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Dear my master

● ただいま
 思い出されるのは、ただゆるやかな時間の流れていた日々。
彼の足音を、誰よりも鮮やかに覚えていた。
朝の光の中を、元気よく駆けて行く靴音。
 オレンジ色の光の中を、月と星の光の中を、少し疲れたように戻ってくる靴音。
リードで限られた世界の中で、僕はいつだって、君の帰りを待っていた。

「いってきます!」
「ただいま!」

 おかえりと迎えるかわりに、僕は君に飛びついてわんと吠えた。
 休みの日には家の中でごろごろ。暑い日も寒い日も、君と田舎の町を歩いた。
 おはよう、おやすみ、いってきます、ただいま。
 繰り返される、平凡な日常。
 君はいつだって僕と一緒で、僕はいつだって君と一緒だった。
 君の帰って来ない世界なんて、僕は考えたこともなかったんだ。

雑草に支配されただだっ広い空き地を見つめて、青年は深く息を吐いた。
寂れた田舎の町のさらに外れ。家々がまばらに並ぶばかりで、人影もない。
 昔っから何にもない町だったけれど。あれから何年も経った今、少し大人になった彼の目には、幼少の頃過ごした町がセピア色に見えた。
 空き地に生えた草は軒並み丈が高く、どれくらいの時間この場所が手つかずで放置されていたかは想像に難くない。
 幼い記憶を頼りに、やっと戻って来られた。かつて自分の家があったこの空き地を探し当てるまでに、些か時間がかかってしまった。もう、すっかり日が傾き始めている。
 彼の一家は、十年程前に引っ越しをした。けれどそれを、彼は一家と呼びたくはない。
 大切な家族を、置いて来てしまった。大切な家族を―−
「クッキー」
 ごめんな。
 何度繰り返したか分からない。
 幼い彼には、為す術などなかった。
 それでも。
 愛した家族を、いつも一緒だった君を、ここに一人置き去りにして。
 草を分けて入ると、そこにはもう、彼の愛犬の犬小屋はなかった。当然か、と呟く。あれから長過ぎる時間が流れてしまったのだ。何も残っていないのも無理のないことだった。
 それでもはっきりと覚えている。君がいつも僕を迎えてくれた場所を。
 学校から帰って来た僕を、尻尾をちぎれそうに振りながら君は迎えてくれた。
 毎日、毎日。寝ても覚めても、ずっと君と一緒だった。
 あの日置いて来てしまったことは、もう変えられない。もう、取り戻せない。
 だから、せめてもの罪滅ぼしに。僕に君を、弔わせて。

「ただいま」

 僕は、帰って来たよ。

● さよなら
「切なくも感動的な再会——と言いたいところだが」
 意味ありげな逆接で繋いで、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はとんと机を叩いた。
 置き去りにされて尚、主人を待ち続けた飼い犬。無論、とっくに飼い犬はその生を閉じている。離ればなれになった日、幼かった少年は今や青年となり、愛犬の許へ再び帰って来た。けれど、もう二度と、一人と一匹が会うことはない。そのはずだった。
「犬の名はクッキー」
 クッキー。長い長い時を経て、ついに帰って来た主人がその名を呼んだ途端、その場に残された強い思念が形を為してしまった。けれど、生まれ出たクッキーは、もう生前の姿ではなかった。
「そいつはもう犬じゃない。エリューションフォースだ」
 大型犬でも見ないような巨躯、鋭く尖った爪と牙。大きな体に助走がつけば、ただ飛びついてきたというそれだけでも、吹き飛ばされんばかりの衝撃が走る。
「フェーズ2、仲間はいない。知性の方はすっかりお留守だ」
 青年の姿とクッキーという呼び名に反応して飛びかかる。悲しいかな、ほとんど条件反射のように。逆に言えば、青年の呼び声が実体化の鍵を握っている。青年がその場にいることが条件であり、それは即ち、迫り来るエリューションフォースの手から彼を守らなければならないことをも意味する。
「幸いにして飼い主が家の元あった空き地に辿り着くのは数日先だ。今なら十分間に合う」
 長年放置されていた田舎の空き地には寄りつく人もいない。誰かが通りがかるようなこともまずないだろう。とは言え、放置していればどんどんフェーズは進行していく。
「体長は3メートルってところか。物理的に強い力をその体に備えてる」
 『主人』とみなした人物に対しては、じゃれているのか飛びついてくるばかりだ。しかし、その一撃は当然重々しい。
「主人に対しちゃしてくることはそんなところだろう。だが、それ以外の連中は気をつけろ」
 主人でない存在が、それも大人数、突然現れたら―−。
 恐らくその犬、クッキーと呼ばれていた犬は、発達した爪と牙をリベリスト達に向けるだろう。
「もう、おやすみの時間なんだ」
 せめて、愛した主人を傷つけることなく眠らせてやってくれと――。
 黒猫は犬のため、リベリスト達に未来を託した。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:綺麗  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2012年01月14日(土)23:15
こんにちは、初めまして。
綺麗と申します。
忠犬って泣かせますよね……。

●任務達成条件
 エリューションフォースの撃破と青年の生存

●戦場
 戦場は人気の無い空き地です。戦うに十分な広さがあります。
 目撃される可能性はまずありません。
 草ぼうぼうの空き地ですので、やや動き難いです。

●エリューションフォース
 フェーズ2、力が強くなった巨大な犬です。
 空き地の中から基本的に出てきません。
 その巨体による体当たりと爪や牙を闇雲に振るうことしかしてきません。
 青年を見つけると主人だと思って体当たりをかましてきますが、複数人いる場合はすぐにその中のどの人も飼い主ではないとばれてしまうでしょう。
 主人と認識している相手には体当たりしかしてきませんが、その他の相手には容赦なく爪と牙を向けてきます。

 純粋な戦闘シナリオになるかと思います。
 余談ですが、犬はオスの成犬でクッキー君と言います。
 それではどうぞよろしくお願いします!
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
★MVP
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
覇界闘士
四辻 迷子(BNE003063)
クロスイージス
羽柴・呼太郎(BNE003190)
クロスイージス
犬吠埼 守(BNE003268)
ソードミラージュ
佐倉 吹雪(BNE003319)
ソードミラージュ
明神 春音(BNE003343)
ナイトクリーク
明神 暖之介(BNE003353)
ホーリーメイガス
如月・真人(BNE003358)

●悲しき引導
 その日は、心地よい快晴だった。
 外に出て動くにはとても良い日和だと言うのに、一行が件の空き地に辿り着くまで、人っ子一人見当たらなかった。良く言えば静かな、悪く言えば寂れた、そんな場所だった。
「念のため、じゃよ」
 それでも、人目がないとは限らない。出立前に『紫煙白影』四辻迷子(BNE003063)が幻視を用いる姿を見て、他の面々もそれに倣った。
「……できた」
 明神春音(BNE003343)が、迷子と共に結界を巡らす。この戦いが初陣となる春音は、一仕事終えて小さく息を吐いた。幼い顔に、緊張の色が滲む。
「……大丈夫。父さんがついているからね」
 そう言って春音の頭をそっと撫でるのは、彼女の父親である明神暖之助(BNE003353)。年の割に冷めた雰囲気を纏う少女は、父を振り返って末娘らしい無邪気な微笑みを見せた。
「長い月日が過ぎ去っても愛犬の事を覚えていた青年に、死んでも思いを残すほどに青年を慕っていた愛犬、悲劇にならなければ会わせてあげたかったですね」
 如月・真人(BNE003358)が表情を曇らせる。戦いを怖れる彼の表情にも、色濃く不安が映し出されていた。
「……切ない話っスね……」
 エリューションフォースが現れるに至ったエピソードを思い返して、『忠犬こたろー』羽柴・呼太郎(BNE003190)も真人の言葉に頷く。本来は若きイヌのビーストハーフであるところの呼太郎も、今は付け髭とサングラスで一回り程年を食って見えた。主人であった青年らしく見えないための工夫である。
「せめて主人を犠牲にさせないこと……それくらいしかできないっスね」
 そんなことになる前に眠らせてやろう。そう語る男、年の頃は三十台と言ったところか。『(自称)愛と自由の探求者』佐倉吹雪(BNE003319)が、今は何もない空き地を遠目に見つめていた。
「自分の手で愛する主人を殺させるわけにはいかねぇしな」
 ところが彼は、実のところ呼太郎とそう変わらない年齢なのであった。
 きらりと差す日の光故だろうか。人の良さそうな巡査、『俺は人のために死ねるか』犬吠崎守(BNE003268)が、そっと目頭を覆った。
「俺、こういう話に弱いんですよね……くっ」
 今日はやけに日差しが目に沁みます、と、眼鏡をかけ直す。
「準備はいいか」
 『生還者』酒呑雷慈慟(BNE002371)が一同を見渡して言う。あまり感情を露にしない彼の姿からは到底見て取れないが、彼もまた忠犬の話に心を揺さぶられていた。彼も元より動物好きの身の上で、牧羊犬を初めとする多種の犬達と暮らしていた。家族構成というものを語るとしたら、彼にとっても犬の占める位置は大きいと言えた。だが、それ故に。一人と一匹を、引き合わせてはならないのだ。常軌を逸した再会を、感傷だけで叶えさせるわけにはいかない。
「せめて間違いが起こらぬ内に、在るべき場所への引率を……」
 そう呟くと、彼は空き地へと向き直った。

●幕開け
「それじゃ、酒呑さん……お願いするっス。気をつけて」
 呼太郎にオートキュアーを付与され、助かる、と雷慈慟は短く礼を述べた。忠犬の主人に成り代わり、たった一人でその愛情と言う名の猛攻を受ける役割を、雷慈慟が担っていた。彼が忠犬クッキーを呼び出すまでの間、めいめい手近な物陰へ姿を潜める手筈となっていた。
「隠れていればクッキーはちゃんと出ますよね?」
 見た目には草しか見えない空き地に、クッキーの痕跡は見て取れない。本当に計画通り運ぶのだろうか。真人は些か不安に思っていた。息を潜めている時間は、それだけで緊張を伴うものだ。しかし、この時間もリベリスタ達には態勢を整える貴重な時間である。春音とそう変わらない年頃に見えた迷子が武道家らしい構えをとると、俄に歴戦の風格を纏う。吹雪や春音も、素早いであろうクッキーの動きに翻弄されるよう、自身の神経に集中を高めていた。呼太郎もまた、いざとなれば割って入るだけの覚悟を決め、深呼吸と共に自身の耐久力を高める。その中で、万一先に『彼』が姿を現しはしないかと注視していた暖之助の目に、一瞬らしからぬ輝きが灯る。
「決定権を持たぬ子供であった青年に、自業自得と言うのは少々酷かも知れませんが。それでも『彼』には関係の無い事」
 今更言っても詮無い事でもありますが。そう淡々と述べた暖之助は、他の面子とは幾分違った感想を一連の出来事に抱いているようだった。しかしそれもつかの間、暖之助にいつもの柔和な雰囲気が戻る。
「……さて成すべき事を成すと致しましょう」
 にこりと笑ってみせたその目だけは、鋭く現場を射抜いていた。
 しん、と一瞬その場が静まり返る。草を踏み分ける雷慈慟の足音が、やけに大きく聞こえていた。
「クッキー」
 雷慈慟の声が響く。
「ただいま」
————わおん!
 空間が揺らぎ、犬の巨躯が姿を現した。雷慈慟の姿を認めるや否や、ちぎれんばかりに尻尾を振り、勢い良く地を蹴り彼の許に向かう。
「くっ……!」
 雷慈慟は、それを迎え撃つことも、全力で我が身を守ることもしなかった。すべてを傾けて踏み止まろうとしても尚、泥を跳ねて体が地面に叩き付けられる。それでも雷慈慟は、クッキーに刃を向けようとはしなかった。地を転げるようにしてその場を逃れると、再びクッキーを全身で受け止める構えを見せる。
「よしよし…… 悪かったなあ…… 辛かったよなあ……」
 もう、本当の主人に会うことが叶わないのならば。せめて、彼を拒むことなくしっかり受け止めよう。主人に成り代わるだけの覚悟を伴い、雷慈慟はそこに立っていた。
「でももう大丈夫だ 安心しろよクッキー 自分はどこにもいかないからな」
 直接、そして動物会話として、雷慈慟は彼に語りかける。
「クッキー 大丈夫だ ここにいる」
 おかえり、おかえり。想像していた以上に重たい体当たりの衝撃は、そのまま愛情であるのだと、雷慈慟に伝わった。しかし、それを身を潜めていた仲間に伝えるだけの余裕は、彼には与えられなかった。
「よっぽど好かれてたんだろうな……こいつの主人は」
 同じくクッキーの言葉から動きを探れはしないかと試みていた吹雪が、控えていた面々に伝える。既に知性を失ったクッキーからは、荒々しいまでの雷慈慟に対する愛情が読み取れるばかりだった。それは即ち、攻撃の的が雷慈慟に集中することを示していた。
「距離を取れ! いくぞ!」
 クッキーが飛びかかったのを合図に、一斉に一同が姿を現す。その姿を見て取ったクッキーが警戒の唸り声を上げて周囲を睨むと、いの一番に吹雪が声を上げた。予想通り俊敏なクッキーの動きを警戒して、一部の者はまず集中力を高めることに徹していた。ひゅん、と空気を切り裂いて、迷子の斬風脚が炸裂する。きゃん、と声をあげ怯んだクッキーに向かい、春音の小さな体が飛ぶように飛び出して行く。
「大きいわんわん……いい子だったんだね」
 レイピアの切っ先を向け、幾度となく斬撃を見舞う。
「でもね、存在を許すわけにはいかないの」
————ぐるるるる……
 主人と自分との再会を妨げる存在に思えたのだろうか。クッキーは憎しみのこもった目で春音を睨みつけると、大きく一声吠えてその爪を振るった。
「……っ!」
 思わず目を閉じる。薄らと開いた春音の瞳には、自身の鮮血が映っていた。
(これがリベリスタのお仕事なんだね)
 痛くないわけがない。決して優しくはない初陣の洗礼に、ぐっとこらえて立ち上がる。
「わんわん……こわくないよ」
 いざとなれば身を挺してでもかばう心算でいたリベリスタ達は一人ではなかったが、クッキーの動きに先んじることのできる面子はそう多くはなかった。
「こん……のおっ!」
 呼太郎が繰り出すはじけるような勢いの斬撃も、手応えなく地に突き刺さる。けれど、元より相手は犬だ。すばしっこくて思うように当てられない可能性だって、考えていた。すぐに切り替え、更なる集中を重ねる。相手が俊敏であるなら、その動きを妨げれば良い。暖之助の全身から放たれた気糸がクッキーを捉えようと伸びる。さすがに一筋縄ではいかないものの、ただの飼い犬であった頃は見る由もなかったであろうそれに、クッキーは鬱陶しげに吠えた。
「……きゃっ!?」
 少女のような悲鳴をあげ、瞳を潤ませた真人が守の背に隠れる。普通の犬が吠えたり唸ったりしただけでも恐ろしく感じる彼にとっては、巨躯と力を得た今のクッキーに怯える心を拭い切ることはできなかった。前に出る勇気こそなかったが、自分の前に盾のごとくどっしり構える守の姿は、真人に戦う意思を取り戻させてくれる。
「あっ……今、癒しますね!」
 魔術書を宿した機械の腕をかざすと、戦場には似つかわしくない程の柔らかな微風が春音を包む。ふわり、傷の癒える感触に、仲間との戦いを感じていた。銃撃の音が耳を劈き、硝煙が香る。難なく扱ってみせたそれは、守の現役時代からの相棒だった。怒りに満ちたクッキーが牙を剥いても、守は平然と真人の前に立ってみせていた。
「なあに、これ位の痛みなどへっちゃらですよ」
 じりじりと膠着していた戦いの天秤がリベリスタ達へと傾いたのは、クッキーがその足を止めた時だった。
「漸く効いてくれたか……」
 吹雪の連撃が止んだ時、痺れに苛まれ、苦しげに息を切らすクッキーの姿が、そこにあった。

●幕引き
 最初は当てることすら適わなかった攻撃の手も、集中に集中を重ねるうち、少しずつ有効打を与えるようになり、今となってはリベリスタ達の攻勢は勢いを増していた。迷子の与えた一撃が深手となり、クッキーのふかふかとした毛並みを赤い色が固めていく。
「四辻さん、大丈夫っスか?」
「なに。意外とわし、硬いし」
 呼太郎がオートキュアーを付与しようと尋ねると、迷子は平然と答えてみせた。それよりも、と向けられた視線の先には、苦しむクッキーの抵抗を尚も受け止め続ける、雷慈慟がいた。ぐらりとその体が揺らぐのを見てとり、真人が悲鳴を上げかける。その声はすんでのところで飲み込まれる。最後までクッキーを受け止め続けるという強い意志を抱いて、再び立ち上がる雷慈慟を見たからだった。
「大丈夫…… 大丈夫だクッキー」
 しっかりとその頭を抱え、どんな攻撃を受けようとも、一度は倒れた後である今でも、雷慈慟はクッキーを撫で続けていた。
「もうよいじゃろう。ここで終わらせるとしよう」
 炎を纏った迷子の拳がクッキーの巨躯を穿つ。業火に焼かれるようにして消えゆくクッキーの姿に、思いを伝えようと春音が歩み出る。
(春ちゃん、リベリスタとしてまだ未熟だから……せめて)
 目と目が合う。瞳を逸らさずに、春音は懸命に伝えようとする。
「クッキー……なぜ貴方を倒さないといけないか、わかってほしいの」
 どうか、殺されたと思って死なないで。貴方がここにいたら、愛するご主人様も世界も、壊れてしまうんだよ。
「ご主人様はクッキーを置いてったのに心を痛めてる。迎えにくるよ」
 ねえ、ご主人様を恨んでる? それでも、貴方は愛されてたよ。
「恨んでなんかないさ」
 春音の問いかけをクッキーに伝えていた吹雪が、代わってそう答える。見送ったクッキーが、なんだか笑っていたような気がした。

 事が済んだ後、この場所をどうするかということに関しては、幾つか意見が上がっていた。
「遺体が残る訳ではないのが、せめてもの救いですね……」
 クッキーのかき消えた空間に目を遣り、再び守は目元を拭う。
「この場は出来る限り綺麗にしておきましょう」
 いずれにせよ、主人が弔いやすいように手配しておこうと言う点でリベリスタ達は一致していた。言うが早いか掃き掃除を始める守は、いかにも街のお巡りさんらしかった。何か痕跡がないかと真人がおっかなびっくり辺りを探ってみると、風化した犬小屋が見つかった。お墓を、という真人に、迷子は穏やかに首を振った。あくまでも、自分達が下手に手を加えた痕跡はない方が良い。
「青年が帰ってきても、ここには何も残っていなかった。それでよい。かつてここで過ごした記憶があれば十分。これから迷うこともないじゃろう」
 迷子の言葉にこくりと頷き、真人も辺りを綺麗にする手伝いへと向かう。
「思念だけになっても待ち続けておったとは……まったく、動物というのは純粋過ぎるのう」
 何事もなかったかのような日和に、迷子のふかす葉巻がぷかぷかと煙をあげていた。数日後の飼い主の訪れを待つと言う春音に、雷慈慟はある伝言を託した。クッキーから、本物の主人へ。直接伝えることのできなかったメッセージを、伝えてやってくれ、と。

 リベリスタ達がエリューションフォースを退けて数日。初めての戦いを経験した空き地の前に、春音は立っていた。こんな辺鄙なところに、どうして女の子が? 不思議に思って足を止めた青年を見上げ、春音が口を開く。
「クッキーは待ってたよ、あなたの事。愛されてたよ」
 クッキーは死んじゃった。でも恨んでなんかいなかった。見ず知らずの少女がクッキーと自分を知ることに、青年は驚いていた。けれどその疑問以上に、彼の心をクッキーとの思い出が占める。
「クッキーのぶんまで生きてね。おかえりなさい、ご主人様」
 春音のことを大方かつてこの辺りに住んでいた子供か誰かであろうと適当に結論づけた青年は、その場に膝から頽れた。
「ありがとうって。『ありがとう』って、言ってたよ」
 そしてくるりと背を向け、春音は父の許へ駆け寄る。娘を迎え、改めて頭を撫でる。
「良くやったね、春音」
 リベリスタとしては本当にまだまだ未熟な娘だが、自分もまた娘の前で倒れることもなく、無事に一仕事終えることができた。
(お休みなさい。何時かは青年の記憶からも消える事になるでしょうが――)
 記録として。覚えておくとしましょうと、娘の手を引きながら、暖之助は独り言ちた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 皆様の参加ありがとうございました、そしてお疲れ様でした。
やや堅実過ぎるきらいもありましたが、無事にクッキーを眠らせてあげることができました。
MVPは、全力で主人に成り代わり、最期までクッキーを受け止め続ける事を選んだあなたに。