● 料理にとって、愛情はなによりの隠し味。 大好きな人のことを考えながら一匙、二匙と注いでいくとっておきのスパイス。 私の愛を一つ摘んでは貴方の為に。 届けと祈っては二摘み。 おいしいって言ってくれるかしら? 微笑んで頭を撫でてくれるかしら? もしかしたらデザートは君だよ、なんて言ってくれたり……きゃーっ! うふふ……この包丁を手に入れてから、毎日が幸せ尽くし。本当にこんなに幸せでいいのかしら。 はい、今日もたくさん作ってきたから目一杯召し上がれっ♪ これを全部食べ終わったらデザートもあるから、楽しみにしててね? ……え、もうお腹いっぱい? そ、そんなことないよね? だってまだ半分も食べてないしデザートは、その……私、だよ? ぶぅ、なんでそこで目を逸らすのかなぁ。あ、わかった。私に食べさせてほしいならそんな、わざわざ遠回しに言わなくても食べさせてあげるのに……はい、あーんっ♪ ほら、はやく食べないともっと悪戯しちゃうよ? ふふ……今、包丁が貴方のお腹に刺さってるのがわかる? 今からお腹を掻っ捌いて胃の中をきれいきれいしてあげるね。そうすればもっともっとたくさん食べられるよ? 大丈夫、きちんと全部あーんして食べさせてあげるから。ふふ……よく食べられましたっ♪ それじゃあ、約束してたデザート……あげるね? まずは人差し指がいい? それともいきなり目玉とかいっちゃう? いいよ……貴方の為なら、どこだって差し出しちゃう。ほら、よく噛み噛みして、ごっくんしようね……ふふふ。これで正真正銘、私達は一心同体だね。これからもずっとずっと一緒だよ。 ――ずっとずっと、大好きだよ♪ ● 「その後、彼らの姿を見た者は誰もいなかった……」 めでたしめでたし。 「という冗談は置いておいて。今回の事件の発端は、料理が上手になるかわりにヤンデレに覚醒してしまうというアーティファクトを恋する乙女が手にしてしまったこと」 簡単に流された状況説明にかるく引いているリベリスタ達の「どうしてそうなった」という表情を華麗に無視しつつ、『リンク・カレイド』真白・イヴ(nBNE000001)が説明を続ける。 「今回の任務はこのアーティファクトの破壊、または回収。今回見たのは未来視だから回避は可能だけど、楽をすることも可能」 未来視の通りに状況が進めば、二人はやがて出血多量によるショック死を引き起こすだろう。 「ただ、せっかく事件を回避できる状況にあることだし、できれば助けてあげてほしいとは思うけど……」 どうするかはリベリスタ達次第である。 「ちなみに現状は、男の人を軟禁状態にしたヤンデレ女性が食事や身の周りのお世話をしているわ。まだそこまでヤン化してないからか、男の人も仕方ないなぁという感じでそれに付き合ってるみたい」 女性の料理はつい最近まで周囲から殺人級と評されていたほどの壊滅的な腕前の持ち主で、男性はそれが上達したのが嬉しくてこんなにも甲斐甲斐しく尽くしてくれているんだろう、とのんびりと構えているらしい。 「まぁ、両手両足に手錠をはめられてるんだけどね」 「それは既に立派な犯罪じゃないか……」というリベリスタ達の表情を見なかったことにしつつ、イヴが更に続ける。 「愛が深まるほどヤンもまた深くなる。男性が一生懸命料理を食べてくれれば食べてくれるほどその量も増えていく。そしてその優しさに一層愛しさが募ってヤン化が進行する」 まさに愛の無限ループ。全然嬉しくはないけれども。 「二人を助けるためには、包丁を壊せばいいわけだけど……一つ気をつけてほしいのは、包丁はあくまでも『ヤンデレを覚醒させる』だけという点。つまり女性には元々ヤンデレの素養があり、故に包丁に魅入られた」 人間にはそういったヤン的な潜在意識が多少なりとも眠っているものではあるが、包丁は特にその傾向の強い人間を選ぶのだという。 「包丁を壊した瞬間にヤンの部分は再び意識の奥底に眠り、女性はある種の喪失感を感じると思う。それをうまく誤魔化してあげないと、いずれは今と同じようにヤンデレ化する可能性がある」 一生をヤンデレとして過ごしていくことは、きっと女性にとって幸せなことではないだろう。 だから―― 「なるべくなら、うまくフォローしてあげて」 そう言ってイヴがぺこりとお辞儀をするのを見て、リベリスタ達は力強く頷く。 「あぁ、そういえばあともう一つ。この包丁で作られた料理が盛られたお皿は何故か自立行動をするから気をつけてね。まさに食べてよし、倒してよしの万能料理」 好奇心に負けたら戦いながら食べてみるのもいいと思う。そうぐっと親指を立てつつ、イヴはリベリスタを送り出すのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:葉月 司 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月16日(金)21:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタ達が現場へ辿り着いた時、時刻は既にイヴに指定された真夜中に差し掛かろうとしていた。 「うーわーでっかっ! っとと、周りおっけー、かなっ」 屋敷を囲う大きな外壁に驚きの声を上げつつ、『すもーる くらっしゃー』羽柴・壱也(BNE002639)が周囲を確認してOKサインを出す。 「しかしヤンデレ、ですか……」 自らもざっと周囲を確認してから壁を蹴り、一息で上まで上がる源・カイ(BNE000446)が難しい表情をしながら呟く。 ヤンデレ。自分には理解に苦しむ存在ではあるが…… 「乙女には色々あるんだよっ」 YDR(ヤンデレ)ガールというアイドルグループに所属しているという壱也が、 「そーそ、色々とあるとです」 そして『磔刑バリアント』エリエリ・L・裁谷(BNE003177)がそう断言するのだからきっとそうなのだろう。 時代は邪悪ロリとか言っている気もするがさりげなくスルーしつつ。ともあれそれが避けられる惨劇ならば、尽力しない手はない。 素早く庭に降りれば、既に先に降りていた雪白・桐(BNE000185)が耳に手を当て周囲の音を探っていた。 「周囲にセンサー類の音はなし。カメラは数機動いてるみたいだから注意です」 暗視と集音装置とを駆使して監視カメラをかいくぐる桐を中心に、 「ここに何かありそうなのだ」 巧妙に隠されたカメラは『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の超直感が暴いて先を急ぐ一行。 「カメラは結構な数あるみたいだけど……でも今は非常時というわけでもないし、肝心の防犯意識の方はちょっとお留守って感じかな?」 屋敷前。さてどうやって侵入したものかと思案していると、『素兎』天月・光(BNE000490)が視線の先にわずかに開く窓を見て苦笑する。 「でも、今日に限っていうなら好都合です」 これが毎日続くとなると問題だろうけど、と『鋼鉄の戦巫女』村上・真琴(BNE002654)が同意し、 「……行きましょう」 最後に『ネメシスの熾火』高原・恵梨香(BNE000234)が頷き、窓からの侵入を果たす。 ヤンデ令嬢らがいるだろう地下への階段はそれからいくつと道を曲がらぬうちに見つかり、リベリスタ達は部屋――おそらく男が軟禁されているだろうドアの前でヤンデ令嬢を待ち伏せる準備を整える。 「~~~っ♪」 長い廊下の奥から、跳ねるような歌声と食器の擦れる音が聞こえる。その歌声は、とてもこれから人を殺めることになる者の声音とはとても思えず、 ――愛情、か。 呟かれた声は誰のものか。 「あら。――そこに誰かいるのかしら?」 ヤンデ令嬢が、やってくる。 ● 「おかしいわね、この時間は誰も入ってこないように言いつけてあるんだけれど……」 変ねぇ、と首を傾げるヤンデ令嬢に、まずは挨拶をと雷音が声をかける。 「こんばんは、君の料理がおいしいと聞いて、きたのだ」 「あら、ありがとう」 そう微笑むヤンデ令嬢の様子はまだ病んだ様子は見受けられない。 「でも残念。これは彼の為の料理で、あなた達の為の料理じゃないの」 いや、その瞳は既にわずかに据わっているか。 「一人の為の料理にしては、随分と量が多そうに見えるのだ」 雷音がヤンデ令嬢の後ろに控えている料理群のボリュームの多さに言及すれば、 「そんなことないわ。彼、見た目によらず大食漢なの。これくらいぺろりよ」 手にしていた包丁の刀身を、言葉の通りぺろりと一舐めするヤンデ令嬢。 「包丁――」 それを見て、カイが一歩前に出る。 「ソレは貴女に災いを齎す、直ぐに捨ててください。……貴女の後ろの料理達は、何故動いているのだと思いますか?」 「包丁を手放す? うふ、そんなことできるわけないじゃない。これを手にしてから料理は見る間に上達して、料理は私の愛情に応えて動くようになってくれたわ。これがあれば彼はもっと私を褒めてくれる。もっともっといっぱい愛してくれる。――手放せるわけ、ないじゃない」 くすくすと笑うように唇を歪めるヤンデ令嬢が「ねぇ」と、リベリスタに問いかける。 「ところで、あなた達はどちら様? 私、はやく彼に料理を運ばないといけないのだけれど……」 その瞳は苛立ちにも愉悦にも見える色を孕み始めており、彼女の病んだ部分が表面へと現れ始める。 ――ならばここが攻め時か。 光がヤンデ令嬢の注意を引くように胸を張り、宣言する。 「君の彼氏を攫いに来た悪い泥棒さん、だよ」 その言葉に。 「攫いに?……そう」 ヤンデ令嬢が反応する。 「ねぇ、泥棒猫のお肉はおいしいと思う?」 「さぁ、どうだろうね。何せ僕はそんなものを食べたことがないからね」 「ふふ、奇遇ね。実は私もないの。でも稀少そうだし、とってもおいしそうだとは思わない?」 もう一度、包丁に舌を這わせその切っ先を自らの赤い舌でそっとなぞるヤンデ令嬢。 ぷつり、という突き破る音とともに零れる赤い滴が刀身を伝い、包丁全体を紫光が覆い始める。 ――それと同時にヤンデ令嬢の瞳からも光が消え、その雰囲気が一変する。 「今日のメニューは何か一つ足りないと思っていたのだけれど、お肉料理が足りなかったのね。――でもあなた達のおかげで追加できそう」 虚ろな瞳をしたヤンデ令嬢が、呟く。 ――お肉料理は何がいいかしら。ハンバーグ? それともステーキ? やっぱり新鮮なお肉の味を活かせる料理がいいわよね。そう、とっても新鮮なお肉。彼はおいしいって言ってくれるかしら。きっと言ってくれるわよね。なら、作ってあげたいな。沢山作って、沢山褒めてもらって、色んなものを沢山共有したい。私と。彼と。二人だけの時間を。だから、 「私達の為に、死んで?」 ――待っててね。 ● 「桐ぽん!」 ヤンデ令嬢が動き出すのと同時に、リベリスタ達もまた行動を開始していた。 「はいさー」 まずは光の背後に隠れていた桐が飛び出す。 既に自身や他者を強化するスキル、人払いの結界は施してある。だから何も気にすることはない。自分が今為すべきは―― 「まずは、熱々の麻婆茄子っ!」 料理が自らをぶちまけるなんて勿体無いことをする前に全部食べきること! 「これは飢えた勤労少年少女の為の依頼。さぁ、たっぷりと召し上がれ!」 両手で持ってもなおふらつく重量の麻婆茄子が入った大皿を、後衛で待機していた壱也へと受け渡す桐。 「ありがとっ!……う、でもなんか、匂いからして……辛い……!」 生えた両手両足をばたつかせる麻婆茄子を羽交い締めにして取り押さえながら、前衛の邪魔にならぬようにとさらに後ろへ下がる壱也。 湯気や匂いでさえ目に染みるほどの麻婆茄子に涙目になりながらも、それでも「いただきます!」とスプーンを差し込む。 「……!」 一口食べただけでわかる、唐辛子だけではない痺れるような辛さ。 「花椒入り……!?」 本格派すぎる辛さに思わず叫びつつ、壱也は一口目の不意打ちのような激辛を水で流して二口目、三口目と食べ進めていく。 「げほっ……辛い、けどおいしい……!」 痺れるような辛さが食欲を刺激し、舌が早く次を寄越せとスプーンを動かさせる。 「でももうちょっと花椒を控えてくれたら最高だったんだけど!」 止まらないー! と完全に泣きの入った声を後目に、同じく料理処理班として名乗りを上げていた雷音がチーズフォンデュの入った土鍋を携えてやってきた。 「むっ、こら暴れるな。――では、いただきますなのだ」 持ってくる際に土鍋の手が暴れ、何人かの武器にチーズが掛かってしまったがそれでも量はまだかなり残っている。 フォークで土鍋の中のたっぷりチーズの絡まった茹で野菜をとってぱくりと一口。 「……んむ、やはり料理に必要なのは愛情なのだな」 いくつものチーズが絶妙なバランスでブレンドされたフォンデュの深い味わいに、思わず感嘆の声が漏れる。 チーズの配合率、入れる順番や温度管理など。この料理は確かに包丁の力に依る部分は大きいかもしれないけれど―― 「それでも、これだけの量と種類を集められるのは愛のなせる業……」 そしてそれはきっと幸せなことなのだ。 一人の少女として雷音はそう思えるし、そんなロマンチシズムは大切なのだ、と思う。 「とはいえ、ソレにアーティファクトが絡むのは別の問題。ボクがおいしく処理してあげるのだ」 あーんと、チーズなのに口に残らない後味に舌鼓を打ちながら、チーズと中の食材を平らげていく。 「あめぇ! うめぇ!」 そんな、後方で料理を処理していた壱也と雷音の耳に届く声はエリエリのものだ。 彼女は先に飛び出た桐とほぼ同時に走り出し、ヤンデ令嬢のやや後ろにあったショートケーキをひっつかんでさらに奥に連れ込み豪快にケーキを食していた。 「しっかし、ケーキって無駄に手間がかかるですよね」 もしかしてヤンデ令嬢は普通に料理がうまいのか、それとも卵割りやクリームの泡立てなども全部あの包丁でやったのか。 「ま、それならそれでふつーにすげーですが……」 こんな小細工をしないでも、もっと普通にごちそうすれば、きっと相手は喜ぶのに。 「すべてがおわったら、きちんとしからないとです」 愛情があふれる気持ちはわからなくもないが、これはやりすぎだ、と。 「物理的じゃなく、精神的ににげられなくしなきゃ……ですよ」 その方法を伝授するためにも、まずはこの甘い甘いショートケーキを平らげなければ。……と、その前に。 「うー、本当に辛い! 辛すぎるよぉ……!?」 顔からすごい量の汗が噴き出している壱也にも少しお裾分けしてあげるとしよう。 「ちょうど床も、餡がぶちまけられて滑りやすくなってるですし……受け取るですよ!」 予めいくつか持ってきていた紙皿の上にショートケーキを乗せて、ピンポイントで隙間を狙って壱也へと届けてやる。 「あ、ありがとー!」 手をぶんぶんと振って全身で感謝の意を伝える壱也の様子に、あと少し渡すのが遅ければヤン化してたかもしれないという想像がよぎって苦笑が浮かぶ。 「うぅ、飢えた勤労少年の栄養源が……!」 一方で悲嘆にくれるのは桐の声。 料理を運んで渡してをしていたために出遅れた一歩の間に、餡かけ炒飯がだばーっと自らをぶちまけてしまったのだから悔やむに悔やめない。 「少しは自分にことを大切にしてください! 全ての食材に感謝を! 残したり、ましてや自分からぶちまけたりなんて言語道断!」 いただきます! と元気よく手を合わせてから、リベリスタ中おそらく一番の食欲旺盛っ子の桐が食事を開始する。 「熱いですけど、美味しいのです、うまうまなのです」 あと量もたくさんあって嬉しいのです。 「それは彼の為の料理……! あなたなんかに食べられてたまるもんですか……!」 自らのほぼ真横で繰り広げられる桐の食事風景に、たまらず叫び声をあげるヤンデ令嬢。その矛先が桐へ向かう寸前、 「その料理は、貴女と彼を死へと至らしめる。邪魔はさせないわ」 恵梨香の放った四色の魔光が包丁に直撃し、ヤンデ令嬢はその衝撃で体勢を崩す。 「死ですって? この料理に込められているのは愛情だけ。毒なんて入ってないわ。なのになんで死ぬのかしら?」 「過ぎたるは及ばざるが如し……。そのいきすぎた愛ゆえに、結果的に貴女は彼を殺してしまう。もっとたくさん食べて欲しくて、凶行におよびます」 ヤンデ令嬢の疑問は、じっと包丁に狙いを定める真琴の言葉によって答えを与えられる。 臓腑をぶちまけるという明言こそ避けたものの、それで要領を得たヤンデ令嬢は「あぁ」、と笑う。 「そう……せっかく作った料理なのに、ついにお残ししちゃうんだ……」 くすくすと、くすくすと笑い続ける。それじゃあ仕方がないわよねと言いながら笑い、包丁を振りかぶる。 「……そんなにも愛してるのに。どうして、何も残らない死を選ぶの?」 そんなヤンデ令嬢に対して、ずっと問いかけたかった言葉を投げかける光。 自分はまだ恋愛を知らないから。彼女が解らないから。だから彼女に、聞こうと決めていた言葉。 「別に、死を望んで死を選ぶ訳じゃないわ」 だけど彼女の言葉は、 「愛しているから。愛されたいから。求めて、手を取りたいから。求められて、手を差し出したいから。その過程で、たとえ死が二人に訪れようとも……それは仕方ないことだと思わない?」 やっぱり自分には理解できないもので。 「違う。君のしてることは、僕にだって間違っているってわかる……!」 首を振り、彼女を否定する。 「愛とは見返りを求めず相手のために尽くすことじゃないのか?」 君のそれは、 「尽くすとは、言いなりじゃない!」 我が儘だ。 「愛といえばなんでも許されるのか?」 不信だ。 「それを愛とは言わない」 彼女を強く強く否定する。 「うるさい! 貴女に何が分かるというの!?」 今までの振りかぶる動きから、鋭い突きの動きへと変化する包丁の攻撃。光は避けない。むしろ進んで刺さりにいく。 「あぁ、僕にはわからないさ!」 だから教えてよ。 「流れる赤い血が君の愛だというなら。死んで報われることない心がどこに行くのか教えてよ!」 同じ赤い血が流れる僕に。 「光さん!」 腹部に刺さった包丁を光が掴み、カイがダガーの峰を使ってヤンデ令嬢の手首を弾く。 「ぁ……!」 そして令嬢と包丁とが分かたれ、急激な力の喪失に令嬢が脱力して膝をつく。 「君の、歪んでしまった本当の願いは何だったのかな……」 そして光は手に残された包丁に問いかけて、そっと抜き取る。 「今後の憂いを絶つためにも、それはきちんと破壊しませんとね」 真琴の言葉に、そうだねと頷いて光は包丁を宙へと放る。 そしてそれに合わせるように真琴が十字の光を放ち、包丁を打ち砕く。 包丁の刀身だったそれはきらきらと地面に落ち、怪しく発光していた紫光はやがて力を失って消えていく。 それを確認してから柄だった部分を回収してカイが令嬢の方を見れば、恵梨香が令嬢を支えてつつ、救急箱から包帯を取り出しているところだった。 「愛情が隠し味ならなんでも許されるわけじゃない……今回はあの包丁の囁きに騙されただけかもしれないけれど、心を強く持ちなさい。上手くなりたいのなら努力なさい。そうやって身につけた自分自身の力こそが真の武器よ」 恵梨香はそう言いながら令嬢の手首に包帯を巻いてやり、あとは自分でやりなさいと救急箱を押しつける。 「気分はどうですか?」 ややぶっきらぼうな言葉で令嬢にエールを送る恵梨香をフォローするようにカイが微笑み、令嬢に気遣いの声を掛けると、呆然としていた令嬢がようやく反応を示す。 「え、えぇ……あれ、私、何であんな……えっと、あれ……!?」 「驚かれるのも無理はありませんが……まずは落ち着いて、深呼吸をしてください」 深呼吸で令嬢を落ち着かせてから、包丁を手にしたあたりからの記憶の有無を確認して―― 「悪魔払い完了」 大部分の神秘をその一言で括って納得させる頃には、料理の処理を担当していた者も全て平らげ終わり、皆で後片付けをしてから改めて彼への料理を作ろうという話になる。 「無理に凝ったものを作ることはないのです、取りあえずはスパゲティでも如何ですか?」 「おいしそう……! 私も手伝うよっ!」 そして令嬢の方にはカイ、壱也、雷音、エリエリがつき、料理や色々なことを教える間に残りの者が軟禁されている男性の介抱につく。 「あぁ、いやぁ、助かったよ」 令嬢から受け取っていた鍵で手錠を外してもらった――少しふくよかな体型をした男性が、目を細めながら礼を言う。 そんな多少危機感の欠けた男性に対し、一同は苦笑しながら警告をする。 「優しいだけじゃだめだ。ちゃんと彼女を怒る時は怒らないと」 「そうですよ。優しすぎれば、女性はかえって不安になって……今回のようなことになるんです」 光や真琴に言われて、「君たちの言うとおりだね」と頭を掻く男性。 「お恥ずかしい話ですが、私はこう見えてもコックをやっておりまして……。それが多分、彼女のコンプレックスになってたんだろうね……」 そして料理を生業としながら、明らかに失敗した彼女の料理をおいしいと言って平らげていた。だからこそ、償いのように……今回、何も抵抗せずに大人しく捕まっていたのだという。 「だけど、やっぱりそれだけじゃダメだよね。……うん、君たちのおかげでようやく踏ん切りがついたよ」 男性が頷きを一つして決心し、 「お待たせなのだ」 そこへ完成した料理を持って令嬢達が戻ってくる。 「あ、あの……これ……」 おずおずと差し出されるそれは、ミートスパゲティ。 麺が火に当たってわずかに焦げていたり、茹でが足りなかったりするそれを、 「うん、おいしいよ」 「――!」 男性の言葉に、令嬢の表情が歪む。 「また、そうやって無理を――!」 「――ただ、やっぱりちょっと拙いところがあるね」 「……っ」 「だから、次からは一緒に作ろう? 少しずつ、コツも教えていくから……さ?」 そう言って、 「うん、うん……!」 男性が令嬢の頭を撫でて、零れる涙を拭いて―― 「これで一件落着、かな?」 令嬢からもヤンの気配は消えて。光が桐に笑いかけながら結局、と呟く。 「僕には恋愛はよく解らないらしい」 でもそれでも。 「――やっぱりめでたしめでたしはこうでなくちゃね」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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