●承前 神奈川県、箱根町――弥陀羅神社。 この神社は温泉街として普段から観光客が集う箱根地域から、少し離れた山の上にポツンとある。 普段は無人で観光スポットでもない寂れた場所の為、地元の人間以外ですら滅多に訪れる事はない。 その境内の裏手には、いつからか蜂の巣ができていた。 だが巣は直径は2メートル近くに達し、普通では考えられない大きさをしている。 更に異様なのは、巣の内部だった。 外から見た面積では在り得ない程の広さがあり、蜜と粘液でヌメヌメとした異質な空間。 中には人間大近くの大きさはあろう、蜂の身体をして四本の腕を持ち、二足歩行する奇妙な生物がいた。 蜂の様なものは愛おしそうに、這いずって食事を続ける蟲達を眺めている。 彼等へと与えた食材は、生きた人間――浴衣を着た20代ぐらいの若い女性だった。 麻痺したまま時折痙攣しているその身体には、無数の蟲達が蠢いて柔らかな肉と内臓を存分に味わっている。 子供達は母親の持ってきた新鮮な肉を喰らい続け、それが腐り始めたらまた新たな餌が確保されていたのだ。 幼虫達も徐々に蛹へと変わるものが出始め、羽化の日はすぐ近くまで来ている。 もっと餌が必要だ。羽化する為に。今までの様に単体の人間ではなく、もっと多数の新鮮な餌が――。 母親は辺りが暗闇に包まれた夜半に巣を出て、山を降りるべく飛び発った。 今までは一体ずつ確保していた為、できるだけ遠方から人目に着かない様に攫ってきたが、今回は羽化の為に多数の人間が必要だ。 ならば距離が近い場所でまとめて確保するのが一番早い。そうとでも考えたのだろうか。 蜂のようなものは、この山の中腹で神社から一番近くにあって周囲から孤立している宿――『さがりや旅館』へと向かっていた。 ●依頼 三高平市、アーク本部――ブリフィングルーム。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、リベリスタ達に見せていたカレイドシステムの映像をここで一旦止める。 「依頼内容はこのアザーバイド『女王蜂』の排除と、巣の中にいる『蜂の子』達の殲滅。そして巣の完全な破壊です」 中にいるのは全て幼虫であり、成虫と化しているものはいない。 自力で巣の外には出られない為、母親である『女王蜂』さえ倒してしまえば殲滅する事は容易だ。 巣自体も物理的に破壊できるので、やはり事前に母親の排除が必要となる。 「『女王蜂』は元々危険なアザーバイドでしたが、現在はその力の殆どを産卵に使い、力はかなり限定されています。 それでも幾つかの毒を使い分けた攻撃をしてきますので、充分注意して戦ってください」 腕に持つ2本の槍にはそれぞれ違う種類の毒が付与され、同時に空いているもう2本の腕から毒針が飛ぶ。 単体と思って力押しすれば、手数があるだけに相当厄介な相手となるだろう。 「幸いその日は平日だったので、本来襲われるはずだった旅館に宿泊客はいませんでした。なので……」 和泉はリベリスタに地図と旅館の連絡先を渡す。 「皆さんの人数分。『さがりや旅館』に1泊予約をしてあります」 この旅館は山の中腹、そこから頂上にある神社へは徒歩でしかいけないとあって、移動に相当時間が掛かる。 他に交通機関もなく、まさか徹夜で歩いて行動しろとは言えないので、気を利かせて部屋を用意してくれたらしい。 「露天風呂から見下ろす箱根の景色が自慢の隠れ家的旅館……だそうです」 和泉が手に取った箱根のガイドブックを読み上げると、リベリスタ達から一斉に歓声が上がる。 蜂の巣退治は大変な作業だが、それで温泉旅館に泊まれるなら安いもの。 本題から反れて数々の妄想と会話を繰り広げようとする一行に、和泉は大きく咳払いして本を閉じた。 「蜂と巣の殲滅が最優先事項ですから、そこだけは間違えないで下さいね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月08日(木)22:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●飛翔 神奈川県、箱根町――夜の山中。 頂上へと飛翔して向かう幾多の影。 体内の無限機関を利用した七布施・三千(BNE000346)が小さな翼を一行に与え、足場の悪い登山を避けて最短距離で頂上を目指していた。 「空を飛んでいけば、歩くより早いですものね」 懐中電灯を照らして仲間達の様子を随時確認し、付与の力が弱まると再度翼の加護を送る。 『シトラス・ヴァンピール』日野宮ななせ(BNE001084)はわくわくした表情で、空からの景色を眺めていた。 「翼の加護は初体験ですので、ちょっとどきどきですねっ」 自由に飛び回れる事を堪能するななせに、李腕鍛(BNE002775)がやんわりとしたござる口調で制する。 「三千殿、ストップでござるよ」 腕鍛は最後尾で懐中電灯を照らす『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)との距離が開いたのに気づいて、三千達に速度を落とすように伝えた。 出発後から沈黙していた宵咲刹姫(BNE003089)だったが、言い辛そうに口を開く。 「此処だけの話、正直に白状するっすけど。あたい、あの手の蟲……幼虫、ダメなんすよ」 温泉話に釣られて手を挙げたものの、カレイドシステムに写る蛭の様な蟲の大群に、内心は失禁寸前の状態だったらしい。 隣を行く『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)も自身の翼で移動を続けながら、映像を思い返して溜息を吐く。 「全く……厄介な蟲がいたもの、ね……」 刹姫や那雪に同調する様に、『さまようよろい』鎧盾(BNE003210)が言葉を返した。 「退治して終わり。って言う訳にはいかない分、苦労は多そうだ」 しかし今回の仕事は手間が多い、盾はそう感じている。 『女王蜂』だけの退治に留まらず、幼虫である『蜂の子』と呼ばれる蟲の大群を巣ごと駆除しなければならないからだ。 その為に三千がアーク本部から借りた巨大なブルーシートは、前方の『自称・雷音の夫』鬼蔭虎鐵(BNE000034)が折り畳んで持ち運んでいる。 『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)は飛翔しながらも、本当に底辺なんだなこの世界は。と心の中で吐き捨てた。 (どいつもこいつも我が物顔で食い荒らしてくれる、それが当然だと言わんばかりに……) 捕食者に対し、食らい返す牙をこの世界も持っている事を示す。 アザーバイドにそれができるのは、リベリスタである自分達だけなのだ。 先頭にいた『消えない火』鳳朱子(BNE000136)は周囲を警戒しながら、先を急ぐ様にと後方へ呼びかける。 「それ程ゆっくりしてはいられない。急ごう」 旅館から直線距離で来ているとはいえ、敵のアザーバイド『女王蜂』自身の移動時間を考えれば、リベリスタ達にそれ程の時間の余裕はない。 頷いた一行の速度が上がり、山頂へと近づいていく。 ●撃墜 神奈川県、箱根町――弥陀羅神社。 荒れ果て、無人のまま放置されている山頂の神社。 飛翔によって大幅に時間が短縮できた一行が入口まで辿り着くと、餌を感知したのか境内の影から二足歩行の蜂が姿を現わす。 四本の腕にはそれぞれ槍と針を持ち、飛翔したままの状態で十人の侵入者を見やっていた。 『女王蜂』の背後には、2メートルはあろうかという巨大な巣が存在している。 着いて早々の遭遇に少し驚きつつ、距離を詰めようとする前衛陣に三千が声をかけた。 「巣に流れ玉が当らない様、引き付けて戦ってください」 境内の側で戦えば、裏に張り付いている巣も攻撃を受けかねない。 それによって蟲達が外へ逃げ出されても困る。そう三千は考えていた。 那雪が挑発する様に『女王』を手招きする。 「……ここには餌が、たくさんあるわ、よ? 最も、餌にしたいのなら……力ずくでも、倒してもらわないと、だけれど……ね」 人語を理解しているのか、いないのか。『女王』はリベリスタ達目掛けて真っ直ぐに飛び込んできた。 最前列の正面に立っていた朱子目掛け、俊敏な動きでその四本の腕が立て続けに刺突を繰り出す。 腕鍛が素早く前進し、蜂へと炎を拳を叩き込む。 「逃がさないでござるよ。拙者、女性にしつこく食らいつく肉食系でござるからな」 彼の宣言にそれ、ストーカーと突っ込みを入れる後方の那雪。彼女の集中力が高まり、眠たげな瞳が覚醒する。 盾も自身の防御力を高め、次手からの戦闘に備えていた。 「コイツは、報酬は期待できそうだ」 朱子と同じく、注意を引くように鉢の正面近くに回る。 虫が苦手だというななせは、蜂の異貌を正面から見ないよう、背後へと回り込んで攻撃する。 「こ、怖いっ! は、早く倒してしまわないとですっ!」 輝くオーラを纏って巨大な鋼のハンマーを奮う彼女。速攻、全力、容赦なしで行かなければ、とても自分が持ちそうにないらしい。 虎鐵もオーラを纏う一撃を放ち、ななせに続いて背後を塞ぐ。 「拙者の太刀を受けてみるでござる!」 立て続けに攻撃を喰らった『女王』はぎょろりと複眼で周囲を見回す。 朱子はわざと蜂の正面で紅刃剣を大振りに払い、蜂の注意を引こうと試みる。 「敵は私が引き付ける。その間に」 先程攻撃を真正面から受けた彼女だが、毒や麻痺に対して免疫力のある自分が受ける限り、誰かが動けなくなる事はない。 だが一度に四度の攻撃は自身ならば耐えうるかもしれないが、他に狙いが移るとやや厳しくなりそうだとも朱子は考えていた。 狙撃ポイントを定めた星龍が自身の射撃に集中し、行動を遅らせた三千は全員に再度翼を与え、蜂の飛翔に対応出来るよう配慮する。 一方で刹姫と瞳は、『女王』のいる戦闘地点から飛翔して一気に距離を取った。 2人の狙いは他のリベリスタ達が戦闘を行う間に、巣穴の中の女性を救出する事。 大きく迂回して巣穴へと辿り着いた刹姫と瞳は、意を決して中に飛び込んだ。 中は完全な暗闇の為、懐中電灯を点けながら進む。 周囲一面が粘液と蜜で覆われていて、あっという間に2人の身体は全身ヌメヌメとなっていく。 「うへぁ……」 うんざりした声で中を進む刹姫。瞳も流石に辟易と感じていた。 やがて広い空間へと繋がり、そこには壁一面に無数の小さな六角形の穴が広がる。 それぞれの穴には真っ黒な蛭の様な目も口もない、不気味なもの達がのた打ち回っていた。 現れた彼等に警戒し、穴の中で縮こまって様子を窺っている様だ。 その空間の中央には、麻痺したまま硬直している浴衣姿の女性の姿があった。 身体のあちこちに穴が開いていて、無数の蟲が這いずっている。 状況を視認した瞳は、ナイフを取り出しつつ女性に張り付いていた蟲を引き抜く。 「『蜂の子』を全て引き剥がそう」 「蟲は怖いけど……やるっす」 瞳がナイフで穴を開きながら蟲を探り当て、刹姫は視界に入れないようにして、患部へと腕を近づけて吸い付いた蟲を次々と引き剥がす。 両腕が瞬く間に血で覆われた瞳は、引き抜いた痕へと癒しを吹きかけ傷を塞いでいく。 「鬼手仏心と言うにも強引過ぎるが助ける為だ……耐えてくれよ」 2人の必死の救助活動が続く。 『女王』は離れていく刹姫と瞳の意図を読み取り、飛翔して巣へと帰還しようとしていた。 だが前線の5人が飛翔してピッタリと取り囲み、脱出を許さないでいる。 苛立つ様に前衛達へと何度も槍を繰り出し、そして針を交差して立て続けに連射した。 その激しい攻撃と毒に徐々に体力を削られていくリベリスタ達。 遂に毒と傷が重なった虎鐵がその場に倒れてしまう。 だがその一方で彼等の攻撃も加速して行き、同様に『女王』もまた体力が削られていた。 三千は天使を召還し、その歌で仲間達を治療し続ける。 「もう少しです!」 後方から支援を続けた彼は巣穴へ視線を向ける。未だに2人が出て来る様子はない。 少し距離を置いた腕鍛が蹴りを放ち、真空の刃となって蜂を切り裂く。 「逃がさないでござる!」 槍を持つ片方の腕を切り飛ばした彼もまた傷が深く、毒や麻痺の影響を受けない身体である為にここまで保てていた。 だが反撃とばかりに『女王蜂』は槍を盾へと貫かせ、毒針を腕鍛へと叩き込む。 腕鍛が交差する様に地上へ落ち、盾は倒れかけた所を顔を上げる。 「やれやれ……ボーナスは出るんだろうな」 腕を交差して運命を手繰り寄せた彼の十字の光は、包囲から飛び出そうとする『女王』の身体を激しく撃った。 そこへ星龍の狙い済ませた精密な射撃が襲い、蜂の動きが一瞬止まる。 那雪はその瞬間を見逃さなかった。 「少しばかり、おいたが過ぎたな?」 気糸が手早く蜂の身体を覆い、その動きが完全に封じ込められていく。 そこへ飛翔している朱子が回り込んで、蜂の頭上から紅刃剣を大きく振り翳した。 「ななせさん、行きますよ」 ほぼ同時に下にいるななせがFeldwebel des Stahlesを大きく振り被っている。 「容赦なし、でいきたいと思いますっ」 全身のエネルギーをそれぞれの武器へと込め、振り下ろされた剣。墜ちた蜂を叩き潰す鉄槌。 『女王蜂』は子供達の成長を見ることなく、異界の果てで逝った。 ●最後 戦闘を終えた一行が巣穴へと向かうと、粘液塗れの姿で刹姫と瞳。そして、浴衣姿の女性が既に外へと出てきていた。 ナイフで患部を斬り裂いて蟲を駆除し、できる限りの治療を続けた2人だったが、正直手の施しようのない程に内臓があちこち欠けている。 体内の蟲はすべて取り払い、止血だけは蜜と癒しの力でできた為、何とか外へと連れ出すことができたのだった。 三千が刹姫と入れ替わって治療に回り、瞳と二人係りで矢継ぎ早に癒しの風を送り続けている。 他のリベリスタ達は、巣の駆除の準備を進めていた。 ななせが煙タイプの殺虫剤を巣の中に放り、刹姫と那雪、星龍は巨大なシートに一箇所だけ穴を開けて目張りしていく。 加えて朱子と盾が煙を炊き、開けた穴から燻していった。 「幼虫が逃げ出したとしても、いつでも攻撃ができる準備をしておくようにね」 朱子の警告に治療に当るメンバー以外が頷く。 しばらくすると、巣穴から逃げ出したうにょうにょと動く幼虫が次々と零れ落ちてきた。 どれも燻されて動きが鈍くなっていて、リベリスタ達の手で容易に倒されていく。 やがて時間が過ぎ、新たな蟲は姿を現さなくなる。 集中を重ねたリベリスタ達の一斉攻撃で、いとも簡単に巣は破壊されていった。 一方で治療を続ける二人だったが、その徒労も虚しく彼女は意識を失ったまま、徐々に脈が落ちていく。 少し彼等から離れた位置で、治療の様子をやりきれない表情で見つめる朱子がいる。 今まで敵を倒すために一般人を何人も見捨ててきた自分が、敵を逃がす確率を上げてまで一人を助けようとする事。 それは彼女の中である種の『狡さ』ではないかと感じ、それに構う事を避けていた。 背を向けた彼女は決着付くまでの間、周囲の警戒を続けている。 瞳は悔しくてならない無念さを滲ませ、女性へと呼びかけていた。 「我々はただ食まれるだけの草花ではないはずだ……」 だが、この女性は食らい返す牙を持ち合わせてはいなかった。運命にも愛される事はなかったのだ。 癒しの風を送る三千の肩に、そっと星龍が触れた。 「もう彼女は救えないでしょう。せめて痛みも感じぬまま……」 続きは言わなくても判っている。三千は間を置いて、小さく頷く。 「わかってます。諦めるのも大事だってことは……」 治療を止め、立ち上がる2人。刹姫は必死の思いで助け出した女性を見、小さく呟いていた。 「覚悟は、出来てるっすよ」 その言葉に盾がスッと女性の前に立ち、静かに十字を切る。 信じる神も、許す神もいないと彼は知っていた。 だが彼は十字を切る以外、犠牲者の魂に哀悼の意を捧げる方法を知らなかったのだ。 「せめて、苦しまぬよう送ってやろう」 一息で盾の槍が胸を貫き、女性の鼓動はその活動を止めた。 那雪が、そっと女性の瞼を閉ざす。 「……間に合わなくて、すまなかった……」 助けられなかった命に一同が目を伏せ、しばし沈黙の時間が流れる。 傲慢だとは判ってはいても、全ての人を助けられれば良いと一同は思う。 だがそれが簡単にできる程。敵達も、運命も、この世界も、そんな優しくはなかったのだ。 重々しい空気の中、ななせが口を開く。 「助けられなかったですが、この方は連れて帰ってあげたいです」 その言葉に同意する一行は、無言のまま撤収の準備を始めていた。 いつの間にか、空には雪が舞っている。 まるで、この夜の出来事を白く覆い隠すかの様に――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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