●断腸の絶叫 「ギギギギギギ! ギィィイイイイイイ!」 その知らせを受けたとき『マダラ目』はひどく悲しんだ。そして怒った。 怒りと悲しみがあまりに強かったがために、まったく関係のない手近なメスを一匹捕え腹を引き裂いて腸を咬み千切ってしまったほどだ。 巣が滅びた。我らの大いなる巣が滅びた。 マダラ目はゴブリンだ。一言で言えば異形化した猿だ。ただその体は明らかに他のオスより大きく、膂力は数倍する。 そのマダラ目が、重たい身体で力任せに梢に上った。 人間どもが空気を汚しているせいで、半月が赤く煙っている。 マダラ目は吠えた。 吠えたけった。 そして歯を食いしばり、長々と鳴いた。 「ナ……ゼ……ダ……」 そしてついに、マダラ目の口から『言葉』が発せられた。 自分の口から言葉が出たということに、マダラ目は驚いた。群れの仲間と意志をかわしあうのには必要ない、憎くてならない人間の、言葉なのだ。 「なぜ、か。正しい問いだ」 すずやかな声が返ってきた。 見ると、人間の男がいた。白いのっぺりとした仮面で顔を覆っている。梢に上ったマダラ目と同じ高さの空中に、なんの支えもなく立っている。 「しかしその問いには、正しい答えがない」 「ナ……ン……ダト……?」 その男を食い殺そうとは思わなかった。上手く言えないが、その男は、そう、「こちら側」のにおいを漂わせていた。 「理由はないのだ。君たちの巣が襲われた正しい理由などどこにもない。君の同胞は、ただ『彼らではない』という理由で狩られたのさ」 カアッ! とマダラ目は口を大きく開けて唸った。 「ニンゲン……ハ……イツモ……ソウダ……」 マダラ目はよく知っていた。人間は我らから住む場所を奪う。山を削る。そのくせ人間から我らがほんの少し取り返しただけで、攻撃色をむき出しにして襲ってくるのだ。 「ワレラ、ガ……ヒトデ……ナイカラカ……」 「君らが、人でないからだ。彼らの世界に属していないからだ。それだけで、彼ら『アーク』は君たちを狩る」 「『アーク』……」 それが敵の名。『あちら側』の、憎い、敵の名前。 力が必要だろう? と仮面の男は囁いた。 その通り。力が必要だった。 ●『挑戦状』 「急な招集になりました。つまりは緊急の案件です」 『運命オペレーター』天原 和泉(nBNE000024)は集まったリベリスタに手早く資料を配布した。 地図がある。丸くこんもりと膨れ上がった山地。地名は『兜山』。 「先日、ここに巣喰っていたエリュ―ションビースト、通称『ゴブリン』の掃討が行われました」 添付されている写真には、猿の顔をひしゃげさせたような奇怪な生物が映っている。道具も使うらしい。 「掃討は成功に終わり、巣に籠っていた百匹余りのゴブリンは無事掃討されました。群れの一部は巣の外を回遊していたので、残りはこれを狩るだけ、ということになります。『万華鏡(カレイド・システム)』が観る限りでも敵戦力は残りわずかだったので、若手リベリスタの訓練ミッションとする案もあったのですが……」 事情が変わりました、と和泉は口元を引き締める。 「残ったゴブリンの一部が、急速な『進行性革醒現象』を引き起こしました。つまり、急に強くなりました」 そりゃまたなんで。 「理由はわかりません。もしかしたら何者からかの『干渉』があったのかもしれません。現在の彼らの戦力は以下の通りです」 リーダー:マダラ目 フェーズ2のエリュ―ションビースト。カタコトだが人語を解する。 力が非常に強く、石や仲間を遠くに投げつけることもある。 また、ヴァンパイアの因子を発生させており『吸血』を行う可能性がある。 とてつもなく強靭な意志を持ち、ほとんどの状態異常を問題にしないであろう。 ホブゴブリン(4体) フェーズ1のエリュ―ションビースト。大柄だが人語は解さない。 マダラ目ほどではないが力が強く、硬い毛皮を持つ。 マージゴブリン(3体) アルビノ化したゴブリンで、雷の槍(遠神単:ショック)や深紅の雲(遠神範:猛毒・麻痺)を使う。 霊力で防御場を形成しているため、見た目よりは頑強である。 計八体。ふむ。リベリスタ八人がかりなら、まあ上回ることはできるか、という戦力である。 「それで、彼らの現在地なのですが……『巣』の跡地です」 ほう。それは。 「一度襲撃を受けた場所にわざわざ陣取っている。このことがあらわす意志は……」 ――挑戦状、か。逃げも隠れもしないという意志表示。 「勝ってくださいね?」 少し小声で、和泉が問いかける。ああ、それはもちろんだ。 「それから……敵、計八体を倒した後に、もうひとつ、仕事があります」 なんだろう。和泉は、ほんのわずか、言い淀んだ。 「もともと……このマダラ目のグループは、授乳中のメスと子供を護衛して山中を巡回していたようなんです。だから、現在『巣』の奥には……」 非戦闘員の女子供がいるというわけか。 「だけど、それらも全部エリューションです。なんの力も持たないごく弱小な存在ですが、それでもエリューションなんです」 『進行性革醒現象』と『増殖性革醒現象』。簡単に言えば腐ったミカンはよりひどく腐っていくし、周りのミカンも腐らせる。そういう理屈だ。 放っておけないんだよな。 「放っておけません」 討伐をお願いします、と、フォーチュナは辛うじて力強く、告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:juto | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月02日(金)23:49 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●リベリスタ、地下道を行く 「うん……罠を仕掛け直したりはしていないようですね……」 先頭を進んでいた雪白 桐(BNE000185)が、手にしていた3フィートの棒をAFにしまいこんだ。 彼は以前にもゴブリンの巣の掃討任務でこの地下道に入っているのだ。 「マダラ目は正面から堂々と私たちを受けて立つということですね」 「白々しい……」 そう呟いたのは『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)だった。いつもきょとんとしているような顔にこそ出ないが、どうやら彼は怒っているようだった。地下道に潜る前――アークのブリーフィングルームで参考映像を見せられ依頼を受けた時からずっと、彼はなにかに怒っているようだった。 桐は取り立ててそれについて尋ねはしなかったが。 地下道、というより長大な巣穴だ。薄暗く、常に足元が悪い。うっかりするとすぐ蹴躓く。 べしゃ。 「きゃあ!」 転んだのは『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)だった。二つ名に偽りなしである。まあフォローするとすれば、洞窟探索に巫女の朱袴は向いていないというのもあるだろう。 「あらあら、大丈夫ですか」 『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)が小夜を助け起こした。ついでに怪我していないか見て、すりむいた肘にばんそうこうを貼ってあげる。ちょっとしたハプニングでばんそうこうに救われて以来持ち歩いているのである。 「ううー。ドジ踏みましたすいません。みなさんも足場に気を付けてくださいね~……」 「ん……」 生返事だけ返してザクザクと進んで行くのは『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)だ。少し進んでから改めて、「ああ」と振り返った。 「悪いなんか言ったか? ここに入ってからずーっとピリピリしどおしでさ。敵の縄張りだってのが肌で分かるっつーか」 組同士の切った張ったを経験してきた彼女ならではの職業病だろう。いわば。 「……ゴブリンに神はいると思うか……」 いよいよ最奥部に近づいてきたというところでそう呟いたのはアルジェント・スパーダ(BNE003142)だった。 「墓標を立てるべきかとも思ってな」 「無駄な負担だな。やめておけ」 即答したのが『霧の人』霧里 まがや(BNE002983)。 「負けて滅びた種は弱かったというそれだけのことだろう。いちいち気休めをしていたら気の休まる暇もないぞ」 「ギャギャーギャ ギャギャー!」 全然関係ないタイミングで『蒐集家』リ ザー ドマン(BNE002584)がスキップした。もとより前かがみで歩く彼には低い天井も関係ない。彼はことのほかこの任務が気に入ったようで、依頼を受けて以来ずっとこの調子であった。 怒りを抱えた者もおり。享楽に弾む者もおり。 それぞれの思いを抱えて、リベリスタ達は地下道の最奥部、『水晶のホール』へ降り立った――。 ●水晶のホール それまで狭苦しかった地下道が一気に開けた。 広大な地下空間には、あちこちに水晶の柱が突き出し、あるいは高い天井から床まで貫通している。 ゴブリンの滅びた巣穴の最奥部は、荘厳とも言える幻想的な空間だった。 奥に、砦の跡がある。土と水晶で築かれた砦は、今は半ば崩れ、用をなさなくなっている。 その手前に、いた。ホブゴブリン達が。 「ギギギギ! ォオオオオオ!」 もっとも大きい個体が激しく吠えた。かっと見開かれた目に、赤い血の色の斑点。マダラ目だ。 「覚えていますか……? ああ、直接は会っていないんでしたね」 リベリスタの側で、桐がホールに涼やかな声を通した。 「私は前回巣に攻め入った者ですよ、其方は怨み、こちらは遣り残した事ですから、さて始めましょうか?」 ぐっと剣の柄を握っている。軽やかな声とは裏腹に、剣へと、力が凝集する。 「ギャギャギャ!」 【まあ挨拶はさておき、さっさとはじめるですし!】 リザードマンの瞳が凄まじい速さで動き、周囲を走査する。戦える相手がどれだけいるのか把握する。 「さあ、縄張り争いだ。……そんなもんだよ。人間が特別だってわけじゃない」 瀬恋が仁義を切る。 「争いか……私の場合退屈しのぎなんだけどね」 まがやが眠たげに言って、周囲の魔力を身に集める。 「私にとっては、ただ、任務です。やり遂げるべきもの」 きなこが霊符を四枚放つと、それがリベリスタ達を囲んで守護の霊力場を形成した。 「俺たちにも、守るものがある……!」 二刀を抜いたアルジェントが、それを十字に組んで精神を集中させた。 「ギ……アーーーーーークゥゥゥゥゥゥゥウウウウウ!!!!」 憎き敵の名を叫んだマダラ目の肩が、腕が、見るからに異様に膨らんだ。 戦闘開始だ! 双方が戦場の中央へと駆け出して行く。 初めに交差したのは双方の魔法であった。 「よし……いっぱい範囲に入った。雷の双子さん、適当にやっちゃって」 まがやが命じると地下空間に雷雲たちこめ、続けざまの雷がホブゴブリン達を撃った。 ――グギャア! ギギィ! とホブゴブリン達はやかましい。 反撃。 三体の杖を構えたゴブリンがそれぞれに、人間には発音できない呪文を唱える。 するとリベリスタが駆けこんだ空間が毒々しい深紅に変わった。 ぐ、と一瞬は呻き、口元を押さえてリベリスタはなおも駆けるが、一部は毒に神経を犯され走るのもままならなくなる。 「……大丈夫。危難よ、去れ」 このために行動を遅らせていた小夜が簡潔に呪文を唱え、白い光で仲間を覆った。 幸いにこれが最大限の効果をあげ、皆が麻痺から脱する。 そして、衝突。 双方の前線がぶつかり合った。 四体の重たげな棍棒を構えたホブゴブリンとマダラ目。 それに対するのは桐、うさぎ、リザードマン、瀬恋、アルジェント。 前線の数はちょうど同じである。 たちまちのうちに鈍器が唸り剣閃が走る。 「グオオオ。アークゥゥゥ!」 悪、と言っているようにも聞こえる。 マダラ目の岩石のごとき拳を正面から受けたのはうさぎだった。 「――くっ」 半身にかわして拳を逸らそうとするも、逸らしきれない。ずざざ、と数歩分も後方に押し下げられた。内臓を傷つけたか、口元に血があふれる。……それでも、キョトンとしたような表情に動きはない。 逆にリング状の刃物『11人の鬼』を駆使してマダラ目に切り返す。 「グゥォ――」 岩のような表皮に幾筋も血が刻まれた。それでますます戦意に猛る姿は、これも血まだらの、鬼めいている。 「行くぞ」 アルジェントは手近なホブゴブリンに対し、わざと剣の腹を叩きつける形で攻撃を行った。敵前衛を衝撃で乱すのが狙いだ。 ギャッと叫んだ敵が振るう大ぶりの棍棒をかわす。 倒さなければならないし、倒されるわけにはいかない。 「ギギギィ!」 リザードマンに対しても棍棒が振るわれていた。見た目、怪物同士の対決である。 リザードマンは敵の大上段の攻撃を盾を掲げて受けると、その脇にシュッと素早く剣を閃かせた。剣撃は真空の刃となり、後列の右はじ、マージゴブリンの一体に襲いかかった。 「ギャアーーーー!」 これが予想外だったのだろう。見事に標的の片眼をつぶした。血で前も見えなくなったマージゴブリンは手当たり次第に杖を振り回すばかりとなる。 「――しっ!」 桐が振るった剣撃も前列の間を抜け、やはりマージゴブリンに襲いかかった。すでに狂乱状態の魔物は避けるべくもなく片手を切り飛ばされる。 「もらったっ!」 その機をついた瀬恋が、この哀れな最初の標的の頭を見事に撃ち抜いた。 「雷さん、続き……」 なげやりな雷撃が、しかし確実にゴブリン達を追撃する。 ホブゴブリンどもも応戦する。それぞれに棍棒を振るい、それはリベリスタ達に手傷を負わせた。そして、残り二体の魔術師がそれぞれに『お返しの雷』をまがやに集中させる。たちまち彼女の服が無残に焦げ、火傷には血がにじむ。 「まあ、いいけどさ……」 それでも倒れないのは吸血種のタフネスの賜物だ。とはいえ危険な状態には踏み込んでいる。 「光羽ばたくものよ。汝の子を愛せよ!」 きなこの呪文が天使の息吹を呼び出し、その傷を塞いだ。 「うさぎさん、気をつけて……!」 小夜も治癒の魔力を引き出し、難敵にあたるうさぎの傷をいやした。 乱戦は混戦となる。 リベリスタ達の作戦は、遠隔攻撃による後列の撃破。 だがその後列がたてつづけに放つ深紅の毒霧(――味方に耐久力があるのをいいことに、味方前線を巻きこんでも構わず放ってくるのだ)や雷の槍がしばしばリベリスタ達の行動を阻害した。小夜ときなこによる立て続けの回復がなかったら前線は瞬く間に決壊していただろう。 もっともリベリスタ達も剣を振るい銃を放ち雷を閃かせて、敵戦力を着実に削って行った。 ――最初の目標。三体のマージゴブリンの撃破には一分以上が費やされた。それは毒を呼吸しその下で剣を振るう苦難の一分間であった。 ●ナゼ 「ギィ、グォォォオオオ!」 マダラ目がその馬鹿でかい手で前線のホブゴブリンの一匹を掴むと、それを思い切りぶん投げた。 投げられたホブゴブリンは空中でくるりと身をこなすと、リベリスタの後列に棍棒を振りおろす。 見事な奇襲攻撃である。ただ、相手が悪かった。 がしっと。あるいはぼふっと。衝突した相手はきなこだった。下着モデルもつとめるその豊満な体は、同時に鉄壁の耐久力を誇っている。痛みにかすかな苦鳴は漏れこそすれ、その足元に乱れはない。 「ギ?」 手ごたえに困惑したホブゴブリンは首をめぐらし、より弱い標的を探した。 だがそうはさせない。 兼ねて決めていた手はず通りにリベリスタの前線全体が素早く後退し、このホブゴブリンによってできた『新しい前線』に対応する。 そのなかで、一瞬の、その時間が訪れた。 リベリスタ達が後退するのに合わせて残りのホブゴブリン達が追いすがり、戦場全体がダイナミックに動く。その中で、ゆっくりと歩を進めたマダラ目とそれに張り付いていたうさぎが、二人きりになる瞬間があった。 そのとき、『ナゼ』とマダラ目は呟いた。 「ナゼ……巣ガ滅ビタ……ナゼ、オ前タチハ狩ルガワナノダ……」 それはおそらく、この強大な魔物の中にずっと渦巻いていた疑問であり怒りだ。 命をかけてこの『決闘』をしかけた理由だ。 これに、うさぎは正面から答えた。 「滅びたのは弱かったから。狩る側なのは強いからです」 「ギ……!?」 「ひどい理屈だと思います。貴方達は罵っていい。……ただし!」 キョトンとまるい目が、このときだけ鋭くマダラ目を射抜いた。 「ただし、お前は駄目だ。ただの八つ当たりで仲間の腹掻っ捌いたな? 巣の繁栄に不可欠のメスを」 「ナニガ悪イ! ソレガ怒リダ!」 「怒りだと? 言葉と引き換えに本能を落としたか? 馬鹿め。それが強者の暴虐だ。それでもう私達と同じ穴の狢だ。馬鹿め。この獣以下め。人間並め!」 それは、戦術的には挑発だった。マダラ目の怒りを自身に引き寄せ、後列を守るための策略だった。 ……しかし、真情からの言葉でもあった。だからこそ、敵の胸を打った。 人間並。 マダラ目にとってこれは、実に痛烈な悪罵である。 「グオ……グオオオオオオオオオ。グギャアアアアアアアアアアアアアアアアォォオオオオオオオオオ!!」 マダラ目は吠えた。吼え猛った。 そしてこれから後、一度も言葉を話さなかった。 そしてこれから後、ただひたすらに目の前の者と戦った。 あるいは、つまり、彼は正気に戻ったのかもしれない。 正気の、『獣並み』に。 伴のホブゴブリンが全て倒れた後もマダラ目は猛り狂い続けた。 恐ろしい力を持った拳で幾度となくリベリスタを追い詰めた。 しかし先に仲間を倒されていった劣勢を一頭でひっくり返すことはできなかった。 「……終わり、です」 桐の長大な剣が、深々とマダラ目の心臓を貫いた……。 ●とても簡単な仕事 『水晶のホール』の奥。 崩れた砦の中に。 いたいけなゴブリンの乳飲み子たちと、それを抱えた母親たちがいた。 母親の数は10匹。それが面倒をみる赤子は20数匹。 リベリスタ達は、そこに踏み込んだ。 あっという間に母親は逃げる逃げる。 子供を両手で抱え、狂ったように悲鳴を上げながら、全力で逃げのびようとする。 だが、リベリスタ達はより早くこれに追いすがった。 行き止まりで固まって震える3匹の母親と5匹の子供の前にうさぎが降り立った。 瞬く間に『11人の鬼』を振るい、ゴブリン達を死体に変えた。表情一つ変えない。変えてはいけないと思っている。 相手には、憎む権利があるのだから……。 背中を見せて逃げる一匹の母親を、きなこの魔法の矢が貫いた。 名前で笑われることも多い彼女だが、今は一切の笑いを寄せ付けない雰囲気があった。 人間に害をなす可能性がある以上、排除するだけ。 彼女の『鉄壁』は、肉体だけの話ではなかった。 「ギャギャーギャーギャ。ギャギャギャギャー♪」 リザードマンはご満悦であった。目を付けて追い付いた二組の母子を屠るとすぐさまその首を切り落とす。 骨董品、と称して頭蓋骨を収集するのが彼の趣味なのである。 がぶ。 なにを思ったか、小さい頭にかじりついた。相手はエリューションだ、咀嚼はしない。ただ味見をしたまでである。 「ギャ」 【へえ、こういう味か……】 彼は『狩る側の権利』を存分に享受していた。 「ギィ、ギギィ、ギィ!」 瀬恋が追い詰めた母親は、なんと子供を抱えたまま地面に膝をついて命乞いを始めた。 言葉は通じないが、哀切な鳴き声である。 (こういうの、昔はたくさん聞いたな……) 昔――組同士の抗争の只中にいた頃である。 「恨むなら恨んでいいよ。アタシの知った事じゃないけどね」 殺す。 こうして一方的な殺戮が進行する場に、まがやはただぼうっと突っ立っていた。 怠惰な彼女なりに、こういう現場は経験しておいた方がいいのだろうと思ってやってきたのだ。 ただ、突っ立っていた。 「ギギィ、ギィ、、、、」 どこかで命乞いをしている。 「――ギャ!」 あ、どこかで死んだ。 「ギャギャギャギャー♪」 あ、これはリザードマンか。 予想外のことがあった。 この場にあって、彼女は自分の膝が細かく震えるのを感じていた。 良心の呵責。そんなものが自分にあったのが、意外だった。 しゃ、しゃ。と剣が走り抜ける。 双剣で母と子を切り伏せてから、アルジェントはしばし目を閉じた。 黙祷だ。 最初は、塚を立ててやるべきかとも思っていた。 けれどやめにした。まがやに言われたから、というわけではない。 ただ、自分たちの勝手な流儀で彼らを弔うのは、それこそ、人間の身勝手の様な気がしたのだ。 「ギィ! キィ!」 バタバタと走る一匹が、砦から外に駆けだしてきた。 逃げ出すことに成功したのだ。 だがそこも、安全ではなかった。 「私のこと……恨んでくださいね……」 どん、と魔力の矢がその母親を貫いた。 倒れたその場に、小夜が歩み寄る。 母親の下で二匹の乳飲み子がもがいている。これも殺さなければならない。 『進行性革醒現象』と『増殖性革醒現象』。エリューションはエリューションだというだけで滅ぼさなければならないという理屈。それ以上のものは、まだアークにはない。 「他の方法を知っていたら……」 しかし他の方法は知らなかった。 小夜と一緒に砦の外の見張りに立っていた桐がホールの出入り口まで歩いて行ったのは、鋭敏な聴覚がほんのわずかな音を捉えたからだった。 ごく小さな……囁き。悲しいな、と。そう聞こえた。 果たして、ホールの外には、一人の男が立っていた。 半面を仮面で隠したスーツの男。その手に、なにか小さなものを大切そうに抱え、いとおしげに撫でた。……影がない。これはどうやら本人ではない。こちらに幻影を送ってきているのだ。 「やあ、はじめまして」 その声には重みがあった。幻影であってもなお、強いものが放つプレッシャーがあった。 「貴方は誰です?」 桐は我知らず剣を構えた。 「ナゼ、と彼は問うていたね」 それに男は正面から答えなかった。ただ問いかけた。 「君はどう思う? なぜ彼らは狩られたのか」 「外敵を排除するのはお互い様のことです」 桐は警戒を強めながら慎重に答える。 「立場が逆ならば彼らもそうしたでしょう」 「そうかな」 男は首をかしげ、最後にこう告げた。 「ならば次は、立場を逆にしよう」 ふつ、と幻影が消えた。 仮面の男がアークによって目撃された、これが最初の事例である。 fin |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|