 不敵な笑いとともに、カスパールは銃剣を足元に突き立てた。 「魔術なんて好みじゃないけど、私たちの連携には相性がいいの」 あたかも中空に魔法陣が描かれるように。透き通る足場一杯に描かれた円の内側を、煉獄の炎が焼き払った。 と、同時に張り巡らされる斥力の力場によって、リベリスタたちは炎にまかれたまま再び空中に投げ出される。 「どう!? これで流石に……」 渾身の術式の発動。勝ち誇るカスパールだったが、ミーノのブレイクフィアーによってすぐさま炎は鎮火され。動ける者たちは砲台へと集結する。 「な、何よ……まだ、戻って来るっていうの……?」 カスパールはインドラの矢を放ち再びリベリスタたちを退けようと銃を構えるが、銃口に集積した光は、そのまま収束して消えてしまう。 「……ははっ、流石にからっけつね……ざまぁないわ」 地に膝を落としたカスパールは、ガーランドに手を差し伸べる。 煉獄の火をその身に受けて、万全の闘気を滾らせた彼は、その弱々しく伸ばされた手を見下ろして微動だにしない。 「悪いけど、手を貸して頂戴」 しかし。身を屈めたガーランドは、差し伸べられた手を取る代わりにその手から銃を奪った。 「なぁ、カスパール。俺を信じているか?」 「ガーランド? 何を――!?」 「……答えろ。君は俺を信じているのか? それとも単に、利用しているだけか?」 今度こそカスパールの手を引いて立ち上がらせながら、ガーランドは問いを重ねた。 「……本気で訊いてるの? 巫山戯ないで」 「……リベリスタが言っていた。俺を傍に置かないお前は、そもそも俺を信じてなどはいないのだと。 あながち的外れではないのかもしれないな」 これは何の冗談かしら、と表情を失ったカスパールの胸に、ガーランドは銃剣の先を突きつける。 「さようならだ、カスパール。君と見る月は、美しかった」 悪魔に魂を売った魔弾の射手、彼女と同じ名を持つ男は、魔弾に射られて絶命したという。 引かれたトリガー。炸裂する十字。灼けつく光の弾丸が、カスパールの胸を貫いた。 その忠義に反して主に牙を剥いた彼女の愛銃は、主と運命を共にしようとするかのように、その銃身を破断させる。 「――っ!!」 ムーンストライカーの斥力によって、砲台より弾き出されるカスパールの身体。 血の残滓を軌跡に引きずりながら遠ざかる彼女の顔には、驚愕と哀切とが混じり、そして闇に……消えた。 ●決着 「同士討ち……!!?」 動揺するリベリスタたちに向かって、ガーランドは反転。暴れ狂う大蛇のように、周囲を薙ぎ払う。 「月にあてられ、気でもふれてしまいましたかねぇ」 「味方を撃つとは……あなたに少しでも好感をもった僕が間違っていたようです」 九十九とヴィンセントによって浴びせかけられる言葉、そして銃弾。 「…………」 それでも尚ガーランドは押し黙り、まるで破壊する機械のようにその攻撃の手を緩めない。 「……彼女もさぞ、苦労した事だろうね」 「……お前らに、俺の……俺たちの、何が分かる!!」 食いしばった歯の間から漏れる嗚咽は、やがて雄叫びに変わった。 「うぉおおおおおお!!!」 リベリスタたちに囲まれ、文字通りの蜂の巣になりながらも、ガーランドは 彼ではない。『彼女』の敵を、少しでも傷つけるために。 「ご、ごふっ……」 熱い呼気と声とを吐き出していたその喉から、溢れるものは血潮に変わる。 赤鬼のように暴れ狂う男の動きを止めたのは、その胸の中央を深々と貫く……星龍のインドラの矢だった。 「私たちにもまた、惜しむものなど何も無い。己の力の限り全て、ぶつけさせて頂きます」 サングラスの奥から射抜く銃弾以上に鋭い眼光が、フィクサードの命運の尽きを見据え。 最期の一撃を受けたガーランドの身体は砲台から落ちてゆく。 彼が最期に見たものは。最後に残った術士が討たれ、制御者を失った砲台がまるで薄氷のように崩れ散る光景だった。 リベリスタたちがジャックとシンヤを攻めるべく丘の上の広場へと向かった後で。 遠くの砲声を聞きながら、カスパール・イェーゲリンは薄く目を開いた。 全身が悲鳴を上げている。血が、足りない。 そして何より、心にぽっかりと空いた風穴は、どんな傷よりも重篤に彼女を蝕んでいた。 それでも、カスパールは立ち上がる。 ――貴方フィクサードでそれもクリミナルスタァのくせに、そんな巫山戯た技を習得して一体何の役に立つというの? 問うたカスパールに、かつてガーランドはこう答えた。 ――いつかこの不殺の技術が、殺すことしか知らない君の役に立つこともあろうかと思ってね。それこそが俺の正義(ジャスティス)だからさ。 「本当に……最期まで、馬鹿な奴。たまに口を開いたとしても、一番大事なことは、言いやしない。 今度こそ、何も喋れなくなっちゃったじゃない」 ……その亡骸は、すぐに見つかった。 「……愛しているわ。ガーランド」 カスパールはガーランドの瞼を撫ぜるようにして閉じさせると、まだ温もりを残す守護者の額にそっと、口づける。 「あの方々の、次くらいに、ね」 カスパールはガーランドの左手の指をそっと解くと、握りしめられていた拳銃を自らの手に握りしめた。 「黙ってついてきなさい。あなたの魂は、私が地獄まで一緒に連れて行ってあげるから――」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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