● バロックナイト。赤き月の昇る夜。 それは崩界を生みかねない『特異点』たる日。そして……。 「俺達とジャック達の因縁に決着がつくかもしれない日、というわけだ」 ブリーフィングルーム、集まった10人のリベリスタへと語りかけるのは『戦略司令室長』時村沙織(nBNE000500)だ。彼は後ろのモニタに映し出された地図へと視線を投げかけ、言葉を続ける。 「塔の魔女の予見通りというのは気に食わないが……『賢者の石』を用いて強化した万華鏡の力で、ジャック達の次の行動が露見した。間もなく訪れる赤き月の夜、彼らは神奈川県にある三ツ池公園という場所で儀式を執り行うらしい」 その儀式とは、アシュレイの言葉を借りるならば『塞がることのない穴』を作り出す儀式。どのような影響があるかは計り知れない。 「手の早い事に……いや、万華鏡の力に対抗する事を考えれば当然か。既に公園内部はジャックとシンヤ達の手駒によって占拠されている。周囲の住民に避難を行わせて一般人は排除したが、そこから先、公園内部への侵入は敵と交戦しながらという形になることは間違いないな」 公園内部に潜むのはジャックとシンヤに心酔し、信奉するフィクサード達。それに加えてアシュレイの生み出したエリューションもいる事が判明している。公園の地図上に描かれた敵の予想配置図は、敵のいない場所を探す方が難しいほどだ。 そして、その公園の中心部には大きな円が描かれている。それが示すのは、ジャック達の行う儀式の舞台。 「公園への侵入経路は4つ。入ってすぐに中心部へと至れる正門、正門に比較的近い南門、そして中心部からは遠いが敵の守りの薄い西門と北門だ」 そう言いながら沙織が指すのは地図に描かれた四つの門。そのうち、正門には大きなバツ印が書かれている。 「もちろん、敵陣に一番近い場所からの攻撃は敵も警戒している。正門はバリケードが築かれている上に多くのフィクサードによって占拠されていていて、事実上突破は不可能だ。南門も同様。こちらにも敵が多く突破は厳しいだろう。友軍として協力してくれている蝮原とセバスチャン達の率いる部隊がここで陽動作戦を行うつもりだ」 つまり、リベリスタ達の役目は西門、あるいは北門から内部に潜入し、ジャック達の儀式を潰す事……そう、意気込むリベリスタ達だが、そこで沙織は意外な言葉を告げる。 「お前達には正門へと向かってもらう」 先ほど、突破は不可能と沙織自身が宣言した正門。そこへ向かえという指示にリベリスタ達は訝しげな、あるいは驚きの視線を投げかける。だが、沙織はそれに軽く肩をすくめて返す。 「お前達の疑問はもっともだ。だが、もう一度地図を見て考えてみてくれ。正門に誰一人としてリベリスタが向かわなかった場合、そこに配置された戦力はどうなると思う?」 ある程度の戦力は、警戒を続けるために正門前に残り続けるだろう。 また、ある程度の戦力は蝮原達の陽動によって近くにある南門側の防衛へと合流するであろう。 だが、その残りはどこへ行く? 西門の方へ? あるいは北門へ? 地図を見れば、その予想は簡単についた。それは即ち、正門のすぐそばにある儀式の場。 ジャック達と戦うかもしれぬ戦場に、彼らはそのまま合流する可能性があるのだ。 「だから、俺達は敵を少しでも多く正門付近に縛りつける必要がある。それも戦力を可能な限り割かずに。それこそ、『正門に向かう者がいなくても警戒を緩められない』くらいに、そこにいる敵達に警戒心を抱かせなきゃいけない」 だからこその、少人数による陽動作戦。 自分達が決して侮っていい相手では無い事を見せつけ、『精鋭集団による電撃的な正門突破が不可能ではないかもしれない』という意識を相手に刷り込ませるための作戦である。 「俺達が大軍を送り込まないからか、正門にいる敵達はほとんど警戒心は抱いていない。バリケードの外だけを見ればその警備は10人で対処できなくもない。だから……」 敵陣の外、バリケードの外側で、存分に暴れて来い。それが、男が十人のリベリスタへと下した指示。 バリケードの外へより多くの敵を引きずり出し、より多くの敵を正門から動けなくするための指示。 「外に配置されているのは、最初は三人のフィクサードと九匹のエリューションビーストだけだ。この慢心を利用する」 とはいえ、その戦力は十人で相対するならばむしろ手に余るかもしれないほどの布陣である。 それに加え、敵の注目を集めれば集めるほど、時間がたてばたつほど、さらに多くのフィクサードとエリューション達がバリケードから外へと現れる。 その戦力は無尽蔵でこそないが、十人のリベリスタが戦い抜くのはまず不可能であろう。だが、計算高き男は微笑を湛えて言葉を続ける。 「無理に敵を倒す必要はない。お前達が成すべきなのは敵に警戒をさせる事だからな。それを念頭に置いて行動してくれ」 幸いにして、そこに現れる敵の能力はある程度掴めている、と沙織は資料をテーブルの上に置く。一人のフィクサードにつき一行程度、しかし十分な情報がそこにはあった。 「フィクサード達はどれも一筋縄ではいかない連中だ。我が強い奴が多いせいか連携らしい連携は無いが、決して馬鹿ではない。回復手などの戦術の要へ攻撃の集中も行ってくるだろうさ」 おまけに彼らを倒しても、次から次に奥からより強いフィクサードが現れる。 時には敵を倒さずに生き残る事に全力を注ぐべき時もあるであろう。 また、同時に現れるエリューションビースト達は動きは遅く知能も低いが攻撃能力は決して侮れない。 全力で攻撃を仕掛ければ10秒で数体撃破する事もできるであろうが、続々と現れる彼らに全力を費やしていてはあっという間に息切れしてしまう事は想像に難くない。 「それと一応、相手を大きく警戒させる方法が一つある。それは、バリケード内部に足を踏み入れる事だ」 一部のフィクサード達を除き、バリケードの外に現れる敵のほとんどはそこまで足が速くない。ゆえに、適切なサポートと十分なスピードがあれば、バリケードに造られた隙間から内部へと足を踏み入れる事が可能だというのだ。 ならば、突破してバリケードの内側で戦えばいいのではないか、という一人のリベリスタの進言に、沙織は首を横に振る。 「だが、この方法はあまり薦めたくはない……さっきも言った通り、内部には正攻法で突破したくないほどの敵がいるからな」 足を踏み入れれば、無数の敵からの攻撃によって2秒と立たずに戦闘不能になるだろうと沙織は告げる。 確かに敵の警戒心を煽る事は出来るかもしれないが、その分の代償は大きい。 行うかどうかはよく考える必要があるだろう。軽々しく早期に行えば、倒れた仲間の分の戦力が減ってしまうのだから。 「作戦については以上……いや、もう一つだけあったな」 ブリーフィングルームから立ち去ろうとした沙織。だが、彼はくるりとリベリスタ達の方へと向き直ると、言葉を紡ぐ。 真摯な瞳で、リベリスタ達を真正面から見据えて。 「絶対に死ぬな。これはこの作戦の成功より優先してくれ」 左手に握った携帯電話を掴む手が震えている。あるいは彼は思いだしているのかもしれない、ある女性と携帯電話越しに最後に交わした会話を。だが、それを一切言葉と顔に出す事をせず、男は嘯く。 「この作戦は、あくまで陽動だ。ここで倒れても無駄死ににすぎない。本来の目的は他にある事を忘れるな」 何と言おうとも、闘えぬ彼からの言葉は感傷か綺麗事にしかならない。 ならば合理主義者たる男はその一切を言わず、ただ指摘と指令の形で示すのみ。 ジャックの暗殺を持ちかけたアシュレイ、アシュレイを警戒しながらも儀式を遂行するシンヤ、そしてアシュレイの『無限回廊』に守られしジャック・ザ・リッパー。 この作戦は、彼らと対峙した時の条件をより良くするため手段の一つにしか過ぎないと、彼は改めて宣言する。 「この作戦では、倒れた者が出たら即座に誰かが回収して撤退してくれ。死にさえしなければ、桃子達支援部隊が癒せるからな」 改めて、作戦については以上だ。そう告げて立ち去る沙織。 それをリベリスタ達は真剣な表情で見送り……そして、行動を開始した。 ● 「カカカ、どうだ小僧、誰か来たか?」 バリケードを背に赤き月を盃の中の酒に浮かべて、虎顔の大男は問いかける。 冬の夜の公園。普通ならばあまりの寒さに人などほとんどいないはずのそこには、街灯の明かりに照らされて、無数の獣達と奇矯な人間達がひしめいていた。 「誰も。馬鹿な顔してのこのこ歩いてきたら射程に入った瞬間に頭撃ち抜いてやるのに……あと、小僧って呼ぶんじゃない。俺の名前は誠」 積み上げられたがらくたの壁の向こうから返ってきたのは、不機嫌そうな青年の声。それに合わせて、もう一人の男の声が聞こえてくる。 「問題は無いさ。それに来た所で我らの敵ではない」 自信に満ちた声。それを発するのは壁の外に立つ全身鎧に身を包んだ大男である。不機嫌そうな犬耳の青年をなだめるように彼はまぁまぁ、と手でジェスチャーをすると、壁の中へ、向けてさらに言葉を紡ぐ。 「もし、群れてやってきたようなら伝えるが……少数できたなら、我らだけで相手は十分さ」 正門の前、街灯に照らされて立つのは彼と、犬耳の青年、そしてもう一人、寒空に似合わぬ艶やかな色のワンピースのみを身に付けた女。そして異形の獣が数匹。それだけ。 しかし、鎧の男はクツクツと笑いを零す。その余裕は実力に裏打ちされたものである。 「でも面倒じゃありませんかぁ~、一人で何人も相手するなんて」 茶化すように笑いながら虎顔の男の横に立つのは、鋼の拳で口元を隠す鋭い目つきの男だ。 「まさか。間近で血と死を見るためにわざわざ鎧を着てるのに、面倒だなんて思う物か! むしろ、助太刀なんて無粋な物はしてほしくないくらいさ」 「あぁそこは同感だ! ちぃっ、俺も外に行けばよかったか」 「でも、今から行くのも無粋でしょうねぇ~」 バリケード越しに響きあう三人の笑い声。それを不愉快そうに眺めるのは魔女、という表現がしっくりと来るローブに身を包んだ白髪の老婆である。顔に刻まれた皺の数をさらに増やすかのような不機嫌な顔で彼女は言葉を発する。 「アンタら、好きにするのはいいけどねぇ。ジャック様のためにここを守ってんだ。下手打ったら承知しないよ!」 バリケード越しに、全く同時に肩をすくめるガラフと狭間、そして石。そこへ声をかけるのは、漆黒のスーツに漆黒の手袋、サングラスをつけた黒人男性だ。 「ミセスレガードの言うとおりだ。何かあった時、お前達で力不足だったなら……無理やりにでも介入させてもらう」 黒尽くめの男の言葉は端的。それにハンナは当然だとばかりに頷く。 「そ、それに不安だし、ね。3人だけじゃ」 厚手のコートを羽織ってなお寒そうに震える男が同調するようにネガティブな言葉を零す。それをケラケラと笑い飛ばすのは、対照的に獣の毛に包まれた素足を晒す少女だ。 「アデルバートはいつだって後ろ向きすぎますわ。もっと前向きに考えれば運もついてきますもの。3人が負けた所で、わたくし達が倒してしまえばいいだけの話ですもの!」 それで面白くないのは壁の外で待つ人間だ。羽を出すために背中側の大きく開けたワンピースの女は体を震えさせながら苛立たしげに呟く。 「まったく、なんで誰も来ないのよ。せっかくの私の晴れ舞台なのに。おまけに寒いし。あぁ、もう誰も来ないなら……」 「ここに誰も来ないなら……たいした敵が来ないなら……皆はどうする?」 その呟きに重ねるように、凛とした声が響く。それを発したのは、口元から牙を覗かせる褐色の肌の美少年だ。 「んなもん、決まってるだろう」 ゲラゲラと笑いながら虎顔の男はそう吐き捨て、盃を煽る。 「だって、こんな所にいる意味もありませんもの」 鹿足の少女の言葉に、震える男はわずかに顔を縦に揺らして肯定の意を示す。 「ジャック様の為に、ね」 魔女の言葉に、黒尽くめの男は意味深に笑む。 「何処に?」 分かっているのに、ヴァンパイアの少年は問う。 それは愚問であった。この場に集ったフィクサードにとっては。 信条が違えど、言葉は重なる。赤き月の光を受けて狂気に歪んだ言葉が。 狂った思いは、思惑は重なる。アークにとって最悪の方向へ。 「「「より激しい戦場にさ!」」」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月17日(土)23:17 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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