●『マスミ』 特務機関アークはフィクサードに対抗する組織である。しかしフィクサードを殺す組織ではない。罪を憎んで人を憎まず。もはや罪を犯さないと判断した人間は、もはや討伐対象ではない。望むなら彼らを受け入れるだけの器がある。 戦闘によって傷つき意識不明となったフィクサードを入院させ、怪我を癒す部署もある。覚醒者を癒し、同時に閉じ込める為の場所。それは医療の最先端でもあり、覚醒者を逃さぬ檻でもあった。 そんな檻の中、一人のフィクサードが目を覚ます。 水原静香。 技術を極める為に倫理を捨てたフィクサードである。 ベッドの上で起き上がれるぐらいには回復した彼女は、外から聞こえてくる音に反応する。振動。爆発。――戦闘音。 それは少しずつ大きくなってくる。こちらに向かってくるのか。水原はそう判断し、身体を起こす。 金属でできた二重の扉。それを力任せに開ける音が聞こえる。腕をあげることすら困難な状態で、その光景を黙ってみていた。 扉が開く。否、壊れる。覚醒者を閉じ込める為の扉は、たった一人の存在によってあっさり破壊された。 けたたましい警告音と、アーク職員の怒声と悲鳴が聞こえるが、それよりも先に水原静香の耳を打った言葉があった。 「お姉さま。助けにきました!」 その姿は、まさに化物だった。 体躯は2mを越し、赤黒い肌が血流にあわせて脈打っている。 両の瞳は赤く血走っており、口には鋭い牙が生えていた。 右側だけ肥大化した腕。その先端には手はなく、蠍のように鋭い毒針が生えていた。アンバランスな格好は、動くたびに不恰好によろめく。 両足はそんなよろめきに耐えるように大きく、鋭い爪が地面に杭を打つように鋭く食い込んでいた。 人とも獣ともいえないソレ。人語を喋り二本足で立っているのが人の証だろうか? 常人なら泡を吹いて卒倒するその姿を見て、水原は口を開いた。自分を慕い、それゆえに改造を施した実験体の名前を。 「ああ。マスミ? どうしたの、その姿」 「あああああ。お姉さま! こんな姿になっても私のことをわかってくれるなんて。いいえ、信じていました。信じていましたとも! お姉さまならわかってくれると! 実は賢者の石を使って力を得ようとしたんですが、気がついたらこんな姿になってしまいました。そんなことはどうでもいいです。お姉さま逃げま――」 「不恰好。化物ね、その姿」 冷徹な一言がマスミの心を削った。 「私が改造したモノに勝手なことをして。もうアナタは私の作品じゃない。 無様な化物としか言いようがないわ。汚らわしい」 その一言一言がマスミの心を奪っていく。人の心を。 アレ? ドウシタノ? オ姉サマ、ハ、何ヲ言ッテルノ? 「廃棄処分ね。アナタはもう要らない」 醜く変質した自分をマスミとわからず否定されるのなら、まだ仕方ないと思った。それでもお姉さまをたすけれるのならいい。そう思っていた。 だけどこれは違う。水原は自分がマスミであることを肯定し、その上で拒絶したのだ。 心が、壊れる。人を慕うというマスミのわずかな人間性が、心の虚に消えていく。 「うふふふふふふふふ。あは、あははははははははは!」 身も心の化物となったソレは、目の前の動かぬ獲物に肥大化した右腕を振り上げ―― ●アーク 「イチナナマルマル。ブリーフィングを開始します」 録音機にスイッチを入れて、資料を開く。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は集まったリベリスタたちの顔を見ながらこれから起こるであろう神秘の説明を始めた。 「アークの擁する病院施設が襲撃を受けます。 襲撃者名は『マスミ』……先の作戦で賢者の石を奪い逃亡した存在です」 その言葉にざわめくリベリスタたち。事情を知るものが『マスミ』の目的を推測する。 「病院、っていうことは『マスミ』の目的はやはり」 「はい。フィクサードの水原静香。彼女の解放です」 マスミは水原静香が改造した実験体である。マスミは水原を酷く慕い、彼女を救うことが行動原理となっていた。 「幸か不幸か、水原静香の解放には至りませんでした」 リベリスタたちはモニターに映る『マスミ』と水原の邂逅を見る。危険なフィクサードが野に放たれなかったことは喜ぶべきだが、その経緯は複雑な感情を抱かせる。 「これでめでたしめでたし……じゃないんだろう?」 「はい。理性を失った『マスミ』は病院内を破壊し始めます。中にいるのは戦闘能力のないアーク関係者と病人です『マスミ』はこれを襲い、自分の血液を寄生させて戦力をまします。 皆さんの任務は、『マスミ』の打破です」 「病院内の避難は任せていいんだな?」 「はい。 『マスミ』の戦力と強さは賢者の石の暴走により時間と共に増していきます。そうなる前に『マスミ』を倒してください」 ●マスミと呼ばれたモノ 「あはははは。あれはにせもののおねえさま。りべりすたがわたしをわなにはめるためのにせもの」 「ほんもののおねえさまはどこ? かくしてもむだなんだから」 「じゃましないでよ。わたしはおねえさまといっしょにいたいだけなんだから」 「おねえさまおねえさまおねえさまおねえさまおねえさま」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月06日(火)23:33 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●とあるフォーチュナが見た、一瞬の未来 放たれる赤光。 体を襲う虚脱感。 そして、倒れ伏すリベリスタたち。 ●『マスミ』 「おねえさまおねえさまおねえさまおねえさまおねえさま」 アークスタッフに案内された10人のリベリスタが見たものは、心砕けて忘我する『マスミ』の姿だった。リベリスタの姿など目になく、ただ呟き狂気を渦巻かせている。 事前の付与ができれば幸いと思っていたリベリスタだが、それは容易かった。今の『マスミ』は周りに注意をはかっていない。 「狂気の果てに望むモノを失った少女」 四条・理央(BNE000319)はそんな『マスミ』の様子をそう表現した。賢者の石の暴走によりもはやエリューション出すらなくなった彼女。それを見つめ、強さを測る。眼鏡の奥の瞳が捉えた強さは二つ。常識外の耐久力と、そして―― 「賢者の石は、あの巨大化した右手に埋まってる。取り出すのは難しそうだ」 『マスミ』の力の源となっている賢者の石の在り処。リベリスタの視線が理央の指差す先に集まる。確かに石のような膨らみが見えた。 「りべりすた。やっぱり、これはわなだったんだ」 ようやくリベリスタの気配に気付く『マスミ』。彼女の思考は『リベリスタが水原静香を隠している』という方向に至った。自分を傷つけた偽物で足止めし、その隙にリベリスタが自分を討つ。そういう作戦だと思った。 そう思おうとした。必死に。 「あなたたちをたおして、おねえさまをとりかえす」 「恋は盲目というが、惚れた相手が悪かったなー」 『酔いどれ獣戦車』ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)が『Naglering』を構える。自分と同名の英雄が持っていた剣と同じ名前の剣。彼の剣は巨人の首を切り落としたという。さてこの破界器は怪物の首を刎ねることができるだろうか。 『マスミ』が歩を進める。リベリスタたちもそれぞれの破界器を構え、立ち向かう。 マスミと呼ばれたモノが右手を振り上げ―― ●リベリスタ ここに集うは百戦錬磨のリベリスタ。実力も戦闘経験も、ましてや意気込みも高い。 「もう誰一人犠牲にさせない。傷つけさせもしない」 アストレアと呼ばれるヘビーボウガンを『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は巻き上げる。ぎりぎりと弦が引き絞る感覚。強く引き絞られる弦の強さは、己の誓いの強さ。悔しさと闘志をこめて巻き上げた弦に弓をセットする。 意識が瞳とボウガンに集中する。呼吸を止めて狙いを定める。心臓の音すら聞こえない集中領域。真っ白な一秒の中、ただ『マスミ』に矢を当てることだけに集中する。 放たれた矢は魔弾。高い命中精度で放たれた矢は『マスミ』の急所を深く穿つ。1秒にも満たない集中だったが、酷く疲れたように深くため息をつき杏樹は再びボウガンを巻き上げる。 「さあさあ始めるデス。愛憎血肉入り混じり、溶けて混ざってサヨウナラ。生きるも死ぬも暴力次第、デスネ。アハ」 『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)は両手に肉切り包丁を構え、互いの刃で研ぎあいながら『マスミ』に近づいていく。肉体の制限を外し、生命力を筋力に変えて疾駆。間合いを一気に詰めて、包丁を振り下ろす。『マスミ』の動きがその一撃の重みで鈍る。 右の包丁は肉斬リ。左の包丁は骨断チ。刃の鋭さではなく、単純な重量が破壊力。デュランダルのパワーで自らの制限を外し、全体重をかけて二本の包丁が『マスミ』に叩き付けられる。一度だけでは足らず、もう一度。肉片に返すとばかりに容赦なく。 「大笑いだぜ。テメーでテメーの存在意義否定してれば世話ねーわ」 『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)はその腕に炎を宿す。ただ真っ直ぐに『マスミ』に向かい、その拳を叩きつけた。炎は『マスミ』の身体に燃え移り、肌ともいえない硬さの何かを焦がしていく。 燃やす。何を? 拳を。それだけでは足りない。命を? フェイトを? そんなのはいつものことだ。気にイラねぇヤツはぶっ潰す。そんないつものことを、いつもどおりに火車は行なう。だからいつもどおり、燃やす。 「さすがにアタシも今回は真面目にならざるを得ない……かな」 いつものノリではなく、少し硬い表情で『超絶悪戯っ娘』白雪 陽菜(BNE002652)は持っていた銃を『マスミ』に向ける。病室入り口の壁に背中を預けて、呼吸を整えて集中に集中を重ねる。この一発に全てをかけて。決意と共に引き金を引いた。弾丸は『マスミ』の肩に当たり、そこから血流に乗ってゆっくりと何かが進行していく。 「マスミとの戦闘の為だけに改造した特別仕様のアハトアハト(8.8 cm FlaK)だよ」 生命活動を蝕む毒が、身を焦がす炎が、体温を奪う氷結が、痺れるような感電が。傷口から同時に襲い掛かる。この戦いのために改造した特製の一発。長期戦においてじわりじわりと体力を奪う4つの刃。それを撃ち込んだのだ。 「いたいいたいいたい。でもだいじょうぶ。おねえさまのためならたえられる」 『マスミ』が肥大化した右腕を振るう。サソリの尾のような毒針が火車と行方に襲い掛かった。ただ腕を振るうという技術も何もない一撃だが、身体能力が常識外ならその威力も常識外。さらに針からの毒がじくり、と二人の身体に浸透する。 さらに左手に持っていた銃を後衛にいるリベリスタに向ける。誰に向けよう。逡巡していると隣にいる『寄生血液』が何かを囁いた。その声に導かれるままに『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)に銃を向けた。銃を撃つ反動で『マスミ』の左腕から血が流れる。しかし放たれた弾丸は狙い外さずウェスティアに―― 「させぬよ」 ウェスティアを庇ったのは『背任者』駒井・淳(BNE002912)。防御用の術を敷いてなお軽微とはいえないダメージ。だが仔細ない。回復の要であるウェスティアの保護が最優先だ。傷口をなぞりながら淳は静かに呟く。 「賢者の石にはこんな力もあるのか」 もとより情報の少ない賢者の石。けしていい効果ばかりのものではないようだ。今回の戦いを通じて、賢者の石の特性を見ることができれば御の字だ。うまくいけば後宮達が何をやろうとしているのか。それを見ることができるのかもしれない。 「ありがとうっ! 回復いっくよー!」 庇われたウェスティアは体内のマナを活性化させる。幾度となく繰り返してきた呪文と言葉に魔力を載せるイメージ。淡い光を発しながらウェスティアは体内のマナを癒し後からに変えて放出する。 傷が癒える。まず痛みが和らぎ、その次に傷口が繋がっていく。人間誰もが持っている治癒能力を増し、ダメージを埋めていく。この歌がリベリスタたちの要の一つ。この声がなくなれば、苦しい戦いになるのだ。 「幸か不幸か、倒すって選択肢しかないのよね」 『後衛支援型のお姉さん』天ヶ瀬 セリカ(BNE003108)は大弩砲の名を冠する、黒鉄色のライフルを構える。その重量で反動を殺すという設計の銃身は、かなりの筋力でないと扱えない。その銃を易々と構え、マスミの腕をターゲットした。ねらうは底に埋まっている賢者の石。 意識を鋭く。弾道をイメージする。乱戦内の動き。それによって生まれる空気の流れ。埃。心理状況。それら全てを意識の外で計算し、銃を撃つ指先と瞳だけはただ『マスミ』を見る。なんだ、簡単じゃないか。引き金を引く。毎秒八百メートルの初速で打ち出された弾丸は文字通り一瞬の間にマスミの右腕に命中した。賢者の石は砕けなかったものの、ダメージは与えている。 「ガンガン斬らせてもらうぜ!」 ディートリッヒは自らの剣を手に近づいて、『マスミ』に切りかかる。自らの体力を削り、パワーを増す。一気に間合いを詰めて力任せに剣を振り下ろした。刃は『マスミ』の肉体を裂く。並のエリューションなら瀕死の重傷を与えかねない程の一撃でもなお、『マスミ』は立っている。 ディートリッヒは『マスミ』を見た。賢者の石。融合体。寄生血液。水原静香。色々入り混じった存在だが、それら一つ一つを取り出せれば弱体化するのではなかろうか。賢者の石は見える。水原静香もおそらく取り込まれているのだろう。その姿までは確認できないが。 「理央さんが毒を癒す? じゃあボクは回復するねー」 『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)は仲間と連携しながら、効率よくリベリスタたちを癒す。バッドステータスを受けているものがが多ければそちらを癒し、そうでなければ回復を。潤沢な回復メンバーの中、効率よく動こうと心がける。 その合間を縫って智夫は感情を探る。もはや壊れた『マスミ』の感情ではなく、どこかにいるであると思われる水原の感情を。しかし、見つからない。明確な対象を定めなければ、感情を探ることなどできない。 「まずは毒を消しておこうか」 理央が『寄生血液』のほうに近づいてブロックしながら、白い光を放って火車と行方の受けた猛毒を消していく。体内を駆け巡る不快感が払拭される。それぞれのジェスチャーで感謝を受けながら、理央は自らが覚醒に至った盾を構える。 思考しろ。理央は相手の動きを気に止めながら、思考を止めようとしない。相手の先を読み、その一手を封じる為に動け。知識と作戦。そして先読み。それが四条理央の最大の武器だと心に言い聞かせる。器用貧乏な自分にできる最高の役割を演じる為に、思考し続ける。 『寄生血液』は動かない。ただ『マスミ』に囁いて、その狂気を増す。 「あははははははは。じゃましないでよりべりすた。おねえさまがまってるんだから」 その狂気に呼応するように賢者の石は暴走し、マスミの力が増す。 笑い声の狂気と増していく力にリベリスタの体が震える。 それは恐怖か、戦慄か。あるいは―― ●『水原静香』 「しんでよ。しんで。しになさい。しねしねしねしね」 『マスミ』は百戦錬磨のリベリスタ10人を押し返す。 行方、火車、ディートリッヒの三人を異形化した右腕でなぎ払い、ときおり後衛を睨みつけて、後ろにいる智夫やウェスティアの気力を削ぐ。 狂気のまま暴れるように見えて、その動きはとても効率的だった。前衛を一気に攻撃し、その上で後方支援を断つ。前衛後衛で分かれる構成には、一番堪える戦い方だ。 その動きは『寄生血液』が何かを囁くたびに的確なものとなっていた。まるで指示するように―― 「よぉ どうだい? テメーの大失敗作。傑作だなあ? おい!」 どこかにいる誰かに語りかけるように、火車は言う。 「あら。それはどちらを指していっているのかしら」 声は『寄生血液』のほうから返ってきた。 「やっぱりテメーか。水原ァ! ざまーねぇな、そんな身体になっちまって」 「そうね、傑作。まさか私自身が取り込まれるなんて。なんて喜劇。 死んだという感覚を理解しながら生きている。貴重な体験だわ」 『寄生血液』が口を開く。正確には『寄生血液に存在する水原静香の人格』が。 「水原さん、これが貴方の望んだ成果? そして結末?」 「望んだ形とは違うわね。予定外でもこれが結末よ。現状を受け入れ、前に進む。 強いて文句を言うのなら、体が血生臭いことかしら」 セリカが『マスミ』に銃を撃ちながら問いかける。動くたびに長髪が揺れる。黒の残像を残しながら黒鉄の矢を打ち放つ。『マスミ』を強化する以上、もはや『寄生血液』は敵と見ていいだろう。二つのモノに向かって弾丸が放たれた。 「愛情の裏返しは無関心とは言うけど、どこまでも科学者なんだな。論理的でプライドが高い」 杏樹は『マスミ』が狂う経緯と今現在の水原の応対を見て、口を開く。そこに『マスミ』に対する感情はない。ただ自分の身に起きたことのみを語っていた。もはやどうすることのできない悲劇。 「あら、何か問題でも?」 「問題だよ。情の一つでも掛けていれば、まだ違った結末もあったかもしれないのに」 貫通力を増した矢を『マスミ』に放つ。こめかみを掠める矢が、『マスミ』の狂気を一時的に払拭した。もし嘘でも水原がマスミの献身を褒めていれば。自分を助けに来た存在を優しく撫でてやれば。あるいは。 「情ならあるわよ。愛用の道具はきちんと自分で手入れしたいでしょう? なのに勝手に改造されたんじゃ、もう愛用できないわ」 やめよう。全て詮無きことだ。もはやどうしようもない現実。いまさら武器を捨てて説得するなんてありえないし、『マスミ』に同情する気もない。 「創造主が自分の創造物……それも失敗作の中で終わる気? せめて自分の不始末くらい自分で片付けなよ!」 「ええ。片付けるわ。コレをもっと狂わせてギリギリまで精神を壊せばどうなるか? エリューションでもない存在の精神は何処まで狂うのか? それが賢者の石とどう反応するのか? そもそも賢者の石とはなんなのか? その『実験』の後に処分ね」 「……っ。わかってはいたけど、酷い人! 自分を慕ってくれている人をそんな目でしか見れないなんて!」 陽菜には好きな人がいる。だから『マスミ』が水原を慕う気持ちは、例え過剰であったとしても理解できなくはない。だから人が人を思う気持ちを平然と踏みにじる水原の言葉には怒りしか感じない。 「酷い言われようね。廃棄処分するしかないものを最大限活用しているのに」 『マスミ』の異常性が過剰の愛なら、水原の異常性は過剰の無関心だ。いや違う。水原は愛情すら実験の対象としか見ていないのだ。 「ねぇ、『マスミ』さん。あなたは水原さんを探しているんだよね」 智夫は神光を放ちながら、『マスミ』に問いかける。ダメージはない。ただ心を揺さぶり行動を鈍らせる優しい光。そのゆさぶりが通じたのかあるいは水原の名前に反応したのか、『マスミ』は智夫のほうに顔を向ける。 「そうよ。あなたたちがつかまえたおねえさまをさがしているの」 「彼女はそこにいるよ。あなたの願いはすでに叶ってるの」 『寄生血液』を指差す智夫。一瞬気が抜けたように動きが止まり、そして口を開く。 「うそつき。これはおねえさまじゃない。だっておねえさまはやさしくわたしをなでてくれるもの。おねえさまはあんなこといわない」 「……っ!」 『マスミ』が追いかけるのは自らに優しくしてくれる理想の水原静香。『寄生血液』内にいるのは自らを否定した現実の水原静香。ゆえに『マスミ』は否定する。 「惚れた相手から全否定されて暴走か。ただ惚れただけで相手のことを良く知ろうともしなかったのが原因じゃねーのか」 「ちがうよ。わたしはおねえさまのことをよくしってる。かってなこといわないで」 ディートリッヒは『マスミ』に向かって剣を振り降ろす。その剣を肥大化した右手で受け止める『マスミ』剣と腕越し。わずか30センチの間合いで二人は口を開く。 「お前さんは本当の愛とか恋は知らないんだな」 「しってる。わたしはおねえさまをあいしている。だからおねえさまもわたしをあいしてくれる」 「愛というものは相手の見返りなんて期待した時点で愛とはいえないぜ」 ぴしゃり、とディートリッヒは言い放つ。醜く歪んだ顔では表情が読めない為、『マスミ』が理解できたかどうかはわからない。 「だからこそ1人相撲で自分の描いた理想像の相手しか見ていない。相手の顔を見ていない。ただ一方的な思いの押し付けだ」 「ちがう」 「何が違う? 水原静香に何を言われたか思い出せ」 「ちがうちがうちがうちがうちがう。おねえさまはあんなこといわない」 腕を振るう。その勢いに流されるようにディートリッヒも後ろに下がった。 「皮肉だな。両方とも自分しか見ていない関係だから、マスミと水原はうまくいってたんだ」 狂わしいほどの一方的な愛情と、それを受けてなお情を感じない冷たい研究者。互いが互いを理解しようとしなかったからこそ、互いは最良の関係だったのだ。あるいは最悪の関係だった。 もはや言葉は意味を成さない。ここにあるのは壊れた何か。マスミと呼ばれたモノと水原静香だったモノ。 そしてそれを討つリベリスタ。それだけのシンプルな関係。 「処分の手引きしてやるよ!」 火車が赤熱するガントレットを振り回す。緋の軌跡を放ち、拳が『マスミ』に叩き込まれる。一気に近づき腰の動きを合わせて起き上がるように一撃。そのまま前に倒れるようにさらに一撃。 「水原ァ。テメーはそこでただ見てなぁ!」 「心にも思ってないことを言わないほうがいいわよ。私も一緒に燃やしたいんでしょう? ついでに言うと、ただ見てる気もないわ」 火車に指を指され『寄生血液』は手に槍を作る。狙いはウェスティアと智夫。回復の要を先に潰し、リベリスタの継戦闘能力を奪おうとする。 しかし智夫を理央が、ウェスティアを淳が庇う。 「回復役を先に潰そうとする。それぐらいは読んでますよ」 理央はその盾を前面に押し出す。単純な重量では押し返されそうな一撃を、盾のカーブを描いた面を使い反らすように受け流す。力だけで受け止めるのではなく、技だけで流すのではない。 力と技。両方の匠をもって初めて生まれる堅牢な防御力。それは槍の貫通力を大きく削ぎ、自身に受ける傷を減少させる。傷を受けてなお、自らの会心の動きに微笑む余裕すらあった。 「彼女はこのパーティの生命線だ。易々と危険にはさらさん」 淳も形成された不可視の結界を使い、ウェスティアを守る。理央ほど卓越した技はないが、それでも守るという気持ちは負けてはいない。気質的には一匹狼の淳。15年も孤独に耐えて、その後アークに入った彼がどういう理由で他人を守るのだろうか? 作戦だから? パーティの生命線だから? 理由(こたえ)は彼の心の中にしかない。だが確実に言えることは、淳は自分自身の意思で仲間を守ることを選択したのだ。その意思は強固。傷の痛みに耐えながら『マスミ』を見た。 「悲しいデスヨネ。変質したことにより相手にとっての価値を自ら失って」 行方が両手に包丁を構えて『マスミ』に迫る。自らの限界を超えて身体を酷使し、小さく華奢な身体に似合わぬ大きさの包丁を持ち、力の限りに獲物を叩きつける。彼女の幻想纏いは『塔』のカード。災害や悲劇を示す不吉のカード。虚ろな瞳で『マスミ』を見ながら、行方は破滅をもたらす為に包丁を振るう。倒錯的な笑みを浮かべゆらゆらと身体を揺らしながら、しかしその一撃は鋭かった。 「大丈夫デス、綺麗さっぱり元通りにしてあげるデス。肉片に回帰すれば、綺麗さっぱり皆同じ」 それは『マスミ』にとっての破滅か、あるいは行方自身にとっての破滅か。過剰なハードワークで自らの体力を削りながら、それによって得た破壊力で『マスミ』を穿つ。サディストでマゾヒスト。『マスミ』の賢者の石を壊さんとばかりに包丁を振るう。 「硬いデスネ。さすが賢者の石。その腕をもいでしまったほうがいいかもしれないデスネ」 賢者の石は外れそうになく、マスミはまだ倒れそうにない。 リベリスタは呼吸を整え、戦い続ける。 ●『賢者の石+融合体+寄生血液』 「厳シイですネ。一旦退きマス」 『寄生血液』の生み出す棘に行方が傷つけられる。傷口を押さえながら包丁を構え、『寄生血液』の両肩に二本の包丁を振り下ろしたあと、そのまま包丁で腕を押すようにして後退。多少たたらを踏むように下がる。 「あなたの愛する『お姉さま』は弱ってる相手を見たらどうしろといったのかしら?」 「つぶせ。おねえさまはつぶせっていった。だからつぶす」 自らの周りで攻撃を続ける火車とディートリッヒを薙ぎ払いながら、『マスミ』の左手が断罪の弾丸を放つ。自分自身の受けた痛みの一部が弾丸に乗り、行方に迫る。余裕を持って後退したはずの行方がその一撃で糸が切れたように膝をつく。 「大丈夫デス。コレからが本番デスヨ」 運命を燃やし、行方は何とか立ち上がる。ウェスティアからの回復を受けるが、それでも楽になったとは思えない。 行方の傷が一番深刻とはいえ、他のリベリスタたちほぼ満身創痍だった。特に『マスミ』の攻撃にさらされている前衛は、限界が近い。 攻撃は上手く機能していた。防御も回復も作戦通りだ。 だがそれをもってなお一歩足りない。賢者の石と呼ばれるモノの力なのか。歪んだ愛の奇跡なのか。『マスミ』という暴風は、リベリスタを確実に追い詰めていく。 「がぁ……!」 『マスミ』の豪腕に力尽きる火車。その頭を掴み、胸部を口腔のように開いて体内に融合しようとする『マスミ』。 「ダメよ。リベリスタはフェイトを削って起き上がる。もう一度殺しなさい」 「ちぃ! 余計なこというんじゃねぇ! 開いたその口ィ、燃やしてやろうと思ったのによぉ!」 頭を掴んでいる手を殴って拘束を解き、床に足をつけて構えなおす。ここからが本番だとばかりに体が熱くなる。頭が冴えて、体が軽くなる。 (撤退を考えたほうがいいかしら? このままだと……!) セリカは戦況を見て、退路のことを頭に入れる。ここはアークの病院。言うなれば味方の敷地内。逃げることはいつでもできる。仲間を抱えるタイミングさえ怠らなければいい。 ならギリギリまで戦おう。構えたライフルはいつもどおりの重量で自らを支えてくれる。螺旋を描き『マスミ』と『寄生血液』の両方を穿つライフル弾。血飛沫が舞い、病院の壁を赤く染める。 『マスミ』の赤い視線がセリカと陽菜を捕らえた。その視線がセリカの心を苛み、肉体を蝕んだ。虚脱感に襲われて倒れ伏す。ライフルを杖に起き上がるが、その表情はけして芳しいものではない。 「この戦い、どんなに絶望的でも必ず生きて帰るよ」 お返しとばかりに陽菜は『マスミ』の瞳に銃を向ける。強い思いだけでは『マスミ』のようになってしまう。技術だけでは水原のようになってしまう。大切なのはその両方。強い思いをもち、そして研鑽を怠らないこと。絶望的な状況にあってなお希望を持つためのもの。 「アタシにも好きな人がいるから!」 それは愛。例えかなわなくても、例え届かなくても。『好き』という気持ちは絶望の中でも生きるモチベーションとなる。陽菜は『マスミ』の瞳を見る。同じ誰かを愛し、しかし全く違う愛し方をしたモノを。アタシとアナタは違う。引き金を引き、放たれる弾丸。それは『マスミ』の瞳をつぶす。 「大丈夫よ。おねえさまに会えば痛くなくなるわ」 「はい。いたくないいたくないいたくない。おねえさまがなおしてくれる」 それでもなお『マスミ』は悲鳴を上げない。変わらず呟き、暴れ続ける。 「治さない。あなたのお姉さまは絶対にあなたを治さない」 回復で手一杯だったウェスティアが『マスミ』の一言に反論する。どこか同情するように。どこか悲しげに。表情を顔に出さないようにするが、声にはわずかに悲哀がこぼれていた。 「なんで? どうしてそんなことがわかるの?」 「治すって言うのは確かな信頼があるからできる行為なんだよ。仲間を信じて、勝つことができると信じるからこそ、私は皆を癒すことに専念できる。 水原さんはあなたを利用しているだけだよっ!」 本来自らのマナを癒しではなく攻撃に使うウェスティアは、今はその魔力を仲間の回復に使っている。隙あらば攻撃に転じようと思っているが、それでも回復が重要と判断したのだ。みんなで勝つために。 それは攻撃を仲間に任せている信頼故。ここに集ったリベリスタを信じて、回復に専念しているのだ。それは『マスミ』と水原の関係とは違う。 「わたしはおねえさまをしんじてる」 「それはただの依存だよ……! そのお姉さまが、あなたを苦しめているのに!」 仮に水原静香に他者回復能力があったとしても、けしてそれを『マスミ』には使わないだろう。彼女が『マスミ』をどう見ているかなど、火を見るより明らかだ。 「絶対に誰も死なせはしないんだ──絶対に……!」 ウェスティアの歌が傷を塞ぐ。完全回復にはまだ遠いが、それでもまだがんばれるとリベリスタたちは信頼のジェスチャーを返した。 淳は『マスミ』の動きを拘束しようとする。集中に集中を重ね気を練り、一番危険な火力を持つ『マスミ』を封じ―― (確かに『マスミ』の攻撃力は危険だ。事実、戦線は崩壊しそうになっている) 淳は思考する。今『マスミ』の動きを封じれば確かにしばらくは絶えられるだろう。だがそれは決定打ではない。 一番危険な存在は誰だ? 今この場で、自由に行動させてはいけないものは誰だ? 最愛の人という人生の光を失った孤独の中、寄る辺を求める『マスミ』。その気持ちは皮肉なことに淳には理解できる。淳が息子に会いたい一心でアークに来たように、『マスミ』は『おねえさま』を求めて行動しているのだ。 『マスミ』に目的を与えているのは誰だ? 一番危険な存在。それは―― 「『寄生血液』」 「……っ!?」 淳の放つ呪縛が『寄生血液』を捉える。その動きを封じられて、『寄生血液』は驚きの表情を浮かべる。自分の優先順位は低いと思っていたのだろう。 「いや、水原静香。お前が一番危険だ」 「全ての子羊と狩人に安らぎと安寧を」 淳の意図を察した杏樹がアストリアを構える。 『マスミ』はもはやエリューションですらない。だけど人なのだ。天に見放され、世界に見放され、最愛の人に見放され。全てに見放されたクソッタレな人生だったけど、それでも人間なのだ。ならば人として彼女を送れるうちに、止める。 「AMEN(かくあれ)」 本当にそうでありますように。全ての子羊と狩人が、本当に安らぎと安寧を得られますように。短く、そして強く祈りを込めて矢を放つ。神性を含んだ矢は星の矢となり二つに分かれる。片側は『マスミ』に。もう片方は『寄生血液』に。その一撃で『寄生血液』が崩れていく。 「……無駄よ。今の『マスミ』はワタシを何度でも作り出せる。ここで私を倒してもすぐに――」 血液が霧となって消えていく。その言葉どおりに『マスミ』は『寄生血液』を作ろうと自らを傷つけた。生まれた血を人型に形どって―― 「ねえ、何でベットにいた人が偽物の水原だ、って気づいたの?」 智夫が行方に癒しの札を貼りながら『マスミ』に問いかける。水原、の言葉に反応して『マスミ』が血液製造を止めて智夫を見た。 「だってあれはわたしをばけものといったの。いらないっていったから」 ことの経緯は『万華鏡』で確認している。智夫は意を決したように言葉を紡いだ。 「水原は作品に混ざった不純物を否定しただけだよ。 だから賢者の石を取り除けば元のように愛してくれる」 ●赤光 「あははははははは。そうか。そうなんだ。あはははははははは」 『マスミ』の目的のトップは『水原静香に愛してもらうこと』だ。 そしてその順列は賢者の石の獲得よりも高い。マスミが賢者の石を奪ったのは水原を助けるための手段であり、最終目的は助けた後に愛してもらうこと。だから賢者の石はいらない。お姉さまに愛してもらえないのならこんなモノいらない。 『寄生血液』製造は中止される。当たり前だ。『寄生血液を生み出す』よりもソレは優先して行なうことなのだから。 賢者の石を捨てること。そうすればお姉さまに愛してもらえるから。 自らの右手に宿る賢者の石を引きちぎろうとする『マスミ』。自分の肉体が傷つくことなんて厭わない。むしろその痛みさえも嬉しい。右手の皮膚ごと賢者の石を引きちぎると、それを床に投げ捨てた。 「これでおねえさまにあいしてもらえる」 それは異常な光景だったが、リベリスタたちもその間、我を忘れていたわけではない。時間にすれば30秒に満たない『マスミ』の自傷行為。だがリベリスタにとっては充分な時間だった。 ウェスティアと智夫が傷ついた者を回復させ、理央が賢者の石を回収する。 淳が符術で『マスミ』を縛り上げる。行方、火車、ディートリッヒが『マスミ』を取り囲む。杏樹、陽菜、セリカが範囲攻撃に巻き込まれないように散開し、それぞれの得物を『マスミ』に撃ち放つ。 「仕切りなおしだな」 「ああ。賢者の石がなくなって、いきなり動かなくなるってワケでもないらしいしな」 賢者の石がなくなっても『マスミ』の外見に変化はなかった。だが動きは明らかに鈍っている。それは自分の腕を傷つけたせいか、あるいは賢者の石を失ったせいか。 「だからあなたたちをたおして、おねえさまにあいにいくの」 力を込めて淳の呪縛を解こうとする。時間はあまり稼げないだろう。リベリスタたちはこの勝機を逃さぬように、一気に攻め立てる。 まず動いたのは『マスミ』に接近している三人。肉斬り包丁を両手に行方が疾駆し跳躍した。その後ろに走っていたディートリッヒが通り抜けざまに剣を振るう。確かに剣は肉を割き、その動きを縫いとめる。跳躍の落下エネルギーを得て行方も叩きつけるように包丁を下ろし、『マスミ』の肩を重量で押すように裂いていく。そして炎の信念を持つ拳が顔面にたたきつけられる。長く続いた因縁にケリをつけるぜとばかりに強く穿たれる拳。 陽菜が『マスミ』用に改造した砲撃を放てば、弾幕を張ろうとばかりにセリカがライフルを放つ。二方向から放たれる黒鉄の洗礼に穴を開ける『マスミ』の体。呪縛を振りほどかんとばかりに両手を広げた『マスミ』の肥大化した右手に杏樹の放った矢が突き刺さる。 「きえてよりべりすた。あなたたちをあいてしているひまはないの」 「まずい……! くるぞっ!」 『マスミ』の肉体が赤く光る。内包していた賢者の石のエネルギーを放出し、リベリスタたちを一掃しようと破壊の光を放った。その予兆を察し、余裕があるものは身を固める。 一瞬、静寂が病室を支配する。何事もなかったかのように光は収まり、怪訝な顔をするリベリスタたち。 衝撃はこの後に来た。体にではなく、心に。 「……っああああああああああああ!」 まるで自らの大事なものが欠落したような喪失感が襲う。『マスミ』が感じた負の感情が伝染するように、自らの信じる何かが心の穴の中に落ちていく感覚。戦う意味。愛する人。大事なもの。全てが空しくなり、目の前が真っ暗になる。立ち上がろうとする意思すら奪い、何もかもを奪う虚が心に開く。そこに落ちるようにリベリスタたちは崩れ落ちた。 「業炎撃(コレ)が……俺の……!」 火が走る。拳のような小さく、しかし闇を照らす赤い炎。 黒く埋め尽くす心に、火車の拳に宿った炎が照らされる。 「俺の……掲げるぅ!」 それは奇跡ではない。運命による加護でもない。積み重ねた経験が得た体さばき。逆境を受け入れる強い心。経験によって得た底力。それが迫りくる光を避ける体さばきを与えてくれたのだ。 「信念だぁあっ!」 その炎に導かれるように、運命を燃やし起き上がりリベリスタたち。幾人かは地に付していたが、それでも起きている者たちに絶望の光はない。虚に落ちた感情を取り戻し、『マスミ』を見返す。 負けない。破界器を握り、信念を掲げる。 「はっ! 今のを出すということは追い詰められた証拠だ。一気に攻めるぞ!」 ディートリッヒが戦闘をきって『マスミ』に切りかかる。起き上がったばかりで足はふらつくが、それでも剣先は揺るがない。一撃必殺がデュランダルの信条。一気に踏み込んで、袈裟懸けに切り裂く。 「ここで止める。もう苦しまなくていいんだ」 『マスミ』の動きを見切り、杏樹が矢を放つ。その一射は慈悲の心。救いのない『マスミ』に掲げる杏樹のできる唯一の救い。せめて人として。間に合わなかった私ができる唯一の救い。 「仲間を失うのって凄く辛くて悔しいんだよ」 負ければ仲間を失う。その辛さを知っているウェスティアは、その思いを誰にも味合わせまいとマナを練る。ここまで来ればもはや回復は必要ない。生み出される魔弾は黒の曲。呪い、蝕み、切り裂き、不幸を告げる死の魔力。 「絶対に負けやしないんだから……!」 放たれた魔弾は『マスミ』を貫く。自分の胸に空いた穴を呆然と見つめ、そのまま『マスミ』はうつぶせに倒れた。 「おねえ、さま。いま、いき、ま……」 マスミと呼ばれたモノは、そう口にしてそのまま動かなくなった。その肉体は最後まで醜く、その心は最後まで歪んだ愛に捕われていた。 ●賢者の石 十人のリベリスタたちは、戦闘終了を感じて糸が切れたように崩れ落ちた。肉体的ダメージも精神的ダメージも、ギリギリまで追い込まれたのだ。 『マスミ』が賢者の石を外さなければ、負けていた。理央は自らが持つ賢者の石を手にそのことを実感していた。 希少の神秘。アザーバイドにしてアーティファクト。マスミを暴走させ、『穴を開ける』ために必要な存在。 賢者の石。赤く輝く光を網膜に映しながら、理央はゆっくりと瞳を閉じる。 ここが病院であったことは僥倖だといわざるを得まい。待機していたアークスタッフがリベリスタたちの治療の為に駆けつけてきた。そのままリベリスタたちを搬送する。 彼らが勝利を実感するのは、ベッドの上になるだろう。 あれだけの戦闘に巻き込まれながら、賢者の石には大きな損傷は見られなかった。 赤く光る石が秘める神秘。それは今だ謎のままである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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