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<強襲バロック>死線の上で踊れ


 バロックナイト。赤き月の昇る夜。
 それは崩界を生みかねない『特異点』たる日。そして……。
「俺達とジャック達の因縁に決着がつくかもしれない日、というわけだ」
 ブリーフィングルーム、集まった10人のリベリスタへと語りかけるのは『戦略司令室長』時村沙織(nBNE000500)だ。彼は後ろのモニタに映し出された地図へと視線を投げかけ、言葉を続ける。
「塔の魔女の予見通りというのは気に食わないが……『賢者の石』を用いて強化した万華鏡の力で、ジャック達の次の行動が露見した。間もなく訪れる赤き月の夜、彼らは神奈川県にある三ツ池公園という場所で儀式を執り行うらしい」
 その儀式とは、アシュレイの言葉を借りるならば『塞がることのない穴』を作り出す儀式。どのような影響があるかは計り知れない。
「手の早い事に……いや、万華鏡の力に対抗する事を考えれば当然か。既に公園内部はジャックとシンヤ達の手駒によって占拠されている。周囲の住民に避難を行わせて一般人は排除したが、そこから先、公園内部への侵入は敵と交戦しながらという形になることは間違いないな」
 公園内部に潜むのはジャックとシンヤに心酔し、信奉するフィクサード達。それに加えてアシュレイの生み出したエリューションもいる事が判明している。公園の地図上に描かれた敵の予想配置図は、敵のいない場所を探す方が難しいほどだ。
 そして、その公園の中心部には大きな円が描かれている。それが示すのは、ジャック達の行う儀式の舞台。
「公園への侵入経路は4つ。入ってすぐに中心部へと至れる正門、正門に比較的近い南門、そして中心部からは遠いが敵の守りの薄い西門と北門だ」
 そう言いながら沙織が指すのは地図に描かれた四つの門。そのうち、正門には大きなバツ印が書かれている。
「もちろん、敵陣に一番近い場所からの攻撃は敵も警戒している。正門はバリケードが築かれている上に多くのフィクサードによって占拠されていていて、事実上突破は不可能だ。南門も同様。こちらにも敵が多く突破は厳しいだろう。友軍として協力してくれている蝮原とセバスチャン達の率いる部隊がここで陽動作戦を行うつもりだ」
 つまり、リベリスタ達の役目は西門、あるいは北門から内部に潜入し、ジャック達の儀式を潰す事……そう、意気込むリベリスタ達だが、そこで沙織は意外な言葉を告げる。
「お前達には正門へと向かってもらう」
 先ほど、突破は不可能と沙織自身が宣言した正門。そこへ向かえという指示にリベリスタ達は訝しげな、あるいは驚きの視線を投げかける。だが、沙織はそれに軽く肩をすくめて返す。
「お前達の疑問はもっともだ。だが、もう一度地図を見て考えてみてくれ。正門に誰一人としてリベリスタが向かわなかった場合、そこに配置された戦力はどうなると思う?」
 ある程度の戦力は、警戒を続けるために正門前に残り続けるだろう。
 また、ある程度の戦力は蝮原達の陽動によって近くにある南門側の防衛へと合流するであろう。
 だが、その残りはどこへ行く? 西門の方へ? あるいは北門へ?
 地図を見れば、その予想は簡単についた。それは即ち、正門のすぐそばにある儀式の場。
 ジャック達と戦うかもしれぬ戦場に、彼らはそのまま合流する可能性があるのだ。
「だから、俺達は敵を少しでも多く正門付近に縛りつける必要がある。それも戦力を可能な限り割かずに。それこそ、『正門に向かう者がいなくても警戒を緩められない』くらいに、そこにいる敵達に警戒心を抱かせなきゃいけない」
 だからこその、少人数による陽動作戦。
 自分達が決して侮っていい相手では無い事を見せつけ、『精鋭集団による電撃的な正門突破が不可能ではないかもしれない』という意識を相手に刷り込ませるための作戦である。
「俺達が大軍を送り込まないからか、正門にいる敵達はほとんど警戒心は抱いていない。バリケードの外だけを見ればその警備は10人で対処できなくもない。だから……」
 敵陣の外、バリケードの外側で、存分に暴れて来い。それが、男が十人のリベリスタへと下した指示。
 バリケードの外へより多くの敵を引きずり出し、より多くの敵を正門から動けなくするための指示。
「外に配置されているのは、最初は三人のフィクサードと九匹のエリューションビーストだけだ。この慢心を利用する」
 とはいえ、その戦力は十人で相対するならばむしろ手に余るかもしれないほどの布陣である。
 それに加え、敵の注目を集めれば集めるほど、時間がたてばたつほど、さらに多くのフィクサードとエリューション達がバリケードから外へと現れる。
 その戦力は無尽蔵でこそないが、十人のリベリスタが戦い抜くのはまず不可能であろう。だが、計算高き男は微笑を湛えて言葉を続ける。
「無理に敵を倒す必要はない。お前達が成すべきなのは敵に警戒をさせる事だからな。それを念頭に置いて行動してくれ」
 幸いにして、そこに現れる敵の能力はある程度掴めている、と沙織は資料をテーブルの上に置く。一人のフィクサードにつき一行程度、しかし十分な情報がそこにはあった。
「フィクサード達はどれも一筋縄ではいかない連中だ。我が強い奴が多いせいか連携らしい連携は無いが、決して馬鹿ではない。回復手などの戦術の要へ攻撃の集中も行ってくるだろうさ」
 おまけに彼らを倒しても、次から次に奥からより強いフィクサードが現れる。
 時には敵を倒さずに生き残る事に全力を注ぐべき時もあるであろう。
 また、同時に現れるエリューションビースト達は動きは遅く知能も低いが攻撃能力は決して侮れない。
 全力で攻撃を仕掛ければ10秒で数体撃破する事もできるであろうが、続々と現れる彼らに全力を費やしていてはあっという間に息切れしてしまう事は想像に難くない。
「それと一応、相手を大きく警戒させる方法が一つある。それは、バリケード内部に足を踏み入れる事だ」
 一部のフィクサード達を除き、バリケードの外に現れる敵のほとんどはそこまで足が速くない。ゆえに、適切なサポートと十分なスピードがあれば、バリケードに造られた隙間から内部へと足を踏み入れる事が可能だというのだ。
 ならば、突破してバリケードの内側で戦えばいいのではないか、という一人のリベリスタの進言に、沙織は首を横に振る。
「だが、この方法はあまり薦めたくはない……さっきも言った通り、内部には正攻法で突破したくないほどの敵がいるからな」
 足を踏み入れれば、無数の敵からの攻撃によって2秒と立たずに戦闘不能になるだろうと沙織は告げる。
 確かに敵の警戒心を煽る事は出来るかもしれないが、その分の代償は大きい。
 行うかどうかはよく考える必要があるだろう。軽々しく早期に行えば、倒れた仲間の分の戦力が減ってしまうのだから。
「作戦については以上……いや、もう一つだけあったな」
 ブリーフィングルームから立ち去ろうとした沙織。だが、彼はくるりとリベリスタ達の方へと向き直ると、言葉を紡ぐ。
 真摯な瞳で、リベリスタ達を真正面から見据えて。
「絶対に死ぬな。これはこの作戦の成功より優先してくれ」
 左手に握った携帯電話を掴む手が震えている。あるいは彼は思いだしているのかもしれない、ある女性と携帯電話越しに最後に交わした会話を。だが、それを一切言葉と顔に出す事をせず、男は嘯く。
「この作戦は、あくまで陽動だ。ここで倒れても無駄死ににすぎない。本来の目的は他にある事を忘れるな」
 何と言おうとも、闘えぬ彼からの言葉は感傷か綺麗事にしかならない。
 ならば合理主義者たる男はその一切を言わず、ただ指摘と指令の形で示すのみ。
 ジャックの暗殺を持ちかけたアシュレイ、アシュレイを警戒しながらも儀式を遂行するシンヤ、そしてアシュレイの『無限回廊』に守られしジャック・ザ・リッパー。
 この作戦は、彼らと対峙した時の条件をより良くするため手段の一つにしか過ぎないと、彼は改めて宣言する。
「この作戦では、倒れた者が出たら即座に誰かが回収して撤退してくれ。死にさえしなければ、桃子達支援部隊が癒せるからな」
 改めて、作戦については以上だ。そう告げて立ち去る沙織。
 それをリベリスタ達は真剣な表情で見送り……そして、行動を開始した。


「カカカ、どうだ小僧、誰か来たか?」
 バリケードを背に赤き月を盃の中の酒に浮かべて、虎顔の大男は問いかける。
 冬の夜の公園。普通ならばあまりの寒さに人などほとんどいないはずのそこには、街灯の明かりに照らされて、無数の獣達と奇矯な人間達がひしめいていた。
「誰も。馬鹿な顔してのこのこ歩いてきたら射程に入った瞬間に頭撃ち抜いてやるのに……あと、小僧って呼ぶんじゃない。俺の名前は誠」
 積み上げられたがらくたの壁の向こうから返ってきたのは、不機嫌そうな青年の声。それに合わせて、もう一人の男の声が聞こえてくる。
「問題は無いさ。それに来た所で我らの敵ではない」
 自信に満ちた声。それを発するのは壁の外に立つ全身鎧に身を包んだ大男である。不機嫌そうな犬耳の青年をなだめるように彼はまぁまぁ、と手でジェスチャーをすると、壁の中へ、向けてさらに言葉を紡ぐ。
「もし、群れてやってきたようなら伝えるが……少数できたなら、我らだけで相手は十分さ」
 正門の前、街灯に照らされて立つのは彼と、犬耳の青年、そしてもう一人、寒空に似合わぬ艶やかな色のワンピースのみを身に付けた女。そして異形の獣が数匹。それだけ。
 しかし、鎧の男はクツクツと笑いを零す。その余裕は実力に裏打ちされたものである。
「でも面倒じゃありませんかぁ~、一人で何人も相手するなんて」
 茶化すように笑いながら虎顔の男の横に立つのは、鋼の拳で口元を隠す鋭い目つきの男だ。
「まさか。間近で血と死を見るためにわざわざ鎧を着てるのに、面倒だなんて思う物か! むしろ、助太刀なんて無粋な物はしてほしくないくらいさ」
「あぁそこは同感だ! ちぃっ、俺も外に行けばよかったか」
「でも、今から行くのも無粋でしょうねぇ~」
 バリケード越しに響きあう三人の笑い声。それを不愉快そうに眺めるのは魔女、という表現がしっくりと来るローブに身を包んだ白髪の老婆である。顔に刻まれた皺の数をさらに増やすかのような不機嫌な顔で彼女は言葉を発する。
「アンタら、好きにするのはいいけどねぇ。ジャック様のためにここを守ってんだ。下手打ったら承知しないよ!」
 バリケード越しに、全く同時に肩をすくめるガラフと狭間、そして石。そこへ声をかけるのは、漆黒のスーツに漆黒の手袋、サングラスをつけた黒人男性だ。
「ミセスレガードの言うとおりだ。何かあった時、お前達で力不足だったなら……無理やりにでも介入させてもらう」
 黒尽くめの男の言葉は端的。それにハンナは当然だとばかりに頷く。
「そ、それに不安だし、ね。3人だけじゃ」
 厚手のコートを羽織ってなお寒そうに震える男が同調するようにネガティブな言葉を零す。それをケラケラと笑い飛ばすのは、対照的に獣の毛に包まれた素足を晒す少女だ。
「アデルバートはいつだって後ろ向きすぎますわ。もっと前向きに考えれば運もついてきますもの。3人が負けた所で、わたくし達が倒してしまえばいいだけの話ですもの!」
 それで面白くないのは壁の外で待つ人間だ。羽を出すために背中側の大きく開けたワンピースの女は体を震えさせながら苛立たしげに呟く。
「まったく、なんで誰も来ないのよ。せっかくの私の晴れ舞台なのに。おまけに寒いし。あぁ、もう誰も来ないなら……」
「ここに誰も来ないなら……たいした敵が来ないなら……皆はどうする?」
 その呟きに重ねるように、凛とした声が響く。それを発したのは、口元から牙を覗かせる褐色の肌の美少年だ。
「んなもん、決まってるだろう」
 ゲラゲラと笑いながら虎顔の男はそう吐き捨て、盃を煽る。
「だって、こんな所にいる意味もありませんもの」
 鹿足の少女の言葉に、震える男はわずかに顔を縦に揺らして肯定の意を示す。
「ジャック様の為に、ね」
 魔女の言葉に、黒尽くめの男は意味深に笑む。
「何処に?」
 分かっているのに、ヴァンパイアの少年は問う。
 それは愚問であった。この場に集ったフィクサードにとっては。
 信条が違えど、言葉は重なる。赤き月の光を受けて狂気に歪んだ言葉が。
 狂った思いは、思惑は重なる。アークにとって最悪の方向へ。
「「「より激しい戦場にさ!」」」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:商館獣  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年12月17日(土)23:17
今回のシナリオは陽動作戦。敵の力と数は圧倒的。敗北は必至。
その上で……貴方達はどれだけ敵を引きつける事が出来るのでしょうか?
なお、このシナリオの結果が決戦に影響を及ぼす可能性があります。ご注意を。

●警告!
このシナリオは最終的に『撤退』あるいは『敗走』で幕を閉じます。
『成功』はあっても、『勝利』はありません。ご理解の上でご参加ください。

●成功条件
今回の成功条件は「正門の注意を存分に引き付ける事」
どれくらい引きつけたかは警戒度という点数で示されます。
フィクサード1人倒すと8点、エリューション1体倒すと1点、1ターン経過毎に2点。
そして、強行突破に成功する度に8点、警戒度を獲得できます。
0点からスタートして、警戒度が合計50点取れなければ失敗となります。
撤退タイミングは自由です。『X点取れた時点』、『強制終了まで』、という指定も可能。

●命を大事に!
このシナリオはフェイトの残量に拠らない死亡判定の可能性はありません。
戦闘不能者が出た場合、自動的に『仲間一人が戦闘不能者一人を抱えて撤退』します。
(プレイングで仲間を抱えて逃げる人の指定は可能、無ければ一番近い人)
一度撤退すれば、二度と戦場へ戻る事はできません。
つまり、『5人倒れた時点で作戦が強制終了』します。

●強行突破
ターン中の行動を放棄して『強行突破に挑戦』するか、
『強行突破に挑戦する人、一人のアシスト』を行う事が出来ます。
挑戦したリベリスタとアシストした人間の『速度+1D100』の合計が、
戦場にいる全ての敵の『速度』の合計を上回った場合、内部へと駆けこむ事が出来ます。
ただし、突破した瞬間に敵の集中攻撃を受けて自動的に戦闘不能になります。
(ドラマ判定に成功した場合、即座に復活してバリケードの外へ戻ってこれます)

●敵フィクサード概要
最初は3人。奥からドンドン出てきます。
・石野誠 ビーストハーフ(イヌ)のスターサジタリー。初期配置。
命中が高い。カースブリッド、EXメデューサブリッド(神遠2単、石化)を使用。速度61。
・ガラフ=シュミット ジーニアスのホーリメイガス。初期配置。
非常に重く固い鎧を纏っており、タフ。聖神の息吹、神気閃光を使用。速度5。
・安藤裕子 フライエンジェのソードミラージュ。初期配置
攻撃に関する能力と素早さが非常に高い。多重残幻剣を使用。速度470。
・ハンナ=レガード ヴァンパイアのインヤンマスター。警戒度が15点溜まると登場。
後方から守護結界、ブレイクフィアー、陰陽・氷雨を使用する。
・アデルバート=ハイデン ジーニアスのプロアデプト。警戒度が30点溜まると登場。
戦闘能力は低いがEXインスタントディスチャージ(神遠範、Mアタック100)を使用する。
・石東白 メタルフレームのナイトクリーク。警戒度が45点溜まると登場。
強行突破を行おうとする人間を優先的に狙う。ギャロッププレイしか使わないが基礎能力は高い。
・高島塔子 ビーストハーフ(シカ)のクリミナルスタア。フィクサードを一人倒すと登場。
暴れ大蛇のみを使用する。圧倒的な強運と意志の強さを誇り、非常にタフ。
・Mr.ブラック メタルフレームのマグメイガス。フィクサードを二人倒すと登場。
神秘攻撃力に特化しており、葬操曲・黒のみを使用する。高速詠唱は持っていない。
・狭間源 ビーストハーフ(トラ)のデュランダル。フィクサードを三人倒すと登場。
DAが40もある上、デッドオアアライブを連発する。敵陣への特攻が趣味。
・アンティラ ヴァンパイアの覇界闘士。フィクサードを四人倒すと登場。
圧倒的な実力を持ち、『範』になった魔氷拳ともいうべき、EX.魔氷乱闘を使う。

・フィクサードを一人倒すたびに、または警戒度を15の倍数点溜まるたびに、
まだまだ続々フィクサードが登場します。

●エリューション
アシュレイの作りだしたエリューションビーストです。最初は各3体づつ合計9体。
毎ターン終了時に1体増援が来ます。種類はA→B→C→Aの順。
警戒度が25点溜まると、毎ターン終了時に各1体づつ、3体増援が来るようになります。
・タイプA:剛力の猪
フィジカル特化タイプ。速度15。物近貫の『体当たり』を仕掛けてきます。ややタフ。
・タイプB:英知の猿
メンタル特化タイプ。速度30。神遠単の混乱を伴う『マインドブラスト』を放ってきます。
・タイプC:技巧の狼
テクニック特化タイプ。速度40。物近単の鈍化を伴う『四肢食らい』を放ってきます。

以上です。皆様の奮戦に期待します。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ホーリーメイガス
来栖・小夜香(BNE000038)
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
マグメイガス
ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)
クロスイージス
★MVP
新田・快(BNE000439)
プロアデプト
鬼ヶ島 正道(BNE000681)
デュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
デュランダル
蘭・羽音(BNE001477)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ホーリーメイガス
大石・きなこ(BNE001812)
ホーリーメイガス
エルヴィン・ガーネット(BNE002792)


 赤き月が空から地を照らす。
 それは、世界の理が崩れうることを示す警戒の赤。
 その灯りの下、10人のリベリスタ達はしっかりとした足取りで目的地への歩みを進めていた。
 彼らが向かうのは、三ッ池公園と呼ばれる公園、その正門。
 無論、彼らの目的はピクニックなどではありえない。
 なぜなら、その正門に鎮座するのは普通の公園にはまずあり得ぬ巨大なバリケード。
 そして、バリケードのすぐ外に佇むのは、異形の獣と強力な異能者達。
 近づくにつれてはっきりと見えてくる敵の姿。『臆病強靭』設楽悠里(BNE001610)の腕に震えが走る。
「大丈夫ですか?」
 覗きこんで問うのは『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)、うさぎの言葉に悠里は軽く笑いを返す。
「大丈夫、怖くないわけじゃないけれども」
「わかります。私も正直、怖くて泣きそうです」
 いつもと変わらぬ声色、無表情のまま紡がれるうさぎの言葉。どこまでが真意か測りかねる言葉だが、二人がそう思うのも決しておかしな話ではない。
 何故なら、彼らが挑むあのバリケードの向こうには、『アークが突破する事を躊躇う』程度の量のフィクサード達が待ちかまえているのだから。
 無論、勝てるはずもない。それでも彼らは、敵陣へと向かうその歩みを止める事は無い。
「私は……怖くないよ。頼れる仲間が一緒だもの」
 ぽつりとした呟きは『スターチスの鉤爪』蘭・羽音(BNE001477)のもの。彼女の言葉通り、この場に集ったのはアークの中でも、精鋭の中の精鋭とも言える十人だ。
 彼女の言葉に、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)はニカッと笑顔を見せる。
「だな。それによ、アークの勝利の礎となるための負け戦……燃えてくるじゃねぇか!」
 サングラスの下、月より紅き瞳が揺れる。紅き月の発する狂気などに負けやしないという覇気が彼の瞳の中には渦巻いている。
「それに、この後の『無理難題』を踏まえれば、この程度で恐ろしい等と言うわけには参りません」
 感情ではなく、理性を元に語るのは『静かなる鉄腕』鬼ヶ島正道(BNE000681)である。
 彼らが今日挑まなくてはならぬのは、生きた伝説そのものとも言える殺人鬼。
 この戦いはあくまで、正攻法ではアークの全力を挙げても叶わぬその伝説的な存在を打ち倒すための布石に過ぎないのだ。
(ここでしくじれば、後の戦場が危ない……絶対に成功させる!)
 しかし、この布石は確実に打たねばならぬもの。『赤光の暴風』楠神風斗(BNE001434)はこの戦いの重要性を心の中で反芻する。
「出来るだけ時間を稼いで、仲間達の負担を減らしましょう!」
「足掻いて、粘って、相手を疲弊させたい所よね」
 看板娘の名に恥じぬ明るい声で『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)は仲間達を鼓舞する。その言葉に、来栖・小夜香(BNE000038)をはじめ、リベリスタ達はしっかりと頷く。
(僕は運がいい……こんな人達と戦えるなんて)
 普段なら戦いの度に脳裏に掠める『逃げたい』という思いは、今は浮かんでさえ来ない。悠里は幻想纏いから己の籠手を取り出し、身に纏う。
「あぁ。皆、頑張ろう!」
 左手の甲に刻まれた『Brave』の字を体現するかのように彼は力を込めて宣言する。
 そして、右手に刻まれた文字の体現は、すぐそこまで迫っていた。リベリスタ達は戦いの為の陣を取る。
「行こう。お誂え向けの戦場だ」
 既にバリケードは目前。立ちふさがるフィクサード達もこちらに気付き既に戦いの構えをとっている。
 彼我の距離は実に50メートル弱。攻撃こそ届かぬものの、その殺気は既にこちらまで届いている。
 だが立ち止まる事なく、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は敵を見据えたまま、先頭に立ってまっすぐに歩んでゆく。
「それじゃ、精一杯暴れてこようね!」
「はい、それじゃちょっと負けに行きますか」
 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)の言葉にうさぎは軽く答えを返す。
 それと同時に快達は足を踏み入れる。
 接敵して攻撃する事が可能となる領域へと。
 生と死、日常と非日常を分かつ『Borderline』を。

 戦いの幕は上がった。


 その戦いは一切の宣言も、口上もなく始まった。
 三匹の猿と射手を残し、六匹の獣と二人のフィクサードがリベリスタ達の元へと迫りくる。
 それを迎え撃つのは前衛を形作る5人のリベリスタ達。
「フン、こんな少人数で何の用? 来るならもっと大人数で来なさいよ」
「悪いが尖兵でね、本隊の夏栖斗の為の花道を開かせてもらう」
「尖兵? 張り合い無いわね……そいつらの相手でもしてなさい!」
 真っ先に動いたのは、明らかに冬に似合わぬ薄着のフライエンジェの女、安藤。
 彼女はまるで風の如き素早き動きで獣達と相対する新田の横をすり抜けると、そのまま後衛へと向けて手にしたレイピアを振るおうとする。
「右からよ、来るわ」
「ここで止まってもらいますよー」
 だが、その直前に小夜香の声が飛ぶ。安藤の前に立ちふさがるのはきなこ、正道、そして少し離れた場所に立つエルヴィン。
 事前に敵の構成人数を知っていたリベリスタ達は、相手が突破する事も既に考慮済み。
 中衛がもう一枚の壁となって、小夜香とウェスティアへと至ろうとする敵を阻む。
「そう、別にアンタ達でもいいわ。私の晴れ舞台の為に……死になさい!」
 無数の幻影を生みだし、きなこと正道へ一気呵成に突きを放つ安藤。
 凄まじい速度で放たれたそれを二人は避けきれない。それどころか、安藤は通常よりもはるかに良い手応えを感じていた。
 二人がどのようなジョブかは知らないが、後衛に居る以上タフではあるまい。攻撃力に特化した自分の一撃を例え耐えきれたとしても、今の一撃は思考の混乱を生むには十分すぎる一撃。後衛二人を一撃で私は華麗に美しく無力化したのだ――安藤はそう考え、悦楽の笑みを浮かべようとして。
「いたたたた。あと2回くらいしか耐えれなさそうですね」
「それだけあれば十分でしょうな。さぁ、司令部の期待以上の働きと参りましょう」
 自分の攻撃した相手が倒れるどころか思考を乱されてすらいない事に気付き、凍りつく。
 そのまま揺れる事なき精神を持つ二人は目の前に来た敵を無視するかのようにその力を解放する。きなこの結んだ印は守護の結界となって周囲を包み込み、正道はその鋭き瞳をさらに細めて集中を高めていく。
 ある意味で、彼らは眼前の安藤を見ていなかった。彼らが思い描くのは、この戦いの果てに待つ『成功』のみである。
 その成功の為には、彼女の一撃程度で引いてはいられないのだ。
「祝福よ、あれ……くっ」
「おっと、回復はやめてもらうぞ」
 予想より深く傷ついていた正道を一瞬にして癒すのは最後衛の小夜香の吐息。だが、そこへ一本の矢が撃ちこまれる。
 敵後方、犬耳の男、石野の放った矢は小夜香の体を石へと変えていく。
「させるかよ。回復手は一人じゃねぇんだぜ」
 だが、その石化はエルヴィンの放った光によって一瞬にして打ち消されていく。
 丹念に一つ一つ、リベリスタ達は敵の攻撃をいなしてゆく。
「全力で行くよ」
 適材適所、攻撃を止める者もいれば、攻撃に専念する者の姿もあった。
 漆黒の羽に浮かび上がった魔術師の瞳、そこから滴り落ちた血は大地へと落ちる前に黒き鎖へと姿を変える。
 それこそが術師として研鑽を積み続けたウェスティアの魔術の新たなる領域。本来ならば時間のかかる詠唱を一手で紐解き、少女はその手を前へとかざす。
 刹那、黒き鎖は膨れ上がり、まるで濁流のように敵陣後方へと奔る。
 飲み込まれた猿達はその黒い海の中で動きを封じられていく。
 その直後、うさぎと羽音が別々の方向へと飛び出してゆく。同時に踊るようにステップを踏めば、手にした半円状の刃と巨大なチェーンソーはそれぞれの周囲の狼や猪達を引き裂き、血をしぶかせる。
 三連続の範囲に対する圧倒的な猛攻。されど……。
「クツクツクツ、いい動きだ。だが、その程度では俺の目の前で死を献上できないぞ?」
 遅れて前線へと現れた甲冑を纏いし男、ガラフが詠唱を唱えれば、傷ついた獣達の身に生気が宿り、半数近くの獣達がその呪縛からのがれてゆく。
 エリューションビーストは、一匹たりとも倒れてはいない。
「これは厄介だな……諦めたりは絶対にしないが」
 己の肉体の枷を外しながら、風斗は冷静に状況を見つめていた。
 後方にいる混乱を生む猿を狙いたいウェスティア、そして前線を支える狼と猪を多く巻き込むために二手に分かれた羽音とうさぎ。
 彼らの狙いはほとんど重なっていない。これでは、敵を仕留められぬのも当然だ。
「なら、これならどうだ!」
 そこで動いたのは悠里。待機していた彼は、ガラフが回復を放った直後に動く事で、実質の連続攻撃を放つ。雷を纏った白き籠手は羽音の一度薙ぎ払った猪2匹と狼の胴を二度も打ち貫く。
 だが、それでもエリューションビースト達は倒れる事なく、悠里の体へと飛びかかってゆく。

 わずか、10秒程度の交戦。だが、その結果の意味する所は大きい。
 フィクサードやエリューションビーストの攻撃による被害も、リベリスタの攻撃による相手への被害も共に非常に少ない。
 戦いが長期戦の様相を示す事、それ自体はある種想定の範囲内ではある。
 だが、エリューションビーストを一匹たりとも討ちとれぬ可能性がある事は……彼らにとって、誤算であった。


「邪魔しないでよっ!」
 安藤の無数の幻影を纏っての突撃。それは連続で複数人を巻き込んで後衛へと放たれれば十分な脅威となったであろう。
 だが、それを受け止めるのはたった一人の男。
 仲間から十分な距離をとった快、彼は正義の光で安藤を引きつけたのだ。
「立ちふさがるだけでいいなら、得意なんでね」
 その一撃は苛烈、されど彼は手にした蛇の刻印刻まれしナイフで器用に急所への一撃のみを逸らしてその刃の威力を極限まで押し殺し、防具で受け止める。
 落ち着いた精神を持つ彼にはその混乱も通じない。ダメージこそ防ぎきれないものの、完全なる防御態勢を取った彼はちょっとやそっとの攻撃ではふらつきすらしない。
 彼は格上の敵をたった一人でいなしていた。
 そして、封じられたのは安藤だけではない。
「ガラフさん治りました! 再度……あ、呪縛通りました! やっぱり後回しで!」
 うさぎの声が活発に響く。重厚な鎧を纏ったフィクサードの癒し手を絡め取るのはウェスティアの放つ漆黒の濁流と、時折正道の放つ不可視の糸。
 動きの遅い彼はそれだけで動きを封じられてしまう。
「これは面倒だ。だが、息切れも近いのではないかね?」
「先に息切れするのはそっちさ。くらえぇ!」
 うさぎの忠告を無視するかのように、風斗はその手の刃を全力で振り下ろす。
 白銀の刀身が真っ赤に染まっているのは彼の闘志が燃えているからか、それとも空の月のせいか。
 後列に吹き飛ばして逃がさぬよう、彼は真横からその鎧へと剣を振り下ろす。
「クツクツクツ、そうではなくてはな!」
 吹き飛ぶガラフ。されど、彼の全力の一撃を受けてなお敵は余裕を崩さない。
 攻撃手として十分に重いはずの彼の一撃の威力は、半分近くがその重い鎧と盾によって減衰されてしまっていた。
「敵数、抑えきれない! 次の猪で突破されるわ。減らして!」
 後方より全体を見渡す小夜香の指示は的確。さらに、彼女の癒しの歌はリベリスタ達の傷を一気に癒していく。
 すでに、最初に大怪我を負ったきなこ達の傷も、そのほとんどが消えつつあった。
「くっ、どうするか」
 流れるような動作で一手踏み込み、悠里の拳は彼の眼前の狼と猪の首へと叩きこまれる。
 その威力は圧倒的。正道の力を分け与える能力のおかげで、彼は本来ならば易々とは放てぬこの奥義を連発する事を許されていた。
 焼き焦げるようなにおいと共に二つの首が落ち、どさり、とその巨体が大地に沈む。
「えぇ、ボタン鍋には向かなさそうですね」
 少し離れた場所で、再び周囲の敵を切り刻みながらうさぎは、ずれた返答を返す。
 無論、彼らの杞憂はそれが原因ではない。彼は誰を狙うべきか考えあぐねていたのだ。
 回復手のガラフ、攻撃の厄介な安藤。彼らの手はリベリスタ達によってほとんど封じられた。
 本来ならば、後衛の石野へと斬り込みたいところだが……エリューションビースト達が、彼らの後衛への接敵を阻む。
「もっと、束になって、かかってきなよ!」
 ならば、まずは敵の数を減らすまで。羽音は突進してきた猪の一撃を華麗に避け、一歩敵陣へと踏み込む。
 チェーンソーのエンジンが唸りをあげ、円陣を描くかのように彼女の周囲に集った獣達の体へと斬撃が走る。
 傷が蓄積していく。だが、幾度となく範囲攻撃を打ち込もうとも、敵は倒れない。
 それは決して、彼女の踏み込みが浅いからでも、その刃が人を切断するためだけに調整されていて獣を斬るには向かなかったからでもない。
 理由は至極単純。リベリスタの範囲攻撃手達は優しすぎたのだ。攻撃の範囲に仲間を巻き込めぬほどに。
 自然と羽音とうさぎの攻撃は仲間のいない位置へと無理に動きながら放たれることになる。
 トータルだけで見れば与えたダメージは大きくとも、二人の刃は自然と仲間の攻撃を受けていない獣を中心に放たれ、致命打を生まない。生みようがない。
 狙いが分かれていたのはバラバラに分かれて敵と切り結ぶ二人だけでない。
 ウェスティアと風斗は動けなくなってもなおガラフを狙い、悠里は動けぬガラフを無視して獣達へと迫る。
 彼らの与える多大なダメージは……分散し、敵の数を減らす事に繋がらない。
 後方の猿達から脳を揺らすかのような衝撃波が次々に放たれる。

 もっとも、例え数を減らせなくとも……このまま戦いが進むならば敵の主要な手を封じる事の出来る上、圧倒的な回復能力を誇るリベリスタ達が有利といえた。
 倒れぬとはいえ敵全体に蓄積したダメージは大きく、また敵は回復の手を完全に止められている。
 いずれはこの蓄積されたダメージは弾け、敵はまとめて屠られるであろう。彼らの勝ちはゆるぎなきもの。
 ……このまま戦いが続くのならば。
 しかし。

「このっ! ちょこまか避けるなっ!」
「へへ、来ると分かってて避けない奴がいるかよ! 回復手を狙うのはセオリーなんだろ!」
 迫りくる石化の矢を間一髪で避け、エルヴィンはその手から邪を撃ち払う光を放つ。
 それは鈍っていた羽音の足を、乱されていた風斗の思考を正常に戻してゆく。
 そして、ほぼ同時に、動けなかったガラフの体と、快への意識に凝り固まっていた安藤の思考もまた、解放される。
「……っ!」
 気付いた時には、既にガラフはエリューション達を盾にして後方へと飛び退っていた。
 その口から術式が紡がれれば、分散して溜まりつつあった多大なダメージが一気に消えていく。
「そんなっ……嘘」
 目を見開く羽音。その前で鎧に身を包んだ老兵は乾いた不機嫌な笑いを零し視線を後ろへと向ける。
「クツクツクツ、危ない所だったが……無粋ではないか?」
「何を言ってるんだい。一分で戦いが終わらないから見に来てみれば、たかだか10人くらいに殺されかけといて、よく言えたもんだ」
 巨大なバリケード。その隙間から現れたのは、皺くちゃの顔を歪めてリベリスタ達を見つめる魔女、ハンナ。
 彼女はエルヴィンと同じ破邪の光を放ったのだ。
 その登場に、正道は思わず唇をかむ。
 彼女が現れた以上、これからは状態異常によって敵を封じる事が困難となる。
 それだけではない。彼女が今現れたという事は……まだ、この戦いは折り返し地点にすら差し掛かっていない事を示していた。
「必要のない無理はしたくはないのですが……」
 ここから始まるのは無理難題のオンパレード。それは論理的な彼には容易に予測がついた。だが……。
「ここは無理をすべきところなんでしょう」
「はい、頑張りましょう!」
 ここを無理にでも突破する事こそが、次に至る難問に対する最良の解であること。
 それは彼だけでなく、きなこも、そして戦場の誰もが理解していた。
「さぁ、覚悟しな。アンタらもジャック様の為の贄として死んでもらうよ……リベリスタ」


 回復手たる大石きなこにとって、余裕というものは既に一切存在してはいなかった。
「邪魔っていってるでしょ、どきなさいよ!」
「いいえ、どきません!」
 きなこの誇る圧倒的な防御。それさえも貫いて安藤はその攻撃に特化した刃を振るう。
 ハンナが現れてから実に40秒と少し程度、しかしそのわずかな時間の間にリベリスタ達は追い込まれつつあった。
 彼らがフィクサードの足止めとして用いたバッドステータス、それを解除しうる者が現れたことで、敵の攻撃はさらに苛烈になり、さらに回復を許したことで……既に彼らはエリューションビーストを倒す事すら困難になりつつあった。
 小夜香の途切れる事ない回復でも、それはもはや癒しきれない。
 それでもなお、彼女はその体を敵にぶつけるかのようにして攻撃を受け止めていく。
 今まで幾度となく敵の攻撃を受け止めてきたそのディフェンサーは既にボロボロ。されど、彼女の闘志は一切消える事は無い。
 この戦いには勝ちは無い。されど、価値はあり、負けは許されない。
 少女は懸命に震える腕をささえ、二度目となる結界を張る。戦いぬくための、防御の結界を。
「十分とは言えませんが、これでしばらくはもつでしょうな」
 同じく安藤の攻撃を受けとめる正道はうさぎの心へと同調を試みる。
 彼は目の前にいる厄介な敵をその場しのぎのように拘束する事ではなく、仲間の魔力を癒す事に尽力する。
 それは彼が追い込まれた今もなお、『この先に続く戦いを見据えて行動している』事を意味していた。
「……気にいらないっ!」
 無視された事への怒り。快の放った閃光をかわし、安藤はさらに彼らに切り込んでいく。
 二度振るわれた刃は正道に運命という名のカードを無理矢理に切らせてゆく。

 正道の同調を受けながら、うさぎは大きく息を吐き出した。
 犬束うさぎにとって、この戦いははっきりと言えば不適な戦いであるともいえた。
 元来臆病な彼にとって、戦いとは即ち危険要素を素早く取り除くためのものである。
 だから、どれだけ敵を打ち倒そうとも新たに敵の現れるこの戦いは、うさぎにとってある意味、悪夢であった。
 一人だけ離れて獣達へ切り込んだために、ビーストからの猛攻で彼もまた既に運命の力は使い尽くしていた。もはや、後は無い。
 攻撃の手を一度止めて、彼は息を整える。
「くっそ、多すぎだ!」
 次から次に現れるエリューションビースト達、それに阻まれ、狙いたい敵の回復手に近づくのは難しい。普段はクールを装っている親友も、猪の攻撃を複数人で喰らわぬような位置取りを考えるだけでいっぱいいっぱいなのか声を荒げる。
「クツクツクツ」
 愉悦の笑みを零すガラフ。彼こそが今の敵の戦術の要。
 しかし、束縛するだけでは彼を止められない。ハンナという後援者がいるのだから。
 もし、ガラフとハンナを同時に足止め出来るならば勝機はあったかもしれない。だが、彼らにはそれは難しかった。
「皆、気をつけて! 出てくるビーストの数がっ!」
 その時、小夜香の悲鳴に近い声が響き渡る。敵後方のバリケードから現れようとしているのは、三匹の獣達。
 一匹づつの増加ですら厳しい現状で彼らを止められるはずがない。
 詰みという言葉が戦場にいる者の脳裏によぎる。
「ここで終わりかね。間近で無いのが残念だが……その血と死を魅せてもらおう」
「甘く見ないでよね。こんな所で……倒れるわけにはいかない!」
 それでもなお、リベリスタ達はその戦意を失う事は無い。
 うさぎと同じく、運命の導きで狼の攻撃から立ち上がった蘭羽音は、もう一度その手に持ったチェーンソーを握りなおす。
(あの人は、強かった。誰からも望まれてないかもしれないのに、自分が望んだ道を行くだけなのに、あの人は強かった)
 エンジンが唸りを上げる。血に濡れた刃は高速で廻り続ける。
(私は違う。この戦いは、私だけじゃない、皆が望んだ戦い。だから私は……あの人よりも、もっと強くなれるはず!)
 その歪なエンジンの元の持ち主の後に脳裏に浮かんだのは、ちょっぴり調子に乗りやすい愛しき人。
(だから、俊介……私、頑張るよ)
 チャンスは今しかない。しかし、その刃は敵に届くのか? 届いたとしても、倒せるのであろうか?
「……ガラフを倒すよ。今が最後のチャンスだからね」
 その時、凛とした声が響く。その声の主は、後方で戦場を見渡していたウェスティア。
 彼女はその類稀なる直観力によって気付いていた。風斗がガラフと切り結んでいた時、ガラフには既に余裕がなかった事に。
「あの鎧は無茶苦茶固い。けれどそれだけ。中身の体力は決して高くない!」
 黒き奔流が駆け抜ける。それは、ガラフの体と共に、その周囲にいた獣達を縫いとめていく。
「させるか!」
「一度きりのチャンスなんだ。邪魔するなよっ!」
 石野の放った矢は待機していたうさぎを貫く。だが、本来ならば待機をするつもりだったエルヴィンが予定を変えて光を放ってそれを癒す。
「わかった、道は開く!」
 リベリスタ達は動き出す。狙うのはガラフへと至る道を邪魔する獣達。束縛されていない獣の数だけをみれば、それはあと二匹だけ。
 一部の敵が前衛を突破して中衛に食いとめられていた事が幸いし、それだけなら崩せなくはない。
 快の放った光は狼の体を射抜き、その意識を外へと向ける。
 残すは後一匹。されど、それはほとんど傷ついていない強力の猪。タフなそれを一撃で落とす手段は彼らには無い。
 万事休すか、と思われた。
「本来なら敵のボスを倒すのは、戦士の役目だと思っていたんだがな……仕方ない」
 そこで飛び出したのは、風斗。彼はその全力をもって剣を猪へと叩きつける。
 叩きつけたのは刃ではない。彼はその剣の平らな面を使って、まるでバットで球をうつかのように猪の巨体を打ち上げたのだ。
「いけぇぇぇぇっ、うさぎぃぃぃっ!」
 精一杯の強がりを忘れぬ親友の言葉を受けて、うさぎはその手の武器を持って……羽音共に戦場を駆ける。
 もし余裕があったならば、うさぎは彼にこう返していたであろう『そういうのは戦士ではなく、私のような暗殺者の仕事です』と、淡々とした声で。
「ここで、沈んでもらうよ!」
 羽音の人を傷つける事に特化し改良された刃は唸りを上げて鎧へと食い込む。強烈な一撃に呻くガラフ。
 彼女へと意識が向いていた今、うさぎにとって本来ならば一割程度でしかつけぬ敵の弱点、その鎧の『間隙』を見つける事は容易なことであった。
「カッコつけの楠神さんにあんな事やらせたんです。その分の代償はきちんといただきますよ」
 十一の刃が差し込まれる。差し込んだ先は、最初に風斗が吹き飛ばした時にできた鎧の破損部分。
 鎧という密閉空間の中で血の華が咲く。刻まれた傷口は容赦なく開く。
 蕩けるかのような死の口付けは相手へ明確な死を与える。
「か……はっ……ごふっ」
 一瞬の出来事。崩れ落ちるガラフの体を石井とハンナは驚愕の表情で見つめていた。
「よし、次は……」
「うさぎさん、避けろっ!」
 その時、悠里の声が戦場に響く。
 獣の因子を孕む羽音とうさぎに不意打ちは通用しない。その声が響いた時、既に彼女達は飛び退り、その一撃を回避しようとしていた。
 だが、避けきれなかった。仲間を巻き込む事を躊躇した彼らにとっては、その一撃は理解を超えた物であったから。
「まったく、ガラフのおじ様もだらしがありませんわ……とっとと終わらせますわよ」
 バリケードから飛び出してきたのは、鹿足の少女、高島。
 彼女は一気にうさぎ達の元へと飛び込むと、その拳で圧倒的な破壊を巻き起こしたのだ。
 絶対命中の圧倒的な一撃。それは既に倒れたガラフの体さえも巻き込んで全てを砕く。
「楠神さん……賭けはか……」
「……っ!?」
 既にフェイトを使っていた彼らにそれを耐えきる術は無い。崩れ落ちる二人を目の当たりにし、風斗は言葉を失った。


「いったん下がらせてもらうぜ、あと少しだ! 持ちこたえてくれよ!」
 倒れた二人を背負って離脱したきなことエルヴィン。彼らを差し引いて、残されたリベリスタ達は6名。
 それに対して、敵はフィクサード5名に加えて、リベリスタの倍よりも既に多く、これからも増え続ける獣達。
「あ、諦めるといいと思う、な。ぜ、絶対勝てっこ、ないよ」
 降伏勧告を告げるのは新たに現れた厚着の男、アデルバート。彼はリベリスタ達の精神に同調し、正道の術とは逆にその魔力と気力を奪っていく。
「断るっ!」
 そう言うと、風斗は即座に後ろへと向きを変える。悠里もまた同様に。
「あら、強がりは口先だけ? 怖じ気づくなんてつまらな……」
 馬鹿にするように笑む高島。されど、その表情は固まる。何故なら、彼らの向いた方向には……一人のフィクサードがいたのだから。
「なっ……」
 前衛を抜け、中衛へと切りこんでいた安藤。その背に雷の拳、そして疾風の刃がつきささる。
 純白の羽が赤に染まる。
「おっと、君の相手はこちらだ」
「あら、こんなに可愛い動物達と一緒に私の相手が出来ますの?」
 背を向けた者たちへと切りこもうとする高島の前に立ちふさがるのは正義の光を撃ちこんでいく快。
 彼は圧倒的な数のエリューションビースト達とフィクサードを前にしてなお、真剣な表情で防御の構えを取る。
 かけなおされたばかりのきなこの結界は未だ切れてはいない。ならば、やる事は一つだけだ。
「生憎しぶといのだけが取り柄だからね。女性の相手は慣れないけれど精一杯やらせてもらうよ」
「まぁ。流石はアークの誇る色んな意味での鉄壁男子ね」
 くすり、と笑みを浮かべる高島。そして次の瞬間、彼女はその瞳を細めると……快へと向けて飛び出していく。

「私の華麗なる活躍を……じゃまするなぁっ!」
 安藤の放つ無数の突き。それは正道と悠里の体を貫いていく。
「させない……支えきってみせる!」
 その後ろで福音を唱えるの小夜香。それは安藤の突きで生まれた傷をほとんど癒していく。
 だが、それでもなおまだ足りない。
 既に前線に立つのは快だけ。獣達は中衛へとなだれ込み、そこでは安藤を中心とした陣形をなさぬ乱戦が生まれていた。
「絶対に勝つ。お前を倒して、僕はあの男へ……っ!」
 敵が密集したという事は、決して不利なだけではない。悠里の拳が、ウェスティアの放つ黒き奔流が無数の敵を貫いてく。
 呪縛を受けた獣達はその動きを封じられていく。ハンナの放つ光でその半数は解放される物の、その効果は大きい。
 そしてもう一つ。
「なるほど、尽きましたか」
 小夜香を狙って放たれた矢を庇い、正道はそう呟く。まともにその矢を受けたにもかかわらず、彼の体は呪いにすら蝕まれない。
 歯噛みするのはその矢を放った石野……彼の魔力は呪いの矢を放つ事さえ出来ぬほどに消耗しきっていたのだ。
 エルヴィンがその石化を丹念に癒し、小夜香ときなこが体を癒す。その効果は如実に表れていた。
 逆にリベリスタはというと、正道が十分な補給を行ったために、消耗の激しい悠里は今なおその雷の拳を切らさずに戦い抜く事が出来ていた。
 鬼ヶ島正道の残した功績は大きい。されど……その体力は、既に限界。
(まだ及第点には届いていないでしょうな。せめて……)
 運命を消耗して立ち上がった後の今でさえ、彼はその全力を尽くそうとする。
 この決戦の果てにアークが負ければ、そのさきに待ち受けているのは大規模な崩界である事は想像に難くない。
 ゆえに、『崩界を食い止める事が自身の全てである』彼にとって、この戦いは全力以上を尽くさねばならぬ戦いであった。
 彼は己の中の運命を燃やし、歪めようとする。倒れる前に、せめて最後の一矢を報いようと。
 されど、彼は運命に十分すぎるほどに愛されていた。愛されすぎていた。
 運命がうねる。わずかな歪みを作り出す。
 しかしそれは一瞬の事。何も起こらない。
「後は……彼らに任せましょう」
 中衛のラインを突き破り、獣達が小夜香へと殺到する。
 その攻撃を彼は全て受け止める。
 倒れても、なお。全ての攻撃を。

 その大柄な体を抱きとめ、小夜香は戦場から駆けだす。
 それは、リベリスタ達の厚い回復手が完全に崩壊した事を示していた。


 そして、戦線は完全に瓦解する。
 5倍以上の人数差、それを埋める術はリベリスタには無い。
「まだ寝るには早いぞ、俺の体……」
 獣達に噛みつかれ、楠神風斗は片膝をつく。
 限界を超えた力を発揮するために自らの体が傷つくこともいとわずに戦い続けてきた彼にとって、そこまで戦い続ける事が出来ただけでも十分な奇跡が起こっていたといっても過言ではない。
 されど、彼はまだ倒れるわけにはいかない。
 このままでは、親友との賭けに負けてしまうじゃないか、と彼は運命の力を振り絞り、立ち上がる。
「腕がもげようと、足が折れようと、命ある限り……」
「私達は諦めないんだからね!」
 ウェスティア・ウォルカニスは焔を放つ。既に黒き血の術を使うだけの魔力も、体力も彼女には残っていなかった。
 呪縛を失った事で、獣達は猛り狂う。
「さぁ、これで終わりだよ。ジャック様の前にひれ伏すがいいさ」
 全ての呪いを消し去った事に満足するかのように魔女が笑む。降り注ぐのは体力を奪い尽くす氷の雨。
 だが、その雨の中でなお戦士達はその得物を振るう事を止めはしない。
 楠神の刃が安藤の背に食い込む。回復手のいない今、彼女の体力は風前の灯火。
 それを消しさえすれば、彼らに警戒心を抱かせるには十分であるはずなのだから。
「ぐっ……このっ! 私には、まだやるべき事があるのよっ!」
 だが、死の直前まで追い詰めたはずの女は華麗に立ち上がる。まるで映画に出てくる不死身の敵役のように。
「まだまだぁっ!」
 悠里の拳が振り下ろされる。快の光が放たれる。されど、倒すには至らない。
 映画とは違うのは、チャンスが一度しかなかった事。
 そのチャンスを逃した瞬間に、安藤はそのスピードを生かして全力で戦線を離脱する。
 彼らの攻撃の直後、獣達は一斉に飛びかかる。
「こ、これで、終わり」
 アデルバートの震える声と共に、ウェスティアの魔力が完全に枯渇する。血を消耗する術式を使い続けた彼女は体力すらももうほとんど残ってはいない。
 唇を噛む。限界であることは明白であった。
「くそっ、増援を呼んで再度攻撃だ……なんとしてもここを」
 猛攻を受けて崩れる楠神の体。それをウェスティアは抱きとめ、その翼を広げて空へと逃げる。
「突破するん……だ」
 青年の意識は闇の中へと沈んでいく。

 そして、残されたのは二人の青年。
 彼らは既に運命の力で立ち上がっている。余力はもはや皆無。
「どうする?」
「……やるしかないな」
 それでも二人は笑みを浮かべる。震えも、迷いも無い。
 最後に頼まれてしまったのだから。
 敵の数は圧倒的、どんな幸運が起ころうとも、決して彼らはバリケードまで到達できないだろう。
 敵を倒す事もまた難しい。周囲が獣だらけの状況でボロボロの安藤を追うのは至難の業。
 かといって、他のフィクサードを倒す事は叶うまい。
 それでも、悠里と快は血まみれでボロボロになったまま前を見据えた。
「突破しよう」
 二人は駆けだす。手を繋ぎ、敵のまっただ中へ。

――Borderline。
 赤き月明かりの下、そう刻まれた手の甲に快の指先が触れた時。

 運命は、唸りを上げた。


「カカカ、どうだ小僧? 敵達は」
 バリケードの内側、戦線を覗きこむことなく、虎顔の男は盃の酒を啜る。
「十分過ぎるくらいに耐えはしたけど……まるで力が足りてないよ。たとえ本隊が来た所で、ここを突破なんて出来るものか」
「まぁ、私達を前にしたら誰でもそんなものですよねぇ~」
 凛とした吸血鬼の言葉に同調するように、鋼の拳で頭を掻きながら石は同調する。
「ここは暇になりそ……」
 くだらないとでもいうかのように溜息をつき、再びバリケードの隙間から外を覗いて……。
 アンティラは言葉を失った。

 この戦いが終わったら……俗に死亡フラグなんて言われるフレーズにそんな一言がある。
 設楽悠里にとって、この戦いはそれに該当しかねない大事な戦いの一つであった。
 もっとも、彼の場合は戦いの後には何も待ってはいない。
 結婚も、告白も、そんな予定はさらさら……とはいえないが、とりあえずはない。
 だが、この戦いの中で確実に『あの男』は現れる。
 シンヤ。
 あの天使の『運命』を奪いし男。
 この戦いは、彼にとって避けられぬ戦いであった。
 一人の少女の運命を、未来を取り戻すために。この戦いは絶対に負けられない。
 この戦いが終わったら、初めて彼女はその翼で飛び立てる。
 そう信じて彼は生と死のBorderlineの上を駆け抜ける。

 そして、新田快もまた、譲れぬ思いを胸に抱いていた。
 手にした蛇の刻まれし刃は他が為にふるわれるのか。それは明白。
 彼は『人々の夢』を紡ぐために、その刃を振るう。
 この戦いの果てに『閉じる事無き穴』が開けばどうなるかは一切分からない。
 明日はあっても『明後日』は無いかもしれない。そんな事を許すわけにはいかない。
 未来を紡ぐために、彼もまた死線の上を駆ける。

 それは、あるいは正道の引き起こした僅かな運命の歪みが無ければ、成しえなかったかもしれない。
  快は己の中のフェイトを燃やしてゆく。その歪みを足がかりに。
 それは、あるいは小夜香や羽音、きなこ、エルヴィン達の覚悟を受け取ったからかもしれない。
  運命が、加速度的にうねり始める。
 最後まで戦い続けたウェスティアや風斗、うさぎ達、そして悠里の『夢』を受けて。
  奇しくもバロックナイツの階位の数と同じ『13』%という確率を超え、それは世界を変える引き金となる。
 特異点を示す紅き月の下、快は吼えた。
  未来を紡ぐために。

 迫りくる獣達、その全ての動きが遅れて快には見える。
 あぁ、そうだ。これは言うなればラグビーだ。
 敵陣をかいくぐり、ゴールへと挑む。慣れ親しんだ競技。
 邪魔をするのはタックルではなく、実弾と牙と刃と矢。
 しかし、『敵陣へと向かう仲間をフォローする』事と、『死線の上で生き残る』事にかけては……彼は、誰よりも自信があった。
「血迷いやがったか!?」
 後方から獣達の牙が迫る。それと同時に石野の矢が放たれる。
「……えっ」
 まるで光の如き速さで迫る矢を、快はその手にした刃で切り捨て、そのまま後方の獣の首を一撃で切り飛ばす。
「いくぞ、設楽さん!」
「あぁ、期待してるぜ守護神!」
 駆ける。走る。一気に敵陣を突っ切って。
 速度に乗り始めた今、後ろから迫る者は例え素早い安藤でさえ、その背に追いつけない。
「いい度胸ですわ。でも、レディの相手を忘れていてなくって?」
 そこへ、飛びかかるのは高島。巻き起こるのは圧倒的な破壊の技。
 振るわれた拳。それは彼女にとって幸運な事に、誰一人として避けられぬ必殺の一撃となって――快の盾に受け止められる。
「そんな……!?」
 ありえない防御に目を開く高島。完全なる防御態勢をとっていた快は反撃とばかりにその盾を突きだす。
 刹那、少女の体ははじけ飛び、バリケードへと叩きつけられる。
 誰一人として、その体に触れる事も叶わない。迫りくる刃を、全て男は叩き落とす。
「いっけぇぇぇっ!」
 そして、開かれた道を悠里は走り抜ける。
 握りこまれた左手の甲。そこに刻まれし勇気を胸に、彼はバリケードの隙間へ、そしてその先で呆然とこちらを見つめる吸血鬼の男へと向けて拳を振りかぶる。
「させんわ!」
 何かが、ヤバい。それをハンナは本能的に感じ取り、咄嗟に妨害を試みる。
 直接の攻撃は通じない。ならば、と魔女は氷の雨を放つ。その対象はバリケード。
 破壊され、瓦礫が崩れ落ちる。存在していた隙間が全て埋まる。これでは突破できない。悠里の背を冷汗が伝う。
 それでも、彼をアシストするために並走する男は止まる事は無く。むしろ、速度をあげて。
「元々は何もなかった場所だ。半端に壊すよりは……」
 肩から。
 まるで弾丸のように、その体がバリケードへと突き刺さる。
 体育の教科書に乗りそうな程綺麗なタックル。
「全部なくした方がバランスがいいってあいつならいいそうだ」
 砕ける。一瞬にして。壁が弾ける。
 巨大なバリケードの一角はその一撃であっけなく消し飛び、内部に潜んでいたフィクサード達の姿を晒す。
「はぁぁぁぁっ!」
 そして、悠里は拳を突き出した。
 バリケードの破片を受けて体勢を崩していた吸血鬼の男に、雷を纏った拳が突き刺さる。
 快の生み出した運命のうねりの余波を受けたその拳を受けとめて、その正門の主ともいえる実力を持った少年は一撃で崩れ落ちた。

 誰一人。
 誰一人として、バリケードの内側にいるフィクサード達は彼らに武器を向ける事が出来なかった。
 全てはほんの一瞬の出来事で。
 理解がまるで追いつかない。
 人数において圧倒的に勝るはずの彼らは、確実に『恐れ』を抱いたのだ。
 赤き月明かりの下、たたずむその男の姿はかの『生ける伝説』とさえ、一瞬重なって見えた。

 運命の歪みはほんの一瞬だけしか彼らに力を与えてはくれない。
 快は己の体に凄まじい負荷が襲ってくる事で、その力の終わりを実感する。
 敵が呆然としている今ならばともかく、正気に戻れば二人は一瞬でハチの巣になる事は想像に難くない。
「設楽さん、一度帰ろう。花道は開いた!」
「あぁ!」
 駆けだす彼らを追える者は、そして正門から迫る敵への警戒の心を抱かぬものは……その場には誰一人としていなかった。

 未来を切り開くための戦い。
 その運命は大きくゆがみ、ありえぬはずの勝利を持って幕を閉じる。
 運命を燃やした男達は帰路を駆ける。だが、その表情は決して明るくはない。
 彼らは今だ戦場に立つ者の表情を崩さない。
 なぜならばこれは前哨戦。
 この先には『運命を歪めてなお敵わなかった』男が待ち受けているのだから。
 激しい死線の上で踊ってなお、彼らは再び死地へと赴く。

 赤き月は煌々と空から全てを照らし出す。
 今宵は特異点。何が起ころうとおかしくない歪で奇矯で危険な夜。
 その夜は未だ……終わる事はない。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
RESULT
フィクサード撃破:1体
ビースト撃破:8体
ターン数経過:14ターン
計:44点

なぜこのような運命を辿ったかは、全てリプレイの中に。
一点だけ申し上げるならば、ガラフは相談の中でエルヴィンさんが指摘された通り、
バッドステータスで楽に無力化できる敵ではありました。
バステ回復を持つハンナが後で出てくるため、「一緒に無力化する」か
「行動不能かどうかを気にせずに全力でハンナが現れるまでに倒す」事を選んでいれば、
運命を捻じ曲げずとも成功へとたどり着いていたのではないかと思います。

MVPは彼しかありえませんね。
消耗した運命は決して少なくはありません。
どうか今はゆっくり休息を……といいたい所ですが、それは許されないでしょう。

決着は、間近に迫っています。
未来を掴み取るための決戦、どうか御武運を。