●月影 「と、そういう訳でございます」 男の額に汗が滲む。だいぶ前から背筋の感覚が掴めない。 精悍と言って差し支えない肉体は、彼が身を置くこの世界ではあまりに頼りない器だった。 目の前に居るのは、一見すればただの女だ。その女が、彼に極度の緊張を強いている。 それも、巫女装束を身に纏い、後姿を向けたまま、杯を煽っているだけの姿だというのに。 男は内心嘆息する。 思えば厄介な話になったものだった。 彼は主流七派が一つ『三尋木』のエージェントである。 フィクサードとは言え自他共に穏健派を気取る彼等のこと、面倒な荒事は可能な限り避けたいというのが、彼個人の本音ではある。 だが、組織同士の利害対立とは、それだけで済まされるものではない。 「そうか――」 涼やかなアルトが夜空を切る。 首も向けぬまま、女は杯に手酌を注いだ。 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)が持ち帰った情報から、アークは何かを得たらしい。 彼の元に伝わってきたのは、ただ異邦人共が『賢者の石』という存在を欲していること、そして世界に穴をあける儀式に必要であるということだけだった。 どこまでが本当なのかも分からないが、兎も角『正義の組織アーク』は、改心した任侠達と一緒に、悪い人達をやっつけました。めでたし、めでたし。 と、これで済めば良かった。それならば彼にとっても申し分ない結末である。 だが、こうなってしまっては、スマートな回答は望むべくもない。 彼が託された表向きの任務は、己が身を置く『三尋木』と女を結びつけて、アークと共に後宮派に対抗することだった。 では、その裏は。 「つまりお前は私に、三尋木の犬になれと言いたい訳だな」 女――宮部茜の声に再び背筋が凍る。 「いえ、決してそのような」 男は必死に頭を回転させるが、二本目のタウリンとカフェインではまだ足りないようだった。 「石川の古酒だ」 切れ長の瞳を細めて、女が振り返った。 「飲むか?」 場違いな返答に、息が詰まる。 「いえ、お気持ちだけで」 「否定ばかりだな。それじゃモテないだろう」 胸のムカつきを押さえ込みながら、男の口をついたのは、ただの一言だけだった。 「では、一口だけ」 うら若い女が艶やかに笑う。 「いいぞ。手を貸してやる」 瑞々しい肢体に隠された技量の研鑽は、彼の二倍は時を刻んでいるのだった。 男は腕を伸ばして朱塗りの杯を受け取る。 「私は、戦えればそれでいい」 漸く勝ち得た肯定の返答は余りに物騒で、胸を撫で下ろすことも出来なかった。 ●二匹の狐 「ガールズトークって怖いよね」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が、紙コップに注がれたココアに口をつける。 「あちちっ。だけど黒猫は猫舌ってね」 いつも通り、遅々として進まない伸暁の話に、リベリスタは痺れを切らした。 「結局、どういうことなんだ?」 「つまりね、後宮シンヤ君の手に『賢者の石』が渡ることを阻止するために、三尋木さんはアークに共闘を申し込んできたわけさ」 なるほど。でもなぜ。 「さあね。女の人ってのは怖いもんだよ」 何か狙いがあるのだろうか。 「どうして『賢者の石』が大量に現れたのかは分からないけど、 アークがこれを得ることが出来れば、少なくともあいつらは困る。 そしてこの代物は、こっちの設備や装備の増強に役立つカモってワケだよ」 ずいぶん掻い摘まれたものである。 「で、その石ってのはどこにあるの?」 「大雑把な位置は、この辺りなんだ」 伸暁が指差したのは、山梨と長野の県境だった。マーカーで印が付けられている。 「紅葉真っ盛りで、いいハイキングコースだと思うよ」 「それは―――」 つまり具体的な場所までは、完全には分かっていないということか。 「一応コレでも、千堂君からの情報と、例のシスターちゃん達が持ち帰ってくれた『賢者の石』ソノモノのお陰で、かなり絞り込めたんだけどね」 要は三尋木一派と手を組んで、フィールドワークを楽しめって訳だ。 「たぶん、この滝の辺りだと思うよ」 そこはなんとかなるだろう。だがリベリスタ達の胸には、どこか引っかかる所がある。 「でも注意してよ。彼女等とアークは、別にすごく仲良しってわけじゃあないからね」 おそらく、問題はそこだ。 気楽に手を振る伸暁に、リベリスタ達はため息を漏らした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●星夜 星が綺麗な夜だった。夕刻の濃霧は、既に晴れて久しい。 下弦を過ぎて新月へと向かう月が、褪めた光を紅に黄に染まりきった木々に、投げかけ始めている。 僅かな空の明かりの他に大地を彩るのは、総勢十二名の白い吐息だけだ。 晩秋の高原をアークのリベリスタと三尋木のエージェントによる、奇妙な連合軍が行進を続けている。 あたかも『賢者の石』に群がる死霊のように――。 そんな光景に、落葉を待つ広葉樹の只中で『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)は心躍らせた。 微かな悪戯気を含んだ陽気な笑顔が月明かりに照らされる。 「作戦は――以上かな」 「確かに。私共の情報でも、この辺りということになっておりますが」 『ガンスリンガー』望月 嵐子(BNE002377)の提案に、三尋木の黒服が答える。 「宝探し競争より、敵倒しとく方が楽だし確実でしょ?」 彼女が名の知れた銃使いである事は、彼も知っている。 驚いたのはその若さだった。嵐子を始めとするアークの手練六名が、揃いも揃って若者だったとは思いもよらない。 「こそこそするより仕掛けようよ」 「成る程」 兎も角、若さと実力からの自信なのだろう。と、黒服は結論付けた。 最も、見た目の若さというだけならば、この世界では珍しくも無い。 「私は構わんぞ」 次に答えたのは巫女装束に大太刀を提げ、焼酎を瓶ごと煽る女だ。視線はただ、昇ったばかりの弓のような月を追っている。 この女、宮部茜の年齢は既に五十を越えるはずであるが、未だ二十代の前半程度にしか見えない。 外見等というものが、どれ程無意味な情報か、彼は良く知っていた。 「敵もいますし、手分けするよりは大人数で同行したほうがいいと思うんです~」 だがどうしても、この柔和な笑みに裏があるとは思えない。 おっとりとした声の主『錆びない心《ステンレス》』鈴懸 躑躅子(BNE000133)の言には一理ある。 単純に探索だけが目的であるならば分散したほうが良い。 だが確実な交戦が予測出来る以上は、障害の排除を最念頭に行動するというのは理にかなっている。 各個撃破の危険性を排除すると共に、逆もまた真なりという事だ。相手の出方次第では戦闘を優位に進めることも出来るだろう。 躑躅子の美しい黒髪が、透き通った夜風にさらさらと翻った。 (なんてややこしい共闘でしょう) ぴりぴりし続けている状況にため息をついたのは『粉砕メイド』三島・五月(BNE002662)だった。 確かに。三尋木の陣営は、如何にも適当な理由つけて攻撃を仕掛けてきそうである。 それに当たって欲しくない予感ほど、良く当たるというのも常だ。 これは毅然とした五月だけでなく、リベリスタ達の共通見解でもあった。 だから五月は敵対する気こそ毛頭ないが、馴れ馴れしい態度を取る気もない。 対する黒服達は、アークが通常八名単位で行動すると聞いている。 だから問うたのだ。 ――人が少ない? そっちと同じ六人じゃん。 確かに六名という人数に不満はあったが、今回は三尋木との共同戦線の上、同数である。文句は付けようがない。 自分達とはまた別の意味で、緩い組織なのかと黒服は思った。 しかし何かが引っかかる。 男は額を覆う暗視ゴーグルを調整しながら唸った。それに彼とて言葉には出来ない胸の内を抱えている。 アークの連中があくまで後宮派との交戦を望むのであれば、ある意味では彼等三尋木のエージェント達にとって都合が良いとも言える。 こうして、互いに互いの真意を隠したまま、仮初めの友好は続いていた。 「よろしくお願いしますね、先輩!」 アンデッタがきししと笑う。 「先輩、ね」 それからの細々とした会話は、相談と呼ぶには随分漠然としていた。恐らく腹の読み合いなのだろう。 愛らしい少女の無邪気な笑顔がむず痒い。出来ればこんな場所で見たくはなかった。 黒服は左手で腹部を押さえた。胃の辺りがむかむかとする。 カフェインの副作用ならば何時ものことなのだが、その手には冷たい汗が滲んでいた。 ――アーク本部より定期連絡です。こちらで判明した新規情報とそちらの首尾をよろしくお願いします。 誰かの端末から聞こえる無機質な音声が、つかの間の静寂を破った。 リベリスタが持つアクセスファンタズムから、通信が微かに漏れたのだ。 当然の事ながらリベリスタ達も一つの秘密を隠していた。 先の十二名とは別の場所で、二名のリベリスタが秘密の行動を取っていた。 ――現場に到着しました。これより探索に入りまーす。 返された通信に耳を傾ける少女――『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)の美しい銀髪は、今は闇色のキャップに隠れている。 「まずは上々だな」 酸素ボンベのバルブを閉めて、黒一色に身を包んだ長身の少年は『戦利品』をアタッシュケースに詰め込んだ。 さらさらと舞う滝の飛沫が頬を冷やす。 「風邪ひかないでね」 黒々と水に濡れた『影たる力』斜堂・影継(BNE000955)を糾華が労った。 もちろん、こんな辺鄙な場所がアーク本部であるはずがない。 糾華が言葉の裏に伝えたのは、とある知らせだった。 たった今、影継は滝の中腹にまで舞い降り、忽然と浮かび上がった『賢者の石』を手に入れていた。 二名のリベリスタ達は、仲間達とは離れて行動していたのである。そして石の奪取はこちらのチームが本命だ。 仕事は完了。後は帰還するだけ――ということでは済まないのだろうなと、二人は考えていた。 今まさに素早く退散を決め込もうという、その時だった。 ぱきりと。近くで小枝の折れる音がした。 ●邂逅 おそらく気づかれていると、『下策士』門真 螢衣(BNE001036)は感じた。 林で泳がせている使い魔のフクロウが、彼等を発見したのはつい今しがたのことだった。 その直後に彼等――後宮のエージェント達が動きを止めたのだ。 それに人数は八名だった。数が情報と合っていない。 別の場所を探りに行くべきだろうか。それとも当初の予定通り鳥真似を続けるべきだろうか。 この自問に彼女は後者を選択した。賭けの勝敗は、まだ見えない。 頭を悩ませる螢衣の背の向こうでは、一見気楽に見える雑談が続いていた。 「近いうちに、僕達アークはジャック達を相手に大きな戦いを起こすと思う」 アンデッタが茜に語りかける。 「君がその時暇を持て余してるなら、ちょっと顔を出してみない?」 「ほう」 それまで月を眺めるばかりだった茜の眉がぴくりと動いた。 厭世観漂う彼女の耳にも、かの『ザ・リビング・ミステリー』の名は響いているのだろう。 まさか彼女がジャックの手先である等……否、そんなことすらあるのかもしれない。 深夜のハイキングは油断が出来ないものだった。 茜が何を考えているのか、全く分からない。『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)はそれが少々怖い。 (状況が状況です……何が起きても冷静に対処しないといけないですね) 怖いと言えども、どうにかしなければならない。未来の勇者は己に言い聞かせるように、煌びやかな剣の柄を撫でる。 「――つッ」 螢衣の額に殴られたような衝撃が走る。その瞬間、フクロウからの情報が遮断されてしまった。 「八名、来ます」 頭を振りながら告げる螢衣に怪我はない。痛みも感じなかった。使い魔が額を打ち抜かれたのだろう。 痛みすらないのなら、おそらく―― 刹那。嵐子が愛銃の一つ『Tempest』を構えた。この時のために維持し続けていた極限の集中と直感は、敵の出現位置を彼女に告げている。 構える銃から迸る火線の全てを彼女は目視している。射程外からの乱射は、熟練のスターサジタリーである彼女にしか成し得ない技だ。 後宮派のエージェント達が火線を身に浴びながら一気に近づいてくる中で、連合軍は次々にその力を解放していった。 八名。光の記憶では十六名のはずだ。やはり敵の数が合わない。 自分達も人数を誤魔化しているのだから、相手の数も気になる。 「こちら八名と交戦しますっ」 光は咄嗟に通信端末に叫ぶ。これで『向こう』は事態を察してくれるだろう。 向かうフィクサードが怒声を張り上げ、リベリスタ達に銃弾の雨が降り注ぐ。 無数の炸裂音に、黒服の舌打ちがかき消された。乱戦とは面倒な事になった。 とはいえ希望は捨てたものでもない。まだ予定に変更はないのだから。 「石かッ!?」 躑躅子の頬を、髪を、肩を、数発の銃弾が掠めた。 「クソが! 偽者(ガゼ)だ」 後宮派のフィクサード達が次々に怒声を飛ばしあう。 躑躅子がチラつかせた石だが、流石にこれで誤魔化すには無理がある。 とはいえ、突如始まった戦闘の中で、一瞬の注意を引き付けることは出来た。 リベリスタ達にとってはこの戦況の構築が狙いだったのだから、悪くはない。 鉛の雨中で、突如六人となった茜が一斉に太刀を抜き放った。 その狙う先は―― ●脱兎乱戦 自慢の直感は『例の石』がこの辺りにあると告げている。 おそらくアークの連中もこの辺りに居るはずだ。 「――了解ぃ。すぐ行くぜ、っと」 仲間達が十名ほどの部隊と交戦に入ったらしい。ならばしめたものだ。 男達は滝のほうへと足を踏み出す。 近づく足音に影継は歯噛みした。 (生き物ってことか) 彼は滝の中で透過を試してみたのだが、石は弾かれてしまった。 アーティファクトとしての性質と、アザーバイドとしての性質を兼ね備えているというのは厄介な戦利品である。 ともあれ、真っ先に現場へ向かっておいて良かった。 ほんの僅かな時間でも浪費していたならば、石を手にする前に彼等と遭遇することになってしまっていただろう。 それにどの道、どちらかの性質が優先されるかということも予測の範囲内だった。 ならば―― 「貴方達に賢者の石を渡しはしないわ……覚悟!」 涼やかな声が闇を切り裂く。 「アマが居やがった!」 「一匹だ」 「ちぃッ!」 フィクサード達が獲物を抜き放つと同時に、物陰から影を従えた少女が踊りだす。 華麗な銀の剣を抜き放ち、斬り込むかに見えたその時―― 「……なんてね」 「殺せッ――!!」 脇を避けるように糾華が駆け、足跡を縫うように火線が追う。 その頃、連合軍は後宮派の増援に喘いでいた。 敵は先の八名に加え、後方から四名が乱入している。 光の雷撃と嵐子の乱射と、それに続く五月や躑躅子の切り込みは、敵軍に大きな打撃を与えたものの、リベリスタ達も短い交戦の間にそれなりの手傷を負ってしまった。 予測していた事ではあるが、三尋木の連中は茜を除いて士気が低い。 その茜はと言えば、敵に吼えては噛み付き、引き裂いてゆく狂犬でしかない。 (それにしても、犬でご満足なのでしょうかこの人) 後衛の螢衣を狙うフィクサードに立ちふさがりながら、五月は疑問を覚えざるを得ない。 強い割に矜持の一つも持っていないのであれば、面白い人物とは思えないからだ。 五月が繰り出す拳が、敵クロスイージスの腹部にめり込む。金属とケブラー繊維で補強されたスーツも、それを貫く技の前には布切れに等しい。 額から血を流しながらも、繰り出された激しい一撃は敵を昏倒させた。これで三名。 リベリスタ達は、厄介な回復役二名を早々に片付け、邪魔になる相手を集中的に狙っている。 「癒すですよッ!」 攻防一体の光が、五月に癒しの術を投げかけた。割れた額から溢れる血が止まるのを感じる。 機械化された左腕の膂力から、暴風のように打ち付けられる躑躅子の両盾が、敵デュランダルの鼻柱を強かにへし折る。 「ぶばッ!」 敵は鼻から血を噴出し、よろめきながらも両手剣を振るうが、朦朧としながらの攻撃は巨大な盾に受け流されてしまう。 アンデッタが放つ鴉が、敵クリミナルスタアの胸を貫く。おそらくこいつが指揮官なのだろう。胸元のシャツを朱に染めて、怒りに震える拳が大蛇のように荒れ狂う。 「茜さん、この人強いよッ」 苛烈な攻撃を身に浴びながら、震える足を叱咤して笑顔を作る彼女と敵の間に茜が割り込む。 五月雨のような無数の剣筋が即座に繰り出された。だが既に彼女も多数の細かな傷を負っている。 「おん・ころころせんだり・まとげいに・そわか」 螢衣の真言から放たれる呪符が瑠璃色の光を放ち、アンデッタを優しく包み込む。流石に浄土に送り込まれることは無いだろう。 光の剣が猛威を振るい、五月の蹴撃が唸りをあげる。躑躅子が大盾で防ぎ、反撃の一撃は重く鋭い。 一人、また一人と、後宮派のフィクサード達が打ち倒されていく。だがそれに伴いリベリスタ達の力も尽きかけてきていた。 そんな中、数が多いフィクサードにとって、嵐子の火力は脅威そのものだった。 「ハジキのアマを殺れッ!」 危険を排除すべく、三名のフィクサードが彼女に集中攻撃を仕掛ける。 真空の刃に四条の魔光、そして雷光を伴う剣の一撃が彼女を次々に襲う。初手は避けきったものの、続く苛烈な攻撃に彼女は吹き飛んだ。 意識の閾値を下回ってなお、コマ送りの視界が途絶えないのは彼女が薄れゆく意識をねじ伏せたからだ。 「寝るにはちょっと早い時間だしね」 地を転げながらも放たれる偏差の銃弾は、四名の敵に次々と突き刺さり血花が乱れ咲く。きな臭い硝煙の中で六人目のフィクサードが倒れた。 既に無傷の者は、この戦場には誰もいない。 アンデッタ、螢衣、光は、既に一度膝をついている。立っていられるのは彼等の運命を従える力によってだ。 残るのは後宮派の六名、三尋木派の三名に、茜と満身創痍のリベリスタ達だった。 そしてこの時までに打ち倒されているフィクサードは後衛の補助役と、戦力が足りない者達ばかりである。 「我が符より、三つ出でて、啄め鴉」 立っている六名の内、さらなる一人を打ち倒しながら、螢衣の脳裏に過ったのは先ほどの判断についてのことだった。 苦戦はしている。使い魔も失った。手痛いといえば手痛い。 だが彼女があえて知らせなかった事で、ここまで背後の四名を本命の影継と糾華に向かわせずに済んだのであれば―― ●力の天秤 「逃げ隠れは斜堂一族のお家芸だぜ」 剣士としての実力もさるものながら、影継は隠密行動にも秀でている。 足早に高原の脱出を試みる彼は、既にかなりの距離を稼いでいた。 そんな林の中まで、糾華を追撃する音が聞こえてきている。 彼女の声までは聞こえないが、微かな怒声と銃撃の音は鳴り止まない。 影継は拳を握り締める。だが、ここで姿を現すわけにはいかない。 (死ぬなよ、斬風――!) 降りそそぐ銃弾の中を糾華が走る。 「死ねッ!」 そのほとんどは彼女をかすめ、あるいは木々を穿つに留まっているが、背や肩に何発もの銃弾を浴びてしまっている。 血の跡だって点々と残っているはずだ。 「クソがッ!!」 銃弾と怒声を背に浴びながら、縺れる足で道なき道をひた走る。 背後の罵声は少しづつ遠くなっている。ただ一つの例外は、おそらく同業者(ナイトクリーク)のものだ。 だが相手が彼女に対してムキになればなるほど、影継の安全性は増すはずである。 仮に一人や二人程度が彼を発見したとしても、どうとでも出来るだろう。ならば二対四ではどうか。 影継と糾華は十分に強い。 追っ手の気配から察しても、一人二名のノルマというだけなら勝てる気もするが、確実とは言えない。 戦っている間に増援を呼ばれでもすれば目も当てられないからだ。 さらなる銃弾が彼女の背に突き刺さるが、激痛に遠のく意識を彼女は組み伏せる。 この程度、どうということはない。 十二名を引き付けてくれている仲間達の為にも、ここで倒れるわけにはいかないからだ。 激しい痛みを制しながら、糾華は唇を噛み締めて藪の生い茂る崖を滑り降りた。 追っ手の声は、そこで漸く途切れた。 一方、戦いは長く続いていた。 リベリスタ達と交戦を続ける後宮派のフィクサード達が、滝の方にも一名の女が居ることを知ったのは、つい先ほどのことだった。 だが激戦の中では即座に人員を裂くことが出来ない。 「テメェ等! どっちが陽動だ!」 激しい剣戟と銃声の中で、敵クリミナルスタアの罵声が耳を劈く。 リベリスタ達の背に冷たいものが走る。気付かれたのだろう。 しかし手を休めるわけにはいかない。 大気を切り裂く蹴撃で後衛を狙う敵覇界闘士を打ち倒すのと引き換えに、デュランダルの一撃を受けた五月が倒れた。 敵も味方も、そろそろ後がない。 三尋木のエージェント達も、既に二名が地に伏していた。 「やってくれたな、リベリスタ」 三尋木の黒服が力なく笑う。そこにはどれ程の意味合いが込められていたのだろう。 「お前が言うか」 哄笑しながら太刀を振るう茜は、すでに技を放つこともままならない。 「まあ、いいぜ。恨みっこなし。俺達はトモダチのままだ」 その言葉に苦笑したのは誰か。 三尋木のエージェント達には、最早計画を続行出来る体力は残されていない。 だからそれ以上は口を噤んだ。その全容は彼等と、そしてそれを察するリベリスタ達の胸の内に閉ざされたままだ。 「いくですよッ!!」 刃を浴びながら、光は決死の覚悟で雷撃を放つ。とっておきの――そして最後の一撃だ。 激しい閃光とオゾン臭が戦場を包み込み、後宮派のフィクサードは残る二名となった。 傾いた力の天秤は、もう元には戻らないだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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