●夜の公園 「ポチ、お手、お手」 会社帰りの女は薄汚れた犬の前に膝をついて、無邪気に微笑む。彼女の望むままに犬が前脚を差し出す。偉いね、と嬉しそうに頭を撫でた。 ――女は知らない。 細身の犬にしか見えない『ソレ』が、別の世界からやって来た異邦人であることを。 『彼』が自分を守るためにこの世界に留まっていることを、彼女が来る日は永遠に来ないのだろう。 ●ブリーフィングルーム 「公園で女と戯れる野良犬。その正体は、人狼のアザーバイド」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は端的に説明を始めた。のんびりと説明している時間はないのだ。今回はできるだけ早く、現地へ向かった方がいい。 「狼と人の形態を自由に交代できる、変身型の種族みたいね。なぜ、彼が野良犬に扮して公園に棲みついているのか。それは数日前に遡るわ」 彼のいた世界は弱肉強食の掟が跋扈するところ。 戦いに敗れた彼は、命からがらD・ホールに飛び込んで自らの世界から逃亡した。 「傷だらけで倒れていた彼――といっても、犬の姿をしているから、女はかわいそうな野良犬とでも思ったのね。怪我の手当をして餌まであげた。おかげで彼は生き延びる事ができた」 それだけなら話は簡単だ。 彼を説得して元の世界に帰ってもらうなり、力ずくで倒すなりと選択肢は限られる。しかし問題はもう少し複雑だ。実は、この付近でフィクサードのチームが確認された。数は三人。覚醒した力を利用して、強盗や強姦を働こうと目論んでいる。 「人狼の性質として、『鼻が利く』とでも言うのかしら。彼はフィクサードの気配を察知して、これから女を守ろうとしてる。恩? それとも、恋? 分からないけれど、彼が女に危害を加える気がないのは確か」 だが、傷が癒えきっていない彼では三人ものフィクサードから女を守りきることはできない。 それがイヴの視た未来だった。 「つまり、犠牲者を出さずに事件を未然に防ぐには貴方達の介入が必要というわけ。時間がないわ。今夜十時、会社帰りの女はこの公園付近でフィクサードに襲われる。彼女を守ろうとした人狼のアザーバイドはこれと相打ちに近い形で死ぬ」 どうする、とイヴの目がリベリスタ達を見つめた。 「女の命を救い、フィクサードを倒す事が最低限。それ以上を望むなら相応の思いが必要よ」 イヴは緩やかに目を閉じてリベリスタ達に後を委ねた。 どのような結末を選び取るも自分の思いひとつであると。そう、信じているかのように。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:七都 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月30日(水)22:43 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●最後の夜に 夜の九時を過ぎる頃、閑静な住宅街は人通りというものがほとんどなくなる。小さな公園のベンチの下で一匹の野良犬――否、狼が身じろいだ。 「えっと、こんばんは……」 言乃葉・遠子(BNE001069) は狼の前にしゃがみ込み、小首を傾げて挨拶した。警戒して唸り声を上げる彼の前でマリル・フロート(BNE001309) が軽く両手を上げる。怪しい者ではないという意味のジェスチャーだ。 「あたし達はこの近辺でよからぬ悪事を行おうとする悪い人達をやっつけにきたのですぅ」 石蕗 温子(BNE003161) が頷き、後を継いだ。 「わたし達はあなたの正体も目的も知っている。その理由は正直に話すわ。だから――お願い、一緒に戦わせて」 狼は鼻先をぴくぴくと震わせてから、ゆっくりとベンチの下から這い出した。そして姿を変える。彼らの世界では何ら普通である事、けれどこの世界にとっては純然たる神秘。 「……あんたら、何者?」 青年の姿に戻った人狼は、鋭い視線をこちらに投げかけた。 堀・静瑠(BNE003216) はまどろむような微笑みを浮かべ、答える。 「私たちはアークのリベリスタ。崩界を阻止するために……ん~、ちょっとお堅いわね~。貴方たちのお話をハッピーエンドで終わらせるために、協力させて欲しいわ~」 外灯に照らされる夜の公園で対峙する、一人の青年と八人のリベリスタ。 (まるで、騎士さんみたいな、狼さん……ね) 静瑠の言葉に呼応するように、氷雨・那雪(BNE000463) はふっと息を吐き出した。眠い目をこすりつつ、人狼である青年を見つめる。彼はリベリスタ達を信じるかどうか迷っているようだ。 「貴方が守りたいもの、私達にも、守らせて欲しいの……だめ、かしら……?」 「駄目、というか……」 人狼は言いかけて、言葉を飲み込んだ。 幻の翼が体を包んだ瞬間、傷の痛みが消える。秋月・瞳(BNE001876) の与えた加護だった。 「気は乗らないが、一般人がフィクサードの餌食になるのを見逃す訳にはいかんからな」 遠回しに、お前だけでは護りきれないと告げる。 温子が小さく鼻をすすった。寒いのか、それとも何かしらの花粉が漂っているのか。いずれにしても彼女にとっては通常運営だ。 「わたしは女性だけじゃない、アナタも助けたい。だから、お願い」 丁寧な説明と申し出に、人狼はたじろぎすら見せる。 「あんたらの言う事が本当なら、俺だって敵だろ。なんでわざわざ頭下げてまで……」 「お前が死んだら、その女性が悲しむんだろ?」 それまで黙っていたリスキー・ブラウン(BNE000746) が口を開いた。彼は腕組みをして視線だけを人狼に向けている。彼をアザーバイドとしてではなく、一人の『男』として語りかける。 「女性を悲しませるなんて男のする事じゃないよな。だから手伝ってやる。それだけだ」 目を瞬かせる人狼に背を向けて、リスキーは公園の入口から表の通りを見渡した。イヴの言葉が正しければ、女性が襲われるのは公園内ではなく、外。ただし人狼が駆けつけられる程度の距離――。 「向かいに団地があるせいで、見通しが悪いですね」 インターネットで周囲の地形を調べつつ、遠子が隣に並んだ。人を襲うには最適の場所というわけだ。 「女性は、いつも、どっちから来るの……?」 那雪が問いに人狼は北を指差した。 どうやら、こちらを信用する気になってくれたようだ。彼は公園内にある時計を見上げ、淡々と答えた。 「いつも十時頃、あっちの方向から歩いてくる」 「何か匂いが分かるものとかない?」 「いや……」 人狼は温子に向かって首を振り、考え込むように手を顎に添えた。 「……彼女が襲われることは、確かなのか。やっぱり」 「ええ。万華鏡ってものがあってね~」 静瑠は簡単に自分達が駆けつけた理由を話した。状況を鑑みるに、女性がフィクサードに襲われる以前に助けるのは難しい。こちらの気配を察知したフィクサードが襲撃を諦めて逃亡してしまうかもしれないからだ。 「絶対に、彼女だけは助けてくれ」 時計の針が十時を指す直前、人狼はリベリスタ達に念を押した。 「任せて下さいですぅ」 びし、と人差し指を立ててマリルが請け負う。 自信満々な様子に人狼はやや気圧された後、ほんの少しだけ表情を和ませた。微かに唇の端を上げて笑う。 ●夜の狼 そして、時計の針が夜の十時を二分ほど過ぎた頃――。 「!」 びくん、と温子の狼耳が震えた。 匂い。仲間のそれとは違う、欲に塗れた男のそれ。 「……何かきた、かな」 「敵の気配がびんびんするですぅ」 那雪はマリルと顔を見合わせる。 それと前後して、短い女性の悲鳴が空気を裂くように聞こえた。リスキーの眼差しが細まる。 「さて、出番だな」 既に獣形態をとっていた人狼が大地を蹴った。 公園を飛び出した、すぐ先。道路の曲がり角から現れた三人の男がスーツ姿の女性をコンクリートの上にねじ伏せようとしている。 「まったくもって無粋だわ~」 静瑠の張った結界が辺りを包み込む。そして、ライフルの先に取り付けたライトでフィクサード達の姿を照らした。 「ちっ、何だてめぇらは……!?」 「邪魔すんじゃねぇ!!」 一人が女性を拘束し、残る二人が飛びかかってくる。だが、二人の間をすり抜けたマリルはショートボウの精密射撃で奥の男を狙う。 「折角運命に愛されたのに悪い事にその力を使うのは最低なのですぅ」 「ぐあっ!!」 矢は女性を掠る事なく男の腕に突き刺さった。 静瑠が早く、と声をかける。 「私達の後ろへ、そのまま逃げて~」 「は、はい……」 よろけて立ち上がる女性へと、再び男が手を伸ばした。 だが身を割り込ませた温子がそれを阻止する。マリルの指示を得て、人狼も体を張って女性の逃げ道を確保した。 「ポチ……!」 「大丈夫だから、逃げてくださいですぅ」 「必ず護りますから。どうぞ下がっていて下さい……」 見知った野良犬の姿を見て足を止めかけた女性の背を、マリルと遠子の言葉が後押しした。女性は状況の全てを理解できずとも、彼らが自分を助けようとしてくれている事は分かったらしい。こくりと頷いて駆け出した。 一方、激昂を露わにしているのはフィクサードの三人である。彼らは次々と影を纏い戦闘態勢を整えた。けれど、遅い。 「さぁ、一緒に遊ぼうか?」 那雪、リスキー、遠子が続けざまに気糸を放ち、敵の体を絡め取った。女ばかりだと油断していたフィクサードの表情が一瞬で変わる。 「こいつら、戦い慣れてやがる!!」 「そっちが隙だらけなんだヨ」 葛葉・颯(BNE000843) のナイフが煌き、男の首筋を神速の刃で切り裂く。避ける暇など与えない。怒りに囚われ中衛目がけて突進する男の腹部へと、流れるような動きで拳を打ち込む温子。――集中は途切れない。 「このっ、回復役から落とせっ!!」 けれど敵もチームとしての連携を見せる。颯の頭部で闇の花が咲いた。 「くっ」 それでもなお立ち上がる颯を庇うように温子が身を挺する。背には瞳の加護による翼が舞い、戦場は硬質な歌声に支配されていた。その旋律に男達の闇が襲いかかる。 「……そこ」 颯の代わりに前へ出た遠子は、敵の意識が瞳に向いた隙をついて武器を薙いだ。態勢を崩した敵の眉間を貫く弾丸――静瑠の唇が笑みを象る。 夜の路上、街灯にきらめく無数の気糸。 三名が引き付けに回っているため、やや火力が足りない。だがそれは相手も同じことだ。怒りにとらわれて、なかなか攻撃対象を合わせる事ができない。男が血唾を吐きながら叫んだ。 「くそ、こいつら強ぇ」 「……恐れ入ります」 遠子は人狼を後ろから援護する。 それだけではない。味方を倒されて相手がたじろいだ瞬間を見極めて、気糸の展開を変更する。 「今です……」 「ビスハ(ねずみ限定)最強の底力を見せてやるですぅ」 マリルの手元から、まるで流星のように輝く矢が迸った。同時に人狼の牙が男の腕に食らいつく。 「ぐあっ!!」 「お、おいっ……」 「今更逃げようなんて虫の良い事考えちゃダ~メ。ここでやられちゃいなさい」 狙いすました静瑠の射撃は、最後の一人になって思わず身を翻そうとした男の脚を撃ち抜いた。その眼前にかまいたちが迫る。放った温子は既に着地して、その行く末を見守っていた。 「あ……」 血しぶきがアスファルトの上に飛び散る。そして、男はゆっくりと背中から倒れた。 ふう、とマリルが額の汗をぬぐう。 三人全員、討伐完了。 「あんたらのおかげで、あの人を守れた。ありがとな」 再び人の姿に戻った人狼は、はにかみながらも礼を言った。それにしても――と手元の紙をしげしげと眺める。 「こっちの世界には便利なもんがあるんだな……」 「写真っていうんだよ。まあ、いい記念になるでしょ」 リスキーはインスタントカメラを弄ぶ。助けてくれてありがとうと言うために戻ってきた女性を手招きして、一枚の写真を撮ったのだ。しゃがみ込んだ女性の隣で「ポチ」が嬉しそうに尻尾を振っている。 では、と那雪が唇を開いた。 「達者でな……勇敢な騎士殿」 「やめてくれよ、そういうの照れる」 照れ隠しのようにそっぽを向いた人狼の傷を瞳と遠子が癒す。元の世界に還ればまた、戦いが待っているのだろう。せめてもの餞別になればいい。 「……あんたら、親切なんだな」 「お別れのお手伝いが必要なら言い訳でも伝言でも何でもお手伝いするですよぅ」 マリルの申し出に人狼は首を横に振った。 「いいや、これだけで」 そうしてまた狼の姿になる。写真を大切そうにくわえている彼の額へと、祝福を与えるかのように静瑠の唇が触れた。 「向こうは大変だと思うけど、頑張ってね」 薄汚れた尾が頷きの代わりに一度、二度と振られる。そしてあとはもう、振り返ることなくD・ホールの向こう側へと消えて行った。 「さよなら……お気をつけて……」 別れの言葉とともに、遠子とマリル、静瑠の手によって穴が閉じられていく。最初はゆっくりと、最後は空気の抜けた風船がしぼむかのようにふっと――。 あとはもう、元通り。 恩返しを望んだ狼の物語はめでたしめでたしで幕を閉じる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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