●動物好きの少年はノーフェイスになった。 『ウオォオオオォ――……』 犬に似た遠吠え。 その獣の唸る陰でかすかに、元少年のすすり泣く声が漏れた。 彼の名は、仮に-ユウイチ-としておこう。顔は黒く翳り、着ていた衣服の大半は変容した皮膚で引き裂かれズタズタになっていた。 「あぁぁ、ラスタ……もうやめてよォ」 飼い犬のラスタによってつい先ほど殺害されたのは、何の罪も無い警備員の男性。食うわけでも無し、ただ自分たちの姿を見た者を殺戮して逃げ回るだけ。 本を正せばすべては自分のせいでこうなった。 しかしその理由を彼自身も知らない。 己の身体が変わりゆくにつれ、周りもおかしくなった。 その中でも一番自分と近く長く過ごした友、チワワ犬のラスタ。……彼がかくも酷い殺戮モンスターになろうとは。 「だれか、たすけて」 一体誰が望んだ運命だろう。 月明かりも消えた夜。おぞましい獣の陰で、元少年は泣いた。 ●ブリーフィングルーム 「皆さん、お集まり下さってありがとうございます」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は一通りの挨拶を終え、依頼の概要を語り始めた。 どこにでもいるごく普通の少年だったユウイチの残酷な運命。 「これまでに殺害された人数は延べ十一人。目標のエリューションは現在も、市街に留まり逃走を繰り返している模様です。なお、少年と飼い犬共にフェーズ2まで進行しており、危険です」 ユウイチは攻撃防御共にやや神秘系に強く、自己治癒能力も具えている。 飼い犬のラスタはスピードとパワーに秀でた物理系特化型。狙った対象を一気に屠る強靭さを持つ。 また両名とも中近距離射程が最も得意とするフィールドである。 「逃走の経路はこちらでも追跡調査中ですが、まだ詳しい位置は掴めていません。ですが次の犠牲者を出す前に、どうか皆さんの力で無事解決に導いて下さるようお願いします」 まだ幼い彼に出来る事、それは唯ひたすら逃げ回る事。 誰も望んではいない結末。見たくはない現実。 それでも踏み出さねばならない世界。 * ●依頼目的 目標のエリューション二体の行方を追い、これらを討伐すること。 逃走を許さないこと。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:小鉛筆子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月29日(火)23:24 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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……ボクノ居場所ハ何処デスカ。 生キテイラレル所ハ……有リマセンカ。 ●No-Faith, 「これが時系列順に並べた犠牲者の発生場所と人数だ」 廬原 碧衣(BNE002820)は、作成したメモ紙を広げて見せた。 2日/夜間、高架鉄道の線路下:三名。 3日/未明、四丁目交差点:二名。同、コンビニ付近の駐車場:一名。 6日/明け方、雑居ビル四階の非常階段付近:一名。 8日/夜間、ファミレス店舗裏:一名。 14日/夕方、公園のトイレ:一名。 26日/未明、デパートの地下倉庫:二名。 地図上でそれらの足跡を辿ってみると、少年が食糧と隠れ場所を求めて市街のあちらこちらを転々としていた様子が窺える。 「逃げるのに必死だったんだね……」 最初の二日間で六人が犠牲となり、以後次第に日数が空くようになっている。 彼は自分が人目に触れる事で誰かが死ぬのを恐れたのだろう。けれども、そう長い間空腹に耐えられるものでもあるまい。どうにかして食べ物を得ようと彷徨い歩いている内にまた何人かが犠牲になった。 彼の 「生きたい」 という当然の願いが、他人の生を奪ってしまう。 かといって自ら死を選ぶ事も出来ない。 生と死の袋小路に追い遣られ、行き場を失い、空腹と孤独の苦しみをじっと耐えるしかない日々。 ユウイチ少年の事を想い、【食堂の看板娘】衛守 凪沙(BNE001545)は、やるせない気持ちで一杯になる。 「何も悪いことしてないような子がどうして狩られなきゃいけないんだろう」 あとひと月もすれば、楽しいクリスマスだというのに。 碧衣は静かに首を振る。「運命って奴は相変わらず残酷だな」 大した一方通行の愛だ、反吐が出る、と【眠る獅子】イリアス・レオンハルト(BNE003199)も一層目を吊り上げて足元へ刺すような視線を向けていた。 「普通の少年が些細な間違いで世界の毒へ変わる。……訳も判らず死を望まれる事が哀れでなりません」 【祈りに応じるもの】アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)も同感だった。 少年の罪状を書き連ねた文書を、風は奪い取ろうとするかのように強く吹きつけた。 「今夜は一段と冷え込みそうです」――そんな予感をリベリスタ達に抱かせて。 * スゴクオ腹ガ減ッテ、寂シクテ、イツ死ヌンダロウッテ考エルト怖クテ……。 全部全部、早ク忘レタイ。 ……死ヌナラ、ハヤク。 ●No-Peace, 八人は二手に分かれて調査や段取りを確認し、エリューションを囲い込む作戦を組み立ててゆく。 「向こうの方から痛い程の悲しみを感じます」 【ヴァイオレット・クラウン】烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の感情探査に捉えられたユウイチのものと思しき感情。その場所へと向かう。 「どう?」 線路沿いの細い坂道の途中にあるマンホールの前で、【素兎】天月・光(BNE000490)は探査を試みる仲間の様子を固唾を呑んで見守っている。 「……うん。熱反応あり。確かにあの下にいるね」 凪沙は頷いた。 線路の向かいは建物の裏手にあたるため日当たりが悪く、日中でもここを通る人は少ない。 「どんな様子だ?」 桐生 武臣(BNE002824)が、ぽそりと尋ねる。 彼の質問に 「う~ん」 と唸った後、ハガルはいくつかの感情を並べた。 空腹、寂寥、憤懣、落胆。 * すべて準備は整ったと仲間からの知らせが届く。 周囲に結界を張り巡らせ、アラストールはマンホール傍で監視を続けていた。 「了解」 手短に応答したあと一度気持ちを落ち着ける為に深呼吸をする。 ………。終電は終わった頃だ。線路を叩く列車の音はもう聞こえてこない。 「では、作戦を開始します」 アラストールは盾を構えて歩を進める。すぐにマンホールの下で音がした。 犬の威嚇する声だ。 「今の恐ろしい声を聞いたか、近付けば命は無いぞ」、その様に聞こえる。 外灯の光がアラストールの足元に自身の影を映し、歩を進めるごとにマンホールのほうへと薄く伸びてゆく。影の頭が伸びれば伸びるほど威嚇は荒々しさを増す。「脅しじゃないぞ、本気だぞ」、最後の警鐘を鳴らすかのように。 煙る白息……。「ハァ…ァ…フゥ……」 緊張が高まる。影が、マンホールに達した。 ガコッ。 『――ガウガウガウガウッ!!!』 肩に伝わる凄まじい衝撃。 放り出された鉄の蓋が線路沿いのフェンスに落ちて激しい音を鳴らす。 食らい付く化け物をアラストールは柄尻で叩き落す。 「もうやめてラスタ!」 少年が顔を出した。否、最早少年と呼ぶには痛ましい姿ではあったが。 イリアスと光が物陰から降り立ち、少年と対峙。目を見張る彼へ二人は言う。 「初めまして。俺は君達にとっての死神だ」 「君たちが生きたいと思うのは正しい。だから、ぼくたちは『悪人』だ! 怖いぞ逃げろ!」 そして彼は逃げ出した。 「サテ、オイカケッコデマケルコトハマズナイカナ」 【音狐】リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は人間離れした足の速さで少年の向かう道へ先回りし、所定のポイントへ追い込むよう立ち塞がる。 飼い主の危機を察知した化け物は脇目も振らずに走り出す。アラストールが最後にその後を追う。 各所に待機していた仲間達はアクセス・ファンタズムで通信し合い、確実に逃げ道を塞いで行きながら彼らを追い詰めていった。 最終目的地は建設半ばのビルの中。そこを選んだ理由は、主に二つ。――人目の無い事と、下へは逃げられない事。 「ごめんなさい、ごめんなさい! どうかゆるして下さい、あぁぁあぁ、ああっ……」 ユウイチは泣きながら懇願する。 「君は悪く無い」 と、アラストールは穏やかな口調で答えた。 「あぁ、そうだな、君に罪はない。だがな……もう、人が死んでしまったんだよ」 イリアスの鋭い眼がぎゅっと細く窄められる。 「今、君を救えない私達を恨んで良い。……憎んで良い。ただ、……すまない少年」 大剣を佩く少女は、ユウイチ達を直視出来なかった。 ラスタはユウイチを庇うように立ちはだかり、必死に牙を剥く。声を裏返して吠え立て、八人をたった一匹で相手取るつもりでいる。 「やめてよォ、やめてってば~」 先制をとったリュミエールの音速の刃がラスタを切る。壁を伝い円を描くように天井を駆けると、そこから三角跳びの要領で敵の牙を避け、ナイフを当てる。 流れる水の動きで凪沙が迫り、燃える拳をラスタへ叩き込んだ。そこへ光が剣を振るい足場を崩し、反撃に出たラスタの体躯をアラストールが受け止める。 更にリュミエールは攻撃を加え、回避を試みるラスタへ碧衣の放った気糸が絡まりもんどりうって転がった。 「本当は『友達を守ってる』だけなのかもしれねぇ……だがな、ラスタ!!」 「――やめてよォオオォォッ!!」 碧衣のトラップネストにかけられたラスタを見てユウイチは取り乱す。 武臣の撃ち込んだ弾丸をユウイチは身を挺して受けた。 「痛いぃッ!!」 脇腹に食い込んだ衝撃に悲鳴をあげる。 「……楽ニシテホシイナラシテヤルヨ」 リュミエールは攻撃の手を止めない。上へ下へ足場を切り替えながらラスタを完膚無きまでに翻弄し叩きのめす。 「知ラナカッタノカ? 音狐カラハ逃レラレナイ」 「やめてください、ごめんなさい……何でもしますから~ぁ!!」 「ユウイチくん、君がどうしてこういう状況になっているか教えてあげる」 光は、エリューション化現象について説明する。このままじゃ大勢の人が不幸になる、だから君たちには死んで貰うしかないのだと。 「ゆるしてください……ぃぃ」 体中から血を流し、突っ張る四肢もわなわなと震えている。焦点も定まらず喘鳴の混じる荒い息づかいがコンクリートの壁に反響し、最期の予感を抱かせる。 元は小さな可愛らしいチワワが、人間を相手にたった一匹で戦い続けているのだ。 目一杯のちからを振り絞り、ラスタは駆けた。云い様の無い罪悪感がリベリスタ達の心の内を掻き乱す。 「アスタ・ラ・ヴィスタです、ワン公」 ハガルの放ったヘッドショットキルが、化け物の脳幹を撃ち抜く。初めてラスタが『キャンッ』と、悲鳴をあげた。僅かに吹き出した血の雫が床に小さな点を打った。 「――わあああ゛あぁあぁあぁああッ――!!!」 絶叫するユウイチ。 狂ったように大声をあげながら少年は愛犬のもとへ駆け寄る。 ラスタはもう、ぴくりとも動かない。 「なんで殺した……なんで殺したぁああああっ!!?」 「ごめん……。逃がしたらもっとひどいことになるから。心まで怪物になっちゃうから。人間として終わってよ」 凪沙の心にも悲しみは深く突き刺さる。 白黄色に変容し罅割れたアスファルトの様なユウイチの皮膚から突き出た鋭い物に、赤い血の色が溜まってゆく。 グキグキと握る拳が肥大化し、亀裂がはしる。 眼の色が変わり、穏やかさが失われる。 「殺シテヤル」 ハガルを狙って飛び掛るユウイチ。 「殺シテヤルウウゥゥゥッ!!!」 太い柱にハガルを押しやったユウイチは手首から突き出た鋭い突起物で彼女の首を絞める。柱を中心に周囲が小刻みに揺れ始め、強い念がハガルへ押し寄せて来る。 「助けてあげるとは言えなくてごめんね」 怒り狂う化け物になった少年の目に涙が浮かんでいる。 「今のお前達は、『世界の敵』。けどな……、オレの全てに誓って言う。お前もラスタも、本当は何も悪かない。……悪かぁないんだ」 スッと背後へ忍び寄った武臣の手がユウイチの喉元を滑り、水風船が破裂する様に血が吹き出た。悶えながらもユウイチの傷はすぐに塞がってしまい、致命傷には至っていない。肩で息をしながら跳んできたリュミエールへカウンターを返したユウイチへ、飛び退きざまハガルはバウンティショットを連射。 「せめて苦しくないように、痛くないように……即死とかだったら楽なのかな」 凪沙の目に映るユウイチは埋め込まれた弾丸に体躯を縮めて苦痛の呻き声をあげている。 「綺麗な結末など望めやしないが、それでも……」 狙いを集中させて碧衣はトラップネストを放った。訳も分からぬ内にユウイチは糸に絡み取られてゆく。 アラストール渾身のヘビースマッシュがユウイチの肩を割る。 凪沙の業炎撃が黒煙を上げながら敵の体に着火し、皮膚を焼き焦がす。 滅茶苦茶に拳を振り回すユウイチをかわして逃げる凪沙。牽制するようにイリアスのマッジクミサイルが飛び、間を縫うように光のソニックエッジが敵の腕を切り払った。「安らかに眠れ――」 刹那、つむじ風が通り過ぎ、ユウイチの心臓をリュミエールのナイフが貫いていった。 * ボクハ死ンデシマッタケレド……皆ガ居ルコノ世界ヲ、キライニハナリタクナイ。 デモ、皆ノ生キテルコノ世界カラ、忘レラレルノガ、タマラナク寂シイ。 ●and No-Salvation……. 「ほんの少し運命が違ってたら普通に生きて、普通に死ねたはずなのに」 「こうなっちゃう前に予知ってできないのかな」 エリューション化を止める手立ては現在のところ解明されてはいない。フェイトを得られぬ存在は、納得のいく理由など示されないまま、この世から淘汰されるしかないのだ。 「こんな物が救いとは言いはしないが……」 碧衣はラスタの首輪をユウイチの手に握らせてやる。「また、向こうで仲良く散歩でもしてやるといい」 「意味はぼくたちが決めるものじゃない。彼らが決めるものだよ」 意味は、有ったのだろうか。願わくはそう信じたい。 二つの亡骸を武臣は自身のマントと羽織で丁寧にくるんでやる。 「どうせ葬るなら、一緒に弔ってやれ。それぐらいは許さるだろう?」 と、横からイリアス。 「アークに戻ったらスタッフの人にお願いしようよ」 光も二人を一緒に埋葬してあげる事を強く希望していた。 「そうだな」 武臣はそれらを束ね、背に担いで煙草に火を点けた。………フゥーッ。 重みを含んだ呼気が男の肺を満たす。 (この重み、今日の煙草の味を、オレは決して忘れない) 風が止んだ代わりに、街は一層冷たい静寂に包まれていた。 昇る煙を追って夜空を仰ぐ。 彼らを背負いながら、武臣は彼らの全てを背負い戦い続ける事を誓う。 血の一滴すら残さず滅せられるまで、運命が燃え尽きる最後の刻まで。 「こうして世界は守られました、めでたし、めでたし……か」 馬鹿馬鹿しい、と言ってイリアスは吐き捨てた。この世界の無情さを、手を差し伸べられないやるせなさを。 「本当に今日は――」 芯まで根を下ろす夜の寒さに両腕を抱えるハガルの胸に、一片の白い結晶が舞い降りた。 「雪……?」 頼りないほど小さな粒は手に触れる前に融けて無くなってしまった。驚きながら上空を見仰げば、ちらちらと踊る沢山の小さな光がゆっくり地上をめざす光景が夜空一面に映える。 「二人はちゃんと向こうで会えたのかな」 落ちてくる雪を手のひらに受けながら、凪沙はぽつりとささやいた。 決して雪の欠片で二人が救われるわけではないけれど、こんな他愛もない雪の欠片でさえ、人の心に束の間の慰めを与えてくれるならば。 「――そうであってほしいものだな」 碧衣は夜空に向かって答えた。 「信じましょう」 と、アラストール。 凪沙は笑顔で振り向いた。溢れ出した涙がその拍子に頬を滑り落ちていった。 光の言葉を借りるなら、この雪に意味があるかどうかを決めるのも、彼ら一人一人に与えられている自由、と云う事なのだろう。 * No-Faith,No-Peace and No-Salvation. Nevertheless we believe. すべての人々に幸福を。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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