● 「おつかれさんっすー」 時刻は夕方。綺麗な夕焼けが照らす、とある辺境の地のビル解体現場。 一人の青年が作業を中断し、家に帰ろうとしていた。 手にある軍手を脱ぎながら歩いていたからか、前をよく見ておらず……。 「あ、ぷっ!?」 突然見えない何かが顔に絡みついた。 反射的にそれを払って落とし、その作業を繰り返す。 「おーい、どうしたんだ兄ちゃんよー」 「あ、はい、ちょっと蜘蛛の巣に引っかかってしまって……うえー口ん中まで……」 「あははは、災難だったなぁ。ほらタオル」 歳上の方からタオルを受け取った青年は、感謝の意を述べながら、それで顔を拭いて完全に銀色に光る糸を落とした。 ふと顔を見上げれば、はち切れた蜘蛛の巣を忌々しく見る。 「こんなとこに巣なんか作んなよなぁー」 その言葉は巣の主にしっかりと聞いていた。 時計の短い方の針が二四回、回った。 「おつかれさんっすー」 昨日と同じく、青年が帰ろうとしていた。 いつもの様に軍手を取って見上げたのは、はち切れた蜘蛛の巣。 半分あると言えども、誰かが引っ掛るかもしれない距離にはある。昨日の苦い思いを他の作業員にして欲しくないと思った青年は、鉄の棒で巣を絡み取っては除去を始めた。 ――見られていた。 青年を映す瞳の数は複数。 「な、んじゃありゃ!?」 白い粘着糸に捕まっては、引っ張られる身体。 糸の絡みついた鉄の棒だけが、無様に地面に落ちた。 既にビルはエリューション化した蜘蛛の城。 それを壊された蜘蛛の目は怒りに血走る。 長細い脚を器用に使っては、壁を伝って歩き、気持ち悪いほどに大きくなった図体は、人の身体など容易く噛みちぎるだろう。 赤い太陽が沈み、闇がビルを包む頃。 血飛沫舞う食事会は幕を開く。 ● 「ひゃー、蜘蛛さんが、蜘蛛さんんん!!」 『未来日記』牧野 杏里(nBNE000211)が手に殺虫剤を持ちながら、暴走していた。殺虫剤は今回の依頼には関係はあまりは無いのは先に断っておこう。 「はっ、失礼しました。足が二本以上あるものは苦手でして……」 恥ずかしそうに殺虫剤を背中に隠し、今回の依頼の話を始める。 「私が見た夢を見て分かったと思いますが、蜘蛛のエリューションが発見されました。ほおっておくと一般人さんが危ないのです。その前に退治、退治ーですよっ!」 そう言いながら手元の資料を、そそくさと配り始めた。 「数は二体。雄と雌で、大きさが違います。それぞれ特性も逆と言っても良いかもしれませんね、そこを上手く使うのも有りかもです」 モニターに映し出されたのは大きさの違う蜘蛛だった。見分けるのは一目で分かるくらいに解りやすい。 「解体中のビルを器用に伝って歩いたりもします。あ、落ちないように気を付けてくださいませ」 暗がりの中のビルは不気味に建っていた。 そこを蜘蛛が徘徊する姿は、更におぞましいものだ。 「それでは皆さん、お気を付けて」 杏里は深々と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年12月26日(月)23:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●益虫←→害虫 蜘蛛の城は静かに佇む。 解体工事によって剥き出した中身は、闇に飲まれて先が見えない。 「共食いするとこだけは……見たくないんだけどねぇ」 苦笑いしながら『angel's knight』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)が真っ暗な天へと手の平を向け腕を上げる。その瞬間に仲間へと緑の翼が宿り、足が宙へと浮いた。 翼の加護が使えるのは、ヴァージニアにとってはちょっとした誇りである。それは微力ながらも、心強い。 「うっし、サンキュー! おお、浮く浮く」 『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)が加護に対して恩を呟く。 「まあ、でっけー蜘蛛がいるらしいな」 「益虫である種類も、中にはいるんじゃがのう……」 翔太の言葉に『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)が反応する。 確かに蜘蛛は殺さない人も多いだろう、だがエリューションとなってしまったら別。 「まあ、これも経験だ」 『名も無い剣士』エクス キャリー(BNE003146)が気を抜くなと仲間へ声をかける。 「朝蜘蛛は親の仇でも殺すな、夜蜘蛛は何がなんでもぶっ殺せ。今回は夜だ! あとは分かるな?」 『10000GPの男(借金)』女木島 アキツヅ(BNE003054)が懐中電灯の光りを灯しながら言った。今のアキツヅなら金のために目の前の敵を粉砕しそうだ。前より減ったか、目指せ残り一万GP。 そんなアキツヅの言葉に『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)がこくこくと頷いた。 「けして覚めない眠り……送ってあげないとね」 蜘蛛に罪は無いのだろうが、人に仇名すのは止めるべき。 眠り姫は眠気から覚醒し、凛と佇んでは黒き翼を広げる。 それに続き、リベリスタ達が宙を自在に飛んでいく。目指すのは――ビルの四階。 その途中、『素兎』天月・光(BNE000490)が暗視を使って視線を巡らせる。 蜘蛛の糸らしいものは見当たらない。どうやら糸で巣を作るというよりかは、そのコンクリートの塊そのものが巣なのだろう。 途中、『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が三階の中を覗く。続いて瑠琵と翔太も三階の中を偵察した。 翔太は幸い暗視があったから不要だったものの、懐中電灯の光りが闇を照らしてしまった。 それが蜘蛛の目に届いたか、異変に気付いたか。光りに反応してこちらを向いた。 八つの単眼と目線が交差する。 「……おや、見つかりましたでしょうか?」 「……おいおい」 「兎に角、上に急ぐのじゃ!」 冷静なアラストールが瑠琵に引っ張られて四階へと飛び去る。 それに釣られてか、ガサガサと蜘蛛も動き出した。 ただでさえ巣を壊されて苛立っている最中だ、不安要素と思わしき物体は容赦無く襲うだろう。 ●荒らすな危険 リベリスタが自らの力を強化している間だった。アラストールと瑠琵、そして翔太が四階に降り立つ。 「すまない、恐らく見つかった」 「マジで!?」 淡々と話すアラストール。アキツヅがハイディフェンサーを発動させた頃、階段付近から物音がする。 ――ガサッ ガサッ ガササササササササササササッッ 「来るぞよ!」 重なる足音が段々と大きくなっていく音に瑠琵が警戒する。 間も無く、ずずいと現れたのが雄蜘蛛だった。 「うわぁ……」 つい、ヴァージニアが声を出した。 本来、化け物らしい化け物なら受け入れられるものの、普段見続けているものの巨大化はなんとも気持ちが悪い。 比較的小さい雄が、顎を大きく開けて那雪に襲いかかる。 「わっ」 クールにも驚いて反射的に後退する。顎が近づくその一瞬、アラストールが間に入った顎を受ける。 アラストールの右肩を噛みちぎり、俊敏に雄は後ろへ後退する。 流れる血もいともせず、アラストールはブロードソードを黒い服から取り出す。 「では、大蜘蛛よ、生存競争といこうか」 その間にも雌がのそりのそりと階段から顔を出した。その瞬間に糸を飛ばす。 「うひゃあーっとお!」 放たれた糸に光はぴょんぴょん跳ねて、ひらりと交わした。 先手は蜘蛛に取られたものの、場所が変わっただけでまだこれから。 「巣を守る。本能に忠実だなぁー」 光が頭を斜めにして考える。だがすぐに走り出し行動を移す。 「でも、退治させてもらうからね!」 雄が噛み付こうを動き出したが、そこに光が割ってはいり、その牙を受けた。 ちぎれる服の音。牙が腕を貫通しては肉に食い込む。それに少し眉が揺らいだものの、まだ……大丈夫。 手の空いたアラストールがヘビースマッシュを腹部へと叩き込んだ。 その薄い皮には、純粋な火力はよく響く。雄はキーキー鳴きながら転がっていた。 雌へ向かって翔太が動き出す。 高く跳躍し、舞い上がる。近くに行けば行くほど雌蜘蛛の大きさは増していった。 グロテスクな模様をその目で捕えつつも、その頭を叩きつける。 攻撃は絶え間なく、エクスが両刀の剣を交差させる。 「すまないな、だがこれも仕事なんだ」 恐ろしくでかい図体に、ギガクラッシュを放つ。固い皮膚に剣が当たった瞬間、反動で手の平からミシミシを音が鳴る。 だが、エクスは精神力が続く限りその攻撃をやめない意思だ。 「そちらも糸が得意の様だが……こちらの糸は如何かな?」 那雪が多重の気糸を呼び出し、それを放つ。 薄く光りを放つ糸達は、見事に二体の蜘蛛を貫いては消えていく。 振るのは気糸だけでは無い。 「こっちも食らうといいのじゃ。たーんと味わえ!」 瑠琵が式符を天井へと放つ。最高点へと投げられた式符は瞬時に氷の雨と成り、蜘蛛達へと降り注ぐ。 雨が身体へとぶつかれば、その部位が氷となって凍てついてゆく。 雨の中、ヴァージニアが身の丈より大きい剣を振りかぶる。 AFから照らされる光りを頼りに、雌へと接近しそのまま魔落の鉄槌を頭上へと振り落とした。 慌てた雌がリベリスタを薙ぎ払う。 大きくとも細い足がエクスとヴァージニアを後退させる。 「よし、いくぞ!」 魔落の鉄槌はリベリスタ達にとっては好機。 叫んだ翔太を戦闘に、集中攻撃を仕掛ける。 ●食べるな危険 リベリスタの攻撃が続く中、雄が暴れてアラストールへ突進しにかかった。だがその後ろには雌を攻撃している仲間達が居る。 光が走り出し、アラストールと共に抑えに入った。 「……この後ろにはいかせませんよ」 「おおーっと、そこまで!」 雌より小さいとは言えどその力は強力であった。 ぶつかり、アラストールと光は力のゆくままに飛ばされる。 「おお!? 大丈夫か!」 「ああ、もちろん」 アラストールは、飛ばされた進行方向に居たアキツヅが受け止めた。 光は天井にくっついて止まる。 「おい、大丈夫か!」 光に翔太が聞いた。逆さにぶら下がる光は手でオッケーとポーズを取ったがその瞬間にフェイトの光りに包まれていた。 「いや、それ全然大丈夫じゃなさそうだし」 その原因の雄はその場で止まったようだ。仲間の方向へ貫通していくのは防がれたようだ。 その時、雌が行動を移す。 エクスが五回目のギガクラッシュを放った瞬間、ギギギと顎内を鳴らして歩き出す。 「んっ!? おいっ、捕食行動だ!」 巨体が動き、エクスが突き飛ばされる。向かう先は――雄。 すぐさま光が天井から降り立ち、アラストールにヘッドセットを被せる。 「ちょっとだけ我慢してね?」 「あ、ああ……??」 そのまま両手で光の目を隠した。音も、光りも遮って、それを見せないように。 ――バキィ ガリガリッ グチュッ その光景はおぞましいものだ。 捕らえられた雄が雌の顎によって解体されていく。 蜘蛛に表情があれば、どんな顔をしてその行動をするのだろうか。どんな顔をして行動されるのだろうか。 「ひゃ、ひゃぁぁあ……っっ」 ヴァージニアが竦み、震えた。 (人間もこんなことする種族だったら……いや、そんなことは無いのだけど……っ) 有りもしない事を考えるが、今の状況なら仕方がない。途中で思考を辞めて、終わるのを待つばかり。 (テラーナイトも……食えるのか? うわうわっ、気持ちわるっ!) アキツヅもついつい考えてしまう。依頼でよく見かけるゴキb(略)型エリューション。 それをも食べてしまうのかと考えた瞬間、背筋がゾッとするのを覚える。よし、考えるのは此処までにしておこうか。 エクスも経験だと思って耐えてはみるものの、今夜視る夢は最悪かもしれない。 それまでそこに居た雄が綺麗に消えて無くなった。 残ったのは、潰される身体から出た液体と、食われ損ねた破片だけ。 でも、それって自然界では普通に起きているひとつの出来事。 残りは雌蜘蛛が一体。 だが、被捕食の光景、音。身体が重くなったようにリベリスタの足が竦む。雌が動き出し、薙ぎ払われる光とアラストールのダメージが大きい。それとは正反対にも、雌蜘蛛の身体は綺麗で、傷ひとつない完全な回復。 「皆! あともう少しだから、頑張ろう!?」 吹っ切るように叫び出したのはヴァージニアだった。 お人好しの性格が反映したのか、仲間を支えるのに長けた彼女の祈り手から光りが溢れる。 リベリスタを包むのは邪気を払う癒やしの光り。それは全員が被捕食の光景から脱するまで止むことは無かった。 ●飛ぶ七本足 一体となったのがリベリスタとしても集中攻撃をかけやすくなっていた。 ヴァージニアが魔落の鉄槌を放てば、リベリスタが好機と見てすぐにアキツヅが動き出す。 大剣から流れるショックから雌蜘蛛が慌ただしく動く。 「いい加減、砂糖水生活には飽きたんだよぉおお!!」 これが終わったらバーベキューだ! 二十六年式拳銃から放たれるのはアキツヅの熱い想い。神々しく光った銃弾が雌蜘蛛の一本の脚を吹き飛ばしていった。 勿論、雌蜘蛛の怒りを買う。 飛ばされた脚に悶えながらも、口からギギギを音を鳴らせてアキツヅの方向を向く。 遅い速度を連想させない程、素早く高く跳躍した雌蜘蛛がアキツヅの身体をその巨体でのしかかり、地面へと叩きつけた。 そのアキツヅを救う様に翔太が飛ぶ。 「硬かろうが、斬り刻むのみだ」 それが決定打か、多角的なその一撃は雌蜘蛛の頭を綺麗に当てる。 ――その瞬間だった。 「あ、逃げる……」 那雪がぽそりと仲間へそう呟く。 頼みの雄はもういない。 自身が危なくなったのが本能的に感じ取ったのか、走り出し、ビルの外へと出ようと慌てた。 冷静な瑠琵が鴉を式符から作り出す。 「良い機会じゃ。捕食される側も味わうが良い!」 その鴉は逃げる雌蜘蛛の背後を射抜いていく。それに続き、逃走阻止のリベリスタの行動が勢いを増す。 「そろそろ疲れてきたわ……、終わらせないと」 必要最低限しか動かない那雪の身体からピンポイントスペシャリティが放たれ、蜘蛛を射貫く。 その光りの糸を背に感じながら、エクスとアラストールが走り出す。 「残念だが、ここから先は通行止めなんだ」 エクスが蜘蛛の前方へと回り込み、ギガクラッシュでは無く、メガクラッシュを放つ。 両剣の圧倒的な攻撃に、蜘蛛の身体は綺麗に宙へと浮いて後ろへと吹き飛ばされる。その後ろには―― 「これで、終わりです」 ――アラストールが待ち構えている。 飛んでくる雌蜘蛛にタイミングを合わせるかのようにブロードソードを横に振りかぶる。 その瞬間に膂力を爆発させ、その溢れた力の風圧がヘッドセットを飛ばしていった。 近づく雌蜘蛛。それに伴い、回る剣。 雌蜘蛛の胴体は剣に吸い込まれるように、まっぷたつへとなっていった。 ●神秘は暴露されてはいけない! 静かになった解体中ビル。 大きな死骸を目の前に光がぽんと手を叩く。 「埋めよう!!」 死骸を埋葬する光の呼び掛けに、仲間達は驚いたのと同時に仕事が増えたとしょんぼりした。 そんな中でも那雪がパタリと倒れる。 それまでキリリと、頼れるプロアデプトとして戦場をかけていたが、終わった瞬間に眠りの世界へと旅立つ。まさに眠り姫。 すやすやと眠す那雪の横で、リベリスタの穴掘り作業が始まった。 (そういや……) ふと翔太が蜘蛛が苦手な杏里の姿を思い出した。 (どうやって濁して報告するか……) 着々と、穴は深くなっていく。 穴に蜘蛛さんいれてーまた穴を埋めてー。 全てが終わった頃には日が上り始めていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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