● ひざまずくような姿勢で、暫くの間それは留まっていた。 外見は明らかに人間ではない。全身を黒と緑の装甲に覆われており、その頭部には赤く丸い複眼がはめ込まれている。二本のぴんと伸びる短い触角を持ち、背には一対の薄い羽根を生やしている。 しかし、それでも。そのシルエットはあくまで人であった。虫の外装を纏った人。異形の姿。 やがて彼は緩慢な動作で立ち上がる。ゆっくりと、装甲の擦れるかすかな音を響かせながら。 そして接近しつつあるものに向き直る。木立の陰から現れたのは、銀色の蜘蛛だった。 彼の、仮面のように硬い顔には一切の表情が浮かばない。言葉や態度によっても感情を表現するという事が無い。 ただ機械的に身構える。眼前の敵意ある存在を滅ぼすためだけに。 ● 「アザーバイドが一体、こちらの世界に迷い込んでしまったみたい」 端末を操作し、リベリスタ達にその姿を示す『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 「こりゃあ……」 一人のリベリスタが頭を掻いてみせる。何処かで見たような姿だ、と。誰もがそのように思うだろう。 「識別名は『ベトレイヤー』。彼の居た世界は、世界征服を目論む悪の組織がわんさと存在する世界。彼自身も組織の改造人間だったけれど、逃げ出してたった一人戦っている。……言わなくても察しはついたと思うけど、一応」 「まぁ、な」 「彼はこの世界の事なんて知らないし、状況も良くわかっていない。そしてエリューションビーストと出会って、戦おうとしている。これがとりあえず今の状況」 「なるほどな。それで……強いのか?」 イヴはわずかに迷うような素振りをみせた。数拍の時を置いて、返す。 「とても強いよ。貴方たち総がかりでも倒せないかもしれないくらい。不思議な事に、彼の世界に存在する他の改造人間と比べても数倍のスペックを誇っている。今ではもうかなりの旧式になっている筈なのに、不自然なまでに」 「……戦闘経験の差なんじゃないのか?」 「そうかもしれない。確かに彼は膨大な戦闘経験を積んでいる。こういった事に関しては、戦えない私よりも皆の方が分かっているのかも」 イヴはそう言ったが、その乏しい表情には未だかすかな迷いがあった。リベリスタ達は問いかける。 「何かまだ、不安になるような事があるのか?」 イヴはその問いにすぐには答えず、端末を操作する。『万華鏡』(カレイド・システム)によって描き出された過去の『ベトレイヤー』の姿が、モニター一面に映し出される。 「彼が何のために戦っているのかわからない」 ぽつりと、イヴは言った。 「彼の戦いには感情が無い。怒りも、悲しみも、喜びも。誰かを護ろうという思いも、復讐を果たそうという熱も無い。ただひたすらに、眼前に現れる敵を完膚なきまでに叩き潰すだけ。まるで機械のように」 なるほど、とリベリスタ達は頷く。その情報だけでイメージは随分と変わるものだ。 「彼を送還する方法はあるわ。幸い、近くにバグホールが開いているから。でも、説得の際には十分に注意して。あっさり還せると思って戦いへの備えを忘れれば、最悪の事態もあるかもしれないよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:RM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月12日(月)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 湿った枯葉を踏む音が、足に纏わりつく。 濡れて冷えた空気は風を感じる度に、頬を切り裂いてゆくかのようだ。 棘を持つ常緑樹の葉をかきわけ、指定された戦場――やや開けた広場へと辿りついたリベリスタ達は、そこに対峙する銀と濃緑を見る。 一同は一瞬、息を飲んでいた。ほぼ無傷のベトレイヤーと、既に腹を踏み割られ、その脚の幾本かを喪失しているアーマースパイダー。彼等が手を出さずとも、遠からず決着が着くのは明白である。 だが、彼等は加勢するべく再び駆ける。彼に自分達の言葉を聞いて貰う、そのために。 「私たちは貴方に味方するわ! こちらには攻撃しないで!」 『アブない刑事』鳶屋 晶(BNE002990)がアザーバイドへと声を掛ける。既に感情探査を使用し、周囲の仲間達から発せられる感情が晶の意識には流れ込んで来る。しかしそれに目立った変化は感じられなかった。アザーバイドは彼女へと視線を向けているのに、感じ取れるほど大きな感情の変化はなかったという事か。 だが、それは後の事だ。今は考えるべき時ではない。晶の顔色を読み取ったリベリスタ達も、心中に呟く。 それよりもまずは、あの蜘蛛を―― 焦りにも近い感覚があった。あれに対しては自分達の手で止めを刺さなければならない、という。『リップ・ヴァン・ウィンクル』天船 ルカ(BNE002998)は自分の中で明確にそれを形にしている。 そして、『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)もそれは同じ。 「この世界を守るのは、俺らじゃなくちゃいけないんでな──!」 突き込んだ掌打がアーマースパイダーの身体を震わせる。どれだけの装甲があっても問題としない、内部に浸透する一撃。その効果は次いで一撃を叩き込んだ『理想と現実の狭間』玖珂峰 観樂(BNE001583)のそれと比べ明らかである。 「なんて硬さだ……!」 氷の砕片を纏った拳を軽くさすりながら、観樂。 改めてE・ビーストの腹部に刻まれた傷を、装甲ごと貫く一撃の痕を眺め、それがどれほどの威力を以て打ち込まれたものであるかを意識する。 『粉砕メイド』三島・五月(BNE002662)はアザーバイドの硬質な仮面を見ていた。 それが彼らの加勢を受け入れたのか、それとも単に新たに現れた集団から距離を取っただけなのかは分からないが、退く素振りを見せたのを見て取り、銀の蜘蛛へと土砕掌を突き入れる。 重い衝撃音。そして力を失い崩れ落ちるE・ビースト。痙攣するように残りの脚を身体の内側へと畳み、アーマースパイダーは絶命する。 これで目的の一つは果たした。残されたのは無言のままに佇む異形を元の世界へと還す、難題だけである。 ● 僅かな沈黙。それが気まずさを帯び始める前に、まず動いたのは猛とルカであった。 詠唱により生まれた微かな風が、アザーバイドの右腕装甲に罅を刻んでいた噛み痕を癒す。 そして二人は武器をアクセス・ファンタズムへと仕舞い込み、ルカに至っては両手を挙げてみせていた。 敵意が無い事を示すのにこれほど明確な所作も無い。 「あの……聞いて欲しいのデス!」 そして、『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)は口火を切った。 「信じられない事かもしれませんけど、ここはあなたの知っている世界とは違う所なのデス。そして、私たちも貴方と同じく、こちらの世界で悪の組織と戦っているものデス」 「俺は葛木猛。アークのリベリスタ……っても、解んねえか。一応、世界を守る正義の味方、って奴だな」 二人の言葉を聞いて、しかしアザーバイドは無言だった。癒された自らの右腕を見下ろしている。 『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)は、そのアザーバイドの所作を一つも見落とすまいと注視している。もしかしたら、彼にはこちらの言葉が通じないのかもしれないと思ったのだ。 だが彼の反応は鈍く、そこからは何も読み取れない。 「単刀直入にいく、この世界にあんたが長居しちまうとこの世界に悪影響が与えられる」 「ええ、お互いに不幸な事にしかならないのデス」 「ですから……貴方には元の世界に還っていただきたいのです。そのための方法はお教えします」 続けた猛と心の後を、五月がひきとっていた。そしてベトレイヤーの返答を待つ。……無言。 「俺達は敵じゃねぇです。こっちから仕掛ける意思もない。あんたに元の世界に戻って貰いたいだけっす」 焦れたように言う観樂。『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)は成り行きを不安そうに見届けていた。彼女は周囲の人の心を和ませる雰囲気を纏っていたが、意図の読めない存在に対して膨れ上がる不安は、それがあったとしても拭いがたいほどで。 みしり、と音を立てて硬い殻に亀裂が入る。それを聞いていたのは晶ひとりであったが。 ルカはアザーバイドの複眼を見つめていた。そのまま、目を逸らさぬままに口を開く。 「貴方が人々を守る為に戦ってきたのか、それともそのような身体にされた事による復讐の為に戦ってきたのかは分かりません。しかし、力無き人々を救ってきた事は事実の筈です。そこは私達も同じです」 亀裂からは血膿が流れ出していた。ないまぜになった感情は羨望であり、嫉妬であり、悲しみであり怒りであった。 「しかしながら、ここには貴方の守るべき人も、ましてや貴方の敵も居ません。 ……この世界は私達が守ります。どうか貴方は貴方の世界で、貴方の守るべき者の為、貴方の敵と戦ってください」 アザーバイドの手が震える。 「気をつけて」と晶が言うのと、彼が突きを繰り出すのとはほぼ同時。 「……これが、答えっすか」 突き出された拳を抱え込むようにして止めながら、観樂は言う。 ● 「……どうしても、この方法でしか解決できないのか、異邦人殿?」 冷たい瞳をアザーバイドに据えながら、那雪。 拳を引き、構えを取るベトレイヤーを前に、リベリスタ達もまた戦闘態勢に入る。 ルカと猛も武器を取り出していた。こうなった以上気持ちを切り替えなければ。説得は既に諦め、五月は眼前のアザーバイドを倒す事に意識を傾ける。 (でも、何故、戦うのか……それを訊きたかったのに) 「落ち着いて! わたし達は敵じゃないよ! あなたを助けに来たんだよ!」 叫ぶアーリィ。しかしその時には既に、跳躍するベトレイヤーと猛の拳が交錯していた。 「……遠慮は一切ねえぜ。その無表情……! 動かしてやるさ……!」 炎を纏う拳。しかしその一撃は指先で軽く軌道を逸らされる。がら空きになった脇腹にしかし反撃は無く、地面に降り立つ猛とアザーバイド。 「ですが、こちらは説得を諦めませんよ。皆さんもお願いします、続けて下さい」 治癒の機を待ち味方の状態を見ながら、ルカ。 「私達の強さを試すつもりなら、喜んでお受けするデス!」 シールドを構えベトレイヤーの前に回り込みながら、笑みすら浮かべ心は言う。 「玖珂峰君……」 晶は僅かに戸惑ったような表情で、観樂に声を掛けていた。 「……分かってるっす。あっちが本気なら、オレがあの拳を止められた訳が無い」 双眸を細める観樂。 「それが望みなら、何度だってぶつけてやるっすよ。言葉でも拳でも。あっちが何を考えてるか分からないんなら、こっちが何考えてるかぶつけるしかねぇじゃないっすか」 「あなたは……本当はもう戦いたくないんじゃ無いの……? お願いだから無理しないで……!」 アーリィの悲痛な叫び。それに被さるように重い衝撃音が幾度となく鳴り響く。 地を駆け、跳躍して空中で、降りた後はまた這うように。前衛陣と激戦を繰り広げるアザーバイド。 リベリスタ達の攻撃はその殆どがいなされ、まともなダメージとはならなかった。リベリスタの側も、心と観樂がその攻撃の殆どを自らに向けさせ、ルカとアーリィが治癒するというサイクルを繰り返しているからか、大きな損害を負っている者は少ないが、そのエネルギーは徐々に磨り減りつつあった。 「悪いが……少し、大人しくしてもらおう」 那雪の張る気糸の罠。しかしベトレイヤーの動きは然程早いとは言えないというのに捉えきれない。見切られているのか。次いで晶の放つ銃撃を回避し、アザーバイドは五月と前腕同士をぶつけあわせる。 「ただ壊して、ただ殺す……目の前の敵は何もかも破壊する、アンタは一体何がしたい!」 横合いからの猛の強襲。業炎を纏わせた一撃を、ベトレイヤーは見るまでもなく上体を揺らして回避。 すり足で間合いを取るベトレイヤーを、観樂は追いかけてゆく。 「あんただって分かるでしょう、オレ達はあんたを、倒したくなんてないんだって事が!」 「この世界で何かしたい事があるなら、出来る事なら協力してもいい。他に何が必要ですか!」 次々と掛けられる言葉。しかしその度にそれは打撃で振り払われ、地に転がる。 そして僅かにベトレイヤーの動きが止まった隙を突いて、再度猛は駆ける。最早捨て身で振り抜く拳。 「心も、思いも……何もかも、捨てちまったら……正義の味方でもなんでもねえ……! ただの、殺戮機械じゃねぇか……!」 最初から何もなかったなんて事は無い、筈だ。 もし今こいつの戦いから何も感じられないのであれば、自分には必要無いと切り捨てたのかもしれない。 「ただ戦うだけで誰か救えるのか? 違うよな、俺は……力なんじゃない! 人の思いに救われたんだ!」 思い出すのは恩師とも言える人間の姿。俯きながら告げていたからだろうか、猛がそれに気付くには僅かな時間を要した。 かわされた筈の拳が突き立っていた。ベトレイヤーの左胸に。 「……なんで、避けない」 問いかける。口から黒い体液を一筋垂らし、ベトレイヤーは自らの胸を突く拳にゆっくりと片手を乗せる。 「すまなかった」 そして、彼は初めて言葉を発する。錆び付いたような声ではあったが、確かに。 ● 「お前達を信用しよう。……この戦いは、すべきではなかった」 リベリスタ達の顔には、信じられないとでもいうような表情が広がっていた。それでも口許を緩ませる幾人かの前で、ベトレイヤーの独白は続いている。 「いや、信用なら初めからしていたのだ。……お前達にこのまま倒されるのも良いと思っていたが、それはあまりに無責任に過ぎる」 「それで……戦おうとしていたんデスか」 呆気に取られたような顔をする心。仲間達と、そして片膝をついたベトレイヤーを順に癒してゆくルカとアーリィ。続きを促す晶に、彼は力なく首を振ってみせる。 「これ以上は語れない。私の中には恥しかない」 「ま、まぁ、それは兎も角、時間も限られていることだし。歩きながらにしよ?」 アーリィの促しに従い、彼等は告げられていたバグホールの場所を目指して歩き出す。 「じゃあ、あんたには……向こうの世界に還りたいって気持ちは無かったんすか?」 ざくざくと枯葉を踏みながら、観樂。 「恥ずかしい話だがな」 前を向いたまま、ベトレイヤーはあっさりと肯定してみせた。観樂の目には僅かな険が刻まれる。 「貴方の世界には貴方の護るべきものがいる……そうではないのですか?」 ルカの問いには長い沈黙が返された。やがてベトレイヤーは己の右手を見つめながら、口を開く。 「そう思った時もある。だが、この掌から零れ落ちるものはあまりに多い。それに目を向ければいずれ狂う」 だからこそ、最後まで沈黙を続ける事は出来なかったのかもしれない。 戦いながらも説得を続けるリベリスタ達。彼等にとって自分自身が、その零れ落ちるものの瀬戸際に居るのだという事が分かったから。 そして一行はバグホールへと辿り着いた。ここを通れば元の世界へと還れる筈だと告げるリベリスタ達に、ベトレイヤーは頷いてみせる。一度背を向けてから、改めて全員へと向き直る。 「出来るなら、この世界に居たかったよ。お前達と共に戦いたかった」 「あなたは……一人じゃ無い筈だよ。きっとわたし達みたく、一緒に居てくれる仲間も居ると思う」 そうなら、良いのだがなと。彼はアーリィの言葉に寂しく俯いていた。今度こそ踵を返す。 「あ、ちょっと待って下さい! 帰る前にサイン貰えませんのデス?」 「止めておこう、私に名は無い。……私は、あの時からずっと、ただの裏切り者だ」 言って、彼は消える。バグホールを破壊してしまえば最早名残も無く。 「……行っちまいましたね」 観樂はぼんやりと呟きを漏らした。それに応えて、かどうかは分からないが、那雪も戦闘が終わってからずっと続いている眠たげな表情のまま、ぽつりと口を開く。 「さようなら、孤独に生きる、異邦人さん……?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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