● 鳴き声が、聞こえる。 何処かの路地で。河川敷で。物陰で。 誰にも気付かれず、例え気付かれても冷たく追い払われる。 彼らは、この寒空の下、あまりに無力で。 あまりに、忠実だった。 さむいよ。 おなかがすいたよ。 ねぇ、はやく。はやく。 はやく、むかえにきてよ──。 ──ぐちゃり。べちゃり。 粘ついた音が、耳を打つ。 つん、と。鉄錆の臭いが鼻を突く、薄暗い路地裏。そこに居たのは、横たわる少女だった。 粘性の音が立つ度、ぴくぴくと、その細い身体が揺れる。 ──ぐちゃり。ぐちゃり。 音は止まない。濃くなる、生温い鉄のにおい。 不意に、隠れていた月が、顔を出す。 紅、だった。 血と臓物、そして脳漿が織り成す、紅い絨毯と、腹を食い破られ頭を割られた少女だったもの。 そして。 犬猫の身体をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた様な生臭い何かが何匹も少女の死骸に群がり、それを貪り喰らって居た。 血に汚れ異様に発達した牙が。長い爪が。少女の身体に再び、突き立てられる。 ──ぐちゃり。ずるり。 鮮血の饗宴は、続く。 ● 「依頼。エリューションの討伐。少しだけ急を要する」 その場に集うリベリスタを見回して、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は一言、それだけを告げた。 次いで手渡される、数枚の資料。 「エリューション・アンデッド。フェーズは1だけど、全部で7匹居る。全て、元は捨て猫や捨て犬」 フォーチュナの差し出した資料によれば、個々の能力は大した事が無い。 発達した爪や牙での攻撃は、出血と毒の呪いを与えこそするもののバリエーションに乏しい。 俊敏で、少々回避が高い以外に特筆すべき事はなく、耐久力は無い。 リベリスタ達にかかれば大した手間も無く片付く案件である。 しかし、それはあくまで、リベリスタ達にとってはの話である。 「彼らは、異常な凶暴性を持ってる。獲物を殺し、骨と皮以外全て、貪り尽くすの。本当に、内臓一つ残らない」 現に、既に何人か出ている被害者は殆どが、人としての原型を留めていなかった。 飢えに苦しみ、寒さに震え。信じていた主人は戻ってこない。 飢えと渇き。絶望と恨み。捨てられた彼らは恐らく、死の瞬間までそれを感じ続けて居たのだろう。 そして、それが、今の行動原理に繋がってしまった。 「今は確かに、この世界には大きな影響を与えない。でも、力の無い一般人にとっては、深刻な脅威だと思う」 だから、出来る限り素早く何とかして欲しいと、フォーチュナは告げた。 彼らは夜、ある地域の路地をうろつくのが常であるらしく、その、縄張りとも言うべき場所に人間が入れば即座に反応し、食い殺そうとしてくるようだった。 故に、出会う事は容易い。そう続けてから、色違いの瞳がリベリスタ達を見詰め直した。 「……そんなに難しい内容じゃない。だからこそ、気を抜かないで。頑張ってきて欲しい」 いってらっしゃい。添えられた見送りの言葉と共に、フォーチュナはブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月16日(金)21:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● こつん。人気の無い路地に響く、足音。 万華鏡の導きに従って。リベリスタ達は既に幾度もの競演の舞台となっている其処に、足を踏み入れていた。 ――世界は美しくないが故に、美しい。 集団の先頭。自身に光源を結び付け前を照らす『枯れ木に花を咲かせましょう』花咲 冬芽(BNE000265)は、何となく聞き覚えのある言葉を反芻していた。 世界は何時だって理不尽で、残酷で、でも優しくて、全てを等しく包み込む。 相反する性質を抱え、歪であるからこそ。世界とは、美しいものなのだろうか。 そこまで思案し、未だ幼さの残る愛らしい面差しが、悲しげに曇る。 「――迎えに来たよ、とは言えないよね」 だから。そこまで呟いて、残りは飲み込んだ。 この言葉はきっと、全て終わってから伝えるべきものだ。 そんな彼女の後方。自身が放つ光と松明で周囲を照らす『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)は、胸の痛みを堪える様に表情を歪めた。 寂しかったのだろうか。寒かったのだろうか。お腹を空かせていたのだろうか。 捨てられた彼らの寂しさを紛わせてあげたい。抱き締め暖めて、お腹を満たしてあげたい。 けれど、エリューションになってしまったら。 そのどれも、自分達が叶えてやる事は出来なかった。だから、せめて。もうこれ以上辛い事が続かないように。 「その負の想い……ボク達が断ち切って見せるです」 人々を救う勇者を目指す彼女の優しい決意は、固い。 足を、進める。そろそろ出会う頃合だろうか。 闇すら見通す瞳で周囲を見回すトリストラム・D・ライリー(BNE003053) は、これから出て来るであろう敵の存在を思い、微かに眉を寄せた。 なんとも悪趣味な敵だと、彼は思う。不用になったものには容赦が無い。 そんな、人の業とも言うべきものをよくよく感じさせる相手だ。今回の、敵は。 「……人がどれだけ傷つけても、惨い仕打ちをしようと……彼らは、救いを待っていたのだろうな」 寒さも飢えも、敬愛する主人の為ならば耐えられてしまう。何処までも純粋で、従順な彼ら。 しかし、人のどんな仕打ちでさえも、許してくれるからこそ。 「傷つけてはいけないのだと、何故……気づけないのか」 ――全く、本当に愚かな話だよ。 極めて冷静に。しかし、苦さを抑えきれない侭吐き出された言葉が、仲間達にも届く。 哀れな彼ら。けれど、もしかしたら。人間に同情されたくはないかもしれないなと、『素兎』天月・光(BNE000490) は思う。 胸が、苦しかった。苦しみ、恨み死んでいった彼ら。 助けてやりたい。けれど、自分が今からする事は救いではなく、殺しだ。 でも、解っていても。自分はこうして、彼らを助ける。 それ以外に、きっと救いなんてないのだから。 「……もう一度、終わらせてあげるよ」 その呟きに、応える様に。 ――ハァッ。 不意に、闇の向こうから、生温い呼吸音が、響いた。 続いて、かつかつかつっ。硬い、爪の様なものが地面にぶつかる音。 即座に其方に視線を投げたトリストラム、光、そして『ガンランナー』リーゼロット・グランシール(BNE001266)の表情が、一気に強張った。 未だ、闇に紛れ、常人には見えないそれ。しかし、闇を見通す3人は、一足先にその姿を、見てしまった。 音の主が、此方へと迫ってくる。 ――ハァ、ハァッ……! 荒い、息遣い。かつかつ、爪の音。そして。 リベリスタ達の持つ明かりが照らす範囲内。ついに、それは姿を曝け出した。 所々、毛とピンク色をした肉の交じり合う体。血と肉とが、腐ったにおい。 犬や猫をぶつ切りにして混ぜ合わせた様なそれらは、光の無い瞳で此方を見て。 「――――――っ!」 音になりきらない、怨嗟の叫びを、上げた。 ● リベリスタの行動は素早かった。 敵を目視した直後、光が走り出す。そのしなやかな身体が一気に壁を駆け上がり、エリューションの背後へと回り込む。 音も無く路面へと飛び降り、己の身体を速さに秀でた状態に最適化する彼女の隣には、自身の持つ純白の翼を使いエリューションを飛び越えた冬芽が立つ。 その背後には、滲み出す様に闇色の従者が寄り添っていた。 残されたリベリスタ達も、迷う事無くその立ち位置を整えていた。 前に出た光が、荒れ狂い広がる雷撃でエリューションを貫く。凄まじい絶叫と、肉の焦げるにおい。 しかし、2、3匹程はその雷を避けていた。リベリスタの身体を食い尽くさんと、敵が動き出す。 「そこが隙だと思ったんだろ? 甘いんだよっ!」 蒼い髪を靡かせて。飛び掛ってきた一体の牙を、『爆砕豪拳烈脚』天龍院 神威(BNE003223)が軽やかにかわす。 光と神威の間を縫って。異なる1体がリベリスタ達の中へと入り込んできた。 その鋭利な爪が狙う先には、リーゼロット。しかし、彼女がそれをかわす前に。 「ここは自分の出番! 体張るっスよ!」 陣の中程で待機していた『忠犬こたろー』羽柴・呼太郎(BNE003190)が、威勢の良い声と共にその身を挺して攻撃を防いでいた。 今回が、自分にとって初仕事。勝って帰る為にも気合を入れていかねば。そんな決意の滲む彼は、食い込んだ爪に僅かに表情を歪めるも、呪いを受ける事無く確りと自身の足で踏み留まった。 そして、反対側。光と冬芽が立つ方では、3体の敵が猛威を振るわんとしていた。 2体の体当たりを凌ぐも、残り1体の爪が光へと振り下ろされる。 「っ……君たちの苦しみには負けない!」 防御をすり抜けた一撃に、紅い血が飛ぶ。気を、確りと持たねば。そう強く念じて、光は声を張り上げた。 残り2体も、餌を求める様にリベリスタに飛び掛る。光が1体の牙を受け、トリストラムが全体重を乗せぶつかってくる身体を受け止める。 素早い猛攻を凌ぎ切り、リーゼロットが、続いてトリストラムが、怒れる蜂の群れの如き、絶え間無い攻撃を降り注がせた。 呻く、動物の声。若干動きが鈍っているものもいるか、と状況を確認しながら、リーゼロットは僅かに、その瞳を翳らせた。 すべき事をする。だから、今回も、何時も通り受けた依頼を、何時も通りにこなすのが自分だ。 しかし。報われず苦しみ続けると言うのはどうにも、哀れなものだと彼女は思っていた。 動物は、嫌いではない。哀れみの気持ちもある。――だが、もう彼らを助ける事など出来はしないのだ。 ならばせめて。 「……早く、楽にしてあげましょう」 安らかに眠る事が恐らくは、彼らにとっての救いのはずだった。 「なんというか……報われねェな」 自身の間近の1体に自身の全力を込めた武器を叩きつけながら、神威もまた、やりきれない思いを吐露した。 これが運命だった、と言うなら、なんと残酷な運命だろうか。 しかし、だからと言って此処で手を抜くわけにはいかない。それを重々承知している神威の一撃に、躊躇いや迷いは見受けられなかった。 陣の、一番奥。戦場全てを見渡せる位置に立つ『一葉』三改木・朽葉(BNE003208)は、微かに眉を寄せる。 温もりを教えておいて手放すなんて、実に残酷なことをするものだ。 庇護すべき存在を投げ出した者など、彼らが慕うには値しない。 「早く忘れろ……って、言っても無理か」 一度主人と認めたものを、忘れられなかったから。彼らはこうして此処に留まってしまっているのだから。 ならば、その想いの残滓ごと、白く塗り潰すまで。己の好む、絶対的な色を思い浮かべながら。 仲間達の様子を把握し、朽葉は的確に呼太郎へと清らな癒しの風を吹かせた。 開戦早々。流れは完全にリベリスタ達が握っていた。 即座に行われた猛攻により、既に2匹程の敵が力無くその身体を地面に横たえている。 それを目視してから、光は残像を生み出す程の速度で手近な敵に斬りつけ、光が再び荒れ狂う一条の雷を全体へと拡散させる。 冬芽が己の握る鋼の糸を張り巡らせる様に軽やかなステップを踏み敵を切り裂けば、また1体、敵の数が減った。 しかし、耐久に劣る分、その身のこなしの素早さは目を見張るものがあった。 生き残っているエリューションが、怒りに突き動かされる様にリベリスタへと襲い掛かる。 噛み付き、引っかき。全力でぶつかってくる彼らの攻撃は、少なからずリベリスタの体力を削る。 その爪や牙の餌食となった、冬芽と神威、そして光がその身体を蝕む毒と、止め処無く流れ落ちる血液の呪いを受けてしまっていた。 少しでも数を減らそうと、リーゼロットが放つ鉛の雨に続いて、トリストラムもまた、己の携える弓から無数の矢を降り注がせる。 器用に避けるものも居れば、容赦なくその攻撃を受け、犬猫を思わせる泣き声を上げるものもまた、居る。 「──謝ってやりたいが……いや、その資格すら……俺にはないか」 苦いものが、込み上げる。 どれだけ言い繕おうと、恐らく、彼らにとって自分達は、迎えに来ない主人と同じ、人間なのだから。 神威が血の止まらぬ身体を気にする事なく、煌くオーラを纏い目の前の敵へと切りかかれば、またもう1体、傷ついたその身体を地面に沈めた。 ● 朽葉が、戦場を見渡しながら状況を確認する。向こう側では冬芽。此方側では光と神威が、何らかの呪いを受けている。 「羽柴さん、恐らく3人以上呪いを受けています……!」 かかった声に、同じく状況把握に努めていた呼太郎が大きく頷いた。 それを見届けてから、朽葉は出来る限り前に出る事で、恐らくダメージの大きいであろう冬芽へと、癒しの微風を届けた。 「回復は自分に任せるっス!」 続いて、呼太郎が同じ様に少々前に出る事で、戦場全体へと邪気を打ち払う聖なる光を拡散させる。 恐らく今回一番の出番であろう。必ず、仲間を苛む呪いを解こうと強く望んだお陰だろうか。 光が消えた直後、止まらぬ出血や体内を駆け巡る毒は、全て仲間の身体から消え去っていた。 敵は、既にもう3体のみになっていた。 「これが今の精一杯だ!」 光が再び、残像と共に高速の斬撃を与えれば、また1体。 「この一撃で楽にしてあげるです……S・フィニッシャー!」 冬芽の曲弦に翻弄された敵には、光がまさしく勇者の如き華やかな動きと共に振り下ろされた一撃が止めを刺した。 残る1体が、最後の足掻きとばかりに目の前の神威に襲い掛かる。しかし、その一撃は無常にも、彼女の華麗な身のこなしによってかわされてしまった。 「……喰われる事で満たしてやれるなら、腕の一本くらい上げてもいいんだけどね」 そんなの、焼け石に水だろう? 誰より戦場をよく見渡せる位置で、誰より早く終わりの気配を感じ取っていた朽葉が、小さく呟く。 同じ様に、自身の相棒である弓を無慈悲に引き絞りながら、トリストラムも静かに、複雑な胸中を省みた。 可能な限り、苦しまぬ様にしてやるのが自分の責務だと、彼は思っている。しかし、例えば。例えばだ。 例えば、血肉を食らわれても抱き締めてやれば。彼らは少しは救われるのだろうか。 寒さに震えて、苦しくて。そして、飢えと絶望に蝕まれながら死んだのであろう彼ら。 己の身体を犠牲にして彼らが救われると言うのなら、少しくらい捧げてやっても構わない。その考えは、リベリスタの内に確かに、あった。 だが、それは恐らく、救いにならないのだという事も、何となくリベリスタ達は理解していた。 「君達は此処で果てて行け──そして、少しは俺達を恨め。そうでなければ……」 ――余りにも、不憫でならない。そこまで呟いて、トリストラムは微かに、眉を寄せた。 君達を慈悲なく殺す悪鬼は此処にいる。だから、その昇華しきれぬ思いを、ぶつけて来るがいい。 冷静で、常に現実を見る事を己に課す彼は。 堪え切れない想いを込めて、引き絞っていた弓から、正確無比な一撃を、哀れな敵に向けて放った。 「もう苦しまなくて良いから、全部忘れて眠りなさい」 そんな、朽葉の言葉に見送られて。 空腹と絶望に喘ぎ続けた動物達の成れの果ては、静かにその身を、冷たい道路へと横たえた。 ● 路地に、静けさが戻る。動く様子がない事を確認してから、リベリスタ達は一様にそっと、肩の力を抜いた。 互いに傷を癒し合い、アークへの連絡を行う。 その最中、持参した風呂敷を広げて、朽葉は遺骸の回収を行おうとしていた。 光とトリストラムも同様の事を考えていたのだろう。無言のまま、その作業を手伝おうと手を貸す。 傷付き、ぼろぼろになったその骸を、丁寧にかき集めて。風呂敷に乗せていく。 その様子を見ながら、冬芽はそっと、その大きな瞳を伏せた。 戦う前。思った事。今ならもう、告げてもいいだろうか。 哀れな彼ら。連れて帰ってやる事は、叶わなかったけれど。ただただ、どうか。 「静かに、おやすみなさい――」 優しく、穏やかな呟きが闇に溶ける。 そうして、無言の作業が終わった頃。アークとの連絡を終えたリーゼロットが静かに、口を開いた。 「……この近くに日当たりが良く、開けた場所があるそうです」 その後に続く言葉は、音にしなくても全員に伝わっていた。 冬特有の、冷たい空気が肌を撫でる。 アークの指定した場所に運んできた遺骸を埋葬し終えた一行は、静かに、悼む様に目を伏せた。 「……せめてものたむけだ」 「最後まで置き去りになんてしないさ、……此処なら、日当たりがいいね」 光と朽葉が、墓にそっと語りかける。 死ぬ直前まで、絶望し続けた彼ら。蘇ってしまった彼らを再び眠りにつかせたのだから、其の侭にしていくのはあまりに忍びなかった。 それぞれに彼らを悼むリベリスタ達と、立てられた墓を見ながら。 トリストラムは思いを馳せるように目を伏せた後、そっと、口を開いた。 「……次に生があるなら……君達は、幸せになれ」 吐息混じりに、囁かれた言葉はやはり、静かに闇に溶ける。 こうして、これ以上の犠牲を増やす事もなく。喘ぎ続ける7匹は漸く、安らかな眠りを与えられた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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