●呪術史に於ける犠牲と結論のバランス論 人類とは極めて自分勝手な精神構造を持つ生き物である。 なまじ生態系を半ば支配するほどになってしまったが為か、はたまた、それでも支配できないものを本能的に悟っているためか。 人は、天候の変化すらも自分達で(或いは自分達が生み出した概念で)コントロールできると自負するようになる。 俗に言う「祈祷」。雨乞いなどを代表とする神に祈る行為である。 だが、それは同時に無辜(むこ)の民の凄惨な犠牲史の始まりであったこともまた、然り。 神との対話に与えられた犠牲は数知れず。代替の手段が確立されようと、真に困窮する人々が拠る祈りの代価は、いつだって人の命。 だからだろうか、否か。 人の祈りは歪んだ悪夢を生み出して、今尚悪夢は子供を孕む。 魅入られた乳母は業の犠牲者にして代弁者。今宵も新たな子を携えて、世界に呪いを振り撒くのだ。 ●乞う雨の代価はその生命にて 「神に祈ること、神と対話すること。それらはとても尊いものだと思っています。少なくとも、それが純粋なものであるならば」 こつ、と音を立ててブリーフィングルームのテーブルに置かれたのは、手のひら大の招き猫。『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000201)が用意したものらしいが、それだけでは意図がまるでつかめない。 「ただ――それの代価に命を払う悪習をどう解決するか、そも、そうして得た利益は果たして『神』が与えたものなのか、については終ぞ論ずることの無いままに現代に至っています。……まあ、そうして生まれた歪みが神秘の侵食を招いているのなら、それは神秘と言う名の悪魔だった、のでしょうが」 背後のモニターに映し出されたのは、フードを被った数名の人物。そこそこ人通りの多い街角で、その姿が異様なのは言うまでもないが、問題は僅かにズームアウトされた、その後の映像だ。 雨が、降っている。 彼女達の歩いた後を追うように、雨が降り始め、少しの後に止んでしまう。 だが、それだけではない。雨が降り始めたその中で、ゆっくりと人が倒れていくのだ。一人と言わず、しかし全員と言わず。 ゆるゆると、倒れていく。 「アーティファクト『雨乞いの秘蹟』。ネックレス、ピアス、指輪、アンクルの四種を一体として発動する領域制圧型アーティファクトで、効果は『雨を降らせること』。恐らくは古来より行われてきた雨乞いの神事に関わるもの、なのでしょうが……問題は、その副次効果です。 これによってもたらされる雨は、アーティファクトが存在する間だけ発動します……つまり、時間の長短は所有者とアーティファクトが決定づけることになるでしょう。 そして、雨の軌跡の代価は」 「人の命か。悪趣味なアーティファクトだな……破壊して構わないのか?」 夜倉の言葉を継いだリベリスタに向けられたのは、重々しい肯定の意思。 「無論です。破壊することが第一条件であり、所有するフィクサードの撃破は二の次と考えて頂ければ。ただ――厄介な点がひとつありまして。どうやらこのアーティファクト、『何か』のコピーらしいんです。 大本となるアーティファクトが、『雨乞いの秘蹟』を含むアーティファクトを生み出す、謂わば不出来な自己増殖の類だと考えられます。ですので、一度に全て壊さない限り、『雨乞いの秘蹟』は欠けた分を補完して再び現れることでしょう。 全ての破壊、及びその残骸を回収し、被害を極減すること。これが今回の達成目標です。頑張るなとは申しませんが、ゆめゆめ欲目を出してつけこまれぬよう……この手合い、真っ当だとは考えられませんから」 慎重と言うには余りの物言いに、リベリスタ達の顔が強張る。 だが、呪術とはそういうものだ、油断は出来ぬと、言外に述べているようでもあった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)19:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●業深き雨音 「一時期、酸性雨と呼ばれるものが話題になったことがあった。地球を蝕む酸の雨だ」 遠く、アーティファクトのものではない雨雲へと視線を向け、『地球・ビューティフル』キャプテン・ガガーリン(BNE002315)は悲しげに口を開く。当時はPhの値一つに多くの人間が一喜一憂をしたものだったが、今では話題にすら上らない。しかし、終わっては居ないのだと。地球(テラ)を悲しませる雨は、今でも降り続けているのだ。……以後、「地球」は統一して「テラ」とルビを振っておく。念のため。 「無辜の人々を巻き込む所業、看過出来ません」 雨合羽に身を包み、周辺道路の封鎖にあたるのは『斬人斬魔』蜂須賀 冴(BNE002536)。自らの正義を頑なに貫く彼女にとって、これは確実に断ずべき悪であることは変わらない。 「彼らが何を信じて行っているのか知れませんが……ぶち壊してあげますよ」 『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の視線は、キャプテンとは別の雨雲へと向けられていた。雨雲と呼ぶには小ぶりで、禍々しい雰囲気を無意識に想起させるに相応しいその雲は、ゆっくりとだが着実にこちらへと向かっている。――或いは、待ち受ける経路で多少なり犠牲が出ているかも知れない。雨の予報に従った賢明な人間ばかりだったかもしれない。 「あたしゃ元巫女だけどぉ神って信じないぃ」 「雨を支配して神様気取り、ね。東方ならではの面白い思想だとは思うけど」 通路の一部を豪快にも愛車「龍虎丸」で封鎖した『外道龍』遠野 御龍(BNE000865)と、その言葉に応じるように呟く『殲滅砲台』クリスティーナ・カルヴァリン(BNE002878)にとって、神を偽る類の相手に対してどうこう述べる口はない。ただ、アーティファクトの力だけで神を名乗るその愚だけは、見るに堪えないものなのは確かであった。 クリスティーナの視野は、透視の甲斐もあって仲間達よりも遥かに広い。だが、それでも遠く雨を呼ぶ波長の発信源までを特定は出来ない。他のメンバー達も、『不審な』車両などを見つけるには至らない。足の向くままに不吉を振り撒く本能に、計画や戦場構築などを追求する知恵などあろうはずもない。だが、だからこそ予測が難しい。 「悪いとは思うけど、後々のことを考えると仕方ないわよねん……」 近場の車両のタイヤを幾つかパンクさせ、『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(ID:BNE000382)はため息をついた。フィクサード側の足を奪うとはいえ、仮にも一般車両で在る以上は過度な破壊は行えない。 そこまでの封鎖工作を行えば出歩く人間も殆どいなくなるのが普通だが、それでも顔を出す興味本位の人間は多少なり存在する。それらの人間を突き放すのも又、おろちとそれを補佐する『不幸自慢』オリガ・エレギン(BNE002764)の役目だった。近付くのも憚られるオリガの雰囲気に呑まれるや否や、おろちの魔眼で囚われ、為す術もなく踵を返してしまうその様は、被害の軽減という意味では大きな役割を果たしていた。 ぽつりと、雨が降り始める。 気配がなかったわけではない。視界が狭かったわけでもない。油断など元よりしていない。 それでも、その接近の可能性は全く考慮外だった。考慮に入れられるわけがない。 「上です――!」 鳥頭森が焦りを隠さず叫んだ直後、直上から降り注ぐ神秘の驟雨。呪いの雨が氷と変わり、陽のないそこに閃光を灯す。 速度と回避に多少の習熟があれば回避は容易な程度まで堕した精度ではあったものの、それでも、殆どの相手にとっては不意打ちに等しいそれは余りに凶悪だったのも事実。 空を振り仰ぐキャプテンの表情の翳りは深く、悲しみに満ちていた。 ●天を仰ぐに足らぬ魔性 「予想外だったわ……いや、それでもほぼ想定を外れない程度だった、とは思っているけど」 「いや、でも派手だねキミタチ。どうして居場所が割れたかは兎も角として、豪快というか大雑把というかさ。 何も道に入るや入らざるやの大型トラックまで持ち出すことはないだろうに」 「余計なお世話だよぉ。結果オーライってやつぅ?」 「残念ながらここまでです。これ以上の狼藉は許しません」 「意気込むのは勝手だけど、お仲間は大丈夫かしら。少しばかり、あっさりとしすぎね?」 「……それこそ、余計なお世話でしょう。敵に気遣われるほど甘く生きている覚えはないです」 地面に降り立とうとしたフード姿の面々を、リベリスタが棒立ちで構える筈もない。仮に彼女たちが遁走を選んだとて、万華鏡が示したこの機を逃す謂れはありはしない。 キャプテンとクリスティーナが放った遠距離攻撃は、彼女達への鏑矢として正確にその身を貫き、確実な戦端を開くに至った。降り立った彼女達の戯言に御龍と冴が即座に切り返すが、初撃の負傷から立ち直っていない京一の返事は重い。既に降り始めた雨の悪影響は、少しずつ、しかし確実にリベリスタ達を蝕んでいる。 「躊躇してる場合じゃないものねん。逃がす気は無いわよん?」 降り立つのが速いか、散開を許さぬタイミングで踏み込んだおろちの生み出した死の爆弾が指輪を嵌めた女へと炸裂する。庇うように突き出した右腕が炸裂の余波でずたずたに裂けはすれど、それに対して怯んだ様子は見られない。 「蜂須賀示現流、蜂須賀 冴、参ります!」 続け様、一足で踏み込んだ冴の一撃が同じ相手へと叩きつけられ、その身が大きく揺らぐのが見えた。だが、直後に放たれたのは、大きく距離を取った術師二人の捕縛の術式。瞬く間にオリガとキャプテンを縛り上げたそれを視界に収めつつ、御龍の刃が豪快に指輪の女を叩き斬る。だが、その刃が届く一瞬前、女が放った癒しの波濤と御龍の刃の届きの浅さ故か、致命打にはぎりぎりで至らずに終わった。距離を取った彼女を庇うように前に出た魔術師が紡いだ術は、リベリスタ達を次々と雷撃に陥れる。 「その指輪さえ壊せば、雨は止むんでしたね……!」 反射的に鳥頭森が放った銃弾は、指輪へと向けて一直線に向かい、確かにその狙い通りに命中はした。だが、硝煙の向こうに現れたそれは、完全破壊には至らない。その硬度が尋常ではないレベルを保つことを知らしめるに至るが、返せばそれは、多少なりダメージを与えたとも言えるだろう。 「君達の価値観が間違ってるとかそういう事を言いたいんじゃないんです」 魔術師の女を視界に収めたオリガは、呪縛を振り払うほどの抵抗を見せることは出来ない。だが、その言葉をして彼女たちに届けることは出来る。神を騙る術に対して、神に仕える者なりの言葉の紡ぎ方はあるというものだろう。 「神は何も仰られない、人の為には何も為されない。 だからそのアーティファクトが起こす雨は君達の意思。君達の意思が、関係ない人を、殺してしまう。だから、君達はここで止まるべきだ! 僕達が止めるんだ……!」 「その意気だ、私達が、地球の悲しみを止めなければならぬ!」 オリガの言葉を継いで、キャプテンが全身に力を込める。精神力だけで言うならばオリガに若干劣る彼ではあったろうが、それでも地球を愛する意思を止めるには戒めは不十分。一息で戒めを破った彼は、両手に構えた外壁を合わせ、中心の窓へ指輪の女を写しとる。その照準そのままに輝いた盾が放った十字の閃光は、確実ではないにせよ、女の左腕を強かに打ち据えた。 「聞こえないか、地球の悲しみが。ワタシは悲しい。ユー達がその雨で地球を苦しめていることが、とても悲しい。さあ、それを渡して貰おう。地球の痛みを和らげるために」 「それは、出来ない相談というものね……! 託された物を用いてその望みを成し遂げるのは、何時だって『贄』の役割ですもの!」 「『贄』……? 神様気取りの間違いではないの?」 クリスティーナの尤もな疑問が放たれるが、しかし女は答えない。代わりに口を開いたのは、呪術師の方だ。 「そこまでぽんぽんと情報を出したら、ワタシタチはいい飯の種だろうねリベリスタ。聞きたいなら、自分達で調べればいいのサ!」 「じゃあ、その体に聞いてあげるわん」 おろちが再び指輪の女へ向かおうとするが、決死のタイミングを回避して一気に距離を取った女までの距離は、一足で踏み込むにはやや遠い。手近に構えた魔術師へと一撃を仕向ける程度が、彼女に出来る精一杯だった……が、その威力をして十分すぎるとも言えた。 「チェストォォォォ!」 冴の一撃が、咆哮にすら聞こえる気合いと共に振り下ろされる。十分な間合いに入った上でのその一閃は、魔術師の意識を刈り取るには十分すぎる破壊力と雷撃を伴ってアスファルトをも打ち砕く。 「やりたい放題だねェ……! 素直に相手にするのは勘弁願いたいね、どうだい?」 「切り捨てるやり方は『彼』が許さないだろうけど、仕方ないわね。支持しま……」 「誰が逃がすと言いましたか、外道」 ネックレスを着けた女の進言を聞き入れようとした指輪の女へ向けて、間髪入れず鳥頭森の銃弾が炸裂し、今度こそ指輪を完全に砕き、その破片が強かに女の指を切り裂く。 瞬間、彼らの直上に展開していた雲が寸暇を置かずに霧散、その場を覆っていた凶々しい気配を残らず打ち払って消えて行く。 「参ったね、これは少し容赦ないんじゃないかナ?」 「足止めも気休め程度。こちらに出来ることはあちらができない道理はないだろう……どうする」 「……そう。だったら撤退戦ね。私が倒れるまで、二人は手を止めないで」 「なぁに喋ってるか知らないけどぉ、逃げられるなんて思ってないよねぇ?」 フード姿の三人が何事か口にするのを小癪だと言わんばかりに、御龍の豪快な一撃がネックレスの女が居た壁面を粉砕する。確実とは言えずとも、その威力が破格であることは彼女にも理解できたことだろう。相手にとっての危機感は大きい。 「驟雨、凍れ、穿け!」 「思考と意思を凍らせ砕け……!」 搾り出すような呼気と共に、呪術師達の放った氷雨が強かに路上を叩く。一度二度であれば大した破壊力ではなかったろうが、しかしリベリスタ側に回復の術が欠け、積み重なった負傷があったならば……或いは、それは窮地を生み出すに十分に過ぎた。 「まだね、もう少し……タイミングを図りたいわ」 「何を勘違いしているのか知らないけど。『殲滅砲台』は逃がさないわよ」 自らに回復の呪力を流し込み、何とか機を図ろうと気を巡らせる女だったが、しかしクリスティーナの放った一撃はそれを逃がそうとはしなかった。 鋭く突き刺さった十字光が女の意識を塗りつぶし、次いでキャプテンのそれがピアスの女を狙って突き刺さる。確実にその意識を塗り替えた一撃が響き、その状況を冷静に分析できるフィクサードはただ一人だった……踵を返そうとしても、ゆうゆうと逃げ切れる射程ではあるまい。 キャプテンへと照準を合わせた女へと、おろちの一撃が飛び、冴と御龍の斬撃が振り下ろされる。全身を打ち据えられて尚、愚直に向かう彼女をキャプテンの一撃が逃すわけもない。 「くそっ……」 「逃がさないって言ったの……聞こえなかったかしら?」 指輪の女が倒れるまでの猶予も、そう長くはない。遁走を試みたネックレスの女もまた、クリスティーナの一撃にその意識を塗り潰され、正常な思考を失っていく。 リベリスタ側の被害が少なかった、とはとても言うまい。既に数名、立ち上がれぬ者を出している。それでも尚、彼らを駆り立てる意思の強さがあってこそ、事象はそこで切り捨てられ、勝利を引き寄せたのだと言えるだろう。 ●未だ業は尽きまじ 「ぁ……ぅ、ぁ」 「これは……どうやら、精神が殆ど正常値から振り切れてるみたいですね。まともな思考が読み取れません」 戦闘を終えたリベリスタ達が捕縛したフィクサード達は、意識を失ってしまうか、意識を保っている者でもその精神が対話不可なまでに陥った状態であった。全てのアーティファクトを回収する前ですら意味を成さない言葉の羅列だったのだ。彼女らにとって何を正気として何を狂気とするかは彼らには理解の慮外であるといえる。だが、鳥頭森のリーディングなら話は別だ。 「ですが、少しだけ『原型』について見えた気がします……或いは、これは所有者でしょうか……」 彼女の脳裏に、思考が断線する直前に浮かび上がったのは人影一つ。それが『何』であるかは、分からぬままだ。 回収されたアーティファクトは、指輪の破片も残さず一所に集められ、キャプテンの眼前へと並べられた。それぞれが共鳴し、禍々しく鳴動する姿は、所有者の生気すら奪ったとも思える感触を持って余りある。 「例え誰が許してもこのワタシ、キャプテン・ガガーリンが母なる地球の為に破壊する!」 盾を打合せ、ひとつの外壁として形成したそれが、『雨乞いの秘跡』を直上から完全に粉砕する。 瞬間、全員が確かに――その悲鳴を聞いた気がした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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