●正義再考 心の底から突き上げて、脳を凌駕し自我を得る。 男女各々が個々人の生殖器を思考の中心とする、という俗説同様、その青年の「心」はまさしく心臓が支配していた。否、「心臓が異なる個性を持った」と言うべきか。 心の臓をその存在ごと掴まれ、全ての意思を統括されんとしている青年には至極どうでも良いことであるが。或いは、それは一般論とする『解離性同一性障害』、簡易に言うなら『多重人格』か。 「『正義』。倫理、合理性、法律、自然法、宗教、公正ないし衡平にもとづく道徳的な正しさに関する概念。だから、あの人の主義はそれはそれでいいんだろう……だからこそ。僕のやり方であれを手に入れ、僕の正義をあの人の正義に近づけて――僕も、上に行く」 さて。 この彼は「どちら」なのだ? ●己の厄災を飼い慣らす偽悪 「先日の一件で、アークに齎された『賢者の石』。アザーバイドにしてアーティファクトであること、それ自体が、では無く周囲がその存在に引っ張られ、変質すること。恐らく、僕よりも君達の方がよく知っていることと見受けます」 机上の資料の束を掴み、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)は目の前のリベリスタ達へ向けて言葉を紡いだ。 「どうやら、これは『塔の魔女』アシュレイの求めるそれであり、『穴を開ける』為に催される大規模儀式に大いに役立つ、と。そういうことです。事実、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)君自身がその話を聞いている様ですから。 『恐山会』、そのメッセンジャーである千堂君からも、シンヤ派が動き出していると情報が入っています。――要は、『賢者の石』が恐ろしい勢いでボトム・チャンネルに増え続けている……そういうことです。この情報が得られたのも、先立って手に入った『賢者の石』のデータを万華鏡にフィードした上での成果ですから……全く、真白室長には頭がさがる思いです」 「シンヤ派、ひいてアシュレイが動いてるってことは、要は『賢者の石』をアークで確保すべし、と。そういうことだな?」 「お察し頂けて光栄です。君達の今回の目的は『賢者の石』の確保です。……なの、ですが」 僅かに見える目元を伏せ、夜倉はモニターを操作する。大写しになったひょろりとした青年、見るからに力を持っているようには見えない相手が、しかし血を流しながらも圧倒的破壊力で周囲の機械を叩き壊し、工員を暗器で殺害しては自らの元へ引き寄せ、更に蹂躙する。かと思えば、電流を受けたように動きを止めると、命乞いとも謝罪ともつかない様子で遺骸を抱きかかえもする。なんとも、ちぐはぐな男だ。 「彼――シンヤ一派の配下『七崩 六路(ななくずれ むつじ)』は、多重人格者といいますか……アーティファクトの影響なのか何なのか、些か奇行が過ぎ、我々でも今ひとつ動向がつかめていません。恐らくというか確定事項ですが、六路君本人はアークのリベリスタ諸君の平均を大きく上回ります。素の状態でも、相当数が挑まなければ勝てないでしょう。 加え、彼の持つアーティファクト『代償的正義論』の効果がまた、厄介でして。距離を取ろうとする君達を強引に自らの領域へと引き寄せる、そんな芸当ができる暗器なのです。まあ、代償として彼の肉体と精神、同時に苛んでるようでありますが……」 「現場は?」 「……割りと言い含めた心算ですが、無用の心配でしたね。現場は缶詰工場。どうやら、メインとなる機械の中に発生するらしく、それを探すために暴挙に及んだようですが、なんとも」 こういう手合いは本当に疲れます、と首を振ると、夜倉は椅子を引き寄せるのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●狂ヒ悦ビ極ニ至ル(レ) 「ねえ、今――どんな気持ちだい? 僕だって鬼じゃない、『賢者の石』さえ手に入ればそれでいいんだ。ラストマン・スタンディングは僕一人で十分事足りる。皆、シンヤさんの手駒なんだぜ? くっだらないなあ。本当に、下らない」 ガリガリガリガリ。 金属が金属を引き裂いて、金属が人を引き裂いて、そして終には、金属は戦友をも引き裂いた。 金属の狂乱は即ち彼の悦びであり、それがどこまでも続くことは彼の狂気の行き着く先を示していたと言えるだろう。 力差ではない、数差ではない、策の零れた先ではない。 指一本を引っ掛ける運か、それともこの状況は、何だ? 遡ること数分。 工場の中心部ともいえる巨大作業機械が半ば崩れ落ちたその中で、リベリスタ達は後宮派と対峙するに至っていた。 「ああ、何でこうも邪魔が入るのだろうね。君達の様な怖いリベリスタとはなるべくなら会わないうちに帰りたかったんだ。だってそうだろう? 僕はとても怖がりなのさ。君達みたいな相手と戦うだなんて怖くて失神してしまうよ!」 「なかなか面白い事を言うのねぇん? そんなこと思ってないんじゃなぁい?」 「罪のない人間を手にかけるような相手に、けんじゃのいしを渡すわけにはいかないのです」 作業機械の真上、ぶらさがるような位置から狂喜的に恐怖を口にする七崩 六路を前にして、『メタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)と『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)は即座に反論してみせる。言葉ではどう繕っても、天井から蜘蛛の糸の如く垂らされたその凶々しいアーティファクトの魔力は隠しようもない。 「オゥ、ガキ共……あんまり六路のダンナをおちょくってくれんじゃねェよ。この人は素直すぎんだよ。怖ェもんは怖ェ、そういう人だ」 「ネジぶっ飛んでるくらいでねーと俺らのカシラは務まんねーからさ、それでいいだろ?」 「……頭、違う。それはシンヤ様也、六路は――」 「あー、お前話長いからパスなパス。つまりはまあ、何だ。六路さんが引き腰な今なら素直に帰っていいんだぜ?」 六路を抜いた陣容、その前衛たる戦士が、大剣と鉄槌を叩きつけ、各々に二人を威嚇する。中央に位置する形の術師が会話の中間に入る形で饒舌に語って見せ、その敵意を隠しもせずに言い放つ。 (捨て駒の癖に、士気が高いな……アーティファクトのことを識らないわけではなかろうに、何だこの違和感は?) 『背任者』駒井・淳(BNE002912)の背を駆けたのは、確かすぎる寒気だった。武者震いの近親ではない、確実な得体の知れなさに彼の心ではなく体が反応したのだ。 「だからといって、みすみす賢者の石を渡すわけにもいきません」 「少なくとも……あれを向こうの手に渡しては駄目な事はよくわかりましたわ」 「本当に厄介な事だ――とまあ、嘆いてばかりはいられないか」 「その言葉はそっくり返そうか、お嬢さん方。アークにとっての我々と同じで、我々にとってのアークはこれ以上不用意に力を付けてもらっては困る存在だ。故に、ここは退けないな」 「戦いたくないと泣き言を言ってられないんですよねぇ、俺達。命懸けなもので」 「厄介じゃな、本当に。どうにも骨が折れる」 『深き紫の中で微睡む桜花』二階堂 櫻子(BNE000438)、『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)、『大人な子供』リィン・インベルグ(BNE003115)の言葉に応じるように軽口を叩くのは、後衛に陣を構えたホーリーメイガス達だ。淳の想像するように『捨て駒』として自身を規定していながら、事実このような軽口が叩けるものであろうか―― 「ドーデモイイ」 六路が、フィクサードが、そしてそれと対峙する自分たちをもどうでもいいとばかりに会話を断ち切ったのは、この場のリベリスタ側の鬼札にして圧倒的最高速を誇る『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)。 「要は、奪ッタ奴の勝チナンダロウ? ソレデイイジャネーカ」 「ああ、やはり怖いことを考えているんじゃないか。君達をどうにかしないと、ということか……参ったね」 にべもないリュミエールの言葉に、六路の至極残念そうな声が重なる。だが、そこに怯えはなく、代わりにぞっとするような悪意を貼りつけた笑みが浮かんでいた。呼吸をするように意識を切り替え、人格から思考から組み替える対応力――『多重人格』というより『多相人格』とでも呼ぶべきか。 「あーあー、カシラにスイッチ入っちゃったか。知らねーぜリベリスタ、ああなっちまった以上、俺らは全力で奪わにゃならなくなった……」 「元よりこちらはそのつもりです。戦場ヶ原舞姫、参――」 「七崩 六路、死に嗤い闇を食って、いざ――」 残念そうに肩を竦めた術師をよそに、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の太刀が鞘走り、六路のアーティファクトが彼の血を吸って赤く光る。撓んだ距離と殺意と願いの丈は、 「とらのシマで勝手なことしちゃ、らめぇー!」 『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)の全身をもって放たれた閃光により、初動から乱戦の体を顕すに至る。 ●凶ツ纏ウ獰イ蛇 「参る――!」 気合いを入れるようにもう一度、舞姫は自らに気合いを入れる。既にエンジンは暖まっている。初速は最速。未だ動かぬリュミエールにアイコンタクトを重ね、六路の直下へ踏み込んだ彼女の太刀が一閃する。 「速いね、キミは……狙いも悪くはない」 天井を器用に移動し、一閃を受け流した六路は、その体勢から一気に天井を駆け抜け、壁面から滑るように降り立った。その位置に全員が呆気に取られる暇も見せず、更に踏み込んだ彼は、大きく吸い込んだ息と共に、思念を一気に爆発させた。 「なッ……」 「……!」 「怖い、それは『僕』も同じだ。だったら、効率よく戦いたいのは当然だろ?」 驚愕に強張った淳の視界に、苦しげに笑う六路の姿が飛び込む。同時並行で存在する二つの人格が巻き起こす爆発は、後方に控えた三名を一度に前線へと追いやった。 「一つの体に二人以上の心って何だか窮屈そうね……」 複雑な表情を浮かべる『薄明』東雲 未明(BNE000340)の声が聞こえるか否か、淳が一息で組み上げた呪印は、狙い通り回復手の一人を縛り上げた。 「これだから、六路は」 短く区切られつつも、嘆息混じりの戦槌がステイシーの肩口へ叩きつけられる。だが、彼女はその一撃を敢えて受け入れ、受け止めた。その表情には、笑みすら浮かんでいる。 ステイシーの役割は、盾だ。屑鉄と錆で彩られた盾として自らを規定し、その全てを耐えず受け止め続ける覚悟を背負った強靭な盾。自分と同等、もしくはそれ以上の破壊力と耐久性を持った相手を食いとめられる。それは彼女にとって如何ほどの糧か。勝算か。 「ステイシー、任せたわ」 「モチのロンよぉん、ここは任せなさぁい♪」 小さく賞賛を送った未明は、勢いそのままに回復手へと疾駆する。一撃の射程にはぎりぎりだが、彼女にとってそれは十分な距離。自らの体力をすり減らしながら雷撃を振り下ろし、拘束された術師に痛撃を浴びせる。十人並みの術師ならそれで行動の大半を奪ったも同然の一撃。だが、控える回復手は更に二人。連続する回復の波間にあっては、痛撃であっても致命の一撃足り得ない。 「……ったく、おたくらせっかちにも程があるぜ? 一番せっかちだったのはカシラだったかも知れねえけどさ。正直、俺達も早く終わらせたいんだ。やらせてもらうぜ?」 未明を見逃し、その場を微動だにしなかった術師がゆるりと左手を掲げ、式符を放る。空気に遮られる前に鴉の形をとったそれは、前方へ押し出された櫻子の腕を啄み、精神を突き崩す。 「正義に掛ける想いは誰にも負けないです!!」 「やってみな小娘。超えられんならな……!」 光が回復手を狙うと踏んだ戦士は、彼女に向けて渾身の一撃を叩き込む。だが、浅い。当たりは確実だった。角度も正確だった。だが、彼女の守りにとってその傷は微々たるもの。自らを的にかけた上で、彼女の指先は魔力を紡ぎ、雷撃を弾く。 「上出来だ。狙う余地は十分にある」 雷撃に載せるようにして、リィンの弓が正確な軌道を描いて回復手を貫く。その精度が導くダメージは決して柔なものではなく、より致命打に近い一撃を叩き込んだ。 「ソッチから来ルトハナ、好都合ダ」 「怖くても、必要のある戦いって大事だろう?」 至近に相手を捉えたリュミエールが、六路へと斬撃を浴びせに行く。至近で捌く六路にとって、その速度がどれほどかなど、言うまでもなく。だが、だからこそ『真価』は隠し通せないだろうという直感。 「……隠しだては良くないな、お嬢さん。そういうのは、余り――」 「そこから先は、私が伺いましょうか?」 リュミエールへ向けて踏み込んだ六路を抑えるように立ちはだかったのは、きなこだ。現状に於いて、リベリスタの誰より硬く誰より耐える彼女なれば、この男の進撃を易々とは許すまい。 六路の暴挙に、戦場は千々に乱れて狂い咲く。だが、彼らは同時に理解していた。自分たちの至上目的。そして、それが何処にあるかさえも、知覚を強化した者達には既に呼びかけている。幸いだったのは、フィクサード側にその能力を持つ者が居ないこと。 最悪だったのは、乱戦に乱戦を重ねた状況下でその策に及ぶには、余りに危険だったということ。 ●若キ憎シミ教ウル触レズ(レ) 櫻子の、回復手としての奮戦はその状況下にあって異常なまでに続いたと言える。元よりほぼ全て格上の状況下、守りを固めた仲間と自らの立ち回りをして、想像以上に戦場のダメージコントロールに寄与した――が、それでも相手が悪すぎる。 運命を賭して起き上がろうと、刻一刻と強化され狂化する六路の破壊力と攻撃範囲は容赦をしない。 格上の回復手一人の打倒、戦士一人の戦力を半ばまで削った上での戦線離脱は、十二分に誇るべき功績だったといえよう。 「ボクは、倒れるわけにはいかないです……!」 「奇遇だな、俺も倒れたかねェんだ。やるじゃねえか小娘が……!」 散った火花は既に何合分に及んだろうか。地力で勝る光の全力は、着実に戦士の体力を削り、回復の綻びを産み、勝利を掴まんとひた走る。男の眼前で開かれた彼女の掌、その雷撃は今度こそ戦士を昏倒させた。 「……だから、僕は嫌だったんですよ、こんなの……!」 「六路さん! 聞こえてますか、何してますか、とらとお話しませんか!?」 「……」 「やりたい事をやるのが正義なら、今、とらは悪ですっ!」 淳の印とリュミエールの斬撃により身動きを封じられた六路は、覇気に欠ける状態へと移行しつつあった。そこに畳み掛ける形でのとらの語りかけだ。彼の精神を揺さぶるには上等なタイミングだったと言えよう。言えようが、彼女は同時に、精神会話によって舞姫ともチャンネルを繋いでいた。 (その機械の根元に『賢者の石』が――!) だが。 舞姫が刃を振り下ろすより一拍早く、六路は全霊を賭けて戒めを振りほどいて居た。 「そこの小娘はいい、こいつを止めろ――!」 戦力では五分まで削られた状況下、柄にない絶叫でリュミエールへ気糸を練り上げたタイミングで叩きつけられたのは、ステイシーの放った十字の閃光。 「うふふぅ、次の餌は自分よぉん♪」 「……ああ、でも許せない相手は断ずるべき、か」 限界が呼び込んだタイミングの奇跡。魂を駆けた運命の機械時計には敵わぬも、想いを引き寄せた一瞬の絶好機。 「『賢者の石』は確保しました、撤退を――!」 「サテ、本気を出スカ」 舞姫の宣告を、リュミエールの全力を嘲笑うように――一羽の鴉が舞い踊る。 そして記述の項は振り出しへと戻る。 既にフィクサードの殆どが行動を止め、倒れ伏して血の海に沈んだ。リベリスタ達も、一人として倒れなかったものは居ない。運命を捻じ曲げる奇跡は、十分の一を拾い上げるにはこの戦況は遠すぎた。 「お前達は、『代償的正義論』のことを――」 「知っててついてってるに決まってんだろ? カシラは臆病だからさァ、少しくらい壊れる覚悟で戦ってたんだぜ? それに、俺らは付き合い長いからサ。少し壊れたくらいで歯車は時計から飛び出さないんだぜ、分かるか?」 膝をついた淳が、かろうじて口にした事実は、フィクサードの面々からすればごくごく当たり前のことであった。リベリスタからすれば捨て駒だったろう。六路の能力を考えれば実際にそうなることも予想の範疇だった。だが、彼らは一個の決意にして盟友だ。 だからこそ、術師が一瞬の隙を衝く余裕があった。倒れるまでに守り切る矜持があった。彼の背をにべもなく貫きながら、その死に泣いて『賢者の石』を掌中に収めるちぐはぐさがあってこそ、六路は六路たりえたのだ。 「想いは受け止めたんだ。だから僕は、最後まで立つと言っているんだ――!」 笑みを浮かべて、地面を踏みしだき、しかし血の涙すら流して六路は絶叫する。展開した『代償的正義論』を振り乱し、自らの血でしとどに濡れたそれを放り投げ、構えを執る。 それが何の前提かなど考えるまでもなく、戦局を覆す奇跡はもうそこには存在しない、介在しない。 戦場を散らして狂った暴風域が果てた後、ずたずたになった機械群に佇むのは一歩も動けぬ六路ただ、一人。 敵はすでに去り、戦友は既に散った。それでも彼の手元には、血のように赤い石が誘うように輝いている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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