●滲む恋文 「……っ、……ふ、──ぇえ、」 公園を満たす空気は肌寒い。木枯らしがぴゅうと吹いて、薄いプリーツスカートの裾を擽った。 ベージュ色のカーディガンを羽織った細い背中が、彼女が不明瞭な声を零すたびにしゃくり上げるようにして揺すられる。漏れ聞こえるその声は嗚咽で、それでも必死に涙を声を抑えようと、彼女は公園の柵に凭れて俯いていた。 「な、泣いたって、どうにも、ならないし……っ!」 自らに言い聞かせるようにして、彼女は吐き捨てる。 夕暮れの公園、小さなそこには彼女以外の人影はない。名無しの公園は遊具も少なく、ベンチが数個あるばかりだ。人通りも少ない場所にあるからと、そこを利用する者は殆ど居ない。だから、泣いていたって誰かお喋りなクラスメイトに見つかる心配も、無い。 茜色の空から降りる秋の涼風は、彼女を宥めるようにして頬を撫でてゆく。涙に濡れた睫毛が揺れて、漸く涙の止まった彼女はすん、と小さく鼻を啜り上げた。 「……──読んですら、貰えなかったなあ……」 今は既に手元にないものを思い返して、彼女は零す。 つい数時間前まで確かにこの手に握られていた、レース模様が端を飾る真白い便箋には、一生懸命綴った文字が並んでいた。 同じ高校の先輩に宛てて書いた──ラブレター。こんなもの、一生書く筈がないと思っていた。想いを伝える勇気が自分に芽生える日が来るだなんて、思ってもいなかった。 恋をした。 恋をして、その気持ちを伝えたいと思えるほどの、甘酸っぱい恋をした。溢れて溢れて蓋をし切れなくなった想いを扱い兼ねて、彼女は白い便箋に想いを真摯に書き綴った。 受け入れて貰えなくても良い。読んで貰えたら幸せ。その上で断られるのなら、きっと諦めがつくだろうと信じて。でも。 ──そういうの、ウザい。 彼女がありったけの勇気を振り絞って差し出した手紙は、一瞥と共にそんな風に貶された。とっとと校舎裏から姿を消した先輩とは反対に、彼女は暫くそこから動く事が出来なかった。 ひとり取り残された薄ら寒い校舎裏で、綴ったラブレターを涙で思い切り汚した。紡げなくなった言葉の代わりに落ちた涙は何よりも雄弁で、それから堰を切ったように幾つも幾つも、叫ぶ代わりに透明な雫が悲壮を為す。 そうしてすっかりゴミと化してしまったラブレターを、学校の焼却炉に放り込んできた。手元になんて置いていられなかった。見たくもなかった。甘酸っぱい想いを大切にしていた少し前までの自分と、さよならがしたくて。 「……私がもっと可愛かったら、受け取って貰えた、のかな、」 例えばふわふわの長い髪だとか。愛らしい笑顔だとか。抜群のスタイルだとか。そういうものを持っていたのなら、あの受け取って貰えなかったラブレターは、もしかすれば二人を繋ぐ赤い糸に為り得たのだろうか。今頃焼却炉で燃されているだろう、あのラブレターは──……。 ──不意に、頬の肉が薄く裂ける。 「……え?」 浅い痛みに戸惑いながら頬に指先を沿わせると、赤い鮮血がそこを汚した。どうしてだろう、と訝しがる彼女の眼前に、ひらりと四枚の紙が舞って──ぎく、とベージュ色の背中が強張る。 「なんで、……手紙、焼却炉、に……」 何が起こったのか解らずよろよろと後退する彼女の前で、手紙が──膨れ上がる。 文字で埋まった白い紙が、出来の悪いペーパークラフトのようにそれぞれ、人の形を作り出す。滲んだ文字で埋まった白い紙片の肌は、到底彼女の理解の及ぶ所ではない。 硬直する手紙の主に、滲む恋文が這う指先が伸ばされた。夥しい鮮血で紙の人形達が染まるまで、そう時間は掛からない。 ●ラブレター・ゴーレム 「E・ゴーレムに、とある女子高生が襲われる」 集まった面々に幼さの残る視線を向けて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はそう告げた。 「E・ゴーレムになった元は、彼女──明坂由実の書いた、ラブレター。長め、そして気持ちが込もりすぎてちょっと重めの、四枚セット」 淡々と続けられるイヴの台詞に、なんとも言えない空気が室内に帳を作る。誰かが言った。 「……い、居た堪れない」 熱烈ラブレターがエリューション化して、他人の眼前に晒される事になるのである。喩えそれが、E・ゴーレムを退治するべくやって来たリベリスタ達相手であったとしても。 続けるよ、とイヴが瞬く。 「由実のラブレターは受け取って貰えなかったみたい。だから、捨ててしまった。けれどラブレターはラブレターなりに、自分の役目を全うしたかったのかもしれない」 ──誰かに自分という、紙に綴られた想いを受け止めてほしいと、そんな風に。 憶測にすぎないけどね、と付け加えながら、イヴはモニターに地図を映し出す。 「由実が襲われるのはこの公園。急いで行けば、由実が攻撃される前にこちらが先手を取れる。さっきも言ったけど、ラブレターは四枚セット。E・ゴーレムもそれぞれそう強くはないけれど、四体いるの。気をつけて」 各々頷いたり同意する言葉を発したリベリスタ達へと、イヴはもう一度視線を遣ってから、こくんと頷いた。 「そうそう、それから、由実はリベリスタでも何でもないから、アフターフォローが必要かもね。出来れば、してあげて」 フられた直後に捨てた筈のラブレターからの逆襲とかやばい、みたいな意味ではなく──否、そこらへんの意味も少しばかり含んでいたかもしれないのだが、眼前で非日常的な行為が行われるかもしれないのだ。何らかの対応はした方が良いだろう。 もっと言うのなら、それ以前に明坂由実は──失恋したばかりなのだ。書いたラブレターを、受け取ってすら貰えずに。 「それじゃあ、いってらっしゃい」 すべてを伝え終えたイヴが、ひらりと一度手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:硝子屋 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月04日(日)22:46 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●失恋少女 「はああ……」 べそをかきすぎて汚れた頬をごしごしと掌で拭いながら、明坂由実は重く沈んだ溜息を結んだ。秋空の下、夕暮れの風が冷たくて心が曇る。受け取って貰えなかったラブレターの末路を思えば、拭った筈の頬に再び透明な雫が伝う。 「もう、泣くの、止めなきゃ……」 言いながらも涙は止まる気配を見せない。ずず、と鼻を啜ったその時だった。 「由実!」 唐突に名前を呼ばれた由実は、驚いた顔でその声の方を見遣る。視線の先には数人の集団があった。思わず身構えたものの、その中に見慣れた服装を見つけて瞬く。由実の通う学校の制服を纏った彼女が、先ほど由実を呼んだらしい──『超絶悪戯っ娘』白雪 陽菜(BNE002652)が、安堵したように微笑んだ。 「ごめんね由実、なんとか間に合ったかな~?」 「え? え? な、何の事……?」 陽菜の言葉が意味するものを察せず、困惑した様に由実が首を傾げる。いつもなら人気のない公園に集う八人のリベリスタ達を、それでも由実が警戒しないのは、陽菜からふわりと広がる優しい空気のお陰だ。 ついさっきまでべそをかいていたのだろう、由実の鼻の頭は赤く、涙の跡が窺える。生きていれば色々ある──失恋もその内の人生経験の一つだ。 「っても、ンな達観しろ、ってのは難しい話か」 零す言葉を拾い効いた由実が、何の事だろうと瞬いた。『眠る獅子』イリアス・レオンハルト(BNE003199)が歩んできた時と経験は、由実との半世紀近い差をくっきりと描き出す。 ──不意に、公園内に不穏な風が織り上がる。風に乗ってかそれとも自我か、予知の通りに文字の滲んだラブレターが四枚、由実を追い掛けて飛来した。 ラブレター・ゴーレムは、先行していた者が居たことに動揺するかのようにふわふわと滞空している。不審げにそれらを見上げた由実の顔が、真っ青になった後に真っ赤になって、けれどもう一度真っ青になった。忙しない。 「うそ、やだ、アレ私のラブレター! ななな、なんで? どーしてぇ!?」 彼女は今、どうしてここに自分が捨てた筈のラブレターが飛んでいるのかに驚いている。もう少しリベリスタ達が遅ければ、それは驚きではなく恐怖と痛みに塗り変わっていた事だろう。けれど、どちらにせよ。 「あーあ、見事なまでに泣きっ面に蜂」 肩を竦めて、『紅瞳の小夜啼鳥』ジル・サニースカイ(BNE002960)が呟く。彼女によって編まれた結界が、人を寄せ付けぬ力でその場を覆った。 何が起こったのか解らず、半ば呆然と公園を見回す由実の手を取り、『超守る守護者』姫宮・心(BNE002595)が優しく声を掛ける。 「コレは夢なのデス。その証拠に私は天使なのデス」 ほら、と笑って心がぱたぱたと背中の白い羽根をはためかせて見せた。そうして、私たちは貴方の希望なのだとも告げる。貴方が無意識で望んでいる未来への道なのデス、と──もう一つ重ねられた心の言葉に、それから突拍子もない事続きの状況に、思わずそれらを鵜呑みにした由実がきょとんと瞬く。 その遣り取りの向こうで、ラブレター・ゴーレム達が人形を取る。出来の悪いペーパークラフトめいたゴーレム達は、身体に滲む少女らしい丸みを帯びた恋文を受け止めて貰わんが為、哀切に満ちた声なき声を上げた。 心がそれを振り返り、そしてもう一度由実を見る。心の役目は「明坂由美を護ること」だ。 「さ、とりあえず離れましょう。あんなのに縛られても未来はありませんのデス」 「あ──……、でも、」 おろおろと、取られた手を振り離せないままで由実がリベリスタ達を順繰りに見詰める。偶然に視線が絡んだ『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)が、深みを帯びた微笑みをそっと浮かべた。 「そこの可愛らしい騎士さんについてお行き。さもなくば喰われてしまうよ?」 あの化け物たちに──と、リィンは囁く。狼狽していた由実は、それで漸く迷いながらもその場を離れることに同意を示した。 心に手を引かれ、後ろを気にしながらも由実が離れていく。これで明坂由実が自らが記した重い想いを、その身で受け止める凄惨な未来は立ち消えた。 ●滲んだラブレター 振られたあげく怖い思いまでするとは、護衛目標もツイていない──そんな風に考えて、『ガンランナー』リーゼロット・グランシール(BNE001266)は双眸をE・ゴーレムへ向けて眇める。揺れる金のポニーテールが、夕方の残照を弾いてきらきらと燦めいた。 「まぁ、自分はアークの任務をいつも通り果たすまで、です」 常通り、アークを第一に於いて考える彼女はそう言葉を括る。構えたリボルバーから放たれた弾丸が、蜂が襲いゆく様にしてラブレター達へと食らい付いていった。元は紙とは言えエリューションと化したラブレターは、それでも平然とぺらぺらそこに佇んでいる。 ──同じく前衛に陣取る位置で、輝く燐光を纏った日本刀がラブレターへと炸裂した。 「リア充爆発しろ!」 叫び出したいような心情を抱えた『原初の混沌』結城 竜一(BNE000210)である。ラブレター貰っといてウザいとか言ってんの? だとか、こういうバカがモテてなんで俺がモテないのかとか、悪そうなヤツの方がモテるってかとか、それらひっくるめてやっぱり叫び出したい。そんな激情迸る想いを攻撃へと乗せて、竜一の斬撃がラブレターを破いて貫く。 『私のことなんて知りませんよね。でも私、ずっと先輩のこと見てました!』 そんな、考えようによっては結構重めの台詞がばばんと書かれた、ラブレターの丸い紙筒めいた腕が振り翳された。その腕が風を薙ぐように下ろされた瞬間、前衛に陣取っていた三人の衣服や肌が裂けて鮮血が散る。 痛みに顔を顰めながら、『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)が言った。 「あなたに込められた「想い」受け止めてみせますっ」 由実の綴った想いは激しく、そして重い。為される痛みは出血を伴う。それでも逃げた心と由実の方へ、万が一にもラブレター達が追い掛けていかないようにと、ななせは踏み止まる。 構えたななせの鉄槌が、燦めく光を帯びて力を得た。撃ち振るってラブレターを殴打すれば、胴体を形成していた部分が真っ二つに割れる。 ──本当はこのエリューションと同じ様に、由実が恋した『先輩』もぶっ飛ばしてやりたいけれど。ぐっとそれを堪えて、ななせは気を抜かず居住まいを正した。 「さーて、悪夢をぶっ飛ばしに参りましたよ、っと」 前衛で呟いたジルの影が、意志あるもののようにして蠢く。援護する力に圧されるようにして、彼女の紫の髪が僅か、ふわりと浮いた。地面を蹴った爪先が、ジルが引き受ける手筈になっているラブレターの一体に接近する。 『先輩の事考えると、胸がいっぱいになって先輩しか見えなくなるんです! 先輩がいないと生きていけないんです!』 でろりと広げられたラブレターの身体には、一面に愛の言葉が綴られている。けれど視界に飛び込んで来る台詞を読み上げる暇もなく、その腕が先ほどと同じ形で再度振るわれた。痛みと出血を引き連れた鎌鼬が、ジル達を襲う。 その攻撃を身軽に避けようとしたものの、寸での所で間に合わない。ジルの悲鳴めいた声が上がる。 「当たらなければどうという事は無……ぷげぁ!?」 それでも彼女たち四名の前衛がそこに居るからこそ、後ろから放てる強力な力もあり得るのだ。 夕闇を切り裂くような眩い光が、弾丸となってラブレター四体に降り注ぐ。リィンが撃ち出したその力は、ラブレターの不出来な身体を焦がして融かした。 苦悩する様に頭部を打ち振るわせるラブレター達の姿に、リィンは告げる。 「君達はここで散る他無いんだよ?」 彼女──明坂由実の為にも。元は純粋な気持ちが書き上げた手紙とは言え、歪んだ力を持ち得てエリューションとなったのならば、放ってはおけない。 「……本気で手紙が襲って来やがる、何とも言えん光景だな」 活性化された魔力の滾りと奔流を身の内に感じながら、イリアスはラブレター・ゴーレムの暴れる姿を見遣りながらぼやく。そうして戦場に視線を走らせ、ジルが抑えているラブレターへと向けて力を結ぶ。 魔力によって編み上げられた人為的な劫火が、ラブレターへと取り付き燃え上がった。無機質なゴーレムは炎の中でもがき、けれど断末魔さえ示せず一体が燃え尽きてゆく。 燃え上がる手紙を見つめながら、陽菜が背後を振り返った。視線の向こうには、由実と共に居るのだろう心の姿だけが見て取れる。由実はどこか安全な物陰らしい。 「捨てた手紙とはいえ一生懸命想いを綴った手紙を、目の前で滅茶苦茶にされるのはもっと辛いと思うしね」 由実が戦場を見ていない事を確認してから、陽菜はラブレター達を振り仰ぐ。三体に減った彼らは、もうそれぞれ余り余力は残って居なさそうだ。 陽菜が繰り出す弾丸が、蜂の巣のようにラブレター達へと傷を創る。熱烈な恋文は既に無数の穴があけられ焦がされ燃やされ突き破られ、見るも無残な有様だった。 自分もラブレターを抑えながら、同じくななせが抑えるラブレターへと向けて、竜一が構えを取る。 「ラブレターたちよ、お前たちが居ては、あの子は前に進めない。断ち切ろう、想いとともに!」 その為に、全力を尽くすと決めていた。凄まじい勢いで抜かれた刀が、周囲の空気を引き摺り真空刃を為す。 自らの抑える対象にその攻撃が向けられていると悟ったななせが、すうと呼吸を整えた。前を見据える茶色の瞳に、赤茶の髪に、その体躯に電撃が纏わり付く。構えた鉄槌を──振りかぶった。 「いきますよーっ!」 充分な気合と共に放たれた必殺の一撃が、ぐしゃりと手紙の中心を撃ち潰した。『先輩って何が好きなのかな。甘いものが好きだったら、私、お菓子作りが得意だから食べて欲しいな!』と踊る文字が、千々に破れて地に落ちる。 残り二体となったラブレター・ゴーレムは、弱ったその身を引き摺り蹴るような仕草を見せた。紙片が擦れて中空に歪を生み出し、風の刃を作り上げる。『想い』を受け止めて欲しいと、或いは嘆きながら。 不可視の刃はリーゼロットの身体を嘗めた。肌が裂けて鮮血が流れる感覚に耐え、彼女は淡々とラブレターに言う。 「役目を終えたのだから大人しく塵になってもらえませんか」 アークより与えられた使命を果たす為、リーゼロットがリボルバーを構える。狙いすまされた弾道は、蜂の巣を描きながらラブレター二体を的確に貫いた。 もう一度、不規則な弾道がラブレターへと食らい付いた。投擲されたジルの氷の刃は、瀕死だった二対の最後の最後を削り切る。 「──これでおしまい」 沈みゆくラブレター・ゴーレムを見つめながら、ジルが呟く。 『……先輩が好き。大好き。愛してます。この学校で誰よりも。だから私、この手紙を書きました』 リベリスタ達の攻撃でぼろぼろになった由実の手紙は、そこだけ辛うじて、最後まで読める状態で残っていた。 けれど優しい夕暮れの風がひとつ流れて──耐えていたそれも、やがてちぎれて滓となる。 もう手紙は、手紙の原型を留めてすらいなかった。受け取られなかった手紙は、由実の予想外の行動を経たものの──いま漸く、その役目を終えて塵と化したのだ。 ●ラヴ・レターにさよなら E・ゴーレムが全て撃破されたのを確認した心が、由実を伴ってその場へと戻ってくる。聞きたいことが有り過ぎてもごもごと口元を曖昧にしながら、由実はちらりとリベリスタ達の方を窺った。視線を受けて、イリアスが言う。 「おい、女。お前に起きた事は、全て承知している」 「な、なんで私がラブレター書いて玉砕した事、知ってるの!?」 つい口が滑り易い性格なようだった。イリアスが肩を竦める仕草をひとつ挟んで、言葉の先を紬ぐ。 「その上で言うぞ、確かに失恋はした。こっぴどいフラれ方をしたのは解る、解るが……自分を卑下にするのは止めろ」 言われた台詞に、ぐ、と由実が詰まる。自覚は在るようで、そのまましょんぼりと下を向いた。気落ちしている様子の彼女へ向けて、イリアスは続けた。 「花、ってのはな。愛されれば、愛されるほど綺麗に育つもんさ。…先ずは、お前が自分自身を愛してやれよ」 そうしたら、フッてなけりゃ良かったと後悔するようなとびっきりの花が育つだろうよ、と──添えられた言葉に、ぱちぱち瞬いて由実が面食らう。そうなれば良いなあ、とすんと鼻を啜って目元を擦った。 泣くのを堪えるような、若しくは泣き出しそうな由実へ向けて、竜一が笑う。 「泣きたい時は泣いていいと思うぜ」 エリューションや自分達については口にしない。向けられた明るい言葉に、由実は驚いた様に顔を上げ、竜一へと視線を据えた。 「世の中、楽しい事ばかりじゃない。だからこそ、悲しみを知った君は、昨日の君より優しくなれるはずだ」 優しい君は、誰よりもチャーミングだと──そう括られた言葉に、由実はほんのりと赤面する。今時の高校生、そんな風に声を掛けてくれる男性など校内には居ないらしい。 由実は真摯な表情と瞳で以て、竜一の言葉を受け止めていた。悲しみを知った私、と、自らに言い聞かせるべく反芻する。 「今は思い切り泣くといいわ。辛かったらしばらく忘れて生きるのもいい」 そのうち自分の経験、記憶の一つとして思い返せる日が来るわ、とジルは囁いた。けれどその表情には、僅かばかりの陰りが宿る。アタシみたいに、楽しかった事も悲しかった事も、何も持っていないよりは上等だ、と。──それは、口にはしないけれど。 今時手書きの手紙で告白だなんて可愛らしい、とリィンが頬を緩める。愛や恋が随分と手軽になった現代では素晴らしい事だと、リィンは灰の双眸を由実へ向けた。 「時間が掛かっても良い、ちゃんと痛みに向き合って、噛み砕いて、君の糧とするんだ」 「私の、糧……」 自分よりも随分と幼い見た目であったものの、リィンの纏う雰囲気に、その向こうに透かし見る重ねたものの重さに──そして先刻眼にしたばかりの神秘を混ぜ込んで、由実はこくりと頷いた。 「人生は長い、また良い人に巡り合える事もあるだろう。その時に、同じ思いをしない様にね」 手向けられた台詞に、はい、と由実は頬に紅色を散らしてこくこく必死に頷いた。こっぴどく振られてしまうのは、これきりでもうたくさんだ。 「いまはめいっぱい泣いて……泣くのに飽きたら、元気になってねっ」 明坂さんはとっても素敵だから、だいじょうぶ! と、ななせに太鼓判を押されて由実は頬を染めた。同年代の可愛い女の子に言われると、やっぱり嬉しいらしい。 「そ、そうかな?」 「こんなに想いが込もったラブレターを書けて、それを渡す勇気があるんだもん」 だから絶対素敵な彼氏さんをげっとできるよ、だなんて失恋直後の励ましにはとびきりだった。頬をぴかぴかにして、何度も何度も由実が頷く。 由実の前へと、陽菜が進み出る。柔らかな雰囲気を伴う陽菜は、甘い声音で言葉をそっと、由実へ向けた。 「アタシ達はね、由実の前に進もうっていう気持ちが具現化した夢なの」 失恋の想いが生み出した、あの手紙に心奪われるのを阻止するために──……。 非現実的な経験と、暖かな気持ちを伴って差し出される励ましの声に、由実の心はすっかり輪郭を無くすほど解けていた。夢、と差し出されたその単語を飲み込んだ、ぼんやりと頷く。 「明日はきっと素敵な未来が待ってるはずだから!」 望む言葉ばかりだった。あ、と、何かを──何かを言おうとして、由実の唇が戦慄く。 「では、明坂さん」 凛と言い放たれた心の声に、由実は視線を奪われる。広げられた羽根に、神秘の象徴めいたそれに、釘付けになる。 「お幸せに。大丈夫。貴方ならなれますのデス」 「……あ、」 柔らかく告げられた声に、やっぱり由実は何かを返そうとして──けれど結局、出来なかった。背後から回されたリーゼロットの掌に視界を覆われ、遮られる。 「人生一度きり、チャンスは幾千。後悔せぬ様に生きる事です」 リーゼロッテはそう言って、由実の頸部にスタンガンを押し付けた。衝撃が、女子高生の身体から意識を奪い去る事など容易い。びくんと一度身体を跳ねさせ、由実の全身から力が抜けて弛緩する。 ブラックアウトした意識が次に目覚める時には、リベリスタ達はもうこの場に居ないだろう。 ──日もとっぷり暮れた頃、公園のベンチに寝かされた由実の指先が戦慄く。 微かに残る痛みに顔を顰めながらも、目覚めた由実が真っ先に思い出したのは無論、夕暮れの不思議な出来事だった。 けれどどれだけ公園内を見回したって、そこにはいつもの風景があるだけだ。何かが行われていた痕跡などちっとも見当たらず、由実は瞬く。 「……夢、だったのかな、」 夢だと、彼らは言っていた。大切な言葉をたくさん貰って、それらは全部、由実の心の中で輝いている。明日からも笑って過ごせる筈だと、心の内側から励ましてくれている。 身体を起こすと、何かが落ちている事に気付いた。その何かが花であるのを知れば、由実はそれを大切に拾い上げて指先に摘む。くるりと回して、笑った。 「──私の夢なのに、変なの。『ありがとう』って伝えられなかった事、こんなに気にしちゃってる」 それがネリネと呼ばれる花である事に、由実はまだ気付かない。 花を片手に、由実は帰路を歩み始める。彼女を心配して近隣から見守っていた陽菜は、ほっと胸を撫で下ろして微笑んだ。 「……頑張ってね」 囁きは届かない。けれど由実は掛けられた言葉に違える事なく、失恋の苦を踏み締めながら明日からも生きてゆくのだろう。 リベリスタ達から貰った言葉を、宝物にして──……。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|