● 阿藤は冷蔵庫を目の前に、しばし苦悩していた。 賢者の石、そのような古典文学史に出てくるような産物に縋るべきか……と。 だが、その身を以て感じるフェイトの枯渇は深刻で、もはや迷うべき余地など無かった。 阿藤は力を使いすぎた。アーティファクト『鬼哭打刀』に心を食われ、この冷蔵庫が届くまでは殺戮とアーティファクトの振りまく狂気の赴くままに生贄を求めていた。 現にこの冷蔵庫を運んだ不運な配達員は、生ぬるく鉄臭い湯船の中に浸っている。 まともに考えることもなく、フェイトを持たないエリューションにその身を落とすのはもはや時間の問題だ。 「紛い物ならばそこまで、本物だとしてもそこまで。 だが、種を残す事は出来る。私の意志は継がれる事となる」 ――彼にとって、この冷蔵庫こそ未来に繋ぐ種であり、フェイトを失う彼自身が行う最後のあがき。 「工藤君、君が斎藤君の金魚の糞だったとしても、その実力を芽吹かせないまま死んだのは、実に悲しい」 渾身の力を込め、阿藤は冷蔵庫を開く。 上から下までぶち抜かれ、内蔵されたバッテリーによって大人一人の死体が保存できるように細工を施された冷蔵庫。 その中に入っていたのは黒服姿の青年――工藤の死体だ。 「だが、君にはチャンスがある。材料が手に入ればね」 それを見、これから起こすだろう行動に阿藤はしばし悦に浸る。 「運命を食い潰す前に、私は君を蘇らせる。 例えそれが、死を以て償う事になろうとも」 ● 「『賢者の石』の回収、これが今回の任務だよ」 開口一番、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はいつも通りの表情で話し始める。 かつて、『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)とアシュレイとの邂逅の中出てきたアーティファクト『賢者の石』。 赤い色をしたこの魔石はアザーバイトであり、同時にアーティファクトという不思議な特性を持っている。 この石自体が崩界要因となることはないものの、世界との親和性が強く、周囲に影響を及ぼす力は馬鹿に出来ない。 その上、この魔石によって魔道技術は大きく進歩し、躍進を遂げたという奇跡の逸品でもあり、使い方によっては破滅に追い込む事すらも出来る究極の物質。 その賢者の石を用いて大規模儀式をとり行い、世界に『穴』を開ける。 アシュレイがカルナに対して告げた言葉に偽りがなければ、後宮に多く渡る事そのものが崩界へと繋がるのは明白と言える。 ならば悪用され、崩界へと導かれる前に手を打つべき――アークと、千堂を始めとする『恐山派』はそのように判断し、今回の回収作戦が決行される事となった。 「行ってもらう場所はこの山岳部にある河川敷。 砂利や石が多いから間違った物を持って帰らないでね」 モニタに映しだされる該当地域。周囲100mに渡って赤くマーキングされたどこかに、賢者の石が転がっている。 アーク研究開発室が獲得した賢者の石を調査し、その波長と反応のパターンを割り出して万華鏡にフィードすることで同一存在を捕捉。 結果、手分けして探せる程の捜索範囲まで絞り込むことが出来た。 ただ、事態がそう尽くうまくはいかない。 「後宮シンヤの精鋭、阿藤京四郎もその場に向かっているの。 争奪戦は免れないと考えておいて」 向かうのは阿藤とそれに同行するフィクサードが4名。 阿藤の強さは戦ったことのある者が一番覚えているだろう。彼の所持している牛刀型アーティファクト『鬼哭打刀』が健在である以上、長丁場は命取りだ。 また、フィクサードも彼ほどではないがそれなりの強さを持っている。 「人払いも忘れないで、巻き込まれたら確実に殺される」 加えて、この周辺は釣りスポットにもなっている為、釣り人が来る恐れがある。 このポイントに近づけることすら命取りだと、イヴは念を押す。 「あと、これとは別に阿藤が妙な行動を取っているのが視えたの」 その言葉と共に、イヴは事象を淡々と話す。 それは阿藤のフェイトが残り少ないこと。 私的に教え子であったフィクサード、工藤の死体を回収し、保管していること。 そして、賢者の石を使って工藤を蘇らせようと目論んでいる事の3点。 「欠片だけでも人造生命を作り出せる―― カルナさんはそう話してたけど、人を蘇らせるまではできないと思う」 究極物質である賢者の石を用いても生命の蘇生まで引き込めると言えば、上手くいかない公算が極めて高い。 博学な者なら計画段階で『無かった事にする』ぐらい、現実性のない奇跡頼みのプランと言っても過言ではない。 蘇った後、本当にそれが工藤の魂かどうかも分からない。それほどまで阿藤のフェイトは消耗し、先も短く、頼れる者も居ないという事だろうか。 人の命は風船のようなもので、何らかの因果で木に引っかかることはあっても、大多数の風船は二度と手中に戻ることはない。 賢者の石を使って蘇ったとして、それが本当に工藤の魂かは誰にも判らず、生きてるのか死んでいるかも分からない。強いて言えば生きる屍が精々だろう。 それでも、仮に工藤であったモノが復活して大なり小なりの問題が発生するのは避けたい所だ。 そして、背信行為を承知で行なっている事を考えるに、阿藤は賢者の石の奪取に全てを注ぐと考えてもいいだろう。 また、これに賛同する形で各フィクサード組織も動きを見せているが、この地点に向かうフィクサード組織は居ないという点も付け加えられた。 ――奇跡の存在であるはずの賢者の石が、何故大量発生したかは現地点では判らない。 急速な崩界が招いたなど様々な仮説も立てられるが、原因は鋭意調査中だ。 いずれにせよこの『賢者の石』を多く獲得すれば、後宮シンヤの目論見を崩すだけでなく、アークの戦力増強――すなわち、施設や装備のパワーアップを見込める可能性も出てくる。 一挙両得。またとないチャンスだが、その為のリスクは極めて大きい。 「無意味に突っ込むような真似だけはしないで」 イヴの言葉は、如何にこの争奪戦が危険かを物語る。 世界の命運すら左右する賢者の石を巡る戦いが、今静かに幕を開けようとしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カッツェ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:38 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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●薄闇の前哨戦 早朝。空は不気味なほど淀み、見える山はどこか鬱蒼とした印象を醸しだす。 その山へ向かおうとする2台の車。『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)と『ヴァイオレット・クラウン』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)が操縦する4WDが現場へと向かっていく。 (まだ見えませんね) 神経を尖らし、捨て目で確認する烏頭森の握るハンドルはギリリと音を立て、これから相対するフィクサードに対する入り混じった感情が見え隠れする。 このまま何事も無く現場に向かう事ができればいいが――同情するリベリスタの誰もが思ったことだろう。 だが、烏頭森の目は捉えてはならないものを捉えてしまう。 「わたしらの車ではないようですね、となると――」 バックミラーに見えた所属不明の黒塗りの車は刹那、狭い車道にも関わらず横付けしようとスピードを上げ始める。 ぎりぎり接触しない距離を保っているが、それでも恐怖を煽るには十分と言える。 「もー、このせんせーしつこい!」 曇りガラスではっきりとは見えなかったものの、ちらと見えた白衣の男。 忘れるわけがない、以前あって散々ひどい目に遭わされた相手を『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)がそう簡単に忘れるはずがない。 「先に向かって、すぐに追いつく」 「了解、先に待っているわ」 AFで互いに連絡をとると、先頭を走っていたニニギアが先行する。 ガツガツと触れ合う車体。烏頭森このままはじき飛ばしてやろうかとも思ったが、痛み分けになりかねない。 「こりゃ着いたらすぐに場所取りだな」 雪白 音羽(BNE000194)はカーチェイスを繰り広げる2台の車を後部座席からちらと見、渋い顔をする。 数分ともすれば目的地へと到着する。同乗する一同の顔つきが一層険しくなる。 一度交え、敗北を期す程の力を持つ阿藤。 彼がノーフェイスになろうと、引き起こされる凶行はなんとしても防がねばなるまい。 ●狂人現れる 「ちょっとだけ余裕はありそうね」 音羽が結界を張ったことを確認し、同じく車から降りた『自堕落教師』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は周囲を確認する。 あたりはまだほの暗く、捜索には多少の光源が欲しくなるが戦う分にはなんの支障もない。 「前回取った雪辱は、ここで晴らす」 浅瀬と河川敷の境界を確認し、『宵闇の燐刃』クリス・ハーシェル(BNE001882)は意識を研ぎ澄ましていく。 この境界こそ今作戦の要となる。うまく陣を張ることで力の不利を覆すこともできるだろう。 「どんな相手か俺は知らないが、さぞかし強いんだろうな」 「気を抜くと一撃でやられる。油断ならない相手だ」 自身を強化する為の魔陣を構築し、準備を果たした音羽が浅瀬を向き、2人のフライエンジェが言葉を交わす。 種族の特性上飛ぶことのできない阿藤をこの浅瀬に追い込み、足を止める。 これが今回の作戦の要といえる部分だが、この作戦を取った場合、音羽のようなフライエンジェならともかく他のリベリスタにもその弊害は及ぶこととなる。 浅瀬に入り、流れを気にしながら斬り合う――そうなれば泥仕合は必至であり、こちらの不利は言うまでもない。 だが、彼らの表情はそれさえも織り込み済みなのか万全といった面持ちだ。 「話もいいけどそろそろ来る――」 ソラの言葉を遮るように、遠くでタイヤが擦れる音と発砲音が響き渡る。 目には見えないが、さぞかし壮大なカーフェイスをしているのだろう。 「まさに末期的って奴だな。なりふり構わねぇなアイツら」 『錆天大聖』関 狄龍(BNE002760)が呆れるように語り、呼吸を整える。 そして、二台の車が停止したタイミングを見計らい――告げる。 「賢者の石、見つけたぜ!」 「何!?」「追い込め、ヤツを殺して奪いとるぞ!」 関が鬨の声を上げると車の中から監視役のフィクサードが飛び出し、フィンガーバレットを一斉に向ける。 勿論これはブラフ、見つけてなどいないのだがフィクサードを動揺させるには十分。 (揃いもそろって愚かな奴らよ、まぁいい) しかし阿藤は意ともせず、フィクサード連中とは対照的にゆっくりと車から降りる、 その手に握られるのは、例の牛刀型アーティファクト『鬼哭打刀』。 「まったく慌ただしい。けど私も時間が無いのだよアークの諸君。 目的物を渡してくれれば危害は加えない、今すぐ渡せ」 威圧にも似た傲慢な話術で、その場にいるすべてのリベリスタに告げる。 「渡さなければ――また恐怖を味あわせてさし上げよう」 それこそ、戦いを始めるに相応しい傲慢かつ慇懃無礼な阿藤の示威行為だった。 ●鬼が哭く 「その厄介なブツ、今度こそ壊させてもらうぜ」 『【明天】【昨天】』を構え関がすかさず銃弾を叩き込む。 狙いは阿藤ではなく『鬼哭打刀』の継ぎ目。 持ち手と刃から構成される牛刀の特性上、最も脆い部分の一つだ。 「ほう、学のなさそうな外見に反して、なかなかキレるではないか。だがね!」 これを阿藤は身を捩り、自らの腕に当てアーティファクトへの損害を逸らす。 腕に食い込む銃弾、流れ出る血、奔る激痛。 受けた激痛は力とならないが、このアーティファクトがある限りはパワーバランスの面で優位は保てる。 強化概念は異なるも、『鬼哭打刀』は後宮シンヤの持つ『リッパーズエッジ』とほぼ同一の特性を備えており、どれほど酷烈なものかは前回の戦いで実証されている。 斬れば斬るほどに増す力。痛みを喰らい、痛みを新たな刃とする。 そうして重ねた力は、逆撃に向かったリベリスタを返り討ちにする程までに膨れ上がり、今も尚阿藤の手元に残っている。 唯一の救いは、このアーティファクトの抱える致命的な欠点――『精神崩壊』があることだろうか。 それでもなお、この刀は恐ろしい。故に破壊する。 このような狂気の産物をこの世界に留めておくことは百害あって一利すらない。 「その事ぐらいは私でもわかる。この身が滅ぶ事も含めてね」 そして阿藤も、唯一の切り札を破壊されまいとその身で受け止める。 後に遺すため、彼は私欲のままに戦う。 「滅ぶとはいえ、これ以上の凶行を見過ごす訳にはいかないのだよ」 烏頭森の車より飛び出したリベリスタの一人『アンサング・ヒーロー』七星 卯月(BNE002313)の力が、リベリスタ達に小さき翼を授ける。 「狂気の根源、絶たせて頂きます」 翼が風に乗り、滑空するかのように『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)が愛剣『セインディール』を手に阿藤へと肉薄する。 「初めまして、阿藤京四郎さん。斉藤と工藤……あの時の二人組の、恩師の方だそうですね」 言葉と共に振るう一閃を牛刀で受け、振り薙いで二人は間合いを取る。 「ご丁寧にどうも、私が手塩にかけた2人を惨殺してくれた礼をしたい」 言葉を崩すことなく、一礼して返答を返す阿藤。 「ならここで果たせますね。私は二人を直接討った者の一人ですので」 「そことなく斎藤君が好みそうな子だと思ったが、腕も確かなようだ」 残念だよ――その言葉と共に恐るべき殺気が刀に乗り、今度は阿藤の方から斬りかかる。 「まずはこの人を抑えないと――」 リセリアの防御を崩す程の、軽微というにはやや深いダメージ。 だが、間近で見て初めてアーティファクトの恐ろしさが分かるものがある。 「刀が殺気を纏った……こうして強くなっていくのですね」 斬った刀が怨嗟の声を上げた気すら感じ取れ、若干の恐怖を覚える。 この調子で切られ続ければ前回の二の轍を踏むこととなるのは明白。リセリアは体制を整え、次撃に備える。 ●偽りの真 「まったく数だけは多いのよね」 一方で監視フィクサードたちへの攻撃も止まらない。 ソラの放つ雷光は阿藤をも掠める形で巻き込み、続けざまに音羽の爆炎が仄暗い渓流を紅く染め上げる。 「猫は執念深いのですよ? 前にやられた分まで遡って仕返しです!」 猫の恨みは七代続くと言わんばかり、彼女の放つスローイングナイフの雨が光の渦を裂いて鬼哭打刀の刀身に微弱な傷を与える。 「連中は何をかまけているのだ……」 「どうやら難儀しているようだね」 淡々とした口調で告げると、卯月もまた鬼哭打刀を狙って気糸を打ち込む。 「判りきった手で、私を倒せると思いあがるな」 そのフルフェイスからは感情の一片すら読み取れないが、自身をコケにされているのではないかと考えると、阿藤は非常に腹立たしく思えてならなかった。 「連携がなってない……まるで互いに警戒しあっているみたい」 爆炎の醸しだす光が収まり、再び顕現した十字の光が闘う者を護るように照らし出す中で『鋼鉄の戦巫女』村上 真琴(BNE002654)が戦況を確認する。 だが単体の実力は確かなようで力押しで勝てる相手ではないことを改めて悟る。 だが、それを考慮しても連携がなっていない 「一人で賄いきれるかしら?」 真琴のブロックに、ニニギアの回復も冴える。とはいえ、やはり一撃が大きい以上回復役が1人では心許無い。 「なら私が!」 これを補うようにクリスの奏でる歌が更に傷を癒し、戦況を立てなおしていく。 「悪いがお前の生徒は預かってるぜ。ちゃんと埋葬してやらねぇと可哀想だろ?」 「ほう、そこまで確認できたのか」 「あぁ、その死体を何とかして蘇らせようってところまでお見通しだ」 「馬鹿を言う。君をキレ者と称したのはやはり見込み違いだったか」 君は掛け値なしの大馬鹿者だよ。 はぐらかすように真空の刃は銃弾をたっぷり浴びた関の傷をさらに抉り、ぐらりと世界が反転する。 「動揺してますねー よっぽど工藤君を解剖されるのが嫌なのですか?」 フェイトを削って食い下がる関の代わりに言葉を投げかける鳥頭森。 ヘラヘラとした口調と相まってフィンガーバレットから吐き出される弾丸は、阿藤のアーティファクトを痛めつけ、鳴り響く銃声と硝煙の残り香に陶酔する。 「でもね、これが終わったら私が解剖してあげますよ。私も好きですよ、解体」 「私を侮辱するのも大概にしたまえ。単なる発砲中毒者の妄言に付き合っている余裕はないのだよ」 武器を構え直し、阿藤は鳥頭森に狙いを定める。 だが、この全く対照的な2人のやりとりは予想外の方向で影響が出始めた。 「おい。それは、本当なのか?」「やはり、阿藤貴様――」 ブラフに動じたのは、なんと阿藤を監視していたフィクサード。 これが本当であれば狂人阿藤を独断で処断することも出来る――そのような思考が浮かんでは消え、彼らを揺り動かす。 「あぁ、こいつは後宮に内緒で動いてやがる。放っておくと死ぬぜ?」 こちらが悪役っぽいが、薄皮一枚剥げば同じようなもの。蛇の道は蛇である。 言葉に揺り動かされるように陣形が乱れ、阿藤に銃口が向き始める。 ――まさかの後宮派との共闘となるか? リベリスタの間でも予想外の事態に動揺が走る。 が、その様な小細工は『万華鏡』というチートめいた切り札がある時点で阿藤も予測がついていた。 「ほう、私にかまけている暇はないはずだが? それに君達はどう転んでもリベリスタの手によって拘束され、牙を奪われる。 先の短い私の命と、己の自由に加えて悲願成就の切り札。どっちが大切かぐらいは君達の頭でも想像が付くだろう?」 それとも、『飼い主の獲物(リッパーズエッジ)』で、切り裂かれるのを所望か。 その冷たく、上から構えた言葉に、フィクサード達がビクリと体を震わせる。 彼らに課せられた任務は二重三重とあり、いかなる事情もない常人ならば真っ先に『死』を選ぶだろう。 賢者の石の発見と回収こそが彼らに残された希望。釈迦の吊るした蜘蛛の糸。 それ以外の末路は――あのシンヤの狂信的な表情を見た後では想像もつかない。 「後宮君直々の所望だろう、君らも生命が惜しいように私も生命が惜しいのだよ」 協力しよう、と阿藤は告げる。不服は拭えない、しかし阿藤の言うことは尤もだ。 「チッ、厳しいな」 ブラフに対し、フィクサードの背負う強迫観念を揺さぶる事で阿藤は乱れた場を沈め、その様子に関は舌を打つ。 「話はそれまでかな。なら、こちらの番としよう」 阿藤が更に前へと踏み込み、刀を振りかぶる! 「まずい!」 クリスが叫ぶ、このアーティファクトによる範囲攻撃の危険性は重々承知している。 生じた烈風はあらゆる者を痛めつけ、細断する死の陣となって襲いかかる! オォォ……オォォー!!! 「君達がおとなしく賢者の石を明け渡すのなら見逃してあげよう そうでなければ更に傷めつける」 風の嘶きは亡者の声にも聞こえ、苦痛や恐怖は糧となって阿藤に更なる力をもたらす。 この音に混じって見下すような言葉が、彼らに振りかかる。 このまま、また同じ事を繰り返すのか――。 「何度言おうと、答えを変えるつもりはない」 否、これ以上の凶行をもたらしてはならない。 この刃を現存させておく訳にも行かない。 「ここで全て終わらせましょう。私達と貴方、すべての決着を」 ならば戦うしかない。守るための戦いを。 「仇などとは言わない。ただ君を斬る事に対して興が乗って仕方ない」 阿藤の烈風陣が徐々に収束していく。周囲に散らばるはその場には似つかない不自然な赤と白の斑。 それと引換えに、運悪く前に躍り出て、共に戦っていたフィクサードが二人、忽然と消えている。 「あとは任せたまえ」 その言葉を皮切りにリベリスタ達は疾風の如く、翼をはためかせ攻撃に転じる! ●生死の境界 瞬速の域に達したリセリアの鋭い一撃が鬼哭打刀とぶつかり合い、阿藤も電撃を載せた一撃で迎え撃つ。 受ければ互いに致命傷となり得る一撃。アーティファクトがきしみ、リセリアもフェイトを削り、必至に踏みとどまる。 「早い……実に素晴らしい」 刃が噛み合い、互いに一歩二歩と後ろに下がる。 「メスが何本あっただろうかね、覚悟はできて――」 「リセリアさん!」 リセリアの後退と共に探る白衣。それを察知して桜が飛び出し、更なる一撃を加える! 「おっと、援護とは健気なことだ」 「桜ちゃん痛いの嫌いなんですから、今回だけですよーっ!」 わざとナイフを手元に当て、不意の一撃に阿藤は思わず一歩下がる。 やはり狙いは『鬼哭打刀』一本。ならば交互に受けることでダメージを分散し、長期戦にもつれ込むまで。 阿藤の脳裏には限界まで研ぎ澄まされたこの刀が振るう次の烈風の前に、粉微塵になるリベリスタの姿すらも思い描けるほどに物事は順調に進んでいた。 ――ただ、懸念すべき点もある。なぜ、判っていながら刀ばかりを攻撃するのか? 阿藤はあくまで冷静さを保ちながら考える。考えるも攻撃が止むことはない。 「教師であることは認めるとして……貴方の愚行はここで止めてみせる」 「ほう」 ソラの持つ大鎌が繰り出す幻惑の一撃に足を掬われ、また一歩下がる。 ソラも教師、阿藤もまた元教師。問題児とは如何なるものかはよく判るし、更正もさせたかった。 「それに、どうがんばっても死者は生き返らない。 生きた屍を作ってもそれは工藤じゃない」 それは何故か――その問いに、ソラはやや考え「魂の所在がわからないから」と説く。 「私はね、唯物主義者なのだよ。 魂の在り処? 保有する魂が工藤君か否か? そんな物は知った事ではない」 脳があり、心臓があり……それが正常に動き、生命活動を行う。 ――これが成り立てば生物として成立する。そう問い返す阿藤の表情は歪み、狂っていた。 「だからこそ、このようなオカルトじみた物に頼るのは不本意なのだがね!」 そんな不本意なものに頼った所で、誰も得しないし満たされもしない。 ソラの言葉と共に見舞われた追撃がアーティファクトの刀身に傷を入れる。 同時に下がる阿藤の踵に、流水の冷たさが障る。 「……まさか!」 ここで初めて阿藤は背後を見、周辺を確認する。 周囲にはリベリスタ。しかも他のフィクサードとは完全に分断され、孤立状態でもある。 そう、彼らは戦いながらも阿藤を囲い込み、ある一点へと追い込むべく猛攻を加えていたのだ。 その一点とは――渓流の中。 「逃がすわけには行かないのだよ」 気づいたかと言わんばかりの刀へのピンポイントな一撃。体制を立て直す隙さえ与えない。 「攻撃だ! 待機している後衛を片付けろ!」 踏み留まると前に出ているリセリア達が、退いて受ければ卯月を始めとした後ろに構える面々が鬼哭打刀を狙い打ちにする。 阿藤の置かれている状態はまさに、背水の陣。 「ダメ押しですよ。ソレがバラバラになるのも楽しいですけどこの時期だと冷たいでしょうね」 烏頭森の一撃に阿藤の足が深みに嵌る。 (このままでは!) 阿藤の足に纏わり付く急流。攻撃をする分には問題ないが、避けることは困難を極める。「自分の種(タネ)を残したい、ってのは男心だねェ……」 それでも命(タマ)ごとぶっ潰す。決して躊躇せず、情もかけない。更なる深みへと追いやるべく攻撃を畳み掛ける。 「殺人鬼阿藤、自らの血で罪を償え」 漆黒の翼を翻し、更に畳み掛けるクリス。 これが、これこそが彼らの自信。地の利を最大限に生かした戦い方。足元を水中に沈めたまま、阿藤は次第に渓流の深みへと追いやられていく。 (用心はしていたが、思った以上に手強い!) 地の利を含めた戦い方は阿藤も現場地図を確認し、同じように策を講じていた。 しかし、リベリスタ達と決定的の違う部分がある。それは――。 「お前達一人ひとりがどれだけ強かろうが、俺達全員で力合わせてかかれば勝てない訳が無いぜ!」 信じあえる仲間。協力し、事を成そうとする協力者が阿藤にはいない。 これで勝てるわけはない。崩壊したチームワークでは、勝てる道理がないのだ。 「このゴミクズが、早く引き上げろ!」 「冗談じゃないこの裏切り者! こうなったら賢者の石だけでも探して後宮様に渡すまで……」 監視役であるフィクサードは攻撃に当たるリベリスタを迎撃するも、すでに満身創痍な上に阿藤の手を貸そうとはしない。 「ヒッ、ハッ……こ、殺さないでくれ!」 それどころか、自身の保身を図るものまで出てくる始末。 彼らにとっても、阿藤が手に負えない存在だというのを認識しているからこそ、生存を模索する。 「殺しはしない、けど大人しくしてもらおうか」 「ねーせんせー。監視役さんはこんな感じですけどどんな感じ?」 挑発するかのように言葉をかける桜。阿藤の最も嫌う、見下されるかのような挑発――! 「賢者の石、何かに釣られて大事な物を置き去りにして、仲間にまで見捨てられちゃって……。 そんなだから最後の希望まで奪われちゃうんですよー」 溺れる犬に石を投げつけるかのように、『鬼哭打刀』めがけてナイフを投げる。 傍目からは見えないが、着実にアーティファクトは限界へと向かいつつあった。 「この、腰抜けの、下等の、取るに足らないクズ共……!!!」 怒りに任せ、濡れた白衣からメスを取り出し死力を以て投擲する阿藤。 だが、どれだけ被害を与え、前に進もうとも河川敷に向かうどころか徐々に深みに追い込まれ、体の自由すら効かなくなっていく。 焦りの色が見え始める阿藤。 だが、その流れの中で不自然な輝きを阿藤は見逃さなかった。 (まさか!) 阿藤はすかさず、煌めきを掴み一目する。 それは、紅い色を称えた無機質に輝く一握の石であった。 「く、ははは。ついに掴んだぞ。ついに掴んだぞ! さぁ道を譲るがいい! 此処に賢者の石があるのだぞ!」 赤みを帯びた石を掲げ、阿藤が哄笑する。 空気が一転する河川敷。流れに身をゆだねるかのように身が崩れても、希望を見出したかのようなその自信は確かなものだった。 「ちょっと、これってまずいんですけど!?」 「…………」 焦るのは桜だけではない、リベリスタも掲げている石を見て動揺が走る。 だが、その様子に卯月はしばし様子を一瞥して首を横に振る。 「いいのかよ、あれって賢者の石だぜ?」 今度は首を縦に振る。今は実際に見たという卯月を信じるしかない。 「それじゃそろそろ死んでくださいよ阿藤せんせ。祟っちゃいますよ?」 桜のナイフを皮切りにリベリスタは最後の一斉攻撃を仕掛ける。そろそろ前回の戦いに生じた戦闘時間を超過する頃合いでもあり、双方共に満身創痍。 ここらで決めなければ、こちらがやられる。 「アハハハッハハハッ――!!」 鳥頭森の銃弾が水面を叩く。狙いはやはり、アーティファクト一点。 「血を、流しすぎたか」 体が動かない。手が氷のように冷たく、ピクリともしない。 何度も、何度も水面を叩く銃弾が『鬼哭打刀』の継ぎ目に生じた罅にめり込み、そして――。 ガ、ギン……!! 鈍い破断音が、水流に混じって反響する。 「か、刀が!!」 ゴォ……ン そして、刀身が水中に沈み、水底の砂利が舞って生じる黒みを帯びた淀みが生まれていく。 その淀みは刀の怨嗟かそれともただの偶然か。『鬼哭打刀』を失った彼に、もはや戦える力は残っていない。 手元に残るのは賢者の石と思われる物体のみ。 「気づけ、賢者の石はここにあるぞ。このまま流されてもフェイトは、私の運命はまだ残っている。君達も賢者の石が欲しいのだろう、ならば助けて損はないはずだ――」 更に沈んでいく。もはや助けようとすれば運命を共にするほどに流れは早く、水底は阿藤の胸につくほど深い。 「教え子と一緒に地獄に堕ちなさい」 その翼は、白く輝く翼は――死にゆく阿藤にとってひどく目障りに見えた。 「この、凡愚どもが…………」 阿藤の体が完全に沈み、腕も力なく沈んでいく。 「阿藤とアーティファクトは!?」 クリスが確認に向かうも、彼の姿は見えない。足の踏み場を無くし、流されてしまったのだろう。 立っていたと思われる場所に、折れた刀身が斜めに刺さっているのが見えるのみ。 その手に握られていたものが、色が微かに似たただの石ころだと知らず。 そして自身こそが愚者だとも判らず、阿藤京四郎は水中に没した。 ●三途の川の宝物 「い、石が……」 呆然としたまま捕縛されるフィクサード。2人は阿藤の攻撃に巻き込まれて砂利と混ざったが、残る2人はまだ息をしているのを確認する。 「では手分けして探しましょうか、賢者の石」 興奮さめやらぬまま、烏頭森が捜索を急かすが――それはあっけなく見つかることとなる。 「もしかして、これか?」 音羽の足元に転がっていた不自然なほどに紅い石。砂利などによって軽く埋まっていたのが戦闘の余波で掘り出されたのだろう。 「間違いない、これが本物だよ」 音羽の手のひら程ある輝石は、紛れも無く賢者の石であった。 陽が差さずとも紅が映え、呼吸をするかのように輝く。生命が宿っている事を想起させる神秘の石。 卯月は先の戦いで実物を見たことがある。先ほどの行動――阿藤の掲げる石を見て首を横に振ったのはこの為だった。 「それにしても、先生の姿が見えないのがすごく不気味ですよ」 「私も同感だが――あの流れではまず生きてないだろう」 桜の懸念は尤もだったが、彼がノーフェイスになりかけているほどフェイトに困窮していることを考えると、生きているとは何故か思えなかった。 「これで、狂気は断てたのですね」 渓流を眺め、リセリアは感慨深く呟く。 「三途の川ってこんな感じかもしれないよね。流れる先は地獄だけど」 一連の教え子と教師の凶行、もし阿藤が才を潰してでも更正に努めるような人物であれば――。 現役教師であるソラがふとそんな事を思う。 彼らは現場を去っていく。 手土産に、捕縛したフィクサードと賢者の石を持ち帰り――。 彼らを迎える朝日は、明るく、暖かいものだった。 ● ――次のニュースです。 きょう午前6時頃、渓流釣りに来た男性が水死体を見つけたとの110番通報がありました。 遺体には石と棒状のものが握られており、警察では身元を特定すると共に、何らかの事件に巻き込まれたのではないかと慎重に捜査を進めています。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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