●Pray 私はしがない学者だった。 学界からは邪魔者扱いされ、研究資金も尽きた私に妻は愚痴一つ言う事無く献身的に尽くしてくれた。 しかし彼女は無理が祟って身体を壊し、早くにこの世を去ってしまった。 嘆き悲しむ私を支えてくれたのは一人娘。 愛する妻を亡くした私にとって、残された彼女は希望であり最後の宝となった。 いつも明るい笑みを絶やさず、私を癒してくれる彼女こそ私の全てだった。 だが何と残酷な事か。運命は再び背を向けたのだ。 神が存在するのならば、何故このような理不尽を許すのか。 虫も殺せぬ優しい娘がいったい何の罪を犯したというのだ。 私は神を呪った。 彼女を助けてくれるのなら、何だって構わない。悪魔でも鬼にでも魂を売ろう。 数日後、奇跡は起こった。願いを聞き届けたのは神か悪魔か分からないが、娘は帰って来た。 すっかりやつれ、口数も少なくなってしまったが、まだ病が完治していないのだ。 具合が良くなれば以前のように輝く笑みを私に向けてくれるようになる筈に違いない。 娘の為なら私は―― ●Mission 「当該神秘、その性質を確認しました」 アーク本部、召集に応じブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を前に『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が流暢に切り出した。 「今回の任務は町はずれの洋館に出現したE・アンデッドの撃破です。 館の持ち主である男は一人娘と2人で暮らしていましたが、娘が不慮の事故で死亡後、生者の血肉を食らうE・アンデッドになってしまった様です」 「ゾンビやグールといった類の奴か……父親は無事なのか?」 リベリスタ達は眉を顰めながら和泉に尋ねた。 「当初E・アンデッドは身体能力や活性が著しく低く、父親を襲う様子はありませんでしたが、父親が人をさらっては食料として娘に与え続けた結果、能力が向上。ついには父親を襲い、その血肉を得た結果フェーズ2へ進行。間もなく館を抜け出し、無差別に人を襲う事が予測されます」 それを聞いてリベリスタ達の表情が更に険しくなる。 「戦闘になると5体のネズミ型E・ビーストが現れ、一緒に攻撃してきます。フェーズは1。E・アンデッド共々至急の対処を要請します」 リベリスタ達は頷き、それぞれの得物を確かめると出動の準備を整え始めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:柊いたる | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月22日(火)23:18 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●Splatter House リベリスタ達が目的の洋館を訪れたのはまだ日も高いうちであった。 かつてはここに住む家族や来訪者の目を楽しませたであろう庭も、今は手入れもされておらず、雑草だらけで荒れ放題。建物も薄汚れ、およそ人が生活している様な状態には見えない。 (せめて最悪の結末だけは防いでみせるわ) 玄関ポーチに立った『』来栖・小夜香(BNE000038)が神妙な顔で呼び鈴を押す。 ……暫く待つも反応は無い。 「任務を開始する」 重々しく吐き出された『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)の言葉に全員が顔を見合わせ頷いた。 扉に鍵は掛けられておらず、僅かな力で軋みながら開き、静かに薄暗がりの支配する邸内へリベリスタ達を迎え入れた。 屋内も長い間、掃除もされた様子も無く、外に負けず劣らず薄汚れ、埃っぽい。 素早く身を滑らせた『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)、『薄明』東雲 未明(BNE000340)が周囲を警戒しながら父親の姿を探すが、それらしき存在どころか、生きたものの気配すら全く無い。 「これ……血の跡じゃ……」 『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)の指差す方を見れば、床の上には何か重い物をを引きずったような跡が続いていた。 さらに調べて見ると、その赤黒い染みは邸内のあちらこちらに散見され、場所によっては骨の様な物も転がっている。 「こ、これは人の骨でなのでは!? こけぇぇ……」 初任務の『トリ頭』鳩山・恵(BNE001451)は、ニワトリ頭の鶏冠から血の気を引かせて呻いた。 「死んだ娘の為に調達した生きた餌だった……って所かしらね?」 「誰の骨か分からないけど、この様子じゃ父親も死んでるだろうとは思うわね。生きてたら拍手だわ」 仰け反る恵の横で『紅瞳の小夜啼鳥』ジル・サニースカイ(BNE002960)や『霧の人』霧里 まがや(BNE002983)はさして珍しくも無いと落ち着いたもの。 (親を知らない俺だけど、子を思う父の気持ちくらいわかるさ……) 胸にわだかまるやるせない思いを振り切って、俊介は二階への階段を昇る。 二階も一階と同じように手入れはされておらず、荒れ果てて既に生者の住む領域ではない状態だ。 「おい!居んなら返事しな!!」 例えどんな人物であっても、一般人は死なせたくない。そんな俊介の拘りが彼の心に焦りをもたらす。 (親子、親子……アタシの家族ってどんな人だったのかしら? 居るとしたら親とか兄弟とか……まさか、この年で子供がいたりしないわよね、アタシ。まだ19……って、この年も適当に決めたんだっけ……) 廊下を進み、各部屋を覗きながらもジルはどこかうわの空だった。 「血の跡はこの奥の部屋に続いてますね」 智夫の声に見上げれば『研究室』のプレート。どうやらここが最終地点らしい。 ●Open Sesame ばりばり ぐちゅぐちゅ 湿った破壊音。 扉の向こうからは大型の獣が食事をしているような音が聞こえて来る。 大凡の予想はしていたものの、嫌な予感にリベリスタ達の表情に影が差す。 「さーてさて、御死後屠(おしごと)の時間ね」 手にしたフローズンダガーの重さを確かめながらジニーが囁き、仲間の顔を確認する。全員の顔に覚悟を確認し、リベリスタ達は扉を開け放つと一斉に部屋の中へ突入した。 最初に目に入ったのは薄暗い部屋に机や棚と言わず積み上げられた書類の山、山、山……あちこちに壊れた研究機材が散らばり……今まで以上に荒れ果てた様子だった。 その奥で床に伏し、一心不乱に何かを貪り続ける影が揺れていた。 リベリスタ達はそれを確認し、息を呑む。 それは人の姿をした化物――元はこの屋敷の住人。変人扱いされた研究者の一人娘だったのであろう。小柄で華奢な体躯は生前のままだが、肌は土気色で鋭く巨大な爪と牙にこびり付いた血と肉片がその姿を見た者の心に得も言われぬ不快感を呼び起こす。 「っと。こんにちは、クソッたれな現実さん。仲良く一緒に遊びましょ?」 「おやすみなさいをしに来たわ、死んだ後まで動き回るのはしんどいでしょ」 最早人間ではなくなった『それ』にジルと未明が呼びかける。その声に化物は『食事』の手を止め、のそりと跨った『エサ』から起き上がった。その下に血塗れになった白衣と力無く伸びた腕。 「おい、しっかり……!?」 俊介の言葉は最後まで紡ぐ事は出来なかった。 「流石にあれじゃ死んでるわね」 未明の言う通り、一見しただけで手遅れである事は明白だった。それは既に人としての原形を留めてはいなかった。 「畜生……ッ!」 助ける――俊介は届かなかった想いに歯軋りする。 「人の血肉を食らうなんざ、堕ちたな娘サンよ」 俊介の言葉を聞いてか、化物が不愉快そうに獣じみた唸り声を上げると、それに呼応して部屋の彼方此方から小型犬程の大きさのネズミの様な怪物が何体も姿を見せ始める。 「ネズミと死に損ないか……気兼ねなくていいわね。退屈しのぎに丁度良いわ」 喉を鳴らしてまがやが笑い、マナブーストの詠唱で体内の魔力を活性化させる。燐光がまがやの身体を包み、神秘の力が増大していく。 「――さあ、大掃除の時間よ!」 ジルが叫ぶと同時に黒い影、シャドウサーバントが足元から姿を現わし、彼女の戦いを援護する。 「記憶と形が同じならばそれは娘なのか? ……いや、今は命のあり方について考える時ではない。形が何であれ敵は殲滅するのみ」 ハイディフェンサーで防御を固め、自問自答するウラジミールの横を未明が駆け抜け、巨大ネズミに向かってリミットオフされた人間離れした勢いでバスタードソードを振う。 どぉん! 轟音と共にネズミとその周辺の実験機材が吹き飛び、書類の束が紙吹雪となって舞い散った。 「神の炎よ!」 間髪を入れずに小夜香の声に聖なる光が渦を巻き、ネズミ達をその奔流に飲み込む。 「ひいい、気持ち悪いである! しかし、娘のためにも、父親のためにも、早くこの夢を終わらせて差し上げるのである」 恵も仲間の足を引っ張るまいと懸命に愛剣espritを振い、幻影剣の幻で群がる敵を翻弄し、切り払う。 (父親の気持ち、判る気はする……僕に子供が出来たとして、同じように死んでアンデッドになったら多分、似た事をすると思う……) 智夫は前に立つ仲間を突破して来たネズミ達に魔氷拳を叩き込みながら、運命の不条理に唇を噛む。 「ぐうっ!?」 攻撃を受け止めたウラジミールは、突進してきた華奢な少女の見かけによらない怪力に圧倒され膝を付く。メキメキと嫌な音をたてながら、爪と牙が防御の上から食い込んで生命力を吸い上げ、ウラジミールの顔が苦痛に歪む。 ジルが障害物や床をも破壊する勢いでナイフの雨を降らせ、敵の勢いを削いで体勢を崩させる。 「大丈夫、俺がいる! 支えてやっから好きなだけ怪我しな!!」 すかさず俊介がウラジミールに浄化の鎧を付与し、輝くオーラが怪物の爪牙を跳ね返す。 「さあ、派手に散れ。余興にくらいなるだろう! 適度にあがいて早く死ね!」 まがやのチェインライトニングが激しく荒れ狂い、立ち塞がる全てを貫き、ネズミ達の大半を消し炭に変える。 苦痛か怒りか。身を震わせたアンデッドが一際大きく咆哮し、館中の空気が震えた。 「来るぞ!」 何か来る。前兆を察したウラジミールの声に智夫や恵も頷き身構えた。 直後、嵐の様な旋風を巻き起こし、目にも止まらぬ高速でアンデッドが舞う様に跳び、爪を牙を振う。 窓が割れ、壁が吹き飛び、血煙が飛び散り、身体を抉られ、猛烈な勢いでリベリスタ達は壁や床に叩きつけられた 「支えてみせる。だから頑張って!」 力を振り絞って発せられた小夜香の声が福音を響かせ、倒れそうになる仲間達の傷付いた身体を支える。 血に飢え、怒りに狂ったアンデッドはジルの投げナイフを掻い潜り、吠え声を上げて爪を横薙ぎに払い、怪力に物を言わせて肉を切り裂く。 命を吸い取る為に、そうやって自らの存在を維持する為に……さらに噛みついて血肉を啜ろうとしたアンデッドの背を俊介の神気閃光が焼いた。 「くくく、俺のはちっといてーぞ!!」 その攻撃は致命傷には至らなかったが、だがそれで良い。少しの時間を作る事が出来れば。 アンデッドの注意がそれたその時、頭上から天井を蹴って未明が死角からの渾身のソードエアリアルで強襲した。重いバスタードソードが速度に乗って、爆発的な破壊力でアンデッドを袈裟掛けに肩口から腰まで切り裂く。 おおおおお! 絶叫とも悲鳴ともつかぬ咆哮が周囲の空気をびりびりと震わせ、ぐらりとその身体が傾く。 「可哀想だけど終わらせるしかないのよね」 小夜香のマジックアローが容赦無く追撃し、アンデッドの身体に穴を穿つと動きを止める。 「これでとどめだ」 そこへウラジミールの振り被る魔落の鉄槌が大上段から解き放たれ、神聖な力を秘めた一撃が悪夢から這い出て来た怪物を再び死の世界へ追い戻す。 爆音と共に光が辺りを包んだ。 ●Lullaby 全てが終わり、館には再び静かな時が流れていた。 「こんな事を言えた義理じゃないですけど……ごめんなさい」 そう呟く小夜香の声が震えている。 敵を倒しても、おとぎ話の様に生前の姿に戻ったりはしないが、せめてもと未明は邸内で見つけた服や化粧品で娘の遺体を整えてやる。 「おやすみなさい、ゆっくりね」 「亡くなった人はもう帰ってこないのである。安らかに眠らせてあげるのである」 センチメンタルな気持ちになった恵が言う。 「神なんかいない、悪魔なんかいない。あるのは現実だけだ。いつまでも幻想に囚われてっから神秘に付け込まれるんだよ……」 俊介は父親の遺体を見下ろし拳を握りしめる。生きていたなら、ぶん殴ってでも罪を悔いさせる事が出来たのに。今となってはどうにもならない事だ。 「娘さんも父親も、何も悪くないのに。こんな不条理な事になるっていうのは、悲しいね……」 智夫も運命を嘆く。 (ふん、哀れな父親……でも半分以上自業自得よね。妻が死んだのも、自分が死んだのも……唯一例外は娘の死だけど……死んだ娘の為に生きた『餌』を調達してる時点でコイツの魂は地獄行決定よ) ジルはそう思う。 「自分の為なら人も殺せる……人間ってのも存外とあれな生き物よな」 まがやもまた人の心の弱さと愚かさに何とも言えない気持ちになる。 「亡くなった人はもう帰ってこないのである。安らかに眠らせてあげるのである」 恵が言うと、ウラジミールが散らばった書類の中から見つけた家族3人の並んだ写真を胸の上に置き、低いがしっかりした声で宣言する。 「任務完了だ」 その言葉にリベリスタ達は頷き、帰還の途へと就いたのであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|