● 最初に失くしたのは、足であった。 「あ、あー! ひぁ、ひぃぃっ」 「ヨコセヨコセアシヲヨコセヨコセヨコセ」 情けない声が口から洩れる。恐怖を体が支配する。 必死に身をよじり、その場から逃げ出そうとする青年。 だが、逃げられない。 何故なら、彼の左足は既に存在していなかったのだから。 次の瞬間、残されていた右足も千切れ飛ぶ。 「いぎゃぁっ!?」 彼の脚を奪い取った存在、それは一言で言うならば『化け物』であった。 人の顔を中心に、無数の脚がまるで車輪かキャタピラのように生えている異形。それはその無数の脚を回転させて走りよると、その口で青年の足を食いちぎったのだ。 「アシダァ、アシダァ……」 失血のショックで痙攣する青年を無視し、食いちぎった足に頬ずりを始める異形。その横からもう一体の異形が現れる。 「クレクレクレクレウデヲクレクレクレ」 それは、無数の手が腕が生えている事を除けば、巨大な人間のようにも見えた。肩だけでなく、胸からも脇からも背からも生えた腕。それが青年の体を掴み、持ち上げる。 「あ……ぁ……」 既に青年に動く気力は無い。その瞳は呆然と薄汚れた天井を見つめるだけ。 だが、次の瞬間その瞳は見開かれる。強烈な痛みがその両肩に奔ったからだ。 次に失くしたのは、腕であった。 「ウデダァ、ウデダァ……」 ボトリ、と落ちる青年の体。その体から、四肢は一本残らず消えうせていた。 「ホシイアタマガホシイホシイホシイホシイ」 しかし、それでもなお青年の体へと新たな異形が迫る。 それは、無数の頭を持つ異形であった。異常発達した肩の上に、老若男女問わず無数の人間の頭が積み上げられているその異形は、その無数の瞳で哀れな青年をにらみつける。 パシュン、と気の抜けるような音と共に既に事切れていた青年の首が飛ぶ。 最後に失くしたのは、首であった。 「クビダァ、クビダァ……」 拾い上げられた青年の欠片。それは異形達のパーツの一つとなる。 残された胴部は無造作に踏みつけられ、潰される。そして……。 「ヨコセヨコセヨコセヨコセ」 「クレクレクレクレクレクレ」 「ホシイホシイホシイホシイ」 青年の胴体の怨嗟の思いは、異形達の強い思いを……さらに加速させていく。 ● 「物を失くしたら、それを取り戻したい。そんな思いは誰にでもあると思う。その想いを死んだ後も持ってしまって……肥大化しすぎちゃったのが、彼ら」 ブリーフィングのモニタに映し出された惨状。それをなるべく見ないようにしながら『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は言葉を紡いでいく。 「E・アンデッドが三体。フェーズは2。彼らは死ぬ前に失ってしまった、足や腕といった特定の体の部位を求めて廃墟を徘徊しているの」 失った体の部位を求めた彼らは、偶然出会ってしまった被害者の腕を足を頭を引き千切って、自分の体へと取り込んでいった。 しかし、他人の欠片でその喪失感が満たされる事はない。そして、最初に失ってしまった自分の欠片は、既に存在していない。 だから彼らは満たされる事無いまま、ただ無軌道に人間をバラバラにし続ける。 「そして、バラバラにされていった被害者達の喪失感を、無念の思いを取りこんで、E・アンデッド達はさらに狂暴化していっている。これでもまだ足りない、もっと腕が、頭が、足がほしい……って」 最悪の循環が、E・アンデッド達を短い間により凶悪に、より強力に成長させていってしまったのだと、イヴは告げる。そして、だからこそ急いで倒してほしい、とも。 「リベリスタなら、本当に腕や足をもがれる事はまずありえない。でも、彼らの攻撃を受けると、対応した部分の体の動きが鈍くなってしまう」 多脚の異形の一撃を受ければ足が遅くなり、多腕の怪物の一撃を受ければ相手の攻撃をまともに受け止められなくなり、そして多頭の死鬼の一撃を受ければ頭が働きにくくなってまともに攻撃をする事が出来なくなる。 それぞれの効果だけでも厄介だが、彼らは複数の効果を受けている人間に対して、とどめとも言うべき強力な一撃を加えてくるので注意が必要だという。 「おまけに、最後の一人になると部位にこだわらず、周りのもの全てを取り込もうとしてくる。まともに当たれば、戦力になれないくらいに動きが封じられるよ」 連携に近い挙動に加えて、数を減らせば凶悪になるその力。決して侮る事は出来ないであろう。 「あと、このE・アンデッド達は、ダメージを与えれば与えるほど、集めていた部位が剥がれていくみたい。どれくらい相手が傷ついてるかの指針になるよ」 そして最後の足が、最後の腕が、あるいは最後の頭が落ちた時、E・アンデッドはその動きを停止するのだという。 戦いを終えた後、そこに残るのは三つの胴と、今までの犠牲者たちのバラバラの欠片。その光景を想像し、一人のリベリスタは思わず身震いする。 「既に被害者は多数。でも、今から行けば私が見た青年が彼らに出会う数日前に接触できる」 彼らが今いるのは、とある郊外の廃ビル。 彼らは大きなホールの中央付近にたむろしている。ホール内には障害物らしきものもなく、人影もないために存分に戦う事が出来るであろう。 「彼らを止めてほしい。無駄な犠牲をこれ以上出さないためにも」 イヴの言葉に、リベリスタ達はしっかりと頷きを返すのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月15日(木)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 暗く広い部屋の中、その三つの異形は佇んでいた。 「クレクレクレ」 「ホシイホシイ」 「ヨコセヨコセ」 重なる声は淀み、濁った音。それでいてどこか空しさを含んだ合唱。 それは彼らを討つべくホールの外に集まったリベリスタの耳にもしっかりと届いた。今回エリューションとの戦いに初めて身を投じる『天心爛漫』東雲・紫(BNE003264)は思わず体を震わせる。 「なんだか、最初から凄いのと戦うことになっちゃいました」 「うん、ぐろい敵ね」 端整な顔を歪めて同意するのは『崩壊印度魔女うーにゃん』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)である。無数の腕を、無数の足を、そして無数の頭を抱く異形達は見るものに嫌悪感を引き起こす。 「腕をなくして腕を求めるってか、怪談の定番だね」 「それも、割と正統派な」 一方で、この仕事をドライに割り切る者も二人。『ザミエルの弾丸』坂本瀬恋(BNE002749)の言葉に、『消失者』阿野弐升(BNE001158)は頷きを返す。 リベリスタ達にとって怪異とはすぐ隣に有るもの。修羅場を潜り抜けてきた二人は敵を間近に見てもなお動揺する事無く軽口を叩く。 「とはいえ、それが一斉に出てきたらギャグだな」 「合体しないんでしょうか?」 されても困りますけれど、と付け足す弐升。その横ではそれを想像して紫が涙目になっている。その震える肩に手をやりながら、『鉄拳令嬢』大御堂彩花(BNE000609)は呟く。 「でも……彼らが理解できなくはないですわ」 怪談の定番になるということは、それだけ同じような意識を持っている人がいるということ。 「今回の不幸はその願望が神秘の片隅へと触れてしまったことでしょうね」 そうでなければ、ここまでその不幸は広がらなかっただろう。 だが、触れてしまった以上、もはや引き返す道はない。リベリスタにできるのは、彼らを再び殺してあげることだけ。 「準備はいいかの?」 その場に集ったリベリスタ達へと防御の結界を纏わせながら、『陰陽狂』宵咲瑠琵(BNE000129)が問う。 その言葉にウーニャは、そして紫もしっかりとした頷きを返す。 「さぁ、仕事だ」 最も素早い『背任者』駒井・淳(BNE002912)が飛び出していくのに続き、リベリスタ達はホールの中へと一気に突入していった。 「ウデダァ……」 「アシダァ……」 突入するリベリスタに気づき、こちらを向く異形達。彼らはその虚ろな瞳でリベリスタ達をとらえると、その顔に歓喜の表情を浮かべる。 ゾクリ、と『まめつぶヴァンプ』レン・カークランド(BNE002194)の背に冷や汗が伝う。彼らの体から生えた無数の腕や足、それを集めるためにどれくらいの被害者を出したのか……そして、その被害者たちがどのような恐怖を味わったのか。 「この悪夢、ここで終わらせる!」 これ以上の被害者は出すわけにはいかない。レンは意志は彼の影へと伝わり、その手に持った二つの書物に影が絡まりつく。 リベリスタ達は敵へと駆け寄りながら自己強化を行っていく。ある者は構えを取り、またある者は子鬼を呼び出す。 「アシヲアシヲアシヲヨコセエ」 それに相対するかのように多脚の怪物が迫る。凄まじい速さで無数の足を動かして回転してくるその姿は何かの冗談のようにしか見えない。 だが、そこに込められた殺意は本物。その足の中心にある顔が淳の足へと喰らいつく。 その速度は圧倒的。だが、淳の回避能力はメンバーの中でも随一。彼は咄嗟に呼び出した子鬼にその攻撃を庇わせようとする。 だが。 「ウエウエウエウエウエウエ」 「っ!? ぐぅっ……」 咄嗟に子鬼が庇ったふくらはぎ。そこを無視するかのように突如聞こえた指示に従い、多脚の異形は膝へとかみつく。 強烈なショックとともに足から一気に力が抜けていく。 頭脳役である多頭の指示。その厄介さを淳は再認識する。 「因果応報、三世因果、今まで奪った分だけ奪われな!」 「ウデ……ウデクレ……」 瀬恋がその両手に纏った黒き拳を突き出して吠えれば、それに応えるかのように多腕の異形は彼女を向く。だが、その動きを邪魔すべく不敵な笑みを浮かべて立ちはだかるのは彩花だ。 「貴方の相手はこちらですわ!」 腕の力を奪われながらも立ちはだかる彼女に阻まれ、多腕の怪物の腕を振り回す強烈な攻撃はその攻撃範囲を活かせない。 「これが欲しいの? それとも頭? ならこっちにいらっしゃい!」 ほぼ同時に、多頭の異形の体にジョーカーの描かれたカードが突き刺さる。ウーニャは己の武器たるカードを示し、多頭の注意を引きつけようとする。 攻撃が重なれば厄介なアンデッド達の能力、それを警戒したリベリスタ達は異形の狙いをバラバラにするために動いてゆく。 ウーニャに導かれるようにふらふらと動きだす多頭の前に立ちはだかるのは弐升と紫である。 「うーんと溜めて、どーん! できまし……ひゃぁっ!?」 気合いと共に放たれた刃、それは深々と相手の胴部に突き刺さる。十分な手応え。 ぼとりと落ちた首に思わず紫は小さな悲鳴を漏らす。 多頭の異形はその瞳を目の前の妨害者へと向けようとする……だが、その22の瞳が弐升へと向くその前に、弐升の動きは終わっていた。 「うぅん、久しぶりですねこの感覚。これくらいはバラバラにできないと」 多頭の瞳が弐升を捉える。しかし、その数は18。 彼の手にした巨大にして凶悪なるチェーンソーの刃は敵の首を纏めて切り裂きもぎ取ったのだ。 だが、悦に浸る間もなくその瞳から殺意が放たれる。その視線は頭こそもがぬものの弐升の思考を焼き、その殺意を鈍らせ……そのまま彼の後方へも貫通して放たれる。 「レンちゃん、避けて!」 「うおっと!」 敵が貫通攻撃を仕掛けてくる事もリベリスタ達は既に知っている。ゆえに彼らは十分に警戒を怠らず、多頭に対して直線状に並ばぬように気をつけていた。 素早く叫んだウーニャの声に応え、両手に魔道書を携えたが故に狙われた少年は地面に転がりこんでその殺意の視線を間一髪で回避する。 「さすがに四肢をくれてやる訳には行かぬからな」 漆黒の拳銃を天井へと向け、弾丸を放つ瑠琵。その弾丸は天井に到達する前に術式として弾け、ホールの中に彼らへの拒絶を示すかのような冷たき雨を巻き起こす。 多腕と多頭を分断できた事で、流れはリベリスタに傾きつつあった。だが……。 「ヨコセヨコセヨコセアシヲヨコセヨコセ」 一つだけ、そのリベリスタの陣形の網をくぐり抜ける者がいた。 多脚の異形はその持前の素早さを生かし、獲物へと迫る。一瞬身構える淳だが、多脚は速度を奪われた彼には目もくれず……。 「えっ……」 多腕のブロックに立っていた淳と同じ程の速さを誇る彩花の背後からその足へと噛みつく。 予想外の一撃は機械化されている両足の筋肉の力でさえ容易く奪い取っていく。 ドスン、と重い音がホールに響く。自らの重き体を支え切れずに彩花が片膝をついたのだ。 「アタマ……ホシイホシイホシイ」 彩花が腕と足の力を奪われた事に反応し、目を向けようとする多頭。ゾクリ、と彩花の背に悪寒が走る。 「こちらだ」 だが、彩花の方へと向き直る前にその動きは止まる。淳の放った漆黒の印がその体を絡め取ったのだ。 「……お礼は後でさせてもらいますわ」 「いや、そこで戦っているだけで十分だ」 震える足で再び立ち上がりながら多腕を抑えようとする彩花。その言葉に、多頭の18の恨みの視線を受けながら淳はそれだけを返す。 唯一、多腕の能力は『近づかなければ効果を発揮できない』もの。 ゆえに、彼女が多腕を抑えているだけで、三つの異形全てから狙われる要素を兼ね備えている淳の生存率は大きく引き上げられたのだ。 とはいえ、彼らには自分達の体の異常を癒す手段は無い上に、多脚の与える呪いはその回復を著しく遅くしてしまう。 悠長にしていてはエリューション達にチャンスを与えてしまう可能性が高い。 「やれやれ、実に厄介なことじゃ……じゃが、わらわも手は抜かんぞ」 だからリベリスタ達はその連携を崩すため、多頭のみに狙いを絞って一気に攻勢に打って出る。 「で、頭多すぎるけれどどれを狙えばいいんだ? お前」 とりあえず適当な頭を打ち抜いてからの瀬恋の質問に、ぼとりと落ちた頭は答える術を持たなかった。 ● 「アタマガホシイ……ホシイ」 紡がれる声はいつしか合唱ではなくなっていた。既に『多』頭ですらなくなったアンデッドは呪縛を受けてただ怨嗟の言葉を紡ぐのみ。 「頭は集めたり奪うための物なんかじゃない……お前達のような悲劇を繰り返すわけにはいかない!」 レンの放った不吉なる札は最後の首につきささり、次の瞬間その頭に風穴があく。どさりと崩れるその体。 「今のその頭はただ撃ち抜くためのものにしか見えないね……とっとのあの世で転生しな。そうすりゃ自前のが貰えるだろうさ」 右手からせり出した黒き砲身を構え、瀬恋は呟く。それは元はカタギだったろう死者への彼女なりの弔いの言葉。 年下の少女の言葉に、レンは『頭は撫でるための物』という一瞬頭に浮かんだ言葉を打ち消して即座に残った敵の方へと向き直る。 攻撃力を抑える力を持つ多頭の撃破、それは意外なほどに時間のかかるものであった。 まだアンデッドは二体が健在。とくに致命的な攻撃を放つ多頭を押さえていたために体力回復を行えなかった弐升と、多腕を抑える彩花の消耗は激しく、猶予は皆無。 「クレクレクレウデヲクレクレ」 振るわれる腕は周囲を薙ぎ払う。ガントレットでそれを受け止めようとする少女だが、力の抜けたその腕では十分な防御を行えない。愛用してきた制服には無数の裂傷が生まれていた。 「腕が欲しい? 生憎、貴方へ気軽に譲れる腕は持ち合わせていませんわ」 それでも少女は息を整え、己の中の気を練る。ゆっくりと、再び体の中に活力が戻り始める。 「この腕には大いなる責任があります。組織とその仲間の人生を守るという……大御堂重工での立ち場という重い責任が!」 見栄でも、威圧でもなく、自らの強い責任感ゆえに彩花はそう口にする。 「そうです、みんなの体はあげません! えいやー!」 「貴方の体はもうないの、奪った物は返してもらうわ!」 そこへ駆け寄るのは二人の少女。ウーニャのかざした道化師の札は傷ついた少女の傷を癒し、司令『頭』を失った多腕は紫の一撃を避けきれずにその腕を切り落とされる。 ボトリと大地に落ちたのは、一本の腕と二本の足。 「斬れば斬るほどバラバラになるのは爽快だ。実にいい……ゲームなら一撃で終わるのですが」 多脚の異形の足を斬り飛ばしたのは唸りをあげる弐升の刃。軽々しい言葉とは裏腹に、凄まじい集中とプロアデプト特有の計算に基づいて振るわれたその刃は、素早い異形の体さえも容易に捉えうる。 「アシヲアシヲアシヲヨコセヨコセヨコセ」 唸り声と共に、異形は反撃とばかりに消耗した弐升の体へと飛びかかろうとする。だが。 「餌の時間じゃ、たらふく食ってくるがいい」 横から放たれた銃弾は翼持つ式へと変じて凍傷を負っているその体を穿つ。瑠琵の一撃は脚の一本を吹き飛ばすと同時にその意識を彼女へと引きつける。 癒せぬならば敵の攻撃を逸らせばいい、と老獪な笑みを浮かべ、その厄介な連続噛みつきを受け止める瑠琵。 その戦いは綱渡りに近い。されど、最も厄介なエリューションを倒したことで、確実にリベリスタ達は敵を詰めてゆく。 (ここからは……気をつけねばな) 集中を重ねながら、淳は敵の脚と腕の数を意識する。 最後の一体を残せば、敵は厄介な技を操るようになる。ゆえに、倒すならば同時が好ましい。 まだ二体のエリューションに共に余裕がある事を確認し、彼は極限まで狙いを定めた漆黒の印を放つのであった。 ● 「ぐっ……ごめんなさい、私に力が無いから」 振るわれた四本の腕はまるで暴風のような破壊を巻き起こす。巻き込まれて踏鞴を踏む紫の体を癒すのは、ウーニャの癒しの術。 「そんな事は無いわ。気にしないで。今は敵を倒す事に集中するわよ」 戦い慣れていない事を気にする少女の懸念を、ウーニャは首を振って否定する。 確かに初陣たる少女の実力は他のリベリスタよりは一段劣っている。だが……紫には祖母から継いだ札に描かれたものと同じ、切り札<JOKER>になりうる可能性を秘めているかのようにウーニャには感じられたのだ。 その時、BLAM! という激しい音と共に紫を傷つけた腕が二本、千切れて飛ぶ。 「おっと、危なく全部飛ばす所だ……頃合いかね、宵咲のばーさん」 「ねーさんと呼んではくれんかえ? というのはさておき、良き塩梅じゃの。一斉に参ろうか」 瀬恋の銃弾でついに多腕の異形の腕は残り二本となり、もう一匹、淳の呪縛で縫いとめられた多脚の異形に残された足は既に三本。 一気に勝負を決めようとリベリスタ達は猛攻を仕掛けていく。 「取り込まれた人達も、今ここで解放させる……眠れ」 ウーニャとレンの放った不吉なるカードは影を纏って多脚の体へと突き刺さり、それに合わせて淳はその牙を足の一本へと突き立てる。 死肉の味と匂いが淳の口腔に広がる。それを嫌うかのように、淳は食いちぎったその足を即座に吐き捨てる。 「アンデッドはバラバラになった、と」 弐升の刃は容赦なく足を一本切り飛ばし、彩花の肘先から突如として現れた金属刃もまた、炎を纏って腕を一本斬り飛ばす。 「これで終いじゃ。四肢や頭は無理じゃが、死だけは今一度くれてやろう……二度となくすで無いぞ」 トドメ、と瑠琵の手から弾丸が放たれる。それは彼らの罪を洗い流すための雨へと変じてホールの中へと降り注ぐ。 「アシガァ……アシガァ……ガ……」 最後の足を失い、崩れ落ちる多脚の異形。 そして、もはや単腕となった異形は……。 「クレクレクレクレクレクレゼンブクレゼンブゼンブゼンブゼンブクレ」 生き残ったのは、その強き執着のためか。死してなお、その異形は死を拒否し、今だ立ち続けていた。 「っ……よけ――」 直感的に危険を察し、仲間を庇おうとする瑠琵と彩花。しかし、攻撃を仕掛けたばかりの彼女達は動けない。 次の瞬間、単腕の異形はその身から瘴気を撒き散らす。 それは言うなれば実体化した執着と無念の思い。 体がほしい、失くしたものが欲しい、その欠片がほしい。足りない。どれだけあっても足りない。 なのに、また失くした。リベリスタのせいで。 泥のような思いがリベリスタ達の体を絡め取る。 「体……が……」 思考が消える。動きが奪われる。その場にいたリベリスタ達の力が一気に封じられていく。 痛みこそほとんど無いが……次は耐えられぬ者が出る事は明らかであった。何故なら、彼らの防御能力もまた防具が無いに等しいほどに奪われていたのだから。 「カケラ……カケラダァ……ナクシタ……ゼンブダァ……」 崩れ落ちたリベリスタ達を見て吼える単腕。 だが、その眼前へ一人の少女が立ちふさがる。 「私にも、出来る事があるんですね」 少女にだけは異形の一撃は通用しなかった。何故なら、彼女はその異形の能力全てへの抵抗力を有していたのだから。 「他の人のを欲しがってばかりではだめー!」 紫とて、過去に失った物は決して少なくない。 それでも、少女は決めたのだ。一人でも多くの人を救うために、元気いっぱいに戦おうと。 「アァ……オレノウデハ……サイショ……ニ……」 振るわれた刃は残された最後の腕を、過去にすがろうと伸ばした彼らの未練の手を……。 綺麗に、断ち切った。 ● ホールから外へと出たウーニャはそっと息を吐き出した。冬の廃墟は凍えるように寒く、その息は白く染まる。 「あのエリューションも、元はかわいそうな存在だったのよね」 「えぇ、きっとそうでしょうね。理由は分からなくとも理解は出来る」 それに肩をすくめて応えたのは弐升。のんびりとした口調で彼は続ける。 「適度にホラーでしたが、まだ笑い飛ばせる部類ですね。理解の及ばないモノが一番怖いです」 「おいおい、その言い方は無いだろ」 その毒舌に思わず反応するレン。だが、次の瞬間彼の背筋が凍りついた。 「では、腕を失った死体と、足を失った死体、頭を失った死体が一堂に会したのは、何故でしょうか?」 『とはいえ、それが一斉に出てきたらギャグだな』 瀬恋の言葉がリフレインする。 それらはそれぞれ単体ならば存在してもまだおかしくは無かったであろう。 だが、常識的に考えれば、そんな死体が三体同時に揃う事などまずあり得ない。理解が及ばない。 つまり……常識的でない『何か』が原因で揃ったと考えられる。 「この仕事をしていると、そのあたりを痛感しますよ」 この世界は神秘に満ちている。それも、嫌になるくらいのどす黒い神秘がこれでもかというほどに。 負の神秘は悲劇と共に新たなる負の神秘を生み、そして新たに生まれた負の神秘もまた、悲劇を巻き起こす。 その連鎖は永遠に終わる事は無い。 「なぁに、ある意味でこれはいつものことよ」 そこに声をかけるのは幼くしか見えぬ永き時を生きる吸血鬼。彼女はコロコロと笑い、言葉を紡ぐ。 「今は、この喪失の輪を断ち切れた事を喜ぼうではないか。のぅ?」 リベリスタ達の戦いはなお、終わる事は無い。 それでも今は、一つの命を確実に救う事が出来た。 その達成感を胸に……彼らは帰路につく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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