●承前 真夜中の公園。 闇の中で、何かが蠢いている。 それは、生物の根幹となるべき頭も、胴体も、手足も、まして色もない。 大きさは2メートル程度。どろどろとした極めて不定形で、アメーバ状の物体だった。 この世界に落ちてきた理由も、誰に創られたかも、よくわからない。 だが混沌とした闇の身体の中で、ひとつの声だけははっきりと響く。 持って生まれた使命なのか、自らの本能のような、力強い言葉。 『人間を殺し、喰らえ』 それは初めての感覚だったが、非常に簡単だった。 ただ闇と同化するして相手を待ち、現れたところを身体全体で覆う。 犠牲者となった人間は、圧倒的な力の差に抗うこともできず、あっという間に動けなくなった。 あとはそれを体内で溶かし、ただ貪るだけだ。 徐々に皮が、肉が、骨が、不定形の身体と同化を始めていくかのように溶け始める。 ぬるりとした赤い液体を吸い、刺激する香りと味に恍惚とした。 その不定形な身体を捩じらせ、狂喜する仕草を見せる。 こんな簡単なことで満たされるなら、いつでも構わないとでも言うのかのように……。 ――闇に蠢くものは、犠牲者を待つ。 ●依頼 アークが活動を始めてから、もう一年が過ぎていた。 リベリスタ達の数も、ゆるやかながら増加を始め、作戦に訪れるメンバーも随分様変わりしてきている。 だかこうも頻発して、フィクサードやビースト、アーティファクトの存在を事前察知で、その対処だけに追われていくのが現状だ。 云わば『いたちごっこ』のような状態が続いていて、状況が改善されたとは到底言いづらい。 それでも彼らは、前に進み続けるしかないのだった。 崩界を防ぐには、結局それが唯一の――そして最短の手段となるのだから。 アーク本部、ブリーフィングルーム。 この場所に集ったリベリスタたちに、緑と赤のオッドアイの視線が注がれる。 「エリューションビーストが現れるわ。フェーズは2」 万華システムを使った『リング・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、いつもと同じ様子で淡々と話を切り出した。 「今回はこれの掃討が仕事。内容としては単純明快だけど……」 一旦言葉を切り、集まったリベリスタ達の反応を確認する。 続きの言葉があるのだろうと、一向はイブへと視線を向けて間を置く。 「相手は色や形を有していないし、気味の悪い攻撃をしてくる。だから戦い方には注意して」 イヴの話によると今回のエリューションビーストには頭も、胴体も、手足もない。言わばアメーバのような存在だ。 その体内には強力な酸を持っていて、全身を使って相手を飲み込み、溶かして貪るという攻撃方法である。 しかも周囲の闇と同化する能力のため、遠距離から特定するのは困難となりそうだ。 薄気味悪さに小さく息を吐いたリベリスタたちに向け、イブは言葉を続ける。 「弱点は光の中は苦手で動きが鈍ることと、火に弱いこと」 逆にその不定形な身体故か、物理的な攻撃に対してやや耐性があるとも告げた。 「出現場所は真夜中の公園。人気は少ないはずだけど、無用な騒ぎは起こさないよう」 この公園はオフィス街の近郊に位置しているため、ベンチが数多く置かれてあり、昼間は弁当を持参したサラリーマンやOLたちが訪れている。 午後になると学校帰りの子供たちが集まり、遊具で遊んでいる姿をよく見かける。 コンクリートの山についたトンネルやロープで組んだネット、すべり台。ありきたりなジャングルジム、ブランコ、鉄棒、砂場。 だが光を嫌うエリューションビーストが、昼間に表で姿を見せることはない。 真の闇が創れる真夜中こそが、エリュージョンビーストの活動時間なのだ。 人気が少なくなったとはいえ、それでも誰が通りかかるとも限らない。 作戦にはくれぐれも注意を払った方が良いだろう。 「現在のフェーズでなら、作戦次第でまだ人目につかずに処理できるはず。でもフェーズが進めば……」 エリューションビーストは更に成長して大きくなり過ぎてしまい、否が応でも人目に触れてしまう。 それだけは、避けなくてはならない。 リベリスタたちが言葉の先にある真意を汲み取ったのを確認し、話を切った。 「大丈夫だと思うけれど。一応、気をつけて」 ――狩人たちが、闇の中で蠢くものを狙う。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ADM | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月14日(月)22:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●遭遇 三高平市、某公園――。 真夜中の公園にバイクと車が集い、そこから7人の女性と1人の男性が姿を現した。 三台のバイクを中へと入れ、二台の車は公園を正面にして駐車し、それぞれライトを付けて公園内を明るく照らしていく。 遠くから一行を見れば、まるでこれから探し物でも始めるかのような光景に伺えた。 だが落し物を探しに来たのでも、公園に遊びに来た訳でもない。 彼女達は狩りに来たのだった――『闇の中に蠢くもの』と呼ばれる、エリューションビーストを発見して滅するべく。 「出来る限り光が拡がる様、効果的に配置してね」 眼帯を付けた金髪色白の若い女性『吸血婦人』フランツィスカ・フォン・シャーラッハ(BNE000025)の指示で、より広い面積が光で覆われるよう配置されていく。 落ち着いた雰囲気で作業を手伝っていた廬原碧衣(BNE00282)は、青い瞳を曇らせたまま呟いた。 「『闇に蠢くもの』、か」 車からやってきたセーラー服姿の『斬人斬魔』蜂須賀冴(BNE002536)が、バイクの配置作業を手伝っていた碧衣の呟きに溜息を返す。 「人間を喰らう事が本能とは……」 山川夏海(BNE002852)はすいかのような胸を揺らしながら、持参してきたバイクを定位置に固定すると、彼女達の話に頷く。 「これまた成長すると厄介そうな相手だねー。噂に聞く七罪の『貪欲』みたい」 愛車に『工事中』の張り紙を貼り、ハイビームで公園を照らした『鋼鉄の老兵』東・城兵(BNE002913)は、ふぉふぉっと笑いながら女性達の会話に混ざってくる。 「……しかし、皆が力を尽くせばきっと大丈夫じゃわい」 そう言って首を横に振ったのは、眠そうな目でバイクの重さと格闘する『第4話:コタツとみかん』宮部・香夏子(BNE003035)だ。 「香夏子はこういう相手は得意じゃないので、早く倒すに限ります」 彼女等の会話の傍ら、黙々と作業を行っている『おっぱい天使』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)。 日本人形の幼女のような姿をした『鬼出電入の式神』龍泉寺式鬼(BNE001364)は、決意するように告げると人払いの印を切り、周囲から人を遠ざけようとする。 「此度の闇も見事振り払って見せよう」 だが設置した車とバイクの数では、せいぜい公園の約1/3の程度が照らされたに過ぎない。 公園に設置されていた外灯と合わせても、まだ1/3近くの場所が暗闇に覆われていた。 そこで一行は二手に別れ、暗闇の場所を虱潰しにして捜索を始める。 『闇に蠢くもの』は、公園内に複数の存在がいると既に感知していた。 それも、喰らうことこそが至上の使命ともいうべき人間達。 肉を、骨を、血液を貪り尽くしたいという、耐え難い衝動へと駆られる。 だが彼が嫌う光があちこちに配置され、欲望は辛うじて押し止められた。 このまま闇に紛れていれば、向こうから獲物はやってくるだろう。 今はただジッと捕食の機会を伺い、獲物を待ち続けるのだ……。 コンクリートで出来た人口の山の周辺に、冴たちは捜索に来ていた。 この辺りは周囲に外灯もなく、車やバイクのライトも山に阻まれてしまう為、薄暗いままである。 「視界の悪いところが特に怪しいかのう……」 城兵は山やトンネルなどで、特に視界が遮られるこの場所を特に警戒していた。 彼は発光を使い、他はそれぞれ懐中電灯などの光を照らして、慎重に探りを入れていく。 捜索に当っていた気配のひとつが、不意に消えたことに夏海は気づいた。 「……シルフィア?」 光源を持って捜索していなかったのは彼女だけだったと思って声をかける――だが、返答はない。 夏海の声に気づいた冴が近づき、警戒しながら気配の消えたトンネルを照らす。 だが、懐中電灯の光はトンネルの向こう側まで届かなかった。 大人では屈んで入るのがやっとのトンネルの内部に広がるのは、ひたすらに光すら吸い込む『闇』だったのだ。 『闇』は光を嫌がるかのように、反対側へと逃げ出していく。 「!!……思い通りにはさせませんよ」 冴は屈んだ姿勢で手にしていた照明弾を『闇』めがけて放ち、続けて夏海も照明弾を重ねて発射する。、 一度に大量の光を浴びた『闇』は急に動きが緩慢となり、ベッと何かを床に吐き出すと反対側から外へと逃れてゆく。 遅れて現れた城兵の発光がトンネルの中を照らすと、そこには気を失っているシルフィアの姿があった。 「こりゃ、いかんぞい!」 城兵はトンネルを這うようにして彼女の元まで駆け寄り、邪気を退ける光を放って『闇』を更に遠ざける。 光は同時に癒しの効果をシルフィアへともたらしたが、命の危険はなくとも既に重症で、これ以上戦闘を行うのは無理だと城兵は判断した。 彼女をこのままに横たわらせ、城兵はトンネルを匍匐前進して『闇』を追撃する。 少なくても自分が壁となって『闇』と対峙している限り、彼女に更なる危険はない。 今は敵を見失わないことが先決だった。 その一方で山を左回りに冴が、夏海が右回りに迂回してトンネルの反対側へと向かう。 動きの鈍くなった『闇』を挟み撃ちにしようというのだ。 「……化生が此方に現れました。山のトンネル前です」 冴はアクセス・ファンタズムを使って探索メンバーに呼びかけながら、愛刀『鬼丸』を手に『闇』と対峙した。 見れば城兵もトンネルから抜け出ていて、その対峙に間に合っている。 既に夏海も回り込んでいて、反対側から『闇』を見据えたまま格闘銃器を両手に構えていた。 「来たね……」 夏海の言葉と共に、開戦の火蓋は切って落とされ――『闇』で狩るもの同士の、殺し合いが始まる。 『闇に蠢くもの』は獲物が抵抗してきたのに、僅かな違和感を感じていた。 自分に歯向かってくるなど、考えもしていなかったことだ。 しかも、自分が苦手とする光を手に携えている。 1人には喰らいつけたものの、その光によって貪りきる前に逃げざる得なかった。 視覚がなくても、相手が3人いることは理解できる。 だが何人来ようが、自分のすべきことが変わることはない――ただ喰らい尽くすだけのこと。 ●対決 フランツィスカたちが辿り着くまで、時間にして1分も掛からなかった。 そのはずなのだが、3人にはとても、とてもそれが長い時間のように感じている。 常に全力での攻撃と回避を余儀なくされ、切りつけても『闇』に怯む様子は見られない。 回復手段を持つ城兵がいた為、かろうじて戦線は維持できていたものの、敵の一撃一撃が3人の体力を大きく削っていく。 そこから仲間たちが合流したことで、戦況は大きく一変し始めた。 眼前の『闇』の不定形な容貌を見て、フランツィスカは小さく皮肉めいた笑みを見せる。 「同じ属性の怪異同士。仲良くしたい所だけれど……」 フランツィスカは後方にあるすべり台を遮蔽にし、『闇』目掛けてカラーボールを投げた。 不定形の身体のあちこちに色の付いた『闇』へと、更に式鬼は事前に鷲掴みにしていた砂場の砂を浴びせかけた。 砂の中に混ざる細かいガラスのような粒が、数々の発光に反射して僅かに輝きを見せ、『闇』の位置を特定させる。 「強き心にて未知への恐怖を振り払えば、恐るべき闇にあらず……」 式鬼はそのまま印を組み直すと、『闇』の動きを呪縛して封じ込めに入った。 それと同時に、碧衣が気糸を絡ませて確実に『闇』の動きを束縛し始める。 「光を嫌って避けるように動いたところで……」 『闇』の動きを読んだ戦い方は、論理戦闘の得意な碧衣の真骨頂とするところでもあった。 2人によって動きの封じられつつある『闇』へ、香夏子は破滅を予告する道化のカードを投げつける。 「ライアークラウン」 香夏子のぽつりとした呟きと共に、カードに秘められし強い魔力が弾け飛んで『闇』を襲う。 『闇に蠢くもの』は手傷を負わされていることに、僅かながら動揺していた。 新たに現れた4人を含め、目の前の7人はそれぞれ実力があるようだ。 これをすべて相手するには、やや時間がかかることだろう。 まずは手頃な獲物である前線の二人、その中でも当てやすい方を獲物にすべきか……。 ――ならば、それをまず喰らうとしよう。 彼女等の加勢によって冴、城兵の前線が持ち直し、夏海も後衛に回ったことで、後衛たちによる包囲網が完成しつつあった。 『闇』は数々の光によって動きを鈍らせつつも、その不定形な身体を自由自在に変形させては前線を襲い、飲み込もうと試みる。 最初から全員で対峙していれば、かわし続けることも出来たかもしれない。 しかし先に3人だけで『闇』と相対した際、既に相当量の疲労が蓄積されていた。 とうとう『闇』の渾身の突進によって、城兵がすっぽりと飲み込まれてしまったのだ。 「城兵さん!」 前線で並ぶ冴は慌てて声をかけるが、彼自身は然程動揺してはいない様子だった。 迷わずにその場で両腕を交差し、渾身の十字の光を目の前の『闇』へと叩き込む――。 「構わん! やれ!」 城兵の決意に満ちた声に、後衛陣が反応する。 夏海は『闇』へと大きく見得を切って、運命を手繰り寄せていった。 「叩き潰してあげる……死んじゃえ!」 執拗なる不可視の殺意が『闇』を貫き、不定形の身体がうねうねと大きく動き出す。 だがそれも気糸を使う碧衣によって封じられる。 「さて、と」 確実に『闇』を葬るためのプロセスを、碧衣は誰よりも早く理解していたのだ。 式鬼は懐から符を取り出すと、素早く印を切って『闇』へと放つ。 「式鬼・飛蛍」 符を飲み込ませた所を光球へと変化させたことで、『闇』はその動きを大きく鈍らせる。 後衛から香夏子が前線に加わると、破滅的な黒いオーラを『闇』へと向けた。 フランツィスカは先程自身が色を付けた的――『闇』へと立て続けに光弾を撃ち込んだ。 「滅びて貰うわ……食べ方も好みじゃないし」 クスリとした嘲笑混じりの微笑は、フランツィスカの色白の美しさと相まってより残酷さを際立たせる。 「少し荒療治です」 告げたと同時に放たれたオーラは真っ直ぐに『闇』を直撃し、その不定形の身体を苦悶に捩じらせる。 冴は後衛陣の攻撃で『闇』の動きが鈍くなり、確実に攻撃を命中させる機会を待っていた。 『闇』の内側から城兵が放った十字の光の位置に合わせ、その外側に陣取り全身の闘気を極限まで高めていく。 「チェストォォォォォォ!!」 示現流派特有の気合の声を挙げ、冴は闘気を『鬼丸』へと集約させて一閃した。 内から外から立て続けに直撃を受け続け、『闇』の不定形の身体は大きく引き裂かれていく。 城兵は渾身の力で『闇』にできた裂け目から外へと飛び出し、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えて振り返る。 「貴様を生かしておく訳には、いかぬのでな!」 自分は捕食者。人間を狩って喰らう、連鎖の頂点――だがそれは間違いだった。 彼を狩る者もまた、別に存在していたのだ。 その間違いに気づいた時は、既に取り返しのつかない状態に追い詰められていた。 攻撃しようにも身体が千切れ、敵を貪る事も許されない。 逃げようにも周囲を囲まれ、逃げ場は何処にもなくなっていた。 光が、斬撃が、符術が、カードが、オーラが、立て続けに自分へ襲いかかってくる。 ――『闇に蠢くもの』の意識は、そこで途絶えた。 ●結末 『闇』を消し去った、リベリスタたちは安堵した様子を見せる。 だが体力を使い果たした冴と城兵がその場に座り込み、またシルフィアが重症を負っていて早急に手当てが必要な状態だった。 駆逐できたことで、式鬼がぽつりと訴える。 「……式鬼はまだ十二じゃ。この時間は既に眼が重い……」 少し眠たげな様子で、帰還を促した。 夏海は重症を負った仲間の手当ても考え、アークに一報を入れる。 「後片付けが必要そうだから、やっていくね」 頷いたリベリスタたちは後始末を夏海を託し、重傷者を抱えて速やかにその場を撤退した。 『闇に蠢くもの』が駆逐されたことで、公園にはいつもの静寂が戻っている。 その戦いの痕跡も、既に残ってはいない。 公園にはいつもと変わらぬ朝が来て、また普段通りに人が集い、変わらない光景が続く。 リベリスタたちの存在が決して表舞台に出ることはない。 それでも闇から闇へと渡り歩き、人知れず狩りを続けていくのだ。 『闇の中に蠢くもの』――それはエリューションであり、それはリベリスタなのかもしれない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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