● 「ちょっと、何よこの数っ!」 都会の喧騒にぽかりと佇む、緑のオアシス。四方に聳える無機のジャングルの中にあって、その存在は異彩であり、『自然』なのに不自然さ極まりない。 「ワタシ、こんなの聞いてないっ」 時はおりしもクリスマスシーズン。人の手によって造られた緑の庭園は、煌びやかなイルミネーションで彩られていた。いや、煌びやか、と評するには聊か語弊があるかもしれない。 何故ならそこは、未だ飾り付けの途中。ほぼ完成形ではあるものの、点灯式がまだの為、人造の星たちを輝かせる生命線のスイッチはオフのまま。 「あーもー、アンタたち! ちゃきちゃき働きなさいよっ!」 深夜帯、イメージ重視でギリギリまで数を減らされた燈籠タイプの街灯が乏しく照らす庭園に、ヒステリックな女の声が響く。 黒縁眼鏡にセーラー服。綺麗に二等分して結われた三つ編みは漆黒、イマドキ珍しい真面目な女子学生かと思わせる風貌を、真ん中に納まる顔が裏切る――簡単に言えば、年齢が格好と釣り合っていないのだ。 「まったく、誰よ。こんな赤い飾り付けばっか選んだバカは! そりゃ、LEDライトで最初に実用化されたのは赤だけどっ」 丸く刈りそろえられた背の低い木にも、どの角度から見ても立派な二等辺三角形の背の高い木にも、遊歩道の石畳にも、薄く水を張らせた大きな池にも、噴水台にも、燈籠にも、立ち入り禁止区域を示す手すりにまでも。とにもかくにも、そこかしこに赤。大小様々な赤。赤、赤、赤。 「あのクソ魔女。情報間違ってたら、千年先まで呪ってやるんだからっ! あぁ、シンヤ様。とお子、絶対に賢者の石を持って帰りますからねぇ~――って、だからそこ! さぼってないで探せってばっ!」 ● 『塔の魔女』アシュレイは『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)に、こう語った。 穴を開く、のだと。世界に風穴を。塞げない大穴を、此の世を混沌に作り変える狂いに狂った大穴を。誘蛾のように神秘を引き寄せる大穴を。 特別な儀式――大規模儀式でもって。 そして、後宮シンヤは『賢者の石』を求めている。アザーバイドにしてアーティファクトな、赤い魔石を。 「詳細は不明ですが、『賢者の石』が大規模儀式の役に立つと考えるのが妥当だと推察されます」 過去のデータから算出される結論を端的に告げ、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は手元の資料から顔を上げた。 千堂から齎された後宮シンヤ達の不審な動向。それをアシュレイがカルナに告げた内容、さらには先ごろ如月ユミらを撃破したチームが持ち帰った情報ならびに『実物』を統合すれば、導き出されるモノは自ずと輪郭を明確にする。 「この持ち帰られた実物――賢者の石を、アーク研究開発室が波長と反応のパターンを割り出し万華鏡にフィードすることに成功しました。これにより、賢者の石の出現ポイントの予見が可能となったのです」 言うと、和泉はディスプレイに表示された地図の一角を拡大表示する。 「特定されたポイントの一か所がこちらになります」 そこはビル群の中に造られた緑の屋外庭園。広さは一般的なサッカー場程度くらいだろうか。 折しも、その庭園はクリスマスイルミネーションの装飾途中。夜間は立ち入り禁止区域になっている為、普通に行動すれば人目につく可能性は低い。 「ですが、おそらくこのポイントにも後宮派の捜索部隊が送り込まれるでしょう。ならばそこで起こる事は――」 分かりますよね? と分かりきった未来は告げず、和泉は更なるファクターを追加する。 「今回はこのポイントの賢者の石の捜索に、穏健派『三尋木』のフィクサード、鷹森美生をリーダーとした一団が友軍として加わることが確定しています」 友軍――響きは悪くない。 けれど、彼女等を信用できるかと問われれば、答は否だ。利益配分協定を結んでいない事から自組織に『賢者の石』を齎すことしか頭にないのは、自明の理。さらに指揮系統も異なるとなれば、いったいどこにどんな期待が持てるというのか。 「それでも、立場はあくまで『友軍』ですから、無下には出来ません。アークとは不可侵の立場にある為、こちらも向こうも攻撃は出来ない――出し抜かれないよう、十分に注意して下さい」 むしろ、出し抜くことをおススメします、と覗きかけた普通の女子大生の顔を一瞬で引っ込めた和泉は、再び凛としたオペレーターの顔になる。 「本来、『奇跡』であるはずの『賢者の石』がここに来て大量発生している理由は不明のままですが、世界が最近、突如として不安定になり崩壊が進んでいる事と何か関係があるのかもしれません」 解を導く為の情報は未だ揃わず、よって確たる事は何も言えない。 けれど。 「後宮派を阻止し、『賢者の石』を多く獲得する事に成功すれば、彼らの予定を挫くだけでは無く、アークの設備や装備のパワーアップが望めるかも知れません」 これはある意味、天によって供されたチャンス。 その天がどこにあるかは知らないけれど。 「皆さん、頑張って来て下さい」 「さて、私たちも行きましょうか」 きっちり着こなされた濃紺のツーピース、一分の隙もないタイトスタートから伸びる足の先には黒のハイヒール。 カツカツとアスファルトの大地に几帳面な足音を残し、美生は前下がりボブの毛先を僅かに揺らす。 「頭は使いよう、ということを忘れないように。バカは私の配下には必要ないわ」 ツーポイントフレームのメガネの、銀のヒンジが街を彩るイルミネーションに鋭い光粒を返した。 ――赤い魔石を巡る波乱の夜が、幕を開ける。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:臣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月27日(日)22:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 天を覆う青が、澄み渡る明るい色彩から、密度を増して黒に近付けば近付くほどに気温は下がる。 その寒さを凌ぐ風を装いカップ酒を一口煽った『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)は、律儀にその封をきっちり閉めると、足元を覆う安全靴の紐を結び直しながら周囲を窺う。 地上のネオン光を受けて歪な色に染まった夜空が、ここが都会の真ん中であることを否応なしに知らしめる。 「お、おいでになりましたな」 カツカツカツ。 小気味良く靴音を響かせ、女性4人の姿が街灯の下に現れた。 いかにもキャリアウーマンといった風情の女たちに、『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)は両手を胸の前で組んで感嘆を零す。 「出来る女性って感じですね……かっこいい」 呟きは思わず溢れた風でありながら、しっかりと女たちへの耳へも届くよう計算済み。 だがそれを知ってか知らずか。凛と振る舞う女たちは、セーラー服の少女の憧れ目線に気付いた素振りなくスッとすり抜けた。けれどその表情に満ちた自信から、『フロントオペレイター』マリス・S・キュアローブ(BNE003129)は、遠子の『おだて』が彼女らの心象にプラスに作用していることを冴えたオレンジ色の瞳で判じ視る。そしてすかさずその結論を、『ガンランナー』リーゼロット・グランシール(BNE001266)へ目配せ。 「三尋木派、鷹森さんですね?」 「そうよ。戦況は――聞くまでもないわね」 短く言った美生は、メガネのブリッジを人差し指で押し上げると、無機質のビル群が聳える一帯にそぐわぬ緑の公園を眺めやる。そこに蠢くのは、複数の人影。具体的に数えなくとも、この場に控える人数の合計を少し上回るのが見て取れた。 「こちらの予想以上に多くて……ここは様々な修羅場を潜って来たであろう貴女方にご助力頂きたいのです」 金の髪を隙なく結い上げたリーゼロットの要請に、美生はチラリと視線だけを動かす。 「ね、お願いです。助けてもらえませんか?」 助けて、と。あくまで下から『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が言い重ねた――かと思えば。 「吾輩の援護を貴様たちに任せてやっても――」 ふんっ、と根拠ない自信に『雨曝しの錆銃』バー・トリック(BNE002788)が胸をふんぞらせる。もちろん、ユウの間髪いれない手首のスナップを利かせた張り手が、餓えた獣の瞳の少年の妄言を叩き切ったのは言うまでもない。 「ごめんなさい、この子はこういう子なんですぅ」 「社会的責任を知らぬ男など、所詮そういう生き物でしょう」 非礼を詫びるユウに、美生はバーの態度をあっさり結論付けて締めくくる。 「了解しました、ここは共同戦線と行きましょう。そちらの要望は?」 「うっひゃー! キレーなだけじゃなくてカッコイイって何それ――って、失礼しました! なるほどなるほど、決断力もあって有能だからこんな重要な案件も少人数部隊でさっくり任されちゃうんっすねっ」 リーゼロットとの交渉に、空気を読まないハイテンションで割り込んだ『1年3組26番』山科・圭介(BNE002774)へ向けられる美生の視線は果てしなく冷たい。 けれど、そんな絶対零度の瞳など、圭介にとってはどこ吹く風。無論、圭介の弁は美生らをのせる美辞麗句に過ぎないのだが、当の本人の嗜好が嗜好なので言い募る勢いには熱がある。 妙齢の眼鏡様がいっぱいとか、誰得!? 俺得! 滾る少年の心に嘘はない。そして偽りがなければ、美生らも違和を感じない。 「騒がしい子供ですね」 言い捨てる美生の表情に優位の笑みを見て取り、マリスは作戦の第一段階の成功を確信する。 「こちらは特性上、回復を得意とします。ですので、私たちが貴方たちの回復も請け負いますので、撃破優先順位は同意下さい」 「分かりました、異論はありません」 リーゼロットの提示した条件に、美生は頷く。利害は一致――しかしそれは共通の敵を撃破するまでだとはどちらの陣営も分かりきっている。 「それじゃ、いくよ」 実年齢よりはるかに幼く見えるエリス・トワイニング(BNE002382)は、片言で告げると強結界で一帯を包み込む。 それは、乱戦の幕開けの合図だった。 ● 「あぁ、惜しいっ」 夜の庭園。未だ光を灯さぬ赤いオーナメントたちは、薄闇に時に怪しさを醸す。そんな曰くあり気な戦場に、どこまでも朗らかに響き渡ったのは圭介の唸り。 「何がよ!」 即返は敵方の将らしきセーラー服の女性から。翻る三つ編みが揺れればそれだけで武器になりかねない――色んな意味で。 「俺はキライじゃないっすよ、それくらいの痛々しさなら。でも、あともうチョイ、恥じらいがっ!」 遺憾無く振るわれる圭介の熱弁に、妙齢のセーラー服――羽柴とお子の眉間に加齢が原因ではない深い皺が刻まれる。 「あ、そうだ。オネーさん、結婚は未だですか?」 「はぁ?」 「どうせなら人妻制服プレ――」 「この変態から殺っちゃいなさいぃっ!」 食い縛った歯の間から金切り声を上げ、とお子は圭介をずびしっと指す。 「……昔を思い出しますな」 うら若き乙女の象徴セーラー服は、正道に過ぎ去りし日々を思い出させた。だが、言ってはみたものの、当該人物に「うら若き乙女」という形容が相応しくないのは百も承知。 そして弱点がそこにあることも。 「そこの君! 年齢がどうとか不届きな事を言ってはいけませんッ!」 働かせた超直観。ざっと見渡した戦場で、前方の混乱っぷりにおろおろしていた少年を指差し、正道は言いがかりを叩きつけた。 「え、オレ!?」 「あんた、あたしの配下のくせにそんな事……」 とお子の鋭い眼差しが、自軍のホーリーメイガスへと向けられる。 「これが貴方たちの策ですか。馬鹿馬鹿しいですが、アレはちょうど良さそうですね」 「無論、貴女たちには通用しないでしょう。では、時間をあまりかけたくありませんので、宜しくお願いします」 指揮官の移り気に、早くも右往左往し始めた後宮派のフィクサード達。それを嘲笑した美生は、正道の言葉にクツリと喉を鳴らした。 だが、その冷たい瞳は今度は自分たちの背中から飛来する悪態へも向けられる。 「ばーかばーか、あーほあほ」 実に単純明快な罵倒を繰り返しながら、バーはとお子の顔面に狙いを定めた。 放たれた一撃は、彼の言動を裏切る精密な射撃。短弓から放たれた矢が、とお子の頬に赤い筋を描く。 「乙女の顔に何してくれんのよっ。あいつもやっちゃいなさいっ!」 とお子の命に、配下たちがバーを目がけて移動を開始する。悟ったバーはくるりと踵を返す。狙われるのはお断り。 「鷹森さん」 「放っておきなさい。都合よく、敵の中心部が薄くなったわ」 乱れ飛ぶとお子の指示にまとりを失った一団の陣形が崩れたのを見止め、美生は配下を促し敵ホーリーメイガスを睨む。それはリーゼロッテとの事前合意通り。 石畳を疾走する女たち――が、ヒールを石と石の狭間に取られた美生の足首が、ぐきりとあらぬ方向へと曲がる。 「どっちにしても、おばさんは、大変」 失態をなかった風を装い再び走り出した女たちを、違和感なくメイド服を着こなすエリスは断じて捨てた。 「エリス、あの電波は、要らない」 「自分もエリスさんの意図には賛同します」 エリスと並び立ち、リボルバーを構えたリーゼロッテは照星を美生らが向かう敵へ合わせる。照門の溝の真芯を捉えれば、引き金に添えた指に力を入れるだけ。 放たれた弾丸を追うように、エリスの魔法の矢が都会の闇に光となって瞬いた。 「あ」 ごそごそと木々の間にしゃがみ込んでいたユウは、感じた気配に振り仰ぎ――一文字での感想と同時に後方へ飛び退った。 可能な範囲での迅速回避。しかし盛る炎の拳が、ユウの足先を焦がす。だが、ユウが選んだのは反撃ではなく反論。 「年相応、という言葉が日本にはあります。いえ、全世界的に。やはりそれぞれの年齢に応じた服装というものがあるのではないでしょうか?」 ジトリ。反応は言わずもがなのとお子。けれど、固く握られた拳が再び飛来するより先に、ユウは決定打を口にする。 「――と、あちらの三尋木派な鷹森さんが仰ってました」 流暢な日本語で、流れるような責任転嫁。 「あんた達、あの女を今すぐけちょんけちょんにして来なさい!」 見事に煽られたとお子は、付き従う側近たちを別働へと差し向けた。が、彼女の視線はユウの支援に駆けて来たセーラー服の少女に向けられる。 「……なんかね。さっきから、あんたが個人的に超ムカつくのよ」 「えと、あの。やっぱり年相応というものが……」 「充分年相応だっていうの! 決めたわ、アンタはアタシが直々にやっちゃってあげる」 セーラー服と三つ編みは自前のまま。黒縁眼鏡だけは、普段使いのそれではなく、とお子の姿を映すように遠子は選んだ。 とお子と遠子。 期せずして、同じ響きの、同じ格好の二人の女の邂逅。一人は正真正銘少女で、一人は疑似少女。 刺激されるのがどちらかは、明白過ぎて。 「その肌艶を寄越しなさい!」 烈火の如く叫ぶとお子に、こんな私利私欲の塊みたいな人にだけは絶対に賢者の石は渡せないと遠子は色違いの双眸に固い決意を浮かべた。 戦場にありながら、攻撃にかける手数は人の半分。残る労力を、瞳に宿した無生物を透かし見る力に注いだマリスは注意深く周囲を見渡す。 生命を宿す木々が彼女の視界の邪魔をする。 けれど、無数の赤いオーナメント達がマリスを惑わすことはない。 「――必ず、見つけます」 周囲の喧騒と相反し、彼女の瞳はどこまでも冷静だった。 ● 「やはりであるな」 「だな」 顔を見合わせ、二人の高校生は頷き合う。 「どこ見てんだよ!」 割って入ったのはチェーンソーの唸り。繰り出される連撃が圭介の腕を切り裂くが、その脇腹にバーの短弓から放たれた矢が突き刺さる。 「だい、じょうぶ?」 どうっと倒れ込んだ敵を乗り越え、エリスが呼ぶ優しい風が圭介を癒す。 「サンキュー、間違いない」 ぶんっと腕を回し、回復の度合いを確認した圭介は再びバーと会話に戻る。 彼らはとお子達と戦いながら、美生らの動きを注視していた。そして気付いた事が一つ。 なんですか? と首を傾げるエリスに簡単に説明すれば、三人目の高校生も納得に頷く。 「エリス、マリスに、伝えてくる」 「俺も付き合うぜ」 ここは任せたと圭介が言えば、バーは深くかぶった帽子で顔を隠し、にぃと釣り上げた口の端で了解の意を返した。 「なるほど、あちらは後宮派の行動した後はチェック対象から外している――そういうことですね」 エリスらから届けられた情報に、マリスは目を眇めた。 賢者の石を探しているのはいずれの勢力も同じ事。ならば数の多い連中を利用しない手はない。 圭介とバーが美生らを入念に観察して得た答に、彼女らの頭脳プレイの一端を垣間見、同時にそれに気付けたことに安堵を憶える。 「分かりました、その旨、皆さんへ伝えます。お二人も引き続き宜しくお願いします」 響かせるのは、心の声。 役立つ情報はマリスから、仲間たちへと発信される。 「アタシはあの女の相手をしたいのよっ」 美生らに取り囲まれたとお子は、それでも遠子を因縁めいた視線から外さない。単なる一方通行な苛立ちだが、向けられる遠子にしてもマイナスばかりではなかった。 バカみたいに突っ込んでくる相手なら、動きは読み易い。 「ごめんなさいっ」 詫びの意味は複雑で、かつ難解で。 だがふわりと展開された気糸の罠は、的確にとお子を絡め取った。 「お見事です」 共にあれば先手を取られることを防げると、美生らと行動を共にしていた正道が、遠子の判断を褒めながら、とお子に拳を繰り出す。 「まっ、ちょっ! 乙女を殴るなんてっ!」 「何をしているのですか?」 今度は噴水の縁。身を屈めるユウに、気付いたリーゼロットが問う。 「ふふふ」 悪戯っぽく笑った女の手に握られていたのは一本のロープ。植木の根元に先端を固く結びつけ、あとはそろりと隠す。 「――」 「こういう単純なのって、案外バカにできないんですよう」 言いながら、ユウは来たるべき直近の未来を想像する。 大丈夫、きっと上手く行く。 ● 「みんな、あと、一押し。所詮、おばさん。若者には、敵わない」 誰がおばさんよー! と上がった声を無視し、エリスは日頃毒舌を紡ぐ張りのある薄紅色の唇から、清らかな福音を響かせた。 戦場に満ちるその音色は、決して無傷ではない仲間とこの場限りの同朋を穏やかに癒す。 「貴様らは今、この瞬間に終わりだ」 無駄に朗々と宣言したバーが番えた矢が空を裂き、その行く末を見据えた遠子の翡翠の左目が、己の次の一手を定める。 「任務は必ず成功させます」 操るのは実体を持たぬ糸。不意に目覚めたこの力に未だ戸惑いはあるが、成さねばならぬことへの迷いはない。 「では、参りましょうか」 「言われなくとも」 並走する正道の導きに、美生は鼻を鳴らし、動きを読んだ苛烈な蹴りを眼前の敵へと叩き込む。腹部に強打を喰らった青年フィクサードに、正道は渾身の力を乗せた硬い手甲を容赦なくくれてやる。 一人、また一人。真夜中の庭園に、本領を発揮しきれなかった哀れなフィクサードたちが転がって行く。 (「次、噴水後方、ジーンズの女性」) 広さを確保した視野に認める次の標的映像を仲間へと送り、マリスは動く敵をカウントしてさり気なく位置取りを変える。 賢者の石との遭遇は、未だ訪れない。ならば、終局が近い今、するべきことはただ一つ。 「行きますよぅ」 ゆるい口調とは裏腹な素早い動作でユウが改造小銃を手にすれば、複数の光弾が狙った獲物と同じ射線上にいる相手を同時に射抜く。 「これで、どうですっ」 「お別れするのは、残念だけど」 任務こそ、存在意義。それをくれるアークを信奉するリーゼロットの強い意志が、敵を討つ確固たる力の結晶となってまた一人を射抜き、モラトリアムを堪能する気儘な学生である圭介の興味本位に近い力の発動が、みすぼらしい結末をフィクサードに与えた。 「っきー! 撤退よ、撤退っ」 「羽柴さん、落ち着いて。血が噴き出しますっ」 既に口先だけで戦線に参加していたとお子は、ひぃふぅみぃと仲間を数えて奇声を上げた。両脇を抱えた男たちが、いっそ悲しい程の哀愁を漂わせる。 「そこのあんた、覚えてなさいよっ!」 お決まりの捨て台詞を遠子へ投げつけ、潮が引くようにとお子一派が戦場から駆け去った――と、同時に。 「あぁら、ごめんなさい。わざとじゃないんですぅ。敵の逃亡を阻止しようかと思って」 まっすぐ一点を目指し走り出した美生の連れの一人が、ユウの仕掛けたロープにまんまと足をとられて派手に引っくり返った。 だが、残る3人は振り返りもしない。目指す先は、今までで唯一足を踏み入れていない小さなツリーの群生地。 「おばさんは無理しない方がいいっすよ」 圭介の挑発は完全スルー。ならば、と懐に忍ばせておいたオイルの瓶の蓋を開ける。 「イライラ乾燥肌には、こいつが一番!……おおっとっ」 「ちょっ」 わざとらしくぶちまけられた油に、ずるりとヒールの女たちの足が滑った。 「はっはっは、圭介さんは女性への気遣いが細やかですな。自分なぞ、既にいい感じに出来上がって……ふぉ」 僅かに赤みが差した頬は、戦闘の高揚か、それとも初めに口に含んだアルコールゆえか。お約束の酔っ払いを演じた正道も、ここぞとばかりにカップ酒の中身を通路にばら撒く。 「貴方たちっ」 「これは失礼、申し訳ありません」 「なんか面白そうである、吾輩も混ぜろー!」 華麗に決まるバーの飛び込みジャンプ。不安定極まりない足元、さらにそこへ衝撃が加われば、ヒールな女性陣の辿り着く未来はたった一つ。 「やっぱり、おばさんは、おばさん」 エリスが見下ろす視界で、彼女らは立とうに立てずに石畳にもがく。 「でも……どこに?」 駆け付けたツリーたちの中、あまりの赤の多さに遠子は瞬きを繰り返す。そんな中、悠然たる足取りで、マリスが歩く。 「――ありました」 手を伸ばすのは、籠の形をしたオーナメントの中に収められた赤。他の赤とは違い、透けることなく、マリスの瞳を捉えて離さぬそれ。 指で触れれば、どくりと心臓が一つ高鳴る。 「ご協力、感謝します」 ようやく立ち上がった美生に、リーゼロットは深々と頭を下げた。 「どういたしまして」 出し抜く事を考えていたのはお互い様。何の約定も結ばれていぬ現状では、文句の一つも言えない事は美生とて承知。 精一杯の強がりは、赤い魔石に注がれた視線で知れた。 「それにしても、本当にあったんですね」 アークへ帰還の途につきながら、遠子は手に入れた賢者の石に感嘆を零す。蠍の心臓と評される星の輝きに似たその石は、まさに奇跡の存在。物語を飛び出したそれは、確かな質量をもって今、彼女の前に。 「賢者の石……ステキな響きである。是非、吾輩のコレクションに――」 「これはアークのものです。アークが更なる力を得るための、もの」 物珍しそうに眺めるバーの視線から、身を挺して赤い魔石を守ったリーゼロットは自分の言葉を胸の中で反芻する。 賢者の石。 それが齎す未来は、朝もやにけぶり始めた空の向こうに。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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