●お姉さまの為に お姉さま、何処に行ったの? 私をおいて何処に行ったの? あの日、リベリスタに襲撃を受けて倒されたお姉さま。私がいれば守れたのに。 悔しい。あの日任務で出かけてなければ守れたのに。 苦しい。あの手で私を触ってもらえないのが苦しい。 悲しい。あの瞳で見つめられないのが悲しい。 そして嬉しい。だってお姉さまを助けることで――もっとお姉さまに愛してもらえる。改造してもらえる。 そのためだったら、私はどんな苦痛も怖くない。だってお姉さま。私は貴方を愛しています。ううん、私だけがお姉さまに愛されるの。もう誰にも渡さない。後宮シンヤにも、アシュレイという魔女にも、リベリスタにも。 お姉さまは私のもの。誰にも渡さない。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。お姉さま。 そのためには、力が要る。 不細工でいやらしい男にへつらい、汚れるのも全てはお姉さまの為。血に汚れ、男に穢され、それでも今は雌伏の時と耐えた。 ――そして時は、意外に早くやってきた。 「賢者の石をよこせぇ! シンヤの金魚のフンが!」 「はっ! 『逆凪』め、数をそろえてきたな。だがこっちにも切り札があるんだよ。 いけ、人形!」 「なんだコイツ!? 血液が!」 「うわぁ、取り込まれる……!」 「へっ。あのイカレた博士の作ったものにしちゃ、よく働くぜ」 「退け! クソ、バケモノが!」 廃病院の中、フィクサードたちが安堵の声を上げる。崩界が進む混乱の中で突然大量発生した賢者の石。それを集めるように命令された後宮シンヤ配下のフィクサードたち。 対抗していたのは日本の主流七派フィクサードの『逆凪』。 だがシンヤ配下のフィクサードはこれを退ける。最大戦力はブレザーにチェックのスカートをはいた少女型のエリューション。シンヤの部下でもあり、今はアークに捕われている水原という科学者の研究体。それをどさくさ紛れに手に入れて、自らの駒にしたのだ。 「くそっ! こっちもかなりやられたぞ。……貴様がしっかり働かないからだ、この出来損ない!」 「……すみません」 「『龍炎』のアニキ! アークです!」 「……ちっ! 鬱陶しいやつらが!」 ――好機だ。そのエリューションは小さく微笑んだ。誰にも気付かぬように小さく。 ●アーク 「赤って言うのは激情的な色だよな。例えるなら弦楽器」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は集まったリベリスタたちに開口一番そういった。 集まったリベリスタたちはギターをかき鳴らす動作をする伸暁を取り合えず黙ってみていた。すぐに飽きるて話をの続きをするだろうとわかっていたからだ。 「そんな赤い石を発見した。突如大量発生した『賢者の石』だ」 フィニッシュとばかりに大きく弦を鳴らす動作の後、伸暁はリベリスタたちに向けて自分が見えた未来を話した。ちなみにこの黒猫、ヴォーカルである。 賢者の石。異世界の生物にして異世界の破界器。魔道技術の進歩や躍進に貢献してきた代物。たった数グラムの石の為に戦争が起きたこともあるという。それほどの希少価値があり、それほどの効果を持つ神秘なのだ。 「先の依頼で手に入れた賢者の石を調査し、その波長と反応のパターンを割り出して……まぁ、細かいことはともかく我等が『万華鏡』の検索結果だ。まず間違いない。 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)の話によると、バロックナイツのアシュレイの目的は賢者の石を大量に手に入れて大規模儀式を行なうという」 「大規模儀式?」 「『穴を開ける』とか何とか。詳細は不明だ。だからといって無視はできない」 確かに。その意見は皆共通していた。情報が不足しているからといって放置していい相手ではない。何せ相手はバロックナイツ。警戒しすぎるということはない。 「場所は郊外にある病院跡地。5年ぐらい前に火事が起きて、そのまま寂れていったという建物だ。 ここに現れた『賢者の石』。これをフィクサードより先に回収してほしい」 「シンヤ達の手下か」 「イエス。フィクサードの数は六人。そしてフェーズ2のエリューションが一体にフェーズ1のエリューションが一体。別フィクサード組織と戦った後なので若干傷ついてはいるが、それでも賢者の石の回収を任される程度には強い相手だ」 モニターに映し出されるのは、六人のフィクサードと一人の少女。少女の肉体は傷だらけで、そこから流れる血液が重力に逆らい浮き、蝙蝠の形を形成していた。 「この少女がエリューションだ。そして体内に血液のエリューションを寄生させている。その上、先の戦いで倒したフィクサードを取り込んでそのスキルを我が物としている」 「……なぁ、前の戦いでそういう特性を持ったエリューションを知ってるんだが……」 「つーか、それを作ったフィクサードを知ってるんだが」 「グレイト。このエリューションはお前たちが捕らえた『水原静香』の実験体だ。主が負けて行くアテがなかったんだろう。 まぁ、その辺はどうでもいい。大切なのは賢者の石だ」 モニターに写ったフィクサードの一人がクローズアップされる。30歳を越えたあたりの男。態度や風貌から察するにこの男がリーダーなのだろう。 「この男が賢者の石を持っている。フライエンジェのマグメイガス。称号は『龍炎』……炎の魔術師だ。部下を盾にして後方から炎の魔術で攻めてくる」 「厄介だな」 「確かにな。だがお前たちも百戦錬磨のリベリスタだ。これくらいはどうにかなると思ってるよ」 「言ってくれる。リップサービスとわかっていてもやる気が出てくるぜ」 「ならよかった。 これはチャンスだ。賢者の石を手に入れることができればシンヤの目的を挫くだけではなく、アークの設備や装備のパワーアップが望めるかも知れない。お前たちだってそれは望むところだろう?」 「ああ。そのためにフィクサードをぶっ潰すか」 リベリスタたちは顔を見合わせて、ブリーフィングルームを出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 廃病院の外から『正義の味方を目指す者』祭雅・疾風(BNE001656)が意識を集中してフィクサードの様子を伺う。戦いの後、傷ついたフィクサード。賢者の石を持つリーダーらしきフライエンジェ。そして血液のエリューションと人型のエリューション。 その様子と配置を仲間に伝え、病院内に潜入する。階段を上りながら、リベリスタたちは自らに加護を施す。 「アニキ! アークです!」 「……ちっ! 鬱陶しいやつらが!」 アキニ――『龍炎』と呼ばれる炎のフライエンジェは懐に賢者の石を隠し、部下が指差す方向を見る。そこにいるのは八人のリベリスタたち。 「おまえたち、やっちまえ! 人形もとっとと前に出るんだ!」 「……はい。わかりました」 人形、と呼ばれたエリューションものろのろと前に出る。その傷口から繋がっている血液のエリューションも同じく前に。 「実験体……しかも自ら望んでかよ」 そのエリューション――マスミの姿を見て『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)は歯を強く噛み締める。マスミの肉体に施された改造は『融合体』と『寄生血液』……共に人外の発想であり、人外の技術である。自ら望んで人の生き方を捨てた彼女に形にできない憤りを感じる。しかし、なにを言ってもどうしようもない。 「まぁ、人を好きになる気持ちはわからなくはないけど……改造されたいとは思わないね普通……」 恋をする乙女の気持ちは理解できるけど……と『超絶悪戯っ娘』白雪 陽菜(BNE002652)は思いながらもその異常さに思いっきりヒいていた。好きになった相手が悪かったのか、拒否しなかったマスミが悪いのか。 どちらにしてもマスミを人にもどす術はない。何より加減ができる状況ではない。 賢者の石を奪還する。それだけはやらなければならないことなのだ。 「はっ! 賢者の石はわたさねぇぞ!」 楠木が炎を生む。その輝きが戦闘開始の合図となった。 ● 「水原の残した子か」 アストリア――星乙女の名を冠したヘビーボウガンを構えて『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)はマスミをみる。 ボウガンの矢に魔力を込めて貫通力を増し、寄生血液に向ける。集中は刹那。ボウガンを骨で支え、矢を撃ち放った。矢はイメージどおりに突き刺さり、赤きエリューションが悲鳴を上げた。 「関わった縁だ。このまま、きっちり終わらせていく」 彼女を改造したフィクサードを捕らえた縁。杏樹はボウガンの弦を巻き上げながら、無表情に戦場を見る。視界に移る着物。 「そのダサいスーツはシンヤとお揃いかぇ?」 着物姿の『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)は楠木に問いかけた。問われた楠木はスーツの襟を正しながら答える。 「白スーツが似合うのはいい男なのさ。シンヤさんとオレぐらいだ!」 「ふん。鏡を見ろ。似合っとらんぞ」 言葉に怒る楠木を見ながら、不可視の結界を展開する瑠琵。それはリベリスタ全員を守るように広がってていく。 「変身!」 疾風が幻想纏いから武器をダウンロードしてフィクサードのほうに走る。疾風の目的はフィクサードたちの押さえ。ヒーロー風のゴーグルを装着し、拳に宿った炎を叩きつける。多数のフィクサードに囲まれながら、しかし臆せず立ち向かうがヒーローの運命。 『Star Raven』ヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)は師から受け継いだショットガンを手にしながら、足りない前衛を生めるために前に出る。本来は後衛だが、回復役に攻撃を加えさせるわけには行かないが故の前進。 (複雑な状況ですが、考えようでは好機かもしれません) ヴィンセントはマスミと楠木を見る。一見味方に思えるこの二人は、しかし危ういバランスでこちらに向いているに過ぎない。それを崩すことができれば勝機はある。それを伺い、今はフィクサードに銃を放つ。ショットガンが派手に鉛玉を散布し、フィクサードを傷つけていく。 「よぉ、『火薬庫』。龍の炎とどっちが燃えるか勝負しねぇか!?」 楠木は手のひらに炎を生み出しながら『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)を挑発する。楠木から放たれた炎は火車の近くで爆ぜ、衝撃と熱気が火車の体力を奪う。 しかし火車はその炎を手甲で払いのけ、一直線にマスミのほうに向かった。唯一言、 「笑うぜ」 「何っ……!?」 自分を雑魚に守らせてチンケな小火バラ撒く小物に用はない。火車が狙うのはマスミのみ。『鬼』と『爆』とかかれた手甲に炎を宿し、一直線に突き進む。 「回復いくよー!」 『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)は乱戦場所から少し離れた後衛に位置している。彼女が回復の要。詠唱効果により自らの魔力を増し、上乗せされた魔力を載せて優しい歌を奏でる。その歌がリベリスタたちの傷を癒していく。 (……今のところ、動きはないみたい) ウィスティアは後衛に立ちながら、マスミと楠木の動向を見る役目でもある。一挙一足を見逃さぬよう、注意を傾ける。最も戦闘中であるがゆえに限度があるが。 危うい三つ巴。細い糸一本で均衡は保たれている。 ● フィクサードの前衛は合計で七人。リベリスタは疾風、火車、ヴィンセント、宗一がこれを防ぐ為に前に立ち、杏樹と瑠琵が前衛を抜けたフィクサードをブロックする為に少し前に出る。 それでも一人は防ぎきれず、陽菜とウェスティアのいる後衛にたどり着く。たどり着いたフィクサードはその眼光で回復役のウィスティアの肉体と精神の両方に衝撃を加える。 「い……ったー!」 しかし一撃で心が折れるほどウィスティアは弱くない。助けを求めることはなく、真っ直ぐに戦場を見る。 「邪魔するなら、ぶっ飛ばさせてもらうぜ!」 宗一が剣にオーラを纏わせフィクサードに向けて振るう。オーラにより一体化した武器は羽根のように軽く感じる。縦に一撃振るったあと、流れるように横から一閃を。そのまま構えなおし、相手の胸元に刃を突きつける。 どう、と糸が切れた人形のようにフィクサードが力尽きる。彼らは前の戦闘で傷ついている。そのダメージが蓄積していたのだろう。 ヴィンセントの銃口が寄生血液に向く。距離にして4センチ。そんな至近距離から散弾銃を放つ。その衝撃で血液のエリューションは人間に発声不可能な音で悲鳴を上げた。 「攻撃しながらで良い、聞け。水原博士との取引でお前を回収しに来た」 火車はマスミにだけ聞こえるように囁く。水原博士、の名前にマスミは反応し火車の顔を見る。 「オレ等は愛と正義の為に動いてるんだぜぇ? 応援させてくれよ。お前と水原博士の愛をさぁ、水原博士も期待してるってよ!」 「ふふ、ふふふふふふ。そうね。お姉さまは期待しているのよね」 「奴等とオレ等、どっちを信じるかなんて簡単な事じゃねーか」 「そうね。簡単なことよ」 マスミは火車に向かって微笑む。その微笑みは、狂気の微笑。 「火車、避けろ!」 マスミの感情を探っていた杏樹が、火車に忠告を飛ばず。その言葉と共に身を引く火車。 火車の立っていた位置に飛んできたのは血液でできた槍。寄生血液から飛ばした鋭い一撃。忠告が遅れれば、槍はその心臓を貫いていただろう。わき腹の傷口を押さえながら火車はそのことを自覚する。 「アナタ達がお姉さまの依頼を請けたのなら、お姉さまの作ったモノをを攻撃するのはおかしいんじゃないかしら?」 リベリスタは寄生血液を最初の殲滅目標として攻撃している。水原の実験体である寄生血液を攻撃して、水原の味方を名乗るのは無理があった。 「ちっ! ウソを看破した褒美に教えてやるぜ。水原の捕縛にはオレぁ関わってるぜぇ。オレはあいつを捕らえたチームの一員だ!」 「あは、はははははは! あはははははは! 殺す。あなた殺すわ! 全力で!」 マスミと寄生血液の矛先が火車に向く。火車は牙を向く肉食獣のような笑みを浮かべ、炎の拳を振りかぶった。 ● 「これでどうだ!」 疾風が可変式モーニングスター[響]を振るい、フィクサードの一人を地に伏す。近づく敵にモーニングスターを振るい、相手の攻撃をかわしながら銃を撃ってフィクサードの体力を奪う。特撮ヒーローのように全ての攻撃を避けれるわけではない。何度かその攻撃を受けるも、呼吸を整えダメージを癒していく。 「水克火、というわけではないがのぅ。頭を冷やせ、フィクサード」 瑠琵が北斗七星の意匠が施された漆黒の輪胴式大型拳銃を天井に向けて撃つ。符術を秘めた弾丸が放出され、冷たい雨がフィクサードとエリューションの体力を奪っていく。 「まだまだいくよ~」 陽菜の腕に取り付けられた『8.8 cm FlaK 37』が火を吹く。高射砲の本体をリベリスタ用にカスタマイズしたアームキャノンから、次々と弾丸が放出される。弾丸の雨がフィクサードたちに降り注ぎ、硝煙の臭いが廊下に充満した。 「これで終いだ」 杏樹が貫通に特化した弾丸を寄生血液に放つ。寄生血液が虚空で溶けるように消えていく。血霧となった血液は、マスミの傷口に戻っていく。最初の殲滅目標撃破。だが、 「がは……! そうそう そうこなきゃあよ……!」 たった一人でマスミと寄生血液の攻撃を受けていた火車が力尽き……運命を燃やして立ち上がる。追い詰められた肉体に、肉体のギアがもう一段階上がる。 「火車さん、まだ耐えれますよね?」 「誰にモノ言ってるんだ、コラ。エンジンかかったところだぜ!」 「なら、こっちから行きましょう」 ヴィンセントは後衛で陽菜とウェスティアを視線で威圧しているフィクサードのほうにショットガンを向ける。背中に向けて放たれる金属片。それは後衛で散々暴れまわっていたフィクサードの体力を大きく削った。 「ちぃ、限界のようだな。一緒に倒れなぁ!」 「り、龍炎のアニキなにを?! うわあぁぁぁ!」 そのフィクサードのトドメを刺したのは――楠木だった。魔力を燃料として赤々と燃え上がった炎を放ち、陽菜とウェスティアごと自分の仲間のフィクサードを焼き尽くしたのだ。 「アンタ、自分の仲間をなんだと思ってるんだ!」 「任務の為に犠牲はつきものなんだよ。甘ったれリベリスタにはわかんねぇがな!」 宗一の憤りを鼻で笑う楠木。確かに効率はいい。仲間一人の犠牲で、後衛にいる二人を倒せたのだ。 「さすがに効いたぁ~」 「まだ……倒れてないよっ」 運命を削り、陽菜とウェスティアが立ち上がる。まだ動けるとはいえ、楠木の炎は強烈だ。2発受ければまた同じ事になる。 (そろそろ頃合か) ヴィンセントは戦況を確認する。『切り札』であるマスミは火車の拳でダメージを負っているが、今だ倒れる気配はない。フィクサードたちの疲弊は激しいがマスミと楠木が健在であれば範囲攻撃でこちらが押し切られる。 「賢者の石獲得に協力すれば、水原静香を解放する用意があります」 ● ヴィンセントの言葉にマスミの感情が大きく揺らいだのを杏樹は見逃さなかった。杏樹もまた前衛を突破したフィクサードの攻撃に晒されている。視線の魔力で奪われたエネルギーをヴァンパイアの牙で血を吸って補いながらなので、深く感情を読む余裕はない。 「水原静香一人の身柄で石を購えればアークとしては安いものです」 「……まさか人形。裏切るんじゃねぇだろうな!?」 ヴィンセントの仕掛けた『交渉』に楠木も動揺する。切り札として信用していた戦力がなくなれば、天秤の傾きは一気にリベリスタに傾く。 「マスミさんの気持ちはよくわかります。僕があなたの立場なら、どんな手段を使ってでも目的を達成しようとするでしょう」 「ふふ、そうね。違いないわ。おねえさまの為なら、――!」 空気が震える。人の可聴域を超えた音波が衝撃波となって病院内を走り回る。その音波はフィクサードの脳を震わせ、三半規管を狂わせる。 ――そして音波はリベリスタの脳も同時に揺さぶった。 「信用できないわ、リベリスタ。その交渉を何故今頃するのかしら? 解放の用意があるのなら最初から言えばいいのに。押され始めて苦し紛れに嘘を言った、と取られても仕方ないわよ」 ヴィンセントの交渉は確かにマスミの感情を揺さぶった。彼女の狂気は明らかにYESのほうに傾いた。 しかしタイミングが悪かった。交渉をするには、状況も必要なのだ。 せめて虚偽でも、なにか信用に足る一押しがあればよかったのだが。 「でも、悪いタイミング。今の一言で『龍炎』は私を疑った。最後の最後、全員が疲弊したところで裏切ろうと思ったのに」 ベストのタイミングではないが、それでも何とかなる。マスミはそう考えてフィクサードもリベリスタも攻撃範囲にしたのだ。 「てめぇ……!」 火車は蓄積したダメージと今の衝撃波が重なり、崩れ落ちる。 疾風や宗一が相手をしていたフィクサードも今の一撃で崩れ落ちた。楠木を守るフィクサードがいなくなったのだ。その状況に焦る楠木。 「くっそ! こりゃやべぇ!」 楠木はフライエンジェの羽根を生やして、外に逃げようとする。しかし宗一が非常階段のほうに回りこみ、ヴィンセントとウェスティアが羽根を生やしてブロックに入る。 「賢者の石は絶対に持って行かせない……!」 リベリスタは賢者の石奪取を最優先で動く。それは現在賢者の石を持っている楠木に攻撃の矛先が向くことは当然の流れである。逃亡防止の意味も含めて、リベリスタが楠木を包囲する。疾風、ヴィンセント、ウェスティアがブロックしていた。 「どきやがれ、このアマァ! まとめて焼くぞ!」 「ええ。まとめて焼いてあげるわ」 マスミの手にした弾丸がリベリスタごと楠木を穿つ。楠木を中心に弾丸が降り注いだ。黒鉄の雨が止んだ後には楠木と一緒に疾風、ウェスティアがともに地に伏せていた。運命の加護を使って耐えたヴィンセントは何とか立っているが、次の攻撃に耐えられる自信はない。 「賢者の石を!」 瑠琵の言葉にヴィンセントが楠木の懐を探り、赤く輝く石を瑠琵のほうに放り投げる。 マスミの興味がそちらにむく。狂気に満ちた瞳が赤い神秘に釘付けになる。 「おい、おまえたち。巻き込まれるぞ」 杏樹は自分達を攻撃していたフィクサードに向けて忠告する。ここにいればマスミの攻撃に巻き込まれる。危ないから離れろ、と。今まで敵対していた相手に向ける慈悲の心。ただし忠告は一度だけ。ごねるなら聖書で殴ってどかすつもりだ。 その心が通じたのか、単にマスミに恐怖したのかフィクサードは拳を治めて横に退く。リベリスタに加勢する気はないが、邪魔されないだけでも良しとしよう。杏樹はボウガンを巻き上げながらマスミをみる。 乱戦で疲弊した身体を奮い立たせるリベリスタ。マスミの狂気と戦意は、収まりそうになかった。 ● 「……っ! 厳しいのぅ!」 賢者の石をもつ瑠琵にマスミから放たれた弾丸が降り注ぐ。防御力に秀でる瑠琵だが、度重なる鋼のシャワーに力尽きる。フェイトを削って起き上がるが、ジリ貧であることには違いない。 「ほ、ほら~。マスミが大好きなマッドなサイエンティスト……水原静香さんの動画だよ~」 陽菜は事前に撮った水原の動画を使ってマスミの気を引こうとするが、マスミは一瞥して視線を賢者の石に向ける。賢者の石さえ手に入れれば、本物の水原静香を助けることができる。そんな電子ファイルに興味はない、とばかりに。 「くそっ! 後味悪いな!」 宗一は自らの体力を削り雷撃をまとって、マスミに斬りかかる。電流が肉を割き、刃が血を舞わせる。しかしマスミは傷ついているとはいえフェーズ2のエリューション。易々と倒れるほど弱くもない。 拙い。マスミを倒すだけの火力が足らず、また怪我を癒すための回復役も少ない。死力を尽くしてなお一歩足りない。本能的にリベリスタたちは理解していた。 己の命運をかけて奇跡を願う者もいたが、しかし奇跡は顕現しない。寵愛を得るには至らなかった。 そしてマスミの口から放たれる音のブレス。揺さぶられるリベリスタの脳。そして瑠琵の手から賢者の石が落ちた。 「逃げるぞリベリスタ」 「……おまえたち?」 声をかけてきたのは先ほど杏樹が見逃したフィクサード達。彼らはすでに仲間を退避させている。 「さっき見逃してもらった礼だ。手伝ってやるから早く逃げろ。 アレは文字通り化物だ」 最後の回復役が戦闘不能になったのだ。これ以上戦えば全滅は目に見えている。幸いにしてマスミは賢者の石以外に興味を示していない。これが最後の逃げるチャンスだ。 苦渋の顔を浮かべ、近くの仲間のほうに走る。賢者の石と仲間。天秤にかければどちらが重要か、問いかけるまでもなかった。 仲間を抱えて病院の外に向かって走る。背中からマスミの笑い声が聞こえてきた。 ● 「あははははははは!」 マスミの笑い声が廊下に響く。 血に塗れた手のひらの上には赤く光る賢者の石。 「お姉さま、今行きます。マスミが助けに行きます! だから待っていてくださいね! あはははははははははは!」 赤く輝くモノを手に、マスミは狂ったように笑っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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