見上げる空に赤い月。 月蝕でもないのに、赤い月。 燃える、燃える、炎色の月。 染まる、染まる、血色の月。 奇妙な力を手に入れた、それがキッカケ。 色々調べていくうちに二人の眼鏡男子にぶち当たった。 単純に、自分の好みの針が後宮シンヤに傾いただけ。けれど、所詮自分は有象無象。彼の人の視界には入らない。 自己顕示欲の塊の女は、それが面白くナイ。どうしたら、認められるだろうと考えた。答は単純、それだけの働きをすればいいだけ。 濃い緑。空は漆黒、浮かぶ月は真紅。 得体の知れない儀式など、どうでもいい。いや、結果を興味深くは思うけれど。それで未来がどう変わるのか、知的探究心は擽られて止まないけれど。 それ以上に、今は成すべき事がある。 ● 『塔の魔女』アシュレイは、気まぐれな猫のように、しかし確たる狙いを持ってアークへ情報を供す。時に秘密裡に、時に大胆に。 それが引鉄となり、アークへ齎された多数の賢者の石。それの一部利用により機能強化された万華鏡。 二つが一つになり、今、忌避しがたい、けれど忌避せねばならない『情報』と言う名の『現実』がリベリスタたちの下へ。 一つ。 バロックナイツの真の目的、世界に大穴を開けるという儀式が執り行われる場所。それは神奈川県横浜市にある三ツ池公園。ここ最近、日本を騒がせていた崩界の加速は、この公園に生まれる『特異点』の前兆であったらしい。 二つ。 三ツ池公園には既にジャック側が陣を構え、多くの戦力が配置されている。この中には、既に幾度か刃を交えた精鋭たちは勿論、バロックナイツに賛同する多くのフィクサード、そしてアシュレイが作り出したエリューション達がいる。 三つ。 『賢者の石』を予定通り確保出来なかったジャックは、儀式に集中することを余儀なくされるため、一時的に弱体するらしい。そして、一度儀式が始まってしまえば、ジャックはそれを中断する事が不可能になる。 四つ。 アシュレイはジャックの暗殺を持ちかけて来ている――ただし、彼の魔女は『儀式が制御者を失っても成立する』まではアークの味方をする心算は無いらしい。園内中央部には『無限回廊』なる空間を奇妙に捻じ曲げたそれは、鉄壁の守りの陣。突破は極めて困難で、攻略にはアシュレイ自身がその能力を解除するか、彼女を倒すかのどちらかが要求される。 「『塔の魔女』への対処をどうするにせよ、アークは園内に攻め入りジャックに味方する戦力を駆逐し、戦線を押し上げ必要に応じた対処を取れる状況を作る必要があります」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は資料から顔を上げ、分厚いそれをパンと掌で叩いた。 同時にディスプレイに表示される、三ツ池公園の地図。 「付近の住民は念の為避難して頂き、封鎖の態勢は既に整えてあります。なお正門周辺は事実上封鎖され、ここからの突破は敵戦力の厚さを鑑みれば得策とは言えません」 そう言うと、和泉はレーザーポインタの赤い点で、地図左下の南門へ指し示す。 「この南門からは、裏の世界に名前の売れている彼等はセバスチャン等アークの戦力と合わせて、協力を申し出た蝮原氏率いる部隊が陽動として突入する事が決定しています」 残る入り口は、西門ならびに北門。 「今回、皆さんに向かって頂きたいのは、西門を入って暫くのところにある遊びの森に設置されたローラーすべり台付近になります」 高低差のあるその場所は、すべり台の出発地点となる木々が茂り段差の激しい高台と、ゴール地点となる比較的傾斜がなだらかで見晴らしの良い平地から成っている。どうやら敵一団が高台部分に潜み、付近を通る相手へ奇襲をかけようとしているらしい。 「上から下を狙う――まぁ、定石通りと言えば、定石通りです」 スタート地点へ向かう道はしっかり作られているが、最短距離で作られているわけではない。上から下への移動は容易く、逆に下から上への移動は時間がかかるか、もしくは余分な労力を要し少なくない隙を生む。 つまり、布陣を終えている敵方が圧倒的に有利と言うわけだ。 「ですが、ジャックが待つ中心部に進む為には撃破しなければならない事は自明の理。やって頂くより他にはないのです」 赤い、赤い、炎のような、血のような月。 それが中天に浮かぶ夜に起こる崩界は、絶対に阻止しなくてはならない。 「皆さんを、信じています」 そう言って背筋を正すと、和泉はリベリスタ達の健闘を祈るように一人一人の手を取った。 ● 燃える、染まる、赤い月。 年齢に不釣り合いなセーラー服を勇ましく着こなしたお下げの女は、薄いレンズで隔てられた眼下を睨む。 「存分に暴れましょう。それが私たちがココにいる証明になるのだから」 乱暴に掴んだ枝を力任せにへし折り、フンッと鼻を鳴らして放り投げる。 ローラーすべり台に落下したらしいソレは、カラカラと乾いた金属音を立てながら下へ下へと転がり落ちていく。 「私は――落ちない。私を、見せる」 行く。 逝く、のではなく、行く。 女の言葉に、傍らに控えていた男が片手を上げる。その合図に合わせ、複数の影が鬱蒼と茂る木々の中に姿を溶け込ませる。 炎の色。 血の色。 漆黒の天に不気味な赤が輝く夜、決戦の幕が上がる。 最後にその色に染まるのは誰? 危うい均衡に今は釣り合う天秤を傾けるのは――誰? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:臣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月16日(金)23:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「羽柴って言うと秀吉。秀吉は天王山を制した事で天下を制したって言うしね」 多感な時期の2年と半年。革醒による諸事情から引き篭もっていてもしっかり身に付けた知識を何となく口にして、『つぶつぶ』津布理 瞑(BNE003104)は視線を上げる。 「つまり、この公園の天王山であるところのローラー滑り台スタート地点を制する事が、羽柴とお子の勝利を妨げることになるに違いないよ」 きらり、蛍光ピンクの左目を街灯の瞬きに輝かせ、ひょっとして今、うち上手い事言った? という瞑のアピールをアルジェント・スパーダ(BNE003142)は短く頷き彼女の視線を追いかけた。 「遮蔽物に囲まれた高台……ちょっとした要塞だな」 試しに放った弾丸は、そこかしこで戦火の上がる公園に一つの銃声と、細い硝煙の香りを添えただけ。 「高台は戦場の要衝だ。必ず陥として、決戦への道を繋げる」 表情は穏やかなまま、けれど目元に滲ませる確たる決意を言葉にして『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)も、濃い緑の葉を寒そうに揺らす森を見据えた。その瞳に宿すのは、鷲の鋭さと熱を読み解く力。広い原野であれば遺憾なく有用性を発揮するだろうそれは、今宵は茂る木々に素気無く袖にされる。 「高揚している気配が幾つかありますね」 ならば、と人の感情を頼りに意識を広げた浅倉 貴志(BNE002656)は、手元の公園地図の2点を指す。 「なだらかな場所に布陣していない事は確かです」 「Mr浅倉の言う通りだな。おそらく、正規ルートに4、斜面ルートに4と言ったところだろう」 些細な衣擦れ、木の葉を踏む音から『敵』の配置を推し測った『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)は、その名に相応しい耳触り良く響く声で貴志の結論に更なる情報を付け足す。 ここが、正念場。 微力ながらも死力を尽くすというセッツァーの覚悟は、ここにいる誰もが決めたものと同じ。 空に浮かぶのは、血に飢えた獣の眼のような赤い月。 決戦の刻は、今。 愛用の儀式用手袋を着けた指先を空に走らせ、『下策士』門真 螢衣(BNE001036)は守護結界を描き上げる。 訪れた天王山。唐突感は否めぬが、決して容認出来ぬ儀式は阻止してみせる。この日の為に、これまでの研究や実戦はあったのだから。 「最後に皆さんを守るのは結界よりも『強い意志』です。必ず成功させましょう」 螢衣の強い意志を体現したかのような、一線に揃えられた前髪がそろりと揺れた。それは周囲の喧騒を運んできた風。そして全てのリベリスタ達の背中を強く押す風。 ● うねうねと森の中を縫うように走るローラー滑り台。設えられた遊歩道からもその姿を見ることは出来るが、その視界は今宵は邪魔としか思えぬ木々にここでも遮られる。 手数が足らず封鎖するに及ばなかったそれを横目に、螢衣は結果として余計な労力をここで使わなかった事に安堵した。 それと同時に、不安が過る。 届かぬ視線。 「――っ」 絶えず通信をしていたアクセス・ファンタズムから漏れた割れた雑音に、ゆるりとした坂を上がる面々は顔を顰めた。 「いるな」 静まり返る森の中。険しい斜面を安全靴を履いた足で確かに踏みしめ進んでいた『我道邁進』古賀・源一郎(BNE002735)は、眼前に聳えた垂直面に低く呟く。 暗い中でも色を判じる目に映るモノはない。けれど自身の身の丈ほどの絶壁は、襲うに易く、防ぐに難く。 挙句、本隊である仲間たちの視界から外れる場所とあっては、ここで攻めずしてどこで攻めろと言っているようなものだ。もし、ここで奇襲を受けなければ、敵の指揮官の頭の悪さを疑う程に。 「優位を返せずして、ジャックの首等取れはしまい。突破は必定也」 筋肉漲る両腕を組み硬く言い切った源一郎の弁に、共に囮役を請け負った『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が然りと頷く。 「上に位置する恩恵、自分達だけに与えられる物だとは思わんことだ」 逆境に燃える青年にも迷いはない。 敵の数は4と知れている。位置的にも数的にも不利。だが、それでも。 「リベリスタ、新城拓真――参る!」 襟足だけを長く伸ばした髪を翻し、拓真は腐葉土に覆われた柔らかな地面を蹴った。つけた勢いそのまま、目指すのは垂直面。 「予想通り!」 絶妙なバランス感覚と、いかな面だろうと正しく足を着ける力。傾斜90度の大地に足を踏ん張った男へ降り注ぐのは、迸る力が描く軌跡。 容赦なく貫かれる苦痛に微塵も表情を変えず、拓真は腕を伸ばす。 「――ふんっ」 己のそれとは比べ物にならない細いそれを迷いなく掴み、引かれる加速を借りて源一郎は一息に斜面を駆け上がる。 重い巨躯が土埃を舞わせて一つ高台へ上がった。無論、バランスを整える間もなく敵の照準は拓真から源一郎へ切り替わる。 「だが、これこそ!」 身を打つ力の色合いの違いから、狙う目的を定めて源一郎はフィンガーバレットの引き金を引く。 飛んだ無数の弾丸、幾つかに手応えの波動を感じるが、致命傷には程遠いことも局地的に降り始めた呪いの雨で知れる。 「源一郎!」 拓真の警告に首を振れば、猛烈な勢いで突進してくる鋼の体を持つ男。 「うぉぉぉぉっ」 上げる裂帛の気合同様、すさまじい力が源一郎を襲った。ぶつけられたのは純粋な力。がっちりと組み合った腕と腕、至近距離で絡んだ黒い視線に、源一郎は一歩の引けも取らない気迫を返す――が。 先の攻撃に穿たれた傷が、源一郎の肉体に悲鳴を上げさせた。僅かに崩れたバランス、その隙を逃さず鋼の男は源一郎の体を押しやる。その先にあるのは、ローラー滑り台。 不味い事態であるのはすぐに理解出来た。 アレに乗せられてしまえば、仲間と別れた最初の地点へ逆戻りは必定。 「なるほど、そういう魂胆か」 させるか、と拓真が走る。 一度上がった斜面を下り、縦横無尽に駆ける足が向かうのは源一郎らがもつれあう壁面の真下。 そして飛び上がる、鋼の男の眼前へ。 「――っ!」 構えた二刀の広刃の剣。 「変わり種ではあるがな、俺もデュランダルだ。甘く見る様なら――吹き飛ぶぞっ」 強引に踏み込んだ敵の間合、源一郎の体を掻い潜り繰り出される強烈な白刃の閃きに鋼の男は大きく仰け反る。 その隙に身を屈ませ窮地を逸した源一郎。しかし休む間もなく、一直線に飛来したカラスの嘴と、鋭利な矢の先端が男の体を次々に射抜く。 「ならば」 どうせ貰うなら、此方側からくれてやろう、と源一郎は森の斜面を一息に駆け登った。 上からが有利であると言うならば、その距離を詰めてやれば良いだけ。 「一騎当千。漢ならば心躍る言葉よ。汝ら相手に成させて貰う」 体表をいくら裂かれようと、心が裂かれることはない。闇に忍び慌てて身を翻す二人の射撃手を瞳に捕え、腕に込めるのは破壊の意志。暴れ狂う大蛇の如き一撃が、軽い体の二人を絡め取り打ち据える。 「余所見は、許さない」 またも降り出す殺意ある雨を肩で弾き、仲間の下へ向かおうとする鋼の男へ拓真は再び斬り掛った。 「例え倒れようと、何度だって立ち上がる――勝利を掴む為になら、幾らでも足掻いてやるさ」 打ち付ける冷たく痛い雫が全身を灼く。 追い、追われ、撃ち、撃たれ。 どれほど奮戦しようと、数の有利で形勢はすぐに逆転される。それでも、目指す先があるから。深夜の森に立つ男二人は、揺るがぬ視線で未来だけを視た。 ● 「妥当と言えるでしょう」 凛とした姿勢を崩さず、ひらりと指先で踊らせた癒しの符を貴志へ向け、螢衣は研究者の瞳で状況を判じる。 一歩、前に出るのは快。 囮組との通信にノイズが混ざった直後、此方側へも破滅を予告する道化のカードが飛来した。周囲を警戒していたアルジェントの声も間に合わぬスピードで。 矢面に立ったのは、先頭に立っていた快と貴志。経験と体力の差で、続いた攻撃に貴志が膝をつくところまでは想定内。 「ま、そんなものよね」 さらに一歩、快が周囲を窺いながら前進した時、その声が響いたのは――想像の範疇には入るが、正直「早い」という想いが先に出た。 「崖行く囮と遊歩道を来る本隊。体力あって近接戦を得意とする人間を前に出し、後方への被害を防ぐ」 園内に設えられた街灯に、今は光はない。周囲を照らすのは、リベリスタ達が手にした光源。その無機質な一条の灯火の先に立つのは、濃紺のセーラー服に真紅のリボンを揺らす女。 「――ぶっ」 長く伸ばした黒髪は、左右にきっちりと分けて三つ編みに。黒縁眼鏡が神経質そうに尖った目元を際立たせる。 「おっ、おばさんがその恰好って! ちょ、待ってって。いやそれ、反則だろ、精神攻撃とかナニ! 似合ってないしっ!!」 敵の異装に瞑は緊迫した空気を彼方へ押しやり、盛大に吹き出した。おそらく年の頃は三十路の二歩手前程。どう考えても、うら若き乙女の象徴であるセーラー服がハマる姿ではない。 「いや、もう。そっちの仲間の人も笑っちゃいなよ。我慢は胃に良くないよ。ちょっとつぶやくくらいなら、瞑ちゃん許しちゃうし!」 腹を抱えて大爆笑する少女の様に、セーラー服の女の目尻が更に吊り上る。 「お出でなさいましたか、羽柴とお子。時節柄、その姿では寒くないですか? それに――そろそろお年を考えられた服装の方が良いと思いますが」 癒えた傷を確かめるように、フゥ、と短い息を吐きながら立ち上がった貴志は、アークに収められていた報告書の内容を思い出し、女をこの戦場の敵将である羽柴とお子と断じて軽く諌めるフリで挑発する。 「ちゃぁんと勉強してるのね」 ニタリ、と。とお子の唇が半月の弧を描く。仕掛けてくる気配に、笑いを収めた瞑は貴志の背中に身を隠す。 「でも、人は学習するイキモノって知ってる?」 舗装された大地を力強く蹴り付け、とお子が斜面を駈け下る。 「ここの傾斜じゃ有利不利ってあまりナイからね。私はアタシの好きにやるっ」 「今だ、討て!」 軽やかに身を翻しながら道を開け、そしてとお子とがっちり組んだ快が声を張り上げた。 事は計画通り。 「任せました」 快ととお子の脇を抜け、貴志が一気に遊歩道を走る。再度迫るカードは覚悟の上、限られた人数で最短の道を拓くには、それと決めた役割がそれぞれにあるのだ。 「いい加減、姿を現せよっ」 貴志と、貴志に向けられた攻撃が描く軌跡を直線で結び、未だ姿を見せぬ相手の位置に当たりをつけてアルジェントは二丁のオートマチック銃に火を吹かせる。 狙いは遊歩道脇の雑木の群れ。撃ちこまれた弾丸に、短剣を構えた二人の女がリベリスタ達の視界に躍り出た。 「姿が見えれば、こっちのものだ♪」 色違いの双眸に、しっかりと敵を捕らえて瞑も行く。不安ない足元、軽やかに疾走すれば一息に加速。見る間に貴志と肩を並べ、閃くナイフは流水の如き滑らかさと鋭さで敵の女を切り裂き刻む。 しかし、ポツリと天から雫が。 全てを凍てつかせる冷たい雨の襲来に、セッツァーは喉の調子を確かめ悠然と笑んだ。 「私の声(うた)が響く限り、何も心配する事はない。安心して進みたまえ!」 舞台に立ち、スポットライトを浴びているかの如き朗々たる歌声に、螢衣は、ならばと自分の周囲に道力を纏わせた剣を浮遊させる。続いて印を結びに入るのは星の儀。 「僕の力は、正義を成す為に得たもの!」 力なくては正義を貫くことも出来ない。その理不尽を知るからこそ、欲した力を構えたトンファーに込め、貴志は眼前の女へ雪崩にも似た勢いの強打を見舞い固い地面へ沈める。 続けざま瞑が薙いだナイフに、その女は潰れるような声を上げて不自然に身を弾ませた。 けれど、またしても氷雨が激しい痛みを齎す。 「攻撃できるってことは、視えてるって事だろ?」 素早く視線を周囲へ馳せ、アルジェントは降雨の主を探した。眇めた金の眼が見付けたのは、少し距離を置いた木の影に立つ痩せ細った翼の男。 「スキル温存とか、言ってられないぜ」 射線は空いていた。ならば、と今こそ戦局の要とアルジェントは立て続けに引き金を引く。 二つの勢力が、激しくぶつかり合う。夜闇に咲くのは、力と力が爆ぜて光る刹那の花たち。 「届け、私の声(うた)!」 進むためには、倒れぬことが肝要。持てる能力を余すことなく振るい、セッツァーは絶え間なく歌い続ける。 そして。 「あなたの頭上には計都星と羅睺星が差し掛かっています。災厄から逃れる方法はありません」 陰陽には陰陽を。結び終えた印に、黒髪の女はきっと顔を上げる。 螢衣の宣告に、翼の男の身を不吉な影が覆い尽くした。 「年齢と服装のバランス、悪いんじゃないの?」 どこかのフィクサードの口ぶりを真似た快の言い様に、だからそれは無駄って言ってるでしょ、ととお子は鼻で哂う。 「その割に、目が瞑君を追ってるが?」 「……アンタ、イイ目をしてるじゃない。これでメガネ掛けててくれれば、サイコーだったのに」 繰り出される雷を纏った神速の武舞を、その身一つに受けた快は、至近距離で光の十字を返す。 一度死線を超えたからこそ、得た力。 命の際という断崖に立たされても、竦みはしない。 ● 「前言撤回。しつこい男は大キライッ!」 一度叩きのめしたはずなのに。なおも立ち上がり挑み来る快に、とお子はお下げの根元から切れてザンバラになった髪を振り乱す。 「返す言葉で悪いけど、変態も嫌われると思うんだ」 あははは、と笑いながらとお子を背中から斬りつけたのは瞑。続いて身を低くして走り込んだ貴志の炎纏う拳が、見るも無残な状態のセーラー服の脇腹に叩き込まれる。 とお子の配下は全て倒れた。彼らの道行きを邪魔するのは、バランスの悪い女だけ。 「我が符により、縛し、封ず」 ここは確実に敵将を落とす。険しい戦音を伝えてくる通信機に一抹の不安はあるが、今宵の真の目標達成の為には何を成すのが最善か、幾重ものロジックを素早く読み解き螢衣はとお子の動きを封じる符を取った。 夜闇を渡り続けるセッツァーの声(うた)。想いだけは、仲間の元まで届くと信じ。 「喰らえっ」 「――ぐ、ぁっ」 アルジェントの放った弾丸に、とお子の背が大きく撓る。かけていた眼鏡が、宙へ飛んだ。 その隙を逃さず、快は間合を詰める。踏み込んだ懐、仰け反る女と歪な形で視線が絡む。その瞳の端に悔し涙が浮かぶのを見て優しい心が疼いたが、彼女はフィクサード。己の意志で後宮シンヤを選んだ者。 「先に、進ませてもらう」 振り翳すのは蛇の印が刻まれたナイフ。渾身の力を込めた鋭利な先端が、ずぶりと女の皮膚を裂いて肉を貫く。 スローモーションのように崩れるとお子。 「あ~ぁ……また、負けちゃった」 見つけた時と同じ、朱に染まる白刃を引き抜けば、派手に血が飛沫く。頬を汚す返り血を拭いながら、快は女に背を向けた。 「向こうは静かになったようだが」 「見に行かずとも良いのか?」 呼吸を合わせたような拓真と源一郎の問いに、鋼の男は「お前らを倒してからだ」と額に浮かぶ汗を払い飛ばす。 森の中に転がり動かなくなっているのは、射撃手が一人。後はまだ、闇に紛れて蠢き続ける。 限界は一度、訪れた。けれど己の生存権を燃やし、彼らは立ち上がる事を選んだ。今はもう、この場に戦意を持って残る者すべてが満身創痍。一つの切欠で、流れの針は大きく傾く危うさを湛えている。 肩で息をする拓真と源一郎は、森の中から自分達にヒタリと狙いが定められていることを肌で感じ取っていた。次の一撃は再びの致命傷になる。ならば、その前に――。 「必ずや勝利を、今宵の赤き月に白の洗礼を」 意を決して鋼の男に二人が踏み込みかけた直前、重厚なる歌声が木々の間を滑らかに渡った。 「上からだと丸見えだぜ」 「丸見えとか、別の意味で反則」 飛んだのはアルジェントの構える銃口から空を裂き奔った弾丸。斜面を転がり落ちる勢いの瞑は、着弾とほぼ同時に翼の女に目で追えぬ速度の斬撃を見舞う。 「地の利、その身で味わいなさい」 「星の宿命、逃れる手段はありません」 甲高く空を鳴かせた貴志の蹴りから放たれた真空の刃が弓を持つ手を裂き、螢衣の占じた未来は闇となって最後の射撃手の運命を決定付ける。 「――なっ」 振り返った鋼の男の体を、十字に輝く光が飲んだ。 一瞬の攻防。 ゆらゆらと定まり切らなかった天秤の針は、見る間に一つの結論に至り傾ききった。 「無事で何よりだ、Mr古賀、Mr新城」 燕尾服の裾を靡かせ斜面を走り下りてきた仲間の姿に、激戦を耐え抜いた男二人は短い息を漏らす。そして、癒しの歌を披露しようとするセッツァーを、言葉なく片手を上げることで留めた。 「……行くのかい?」 鋼の男を薙ぎ倒し駆け寄った快の問いに、拓真と源一郎は頷く。 軋みを上げ、血を垂れ流す体は酷く重い。けれど、これがこの戦場の一つの結論ならばと、今あるままの姿でぶつかることを戦士として選ぶ。 「ならば、歌おう。勝利の確信を」 聴衆を魅了してやまぬ声で、セッツァーは何の変哲もない、けれど魂を揺さぶる激励を歌う。 「これで、終わりだ」 「名も知らぬ闘士、さらばだ」 戦い続けた二人の審判を、鋼の男は無言で受け入れた。代わりに繰り出される拳が、この場を預かった者の最期の意地。 空隙ゼロからの剣の閃き、唸りを上げる猛蛇の激舞。 力の激突に、世界は刹那の白に満たされる。 森に静寂が戻る頃、大地に立つフィクサードはいなかった。 「行こう、まだ終わりじゃない」 誰ともなしに呟いた言葉。 赤い月の夜は、まだ終わらない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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