●白い衣に包まれた 「こんにちはこんにちは、皆さんのお口の恋人断頭台・ギロチンです。もうしばらくするとクリスマスですね。クリスマス中止派の方々もちょっと気が向いたら聞いて下さい。何、大丈夫ですよ、どうやったってクリスマスは来ますから。予定のある方もない方もちょっとクリスマスまで楽しく行きませんか、という事です」 可愛らしく彩られたチラシを片手に、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)が余計な事を織り交ぜつつ語り出した。 チラシには、白い化粧を纏ったパンのような塊が写っている。 「シュトレン。日本だとシュトーレンの方が通りが良いですね。ドイツの方でクリスマスに……というかクリスマス前の時期に作られる焼き菓子……菓子パンです。ドライフルーツとナッツの入った、白い粉砂糖が掛かってるパン。最近はよく見るようになったそうですね、ぼくは知らなかったですけど」 ギロチンのやや大雑把なまとめによると、この菓子パンは大体約一ヶ月の長期保存が可能。 降臨節の始まり頃に作り、クリスマスまで少しずつ食べていくもの。 寝かせた時間によって少しずつ味の変わっていくのを楽しむ、という事らしい。 「まあ歴史等はチラシに書いてあるのを見て貰うとして、それを作ろう、という催しです。俺は仏教徒だ、とかここは日本だ、とかいうのは置いといて。楽しめるなら楽しんだ方が良いじゃないですか。ぼくは美味しいものは好きなので歓迎します」 アーク本部にチラシが置いてあったのは、催しの主催者の一人がアーク職員だからだという。 折角だから、日頃辛い戦いに身を置くリベリスタの憩いの時間になるように――ついでに、色々と積極的なリベリスタなら参加者も多いだろうから主催者側としても賑わって一石二鳥――という算段らしい。 好意であり実利。正しい。 で、ギロチンはといえば、そんなチラシを貰ったものの一人だと寂しいので誰かを誘おう、という考えの様子だ。 アーク本部で誰彼構わず袖を引いて誘う彼にチラシを渡した職員の判断もまた正しかったのだろう。 作り方としては、前日にラム酒に付けて置いたドライフルーツやピール、それにナッツを用意し、スパイス各種を混ぜたパン生地に混ぜて焼き、最後にバターを塗って砂糖を振る、というもの。 粉砂糖は翌日に振る場合もあるが、今回は時間の都合上もあり冷めてから振るとのこと。 発酵時間や混ぜるタイミングについては先生がいるので問題ない。 料理ベタでも教えて貰いながら作るから、早々失敗しないだろうとの事。 「材料の方は既に準備してあるので、食材の持込は不要。誰かにプレゼントする予定だったり、クリスマスまで綺麗に置いておきたい、という場合のラッピングは持ち込んで構わないそうです」 食べるのに適するのは、味のしみ始めた製作三日後以降から。 とは言え焼きたての香りを嗅いで我慢、というのも中々に辛い。 だから、先生と有志が一週間ほど寝かせたものを持って来てくれる。 作り終わったら、それをお茶請けにちょっとしたお茶会をしよう。 クリスマスを待ち、少しずつ食べていくのが一般的。 二週間後、三週間後の味の変化は自作で味わって欲しいとの事。 どうしても自作の出来上がりが気になる場合は、端っこをちょっとだけ切り取って食べると良い。 「折角なので、これを期に気になるあの人にクリスマスの予定を聞いてみる、とかも良いんじゃないですかね。ぼくいないですけど。まあ、何にせよ楽しめればそれで十分なんじゃないでしょうか」 それで作ってぼくに下さい。 やはり要らん事を付け加えながら、ギロチンはチラシを差し出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月15日(木)22:54 |
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● 扉を開けた途端、飛び込んでくるのはラム酒の匂い。 ナッツやレーズンが既に混ぜられたボウルに、ナッツ類が苦手な人にはレーズンやクランベリー、カレンズやオレンジ、レモンピールだけのもの。 皮の苦味が苦手な者向けには他のフルーツだけを混ぜ合わせ、端には少し変り種のドライフルーツのボウル――昨日からラム酒に浸されていたという各種の材料が、きらきらと輝きながら机上で出番を待ちわびていた。 沢山の白い粉は作りやすい分量に分けられ、バターも室温に。 スパイスも初心者用に配合されたものとは別に、自分の好みに味付けられるようにそれぞれ粉末状のものがスパイスラックに並んでいる。 最後の粉砂糖だけはまだ大人しく袋の中に収まっているが、空気に触れる時はもう遠くない。 「シュトレンなんてパンがあるの、私知らなかったよ」 「実物を見たこともないですね」 参考に、とホワイトボードに張り付けられた写真を見ながら、京子とリーゼロットが口々に言う。 「霧谷さんは辛いモンが好みだが甘いモンも嫌いじゃないぜ。って事で先生よろしく頼むぜ!」 「ご指導の程よろしくお願いします」 ぐっと拳を握った燕と共にぺこりと頭を下げ、京子は材料を見回した。 リーゼロットは既に指示を受けながらバターの分量を測っている。 その量と、並べられた砂糖を見てうっかりカロリーに思考を飛ばした京子の傍で、そんな事は気にせず食べでのある方がいい、とばかりに多目の分量を燕が分けていた。 これから来るイベントの数々と、並ぶであろう美味しいものを思い、京子はそっと腹を撫でる。 姉もカロリーを気にしてダッシュをかけていたのを、彼女は知っているだろうか。重量を気にするのは速度を誇るチーターの血筋か。 「手が足りるかしらね」 「大丈夫、ボクも先生になるのだ、です」 盛況ぶりに嬉しそうに微笑んだ先生に頷いたのは、雷音。 喫茶を経営する彼女は料理に関しては明るいと、自信のない者も含めて教師役を請け負ったのだ。 「そうそう、折角だからだれもがとびっきり笑顔になるようなシュトレン作ろうじゃないかっ」 もう一人。頼りになる教師役は富子。 こちらも現役の食堂経営者であり、腕前は店の賑わいから推して知るべし。 「シュトレンは実家にいた時に作ったことがありますし、自信があります」 隣でこくこくと頷いたアリスも、今回は立派な先生。 自信のないものや一人参加を不安がるものに呼びかけて作ったグループはそれなりの人数に膨らんでいたので、実に頼もしい事と言えよう。 難点があるとすれば、だ。 「さあ、わたくしの料理の腕が火を噴きますわよ……!」 「……えっと、程々にね、ミルフィ」 彼女と共に参加したミルフィの腕の方であろう。 ミルフィの『料理の腕』を知るアリスにとってはそれこそが寧ろ心配事である。 しかし手を動かさなければ始まらない。 「折角ですから、この機会にしっかり覚えたいですね」 「まずは基本に忠実に、ですね」 比較的料理に慣れているリサリサや、それなりに丁寧な作り方を心得ている望美や朽葉はホワイトボードの数字を確認し、スケールできっちり分量を測った後にそれぞれのボウルに移していく。 「あの、私はどうしましょう……?」 「ああ、じゃあそっちの粉に牛乳を少しずつ混ぜておくれ!」 人の多さに戸惑うアンリエッタに、富子が笑いかけた。 口以外の手は出さず、あくまで『自分で作る』事を大事に。 少しずつ自分を変えたいと願うアンリエッタもその様子を見て、自分の作業をこなしながら足りない場所に器具を渡して行く。 「しっかりと練るのだぞ。ここで愛情を込めるのがぽいんとなのだ……です」 「……う、ん、難しい」 皆のボウルを雷音が見回る中、ぼふりと粉を舞い上がらせたのはジズ。顔に掛かった粉を拭おうとして、うっかり手で擦って余計に白くなってしまった頬を朽葉が更に白い布で拭う。 「確かに愛情大事ですよね。意外と力仕事だ」 「というか、結構ベトつくのね……」 気合を入れ直す朽葉の隣で、バターの油分で手がぬめるのが気になるイーゼリットが眉を寄せた。 他のボウルを触る時になんだかべとべとするのが嫌で、ついつい流し台に行く頻度が増える。 それでも音を上げたりはしない。ちょっとずつ形になっていくのが分かれば、段々楽しくなってくる。 イーゼリットと同じく、どうにか形になってきた生地を見ながらジズが呟く。 「私、ドイツで一人暮らししてるおばあさまに、いつか、作ってあげるの」 毎年作って貰っていたのに、作り方を知らなかった事に気付いた。 遠くの地、異国の地で一人心細くはあるが、一人でいるのは祖母も同じ。 だからいつか、戻った時に自分が作ってあげるのだと話すジズに、少しだけ、遠くを見る調子でユーディスが頷いた。 「私も昔、父や母が作ってくれて一緒に食べた記憶があるんです」 最早遠い記憶。懐かしむ事ができる程の年月が経過した。 シュトレン自体を意識した事はなかったにしても、記憶の引き出しが開かれた事を嬉しく思う。 ユーディスもジズと同じく、食べた事はあっても作った事はない。 だから揃って、一生懸命に話を聞いて捏ねるのだ。 存在する大事な人を思いながら、存在した大事な人を思う為に。 そんな光景を眺めながら、優希は一人生地を捏ねる。 思うのは、日頃世話になっている友人の顔。 情深い同じ年頃の少年、面倒見の良い金髪の彼、意思持つ翼腕の少年、優しく気配りのできる少女、語り掛けてくる明るい笑顔。 近頃見ない者とて、忘れてはいない。 けれど、喪失が恐ろしく、喪失を恐れるものがあるのが恐ろしい。 いつだって素直に口に出せはしないし、行動で示そうとする今の姿を思い返しても照れ臭い。 それでも。 「……クリスマスだから、全てが許されるだろう」 戦場にすら天使が舞い降り、銃弾を止めるという日。 故に、彼は口に出せない思いを掌から生地に伝えた。 ● 「すとれーん! おいしくできるといいな~いいな~」 はしゃぎながら粉を混ぜるミーノの考えは簡単だ。 おいしくできればおいしいものをたくさんたべられる。 料理を作るのに、最もシンプルではっきりした目的だろう。 それ故に大体は成功率も高かったり、するのだが。 「あれっ、ぶんりょーまちがえた!?」 出来上がりにばかり思いを向けていた少女の悲鳴が響いた。 そこに足される一掴みの粉。 「牛乳を入れすぎだと思うぜ。これでどうだ?」 「あ、べたべたが少なくなったの~」 はにゃ、と微笑むミーノに、ディートリッヒが頷きを返す。 アーク設立まで日本で活動を行っていたオルクス・パラストの拠点がドイツであるからか、単なる偶然か、彼の国に縁があるものはアーク内部に意外と多い。 外見的には厳つい彼ではあるが、母親仕込みの腕前は中々のもの。 これが無ければクリスマスを迎えられないが、スタンダードなものは作り慣れているので今回は無花果を入れてみようか、と考えながら生地を捏ねる。 ぷちぷちとした種が特徴の果実は、レーズンやナッツに加えて楽しい触感を演出してくれるに違いない。 が、ドイツ出身の誰もが彼と同じように作れる訳ではない。むしろ彼は稀な方だろう。 「次にバターだ! たぶんな!」 とはいえ、私はドイツ人だから任せろと言うイセリアを基準にしたらそれはそれで一般的なドイツ人に失礼な気がする。 気合だけは入っているがあんま話を聞いていない。 「くっ、なかなか強敵だな……ハイスピードを使わざるをえない」 「いや、イセリアさん。スキル必須だと一般人作れませんから」 「大丈夫、大丈夫だ、心配するな」 ボウルを前にしてポーズを取るイセリアに対して一応通りすがりにギロチンが突っ込むが、本人はどこ吹く風。置いてきた繊細さは妹(上)が拾ったに違いない。 実際の所、何にしてもこういう自信満々な人のほうが心配しながら行う人より危ねえって話もあるが、まあなんだ。大丈夫なんだろう。多分。 分量など知らぬ! とばかりに混ぜていく彼女と対極なのがアンナ。 「ええと……次はドライフルーツを混ぜる、と。……適量? 適量ってつまり幾つ?」 彼女の場合、逆に几帳面な性格の人が掛かる料理の罠にハマっている。 つまり、『適量』『適宜』『様子を見て』『お好みで』という文字だ。 しっかり作ろう、と思う人が料理本のこういったファジーな具合に頭を抱えるという図も決して珍しくはない。 「まあまあ。度を越さなければ早々ひどくはならないものですよ」 そこに声を掛けたのは京一だ。 アンナと同じく真面目な分類に入る彼だが、そこは重ねた年月の差か、ある程度の緩さを許容できている様子。 妻子を思い頬を緩めた京一は、より良い土産にする為に時計を確認する。 生地を休ませる間に、他の器具を洗っておけば効率的。タスク管理は大事である。 そんな言葉を体現する様に、うさぎとニンジンがちりばめられたエプロンのリボンをきゅっと締め、黙々と製作するのはエリス。 彼女もまた、毎年食べてはいるが作り方を知らない一人だ。 他の人の作業の進み具合に時折ちらりと目を向けるも、意識は常に自分の手元と折々で告げられる指示。 食べるものの作られる工程を知る、というのはそれなりに面白い。 作れるようになれば尚更。 そう思うから、エリスはしっかり丁寧に手順を踏む。 甘い甘い菓子パン。 とは言え、作る前から甘いというのは何処にでも存在する訳で。 「ケーキばかり作ってたからな、シュトレン作りは初めてなんだ」 「ふれー! ふれー! 静さーん!」 蒼狼とチワワ。お揃いのエプロンは、柄違いでお互いを模したもの。 袖をまくり気合を入れる静を、玲が両手を挙げて応援する。 力仕事を受け持つ静の横で、玲はナッツとドライフルーツを刻みながら次の工程の準備。 時折互いに微笑み合えば、それだけで幸せな時間だ。 料理は作る時間だけではなく、その先に過ごす時間も作り出してくれる。 「一緒に味の感想を言い合おうぜ。1週間後も2週間後も、クリスマスにもさ」 「うん、来週も再来週も……クリスマスもお正月も!」 瞳に優しい色を浮かべた静のボウルにドライフルーツの色彩を加えながら、玲は満面の笑みを返した。 「次は、と……」 「あ、アウラさん。お塩ちょっと必要ですよ」 「そうか、ありがとうエイミー」 「い、いえ……!」 チェックシートを確認するアウラールに声を掛けた英美は、礼の言葉にはにかんだ笑顔を見せる。 料理は勉強中、というアウラールとは異なり、英美は菓子作りに慣れているので少し余裕があった。 だからこそ、しっかり作ろうと気合を入れる彼に、楽しんで作るのが一番の味の秘訣です、と笑う。 尤も、アウラールがこれだけ手間を掛けるのは英美においしいものを食べて欲しいからなのだが――その辺りはまだ知らない事だ。 「シュトレンは流石にまだ作った事ないですね」 「でも市販のだと結構高いからなかなか手がでないんだよね」 以心伝心。桐の呟きに、光が頷きを返す。 手間や用意する材料を思うと仕方のない事なのだろうが、どうせならより一層美味しいものを。 初心者用に粉末用になったものではなく、元の形を保ったままのハーブを砕いて粉に。 「ハーブはきっちりしたやつのが香りがいいからな」 「しかし、お酒の香りも凄いですね」 粉にしたスパイスを混ぜ合わせる光の横、桐はラム酒に漬けたドライフルーツの香りに目を細めた。 摘み食いは美味しい。 とは言え、それを見逃さない人もいるわけで。 「うーん、見付かったか」 「甘い物に強いですものね、頼りにしてますよ?」 口の中で胡桃を砕きながら腕を組むウェスティアの裾を掴んで、カルナは調理台へと連れて行く。 甘いものといえば私、作る側より食べる側、と摘み食いをする心積もりのウェスティアだったが、捕まってしまっては仕方ない。 とは言え、食べ専を自称したからと言って作るのができない訳でもない。 「えっと、分量はこんな感じでしょうか……」 「そこ、目分量じゃなくてちゃんと量る!」 むしろ好きこそ物の上手なれ。ちゃんとしているつもりでも、うっかり大体の分量になりがちなカルナをウェスティアはびしりと指さした。そんな彼女は堅実派。 通りがけに変り種ドライフルーツのボウルからパインを摘んだ快は、隣の少女に語り掛ける。 「実はシュトレンって食べた事もないんだよね」 「教えるのはいいけど。先生がいるのだから、私が教えなくても良かったんじゃ?」 あ、これブランデーも入ってるね、と呟いた快にレナーテは首を傾げた。 確かに血筋の半分縁のある国ではあるが、得意料理という訳ではない。 ならばプロに教われば良いのでは、と問う彼女に快は軽く肩を竦める。 「ガチで勉強しようって訳じゃないし、先生に教わるより、レナーテさんに教わりながら一緒に作ったほうが楽しいからね」 「そう。まあいいけど。あ、ドライフルーツ混ぜる時は捏ねすぎて潰さないようにね」 言いながらレナーテは快の手元を見るが、普段自炊を行っているとあって手際は悪くない。 ならば、と彼女は自らのカフェで出す為の試作品に意識を向けた。 「何入れよう~? どうせだから何種類も作ってみよう~☆」 悪戦苦闘するものも少なくない中、初挑戦ではあるが菓子作りは得意分野な終が笑みを浮かべる。 あの友人にはベリー系とカシューナッツを混ぜたものがいいか、それともオレンジとレモンピールにアーモンド、ドライアップルと胡桃を混ぜたものにシナモン多目で行くか……いや、どれも作って皆で少しずつ食べていくのがいいか。 少しずつ。 ひいふうみい。終は友人の数を数える。それとクリスマスまでの日にちも。 「……いくつ作れば持つ……のかな……」 はたと考え、終は材料を追加すべくくるりと向きを変えた。 「シュトレン、シュトレン……記憶は無くても体が作り方を覚えている! ……なんてことは無いか」 ふう、と溜息をついたジルは、ホワイトボードと手順表を元に一人作業を始める。 時々先生が見回りに来るが、彼女の手元は心配ないらしく、にっこり微笑んで去っていく。 終と同じく料理は得意分野、というか趣味の部類であるからして、一人でも十分なのである。 早々とベンチタイムに入ってしまったジルは、近くで若干ふらふらしている少女の肩を突いた。 「大丈夫?」 「……は、うん、少し、眠い気がしただけ……」 ぱちぱち瞬いた少女――那雪は再び目をとろんとさせながら頷く。 徹夜明けなのかと思いたくなる状況だが、那雪にとっては通常運行である。 とは言え、それでも腕前が壊滅的、という訳ではない。 ぼんやりと残る記憶から導き出したのは、懐かしさと微かなレシピ。 示されている分量よりも少しだけスパイスを減らし、ドライフルーツの分量を多めに。 そうすれば、記憶の中の味に近付く気がする。 「……ん、いい匂い……」 オーブンの数は限りがある為、最初に入れた者のシュトレンが香ばしい匂いを漂わせたのに、那雪はくん、と鼻を動かした。 ● 漂うのは幸せの匂い。 「うまくやけたのです! えへへ、がんばったのです」 両手を組み合わせ、跳ね上がらんばかりに喜んでいるのはイーリス。 天真爛漫っぷりでは姉妹随一だが、その分大雑把な姉(色々大きい方)と違いそれなりに人の話を聞く性格だったのが成功の秘訣だろうか。 で、その大きい方の姉、大ねーやんの作ったものが隣に並んでいる、のだが。 ぐぐぐ、と視線を彷徨わせる横にまた通りがかったギロチンの肩を彼女は掴む。 「あ、ぎろちんさん! これ! あげるです! ほら、ぎろちんさんがくろっぽいのでとくせいなのです!」 「わあ。ありがとうございますと言いたい所なのですが、男性女性問わず『貴方の為に作ったのよ』って言葉はぼくあんまり信じない感じでしてというか本当に黒いなあ」 思わずしみじみ呟いた言葉通り、黒い。つまり焦げている。 何行前だか数えるのは面倒なので数えないが、上記の内で大ねーやん――イセリアの行動を見て頂ければ理由の推察は容易だろう。 おとなのじじょうでもらったことにしてほしいのです! というイーリスだが、少し小さくなるが外側の焦げた所を削れば良いとの先生の言葉で丸く収まった。 同じように少々焦がしてしまった、と言うカルナも、静と玲が行っているように、たっぷりのバターを付けた後で粉砂糖を振ればきっと、気にならない。 ささやかに残る苦味も、甘く優しい粉砂糖が消してくれる。 「二人で雪を見ながら食べられたら、最高だよな」 「うん、クリスマスも楽しみだね」 微笑む彼らの傍で、次々と白い粉砂糖の雪が降った。 そうして部屋中に香りが満ちる頃になれば、お茶会が始まる。 「戻ってくるまでに二分四十九秒よ、御厨くん」 「時間こまかすぎない? ごめんごめん」 二人で過ごす茶会の準備を整えてきた夏栖斗は、詫びながら白い衣にナイフを入れた。 少し多めにスパイスを加え、胡桃がごろりと覗くそれは甘口が苦手なお姫様の為に選んだもの。 微笑んだ夏栖斗が皿を差し出し座ろうとすると、こじりから制止の声。 疑問符を浮かべる彼に白い指先で示されたのは、床。 駄椅子モード発動。ここだけなんかくうきがちがう。 とは言え本人らにとってはいつもの事、彼らを知る者にとってもまたいつもの事。 椅子とは言え、こじりから差し出されたシュトレンを食む夏栖斗はそこに愛が在るのを知っている。 こじりもまた然り。 「クリスマスももう近いね」 「左程変わらないわ、ただ一人で居るのが二人になっただけで」 常の通りに淡白な答えに少し口を尖らせる少年は、シュトレンの上に刺さったヒイラギに向いた少女の瞳を見る事ができない。 さて、お姫様の心に王子様は気付くのか。聖なる夜は、もう少し。 「相変わらずなのね」 そんな二人を眺めて、エレオノーラがブランデーを垂らし、シナモンを加えた紅茶を口に運んだ。 入れる中身次第で菓子にも肴にもなるシュトレンは優秀だ、と思いながらほろりと口の中で崩れるそれを楽しむ。 彼の隣で同じくシュトレンを咥えた黒髪の青年が、賑わう室内を見て目を細めた。 「何かを作るというのは楽しいものですな」 「そうね。……所でごめんなさい、名前を聞いてもいいかしら?」 同意したエレオノーラが、ふと顔を見て首を傾げる。声に覚えはあるのだが、顔と結びつかない。 過去の職業柄、人の顔と名前の覚えは良い筈の彼にとっては珍しい事だ。 つるんとしたもち肌の青年は、その言葉に首を傾げ返す。 「はて、そういえば顔を見せるのは初めてでしたかな。百舌鳥九十九です」 「九十九ちゃん……?」 しげしげ。どこぞの桃色嬢にアザーバイドとか言われた面影はそこにはない。 普通の顔なんで気にしないで下さい、と言う九十九に、エレオノーラはぽんと手を叩く。 「ああ、それも仮面なのね」 「待て、どういう意味ですか」 そんなやり取りを他所に、更に隣ではギロチンがエリスからお裾分けを貰っていた。 折角の機会だから、紅茶も凝ったものを。 鈴宮紅茶店の店主としてここが腕の振るい所、と器具を揃えた慧架が茶葉を量るのを横目に、モニカはカップを温める湯を準備する。 大御堂重工での肩書きと彩花のメイドとしての顔を持つ彼女ではあるが、バイトとしても慧架の店に勤めているのだ。多忙。 「いつもモニカがお世話になっています」 「いえいえ、此方こそ……あ、紅茶のおかわりが欲しくなったらどんどん仰って下さいね」 向かい合う主人と店長の間、本日ばかりはモニカも席に着く。 仕事としてここに存在するのならば、主人や客人と共に席に着くのは在り得ない行動だが、今日は半ばプライベート。 となれば遠慮の方が無粋になりかねない。 微笑みながら紅茶を注ぐ慧架と、そんな彼女に些か親近感を浮かべた瞳を向ける彩花を視界にいれ、たまにはこういうのも悪くない、とモニカは思う。 そんな女性同士の茶会の隣で、慣れない雰囲気に少しだけ落ち着かない様子の龍治が目線を彷徨わせた。 彼の前に差し出されたのは、木蓮が作ったシュトレン。 「味が変わってくんなら最初の味も覚えとかないとな!」 「ただ単に食いたいだけだろう」 クリスマスに合わせてヒイラギの葉、そして木蓮の好きなモルの小さな飾りが乗ったそれは龍治の目から見てもなかなか綺麗なものだったが、素直に口には出さない。 声に出さず感心していると、鼻先にラム酒の匂いが香る。 「ほらっ、龍治! 口開けろ~」 「……!?」 それが木蓮から差し出されたシュトレンだと気付き、龍治は慌てて周囲を窺った。 少し考え、あーん、と口にする木蓮に彼はまた目を瞬かせ――。 食べるまで止めないだろう、と彼女の性格から悟った龍治は大人しく口を開く。 味が変わるというこの菓子を、クリスマスに一緒に確かめるのが楽しみだ。 そう笑う木蓮に、龍治は少しだけ頬に色を浮かべて肯定の返事と共に目を逸らした。 初々しい二人とは別に、二人の世界を作り上げている者も存在する。 「うん? 時間おいた方がいーの?」 「そう、みたいだね。持ち帰って、また今度、食べよう?」 一緒に、と微笑む羽音に頷きを返し、俊介は準備されたシュトレンに手を伸ばす。 「わ!? 何これうめーな! やべえ!」 「んー……♪ 美味しいね……」 初めての味に感動する俊介に、そっちの方が美味しいのかな、と羽音が首を傾げた。 ちょっとちょうだい、と身を伸ばした彼女は、差し出された指ごとシュトレンを甘く噛む。 「ちょ、羽音!」 「ふふ、ごちそーさま?」 突然の行動に顔を真っ赤にした俊介だが、やられっ放しではない。 薄く切り取った端を咥えると、それを羽音に向けて差し出した。 「ってちょっと、……こ、ここでっ?」 今度は意図を悟った羽音が顔を赤くするが、引くつもりのない恋人に再び身を伸ばす。 いただきます、と囁かれた言葉が、粉砂糖と共に甘くテーブルに落ちた。 「さすがエイミー、おいしそう」 「味見はだめですよ? 美味しくなる三日後からです!」 一番美味しい所を食べて欲しいから。 ぼそぼそ呟く英美とアウラールの思いは、はからずとも一緒。 少しだけしょんぼりした様子を見せたアウラールだが、お返しに、と自分のものを差し出す。 勿体無くて食べられないかも知れない、と照れた様子で告げる英美に、彼は空色のリボンを眺めて少しだけ笑う。折角作ってくれたものをクリスマス当日までもたせる自信がない、と。 「だから、クリスマスは二人でケーキでも買いに行こうか」 「よ……喜んで……!」 一緒に過ごしたいという言葉を秘めていた英美は、アウラールの言葉に笑顔を咲かせた。 そんな様子は視界に入れないようにして、瞑はもぐもぐと目の前のシュトレンを齧る。 「クリスマスの予定とか彼氏とか何それおいしいの? あーうめー」 別に悔しくなんてないしー。リア充は敵だ。紅茶がちょっと苦い気がしても気のせいだ。 「わらわ紅茶より緑茶が良いのぅ……」 「和菓子には緑茶、洋菓子には紅茶ね」 瑠琵の言葉に、ティーポットを手にした氷璃は首を振る。 目の前に置かれた白い菓子は、瑠琵には見慣れぬもの。 断面の形状からドイツ語で"坑道"を意味するStollenになったのだ、という説を語源として語る血の繋がらない一族に、瑠琵は首を傾げた。 「んで、シュトレンって美味いのかぇ?」 「美味しくなければ態々食べに来ないわ」 氷璃の言葉に興味を示した彼女は手を伸ばして齧りつき、悪くないと頬を緩める。 砂糖に塗れたその顔に、ちゃんと切り分けて食べて頂戴、と布を取り出す氷璃。どちらが年上だか分からない。 とは言え、正しい年齢は一見しただけでは双方共に分からないだろう。 幼い少女の姿を取った女性らは、通りすがったフォーチュナを呼び止めた。 「おおギロチン。ぼっちならこっちに来い。あとギロッチって呼んで良いかぇ?」 「ぼっちではありません、テーブルを彷徨う旅人です。けれど遠慮なくお邪魔します。呼び方はお好きに」 「そういえば守護神()はいる?」 「しゅごし……ああ、新田さんならあちらのテーブルでお話ししてましたよ」 「そう。後で遊びに行きましょう」 蒼銀の淑女は紅茶を一啜り。 離れたテーブルにいた快が、一度ぶるりと震える。 「あら、風邪?」 「いや、多分違う」 レナーテの問いを言葉少なに否定して、快は話題を変えるように手を振った。 「そう、でも寒いから気を付けてね。それで出来上がりだけど、また今度、時間のある時にでも一緒に食べましょ」 「うん、その時にはコーヒーを淹れて貰えるんだよね」 それともグリューワインを作った方がいいかな。 感じた悪寒を吹き飛ばすように温かいものを挙げた快の元に、氷璃が『遊びに』来るのはもう少し先だ。 確かに先生が作ってきたものはあるが、この香りの中で出来立てを我慢するというのは酷。 きゅー、と聞こえた小さな音に、余分に作ったから、と望美に差し出す雷音。 少し照れながらもありがたく口にした望美の顔が笑みに代わる。 「この味が少しずつ変わっていくのも、きっと楽しいですね」 「ああ、そうだな」 「良かったら試食に私が作ったのもいかがですか?」 「んふふ、みんな上手に作ったのねん」 「あ、おろち」 と、雷音の隣から望美のシュトレンの端を摘み、おいしい、と笑みを浮かべたおろちはお返し、と自分の作ったものを差し出す。 それを切欠にテーブル上で次々と行われる交換会にほころぶ顔を見ながら、彼女は紅茶のカップを手に取った。 「わああ! おかしでござるです!」 「HAHAHA! みんなで何かするってのは楽しいもんだ、アンタも最初から一緒に作っておけば良かったのにねえ!」 作るのは難しそうだから、と時間を見計らい中に入りうろうろきょろきょろしていた姫乃も富子に捕まり、試食や完成品に埋もれる。 不安げだったアンリエッタのシュトレンも中々の上出来で、富子は嬉しそうに肩を叩いた。 流れるゆったりとした時間、身を削り血と命を交換し合う時間とはまた違う愛おしさに自然とおろちの顔も緩む。 「あらギロチンサン、楽しんでる?」 「はいはい、色々お裾分け貰って楽しんでますよ」 「あんまりイタズラしすぎちゃだめよん」 「やだなあ、イタズラだなんて。ぼくこれでも真面目なんですよ?」 いつの間にか紛れ込んでお零れに預かるフォーチュナにおろちがクリスマスの予定を問えば、いつも通りのぼくだと薄い笑いが返った。 「あ、ギロチンさん、良ければこっちもどうぞ。ナッツ多目です。父様好みなんですが、甘すぎないですか」 「わあいありがとうございます。ぼく甘いものも好きなのであまり宛にならないかもですが、美味しいですよ」 隙を窺っていた朽葉に味見と差し出された端を口にすれば、影時が帽子を深めに被ってやって来る。 「あ、あの、あのあのあのっ、断頭台さんっ。これ、こここここれ、受けっとってくらしゃいっ!?」 「はいはい? あ、ありがとうございま、早っ」 顔を上げるよりも早く走り去った少女に、お礼くらい言わせて下さいよ、とギロチンは頭を振った。 慣れないなりに一生懸命やった跡が伺えるラッピングに、軽く微笑む。 ● 「ほら、あーんしてください光さん」 「うん。ぼくたちのは一週間後か~、楽しみだね」 「あら、おにいさんも、味見、する?」 「あ、ありがとうございます」 「……女の子の手作りは、笑顔で食べるもの、と決まっているそう……よ?」 「無言のプレッシャーというやつですね。美味しいですよ」 「よ、五日前に作ったやつもあるんだが、食べ比べてみるか」 「ふわぁぁぁぁ~~しあわせ~~~」 「朱鷺島さん、ありがとうございます。これ、感謝で」 「む、ありがとう。ボクのも集まってくれたみんなに渡したいのだ」 響く声は暖かな空気と、穏やかな香りの中に。 ――全ての人が、幸いなクリスマスを迎えられる様に。 願うは、ハッピークリスマス。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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