● 今、自分には二つの返すべき恩がある。 一つは、欠陥品である己を拾ってくれた主人への恩。 もう一つは、己の欠陥を埋める友人たちを与えてくれた魔女への恩。 その大恩ある二人が『賢者の石』を望むのであれば。 自分はそれを手に入れよう。 どうやって? 邪魔する全てをぶち壊してだ。 どうせそれしか、自分は知らない。 ● 「恐らく、目的は大規模儀式。内容は『穴を開ける』事」 集められたリベリスタ達を前にそう告げる『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)。 それは現在――後宮シンヤと塔の魔女が画策していると思われる『企み』。 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)の持ち帰った情報を元に推察されたものだ。 「よくわからないけど、『賢者の石』は、その儀式に役に立つ、みたい」 モニターに映し出された、赤い魔石――賢者の石。 それは後宮シンヤの部下が入手しようとしていた、アーティファクトにしてアザーバイド。 「儀式をさせるわけには行かない。だから、賢者の石を手に入れさせる訳にもいかない」 だから、戦って。 少女はそう言葉を結び、彼女の背後にあるモニターを振り返る。 そこに映っている幾つかの人影。 そのうちの一つは巨体。 背の丈は2mと少し。 顔は鉄面に覆われ、鉄具と化した両腕が倍近くに肥大化している。 それは、まるで。 「通称『鉄鬼』、本名は不明。 メタルフレームのフィクサード……後宮一派の、れっきとした人間。 彼が、『賢者の石』の一つを入手しようとしている」 映像の中、巨体は山中の分厚い岩盤を拳の一撃で砕き、その中から一つの『石』を取り出している。 「アーク研究開発室が、獲得した賢者の石を調査して得たデータ。 その波長と反応のパターンを割り出して、万華鏡にフィード。 これにフィクサード組織である恐山会から提供された情報を組み合わせて割り出せた、未来。 それが、これ。 ――これから直行する事で、"鉄鬼"が岩盤を砕いた直後に現場に乱入できる」 フィクサードは当然、リベリスタの横取りを許しはしないだろう。 戦いは、まず避けられそうにない。 「鉄鬼は脅威の攻撃力を誇る戦闘者。けれどひとつだけ弱点がある。 ……彼は攻撃だけに特化しすぎているの。欠陥品の謗りを受けるほど、極端に」 鈍重にすぎる体は硬く、岩盤をも易々と抉る。 だが、重すぎる腕を支える足腰は敵の攻撃を避ける事に適さない。 破壊する事。それのみに偏った、歪な欠陥品。 「けれど、彼は今一人じゃない」 映し出されたのは鉄鬼の傍らに遊ぶ、みっつの小さな影。 それは青い洋服を着た愛らしい『少女』。 山中をはしゃぐように駆け回り、やがて鉄鬼の肩にじゃれ、背中に登り、腕に抱き付く。 「――それは人間じゃない。 野山で遊ぶ子供の想いを映し取ったE・フォースに魔女が手を加えて作り出した、邪精。 攻撃手段は持っていないようだけど――神秘への強い防壁を持ってる。 そのうえ動きが素早く、治癒の力に特化している」 それはつまり、『鉄鬼』の持つ弱点を3体の『少女』が補っていると言う事。 「彼女たちは鉄鬼を慕ってる――決して離れようとはしない」 イヴが静かに、呼吸を整える。 それは、疲労の色がにじみ出た呼吸。 「奇跡である筈の『賢者の石』が大量発生した理由は分からない。 最近、突然世界が酷く不安定になり崩界が進んでいる事象と何か関係があるかも知れない。 だけど――それさえも、調査中。 『賢者の石』を多く獲得する事に成功すれば――後宮派の動きを阻止して、敵の予定を挫くじゃなくて、アークの設備や装備のパワーアップが望めるかも知れない。 ――これはチャンスなのかも知れない。お願い。どうか、『賢者の石』を、手に入れて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:41 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 最初に彼が気付いたのは、その轟音だった。 ――大型車両が山中を無理矢理踏破する音。 この山は別に石切り場と言う訳でも無く、当然ろくに舗装もされていない。 ましてここは岩盤が剥き出しになっているほどの奥地だ。 だが、車が全く走れないかといえば――細い山道を強引に登ってきたのだろう。 ともかく、敵が来たのだ。 幼い姿の友人達が、遊びの手を止め不安げに彼の周りに集まってくる。 安心させるようと順に頭を撫でてやりながら彼は、しかし鉄面の下で眉間にしわを寄せた。 彼は人間である。 どれほど剣呑な異相を持とうと、人の心と知恵と思考を保った人間なのだ。 彼は、自分の『欠陥』を誰よりも思い知っている。 幾度の挫折を経験し、欠陥品と罵られるまで失敗し、歯噛みし涙して悔恨を重ね、自覚している。 己の鈍重さが物品の奪い合いに置いてどれだけ不利なのかということを。 近づく排気音に、彼は即座に決断を下した。 岩盤を背にを向けて構え、己が肉体の制限を外す。 待ち構えるのは間違いなく、死闘。 彼はその事を重々承知の上で、傍らに立つ3人の友に声をかける。 「すまん。手伝ってくれ」 「うん!」 「いーよ!」 「わかった!」 友は微塵の躊躇も陰もない笑顔で請け負う。 「…………」 彼は人間である。 必要な判断と指示が出来る理性を持つ、仲間を危険に晒す事に苦痛の感情を抱く、人間である。 ――そのことが今、鉄鬼と呼ばれ、しかし鬼ではない男には少し、悲しかった。 ● 「うおおおおおおっ──派手に行くぜっ……!」 咆哮を上げたのは『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)。ここまで山林を押し退けるようにトラックを運転してきた彼は、そのまま車両での体当たりを敢行すべく更にアクセルを踏み込み、衝突の直前に運転席から飛び出す。その先に立つ鉄鬼はトラックから逃げるでもなく、ただ腰をいくらか落としたのみ。 がごんっ! ――車両は、その巨大な拳で真正面から叩き止められた。 「てっきはさいきょーなんだよ!」 「トラックなんかよりずっとつよいんだもん!」 「えと、えと……そ、そうだそうだ!」 眼前の光景に絶句するリベリスタ達に、幼い声の野次が飛ぶ。 トラックを脇に押しのけるフィクサードの背後から、3人の少女――否、E・フォースが転げるように現れ、鉄鬼の周りに、誰が一番鉄鬼にくっつけるかと競いあい、わあきゃあと騒ぎながら寄り添う。 少女達の仕草を目に、『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)は表情を険しくする。 (やっぱり、多分、この人は悪い人じゃないと思う。もしも、先に僕達と出会えてたら……) 浮かんだ感傷を、しかし彼はすぐに詮無い事だと打ち消した。 ――こういう形で出会ってしまった以上、戦うしかないのだ。 「僕達にだって、譲れない理由があるんだ!」 到着の直前に強化の構えを組んでいた悠里は、邪精達すらも上回って素早い。 片腕の海賊を模した仮装に包まれた蹴りはその道化た姿とは裏腹に鋭く、迫るかまいたちを避けきれなかった邪精の一人が悲鳴を上げる。 「やああ!」 「だいじょうぶ?」 「いたいのいたいの、とんでけ……!」 しかしそれを見た残り二人がすぐに駆け寄り、その傷口に口付けた途端に、傷は完全に失われた。癒された少女はありがとうと仲間に笑いかけた後、祈りを捧げる様に胸の前で手を組む。 願われたのは鉄鬼の必勝。男の威容を柔い燐光が彩る。 「美散さん合わせて!」 『駆け出し冒険者』桜小路・静(BNE000915)が鋭く叫び、鉄鬼と邪精達を分断すべく回り込むように走り込み、全身の力を込めた一撃を放つ。 「――『戦闘狂』宵咲美散。推して参る」 静に合わせ『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)が更に続けて迫り、静と同様に相手を弾き飛ばしにかかる。 ランスと鉄槌、共に大重量を誇る二撃に晒され、鉄鬼の足が僅かながらも宙に浮き、バランスを崩した。 「可愛いお嬢さん達、ボクと一緒に遊ぶモル!」 気色ばんだ邪精達に向けられた、場違いとも言える明るい声。 モルぐるみを着込んだ『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の声である。 「……ねずみさん?」 「えっ? えっ? で、でも……」 「ばかぁ! それよりてっきだろ!」 口調を変え、可愛らしい仕草を心がけるアンジェリカに邪精達は一瞬心を揺さぶられたようだが、慌てて威勢を保つ。まさに三人寄れば姦しい、と言ったところか。 (彼と私達の差なんて紙一重です、一歩間違えれば……) 邪精達、そして鉄鬼を見て『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は、脳の伝達処理を向上させながら心のどこかでそう呟く。それでも、やるべき事を忘れはしない。 「貴方達個人に恨みはありませんが、潰させてもらいますよ」 そのやり取りを尻目に、トラックの影から気付かれぬよう地中に潜る『Dr.Faker』オーウェン・ロザイク(BNE000638)が眉をしかめた。彼はトラックの中で事前に発動した透視と物質透過の力を使い、気付かれぬ様に近づいて最優先目標である賢者の石を奪うつもりだったのだが、鉄鬼が掘削を中断したため赤い石は未だ硬い岩盤の中である。 ――アーティファクトという特性を持つ物は、たとえ形がトラックであれど見通す事もすり抜ける事も許さない。ましてや賢者の石はアーティファクトにしてアザーバイド、一種の超生命体のようなものなのだ。 予定が狂ったことは、認めざるを得ない。 「賢者の石は譲ってやれねえ、けど、そっちも譲れねえ、ってんなら、後は……解ってるだろ……! お互いにな…!」 ガントレットに覆われた拳を強く握りこみ、猛は邪精達と鉄鬼の間に立ち塞がる。 思う事は少なくない。だが、彼我の立場を見れば、関わった以上、見て見ぬ振りは出来ない。 「……さて、始めようぜ。お互い、全力の大喧嘩をよ──!」 構えを取ってそう宣言する猛に対し、鉄の巨鬼はゆっくりと立ち上がる事で応じた。 その右腕、筋肉の間を縫う様に気糸が突き刺さる。 「己が死地に相応しいと思うのであれば。……来たまえ、鉄鬼」 傲然と言い放ったのは『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)だ。 だが鉄鬼は顔色を変えず、しかし睨むように見据えたヴァルテッラにその肥大化した鉄拳を叩き付けた。 「がっ!?」 あまりに無造作で、無駄の多い動き。 だがその力は余りに強く、故に拳速のみが鈍重な動きとは裏腹に速い。 まさに生死を問わぬ様な一撃に、ヴァルテッラの重厚な装甲服の前面が冗談の様に大きく歪んだ。 「わきゃあ!?」 3人の中で最も気の強そうな顔立ちの少女が二度目の悲鳴を上げ、悠里の放つ蹴撃のかまいたちに翻弄される。その悲鳴に鉄鬼は顔を向けるが、リベリスタ達に分断されて駆けつける事は出来ない。 「あんたは強いよ。欠陥品なんかじゃない。状況が許せば、アークに来て欲しかった」 そんなフィクサードを顔だけで振り返り、言葉をかけるのは静だ。 「けどオレ達は、Eフォースであるあんたの大切な友人を殺さなきゃならない。そんなの許せないよな」 最後の言葉は砂を噛むように苦い響きを持っていたが、動きを止めることはない。 先ほど鉄鬼を分断するために放った技を、今度は邪精の一人を全員で狙い撃つために放つ。 少女はそれを辛うじてかわしたものの、コレも先ほどと同様に続いた美散の一撃までは避けきれず、バランスを崩し、もんどり打つように転がされる。 それを確認してから再度振り返った静は、きっぱりと言い放った。 「全力で向かって来いよ。全力で相手になってやる!」 鉄面に覆われた鉄鬼の顔が僅かに上下に動いたのは――見間違いではあるまい。 ● 一人離れた位置に追いやられた邪精を狙い、黒いオーラが舞う。 振るうアンジェリカは静とは真逆に何も言わず。 だが、ただ鉄鬼を慕い寄り添う少女達の姿に、彼女は自分に似た物を感じていた。 だが彼女はリベリスタ。E・フォースである彼女達の存在を看過する訳には行かない。 言い訳も後悔も捨て、愛を求める少女は破滅の力を持つ黒い凶器を振るう。 「……ごめんね」 逃げ惑う少女の動きを鋭く読み、月の狂気と名付けられた深紅の強弓から矢を射掛けたレイチェルの謝罪の言葉。分断した少女を仲間に合流させぬよう立ちふさがる彼女は仲間を信じてフィクサードに背を晒しており――果たして謝罪は誰に向けられたものなのか。 「手加減なんざしねえぜ、お前らが強いのは──解ってるからな」 猛もまた道を塞ぎ、その脚で空を蹴り真空の刃を放つ。 いかに涙を堪えながらも勝気に振る舞う少女に見えようとも油断できる相手ではないのだ。 一方、ヴァルテッラは大型の盾とチェーンソー剣を構え鉄鬼に立ちはだかる。 賢者の石、それは錬金術を志す彼にとって悲願そのものだ。 その全てを解明したいと願うのは必然――ならばこそ、今はただ目の前の彼を倒すことにのみ集中せねばならない。そう考えた彼は仲間が邪精を屠るまでの間、出来うる限り長く目前のフィクサードを抑えるべく、全力で防御に徹する事を決めたのだ。 がおん! 直撃ではなかった。その拳の半分が脇腹を抉っただけだ。 だが、それでも尚。 「……設楽君。私があと一撃……いや、ニ撃は耐えてみせよう」 搾り出す様なその言葉に、リベリスタ達は一様に絶句した。 危険になれば交代する。それが回復手段に欠ける彼らの用意した作戦だ。 ――つまりその言葉は、堅牢な守護を誇る彼でさえも、危険水域を近く感じたということ。 さらに燐光と微風が戦場を漂う。 邪精達が傷ついた仲間を癒すため、せめてもと息吹を送り届けているのだ。 そして気の強そうな少女、万華鏡によればよく鉄鬼に手を繋ぐ事をせがむとされるその邪精は、自らの手の甲に口付けを施す。傷は癒え切りはしない。だがそう易々と倒れることはしないと、その少しだけ他の少女より鋭い目と、浅くなった傷口が如実に語る。 鉄鬼を、邪精を。分断する作戦は奏功していた。狙いを付けた邪精に、鉄鬼の前を阻む一人を除く全員の攻撃が向かう。狙われていない2体の邪精に対しては目が行き届かない事も多かったが、そこは彼女達が幼子の精神を持つ事が幸いした。残った少女たちは攻撃者の脇を押し通るという事に対しどうしても恐怖が先に立ち、無意識に強行を躊躇していたのだ。 それでも口付けによる自己回復、仲間の呼び起こす緑の風と、祈りによる守護が破壊されるごとに重ねられる祈りは、気の強そうな彼女の命を繋ぎ続けていた。 「お前さんには三人の友が居るかも知れん。……が、こちらには七人の友が居るのでな!」 突然、声が予想だにしない場所から聞こえてきた。 賢者の石の先行奪取を諦めざるを得なかった代わり、奇襲を狙っていたオーウェンが地中から姿を表したのだ。ずっと隙を伺い集中を重ねていた彼の、少女の動きを読みきった一撃は、彼の言葉通り七人の仲間の奮戦に気を取られていたエリューションには完全な不意打ちだった。 少女の脅威は着実に、弱まっていた。 ● 「恩のある相手に忠を尽くす、か。 愚かで、単純な人物だ。が、その精神は高潔。敬意を持つに値する」 そう語るヴァルテッラは鉄鬼を決して見くびらなかった。 しかし彼の予見は外れず、遂に運命を燃やし、悠里に鉄鬼の抑えを託して交代する。 「君は、良い人だ。出来れば戦いたくなかった。出来れば仲間になって欲しかった」 真っ白に輝く篭手を振るい、決意しても尚割り切れない想いを零す悠里に、鉄鬼は僅かに首を左右に振りつつも容赦なくその豪腕を振るった。 悠里が取ったのは吸血を攻撃の中心とした作戦だったが、鉄塊そのものの腕は悠里の身体を枯れ枝のようにへし折る。かすめるだけでも抉り込むような傷。それでも倒れない悠里に、鉄鬼は目を見張ったようだ。 「倒れるもんか……!僕は強くなるって決めたんだ!こんなとこで倒れてなんかいられないんだ!」 またも一人の運命が焼かれる。勝利のために。 「あんた見たいに我武者羅な奴って嫌いじゃないけど……」 次は静が悠里に代わり、鉄鬼に向かう。 格別の防御や回復等考えず、寧ろ反動すら来る己にとって最大威力の技を構える。 「ゴメン、静くん。よろしく頼むね!」 叫ぶ悠里にひとつ頷き、雷撃を纏った鉄槌を振るう姿は、先の言葉を証明するように全力だった。 (賢者の石を敵に奪われる訳にはいかない……。敵の企みは絶対阻止しなきゃ……!) 既に目の前の邪精は満身創痍。 その涙で汚れた顔に相対し気力を何とか持たせようと、アンジェリカは内心で決意と成すべき事を改めて叫び、長く近く伸びる黒色のオーラをその首筋に叩きつける。 レイチェルは相変わらず表情を変えず、思いを誰にも悟らせない。 祈りを捧げる少女に、別の邪精の招く息吹。加護の打ち消しを狙うレイチェルは、ただひたすらに弓を引き絞る。矢は高精度の予測に基づいた狙い通り、冷酷なまでの的確さで祈り続ける少女の喉を貫いた。 「お前らは──悪くねえよ。強いて言うなら、巡り合わせが悪かっただけだ」 鎌鼬を放つ猛の言葉も何処か自分に言い聞かせているかの様で、その表情は険しい。 「お前さん達に用は無い。早々に、世界から消え去れ」 ただ一人、美散の声だけが氷点下の冷淡を称えていた。 塔の魔女の手が加わったエリューション。 戦闘狂である彼にすればそれらはただ警戒と排除の対象でしかなく、その容姿や絆は関わりが無い。 激しい電撃を纏うランスの一撃が、E・フォースの胸を貫いた。 断末魔は、なかった。 邪精は最期に美散の鋭い眼光を精一杯睨み返し、声も無く消滅した。 鉄鬼はそれを為す術なく見守り、少女に止めを刺した人物に目を向ける。 「鉄鬼――極端なまで攻撃に特化した『欠陥品』か……俺は欠陥品等とは呼ぶまいよ」 鉄面に覆われた顔が自分を見ている。そう気付いた美散は鉄鬼を振り返り、滔々と語る。 攻撃に特化しているというなら美散も同様であり、彼は相対する男を自分の同類だと認識していた。 「唯一つを錬磨し、恩義に報いる。その姿は尊い。それでこそ、俺が追い求めたる『敵』に相応しい!」 返り血の残らぬランスを一振りし、熱を込めて宣言する。 彼の定めし敵は鉄鬼一人。ゆえに邪精達は彼にとって障害でしかない。 それが分かったのだろう。フィクサードはその視線を戻し。 そのまま相対する静を無造作に上から下に殴り潰した。 「──がぁ! ま、けるかあぁ……!」 巡り会わせの偶然か、遣り場のない怒りの発露か。それは避ける事も防ぐ事も難しい痛撃。 静が膝を折らなかったのは、彼の意地と覚悟が運命を持って倒れる事を拒否したからに他ならない。 ヴァルテッラが一手と無駄にするまいと気糸を邪精に放ちながら、再び交代するべく静の元に走る。 だが、彼の傷とて決して癒えた訳ではない。 それを揶揄するかのように、二人に減った邪精の祈りが、鉄鬼に再度加護を与え、風を起こす。 リベリスタ達の2人目の狙いは、肩車が好きだと言う少女。どうも彼女は3人の中で一番甘えたがる性格らしく、頻繁に鉄鬼に助けを求める視線を向けていた。 ――だが、それを許すわけには行かない。 悠里がその首筋に噛み付き、血の代わりにエネルギー体を吸う。ヴァルテッラは後一撃を受ければもう戦えない――その時はまた自分が鉄鬼に立ちはだかるのだ。それまでに少しでも傷を癒さなくては。 ヴァルテッラと入れ替わりに戻ってきた静が鉄槌を。アンジェリカが漆黒の一撃を放つ。 レイチェルの矢が、オーウェンの炸裂脚甲が綿密なる計算の上に閃く。 美散のランスが、猛の蹴りが踊る。 だが、それで直ぐ倒れる相手ではない事は、先ほど倒れた3分の1がその命を持って示していた。 「ぐぅ……」 幾度も鉄鬼の腕を避けていたヴァルテッラが、しかしやがて崩れ落ちる。 最後に一瞥したのは後方の岩盤。その中には、赤い石が眠っているはずなのだ。 「もっと……強く、もっと強く……!」 悠里もまた、その一撃に沈む。 「……仕方ない。オーウェンさん!」 静が叫んだ。 その瞬間、傷だらけの邪精に向かいオーウェンが跳びかかった。 「ひゃっ!?」 驚く少女をねじ倒し、鉄鬼に言い放つ。 「友の一人が死ぬのを見ているのかね? ……条件を了承するならば、見逃しても良い」 ――それが最後の手段だった。 呪印封縛が叶えばより完璧だったのだが、邪精に呪縛は効かないことは資料でわかっていた。 ゆえに体勢を崩させ取り押さえるのみで手一杯だが、それでも意図は充分伝わるはず――交渉のテーブルには、無理にでも上がって貰う必要がある。 確保したとはいえ、少女がそう簡単に倒せるかどうかは分からない。だが少なくともこのままで戦闘を続ければ確実に倒すことができるだろう。それだけの武威を、リベリスタ達は十分に示している。 猛が、アンジェリカが、レイチェルが。 そのやり取りを見守っている。 「……!」 声にならない声を漏らし、鉄鬼が明らかな動揺を見せた。 「お前さんが友を守るために壊すように……俺も、友を守るために、悪魔となろう!」 目がある、そう踏んだオーウェンが更に言葉を重ねる。事実それは正しい。 だが、邪精達の精神は、余りに幼なかった。 一人が倒され、更にもう一人が今にも殺されようとしている状態に耐えられない程度には。 「てっきぃー!」 「や……や、やめてよ、てっき、たすけてあげてよ!」 泣き声と、必死の懇願。 そして柔らかな風と、祈りが飛び交う。 少女たちは、自分の手で何らかの緊張を壊したことには気がつけなかった。 事前の相談で決めていた通りに咄嗟に放たれた電撃を纏う一撃は、交渉の決裂を物理的に訴えた。 ● 「――帰れ」 邪精の一方は倒れ臥し、徐々にその姿を薄れさせつつある。 もう一人、3人中最も引っ込み思案な様子だった少女が、泣きながら癒しの口づけを繰り返しているが、明らかに手遅れだろう。 その代わりリベリスタ達もまた、立っている者が少ない。 そんな中に響いたのがその、鉄鬼がリベリスタ達に向けた初めての明確な言葉だった。 「喧嘩はよ、ビビった奴の負けなんだよ──!」 猛が意地と負けん気を持って運命を燃やし立ち上がる。 「撤退など冗談ではない!刃と成る事を望み、革醒を果たしたその時から、否――この名を持って生まれた時より、この身は生ける屍よッ!!」 美散に至っては、己の運命が奇跡の代償になることすら厭わない覚悟だった。 成功すれば確かに状況を覆し得ただろう、だが――奇跡は、容易なことでは手に届かない。 戦いを、鉄鬼は惰性のように続ける。 立ち向かうリベリスタが減っていく中、少女は泣き腫らした目で一心に祈り、鉄鬼を癒す。 ――もう、勝負は付いていた。 「帰れ」 その上でも言葉は変わらない。 「逃げて、良いと? ……私たちが憎くは無いのですか?」 言う事を聞かぬ身を無理に起こしてレイチェルが問う。 「お前達は、役目を果たそうとしただけだ。二人を殺したのは――俺の弱さだ」 それは深い悲しみのみに彩られた、断言だった。 「……もう今更かもしれませんが。アークに来る気はありませんか? 私達と一緒に、貴方自身の為に生きてみませんか?」 余りに実直なその言葉に、レイチェルが最後の一縷の望みを掛ける。 「帰れ……」 鉄鬼の答えは変わらず、もう話すことはないとばかりに踵を返し、岩盤の前に立つ。 「……すまない」 少しの沈黙の後、岩盤を削る音に隠れるように一言だけ、鉄鬼は口にした。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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