●Nailer 人形であった。人形でしかありえなかった。目も鼻も口もない布。人の形を真似た布。 しかしそれは、動いていた。滑らかに。 中に人間がいる事、それは更に在り得ない。 腕に釘が刺さっている。 頭に釘が刺さっている。 足に釘が刺さっている。 額に頬に耳に唇に首に肩に胸に腹に足に指先に。 針山の様に無数の釘が刺さっている。 呪いの藁人形よりも尚酷い有様で、それは立って歩いていた。 そして、それを率いる男の目にも、釘が刺さっていた。 ●Nailer's beat 「こんばんは、皆さんのお口の恋人断頭台・ギロチンです。それはさて置き急ぎです。婉曲的で長い話が得意なぼくが短く纏めるよう努力しますので、要点だけでも確実に忘れずに聞いて下さい」 少々急いた調子で『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)が口を開く。 「既にお聞きと思いますが、後宮派のフィクサードが手に入れようとしていたものは、『賢者の石』と呼ばれるアーティファクトでアザーバイドである事が判明しました」 ギロチンは幾枚かの参考資料を広げ、リベリスタを見た。 先日、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)が得た情報によると、『塔の魔女』アシュレイ達の目的は『大規模儀式』を行い、『この世界に穴を開ける』事であると推察される。 そして、詳細は今だ不明であるが、この『賢者の石』が何らかの役に立つ可能性が高い。 だからこそ、これをシンヤ達に奪われる訳にはいかない。 そう言ってからフォーチュナの青年は薄っすら笑う。 「研究開発室長は凄いですね。先だって別のチームが持ち帰ってきてくれた賢者の石を元に、それらの場所を万華鏡で探れるようにしてくれました。なので、今回ぼくが皆さんに頼むのも、この賢者の石の獲得です」 さて、と切り替えて差し出したのは地図。 山道と思われる所を指でなぞりながら、ギロチンはその一箇所を指した。 「皆さんに向かって頂きたいのは、山間に存在する教会です。そこに『釘打ち』と呼ばれるフィクサードが、四体のE・ゴーレムを伴い賢者の石を手に入れようと訪れています。この後すぐに向かって貰いますが、残念ながら彼らの方が一歩先です」 村の人口の減少に伴い、その教会は常駐の人間がいない。 今は一週間に一度隣の町から管理の人間がやってくる程度であり、一般人乱入の心配はしなくていい、とギロチンは言う。 「敵は少々行動が特殊ですので、よくよく聞いて下さい。E・ゴーレムは全身に余すところなく釘を穿たれた布の人形です。シルエットからして女性型かと思われます。彼女らはこちらに『攻撃を行う事がない』んです」 ならば、釘打ちの壁である事に特化しているのか。 そう問うリベリスタに、ギロチンは首を振る。 「いえ。彼女らは『特定のターゲットと自身のダメージを共有する』事が可能です。お分かりですか。彼女に10のダメージを与えれば、誰かにその10がそっくり返って来るんです。彼女を燃やせばその誰かも炎の舌に舐められます」 鏡のようで鏡ではない。 彼女らは攻撃した相手ではなく、『ターゲットと定めた相手』に己とダメージを共有させるのだ。 そしてその能力は何の動作も伴わず発動するため、回避するのが難しいとフォーチュナは告げた。 「E・ゴーレムは全部で4体。釘打ちの傍にいるものだけは少々毛色が違い、受けたダメージの半分を釘打ちに対する回復として与えます。他の3体は外見では区別が付きませんが、前に立っています。釘打ちへと向かう障害となります」 釘打ちだけを狙おうとしても、彼女らは全てその身で庇う。庇う。庇う。 火力の強い仲間の攻撃が、絡め手で弱らせる仲間の攻撃が、この時ばかりは諸刃の剣。 「当然ながら、釘打ち自身も彼女らの特性を知っています。だからこそ、彼が『E・ゴーレムをターゲットとして攻撃する』事も十分ありえるんです。素直に身に受けてくれるとは限らないリベリスタとは違い、彼女らは釘打ちの攻撃を『喜んで全身で受け』ます。……つまり、彼女らが余す所なく受け切った釘打ちからのダメージが、そのままあなた達に向かってくるんです」 釘打ちの第一目的も賢者の石の確保であり、その為であればE・ゴーレムを何体使い潰そうが構わない。 彼女らのターゲットを、釘打ちが指定する事はできないのはせめてもの幸いだった。 そう言ってから、ギロチンは顔を上げる。 「賢者の石は、ご存知の通り強力なアーティファクトです。多数得られれば、アークの天才、真白室長が更なる調査と改良を重ねてアークの設備や皆さんの装備に反映できるようにしてくれるかも知れません。敵の予定を潰せて、ぼくらは利を得られる。良い話ですね、でも」 和らげた声が、再び幾分かの硬さを帯びた。 本来ならば、賢者の石などという存在は奇跡。 フィクションでも軽々しく消耗品で出てくる場合は少なく、希少価値の高いもの。 それがこれだけ発生している理由が分からない。 近頃、世界が不安定になり崩界が進んでいる事と関連があるのかも知れないが、詳細は不明であり調査中であると。 「それに、前回の案件を見て頂いた方なら分かると思いますが、『釘打ち』は決して弱くはありません。狂信的ではありますが、挑発に乗るタイプでもなさそうです。釘打ちの判断は冷静です。どうか、見誤らない様にして下さい。賢者の石は重要ですが、奪われたとしてその分の借りは何れ奪い返すチャンスがあります。けれど、皆さんの命ばかりは奪われたら取り返せません。何を持っても取り返せません。敵の命では埋められません」 忘れないで下さい。 そう繰り返す瞳はいつも通り曖昧で、真剣だった。 ●Nailer's God 彼はどこかで祈っていたのかも知れない。 彼はどこかで願っていたのかも知れない。 人を打ち付け痛みに歪む顔を見るその感覚を認めて貰える事を。 人を打ち付け痛みに歪む顔に自分を投影する背徳を共感して貰える事を。 異常と打ち据えられて尚、どこかで祈っていたのかも知れない。 だからこそ彼にとって画面の向こうの男は神であった。 正常を嗤い異常を招く恐怖こそが神であった。 認知も共感も必要とせず、正常も異常も等しく鼻で笑う男が。 だから彼は請い願う。 神が齎した世界で、気にも留められず切り捨てられる事を。 彼はただ、恋願う。盲目に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:39 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「人の趣向に口を出す気はないが、俺の趣味じゃないな」 教会からは十分な距離を保ったまま、『半人前』飛鳥 零児(BNE003014) が呟いた。 釘を穿つ。刺して穿って貫いて、そこに快楽など見いだせそうもない。 「ま、何と言うか、極まったサドマゾですね」 傍らで、鉄の塊にしか見えない得物を撫でた『消失者』阿野 弐升(BNE001158)が告げた言葉は正鵠を射ている。 誰か痛めつけたい。苦痛に歪め。恐怖しろ。引っ繰り返ってそれは己に跳ね返る。 痛めつけられたい。苦痛に恐怖に浸りたい。屈折した表裏。 強者であったが故に果たされなかった裏の願望。 果たせる相手を見つけて、逸脱し捻り曲がった信条と信仰を伴い、彼は盲信する。 だがそれは、弐升が付け足した言葉通り、どうでもいい事だ。 「そうそう、何でもいい! 俺の親友怪我させたんだからその報いは受けて貰わねーとな!」 不適に笑うのは、『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)。前回の襲撃時、一人で釘打ちを食い止めようと立ちはだかった友人は暫しの休息が必要な怪我を拵えて帰って来た。 ならば彼が釘打ちに向かう理由は他に要らない。賢者の石も考慮外。仇討ちは為されるべきだ。 「……無理は、駄目だよ、しーくん……ね?」 未だ敵の範囲外。だから常の如くふらふらした口調で『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)が窘める。とは言え厳しく諌めている訳でもない。信頼の上での再確認。 任せとけ、と力強く頷く俊介に、那雪は微笑を零した。 そんな中、『罪人狩り』クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)は静かに教会の扉を見やる。 人は全て罪人である。罪人を裁く事は己の使命である。 記憶に残るその思考。自らが抱いていた信仰に似た信条。共通項を見出して考える。 一つの組織が彼女にとっては救いとなり、彼にとっては更なる逸脱の引き金だった。 分岐点はどこだったのか、その差は何だったのか。これも考えても仕方がない。 切り替える。 「相変わらず趣味悪ぃもん作るの好きだな」 「ああ、お人形遊びなんざ余裕だなァ!」 柄の悪さという点での共通項。別の共通項は悪趣味な男との顔合わせが二度目。『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)と『人間魚雷』神守 零六(BNE002500)は鼻で笑う。 前回の苦渋は忘れるはずもない。 目標自体は達成したものの、釘で穿たれ沈んだ記憶は忘れようもない。 痛みに怯みなどはしない。彼らを突き動かすのは恐怖ではなく矜持と信念。 折られたならば跳ね返り、更なる痛みで打ち倒せ。 それが『正義』と呼ばれるものではなかったとして、強く芯となるそれを否定する必要もない。 表に比べれば小さな扉。内部状況までは分からないが、この規模の教会だ。ほぼタイムラグもなく突入できるだろう。 行き先を眺めて『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)の唇が笑みを形作った。 「あそこに『愛』はないものねん」 自分勝手に撒き散らされる苦痛と破壊。愛を向けても返らない、愛を向けずとも奪われる。 ああ、実に救いがたい。 ● 寂れた匂いがする。 内装は荒れてはいない、埃が積もっている訳でもない。 それでもここは、人がいない。 人のいない建物は空気で分かる。匂いで分かる。冷えている。熱がない。 立つ人影、一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。 動かない。 前衛的なオブジェ、それらしく述べるのならば苦悩や苦痛を表したものになるのだろうか。 全身に釘を穿たれた女の布人形と、奥に控える男が一つ。 彫像の如く動かなかった男が、顔を上げた。 彼の『視界』に動くものが入ってきたからだ。 破られるかの様に力強く扉が開く音は、二つ。 開くのもそこにいる数も知っていたから、彼は黙って釘を穿った。己の体に釘を穿った。 「ちーっす! 釘打ちサンよォ、仲良くしよーぜ?」 言葉は友好に、笑顔は獰猛に。 片手を上げた俊介の反対側、踏み込んだ瀬恋が銃を上げる。 「先日はドーモお世話になりました。お礼参りだ。ぶっ殺す」 久方ぶりの再会に、表情さえ変えずご挨拶。 反応はない。 E・ゴーレムたちは向きこそ変えたがそれ以上の動きはなく、釘打ちも一歩たりとも動かない。 この教会は全て彼の視界内。リベリスタを見るために首を動かす必要すらない。 ――或いはその価値すらも、今は見出していないのか。 「遊びましょぉ?」 おろちが白い腕を伸ばした。 伸べる先には、無数の釘を生やした人形が一体。 釘の山を抜けて指先が布に触れる。麻だろうか、中に何が詰まっているのか、はたまた詰まっていないのかも分からない。それで十分。 袋の中に仕込まれた爆弾は、おろちの皮膚を焼き焦がしながら破裂した。 「自身を罪人と称するなら、それを狩るのが私の使命」 クローチェの両手から赤が咲く。伸ばされたコード、締め付け切り裂き痛める赤。 おろちが狙った布人形の隣、寸分違わぬ別の人形を切り裂いた。 「二度も俺と遭遇した不運を呪え!」 釘打ちを見据えて零六が笑う。 敵である。崩界を増長しかねない世界の敵である。それを誅す事に一片の迷いもない。 歯車が回り、切断する刃となる。全身の力を一刀に込め、振り下ろした。 「賢者の石は、渡さない」 戦況を見詰めながら那雪が呟く。 とろんとしていた目は鋭く釘打ちとその周囲に向けられ、手に持った雪水晶の刃が風を切った。 覚醒した眠り姫は、機を窺う。 あまり見ていなくない面だ。 弐升はそう思う。両目に釘を突き刺した姿は、味方ならばまだ悲哀も湧くかも知れないが、敵であれば歪んだ性質に溜息を吐くしかない。 彼の振るった槌は、ゴーレムを打ち据えた。 次の瞬間、降り頻る釘。 一発一発に然程のダメージはなくとも、雨と同じく完全に避け切るのが難しい。 何よりの懸念は、喜ぶように体をくねらせ浴びるゴーレムの姿。 貫く釘が増える。元あった釘と打ち合い耳障りな音を立てる。 これが誰かに跳ね返るのかと考えて、零児は少しだけ眉を寄せた。 原理の分からない神秘。分からないこそ神秘であるとも言える。 石の確保の為だけならば、時間稼ぎに費やしても良い。 だが、過去に無数の血を流したこの男を放置しておく必要もない。倒せるならば倒さねば。 故に戦況を己らに傾けるため、零児は全力を込めて刃を振り下ろした。 「邪魔くさいね」 瀬恋の銃口が攻撃を重ねられていないゴーレムへと向く。 ガントレットから伸びたそれから吐き出された弾丸は、布人形の頭を穿った。 後頭部が破裂して、逆再生で巻き戻る。布であって粘土の如く。 異様だ。だが少女は眉一つ動かさない。 動き。 動きといえば、人形は動いていた。 それは攻撃の為ではなく、防御の為でもない。 ウィンドウのマネキンがディスプレイの変化と共に変わる様の早回し。各自意味のないポーズをとり続ける。そこに規則性はない。釘で全身を穿たれた人形は、笑うように、見せ付けるようにポーズを変える。 くきり、くきり、動く姿は人形のぎこちなさと、『本来動く筈がない』ものの動く滑らかさを備えていた。 「くっ……!」 「――っ!」 クローチェと弐升が声を上げたのはほぼ同時。 全身に痛みが走る。跳ね返る痛みは布人形のもの。彼女らの全身を彩る釘に貫かれた痛み。見えない釘に穿たれる。近くの椅子に穴が開く。 聖痕の如くじわりと丸い跡が、服に無数に浮かび上がった。 リベリスタ達は均等にダメージを与える事を決め、それを忠実に守った。 だがフォーチュナは言っていた。彼女らの行うダメージの共有には『何も動作を伴わない』と。 釘打ちの傍らに侍るのがストルゲーだろう。なら、他は。 どれが何の名を冠したゴーレムなのか分からない。どれが誰を狙ったのかも分からない。痛みだけが跳ね返る。 だが、教会に歌が響いた。力強い歌が。 それは流れ出す血を止めるのは叶わないが、穿たれた穴を急速に塞いで行く。 「支えてやっから思いっきりヤれよ! 信用してんぜッ」 自身も服に赤を滲ませた俊介が、支える覚悟を決めた少年が仲間を激励した。 ● 穴が開く。 クローチェに、弐升に、おろちに零六に零児に瀬恋に俊介に那雪に。 ゴーレムの共有のタイミングは計れない事もない。完璧にとは言わないが、ギリギリ掠るに留める事も運がよければ可能だった。だが、殆どは身で受けた。 釘打ちによる可視の魔力の釘に加え、ゴーレムによる不可視の釘。 打たれ穿たれ、血を流していないものは殆どいない。 様子を窺うおろちだが、『今だ』と思える瞬間が酷く遅い。分散によるダメージ配分は、それだけ一体の体力を削り切るのに時間が掛かった。 零六と零児の手によって二体は釘打ちの傍から引き離されていたが、今だ一体とストルゲーが立ちはだかっている、そんな時。 弐升がふと、異常を感じた。 異常と言うにも憚られる、ほんの少しの違和感。 石の出現タイミングを計ろうと注意を払い続けた彼だからこそ気付いたのかも知れない。 更なる集中。 陽炎。違う、空間が僅かにブレているのか。 熱した薬缶の上の空気。注意して見ないと、近くで見ないと気付かないそれ。 常人には不可能な察知。彼ならばできた。 だから弐升は、自らのオーラを電撃に変え、腕を打つそれごと武器を布人形に叩きつける。 「乾坤一擲!」 それが合図と知るのは、仲間のみ。 仮に釘打ちから何らかの合図に見えたとしても、ここから全力で押し通すという意味合いのものでしかなかっただろう。 戦況不利に傾いた時の挽回策。痛んでも押し通すという決意。 裏の真意を込めた弐升の視線は、己が見た『異常』の兆候があった場所を仲間へと示した。 クローチェが壁を伝い、釘打ちの前に踊り出る。 だが、彼女が糸を振るうよりも早く、釘打ちの『目』が向いた。 取り囲むように現れたのは、無数の釘。 釘打ちの目蓋の上から突き刺されたそれが浮かび、咄嗟に目の前に腕をかざす。 漏れる息。 掌に刺さった足に刺さった腕に刺さった腹に刺さった肩に刺さった、息が苦しいのは何でだろう喉で何かが動いている、ひゅう、と漏れる息は喉を釘が破ったからか。 鋭い痛み、打ち付けられた衝撃で揺れる釘は鋭い先で肉を抉る。度を越えた痛みに暗転する。目前に迫るのは永久の暗闇。それでも。 「……どれ程痛みを打ち付けられようと、私は決して『死』を恐れない」 クローチェは喉の釘を抜き放った。削る運命、生命力を代償に得る急速な治癒。 そんな彼女に、釘打ちが気を取られた瞬間であった。 鏡の割れる音がして、空間の一部が剥がれ落ちる。 その欠片が寄り集まり、構成したのは――赤い石。 賢者の、石。 得たのは、瀬恋。 仲間の一撃によって吹き飛んだゴーレム全ての動きを自らの技で止めるのは無理と踏んで、奪取に全力を注いでいた彼女は、釘打ちの目前で、床に落ちるよりも早く赤い石を掴み取る。 「ざまぁ」 口の端に笑みを刻んで放った一言の後に、釘が来るのは分かっていた。が、全身に釘を浴びた瞬間には既に石は瀬恋の手にはない。 痛みが体を破壊する。立てないという警告。レッドシグナル。それも赤。 寵愛の一端を削り、赤は黄へと移り変わる。 「教えてやるよ釘野郎。アタシは舐められるのが死ぬほど嫌いなんだよ!!」 啖呵を切った瀬恋の背後を、赤が軌跡を描いて飛んでいく。 それは仲間のいる方向。 「頼んだ」 飛んだ石は零児の手に収まり、後ろ手に那雪にパスされる。 少女の掌の中で、赤は明るく輝いていた。 「――任せて」 頷きは、仲間全てへ向けて。 預けられた信頼を一身に背負い、彼女は踵を返す。扉の外へ。 釘打ちの喉の奥から、呻きのようなものが漏れた。 「あんたの遊び相手はこっちだぜ」 那雪への視線を遮るように、俊介が立つ。 ああ、これからが本番だ。 彼女に任せたならば、石をちゃんと守ってくれると信じているから、少年は攻勢に回る。 「まさかここでお預けなんて言わねェよなァッ!」 屈辱から這い上がったならば己は強い。そう信ずる零六は笑う。 その死体から釘も抜き取り、名の面影もなくしてやると。 「アナタを赦してくれるのは、もう『死』だけ」 おろちが薄く薄く笑む。嫣然と冷徹と傲然と。 愛を論理に破壊を望む二律背反の女は、布人形の腕を引きその腹に刃と爆弾を潜り込ませた。 「貴方の言う贖罪は、己の快楽を満たすだけのただの詭弁。貴方の罪は……罪の重みを軽んじた事よ」 ストルゲーに相対し、釘打ちの傍らに立つクローチェが告げる。 彼は贖罪に生き殉教者として死ぬ者ではなく、『罪人』であると。 理解はしよう。人に釘を刺すのが好きだろうが、逸脱者としてはそれらしい。 それを行える程の強者である事も認めよう。 それが彼だというのならば認めよう。 認められない一点は、大事な友人を傷つけたその一点。 「釘打ち! 彼岸で後悔しなァ!!」 仲間への信頼と、信頼故の怒りを以って、俊介はそう言い放つ。 「全く……仕方のない子」 叫びを耳にして、那雪が少し相好を崩した。 だからこそ、彼女も彼を信頼する。 そこに嘘偽りがないのを、那雪は知っているから。 「付き合うよ」 零児もまた、異常性は理解している。仲間がそれぞれの理由で討ちたがるのも理解の内。 石の確保は果たした。本来ならば、ここで逃げても構わない。 だが、やれる所までやるというのならば。 その心意気に乗らずして、何の為にここにいるのか。 九死に一生を得た事で手に入れた日常。正義の味方たろうとする彼は、仲間と肩を並べ頷いた。 ● 先と変わったのは、俊介が攻勢へ転じた事。 そして、ようやくゴーレムの内の二体を討ち果たした事。 代償は軽くない。 クローチェがとうとう力を失い床へ倒れた。 ストルゲーと共に残っていた一体は弐升が一度膝を突いた後は零児を狙い続け、最期は二人と共に釘打ちの一撃によって震えて動かなくなった。 立ちはだかる障害は残り一体。 だが、その一体を通さねば釘打ちへの攻撃が通らない。 おろちが首を振る。ストルゲーに攻撃手段がない以上、押し切れるかも知れない。 しかし、釘打ちが降らせる釘が問答無用で地へと縫い付けるものであるからこそ、フェイトを削って立ち続ける仲間には分が悪い。 「オヤスミはまた今度、ね」 路地裏で交わされる秘め事の如く、静かに囁かれたおろちの一言。 視線を受けて、那雪が足を走らせる。 今度こそ、遠くへ。遠くへ。 次いで体力の低い仲間が、倒れた仲間を抱えて走り出す。 立ちはだかったのは、傷の比較的浅いおろちと零六。 死ぬ気はない。あるはずもない。殺されてやる気もない。だから仲間が逃げる、ほんの少しの時間稼ぎ。 零六が、今だ届かぬ釘打ちを指先で招いて、笑った。 ● ――結論として、リベリスタの撤退後に釘打ちも早々にその場から退去した。 ゴーレムはあくまで彼の補佐であり、単独で石を追うには向いていない。渡したとして、受動に特化した彼女らでは帰還より先に討ち取られるのが関の山。 屋外で命を賭して複数相手の追いかけっこを行ったとして、自らが賢者の石を持ち『帰る』事は無理と判断したのだろう。前回と同じく、引き際の判断は早かった。 土産とばかりに打ち込まれた数撃は残った二人の体を穿ったが、それだけだった。 「……アイツ、何で笑ってやがったんだ?」 無事アークが手にした賢者の石を矯めつ眇めつ眺めていた零六が、ふと疑問を零す。 最後まで味方の壁となり立ちはだかっていた彼だからこそ、間近で見た表情。 彼は前回、リベリスタを見なかった。 いや、見た。見たが、彼の向けた視線は悪天候に向けるそれ。 興味すら薄く、舌打ち一つで済ませて終わる単なる不運。 今回は、潰した目でリベリスタを『見て』、あまつさえ笑っていた。 賢者の石を奪われた事に対する憎悪の裏返しだったのか、はたまた彼の暗い欲望の充足の表れか。自身の不手際など結局の所何の意味もないという盲信の表れか。 分からない。逸脱した彼の思考など分かるはずもない。 ただ、今、リベリスタは目標を果たした。 赤い石は、何も知らないように静かに煌いている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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