●どう足掻いても虐殺劇 闇の中から、規則正しい足音が響き渡る。 小さいが、しかしその数は埒外。道を行く粗暴な野良犬を、その数分の一の集団が蹂躙する。 或いは銃、或いは剣、或いは術。 見るも無残に変質したそれを乗り越えて足音は続く。 暫く遅れて現れたのは、浮世離れした美貌の少女。 ただ、その歩みは遅く、見るからに弱々しい。 引きずるように歩を進める少女を守るように、軍勢が夜を往く。 夜に逝く。 ●矮小な来訪者、過大な破界器 「……くるみ割り人形?」 「見たままに捉えれば、そういうことになるのでしょうか。何とも理解に苦しむアザーバイドですが……」 モニタに映し出される映像を眺め、呆けたように声を上げたリベリスタに向かって、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)は困ったように首をかしげた。 「識別名称『ウォルナット・アーミー』及び『ドロッセルマイヤー』。前者のサイズは概ね身長四十センチメートル、数は……三百ほど居るでしょうね。後者はボトム・チャンネルに降りた際に既に相当疲弊しており、命を奪うのは容易でしょうが……こんな状況下で何故降りてきたか、彼らについて分析した結果、ひとつの仮説にたどり着きました」 そう言うと、夜倉は黒いケースを取り出した。蓋を開けると、オレンジ色に輝く林檎のガラス細工が鎮座しているのが見える。 「覚えている方がここに居るかは少し疑問ですが……『悪毒の林檎』、と呼ばれるアーティファクトです。アザーバイド『セプテット・デ・ツヴァーク』から回収し、その使用法については『略奪者アテナ』からの言葉を元にして解析が済んでおりまして。――一言で言うなら、『虐殺と救済』を成す、平時では明らかに埒外の能力を有しています。 無論、制限がありますが。ひとつ、発動に有するコストは一定量の生命の犠牲。ふたつ、能力は選択型であり、どちらかを成せば蓄積した生命数はリセットされます」 そこまで口にして、大きく深呼吸をして夜倉は続ける。 「『ウォルナット・アーミー』を真正面から殲滅しようとするなら、現在の状態の『悪毒の林檎』の発動で事足ります。ですが、『ドロッセルマイヤー』を何らかの手段で救済するなら……多少、あちら側の犠牲を踏み越える必要があるでしょう。 そも、彼女を救済することがプラスに働くかすら分かりません。止めはしませんが……選択はふたつにひとつです」 「倒すだけなら簡単ですがね」、と。オレンジ色に輝くそれを置き、彼はリベリスタ達に背を向けた。 選択を任せる、という彼なりの意思表示なのだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月13日(火)22:23 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●葬送堕列 世界の階層の上下は、そのまま世界のあり方の上下関係に等しい。それは、どの世界にとっても等しい認識のもとにあり、大抵の場合、弱肉強食がそこに発生することは珍しいことでは全くない。 ボトム・チャンネルについてもそう。在る世界では餌場、在る世界では新天地、在る世界では農場に等しい扱いすら受けていることもある。友好的、というのは一時のあり方が等しいだけの詭弁だ。だからこそ、アザーバイドは敵として認識されることが最も多い手合いであるのだ。 「……ふぁ。こんな夜中に百鬼夜行ですか?」 『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)の「百鬼夜行」は、少しずつ近付く相手を表現するには実に的確な表現だった。自らと全く違う主義主張・価値観・存在観念を持つ彼らをして鬼の類と吐き捨てることのどこに過ちがあるだろう。 「交渉の余地があるなら、とは思いますが……」 手元のデジカメの調子を確認しつつも、風見 七花(BNE003013)は周囲の仲間に確認するようにそう呟いた。人並以上に経験を積んでいるとはいえ、争わずに終わるならばそれがいい、とは歌がうまい。 「傷ついた女を斬るなんて真似は、出来ればしたかねぇな……」 「助けられるなら、助けてあげたいよねぇ~……?」 飄々としたフォーチュナに乗せられて、というわけではあるまい。『悪夢の残滓』ランディ・益母(BNE001403)は、彼なりに戦いに対する矜持もあれば、人を思いやる情だってある。このようなイレギュラーであれば、尚の事気を張らねばなるまい。 そんな彼に応じるように声を上げたのは、『箱庭のクローバー』月杜・とら(ID:BNE002285)だった。彼女の手の中には、彼女たちが預かった黒い箱が鎮座している。そのアーティファクトの扱いを以てして、今回の戦いの是非が問われることになるのだが……その存在は、やはり彼らをして複雑な心境たらしめた。 「捧げられた命を溜め込み、それが満たされることによって願いを叶える願望器……ですか」 改めて、これまで起こった出来事を再度確認するように『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)が反芻する。正確に言うなら、「蒐集した命」であり、そこに余人の言葉を差し挟む余地など無い。命の蒐集に上下貴賎の別はなく、単純な絶対数のみが其処に存在する、それだけなのだ。 なればこそ、その力を使うという選択肢を『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)含め、リベリスタ達は決して由とは言い切れない。だが、その選択肢から目を背けて助けられるものなど、本当に限られた一部でしかない。 終わってしまった命、一部となり大に取り込まれたそれを救う術などありはしない。 なれば、それを以ってより多くを救うことこそが彼らに課せられた義務なのか。 否。それは義務ではなく彼らなりの希望だ。にべもなく打倒し、世界を守るという基礎原則に基づく戦いを許された彼らが、敢えて茨を踏むと述べた。敢えて惨難辛苦へ踏み出すと言った。青臭くても、賢くなくても、自分らしくを課するなら、それは正しいと胸を張れば良い。 遠雷のように響く、規則正しい足音が。 遠く、耳敏い者がいれば気付いたかも知れぬ不規則な息遣いが。 彼らの元へと近づいていく。 「武器を納めよ、此方に戦う意思は無いのじゃ」 高らかに、『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の声が戦場を揺らす。彼女の心持ちがどうあれ、長としての経験則が、その一言に持たせる重みは彼女自身が知るそれを遥かに超える。声のトーンではない。そこに確かに存在する「重み」をして、彼女は眼前の相手の上へ立つ。 圧倒的に下位であると認識していたはずの世界の住人が、通じいる言葉を以て自分達に交渉を挑もうとしている――それは、一介の名も無き戦列の構成員からすれば予想外であることこの上ない状況だった。 戦う意思は無いと言った。得物を持たず、見様によっては非常に悠然と、眼前の存在は自分たちの前に無防備にも身を晒した。 「お姫様に御目通りは叶うのかな?」 更に驚くべきは、次いで現れた夏栖斗が、ごくごく当たり前のように「姫」と口にしたことにもある。背後から従うように追ってくる「彼女」をして、正しく認識しているということに当たるだろうか――ファーストコンタクトとしては、これ以上ない印象を植えつけた彼らの手筈は、アザーバイドをして攻撃を躊躇わせる程度には効果を発揮していたのだ。 「馬鹿な、下層の種と通じる言葉など……」 「狼狽えるな、諫言に乗っては救えるものも救えぬ、進む以外の何が許されると思っている!」 激しい狼狽、次いで怒号のような声。甲高いながら、しかし意思の硬さを思わせる者達が口々に発するのは、霧散しかけた敵意をどう扱うか、その不明瞭な状況への驚きだったに違いない。 証拠に、掲げられた剣、銃、或いは杖は、未だリベリスタ達を向いて降ろされる気配がない。 動揺していたのは、三百余りのアーミー達だけではない。その背後に姿を現した少女、「ドロッセルマイヤー」も又、異界の住人からの初期接触を真っ向から受ける形となった。 (こんばんは♪ ようこそ……とは言いづらいお出ましだけど、貴女達の来た目的があの林檎なら、武器を収めてくださいな? 力になれるかもしれません。私達の王子が、貴女とお話がしたいそうです) (斯様な姿にその力……汝は、導師の類か? 無遠慮にも語りかけるとは、奇特な者もいるものだな。その奇特さに免じて、話くらいは聞いてやろう) 相変わらずといえば相変わらずの調子ながら、とらの言葉は、相手への多少なりの敬いと交渉を始めようという強かさを覗かせる。対するドロッセルマイヤーも又、上位階層の存在らしく不遜でありながらも、言葉の端に上がる単語の重要性を識ってか、無碍に話を断とうとはしなかった。なにより、とらが言葉と共に送り込んだ福音の波長をして、その意思の有り様を垣間見たというのが最も大きな要因だろうか。 果たして、ドロッセルマイヤーの小さな手が横へ払われるのを合図として、隊列は中央から左右へ、統制された動きで道を形作った。中央まで歩み寄ったその手が招くまま、ランディを先頭として夏栖斗、次いでとらがその場へと進み出る。 (頑張れ王子! 出来る限りの事はやってみせますよ……!) 背後に身を据えた『蒼輝翠月』石 瑛(BNE002528)らの視線を受け、交渉の端緒が切り開かれた。 余談ながら。 「可愛いーじゃないですかー! お友達になりませんか? えへへ」 「なっ、接近型格闘術か!? 貴様等、戦う意思はないと言ったろうが……!」 「すいません……きっと、彼女なりの友好度のアピールなんです」 ああ、影時の黒歴史がまた一ページ。 ●交渉 交渉の場に出揃った双方、といってもアザーバイド側は一人ではあるが……ともあれ、とらや瑠琵が献身的に治療の術を行使したことも相俟ってか、ドロッセルマイヤーの疲弊は幾分か和らげられているように思われた。根本的な解決には些か不安が残るが、十分な余裕を作った形となるだろう。アーミー達に対し、これ以上ない信頼構築のデモンストレーションを行った、という見方も出来よう。 「王子の前に、まずはとらから聞いてもいいですか? アテナちゃん……について、ご存知ですか」 「……そうか、彼奴がこちらで姿を消したというのは、事実であったか」 「彼女は、敵、だったんですか?」 嘗て、自らが討伐に参加したアザーバイドの名を借りて、とらは相手の境遇を知ろうと言葉を重ねた。対するドロッセルマイヤーは、その問いに対して静かに笑みを返すだけだったが……曖昧なその表情は、単純な言葉で語れない事情や歳月を感じさせるに相応しいものであった。 「アンタが何者なのかは俺にとっちゃどうでもいい話だ。だがそこまでして来るんなら相応の理由はあるんだろ?」 「無論だとも。我々は――おそらくはそこな導師が持つ『林檎』も含め、一個にして総意を以て救うべきものがあるが故に、来た」 聞くものによっては荒っぽく、しかし相応の想いを内包したランディの言葉は、彼女の言葉を引き出すには余りに雄弁だったのだろう。とらを顎で示し、その手に持つ黒のケースをして目的であると言い切った。 「君が姫なら救済したいと思ってる。……残念だけど、僕達はこの世界の命をこれ以上渡したくはない」 「『姫』、か」 続け様、夏栖斗が告げた言葉に、ドロッセルマイヤーは静かな笑みをこぼした。それが言外に否定であると共に、先述の言葉通りであるならば、彼らは今、重要なことを聞いたことになりはしないだろうか。 「誰か、助けたい人がいるんですか?」 七花が、交渉にあたっている人間の背後から小さく響く。 「お主らの世界でも何か異変が起こってるのかぇ?」 追い打つようにして、瑠琵の問いが彼女へと告げられる。そのふたつをして、今回の事件の核心であり。とらが最も気を割いた事柄のひとつであることは、疑りようがない。「救うべきもの」と「姫」。それらが同じ物を指すのは明らかだ。 「汝らがこの世界の命を与えぬと意地を張るのなら、救うとは言い切れぬがな。まあ、好い。げに尊きものの前ではその決意も揺らぐと信じ、語るも悪くなかろう」 どこまでも不遜に、しかしどこまでも嫌味を排除した言葉をもって、ドロッセルマイヤーは我が身の、ひいては我が世界のことを語り始める。居並ぶアーミーは一糸乱れず、隊列を保持している。武器は携えてはいるが、既に儀仗に近い様相を呈しているのは……目の前の主人が、こうして雄弁に語るからかもしれない。 ドロッセルマイヤーの言葉は、実に簡潔に、しかしその想いを感じさせるものであった。 話としては、ごくごくありきたりな世界の斜陽に過ぎないだろう。争いに食いつぶされる世界と、その担い手の命の危機など、飽くほど繰り返された幻想記にも劣る。 だが、彼女らには『悪毒の林檎』があり、その世界には『下』があり、一部の者を暴走に駆り立てるだけの下地があったということにもなるだろう。『その世界では』責められるべきものではない。 「じゃあ、何であんなに辛そうだったのかな? てっきり、自分が助かるためだとばかり……」 「終末主義者は、どの世界にも等しく居るということよ……こちらに降り立つのと引き換えに、我も大分命を削った。永くは、なかろうよ」 「ボトムチャンネル……なめてんじゃねーです」 だが、告げられたその言葉は、裏をかえせば自分もまた下層の存在を糧にすべく現れた、ということを彼女は暗に告げたのだ。ボトム・チャンネルに生きる影時ら全ての存在にとって、その命を上層のために消費しろと言うのは提案とは言わないだろう。最早、強請の類に近い。 夏栖斗らの傍らに控えていた七花もまた、影時の言葉にざわつくアーミーを見据え、僅かに構えを取る。戦いを挑むわけではなく、交渉に挑む者達を守るべき、と規定した動きだ。 (感情がざわついてますね……強硬手段に出ないと願いたいところですが) 星龍は、自らの探知の網にかかる感情がどれも鋭く、敵意を孕み始めたことを理解している。このままであれば、どこで暴発があるか分かったものではない。 「残念だけど、僕達はこの世界の命をこれ以上渡したくはない」 交渉にあたっていた夏栖斗の声が、冷静に響く。飽くまで毅然とした態度で言葉を放つ彼の姿は、王子やその類の高貴さではないにせよ、相手に傾聴させる程度の意思の強さは感じさせるに値したことだろう。 「アーミーたちは姫を助けるためなら命を捧げれる? お姫様は彼らを犠牲にできる?」 「アンタやアンタの仲間達は、命に代えてでもその大切な者の為に自分の命を使えるかい?」 同じく、覚悟を問うたのはランディだ。彼の手には、武器が無い。それどころか、彼の幻想纏いには身を守る道具すらない。それは、彼がその身一つでこの場の仲間を守り、終わらせるという決意である。言葉にせずとも、それが知られることはなくても、その気配が、全ての覚悟を物語る。 「妾も、こやつらも、彼女の前では等しく雑草が如きに過ぎぬ。覚悟をせいと言うなれば……此奴等とて、妾の死を乗り越える覚悟すらしておろうさ」 自嘲気味に語るドロッセルマイヤーの脚は、しかし言葉と裏腹に小刻みに震えている。恐怖、というには余りに弱々しいそれを、覚悟と受け取れぬ者がこの場に居ただろうか。 とらが、無言でケースから林檎を取り出す。 半ばまで満たされたそれを掲げた瞬間、リベリスタ達の表情に僅かな変化が起きる。戦いを避けていて尚、起きるべくして起きた苦痛。自らの運命の消耗。 「な――汝ら、何を」 「アンタが覚悟を示した。それだけで十分だろ。安い命だが持ってけよ」 「全部はダメですよ?」 「貴女を生かして還します。犠牲は貴女のためです、お忘れなく」 それぞれの言葉と共に、その身を削った運命のそれが、値千金の質を持つことなど、破界器には十分承知の上である。 だからこそ、その器は彼らの運命をして自らを満たした。 だからこそ、ドロッセルマイヤーは、そしてアーミーは、矛を収め、リベリスタらの要求を甘んじて受けることを選択した。永く続く葬列の如き異界の住人の赴く、世界の狭間の向こう側。 拳を振り上げたランディは、確かにその声を聞いた気がしたのだ。 ――救いあれと。 姫でなく兵でなく、第三者の確かな『声』を。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|