●ある『進化』 「ききっ!」 鳴いた。その『啓示』を受け取った瞬間、思わず声が出た。 大変だ。大変だ。大変だ。 素晴らしい素晴らしい素晴らしい。 『彼』は即座に大声をあげ、目につく限りの仲間に呼び掛けた。 <我々は脅威に晒されている> <我々は備えなければならない> <けれど群れよ喜べ> <我々は、進化することができる> ●つまりは基本ということで 醜い人型の生き物。端的に言うとそういうものであった。 ブリーフィングルームに入ると、モニターにどこかの畑の夜間の映像が映し出されていた。 その中で、四、五匹の『怪物』が蠢いている。 身長は1mあまりで全身の毛はまばらだ。頭がやけに大きく、腕が長い。ヒキガエルを踏みつぶしたような醜い顔をしている。 どうやら作物を荒らしているようだ。 「私たちはこれをゴブリンと呼んでいます。まあ、見たままですけど」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は手早くリベリスタ達に資料を配布した。 「日本猿由来のエリュ―ションビーストと考えられていますが確証はありません。人間と会話することはできませんが群れで行動する知能があり、簡単な道具も作って使います」 ゴブリン。そういうファンタジーの用語が出てくると、ああなるほど異界が近づいてくるというのはこういうことなのだと感じさせられる。 「人間から見た彼らの習性は……そうですね。まさに『タチの悪い日本猿』ですね。農作物やゴミ捨て場を荒らしますし、家畜にも悪さをします。もちろん人間の乳幼児にいたずらすることも考えられます」 今回のミッションは彼らの駆除です、とさらりと告げられた。 資料を見る。 三高平市近郊の『兜山』の地図がある。地図にはゴブリンの現在のところの目撃情報が詳細に書きこまれていた。 それに一か所、大きなバツ印がある。そこが彼らの巣であるらしい。 ……一つ疑問。どうやらかなりの数いるらしいのに、今まで問題にならなかったのか? 「彼らは極端に人目を避けて行動しますので、これまで『迷惑な見知らぬ害獣』以上の存在にはなりえませんでした。『万華鏡(カレイド・システム)』での発見が遅れたのにはそういう事情も影響しているかもしれません」 ですが、と言葉を継ぐ。 「これからもそうだというわけにはいきません。『万華鏡(カレイド・システム)』はこのままだと三カ月以内に『進行性革醒現象』によってゴブリン達はより凶暴な存在になり、人間を積極的に襲うようになる、と告げているのです。そもそも、どのような存在であれエリュ―ションビーストは周囲に悪影響を及ぼし続けるのですしね」 ふむ。これは確かに今のうちに駆除する必要がある。 「地図に示した場所には旧日本軍が掘った巨大な地下道があります。奥の方は建設途中で放棄されており土がむき出しになっている筈なのですが、どうやらゴブリン達は勝手にそこを掘り進めて居住スペースにしているようなのです。つまりは『ゴブリンの巣穴』ですね。巣の外をうろついているものについては気長に少しづつ捕えていくしかありませんが、とりあえず巣穴の襲撃と掃討をお願いします。それで大多数のゴブリンを狩れる筈です。支度を整えて、近日中に襲撃を実行してください」 OK。注意事項は? 「ゴブリン個々の戦闘能力は低いですが、彼らは木の槍や原始的な弓矢も使いこなします。また簡単な罠を作って獲物を捕らえるところも観察されています。無用な負傷を追わないように注意してください。それから、襲撃の際は逃げられないように注意をお願いします。大多数に逃亡されてしまえば大規模な山狩りを行うしかなくなります。その場合は当然任務は失敗です。彼らには見張りを立てる知恵もあるようなので、その点に注意を払ってください」 なるほど。危険度が低いという意味で簡単と言えば簡単だが、面倒と言えば面倒な任務である。 「そうそう、身支度の際は必要な品が揃っているかどうか気を付けてくださいね。彼らは夜目が利くようなので、こちらは明かりを持って行った方がいいでしょうね。それとまあ、10フィートの棒辺りが基本でしょうか」 ……なんで長さの単位がわざわざフィートなんだろうか。 「穴の長さがわかりませんから水と食料も……。ふふっ。なんだか本当に冒険の基本という感じですね。まあそういう意味では『ゴブリン退治』自体が基本中の基本ですしね」 なんの基本だろう。異界の基本だろうか……。 「ともかく必要なのは周到な準備と迅速な襲撃です。みなさん、お気をつけて!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:juto | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月24日(木)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●周到な準備 兜山中腹、旧日本軍の地下道入り口。 今はぽかんと四角い通路が口を空けているだけで見張りの姿は見えない。 それを監視できる木陰で、『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)は煙草をくわえていた。なに、ただのクセという奴で火はつけていない。紫煙の香りを漂わせるわけにはいかないだろう。 ……と。向こうから他のメンバーが戻ってきた。 「おとん、見張りお疲れ様」 初めに声をかけてきたのは『磔刑バリアント』エリエリ・L・裁谷(BNE003177)である。 「おとんはやめろ。そんな年じゃねえよ俺ぁ」 「じゃあ、お兄ちゃん、にいにい、兄さま。どれがいいですかー」 どれにしたって追いうちである。26歳と11歳。年の差15歳。 「まあまあ。年齢なんて気にしても意味はありませんよ。私たちの場合は」 ぽんぽんと肩を叩いてあげるフライエンジェの小鳥遊・茉莉(BNE002647)。女子高生風の外見に反してその齢80歳である……。 「とりあえず見つけた非常用の出入り口は二つ。二つともスワンボートと4WDで塞いで置きました」 大剣「マンボウ君」を背負った中性的な少年、雪白 桐(BNE000185)は常に軽い笑みを浮かべている。 ――高度な科学技術は魔術と区別が付かない―― アクセス・ファンタズムに「乗り物」を積んで行って通路の封鎖に使うという策はこの少年の発案である。 「突入前に食事を取っておきませんか?」 と今度はお弁当入りのバスケットが出てくる。普段はそう意識することがないが、アクセス・ファンタズムの収納機能は実に便利である。 「しかしアークの嬢ちゃんたちは肝が据わってんなあ。こんな風呂にも入れない埃まみれのミッションに、綺麗どころがずらりと参加するんだからな」 軽口を叩いたのはブレスである。 けほ、と咳払いというか咳こんだのは『ツンデレ邁進娘』漣 瑠奈(BNE000357)。ライオンのビーストハーフである。 「ふ、ふん…! その程度の覚悟、当然、で、出来ているに、決まってるじゃないのっ!」 ……その辺やっぱり乙女心的には微妙らしい。 「その程度の我慢で起こるべき不幸を防げるのであれば、瑣末な事でしょう」 さらりと優等生的解答を口にしたのは『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)だ。本心からの言葉であることは目を見ればわかる。 「わらわは何日もあなぐらにいるつもりはないのじゃ。とっととバーっと片付けるのじゃ!」 『白面黒毛』神喰 しぐれ(BNE001394)は超次元アイドルである。なるほどゴブリンの巣穴は理想の舞台ではない。とはいえ、しっかり安全靴を履いて来ていたりするあたりやる気ではあるようだ。 「……ダンジョンです! ゴブリン退治です!」 無意味にガッツポーズを取ったのは『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)だ。 「今こそ勇者魂を燃やすときです! ゲームとかでばっちり予習してきました!」 かつて病床で物語に夢をはせていたこの少女には、うってつけのミッションであるらしい。 「まあ、魂は大いに燃やしてもらうとして、」 いつもの軽い笑みのまま、桐が声をかけた。 「とりあえずサンドイッチどうぞ」 ●迅速な進軍 「はっ」 旧日本軍が設置したという地下道を進み始めて10分ばかりしただろうか。意気揚々と先頭を進んでいた光が歩みをとめた。彼女の研ぎ澄まされた直感に引っかかるものがあったのだ。桐と視線を見かわす。彼はと言えば目を閉じて耳を澄ました。 「呼吸数三つ。角の向こうに見張りですね」 「どれ」 ブレスがそっと向こうを覗く。彼は夜目も遠目も利くのだ。 「暇そうにしてやがる……。今なら先手を取れるぜ。3、2、1。GO!」 ざっと全員が角を飛び出す。先に届くのは後衛陣の攻撃だ。 ひしゃげた猿のようなゴブリンどもに、しぐれが打ちだす式が、茉莉が紡ぐ魔力の塊が続けざまに叩きこまれる。 「きぃっ!……」 残った一匹が声を上げたところに、 「勇者の一撃っ!」 光の『ゆうしゃのつるぎ』が叩きこまれた。 動き出した状況はそれだけでは終わらない。 ばたばたっと足音が背後からやってくる。 数は結構多め。一行が侵入した後に外の狩りから帰って来たゴブリンのグループが声を聞いて駆けて来たのである。 もっともそのうち二つは、 「みぎゃ?」「ふぎゃあ!」とあっさり空中につり上げられた。元々ゴブリン達が仕掛けていた罠――整備された通路の上なので夜目さえ利けば簡単に見つけられた――を再利用して仕掛けなおしたものである。 二匹のゴブリンは矢をつがえて放った。標的はか弱げに見えたシスター―― 「おっと……くっ」 だがそこに瑠奈が割って入った。最初から襲撃には参加せず、後衛を庇う態勢を取っていたのだ。ヘビーガードに遮られた矢はほんのわずかな傷しかもたらさなかった。 「でかした。……しんがりってのは置いておくもんだな」 これも後ろに残っていたブレスがバルディッシュを構えた――。 奇襲を終え襲撃を退けてから小休止を取ると、一行は地下通路の奥に開けられた身をかがめなければ入れないほどのあなぐら――ゴブリンが掘った巣穴に入り込んで行った。 なにしろ天井が低い。狭い。 おまけにグネグネと道がくねっているから灯りがあっても遠目が利かない。 「ええい。狭いのじゃー。臭うのじゃー」 確かに全体的に獣臭い。 そういう愚痴とは別に時折、シスターの歌うような細い旋律が流れる。戦闘に備え、身辺にマナを集めた状態を維持しているのだ。美しい旋律は、いくばくか一行の心の慰めになった。 「あ。」 光が小さな声をあげた。灯りが一つ減った。 「松明が燃え尽きてしまったですよ……」 仕方ない、と両手を前に出して呪文を唱える。 ぽ、と光の玉が現れた。 「そんな芸当持ってるんなら最初から使えよ……」 「何事も雰囲気ですよ雰囲気」 そんな余裕のあることを言いながらも、直感は働かせ続けている。 幾つも幾つも分かれ道があった。そのたびに足跡を調べ、罠を確かめ、場合によっては仕掛け、直感と聞き耳を働かせて進路を選択していく。 ゴブリン達が多く用いるルートは明らかに決まっているようだった。 そうこうして、12時間ばかりも進撃しただろうか。一般人ならば間違いなく疲労困憊の末だろうが、リベリスタ達はまだ意気軒昂である。 巣穴の最深部にたどりついた。 そこは――ゴブリンの砦だった。 ●決戦! ゴブリン砦 「あるいはこの空間は、最初のゴブリンが生まれた彼らの聖地のようなものかもしれませんね」 研究者でもある茉莉が雑感を述べる。 「見たところ彼らが掘ったのではなく、地下に最初からこういう空洞があったようです。むしろここを起点に掘り進めて、旧日本軍の地下通路に行きあたったのかも」 そう、そこは広大な空間であった。 さしわたしが優に100mを超える、繭型の地下空洞である。天井についたコケがうっすらと発光し、地上の岩盤からは水晶の柱があちこちに突き出している。 「なんでもいいが、この場合確かなのは……」 ぐい、とブレスが水をあおった。ウィスキーのボトルでもあれば似合いそうなしぐさである。 「七面倒クセーですね」 エリエリが後を引き取った。 砦。そこに建設されているものは紛れもなく砦だった。高さ5mばかりの城壁は、土に折れた水晶柱や骨などを混ぜて補強してある。壁の向こうでは弓矢を携えたゴブリンが何匹も巡回している。壁の前には塹壕まで掘っていて、その中でも棍棒を持ったゴブリンが待ち構えている。 見張りが帰って来ないからか、非常口が塞がれているのに気づいたのか、いずれにせよ臨戦態勢である。 「このまま待ち構えて兵糧攻めにできないでしょうか?」 シスターの発案は、仲間にまだ経験の浅いものもいることを考慮してのものだった。無用の戦いを避けたいのだ。 「無理ですね」 変わらない笑顔でそう否定したのは桐だった。 「時間がかかると、非常口が開通するでしょうし。逃げられてしまいますよ」 さあ、決戦です。と、導火線のついた球体を取りだし、それに火を付けた。ぎり、と奥歯を噛みしめる。口元から血がこぼれる。体内のリミッターを外したのだ。 「だな……やるか」 ブレスも用意していたロケット花火を取りだす。その前に腰の後ろに手をやったのは彼の『前職』の習慣だが、リベリスタはそんなに『ぶっそうなもの』は携帯していない。 よし、今こそ、としぐれが開戦の合図を告げた。 「さっさと終わらせるのじゃー!」 投げ込まれた花火が空間の中央で派手に火花を散らした。閃光が闇に慣れたゴブリン達の目を焼く。 ぎゃっ! きぃいぃい! と砦の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。彼らには知恵はあるが、まったく知らないものには備えようがなかったのだ。 弓兵も目を閉じたその隙に、前衛が一斉に駆けだす。後衛も砦に攻撃が届くところまである程度は前に出る。 「出でよ冷雲。急々如律令!」 しぐれが放った霊符が空中で冷たい霞と化し、氷の雨を降らせる。 あちこちでゴブリンの悲鳴が上がった。頭を出していたものが一斉に土壁の向こうに隠れる。 逆に言えば――土壁の向こうにいる限り全体攻撃といえど額面通りの効果は発揮できないということだ。 「ええい生意気な猿じゃ!」 「せめて、長が見つかれば。となると内側から――!」 これも広範囲攻撃を用意しかけていた茉莉が呪文を切り替え、城壁のど真ん中に四色の魔力の渦を叩きこんだ。 壁の厚みが半分ほどになり、向こうでは衝撃で倒れたゴブリンもいるようだ。 「なるほど! ここが突破口なのです! 行くですよ!」 勇者の進撃! 光は迷いなく塹壕に飛び込んで行った。すかさず手近なゴブリンを切りはらう。もちろん敵も目を押さえるのをやめて反撃を開始する。 「一人じゃ危ないよ、勇者様」 その背中に駆けより「まんぼう君」を振るうのが桐だ。変わらぬ笑み、軽やかな剣術。そのまま一日中だって戦い続けていそうな力みのないふるまいである。 「きぃ! ききききぃ! ききぃいいいい!」 砦の中からひときわ高い声が上がると、塹壕から一部のゴブリンが飛び出した。なにしろ戦場が広いので光たちとは行き違いになる。こちらの後衛を目指して駆けよってくる、が。 「甘い! 前に出ていいのは粉々になりたいやつだけよ!」 ぱかん、とそのうちの一匹の頭を瑠奈の斧が叩き割った。後衛が孤立しないようにあらかじめ進撃を控えていたのだ。 「はいはーい、フォローがお仕事のエリエリちゃんですよ~」 こちらは鉄槌でやっぱりゴブリンの頭をたたき割る。 「殺伐としてんなあ。ま、陣形はこれで正解か」 そう言いながらブレスも敵先陣の撃破に参加している。 光が城壁の崩れた部分に取り付き、桐と協力してついに城壁に風穴をあけるまでに数分の時間がかかった。 その間矢の雨が一行に平等に降り注いで体力を削っていく。しかし『シスター』の祈りが全員をやはり平等に癒して行く。 「きい! きいきききききぃきききききぃ!」 砦の天辺に姿を現した長いたてがみのあるゴブリンが、なにやら全体に指示を出している。あるいは単に士気を鼓舞していたのかもしれない。 ――ごう、と。 四色の魔力の渦が遠方から押し寄せて『ゴブリン・チーフ』を押し包み、消した。 城壁の内側で光と桐の剣が踊る。光は勇ましく名乗りを上げ、桐は静かに死を積み重ねる。いずれにも正面から対峙できるゴブリンはいない。 フィールドの中央に歩み出して来るゴブリンは『先陣』から『脱走者』に変わっていった。斧が、鉄槌が、バルディッシュが彼らを捉える。 さらに氷の雨がフィールドにも崩れた城壁の向こうにも降り注ぐ。 このまま押しつぶして戦闘は終わりかと思われたとき―― ――ゴブリンには起死回生のチャンスが、リベリスタには不運が訪れた。 今は誰もいない大空洞の入口に、ゴブリンの群れが現れたのである。その数は十数匹。わき道にいたものや狩りから帰って来たものが集合して、『サブチーフゴブリン』の指揮のもと、本丸の危機に駆けつけたのであった。 「ききっききー!!」 突撃! と一斉に後衛に襲い掛かる。 しかし。 しかしだ。 リベリスタにはこの場合の備えすらあったのだ。 「癒しの歌は、おしまいですね」 『シスター』がふわりと翼を広げた。その一身にまばゆく白い光が凝集し、一気に放たれ―― ――無防備な突撃部隊をなぎ払った――。 こうしてこの日、兜山地下通路、別名『ゴブリンの巣穴』の掃討は終了した。 巣穴から出ていたものについてはまた追討が必要だろうが、それはまた別の課題となる。 ひとまずは、リベリスタの勝利である。 fin |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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