● 公園の片隅。誰も居ない場所で膝を抱えて泣く、ニンゲンの子供。 目に付いたのも、興味を抱いたのもきっと、本当に偶然だった。 「友達なんて……出来ないん、だ……!」 嗚咽に混じって聞こえた、そんな言葉。 トモダチ。確か、この階層のニンゲンは、そんなものを作るのだと誰かが言っていた気がする。 ――こいつは、トモダチが欲しいのか。 そう理解した時には、足が動いていた。 「……おい」 ――お前、トモダチが欲しいのか? それが、全ての始まりだった。 両親の争う声が、聞こえる。 部屋の扉を閉め切ろうと嫌でも耳に届くその声に、まだ幼い少年は泣きそうに表情を歪めて膝を抱えた。 聞きたくない。仲良くして欲しい。でも、そんなの、言えっこない。 だって、もしかしたら。 「……ぼくのことで、けんかしてるのかな」 ぽつり。不安に満ちた小さな声が、漏れる。 おとうさんとおかあさんが、仲が悪いのも。ともだちが、つくれないのも。 みんな、みんなぼくが少し、みんなと違うから。だからなのかな。 みんな、ぼくが、変だから。 「おい、大樹。なんて顔してるんだよ。僕が居るのにさ!」 不意に、別の声が部屋に響く。次いで、滲み出るように現れる、もう一人の姿。 大樹、と呼ばれた少年と恐らく同年代であろう外見の、しかし、恐らくは人ならざるものであろうそれは、不服げに眉を寄せた。 「トモダチと居るのは楽しい事だって、お前が僕に教えたんだろ? ほら、笑え笑え」 そんな顔してると遊んでやらないぞ。そう付け加えて、色の白い手が少年の頭を叩く。 少年は一瞬、驚いた様な顔をして。けれど、直に控えめに微笑んだ。 最初は、興味と偶然だった。 ほんの少しの打算もあった。きっとこいつは、疑いもせず、この階層のことも、ニンゲンのことも話してくれる。 都合が良いと、思った。 けれど、それは段々と違うものになっていった。 こいつが俺に、名前をつけて。トモダチとやらになって。 沢山の、事を知った。 僕には君だけだと、何度も泣きつかれた。 最初は面倒で、何でこんな奴を選んだのだろうと思ったけれど。気づけば。 僕の方が、こいつから離れられなくなった。 でも、。 ● 「依頼。ちょっと特殊。ある程度覚悟した上で聞いて欲しい」 後味が良いか悪いかは保障できないから。そう付け加えて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は何時もの様に話を切り出した。 華奢な指先が、モニターを操作する。その手に反応し、2枚の写真が映し出される。 「こっちが村上・大樹。一般人。何処にでもいる小学生。もう一枚が、今回の標的。アザーバイトで、……識別名は『ピノキオ』」 少年が、アザーバイトにつけた名前だと、フォーチュナは説明した。 感情の揺らぎが見えない瞳が、微かに伏せられる。 「今回の成功条件は、……アザーバイトと少年を別れさせる事。この状態は崩界要因になりかねないし、何より……彼にとって良くない」 そう告げながら、資料を差し出す。そこには村上少年の置かれている状況が大雑把に書かれていた。 少々大人びて、内向的な少年。聡明で勉強好きな彼と、同年代の普通の子供達では、好みが噛み合わない。 それ故、少年には友人と呼べる存在が、このアザーバイトしか居ない。 加えて、両親の不仲も彼の心に大きな影響を与えているようだった。 「大樹は全て、自分が悪いと思っている。自分が人と違うから。自分に友達が居ないから。自分は一人ぼっちなんだって思ってる」 実際にはそんな事はないと、フォーチュナは付け加える。 周囲の子供達も悪気は全く無く、嫌ってもいない。両親の不仲も、彼が原因ではなかった。 但し、彼が踏み出す事を恐れ、自分から人に歩み寄れないと言う点においては、彼に落ち度があるだろう。 「まぁ、諭してくれる人が居ないんだと思う。只管に思い込んで塞ぎ込んで居る時に、彼はアザーバイトと出会った」 それは恐らく、偶然だったのだろう。 その日、少年は公園で泣いていて。異界の住人は、気紛れに此方を訪れていた。 そして、彼らは偶然に、出会ってしまった。 「アザーバイト――『ピノキオ』は、元々この階層に興味があったみたい。気が向いたから此方に来て……大樹を見つけた」 彼が少年に声をかけた理由は、やはりこの階層への興味だったそうだ。 未知の土地や文化について知るならば、その地の住人に案内を願うのが一番手っ取り早い。 子供で、大して言い訳も要らないだろうと踏んだのだろうか。彼はやはり気紛れに、少年をその案内役に選んだ。 「最初はきっと、利用するつもりだったはず。でも、一緒に居る内に……情が、沸いてしまった」 少し泣き虫で、扱いに面倒な少年。けれど、とても純粋に、自分に好意を伝えてくる。 それを幾度も積み重ねれば、抱く感情が変わるのも仕方の無い事。 アザーバイトは、少年を大切だと、思ってしまった。 「……彼は、大樹を護りたいと思ってる。彼を傷つけるものを皆遠ざけて、幸せに笑っていられる様にしたいって、願ってる」 この階層について知りたい、などと言うのは既に建前に過ぎなくなっているのだと、フォーチュナは言う。 しかし、アークとしてはこれを見逃す訳にはいかなかった。 「一般人がこんなに深く神秘に触れ続けるのは、絶対に良くない。……このままじゃ、大樹はきっと、本当に一人になってしまう」 永遠に、彼らが共に居られるとは限らない。アザーバイトの気が変われば、当然少年の命は危険に晒される。 それに何時、このアザーバイトの存在が、階層に影響を与えるか分からないのだ。 「出来る限り、大樹の心に傷が残らない様に、2人を別れさせて欲しい。……でも、無理なら手段は選ばなくても良い」 説得と戦闘。アザーバイトを返すのか、倒すのか。その判断は全て、リベリスタ達に一任する。 そう告げて、幼いフォーチュナは資料を揃え、差し出す。 「……本当は気付いてるんだと思う。これじゃあ、駄目な事」 どっちがとは言わないけど。そう小さく、付け加えて。フォーチュナはブリーフィングルームを後にした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月11日(日)23:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――ばたん。重たい音を立てて、鉄の扉が閉められる。 アスファルトを踏みながら、『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)は愛車に鍵をかけた。 目の前に建つ、一般的な一軒家。そこにかかる表札を確認してから、彼は隣の『蒼い翼』雉子川 夜見(BNE002957)に視線を向ける。 この一件に、悪役は居ない。ならば、武具も、無論戦闘も必要無い。 そう思うからこそ、彼は徹底した非武装を取っていた。 『ピノキオ』は、童話。めでたしめでたしで終わらせなくては。そんな思いを巡らせる彼の瞳が、伊達眼鏡越しに細められる。 「――では、神秘探求を始めよう」 隣の夜見に聞こえるかも怪しい程の呟きを漏らしてから、彼は躊躇い無く一軒家の門を叩いた。 「嗚呼、突然済みません、村上大樹君のお母様ですね。私養護教諭の――」 応対に出てきた女性に軽く頭を下げ、イスカリオテの淀み無い言葉を聞きながら。 夜見はぼんやりと、アザーバイトの事を思っていた。 友人同士を、引き離す。幾ら異界の者であるとは言え、悲しい決断を迫らなくてはいけない。 しかし、そこで情を移してしまうのもまた、良くない事だと理解していた。 無表情の奥で決意を新たにする夜見の前で、話は進んでいく。 「……どうも、夫婦仲が上手く行っていないとか」 そんな一言と共に、イスカリオテが素早く女性の思考を読み取る。 些細なぶつかり合いで戻れなくなった現在。そんな情報が、一気に流れ込む。 思考を読み取られる、その感覚に表情を変えた女性には、それまで黙っていた夜見が素早く、記憶を操作する術で対応した。 ――これは、宗教の勧誘。それをやんわり断って、今から勧誘に来た2人組は帰っていく。 無事に記憶が改変されたのか、焦点の定まらない女性に向けて、夜見は口を開く。 「それでは、失礼します」 「あ、ああ、はい。此方こそ、失礼致します」 はっと我に返った女性が、ゆっくりと玄関の扉を閉める。 矛盾無く、日常に戻す。それが夜見の役目だった。自分達は裏方。この状況を変えていかねばならないのは、他ならぬ本人達だ。 足早に車へと戻り、鍵を開ける。夜見が乗り込んだ事を確認してから、イスカリオテは幻想纏いを取り出した。 「……彼らの不仲の原因は、よく有るすれ違いの様です。では、私達は学校へ向かいますので」 穏やかな声が、待機する仲間達へと届く。 返る声を確認してから、彼は次の目的地へ向かう為に車のエンジンをかけ直した。 時間は流れ、昼下がり。 小学校へ向かった『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)と『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)は動き出していた。 既に下校は始まっており、一部生徒しか残っていない校内に違和感無く入り、2人は進む。 此方にも既にイスカリオテと夜見は来ており、事前に情報を得る事が出来ていた。 それを元に、2人は大樹のクラスを訪ねる。当人は既に下校済みである事を確認してから、影時は遠慮がちに教室内へと声を掛けた。 「あのっ、ここって村上って子のクラスですか?」 まだ幼い声が、人も疎らな教室に響く。それまで何人かで遊んでいた様子の少年達が反応を示して振り返った。 興味を惹かれたのか、少年達は此方にやって来る。 そして、見知らぬ影時と、後ろに立つリィンを見て不思議そうに首を傾げた。 「そうだけど、何か用あるの?」 「あいつならさっきすぐ帰っちゃったよなー」 付き合い悪いよな、全然遊んでいかないんだぜ。そんな言葉が口々に漏れる。 大樹に興味は有る事が確認出来たところで、影時は遠慮がちに、しかし瞳を潤ませて少年達を見上げた。 「用があるのです……あの、一緒に行ってくれませんか?」 本当は心底恥ずかしいと思っているのは、内緒だ。 そんな影時の心情を死ってか知らずか、少年達は迷う様子も無く、その頼みを快諾した。 「実は僕達、引っ越してきたばかりで。村上君とは図書館で知り合ったんだ」 大樹の家へと向かう道中。少年達に混じりながら、リィンは大雑把な自己紹介の後、大樹との関係性を告げた。 あいつ本好きだよな。すっげー物知りだしな。返ってくる言葉の一つ一つを確認するリィンの横では、影時が大樹の良い所を挙げ、子供達の興味を惹いていた。 「あいつすごいんだよなー。でも、遊んでても楽しそうじゃなくてさ」 どうしたらいいかわかんない。そんな呟きが1人から漏れると、周囲の子供達も頷く。 どうやら、本当に扱いに困って居ただけのようだった。それに安堵し、リィンは再度口を開く。 「彼は態度はああだけど、中身は面白い人だよ」 だから仲良くしてみると良い。そんな言葉を添えて、リィンは精一杯、人懐こい笑みを浮かべる。 その後も談笑しながら、彼らは大樹の家を訪ねたものの、当の本人は居なかった。 可愛い顔した子と、公園に行った。母親の言葉から、恐らくは仲間と共に居る事を察しながらも、影時とリィンは子供達と共に再び、公園に向け歩き出した。 ● リベリスタ達が各々、動き回っている中。 大樹の両親への説得を担当する『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)と『眠る獅子』イリアス・レオンハルト(BNE003199)もまた、行動を開始していた。 事前に仲間から情報を得た彼らは、スーツに身を固め村上家を訪ねる。 鳴る、インターホン。現れたのは何処にでも居そうな小柄な女性だった。 「こんにちは、失礼ですが…村上さんのお宅で間違いないでしょうか」 礼儀正しいレオンハルトの言葉に、女性は表情を緩め肯定の言葉を紡ぐ。 そんな彼女に軽く頭を下げ、後ろのユウを示しながら、彼は言葉を続けた。 「私は、児童相談員のレオンハルトと。此方は、部下のユウです。お時間はそう取らせません、大樹君の事で少しお話が……」 その言葉に驚いた様に、女性は瞬きする。そして、慌てて少し待っていて下さい、と、奥に戻っていった。 そんな女性の背を見送りながら、ユウはふと視線を下げる。 あくまで自分達は『裏方』に徹するべきである。 事前に相談を交わした際に、イスカリオテの言葉によって気付いたそれ。肝に、命じて置かねばならない。 決意を固める様に軽く頷くユウの前に、奥から父親と思しき男性もやって来た。此方の姿を確認すれば即座に口を開く。 「大樹の父です、……あの子に何か?」 急いで用意を整えてきたのだろう、少々乱れた髪を気にもせず尋ねてくる様子は、息子に興味が無い親には見えない。 そんな彼の様子を窺いながら、レオンハルトは口を開き直した。 「大樹君が親御さんの喧嘩は僕の所為だ…と呟いたのを聞いた生徒さんが居ましてね」 それが生徒から保護者、そして此方に回って来た。そう告げる。 途端に両親の表情が変わり、ばつが悪そうに視線が逸らされる。 そんな2人を安心させる様に、レオンハルトは否定と共に話を続ける。 「誰が悪い、という話をしに来た訳ではなく。ただ……親御さんが喧嘩をするのを見聞きするのは……子供にとって酷く、辛い事なのではないかな、と」 両親の喧嘩。ましてやそれが自分の所為かもしれない。でも、どうする事も叶わない。 それは恐らく、とても辛い事だ。的確に事実を指摘するレオンハルトの言葉は、両親にとっても耳が痛いものだった。 言葉も出ない彼らに、それまで黙っていたユウが優しく微笑み、口を開いた。 「大樹君を責めないであげてください。同時に、お2人ご自身についても」 自分には未だ経験がないが、親と言う物は本当に大変だと聞く。 でも、だからこそ。もう一度考えて欲しい。 子は親を選べず、親は子を選ばない。親子とは、そう有るべきだ。そう、真摯に告げて。 「大丈夫! ゆっくり話し合えば、きっと戻れるはずです。……家族ですもの」 だからどうか、2人が親であるという事を、思い出して欲しい。 柔らかだが、重みのある言葉に、両親が確りと頷く。 その様子を見届けてから、レオンハルトは最後にそっと、言葉を添えた。 「話はそれだけです、幸せは得てして崩れやすい……しかし、だからこそ守る価値があるのだと、私は思いますよ」 頑張ってみます。有難う御座いました。そんな言葉に見送られて、2人は村上家を後にした。 ――僕が、友達になる。 『七つ歌』桃谷 七瀬(BNE003125) は、そんな決意の元、下校中であろう大樹を探していた。 否、彼が友達を作る為のきっかけでも構わない。けれど、自分もその友達のうちの1人になれたらいい。 そんな純粋な想いを胸に歩く彼の目が、俯き加減で歩く1人の少年を捉える。 写真とほぼ同じ。それを確認してから、七瀬は足を早める。 一歩、二歩。少年の前に出て。 「うわぁっ!!」 音がしそうな程、その華奢な身体が勢い良く地面に倒れ込む。 気を引く為の振りだった筈が、本当に転んでしまった。膝から流れる血を見て、七瀬の少女の様な面差しが痛みに歪む。 すると、不意に。涙を浮かべる彼の目の前にハンカチが差し出された。 顔を上げれば、心配そうな、しかし、明らかに緊張した顔。 「あ、あの、……大丈夫?」 やっとの思いで搾り出したのであろう声も、不安に震えている。 そんな彼の不安を打ち払う様に、七瀬は心からの笑顔を向けてそのハンカチを受け取った。 「ぁ……。大丈夫。ありがと。キミ優しいね」 素直な賞賛の言葉に、大樹の表情がほんの少し緩み、気恥ずかしげな微笑が浮かぶ。 ハンカチを受け取っても差し出された侭の手をそっと握り締めて立ち上がってから、七瀬は再び口を開いた。 「僕、この町に来たばかりなんだよね。よかったら、公園まで案内してくれないかな?」 あくまで控えめに頼む七瀬の言葉に、大樹は僅かに戸惑う様に瞳を泳がせる。 駄目だっただろうか。そんな思いが過ぎるも大人しく待っていると、意を決した様に大樹の瞳が七瀬の方へと向けられた。 「ぼっ……ぼくで、いいなら。……一緒に、行こう?」 ● 緊張と、僅かな喜びが交じり合う表情を浮かべた大樹に連れられ、七瀬は公園に辿り着いた。 家に向かい、母親に公園に行く事を告げた時の彼の表情は、実に嬉しそうだった。 恐らくは、本当に、本当に久し振りに、誰かと何処かに行く、と言う事が出来たのだろう。 それを何と無く察しながら、七瀬はゆっくりと辺りを見回す。ふと目に留まる、大きな木。嗚呼、そう言えば。 「あ……まだ名前言ってなかったよね。僕は桃谷七瀬だよ。キミは?」 「大樹。村上、大樹。……大きい木って、意味なんだって」 ぎこちない自己紹介には、ほんの少しの寂しさが滲む。 劣等感を覚えているのであろう彼に気付きながら、七瀬は笑顔と共に言葉を続けた。 「大樹?すごいっ! この木と同じだね!」 君の両親は、大きな木と同じ様に大地と大空へ、手を広げて育って欲しいって願ってるのかもしれない。 「良い名前だね、とっても愛されている感じがするよ」 其処まで告げると、それまで沈んで居た大樹の表情が、一瞬だけ明るくなる。 喜びとも否定ともつかない表情を浮かべ言葉を捜す彼の耳を、不意に子供達の声が擽った。 公園に、子供達が入って来る。 それを目視した大樹の顔が、一気に強張った。 辺りを見回す子供達。その内の1人が此方に気付いたのか、何か話している。 すると、その中から1人、少年とも少女ともつかない子供が、此方へと走り寄って来た。 「あっ、貴方が村上君ですか! これ落としてましたよ」 子供――影時が、大樹に鉛筆を差し出す。 見慣れない彼女を怪訝そうに見詰めながらも、大樹は遠慮がちに鉛筆を受け取り、小さくお礼を呟いた。 すぐに、逸らされる視線。しかし、影時は遠慮無く、再度口を開く。 「村上君の所に行きたいって言ったら一緒に来てくれたの!」 皆少なからず、大樹に興味がある。そう暗に伝えようとする影時の言葉を理解したのか、大樹の表情が驚きに変わる。 どうして。なんで。そんな不安に駆られる彼を招く様に、リィンが手を振ってみせる。 動揺の余り、大樹の顔色が青ざめ始めた頃。不意に、微かな空気の揺らぎと共に、それは姿を現した。 「……お前ら、何のつもり? 大樹を傷つけるつもりなら、容赦しないよ」 綺麗なボーイソプラノ。配慮だろうか、丁度、子供達からは見えない物影に現れたそれ、『ピノキオ』は、敵意を剥き出しにリベリスタ達を睨み付けていた。 そんな彼を確認して、子供達とは反対の入口から公園に入って来ていた『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064) は静かに近寄り、可憐な笑みを浮かべた。 ピノキオと大樹、両方を見据えて口を開く。 「少しピノキオ君と二人っきりでお話したいの。皆とお話してて貰えるかしら?」 「……大樹、そのナナセって奴と一緒に居るか、……あいつらのところに行くか、しろ」 ティアリアの言葉から何かを悟ったのだろう。ピノキオが、小さな声で告げる。 しかし、大樹は動かない。動けない、と言うべきだろうか。 視線を彷徨わせる彼の顔は、明らかに不安に強張っていた。 つまらない奴って思われたら。怖い。そんな不安が滲んでいる彼を見かねて、七瀬はそっと笑みを浮かべた。 「ほら、僕とこうしてお話できるんだから皆とも遊べるよ」 だから、一緒にいこう。そんな言葉を添え、七瀬は大樹の手をそっと握る。 自分と話している時の大樹は、本当に普通の男の子だった。だから、大丈夫。それに。 「もう、大樹君と僕は友達なんだから、ね?」 その言葉に、大樹の表情が泣きそうに歪む。震えて居た彼はやっと、意を決した様に歩き出した。 苦手なクラスメート達の前に、立つ。そして。 「あ、あの、……探してくれて、ありがとう。……一緒に、あそんでくれる?」 漸く、踏み出した一歩。それを聞いた子供達は、互いに顔を見合わせて。 「当たり前だろ、ほら、あそぼうぜ!」 1人が口を開けば、他の子供達も口々に、もっと早く言えよ。村上君、物知りなんでしょう? 一気に周りを囲まれた少年は、目を白黒させたものの。本当に、本当に嬉しそうに、口を開き始めた。 ● 「ふふ、とってもいい子ね」 子供達の輪に混じる大樹を見ながら、ティアリアは話を切り出した。 その紅の瞳を流し、視線をピノキオに移す。 「貴方が依存してしまうのもわかる気はするわね?」 そっと囁かれた、核心を突く言葉にピノキオの表情が強張る。きちんとピノキオに向き合ってから、ティアリアは更に言葉を重ねた。 「貴方の行為を否定したいわけではないわ。ただ……貴方はあの子にとって良くないのよ」 心配なのは分かる。大事なのも分かる。だが、それが悪影響を及ぼしているのは事実だ。 押し黙る彼に、ティアリアは言葉を重ねる事を止めようとはしない。 「もう、わかっているのでしょう? 貴方ではダメな事くらい」 大樹に必要なのは、貴方ではない。同世代の友人だ。包み隠す事無く、はっきりと告げる。 それが、ティアリアの役目だった。厳しいかもしれない、冷たいかもしれない。それでも、現実を突き付ける。 沈黙が、落ちた。ティアリアが言葉を続けようと口を開きかけたと同時、それまで俯いていたピノキオが、ゆっくりとその顔を上げた。 「――お前の言う通り。気付いてた。僕と一緒に居ても、大樹は変わらない。変われない。でも」 それでも一緒に居られたらと、思っていた。 それがそもそも、駄目なのにな。ぼそり、と、少しだけ震えた声が漏れる。 面倒だった。ただ、損得勘定で得が多いから留まった。その、筈だった。 情が移った。何時の間にか、自分が彼無しではいられなく、なっていた。 「勘違いしないで、貴方から奪おうとしているのではないわ」 ただ、有るべき姿に還すだけよ。苦しげな表情を浮かべるピノキオに、そっと言葉を投げる。 理解は、している。でも、それをしたくは、なかった。 「……彼は、貴方が居ないと生きて行けないほど、か弱い生き物でしたか」 イスカリオテがそっと、口を挟む。 決断を迫らねばならない。辛くとも、彼らには此処での決別が必要だ。 「手は打った。後は、大樹を信じてやってくれないか」 「君も村上君の友達さ。だからこそ帰ろう?ここにいちゃ駄目だ」 夜見が、影時が言葉を重ねる。再び沈黙を守っていたピノキオはしかし、リベリスタ達の言葉に篭る真摯な想いに漸く、口を開き直した。 「……ニンゲンって奴は脆いし、打たれ弱い。なのに」 気付いたら吃驚するくらい、強くなってるんだな。 そこまで呟いて、彼はぎこちなく微笑む。その笑顔は、共に居た少年と何処か似通っていた。 「……今日、帰るよ。だから、大樹がこっちに来たら、2人にして欲しい」 最後にするから。そんな願いにリベリスタ達はそっと、頷いた。 そして、夕刻。 帰宅時間なのだろう、集まっていた子供達と別れて、大樹が此方に駆け寄ってくる。 そっとリベリスタ達が下がれば、大樹は荒い呼吸も整えず早口に話し出した。 「ピノキオ! ぼく、友達が、出来たんだ!」 「やっとか、良かったじゃないか。……じゃあもう僕は要らないな」 話したくて堪らない、と言わんばかりの大樹に、ピノキオは冷たく言い放つ。 大樹の表情が固まる。けれど、彼は言葉を投げるのを止めなかった。 「いい加減飽きたんだ、帰りたかったし丁度良いな。……まぁ精々、上手くやれよ」 つまらなそうに紡がれる声。大樹は呆然とそれを聞いていたものの、理解した瞬間に泣き出しそうに顔を歪めた。 言葉を捜す。けれど、見つからなかったのだろう。幼い少年は、一番の友人の真意には気付かず、家へと走り去っていった。 「あら、良かったの?」 駆け去った少年の背を見送りながらティアリアが尋ねる。 「僕は嘘吐き。ピノキオだから。……さっさと、忘れるべきだ」 突き放すしかなかった。諭すには彼は幼く、自分は言葉を持たない。 「……それでも貴方が、彼の友達である事に変わりは無い」 心からの敬意を込めて。イスカリオテがそっと告げる。 苦味と痛みを堪えきれない少年の面差しが、漸く泣き出しそうに歪んだ。 出会いがあれば、別れもある。だからこそ、この別れは良い物にしてやりたかった。 今は未だ無理だろう。互いの心の傷は浅くは無い。互いの真意を理解するには時間が必要だ。 けれど、いつか。彼らが笑って、この出会いが無駄ではなかったのだと思える様に。全力を、尽くした。 そんな想いを抱きながら見遣るレオンハルトの前で、ピノキオは帰る用意を整えていた。 周囲に、ぼんやりと魔力の様なものが集まる気配がする。 「今度来るときはわたくしを頼って来なさい、案内してあげるわ」 「……そうだな、……またいつか」 ティアリアの言葉に、彼は小さく笑ってから。幼い彼の表情が、真剣なものに変わった。 「……手間をかけて悪かった。大樹を、……いや、もうあいつなら、大丈夫かな」 寂しそうに、けれどほんの少し、嬉しそうに彼は微笑む。 最後に少しだけ、大樹が帰ったであろう方向を見遣って。 「……さよなら、大樹」 小さな呟きと共に、少年を支え続けた異界の者はそっと、此処から姿を消した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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