●血の池の少女 きぃ、こ。 秋の夜、寒空の下、ブランコが揺れる。そこに腰掛けるのは、ヒマワリのような色をした季節外れのワンピース姿の少女。 「ねえ、君。大丈夫?」 心配そうに声をかけたのは、OL風の女性。 ぎぃ、こ。 ブランコが軋む。少女はうつむき、何も答えない。 「おうち、どこ? お名前、言える?」 優しい声色、親切心、女性は声をかけ続ける。そのかいあってか少女がゆっくりと顔を上げる。 整った顔立ち、人形のような表情。少女がゆっくりと表情を変え、微笑む。女性もそれにつられて微笑みそうになる。 刹那、少女が女性の首を噛み千切った。 ぎぃ、ご。 ぐちゃり、ぐちゃりと咀嚼する少女。ヒマワリのようなワンピースに真っ赤な花が咲いていく。息を白くし、ひたすらに食事をする少女。 十分と待たずして、女性の死体は食い尽くされた。ぼってりと膨らんだ少女の腹も、呼吸をするたびに小さくなっていく。 ぎ、ご。 ブランコが軋む。少女の重さでブランコが軋む。ブランコが千切れるほど重くなるのも、そう長い時はかからない、だろう。 ●秋雨前線 「……以上が、私の見た『物』よ。随分と悪趣味ね」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がため息混じりにこぼした。銀髪がふわりと揺れる。 「敵はエリューションアンデッド、フェイズは2。すでに犠牲者が出ている、皆には早急に処理して欲しい」 そうしてイヴは淡々と説明を始めた。 「見た目は私より少し幼いくらい、ヒマワリみたいな色のワンピースを着た。髪の長い女の子のような見た目をしているわ。でも気をつけて、それは獲物を油断させるための擬態。食虫植物のように、近づいてきた獲物を容赦なく食らうわ」 リベリスタ達の表情を、ゆっくりと見るイヴ。オッドアイが射抜くように見つめる。この戦いに耐えられるかと、真摯に。 「……戦闘方法は人型を取っているけれど、基本的には体力を奪う噛み付き。それと公園内にある遊具や道具を怪力で引き抜き、振り回す。大きい物を引き抜けば、それだけで数人まとめて殴られるわ。気をつけて」 そこまで言うと肩をすくめるイヴ 「まぁ、頭は悪いから逃げることはしない。油断せず、確実な戦いをすればそう怖い相手ではないわ」 もう一度リベリスタたちを見て、満足そうにうなずくイヴ。 「……お願い、悪夢を終わらせてあげて」 少しだけ優しい口調で、少女はそう言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:春野為哉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月17日(木)23:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●押し花、向日葵 暗雲立ち込める夜空、真っ黒で、月も見えず、寂しさが風とともに身に染みる。今にも泣き出しそうな空を感じ、じっとりと空気は湿り、人気のない公園を照らす電灯はそれになじむことを拒むように蛾が数匹、ちらついていた。 「吸血鬼と生ける屍……」 『銀の月』アーデルハイト・フォン・シュピーゲル(BNE000497)が銀の髪をなびかせ、端整な顔立ちを空に向け、月を求めるように目を細める。夜の空気が、彼女を祝福するように撫でる。 「夏に、この辺りで亡くなった子なのかしらね」 「でも近づけば頭からマル齧り。綺麗な薔薇にはトゲというには始末におえないね」 「そうよ、既に何人も食べられているんだから。油断するとこちらが食べられてしまうわ」 『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)が少し感傷的な口調で言うと、苦笑気味にハイディ・アレンス(BNE000603)が語りかけ『アブない刑事』鳶屋 晶(BNE002990)が同意する。そう、此度の少女はすでに何人も食い殺している。どうしようもないアンデッド。心なしか空気に生臭ささえ感じるほどの濃厚な、気配。 「日に向く葵で向日葵、晩秋の真夜中に咲くには不釣合いな花じゃの。むぅ、良いかと思ったがダメか」 『鬼出電入の式神』龍泉寺 式鬼(BNE001364)は可愛らしい制服に身を包み、鮮やかな紅葉を思わせるマフラーを揺らす。彼女の提案したオブジェクトの呪縛による固定は、道中で手近な棒切れで実験したが効果はなかった。黒髪がさらりと音を立て、言の葉が溶けていく。 「そんな花は摘み取るのみでござるよ」 豊満な肢体を包む忍び装束の前で腕組みをし、冷めた目で『ニンジャブレイカー』十七代目・サシミ(BNE001469)がつぶやく。その視線の先には、街灯の側のブランコ。そこに座る、少女。 「あれが人の良心につけ込む、擬態でござるか」 「幼女が擬態しているというより~、もとが幼女だったのでしょ~か~?」 『無影絶刃』黒部 幸成(BNE002032)が眉をひそめ、つぶやくと間延びした声でユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)が顎に指先を当てて考える仕草をする。その疑問に答える人間はおらず、目の前に居るのは人を殺して、食らう、ただそれだけの為に生きている物。それを殺すことしか、リベリスタたちには残されていない。 少女がブランコを止める、ゆっくりと立ち上がり、リベリスタたちを見回す。口が裂けるように笑い、歯が震え、音を立てる。口から白い湯気のような吐息が漏れ出し、全身を震わせて、歓喜するように前かがみになる。 この夜、1つの罪に決着がつく。 ●野分 リベリスタたちはまず防御を得意とする幸成とサシミを前に出し、範囲攻撃の被害を防ぎつつ後衛から残りのメンバーが攻撃、補助をする陣を取った。同時に周辺に結界を張っていた式鬼が守護結界を張り巡らせ、全員の身を固める。アーデルハイトはマナブースト、幸成はシャドウサーヴァント、晶とミュゼーヌはシューティングスターを使用、手際よく準備を固めていく。 「――!」 同時に、それを見計らったかのように少女が手近な手すりを引きぬき、声にならない声を上げ、飛び掛る。地面が鉄球を打ち込まれたかのようにへこみ、手すりが遠心力だけでへし折れながら幸成とサシミめがけて叩きつけられる。 「くっ!」 「むうっ!」 油断はなかった、しかしそれ以上に速かった。幸成は辛うじて回避したが、サシミは間に合わないと判断し、受け流しを試みる。逸らした手すりが粉々に砕け散り、受け流したにも関わらず、衝撃で内臓が潰れそうになる。口の中に血の味が走り、細い肢体を躍らせ大きく後ろにたたらを踏む。 「おっと、それ以上はイケナイな」 少女が追撃を狙ってか、サシミめがけて食らいつこうとした瞬間を狙い、ハイディがヘッドショットキル。放たれた一撃が眉間に直撃。少女がのけぞり、仰向けに倒れそうになる。向日葵色のワンピースが少女自身の血で花を咲かせる。 「大丈夫ですか~?えい」 ユーフォリアがふわりと宙を舞い、ソードエアリアルが放たれる。空を裂く音、少女の体に鈍い音を立てて突き立てられ、鮮血が更に舞う。 「問題ないでござる。サシミ忍法蜘蛛縛りの術でござるよ」 体勢を立て直したサシミが鋼糸を放ち、完全に崩れた体勢の少女に巻きつけ、動きを封じる。みしり、と皮膚に食い込んだにも関わらず、血すら出ない。鋼糸越しに、その人ならざる力をひしひしと感じる。 一撃の威力は予想より重く、その肉体も生半可な強度ではない。そして、その貪欲な食欲も。 「――!」 少女は笑みを浮かべたまま、白い息と声にならない声を吐き出し続けていた。 ●目 ぶちぶちぶち、鋼糸を引きちぎる少女。サシミにハイディとユーフォリアが回復を施す時間ギリギリを稼いだ。しかしほぼ同時、次は仕留めるとばかりに少女は目にも留まらぬ速さでベンチを今度は引き抜こうとする、が。 「これ、そう物をむやみに壊してはいかんのじゃ」 間に合った、と式鬼が一息つく。遊具の引き抜きの瞬間だけは少女が動きを止めると踏んで狙った呪印封縛が上手くかかった、遊具がまるで少女が本来持ち上げられないものであることを思い出したかのように、動きを止める。 「浮かぶ月を赤く染め、催されるは血の宴。さぁ、踊りましょう。土となるまで、灰となるまで、塵となるまで」 囁くような声が響き、少女が顔を向ける。その先ではアーデルハイトが細い指を向け、手を握る。それが魔曲四重奏の合図。四色の魔光が唸りを上げ、少女に次々とつきたてられる。直撃。派手に転がる少女。血を噴出し、毒に、出血に、身を蝕まれる。 「少し、痛そうだね」 跳ね起きようとした少女の脚を晶が狙い撃ち、つぶやく。少女は今一度派手に転倒する。それでもなお地面に指をめり込ませ、脚のように使い、飛び掛る。手近に居た幸成に予想通り食らいつく。 「哀れな……しかしこれも忍務なれば」 目を細め、忍者刀で受け止める。刀を振りぬき、地面に叩きつける。異常に、軽い体。前髪がめくれ上がり、瞳が覗く。 血に染まった赤い瞳。ぎょろりと見開く目が、まるで自分の死する瞬間を見つめているようであり、心臓を食い破らんばかりの凶悪さを含んでいる。口元の固まった笑みと、その瞳が、たまらなく恐怖心を煽る。ずるりと立ち上がろうとする少女を見て、心が凍りつきそうになる。何をしてしまえばあんな瞳になるのだろうか、どれほどの痛みが少女をそうしてしまったのだろうか。 「皆さ~ん、このまま押し切りますよ~」 どれほどの間だったのか。しかし、リベリスタ達はそんなものではひるまない。ユーフォリアの声とともに放たれたソードエアリアルが、少女とリベリスタの間を切り裂く。回避こそされたものの、その攻撃は溶け合おうとしていた情を、空気を、完膚なきまでに分けた。それを契機に皆動きを取り戻す。各々の役目を忘れぬように。 「ええ、おいたが過ぎる子にはきついお仕置きよ!」 ミュゼーヌが声を張り上げてピアッシングシュート。リボルバー型のマスケット銃を機械の正確さで狙い、少女を撃ち抜く。鈍い音、少女の肉体を貫通した弾丸が遊具に当たり甲高い音をたてる。少女はそれでも足を止めず、突撃を開始する。 「散る間際の花のようじゃな。それともこれは狂い咲かのう」 式鬼が呪印封縛を放つべく構え、感慨深げに言う。自分の隙を狙われてしまえば、打撃は避けられない。直感で理解した少女は己が牙だけで噛み付きにかかる。悠然と佇む式鬼に食らいつこうと、その命を引き裂こうと。 「後ろへは行かせぬでござる!」 覚悟、それを以ってして守りに入る幸成にしてみれば、恐れるほどのものではなかった。今一度身を挺して攻撃を自分に向け、足止めをする。全身の関節が軋むほどの衝撃、しかし耐えられる、問題なく。 「さすがでござるな、邪鬼滅殺でござるよ」 その影から溶け出すように、賞賛の言葉とともに飛び出すサシミ。賭けの一撃、ハイアンドロウが急所めがけて放たれる。一際激しい出血。弱点をえぐられ、幸成から離れ、悶え苦しむ少女。声にならない声が、わずかながらに感情のようなものが見え隠れする。 「アンデッドは……」 「狙い打つわ!」 ハイディが残していたヘッドショットを放ち、晶が1$シュートで今一度脚を撃つ。同時に放たれた弾丸は少女の前髪を吹き飛ばし、膝に完全に風穴を開けた。食らいついた時の血から傷を修復しようとするが、間に合うわけもない。辛うじて立ち上がるが、すでに満身創痍。それでもなお、血に染まった赤い瞳はリベリスタたちを見つめ続け、口からは笑みが止まらない。 それは完全なる狂気なのか、それとも。救いを確信した笑みなのか。 「さようなら。もう、飢える事も、渇くこともないでしょう」 魔曲が今一度奏でられる。弔い、十字を描くように。 少女の体は、もう耐えることはできなかった。一際強く風が吹く。少女の髪が扇のように広がる、永遠のような一瞬。 音もなく、少女の体が地に倒れ伏す。血がトクトクと湧き出すように広がっていく。どす黒く、少女の体を包むように血が広がっていく。そこにはさきほどまでの獣のような気配も、全てを呪うような赤い瞳もない。ただ、やせ細った少女の死体が1つ、ボロ布に包まれて転がっている。それだけのこと。 ただ、少女の表情はどこか穏やかで――。 ●秋雨 いつの間にか、夜空は晴れていた。ただ不自然に、雨が降り始める。月も見えるそれは、あまりに奇妙な夜空。ただ、禊を済ますと、月が黙して語るようにも見えた。 「ボクだ、終わったよ。後始末をお願いするよ」 淡々と後始末の連絡を入れるハイディ。軍服の色が雨で濃くなる。終わったという安堵と、わずかばかりの感傷が声色ににじむ。 「ヒマワリと呼ぶには……紅に染まりすぎたかもしれないわね。山茶花みたいに。けれど、これで本来在るべき場所に還れたのかしら」 少女の居た場所を見つめ、ミュゼーヌがつぶやく。愁いを帯びた声色を感じてか、式鬼が隣で大きめの声で語る。 「花は散ったのじゃ。実を結んだかはわからぬが、土に還れば次があるじゃろう。のう?」 「在るべき場所へ還る。償いを終えた亡者はそういうものです」 同意するように十字を切っていたアーデルハイトが顔を上げ、そう続ける。その言葉を聞き、ミュゼーヌはゆっくりと頷いた。 「このような状態になった経緯を思えば憐れみも覚えるでござろうが……」 「悪夢は今終わらせた故……安らかに眠るとよう御座ろう」 互いに忍であるサシミが、しゃがみ、合掌する幸成を見る。幸成の表情はかたく、刈り取った命を、多くを守るために奪った命を悔いているようにも見えた。 「……せめて、供養はしてあげるでござる」 サシミは感じたことを黙し、同様に合掌した。雨は、二人の穢れも祓うだろうか。 「おわりましたね~」 「そうだね」 祈っていた晶に、ユーフォリアが声をかける。目を開けて、雨粒だらけのスーツを軽く払う。一つ結びの髪が揺れ、雨粒が輝く。 「亡くなった人の供養もしておきたいね」 「そうですね~。それに~あの子も救われたんでしょうね~」 ユーフォリアの言葉に、晶が首をかしげる。それを見て、少し微笑むユーフォリア。雨に濡れて髪が重そうに、しかしふわりと揺れる。 「だって~」 指を刺したその先、少女が倒れていた場所。 そこには、小さな向日葵の種が落ちていた。 少女の永い夏は終わり、秋雨が大地を塗らす。禊を済ませた大地は冬の寒さで身を引き締め、次の春への生を蓄える。今宵、リベリスタ達の力で一人の少女が救われた。小さな種に少女の面影を見て、リベリスタ達はその場を去る。 その向日葵が花を咲かせるのは、また別のお話。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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