● 「……まだか。本当にここであっているのだろうか」 廃ビルの一角、ガレキだけが散乱しているフロアの中に16人の男女の姿があった。 赤髪の赤いスーツ姿の男は神経質にこめかみを叩きながら、せわしなく部屋の中を歩き回りつつ言葉を紡ぐ。 そこへ声をかけるのは、彼とは対照的に黒いスーツで身を包んだ男性だ。 「塔の魔女の言葉を信じて待て。このビルのどこかに賢者の石が『現れる』のは間違いないはずだからな」 「あれ、アイツ……」 その時声をあげたのは、窓際から外をのぞいていた緑色の毒々しいスーツに身を包んだ男だ。 「シンヤに渡されたデータにはないが、E能力者が商店街経由で町中に侵入したぜ。見てみな」 「お前以外にあんな遠くのが見えるわけねぇっての。待ってろ。今だす」 その言葉を聞いて真っ先に動いたのは黄色いスーツの女。彼女は手にしたラップトップのキーボードを高速で叩きはじめる。 きっかり5秒後、そこに映し出されたのは商店街の監視カメラの映像らしきもの。その中の一人物を示して女は赤いスーツの男に問いかける。 「どう? ジュンペイ。コイツ知ってる?」 「一人だけ……見覚えはないか。無名なだけでアークや『逆凪』の人間か……それにしては仲間がいないのは奇妙か。偶然町に来ただけの無関係な人か?」 考え込み始めた赤いスーツの男、ジュンペイの横で黒スーツの男は無線機を取りだして指示を出していく。 「南東待機班、E能力者が侵入した。交戦を許可する。こちらもすぐ向かう」 通信機を切り、黒スーツの男はジュンペイへと視線を送る。それに応えるように彼は質問を飛ばす。 「他の方角からの同時攻撃の可能性は?」 「他の方角にE能力者ッぽい奴は見当たらないな」 「下水道待機班より連絡。侵入者らしき物音は特に聞こえないそうです」 ジュンペイの質問に素早く返答を返すフィクサード達。それを全て聞くとジュンペイはこめかみを叩く手を止め、振りかえった。 「危険性は不明だが、不穏分子はとりあえず排除しようか。全員、商店街へ」 黒スーツの男が軽く手を振れば、その場にいた者達の背に小さな羽が生まれる。それを確認し、ジュンペイは己の得物たる弓を構えて仲間へと宣言する。 「『賢者の石』確保のために全力を尽くそうか……『インドラ』の名にかけて」 「「「了解!」」」 彼の言葉に応え、12人のフィクサード達は廃ビルの窓から身を躍らせると、商店街へ向けて次々に飛び立った。 ● 「N県前坂町の廃ビルにてアーティファクト『賢者の石』の発現する未来を確認しました。皆様にはこちらの『賢者の石』の回収に当たっていただきます」 ブリーフィングルームに『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の緊張した声が響く。 アザーバイドにしてアーティファクト。不可思議な力を秘めた赤き宝石、『賢者の石』。 その『賢者の石』の発現が多数確認された上、原因不明の崩界の加速が発生している今……アークの指令室は異様な慌ただしさと緊迫感に包まれていた。 「現在、後宮シンヤ率いるフィクサード集団がこの『賢者の石』の大規模な回収を行っています。『賢者の石』の発生原因及び彼らの目的、共に一切不明。ですが……」 彼らの行動はアシュレイが『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)に漏らした『大規模儀式』の話や、謎の崩界が起こっている事と何らかの因果関係がある可能性があり、放置する事は出来ない。そう和泉は指摘する。 「ターゲットの出現する廃ビルは後宮派のフィクサード集団『インドラ』によって既に占拠されています。そのため、今回の作戦では賢者の石が現れるまでに廃ビル内部に侵入し、賢者の石を確保する事が必要があります」 だが、問題となるのはシンヤの投入した『インドラ』と呼ばれるフィクサード集団。雷神の名を冠する彼らの人数は実に24名。 彼らは一部の部下にその地区を取り囲むように待機させた上で、周囲に現れたE能力者を無差別に襲い、誰も廃ビルに近づけないようにしているのだという。 「幸い、インドラのメンバーは練度が低く、実践経験の無い方でも一対一ならば十分に勝てるはずです。アーク内の平均的な力量がある方なら二人程度なら纏めて戦っても勝つ見込みは十分にあります」 とはいえ、敵の数はそれでも多い。全滅させる事が非常に難しい。 「賢者の石は廃ビル一階のエントランスに当たる空間の中央部に出現するようですが、幸いこの情報は相手は所持していません。そのため時間までに侵入出来れば、賢者の石が出現した時に即座に入手する事は難しくないはずです」 もっとも、余りに分かりやすい場所であるために、相手も出現すればあっさりと気付く可能性が高い。 出現までにビルに突入できなければ、相手は賢者の石を入手して即座に撤退してしまうだろう。 賢者の石が発現する直前に前兆としてビル街で落雷が発生するが、それを確認した場合などは敵を全滅させずに数人だけででも強引にビルへ侵入する必要があると和泉は告げる。 「町の外から廃ビルのあるビル街への侵入経路は大きく分けて四つ。北部にある山林を抜けていくか、南東部の商店街を突破するか、南西部の住宅街を駆け抜けるか、あるいは地下の下水道を通って直接ビルへと侵入するかです」 もちろん、各経路にはそれを妨害するべくフィクサードが配置されている。 「兵力を集中して一点突破を狙うか、複数のエリアから同時に侵入して陽動を行いつつ突破するか、あるいは何らかの方法で敵から隠れて戦わずにビルへ侵入する事も出来るかもしれません。その手段や侵入・脱出ルートは皆様に一任します」 ただし、賢者の石の発生が大量に同時並行して起こっているため、アークからの物資や町までの移動以外の移動手段の援助は行えない。人員もこれ以上割く事は出来ない。非常に厳しい懸案になる事は間違いないだろう。 「ですが、その分成功時に得られる物は大きくなると予測されます」 賢者の石は大きな魔力を秘めたアーティファクト。これを集める事が出来れば、敵の作戦を邪魔するだけでなく、アークの技術・設備の躍進が見込まれるのだという。 事実、今回の賢者の石の発現を予測できたのも、少し前に持ち帰られた賢者の石の解析結果を『万華鏡』の使用に応用した事が大きな要因だというのだ。 「どうかご武運を……状況を開始してください」 その一言を引き金に、リベリスタ達は即座に行動を開始するのであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:商館獣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「堂々と中央突破、か。他の方角からの同時攻撃の可能性はないか?」 「他の方角にE能力者ッぽい奴は見当たらないな」 『BlackBlackFist』付喪 モノマ(BNE001658)とツァイン・ウォーレス(BNE001520)が仲間を引き連れて前坂町に現れたという報告が入ったのは数分前の事。 その二人の名は廃ビルの中にいた者達の表情を引き締めさせるには十分過ぎるだけの知名度があった。 「下水道待機班より連絡。侵入者らしき物音は特に聞こえないそうです」 「あからさまに怪しいな。警戒すべきではないか?」 彼らの狙いがこのビルに出現する賢者の石であろうことは明確。鬼嶋淳平はこめかみを叩きながら考える。 「十分な戦力があると踏んだんだろうさ、向こうもな」 「早くしなジュンペイ」 そこへ緑スーツの男と黄色いスーツの女は言葉をかける。早く判断すべきだ、と。 付和雷同と嘯かれている彼はその言葉に流され、判断を誤る事となる。 「わかった、総員住宅街へ! 全力を尽くそうか」 黒スーツの男が軽く手を振れば、フィクサード達の背に小さな羽が生まれる。 「既に待機班は交戦を余儀なくされている。急いでやってくれないか」 「「「了解!」」」 次々に飛び立つフィクサード達。かくして、賢者の石をめぐっての戦いの火ぶたは切られる事となった。 「たった二人しかいねぇのか、舐めてんのか、おい!」 ブン、と大きな風の音が響く。大きくジャンプして放たれた真空の刃が銃を構えた男の肩を切り裂き、血がしぶく。 前坂町の閑静な住宅街の一角。少々入り組んだ所にあるその狭い道は、今スーツ姿の二人の男が流す血で彩られていた。 「くっ……ここから先へはいかせぬぞ! インドラの誇りにかけて!」 「くらえぇっ!」 スーツ姿の二人は同時に得物を構える。 額に狙いを定めた銃弾と強烈な拳の一撃が金髪の青年を捉える。 「へぇ、いい一撃だなインドラ。だが悪いな。押し通らせてもらう」 されど、受け止めたツァインは表情を変えない。光り輝くオーラに弾かれ、それは致命傷には程遠い。その名と能力を知っていたとはいえ全力の一撃を防がれ、男は顔面蒼白になる。 その後ろで『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は光の鎧を生み出し、ツァインに纏わせる。 受けた傷があっさり消え去ったのを見て、女は笑む。敵の力が前情報通りに弱い事がわかったのは回復手である彼女にとって朗報であった。 「インドラねぇ。大層な名前をつけても、怯えている貴方はただの臆病者。違うかしら?」 ギリッと彼女を睨みつけるスーツの男。怒りにまかせて拳銃を向けようとする彼だが、その腕の動きが急にとまる。 「無名だからって油断したら駄目なのだよ。嘘つき兎のプロアにご用心っ」 「ついでにオレにも用心してくれると嬉しいね」 彼が注意深く見ていれば、『カチカチ山の誘毒少女』遠野うさ子(BNE000863)の指先から出た糸に腕が絡め取られている事に気付けたかもしれない。されど、それに気付く暇もなく彼の首が空を舞った。 首を狩り飛ばしたのは圧倒的速度で振るわれた『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の二本の短剣。冗談めかした物言いとは裏腹に、彼らの実力は本物であった。 「いたぞ、あそこだ!」 その時、遠くから声が上がる。駆けて現れたのは12人のスーツの男達。無数の弾丸と矢がリベリスタへと襲い掛かる。 「スーツの人がわらわらやってくるのって映画で見たような……いーち、にーぃ……やーん、十二人も来るなんて多過ぎです」 襟元につけた小型マイクに言って聞かせるために『のんびりや』イスタルテ・セイジ(BNE002937)は敵の数を数え上げる。 「さて、何分もつかな」 「この数を相手に1分保てるとでも思ってるのか? へっ」 拳を叩きこんでくるフィクサード。それを小盾でなんなく受け止め、ツァインはその瞳を細める。 「勘違いさせちまったか。何分でお前らを倒せるかって言ったんだよ!」 「私は本音を言えばこの数は遠慮したいのですけれど」 好戦的なツァインの言葉を聞き流しながら、イスタルテも己の力を集中する。 次の瞬間、イスタルテの放った閃光が住宅街の一角を包み込んだ。 「へぇ~。それじゃこっちも頑張らないといけませんね~」 人が行きかう商店街の中。服の飾られたウインドウを覗きこみながら、背負い袋を背負った女性は間延びした口調で呟く。 イスタルテの報告の通りならば、後はビル街には敵幹部しかいないはず。気付かれずに突破しなければ、とユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)は気を引き締める。 敵は自分達と同じくE能力を隠してこの人ごみに溶け込んでいる。一瞬たりとも気を抜く事は出来ないのだ。 「無事に終わるといいですね……私達もそろそろ行きますか?」 それに応えるのは、少し声が低めな長髪長身の見目麗しい女性。 スカートから覗くタイツで包まれた足はすらりと長く、眼鏡の下から覗くアイシャドウとつけまつげでパッチリとさせた瞳と蟲惑的な紅に彩られた唇が人目を引く。 「そうですね~。いきましょうか~、カイさん」 微笑んで手をさしだすユーフォリア。その手を取りながら、彼女は……いや、彼、源カイ(BNE000446)は悩ましげなため息を零した。 (なんでこうなった……) 名前を知られているからとはいえ、女装以外に隠す方法は無かったのか。そんな思考が頭をよぎる。彼の目が遠くを見つめているのは、千里眼で周囲を見渡しているという理由だけではないだろう。 「大丈夫ですよ~、カイさん可愛いですから。自信持ってくださいね~」 「う、嬉しくないです……あ、そこ左へ曲がってください」 ユーフォリアのなけなしのフォローが彼の胸を抉る。 とはいえ、彼女の言葉は真実。ユーフォリアの全力のメイクアップを受けた今の彼は背の高い女子大生にしか見えない。 商店街の防犯カメラを回避しながらビル街へと近づいている間に、二人は商店街に潜んでいたフィクサード達とすれ違い、互いに気付かぬまま通り過ぎていくのであった。 ● 「ちっ、無理に大物を狙うな! 誰かあのメガネビームを止めろ!」 「やーん、メガネビームじゃないですから」 住宅街、戦況は大幅にリベリスタ優位に進んでいた。その一番の理由はイスタルテだ。 彼女の放つ聖なる光は、戦場にいる全てのフィクサードの瞳を容易に眩ませる。 狙いがややずれて放たれる拳を、弾丸を、矢を。そのほとんどをツァインとモノマはあっさりと回避してゆく。 数が多くとも元々の実力の低い彼らにとっては、その光は十分に致命傷になりうる存在であったのだ。 「死ね!」 「惜しい。残念無念で断念してほしいのだよ」 イスタルテを撃ち落とすべく、狙いを定める後衛のフィクサード達。トリガーへとかけたその指につきたったのは、死神の描かれた絵札。 うさ子の一撃で射手としての集中を乱された彼の狙いは大きく逸れる、だが、うさ子の一撃だけで全ての攻撃は止められない。次々に放たれる弾丸と矢。イスタルテだけでなく戦場全域へと弾丸を放つ者もいる。 「思い通りにはさせないよ。先にオレを殺してくれないならねっ!」 だが、フィクサードに理解できぬ速度で射線上に割り込んだ終の体によって、その攻撃は受け止められる。それも致命的な部位に当たらぬように全て見切った上で、だ。 「残念、死ねなかったや」 「くそっ、追撃だ! 奴らに石を渡すわけにはいかないぞ!」 肩をすくめる終の様子に歯噛みしつつ、フィクサード達はその攻撃の手を緩めない。 「フィクサードにしておくのがもったいないチームだぜ。だけど、石を持ち帰るのは俺達だ!」 ツァインの振り下ろした刃がフィクサード達に再起不能の一撃を与えていく。 少しづつ崩れ始める敵陣。 だが、それは……あまりにも遅々とした崩壊であった。 範囲攻撃を持つ者が少ない事に加え、各人の狙いがバラバラ、かつ敵後衛のホーリーメイガス二人を狙う者が皆無だったため、彼らは敵陣を崩しきれなかったのだ。 「……っ! 悪いけれど、そこをどいてもらうのだよ!」 その時、ビル街に光が走る。一瞬遅れて響き渡る轟音。 晴れているにも関わらず落ちた雷、それは賢者の石の現れる予兆。 「いくぞ!」 うさ子とモノマが敵陣へと身を躍らせる。そこへ投げつけられたのは小さな機械。 「ここはオレに任せて先に行け~、なんてねっ」 パシッという音と共に終の投げた周辺地図を映し出したカーナビがモノマの掌に収まる。 二人を阻止しようとするフィクサード達。だが、モノマ達へと攻撃を加えようと後ろを向いたフィクサードの背に刃が突き立つ。 「おっと、俺達を前に背を向けるのか?」 「……ちっ!」 不敵な笑みを浮かべるツァイン。その言葉に、フィクサード達は動きを封じられる。二人の姿はあっという間に戦場から消える。 「二人突破できたとはいえ……4対10ですか」 小さなイスタルテの呟き。そこには喜びだけでなく、焦りも浮かんでいた。 「なんだったのか、今の雷は」 廃ビルの中で、赤いスーツの男は首をかしげる。その横でスーツの女は苛立たしげにラップトップを叩き、仲間へと言葉を告げる。 「それより今は敵が二人突破した事が問題だっての。ビルの前で待ち構える?」 「それが妥と……なっ!?」 だがその時、緑色のスーツの男が目を見開く。その視線の先にいたのは、ちょうど『自分達のいるビルから出てきた』女。その手の中に光るのは紅き輝き。 「マズい、賢者の石が奪われた」 「えっ」 今までカメラに一度も映っていなかった意外な存在に硬直する女。再度画面を見れば、そこに映し出されるのは映像ではなくノイズのみ。 「ちくしょうっ、干渉された!」 女は叫ぶ。うさ子の干渉によって、彼らは視認以外の賢者の石を追う術を失ったのだ。 「全待機班は動くべきでないか。そこで待機。賢者の石を持った女を逃がすな……俺達も追おうか」 「了か……」 「させませんっ!」 淳平が通信機を切ったタイミングで彼らのいるフロアに飛び込んできたのは、活動的な雰囲気の女性……カイだ。 飛び込んできた勢いそのままに踊るようにナイフを振るえば、スーツが切り裂かれ、血がしぶく。 「……何者か?」 「応える義理はありません」 答えれば女装してる変態だとばれてしまう、なんてくだらない考えはもはや彼の脳裏には浮かばない。 眼鏡の下の瞳が細められる。敵を前に、彼は冷酷に、いかにして時間を引き延ばすかを考え始めていた。 黒スーツの男が軽く手を振れば、4人の背に小さな羽が生まれる。賢者の石を追おうと窓から飛び出そうとするフィクサード達。その足元にカイの投げたナイフが突き立つ。 それは、逃がさないという彼の意思表示。 「じゃまくせぇ……ぐぁっ!」 緑スーツの男だけは無理矢理に飛び出そうとしたものの、窓から乗り出したその顔にカマイタチが突きささり、その体を気糸が縫いとめる。 それは、ビルの外からのモノマとうさ子の一撃。突破してきた二人もまた、彼らを止めるために駆け付けたのだ。 「逃がすかよ!」 「これで詰み、なのだよ」 二人の声がビル街に響き渡った。 ● それはビル内のエントランスに突然虚空より現れた。 生きた存在のようにも、物質のようにも感じられる『賢者の石』。それは影に隠しきることができず、ユーフォリアはやむなくビル街を駆けて脱出せざるを得なかった。 「コレは後宮派には渡しませんよ~」 とはいえ、後は元より素早さのギアの違う彼女の全力を持って距離をつき放すだけだ。彼女は愛用のチャクラムに手を伸ばす事すらなく、全力でただ、駆ける。追っ手の姿は無い。 やがて、彼女の前方から喧騒が聞こえてくる。 「やーん、やっぱり数って暴力ですよ」 それは、イスタルテの声。傷だらけの彼女はそんな事を言いながらも指先から弾丸を放つ。 「鉄壁のナイト様は無視だ! 後ろを狙っていけ!」 高い防御力と自己治癒能力を持つツァインと、高い回避能力を持つ終。フィクサードは彼らを倒す事を諦め、後衛へと狙いを絞り始めていたのだ。 「誰も倒させるわけにはいかないわ……そんな豆鉄砲ではね」 それでも、ショックを受けながらの彼らの攻撃は十分に効果を発揮できず、回復手たるティアリアの魔力は未だ尽きていない。 倒した敵の数こそ少ないものの、リベリスタはその戦線を崩さず保ち続けていた。 「おまたせ~」 ユーフォリアはその戦場の上を駆け抜けた。背負い袋で隠してきた白き羽を大きく広げて。 咄嗟にインドラのフィクサード達が武器を彼女に向けるも、はるか高みを飛ぶ彼女には届かない。そのまま彼女は町を離れていく。 「これで、俺達の勝ちは決まったな。どうする、まだやるか?」 既に実力差は十分に見せつけた。賢者の石も町を離れた。自分達の勝ちは揺るがないとばかりにツァインは宣言する。 「無論だ!」 だが、フィクサード達は止まらない。圧倒的な実力差も気にせず、その攻撃を緩めない。 「いいチームだな……」 依頼の成功だけを考えるならば、既に撤退しても問題ない場面であった。 だが、彼はその場を離れるわけにはいかなかった。まだ帰ってきていない者がいるのだから。 「仕方ないなぁ、それじゃもう少し時間かせごっか」 気楽にいいきる終。しかし、彼は理解していた。 間もなくイスタルテの光は途切れる。そうなれば自分達が追い込まれていく事は間違いないだろうという事を。 そして、ビル街へと残った人々が勝つ事はできるかは……非常に怪しい事である事も。 「賢者の石は町の外に運び出された。そちらの負けは決まったのだよ。諦めてくれないかな?」 廃ビルの2階、そこには駆けつけたリベリスタ2人を加え、7つの人影があった。 嘘つき兎は得たりと笑い、真実を雷神へ突きつける。大局は既に決していた。 「なるほど、俺達は詰んだわけか……俺の判断ミス、か」 同じ報告を住宅街の仲間聞いていたのか、通信機から耳を離し、淳平は目を瞑る。他の幹部らの表情も苦々しげだ。 それを見て、カイとうさ子は警戒を緩める。足止めが不要になった以上、これ以上インドラの者達が戦う理由はないと考えて。 逆にモノマは追う算段を立てる。例えインドラの者が逃げようとも、全力で叩き潰すべきだと彼は考えていた。 「待機班へ通達。今すぐビル街へ。残った敵を倒し、今から敵を追う」 しかし、淳平はそのどちらの行動も取らなかった。彼がとった行動は徹底抗戦。 通信機に向かってそう言いきると、その弓を構え、そして放った。 ビルの内部に雷がほとばしった。 ● カイとモノマは敵陣へと飛び込みその得物を振るう。ナイフの一撃が緑スーツの男の足を大地に縫いとめ、黒き拳がその腹部を捉える。 ついに崩れ落ちる緑スーツの男。 しかし、それがリベリスタ達の限界であった。 「これは俺のミスか……その結果がこれ、か」 淳平が放った矢は業火を帯びて降り注ぐ。まるで雷神の雷の如く、素早く、そして容赦なく。 「ぐっ!」 それは、己の体を包み込む炎こそ厄介だが、カイやモノマにとって一撃ならば耐えられぬ物ではなかった。相手へと一気に踏み込む事で致命打を避け、モノマはさらにその威力を殺そうとする。 だが、その雷は戦場全てに降り注ぐものであり……回避能力も体力も劣る少女にとってこの一撃は重すぎた。 うさ子がまず倒れ、回復手の回復を麻痺で止められなくなった事で、リベリスタ達の勝ちの目は完全に封じられる事となる。緑スーツの男を倒せたのは、二人の攻撃が偶然にほぼ同時に会心の一撃を同時に生み出せたからにすぎない。 「ニューハーフカフェでも始めるつもり? 店長さんよ」 「……っ」 軽口をたたく黄色スーツの女。既に燃え盛る炎はカイの衣服を燃やし、その義手・義足を露出させ、彼は正体を隠せなくしていた。だが、彼はそれに言い返す余裕は無い。二人とも、既に運命の力と気力で無理やりに立っているだけなのだから。 「くそっ……俺に」 俺にもっと力があれば。より高みを追い求める男はそう心の中で呟き……それを否定せざるを得なかった。 例え彼に今よりも力があったとしても、この状況は覆せなかったであろう。だが、仲間が今よりも一人でも多ければ状況は違ったかもしれない……『自分の力だけでは覆せぬ状況』を突きつけられ、彼は唇を噛みしめ、言葉を吐き出す。次こそは絶対に負けぬと。 「「……次は絶対に」」 それは奇しくも、インドラのリーダーの言葉と重なる。自身の判断ミスで多くの仲間を失い、賢者の石を奪う事に失敗した彼もまた、同じ思いを抱えていたのだ。次こそは絶対に判断を誤らぬ、と。 悔しさを孕んだ二人の視線が交錯する。 「俺の仲間は六人死んだ……その分、お前達には苦しんでもらう」 淳平が弓につがえた矢から指先が離れる。 ドン、という衝撃と共にモノマの意識が暗転する。 だが、その体に……。 再度衝撃が襲いかかった。 ● その後、インドラ幹部達の襲撃を受け、リベリスタ達は前坂町脱出を余儀なくされる事となる。 賢者の石はユーフォリアの手によって無事にアークへと届けられた。 カイ達が保護されたのはあの戦いから六時間後。北部の森の中。 発見時既にインドラの姿はそこにはなく……彼らの胸には二本づつ、合計六本の矢が突き立っていたという。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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