●戦場にて辱めを雪げ ブリーフィングルームに集められたリベリスタ達を迎えたのは、赤い月の夜を映したモニターと地図、そしてその中央に陣取った『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)だった。幾度か彼と接触した人間であれば、その視線と雰囲気が常のものより張り詰めていることに気付いたことだろう。 「『バロックナイト』。大規模な崩界の前兆、血の月の夜。君達が持ち帰った『賢者の石』による機能強化で、この発生を観測した以上、僕達アークが見過ごすわけには行きません。 そして、『バロックナイト』に合わせるように、ジャック・ザ・リッパーと後宮シンヤが大規模儀式に着手する……出来過ぎだと思いますよ、僕も。場所は、神奈川県横浜市、三ツ池公園。驚きましたよ……かなり大きな公園なんですね」 次いで、夜倉は傍らにある三ツ池公園の地図に近付き、支持棒を手に取る。おもむろに正門を指すと、そのままそこにバツ印を描いてみせた。 「既に、三ツ池公園はジャック達の戦力が配備されています。間に合わないことが前提となりますし、防衛には君達も知るあちらの最精鋭とアシュレイの率いるエリューションが守りを固めています。正門の防衛は最強固。ここを突破することは現実策ではありません。南門に、助力を申し出た蝮原部隊とセバスチャン氏を含めた陽動を。君達には、北門から突入してもらうことになります」 次いで、支持棒が北門に動く。そこから一直線に動かして、支持棒を止めたのは25mプール地点。数度そこを叩いてから、夜倉は再び顔を上げた。 「アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアの情報を鵜呑みにするなら、彼女の目的はこの世界に穴を開ける事、そしてジャックの暗殺です。後者は我々としても望む所ですが……彼女曰く彼を叩くなら大規模儀式のために弱体化する、ただその時だけ。ですが、アシュレイだって無能じゃない。彼女は穴を開ける事まではジャックと目的を同じくしている。彼の死をもっても大規模儀式が止まらないタイミングに至るまで、敵のまま。味方には成り得ない筈です。『無限回廊』なる特殊空間で彼を守りにくるでしょう。この解除はアシュレイ自身の解除かその死を必要としますし、力技での突破は困難を極めます……まあ、皆さんに向かってもらうのはその前段階、公園中心部へ戦線を押し上げることにあります。当初の目的地はここ、プール地点。ここに陣取った『七崩 六路』率いるフィクサード集団の打倒にあります」 僅かに、周囲の緊張感が増したようにも感じられた。それが事実か否かは分からないが、だとすれば夜倉から発せられる言葉の間、そこに降りた圧力だろうか。 「説明することも愚かしい、とは思っています。六路君の能力も、当然以前より増していますし、何より『代償的正義論』もより悪意に近づいた形で強化されていると見て間違い無いでしょう。それだけの状況、それだけの敵ということです」 ひゅう、と息を吸う音が響く。それだけの間、それだけの緊張を背負って、夜倉は其処に立っているということか。 「君達を信頼している、という前提上、僕がこんな事を言うのは可笑しいでしょうが……ゆめ、油断なきようにお願いします。彼らの士気は高く、一度勝利を手にしている分、その難度をして一切の油断は無く、ジャックとシンヤに対する信望は狂気の域だ。それを止める君達を、今度こそ確実に――殺しに来る。 だからこそ、僕は君達に全てを託します。その命をベットして、完全勝利(ぜんどり)と行こうではありませんか」 憎々しいほどまっすぐに、そんな言葉を口にする。 ●汝、正義を騙る者であれ 血を吐いて、血を啜った。 死を垣間見て、死を与えた。 赤い月が輝く空を背に、男は自らの髪をざくりと切り落とした。 「随分と思い切りましたね、ニイさん」 傍らに立つ部下が、関心の吐息を交えてそんなことを口にする。 「願掛けだったんだ」 「願掛け、ですかい……?」 「ああ。こんな素晴らしい夜なんだ、自分の信じた道を見つけたなら、叶うまでは切らないと決めていた。だからかな」 今日はとてもいい日になるよ――そう言って、六路はプールへと足を踏み出した。 水面に浮かぶ赤い月。水に滴る真紅の血。始めるために、今を穢す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月17日(土)23:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●ただ只管に真っ直ぐであれ 速度。 そう、圧倒的な速度を。 音を超え光に沿って敵を凌ぎ味方を置いてただ一度だけでも構わない。先手必勝の信念をその手に掴むためならば、ただ一陣の風などという下らない事は言うまい。いっそ音を超え――光狐(フォックス・ヴィテッセ・リュミエール)となってみせよう。 「お前を倒すことだけ考えてキテヤッタンダ、勝負シヨウジャネーカ」 「――あの場で逃さなければ、と考えると怖いね、僕自身の判断と、今の君の実力は……!」 『光狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)の速度は、既に最高速を振り切っていた。背に携えた『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)の翼の加護は、彼女の加速に更なる勢いを与え、その一撃の威力を大いに高め、更には、その動きの限界を超えて二度目の好機すらも与える。 「こんにちは七崩サン。いや、七崩の主人格サンと言ったほうがいいですか?」 「総力戦とはいえ、君も――とはな――色々と、面白い噂には事欠かないようだね」 水上を、まるで己の庭のように駆け抜ける『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)の両腕が、大きく撓って振るわれる。漆黒のオーラをただ、前に叩きつけるだけを考えた致命の一撃。完全命中こそ免れたとはいえ、その余波が彼の髪を、そして頬を切り裂いて夜暗の中へ抜けていく。 「……叩き砕く!」 口上も無く、しかしその一言が圧倒的覚悟であると言わんばかりに、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の一撃が六路を打ち据える。彼女らの神速にも似た斬撃は、たった一合をして彼の根底に根付く恐怖を揮うに十分すぎる成果を果たしたといえよう。 だが、それでも彼は――誰も口端に上げることこそしないまでも、『恐心無陣』七崩 六路。その束縛を、意思一つでねじ曲げるだけの狂信と意思は持ち合わせている。 「『ゼログラヴィティ』に『害獣』――ああ、それどころではない、か。昨今のアークの層の厚さは聞いていたけど、今日に限って、僕の場に限ってそこまでの布陣で来るだなんて、怖すぎて――死んでしまえと、思うじゃないかッ!」 腕を、大きく振り上げる。ただその一挙動が手の内にあるアーティファクトを突き動かし、気糸を練り上げ全員を一挙に貫き通す。それだけで、距離などどうでもよくなってしまう。それだけで、布陣など狂ってしまう。それがこの男の恐るべきところで、最悪の特性だ。 だが、距離を詰められるならば詰めてしまえばいい。戦うのならば、クレバーに離れるなど考えはしない。 「こんばん、は……一つ、踊りましょう?」 少なくとも。滑るように水面を駆け抜けた『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)にとっては、寧ろ圧倒的なまでに好都合。捻りを加えた挙動から放たれた致命のオーラは、彼の残心を確実に捉え、打ち砕く。 「ニイさん!? くそ、こいつら……!」 「問題ない――が、聞くと見るとではやっぱり大違いだ、な……!」 仰け反った頭を振り戻した六路の視界に入ったのは、慮外のサイズの散弾銃を振り回し、神聖術師へ一撃を叩き込んだ『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)の姿だった。彼の口元が小さく歪み、その一撃の鮮やかさを物語る。 「此処に御前らの願いが在るなら、祝言を送ろう……嗚呼、所で俺にも願いがあるんだよ」 「ハ、アークの犬が願いだなんだと、騙るじゃあないか! 『優秀な』お犬様は違うってかァ!?」 「何時も通りの明日の為……この夜を砕き、御前らを彼の世に打ち込むってな」 喜平には、願いや決意などといった大層な言葉を語る男ではない。目の前に与えられた義務こそが自分を形作ると理解した男だ。だからこそ、『義務』を願い明日を得ると口にした。絶対の勝利を手にすると決意した。 六路の配下達がそうであるように、アークのリベリスタには絶対不変の理屈があり、各々が求める主張がある――愚直であることが、その証明だ。 「貴方の正義には明日が見えない。未来が無い。だから俺は貴方を止める!」 「君達の正義は眩しいばかりで求めがたい、未来を不用意に示し過ぎる。だから僕は君が誰か分かった上で――押し通る!」 全身に光を纏いながら六路へと突っ込んでいく『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の動きは愚直でありながら、六路の記憶とは全く違う点があった。 疾いのだ。聞き及んでいるこの男の行動理念、その性能とは全く違う。が、それは彼に限ったことではない。一も二もなく飛び込んできたリュミエールの技の冴えも然り、続く舞姫らがリベリスタ達も然り。圧倒的に、違う。 「嫌だねェ、『賢者の石』様様ってやつかよ、アークは……!」 「それに限ったことじゃない。賭ける名というものがある」 焦りを隠さない闘士の肩を、『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)が穿つ。術師を狙って撃った筈のそれを、しかしその男は身を呈すことで射線を防ぎ、受け止めてみせたのだ。 「冗談キツいよねェ……アークってやつは、本当にいつもいつもさ!」 返す刀で、もう一人の闘士が蹴りを振りぬき、上空を飛ぶ瞳へと狙いを定める。空中での起動を制限される彼女にとって、その一撃が避けがたいものであることは間違いない。しかし、受け止めきれぬ程の威力ではない、と彼女は判断した。それどころか、その行動はリベリスタ側からすれば織り込み済みの事態ですらある。 実力差があっても、戦力差があっても、憶測が届けば怖くなどない。 「やるだろうと思っていたしね。私が相手になってやるわ」 神聖術師の前に立ち、構えを取る闘士に向かって『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)が気糸を練り上げ、一閃にして縛り上げようと試みる。だが、相手とて唯々諾々と受ける相手ではない。僅かに身を裂かれながら、隙を衝いてその網をくぐり抜ける。 「ハ、来る事ァ織り込み済みだがよ、お前ら本当しつっけぇぜ……!」 「私も、触りたくはないんだけどね……邪魔するなら、倒すしかないじゃない?」 お互いがお互いに軽口を叩く様に猛毒を吐き出す戦場は、正に一瞬の鎬をすべての決意に変換するそこだ。気を抜いて機を捨てれば、一瞬は全の悪意となって何れかを大きく傷つけることだろう。 「わたくしでお力添えになるなら、全力を出すことこそ本意」 『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)は、戦場にあって優雅であり、戦士であって執事であった。影として表舞台を支え続け、表に振りかかる不幸をその身で受け止めることで、自らの、リベリスタの敵をひとりでも多く勝利に導かんと義務感を深々と刻んだ男だ。彼の気糸が、神聖術師の守りに抗えぬほころびを残し、その戦況を左右する。その生死に干渉する。 「……仕方ないかな」 短く、鋭く、六路は息を吐き出した。 夜気に紛れる呼気が白く溶けて消え、水面の赤光が何度も揺れる。 禍々しい、と気付いたときには既に遅い。 狂気が、凶気が恐気怯気驕気興気が――爆ぜる。 「オ前に好きにヤラセネーヨ」 「一気に、片付ける……!」 「俺の言いたいのは、貴方は負けるってことだよ!!」 速度の限界を超えた三者三様の刃が、次々と六路に突き立ち、貫き、蹂躙する。 だが、その状況下にあって尚、怯えたような表情のままで尚、六路の口元には笑みがあった。 「ひとつ、揺り戻す命をも殺す不退転の悪意。 毒もなく火もなく氷雪もなく、けれどそれは立派な敵意だ。 縛り付けるのはまだ足りぬ。さあ、始めようか」 報復を。 ●愚直な報復者であれ 勝者に報いるべき怒りが無いか? 否。喪った仲間の怒りがある。恨みがある。 敗者は敗北でしか己を測れないか? 否。死中に得た活があるだろう。 戦いの中で敗北に貴賎はあるか? 然り。状況を測る指針を得ることのどこが卑しいというのだ。 水中から数珠繋ぎの針が持ち上がり、水すらも従えて六路の周囲を切り刻む。既に接近した状態にある彼らを更に引き寄せ、衝突すら引き起こす勢いで食らいつき、その運を汚す。 「――ついでだ。飛び回る蝿にもご退場願おうかな。目障りなんだ」 「蝿呼ばわりとは随分じゃないか。お前の思想よりはマトモだと思うがね」 身を翻し、六路は瞳を狙い打つ。一直線に駆け抜ける気糸がその身を穿ったのも束の間、その意識は塗り潰され、動きに拘束を与えられる。 「落ち着くんだ、まだ、十分戦える! ……勝つんだ、俺達は!」 「進んで世界の道理に従うのを止めた御前らは、願いと共に砕けて消えろ」 「好き勝手言ってくれまさァな! 俺達もちょっとやそっとじゃ倒れる気が起きねえんだよ!」 六路の一撃からいちはやく立ち直った快が光を従えるその背後で、喜平の斬撃が神聖術師を捉えて裂いた。だが、敵とてさるもの。それだけの攻撃を受けて、それだけの行動阻害をして、自身が負けぬと叫び疑わない。 「邪魔をする気かね――では、大人しくしておいて貰おうか」 龍治の銃が、再び火を噴く。その場の誰にも回避できない、絶対必中の一射は次々と目標を貫いて駆け抜ける。蹂躙する。 「負けねえ、っつったろうが! オネンネには早ェぞ野郎共!」 神聖術師の叫びが、癒しとなって駆け抜ける。荒っぽくも力強く、賦活を伴ったそれが彼らを最後の一線で踏み立たせ、敗北を許さない。 「本当、しぶてぇぜ嬢ちゃんよぉ……! さっさと帰ってくれねぇかなァ?!」 「返してくれるほど殊勝だったのね?」 迎撃にあたる闘士をいなしながら、ウーニャは薄く笑う。それにしては、一撃一撃に篭った殺気が冗談ではない密度を占めているが。 「その背中を掻っ捌いてやるっつってんだよ。言わせんな面倒臭ェ」 「……させない」 天乃の気糸が、神聖術師を庇う闘士を一息の元に縛り上げる。指一本すらも動かせぬ密度のそれが、脱するに困難であることなど考えるべくもない。練り上げた精度あってこその一撃は、確実に戦況にプラスに作用し、勝利を齎さんと動き回る。 勝利を、掴むために。 戦いは激化を極め、六路は未だ倒れず。 だが、そこまでの激戦にあって、殆どが膝を屈しないという状況――それを奇跡と言わず、何と呼ぶだろうか。 ●汝、その義を高らかに叫べ 「……ニイさん、先行きますぜ。アンタは、シンヤさんを――」 「カズマ――!?」 カズマ、と呼ばれた闘士が龍治の一射の前にその運命を散らしていく。回復手を守る手が途切れた状況下、リベリスタ側からすれば確実な絶好機。完全なシャットダウンとはいかないまでも、致命を与えたタイミングは決して少なくはなく、六路の消耗も少なくはない。 だが同時に、それは彼が奥の手に出るタイミングのお膳立てを整えたともいうだろうか。当然ながら、それを警戒せぬリベリスタ達ではない。 「来ルッテカ……!」 リュミエールは、一度受けたその技の予兆を感じ取るにたやすく。 (覚悟は固めた、得物は万全) 喜平とて、既に覚悟の上。術師を下して迫る彼の目に迷いはない。己の鋼が打ち鳴らす鼓動だけが、今の彼の真実だ。 「ここで倒れては、名折れというものです」 ジョンも、静かに勝機を見出し、六路に射線を合わせ、一撃を見舞おうと構え、機をうかがう。 「僕は、怖がりだよ。とても怖いし、君達はしぶといから立つんだろう」 左手を掲げ、『代償的正義論』を空へ放る。駆ける。無陣に、無法に、無作為に。 『全意代償の報復的正義論』。そう呼ばれた技が、名を、形を変えて彼らに迫る。以前に増した破壊力と悪意と決意。それがリベリスタの命すらあっさりと圧し折る威力であることは、他ならぬ彼ら自身が根底で感じ、恐れる事態。 「だけど、僕は。シンヤさんの為なら命すら賭けると誓ったんだ!」 荒れ狂う。 貫き、蹂躙し、覆し、プール全体を、巨人の一足が如き暴風が襲う。 世界はたやすく引き千切られて、運命すらも削りとる。 「悪いな、七崩。命をベットしたのは俺達も同じだ。雑賀の名に賭けて、完全勝利(ぜんどり)といかせてもらう」 だが、それでも立ち上がる者が居り、我が身を省みない者が居る。 残心の構えを取った六路の腕に据え付けられたのは、気を練り上げた爆弾。 四方八方から迫るのは、束縛を目した気糸。 そして、引き絞るようにした構え、そして『スーサイダルエコー』から放たれる、圧倒的美を体現した超連続突撃。 「ラストマン・スタンディングは、俺達が取る……!」 「お前が譲れないように、俺等だって譲れないんだああ!!」 快は、彼の嘗ての言葉を返すように。 影時は、自らの脳裏に浮かんだ青年の影を追うように。 戦場に、風が駆け抜けた。 「……コレガ、速度を求める者の力ナンダヨ」 既に動かなくなった六路の躯、その首根を掴んでリュミエールが誇らしげに告げる。辱めは雪いだ。腰元に煌く小ぶりなナイフを鞘ごと引き千切り、彼女は踵を返す。 次の戦場が待っている。だが、そのまえに少しだけ、ほんの一瞬だけでいい。 戦士たちに、勝利の凱歌と休息を。 次なる最悪を討つ為に。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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