●カフカ ある朝、なにか気がかりな夢から目を覚ますと。俺は自分が寝床の中で一匹の巨大な毒蟲に変わっているのを発見した。 ——フランツ・カフカ『変身』。 学生の頃に読んだこの中編小説の冒頭をそのままなぞるような朝を迎えたのは、ひと月ばかり前のことだろうか。 芋虫のような身体。声を出すこともままならない。 そんな私の、緑色の粘液に塗れた汚らわしい身体を。 それでも妻は、温かいタオルで優しく拭う。 「さあ、あなた……綺麗にしましょうね……」 誇るべきところの何もない、人ですら無いこの私に。 息子は今日も食物を運んで来てくれる。 「ほらパパ。パパのだいすきなキャベツをもってきたよ。たくさんもってきたんだ。 いっぱい食べて、元気になって、はやく元のパパにもどってね……?」 確かカフカの毒蟲は、家族に邪見に扱われ。果ては投げつけられた林檎が致命傷になって死んだのだったか。 その点俺はどうだ。 こんな姿になってしまった俺を、それでも必死で守ってくれる家族がいる。 俺が化物でも、愛すと言ってくれる妻と子がある。 ああ俺は幸せだ。 俺は、幸せだ……。 ●可/不可 「今回の討伐対象の中核となるのは、つい先日フェーズ2……戦士級への進行が確認されたノーフェイスです」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は、ファイルに目を落としたままその内容を訥々と語り始める。 「対象はその異様に因み『ザムザ』というコードネームを与えられました。 人間をベースとするエリューションであるノーフェイスが、最初からここまで人間離れした姿、まして他の生物に近い形態に変じるのは本来珍しいことなのですが……」 そこで言葉を切る和泉は、ファイルを一枚、めくる。 「幸い、といいましょうか。怪物じみた外見に反して気性は非好戦的、自らの領域に隠れ潜むことを好む個体のようです。 向こうから積極的に襲ってくることはありませんから、接敵後速やかに火力を集中すれば速やかな撃破も可能だと考えられます」 一見淡々と説明を続けている和泉だったが、気づく者は、気づいただろう。ファイルを読み上げる彼女が、未だ一度も、顔を上げないことに。 その声に籠る感情が、必要以上に、殺されていることに。 「問題があるとすれば一点。この『ザムザ』の近親者が、対象撃破の障害となる可能性が高いのです。 彼らは毒蟲のエリューションと化した彼を、未だ人間と……『家族』と認識しています。こちらが攻撃しようとすれば、必ず阻止しようと動くでしょう。 躊躇せず、斬ってください」 家族は、一般人ではないのか? 問いかけるリベリスタたちの視線に答える代わりに、和泉は説明を続ける。 「この家族もまた、『ザムザ』に影響を受け革醒したノーフェイスであり、『ザムザ』より優先順位こそ下がるものの討伐対象であることに変わりはありません。 フェーズは母子ともに1。彼らにはまだコードネームが付与されていませんが…… 『ザムザ』も含め、彼らが人間であった頃の名前など、敢えて知りたくはないでしょう?」 その問いかけには、悲壮が滲んだ。 「巨大な芋虫と化した父親を受け入れた時、彼らの心の何処かが、壊れてしまったのでしょう。彼らは自らがエリューション化した事実を認識していません。いえ、実際には気づいていても、それを受け入れてはいないのです。 彼らは自らが世界の調和を乱す存在だと、無自覚です。 更に有り体に言うのなら、彼らは自らを人間だと信じて疑いません。 それでも斬ってください。彼らを。 できる、できないなんて可/不可を問う段階はとうに過ぎました」 和泉はファイルを閉じると、リベリスタたちを真っ直ぐに見据える。 「『ザムザ』は、著しいフェーズ進行速度を持った個体です。放置すれば、遠からずフォールダウンに至るでしょう。 救いのない結末を約束された依頼ではありますが……。 アークの名の下に、『正義』を為してください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:諧謔鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月25日(金)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●その名を問う 「お帰りなさい、あなた」 「ああ、今帰ったぞ×××」 「パパ、おかえり!!」 「ああ、ただいま」 「ねぇ、プレゼントは!?」 「勿論買ってきたとも。だけど本当に良いのか? 誕生日プレゼントが、ランドセルで。 入学はまだ先だし、なにも誕生日でなくとも……」 「……ううん。ぜったい誕生日(きょう)がいいの。 だって、僕小学校へ行くのがとってもたのしみなんだもん。 これから毎晩、ずっと、ランドセルをながめて学校のこと考えるんだー」 「そうか。大きくなったな……五回目の誕生日、おめでとう。×××――」 ………… ねぇ、きみの、なまえは……? 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、静かに俯き。 追憶の中でその家族に問うた。 ………… 「天原。お前は知っているのだろう? ならば答えよ。今より我が討つ『三名の民』の名を」 ブリーフィングルームに居残った『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)は、和泉に問う。 「胸の内に仕舞うには、貴様のような小娘には少し重い。 それにな……斯様に悲痛な面持ちのまま我を送り出して欲しくは無いのだ」 ファイルを捲り、三つの名を告げる和泉の指は。 気丈を装ってもくしゃりと紙を歪ませる。 刃紅郎はそんな彼女の不安を、強さではなく優しさによって両断するように。 堂々と、笑んだ。 「確と託された。安心して報を待て――我が全て、終らせてやる」 ●その由を問う 「私たちが何をしたというの!!」 悲痛な叫びとともに突き降ろされた包丁の切っ先を『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)は小太刀の峰に受ける。 「別にあんたらは何一つ悪くねえよ。憎んで良い。怨んで良い。 釈明も言い訳もしねえ。俺はあんたらを殺しに来た!!」 ドアを打ち破ったリベリスタたちを、驚きに目を丸くして迎えた彼女の白いエプロンは。 既に幾度となく交わした刃によって、ずたずたに割けて血に染まる。 つい数分前まで、夕食の魚をグリルしていたのが嘘のように、夢幻のように。 今また繰り出される鋭い斬撃の波に肩口を抉られ、飛び退きながらその目は尚も戦意に滾る。 「私たちが誰を傷つけたというの!!」 次に繰り出された一撃は、『超重型魔法少女』黒金 豪蔵(BNE003106)の腹へと突き刺さる。 しかし豪蔵がむ、ぐぅ、と腹筋に力を入れると。刃はその厚い筋肉の壁を突き抜けることなく止まった。 「大切な人を守りたい、その思いは確かに理解いたしますがな」 巨躯の『魔法少女』は、妻だったエリューションの肩をがしりと掴む。 「然し、他者を害する、人に似て非なる物になったのでしたら、容赦は致しませぬ!! マッスルキャノンを受けなされ!!」 ぴったりと張り付くコスチュームに浮き出た大胸筋がぴくりと動き。 まるで筋肉から射出されたかのような十字の光が、彼女の身体を貫いた。 「が……はっ!?」 よろめいた彼女は間近の人物のコートを掴むと、その顔を見上げて、問いかける。 「貴方たちには、私たちが見えないの!? この姿が分からないの!?」 その問いかけは奇しくも『闇夜灯火』夜逝 無明(BNE002781)に向けられた。 無明は霞んだ青い目を、すうと細める。 「ああ、見えるよ。君達は残念ながら揃って道を見失っているね。 でも君達の仲を引き裂くことはしない。 全員揃って同じ冥道を歩めるよう、私が照らそう」 「……!!?」 深く息を吸い込んで。無明は得物を振り上げた。 ずん、という響きとともに、天井から埃が舞う。 「っく……!! まだ、大人しくしていて!!」 ザムザを押さえ込む役目を担った『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)は、体当たりによって生じた木の裂け目からドアを喰い破ろうとするザムザの口内に向けて、捩れた祭器の先端をずぶりと突き入れる。 かつて人間だった毒蟲は、声ともつかぬ怪音を発し緑色の粘液を吐きながら、部屋の奥へと後退した。 「やめてよ!!パパをぶたないで!!」 刃紅郎の一撃によって左腕を消し飛ばされた少年は、残る右手に父親のゴルフクラブを揺らしながらセルマに組み付こうとする。 「パパを斬らないで!! 僕の大好きなパパを!!」 闇雲に、しかし人ならざる筋力で振るわれるクラブを。『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)はアタッシュケースを盾に受ける。 それでも乱打を続ける少年に向けて、エレオノーラは語りかけた。 「ねぇ、聞いて。奥の彼も、貴方も母親も、とうに常人ではなくなったわ。そして、それはあたし達も」 「うわぁあああああ!!」 クラブの柄があっという間にぐにゃぐにゃに成る程の力。またそれを受け続けて尚、立ち続ける力。 どちらも人ならざるもの。 「パパを殺さないで!! 僕のパパを殺さないでよ!!」 息子の声に呼応するように、寝室のドアの向こうでザムザが吼えた。 扉を封じていたセルマの膝が、がくりと落ちる。 「毒……!? そうか、さっきの裂け目から漏れて……。 ……っ。攻撃は甘んじて受けましょう。ですが、通す訳にも倒れる訳にもいかないんです!」 セルマはその背で裂け目を塞ぐように立ち、踏みとどまる。 「大丈夫か?無理をするなとは言わない。 その分回復はまかせるのだ!!」 雷音の魔導書から放たれた光が、セルマへと移り、その身から毒を除く。 「あはははは、あはははは、ねぇ、知ってる?」 少年はエレオノーラの剣撃に圧され、後退しながらもたがが外れたように笑う。 「パパはパパはキャベツしか食べないんだ。 パパはキャベツしか食べないのに!!」 「いつまでも、閉じた箱の中で幸せに包まれていられるのなら、さぞや幸せでしょうね」 エレオノーラは、閉じた匣の中で『人間』を演じていた家族を想い、呟く。 「……もっとも、あたしはごめんだわ」 「パパはキャベツしか食べないのに。 キャベツしか食べないのに。 キャベないのに。キャ。キャベツ」 エレオノーラと刃を交わすにつれて、少年は次第に壊れてゆく。 「キャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベツキャベ、ぶ」 狂ったレコードのように繰り返す言葉の奔流を止めたのは。 『エリミネート・デバイス』石川 ブリリアント(BNE000479)が濁った瞳で突き出す大太刀だった。 小さな背中を貫いて腹へと抜けるそれは、未だ雷電を帯びて燻る。 「私はアークの命じるままに、全てを斬り伏せる……」 貫かれたまま声にならない問いかけを視線に投げかける少年に向かって、ブリリアントは応えた。 「私は理の秩序に拠って立つ人類文明をこそ信仰しているのだ。 それを外れた貴様らを斬る事に、何の躊躇いも無い。 たとえ自ら望んでその有様に成り果てたわけでは無いとしても……」 なんのためらいもない、もう一度そう呟いた切っ先は次第に下がり。少年の小さな肢体はずるりと床に落ちた。 「……なんだ。視覚が洗浄液でぼやけている。 帰還したら機能の再調整が必要だな」 血に濡れた袖口で拭ったブリリアントの目元に、掠れた赤が延びた。 ●その名を呼ぶ 母親は凍夜、豪蔵、無明の三人を相手どって未だ抵抗を続けている。 しかし一角が落ち、余裕の出来た雷音は傷癒術を以て味方の傷を癒して回る。 「さあ。君で最後」 雷音がエレオノーラの元へ向かおうとした時だった。その足を、小さな手が掴む。 「いたい……いたいよ……おねえちゃん、僕も、たすけて……? ……しにたく、ないよぉ」 「っ……!! この子、まだ……」 見下ろした雷音は、思わず息を詰まらせた。 鴉の式神が、雷音の頭上でじっと彼女の命令を待つ。 「扉、もう保ちません!!」 セルマの叫びに、リベリスタたちの表情に焦りがよぎる。 僅かに漏れ出した程度でも猛毒を受ける瘴気。おそらく今頃は、奥の寝室一杯に満たされていることだろう。 まだ一体もとどめを刺せていないこの状況で、全員が毒霧を浴びるのは、まずい。 と。 「『瀬田 良司』!! その妻『美和』!! そして息子『良太』!!」 響き渡った刃紅郎の朗々たる呼び声に、名を呼ばれた者だけではない。 仲間のリベリスタたちですら、そして破れた窓から流れ込む風ですらも、一瞬ぴたりと、その動きを止める。 「――以上三名、我に命を奉げてもらう」 刃紅郎は、人外の異形となった者の名を呼ばわった。それを『人間』として斬るために。 その剣に、魂の業を刻むために。 刃紅郎は足下に横たわる少年の首に向けて、大剣を振り下ろした。 刃の彼方に少年の命を。刃の此方に『正義』を。 一文字に斬り分けるそれは、残酷な、選別。 そして息子の死を前に絶叫し、駆け寄ろうとする母親を。 凍夜が追いついて背中から袈裟懸けに斬り捨てた。 母子だったものは折り重なるように倒れそして、今度こそその動きを永遠に止めた。 凍夜と無明がテーブルクロスで包んだ二人の遺体を抱えて浴室へと消えるのと、寝室のドアが遂に破れたのがほぼ、同時。 リビング全体を即座に毒霧が満たす。視界が塞がる程の、濃密な毒。 家族の悲痛な叫びを聞きながら、それでも尚助けることのできなかった父親の嘆きが、叫びが。恨みが。 出血性の毒となってリベリスタたちの臓腑を蝕んだ。 毒蟲の怪物は、溢れ出す瘴気にあてられくずおれたセルマを曳きながら、リビングへと突入する。 「ちっ、餓鬼も女も逃がしたか。仕方ねえ、蟲の方を優先するぞ!」 声を張り上げる凍夜の肩に、無明はそっと手を置く。 「無駄かもしれないな。ザムザはおそらく血の匂いに悟っただろう。 蟲の視力はそれほどないと聞く。であれば私と同じだ。家族の匂いは、きっと、分かる」 浴室の中に横たわる二人を見下ろして、凍夜はぎり、と奥歯を噛み締めた。 「……悪い。少しだけ辛抱しててくれよ」 最後に浴槽を一瞥すると。 二人はまだ毒に冒されていない浴室の空気を胸一杯に吸い込んで、リビングへと駆け戻った。 リビングではリベリスタたちが円陣の中心に回復役の雷音と豪蔵を囲みながら、リビング中を這いずり回っては毒霧を吐きかけるザムザに応戦していた。 「がはぁああ」 そして今また、濁った桃色の煙がリベリスタたちの足下に流れる。 「何、また毒霧か!?」 「違う、天使の息だ!!」 見ればその煙は豪蔵の口に端を発し、確かに損傷を癒しているようだった。 雷音と豪蔵は手分けして回復に当たっていたが。 狭い室内に度重なる範囲攻撃。回復の手は足りず、ここで無明が戻ったことによってようやく全体の毒が消え去った。 「反撃に転ずる!!」 ブリリアントの振るう大太刀の一撃を、その芋虫状の姿に似つかわしくない跳躍によって躱したザムザだったが。 空中に浮いたその巨躯を、エレオノーラのトラップネスト、気糸の網が絡めとる。 「この筋肉の輝きを見よ!!」 不動の的を狙った豪蔵の一撃はしかし、丸まって硬化したザムザの体表を前に阻まれた。 代わって浴びせかけられるザムザの糸が、豪蔵のそれ以上の攻撃を封じる。 しかし次々に浴びせられる追撃―― 壁を蹴って飛び上がり、振り下ろされる凍夜の刀が。真下から牙を剥く刃紅郎の真空の刃が。 少しずつザムザの皮膚を削り、ひび割れた表面から緑色の体液が漏れ出す。 このまま袋叩きにされるのを避けようと、ザムザは硬化を解いて口から酸の霧を吐いた。 酸は天井を焦がし、気糸の網を溶かして毒蟲は床へと落下する。 そこに待ち構えていたのは。 「はぁあっ!!」 命の炎を燃やして立ち上がり、大上段に祭器を構えたセルマ。その研ぎすまされた重撃が、大上段からザムザの甲殻に覆われた頭部に向けて振り下ろされた。 ザムザは悲鳴を上げながらよろめくように後退する。連続的に糸を吐きかけ、追撃の手を逃れながら。 (化物は俺だけだった!! 化物は俺だけだったのに!! 何故だ、何故お前らは俺の妻と子をも殺した!! どうして俺だけに刃を向けてはくれなかった――!!!!) 叫びは声にはならない。溢れ出すのは軋るような高音と、命を蝕む毒ばかり。 何故伝わらないのか。何故伝えられないのか。 答えは単純。何故なら彼は人ではないから。 ……毒蟲だから。 (しかし、ふたりには、家族には伝わったではないか!! この俺の言葉が、この俺の想いが!!) 言葉の代わりに毒霧を吐き続けながら、ザムザは自問自答を繰り返す。 何故伝わったのか。何故伝えられたのか。 答えは単純。何故なら彼らもまた、人ではなかったから。 ……ザムザと同じ、化物だったから。 毒蟲は絶叫した。 その声は、神秘を帯びた攻撃ではなかった。 しかしそのつんざくような金切り声に、リベリスタたちは思わず耳を塞ぐ。 そうでもしなければ、気がふれてしまいそうだった。 ザムザは再び身体を丸め、自らが吐いた毒霧の中を切り裂いてリベリスタの陣の中央、最も脆い一角へと最期の突撃を開始する。 せめて、この者達に一矢報いることができれば。この運命の理不尽に、すこしでも抗うことができれば。 渾身の突進はしかし、無情にも刃紅郎の手によって阻まれる。 回転の横様から切り払う大剣の一撃によって、ザムザは壁に叩き付けられる。 転がされたドラム缶のように乱回転するそれを、今度はブリリアントが他方へ弾き飛ばす。 集中を研ぎすませた、無明の前へと。 「家族愛。例え異形と化しても家族を守る、その覚悟は素晴らしいね。 狂気に到り、自らの存在まで変質するというならば、私は是非君に贈り物をしたい。 黄泉路を照らす一筋の光明、闇を裂く白刃さ。遠慮は、しなくていいよ?」 答えが無いことなど、分かっている。無明は毒蟲に向けて、魔落の鉄槌を振り下ろした。 その衝撃によってザムザの硬化が、解ける。 緑色の粘液をまき散らしながら、尚も前進を続けようとするザムザの鼻先を、二本の刃が断頭台のように塞いだ。 「あたし達と貴方達の違いは、偶然運命が微笑んだかどうか、それだけよ」 「あんたは良くやったよ。だからよ、もうここらで、眠っとけ」 優しく語りかけるように告げたエレオノーラと凍夜は。 諦めたように動きを止めた蟲の背中に向けて、それぞれの刃を突き下ろす。 そして二本の刃はすっかり化物になってしまったと思い込んでいたザムザ、その彼が唯一、人のカタチを止めていた場所…… 脈打つ赤い心臓を。深々と刺し貫いた。 ………… かちん。 息子と、息子をあやしたまま寝入ってしまった妻の寝顔を見ながら蛍光灯の紐を引く。 おやすみなさい、明日も良い一日だと、いいね―― ………… ●その心に問う 「願わくばあちらで家族三人、仲良く暮らして下さい。 こちらでは、もう、叶わないことですから……」 三つの遺体を寄り添わせるように寝かせ、セルマは語りかる。その傍らでは無明が黙祷を捧げていた。 「これでまた人類文明が護られ、理外の拡散阻止が成ったのだ。 そうだ、これは正義だ……」 誰にともなく言い聞かせるように呟くブリリアントは、もう何度目になるだろう。袖口で目元を拭った。 「ええい、除染機能はもう良いと言うのに!」 「カフカの小説で青年は伝えられぬ家族への愛情を思い起こしながら息絶え、何れ忘れ去られた。 だがこの者達は最後まで互いを想い、故に運命に抗おうと我らに挑みその命を終らせた。 『真実』は小説より奇なり、と言った所か」 刃紅郎の言葉は、回復術では癒せない心の傷をいたわるように響く。 そしてその想いは、今この場にはいない、しかしながらきっとリベリスタたちと同じく心を痛めているであろう者にも及ぶ。 (天原――我は今回の戦いが『救いの無い結末』であった等とは思わんよ) 「……次に眼が醒める時は、人間だと、良いな」 最後にドアを後ろ手に閉める時、凍夜は少しだけ振り返って、そんな言葉を残していった。 まるで、何事も無かったかのように。惨劇など夢だったかのように白々と立つアパートを背にして。 雷音は養父へ送ったメールの文面を改めて見つめる。 「ボクも貴方がノースフェイスになっても、きっと家族のままでいたいと思います。たとえ世界を敵にまわしても」 優しい養父は。 大丈夫、自分はノーフェイスになどならない、と笑い飛ばして安心させてくれるだろうか。 それとも雷音を心配して、慌てて電話をかけて寄越すだろうか。 いずれにせよ雷音は、養父の声が、聞きたかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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