●夢は夜に咲き、悪は暮れに舞う 帰るべき家があることは、人にとって救いとなる。明けない夜が無い如く、終わらない仕事もありはしない。だからせめて、終わった後は静かに休みを謳歌したい。 誰が待っていなくても、家があるならそれでよし、と。若いからこそ抱く安堵が、扉の向こうで待っている。 「おかえり、おとうさん」 突然だった。 扉を開く前まで一切記憶に存在しなかった『娘』が目の前にいる。ああ、そうか―― 「今日からあなたが、おとうさん」 そんな夢を見る ほどに、 疲れ て そして指先は ロウソクの に えて ●抑圧され肥大化し、狂うもの 「――『白昼夢』。防衛機制のひとつとして稀に数えられる精神状態で、有り得ない出来事を夢想することで自己の慰めとする事象です。近いものだと、『同一視』などでしょうか」 背後のモニターに目を向けず、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)は一冊の絵本を取り出した。タイトルも中身もない、見たところ白紙のスケッチブックにすらみえるそれは、つくりから辛うじて童話用に作られたもの、ということが見て取れる。 「先日、この絵本を持ったノーフェイスが君達と同じアークのリベリスタによって撃破されました。これをアークで解析した結果、アーティファクトであることが判明しました。我々は便宜上、『自己防衛の写本』、と名付けました――言うなれば、各々の防衛機制の状態を童話として投影し、対象に革醒を促すアーティファクトであるところまでは分析が済んでいます。 前回回収された際は、この絵本に記述されていた物語はあろうことか『子供たちが屠殺ごっこをした話』。分析が難しいですが、どうやら『置き換え』だったのかな、とまでは……」 所有者をノーフェイス化する絵本。対象の精神状態を童話に投影する悪夢。それはななんて残酷な破界器なのだろうか。 「今回のノーフェイスも、お察しの通り子供です。フェーズ2、『白日の燐寸売り』須美 牧恵(すみ まきえ)。革醒年齢は十歳。主な能力は燃焼と幻想の投影。今までの被害者は、そのどれもが肉体のみを燃焼させられ、家屋への延焼はありません。幻想は、被害者の思考を一瞬で塗りつぶすレベルですから……まあ、半端なものではなかったのでしょうね」 少女が夢を見る代償の燐寸は、犠牲者の肉体だったとでも言うのか。どうすればそんな歪み方をするのだろうか―― 「今回は、彼女がターゲットを捕捉する前段階、空き地内での戦闘に時間軸を合わせることが出来ました。タイミングさえ誤らなければ、確実に余裕を持って戦闘が可能です。 ただ、警戒して欲しいのはふたつ。 一つ目は、異常なまでの幻想能力を持つ彼女の『フィールド』で戦わねばならないこと。 過大な精神汚染をぶつけられれば、革醒者でも多少のダメージを覚悟する必要があるかと思います。 二つ目、手を触れずに対象を燃焼させる能力。これには数種のパターンが存在しますが、概ね『火炎』ないし『業炎』を伴います。神秘中心の攻撃ですから、対策は立てやすいかも知れませんが…… 『自己防衛の写本』の回収、及び彼女の撃破を。気乗りしないかと思いますが、よろしくお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)19:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●炎と夢が燃え尽きるまで 運命と社会は、声の小さい弱者に対してはどこまでも冷たくするようにできている。故に弱者に与えられた選択肢は、声を荒げる事と群れて力を蓄えること、無理矢理にでも強者たろうとすることの三つしか存在しないだろう。声を上げることも難しく、庇護下にあっては群れる知恵も授けられず、しかし強者となる手段など考慮の外にある子供にとってみれば、その提案は甘美であったに違いない。 「貴方達みたいな怖い大人が何時か来るって、『おにいさん』から聞いていたの。だから、傷付け合うことしか出来ないことも知ってる。気休めや慰めで後味が悪くなる前に、お互いが分かりあえばいいと思うの。そう――」 「それこそ、命をかけて」。静かに目を閉じ、夢を見る事で世界に理想を生み出して干渉する世界の敵、ノーフェイス『須美 牧恵』。語ることは無いとばかりに会話を切って捨てようとした彼女だったが、それでもリベリスタ達は易々とそれを諦めるほど割りきっては居ない。 「君にその絵本を渡した男について、少し話を聞いても良いかね?」 「『おにいさん』は、自分を『司書』と呼んでいた。何のためにか、なんて難しいことは私には分からないし、それ以上話せば夢だって終わってしまうって言ってたわ。……少なくとも。とても優しい人だった」 「幻想もいいけど、貴方のお父さんはどうしたの?」 世界が幻想にすげ変わるまで残り数秒。最初に語りかけた『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)が僅かに躊躇った間を縫い、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が彼女の家族について問いを重ねる。 聞くに詮なき事かもしれない。傷口を開くだけかもしれない。だが、ヴァルテッラがそれを思い口を噤んだとて、彼女の精神面に切りこむべしとした杏樹の決意はどうこう口を挟む余地もない。 「おとうさんは、居ないの。いなくなってしまったの。私が燃やす前に、自分で燃え尽きちゃったのよ」 ちり、と杏樹の肌を熱気が焦がす。攻撃の意図を持ったものではなく、牧恵本人から放たれた形を成さぬそれは、自らの感情を抑え切れない痛みを刻んだ言葉と相まって、失言だったと思わせもする。 (少女が絵本に見初められた経緯を考えれば何ともやるせない話に御座るが、しかし……) 「だから、おとうさんは出来ても燃えるものだと思うの。燃やした分だけ、おとうさんが感じたものを私が感じればいいと思っているの」 自らを顧みずに『燃え尽きた』父。省みる前に燃え尽きることこそ是なのだと嘯く、狂気に蝕まれた少女。その在り方はやるせない、以上の言葉で表せるものではないと『無影絶刃』黒部 幸成(BNE002032)は感じいてた。だが、彼は同時に自らの『忍務』を違えない。彼女が危険だというならば狩る、それだけのこと。 「マッチ売りの少女なら、私も知っていますぞ。切ない気持ちになったものです」 「童話のような能力を得られるアーティファクト、ね……研究対象としては申し分ないわ」 仮面の下から、過去を思い出すように、しかし憐憫の響きを持って紡がれる『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)の言葉と、彼女の手にするアーティファクトの脅威を差し置いて好奇心が勝ると口にする『探究者』環 澪(BNE003163)。彼女に待っているのがバッドエンドであるならば、九十九には掛ける言葉があるだろうか。澪の探究心を満たし、想いに応じるものはあるだろうか。 「誰かがほんの少しでもやさしくしていれば、マッチ売りの少女は凍えずに済んだのでしょうか……」 それは自らの写し鏡。「if」を示した別の未来だ、と強く意識するのは『A-coupler』讀鳴・凛麗(BNE002155)。物語の結末も、少女に待つ結末も知るからこそ、その心を苛む痛みは想像するに難くない。 「私も、もし彼女に会ったら言いたかったことがあったんでしたな……『お嬢さん、マッチを売っては貰えませんか?』と。もう間に合わない以上、仕方ありますまい」 凛麗の傍ら、九十九が静かに言い放つ。間に合わない、その一言が酷く重い。 「残念ながら、手心を加えてやれるほど俺は優しくもねえ。だから思う存分、ぶつけてきな。世界がお前に優しくなかったというのなら、な」 「……うん。そうしていいなら、ううん、そうじゃなくてもきっと、遠慮なく貴方達を傷つけるの、私は」 牧恵の前へ立ち塞がり、正面から立ち向かうのは『気焔万丈』ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)。厳しくも優しく。痛みを与えると知っていても、痛みしか与えぬと分かっていても、彼にはそうして正面から彼女の想いを受け止めることしかできないから。受け止めることしか知らないから。そうするしかないと自らに定義する。 「うちらかて燃え尽きたないし、やるこたやらせてもらうで!」 幻想の家が閉じられる。世界が牧恵の色へとすげ替えられる。気合い一つを以って響き渡る『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)の響かせる音色が、正しく戦いを告げる鐘の音となった。 ●少女幻葬(地獄変) そこはただのリビングだった。 距離感が狂い、どこまで逃げても逃げ切れぬ永劫の「生活空間」。撓み歪む世界の檻は、リベリスタですら精神を狂わせようと襲いかかる。 「……これは、確かにきついのだね」 ヴァルテッラの意識が、混濁する。構えた得物の先端が小刻みに震え、彼の意思を揺さぶりにかかる。意識を強く保たねば、手近な仲間へと斬りかかりかねない―― 「気を強く保つで御座るよ、ヴァルテッラ殿! ここは自分が抑える故!」 混乱に身を浸すヴァルテッラを叱咤するように叫びながら、幸成の気糸が駆け巡り、牧恵の全身を絡めとる。だが、束縛は一瞬。静かに、しかし優雅に振り下ろされた手の一振りで、その気糸を呆気無く振りほどく。 「少女を撃つのは好きではありませんが、こればかりは仕方ないですな」 牧恵へ向け、牽制の一撃を放つ九十九。突破力を高められた散弾の束が彼女の胴部に突き刺さり、連続して炸裂した。腹部をしとどに濡らす血はしかし、その一瞬をして止められるが、蓄積した痛みは消えはしない。 「痛い、イタい、痛イよぉ……ォ!」 叫び声が炎を巻き上げ、牧恵の周囲に壁を創りだす。螺旋を巻いて天へと昇る火炎の壁を幸成が避けられたのは僥倖と言う他はない。立ちはだかったソウルが、しかしその身にダメージはあれ炎の余波を残さず耐え切ったのは、彼の身に宿った恩恵があればこそだ。 「もう、何処へもいかせねえ。俺が全部、受け止めてやる」 「何で、何で何で!? 燃えるはず、燃やせるはず、燃え尽きるハズ、なのに……!」 「須美様の悲しみを、痛みを、苦しみを、私達が受け止めて癒せるのなら、私達は――!」 険しい表情の中に、それでも優しさの滲むソウルの表情が牧恵の心を歪ませる、混乱させる。絶対的自信から生み出された破壊の業をものともせずに立ちはだかる、その一瞬の隙を衝いて、ヴァルテッラへと凛麗の放った光が躍り、精神の安定を促していく。 (何て、強い悲しみと怒りなんだろうか……こんな小さな子に、なんて酷な感情を自覚させたんだ、あの『絵本』は) きりきりきり、と弦引く音を軋ませて、杏樹の放った矢が一直線に駆け抜ける。牧恵を貫くが否かのタイミングで流れこんできた強い負の感情が、優しき彼女の感情を乱さぬ訳もない。行動に不調を来すほどではないにせよ、その激情を覗き込むが故の痛みを背負う必要があり、覚悟が要る。要ったのだ。 「燃やしてしまうと、もう会えんのにな……?」 響き渡る音響が一条の光を編んで、牧恵へと突き進む。憐憫か疑問か、そんな感傷を以って放たれた珠緒の一撃は牧恵の肩を僅かに裂いてカーペットへと突き刺さる。しかし、カーペットは燃え上がらない。元より幻想のみなれば、そこには何も残らないのだ。 「変化は僅かだけれど、ほんの僅かに動きが鈍った……わね? それでもまだ、ぴんぴんしてる気がするけど、それでもこれは」 吉兆、なのか。自問しながらも前へ踏み出し、癒しの符をソウルへ貼りながらその兆候を観察する澪には、その些細な違いが殊更に大きく見えた。それが本当に「違い」なのかは、分からぬとしても。 (やはり――慣れないのだよ、この感情も、感触も) 「こんなもんかよ、お嬢ちゃん。まだまだなんだろう……!?」 ヴァルテッラが牧恵を絡めとり、ソウルが彼女へ声を掛け、自らに意識を向けさせる。気糸に絡め取られた時の僅かな喘ぎも、痛みを訴える声も、自らに子があれば……そう思わせる心の痛みを彼らに与えたことだろう。煮え切らぬ感情も呵責も罪には値しない。感じる心を止めた人間の、何処に正義や愛を語る資格があるというのだ。 彼らがそこまで堕する必要など何処にもなく、彼らは何処までも未熟なままで向き合わなければならない。 男とは未熟なものだ。それに限らず、人という生き物は斯くも心が脆くぶれて崩れて藻掻くのだ。 だからこそ愛おしく、だからこそその感情を恣にする者が苛立たしい。倒さねばならないと意識する。 「嫌だ、嫌だ、痛いのも苦しいのも寂しいのももう、嫌なの――!!」 二重の束縛に叫び、嘆く。その姿が哀しくはあれ、彼女は既に世界の敵に成り果てたのだ。きっかけはどうあれ、彼女の結末は決まりきっている。 リベリスタ達は――だからこそ、幻想に心を蝕まれるのかもしれぬという諦念が、あるかもしれない。 ●炎紋朽ちず、心創絶えず、嘆きは夢にかき消され 「ヒ、ハハ――! 死ねェェェっ!」 絶叫を上げて、九十九の一射が仲間を貫く。幻想に囚われたが故のそれは、しかし威力としては彼の十全を出して余りある精度と威力を持っていた。彼の意思を補佐するように、そして牧恵の放った業火を打ち消すように凛麗の光が、珠緒の演奏が、澪の札が戦場を駆ける。 敵は単体であり、範囲を苛む破壊も距離さえとれば深くは戦況に響かない。だが、彼らの救済を遥かに超える威力と精度と連続性が、戦いをより困難なものにさせていた。覚悟はある。準備もある。それでもそこを乗り越える程の執念、妄想、怒り、悲しみ――そう簡単に受け止められるものでは、無い。 「私を誰も受け入れなかった。お父さんの目は疲れきってた。だからきっと、皆、受け容れる余裕なんてなかったんだって――分かってても――!」 「流石に、これは厳しいで御座るな、ソウル殿――?!」 爆炎が上がる。その全てを回避しきれなかったとはいえ、何とか耐えぬいた幸成だったが、視界の先に見据えたソウルの瞳は、意識を映さず曇っている。あのままでは、不味い。そう彼が考えたのは、きっと一瞬の逡巡だったのだろう。 「まだ、まだ……受け止めてやるよ、来な……!」 地面を踏みしめる音がじわりと響き、気を張る声が幻想に響き、曇った瞳に強引に光を灯し、ソウルはそれでも立ち上がる。少女の絶望が如何ほどのものかなど知る気はない。運命が自らを意識の縁で引き上げるなら、彼はそれを全うするまでではないか。 杏樹のボウガンが、唸りを上げて矢を放つ。既に突き刺さった矢は絶えず、引きぬかれたものも多く、血の海は牧恵の炎が蒸発させた。赤い染みが全身に亘る痛々しい姿ながらも、その表情から苛烈さは次第に抜け落ちつつあるようにすら見えた。 運命は苛烈で、願いは非情で、結末は無為にも程がある。 だからこそ――痛みは人を成長させる。未来なき子へと与えられた痛みが悪夢であったとて、それは等しく叶えられる。 痛みのない戦いなど無く、簡単な戦場など何処にもない。 だからこそ、それでも、然るに。 彼らの身を苛んで刻んだ傷のひとつひとつが、その心に残るのだろうと、誰かが語る。 「貴女の魂はこの鴉が運んであげるわよ」 肩で息を吐きながら、澪の符が空を駆ける。 胸を貫いたそれに視線を向け、牧恵はゆっくりと、笑顔を残して崩れ落ちる。 世界の非情をその身に刻み、それでも優しき結末を。 ●誰ぞ語る、夢の導(しるべ) 「……私の手持ちに、君の燃やせる物はあるか。何でも良い、言い給え」 「いらないよ、もう、燃やしすぎちゃったから、きっと私が一番燃やしたかったのは――」 私だったんだろうね、と。自嘲ともつかない表情を残して、牧恵は静かに息を引き取った。凛麗の脳裏に映った彼女の過去は、悲しいと一言で言い切るには酷だった。 行方知れずの母、父の焼身自殺、それでも残された己の住処。誰からも受け入れられず疎まれることしか無く、父と同じ結末を迎えるのではと覚える初雪の向こうに現れた青年の姿。顔も背丈も薄靄の向こうで見えはしないが、それが彼女にとっての救いだったのだろうと感じる。 「ふうん……中身は大体、何処にでもあるようなモンなんだな」 「そうですなあ。内容は兎も角、さしておかしな所は無いように思えますな」 「……? 何だろう、この名前は。『コンパイラ』……編纂者?」 牧恵の亡骸から回収されたアーティファクトを手に、ソウルと杏樹は其々に映像に残していた。巻末に残された名前に、牧恵のものがあるのは正しく彼女が「執筆者」であるとこれが認めた証であろうが、末尾に小さく、走り書きのように記された『compiler』のスペルだけはその真意がつかめない。 それが何を示すのか、運命の変遷は何処へゆくのか。 その尻尾を掴みかけた彼らに、幸多からんことを願う。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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