●信念はご尤もである 人間の尊厳を保つのに最も必要なものは何か。おそらく、彼は「食事である」と応えるだろう。 成程、確かにそれは正しい主張である。 また、彼はその言葉を行動で示した。食事に窮す人間の話を聞けば、そこへ赴いて食事を振舞うこともした。言動も一致しているし、行動としてはこれほど立派なものもなかなかないだろう。その点は評価されるべきだ。 ただ、問題なのはその料理の内容であって……なまじ下手などというわけではなく、『それ』を狙って行っているのだからたちが悪い。地に伏す十数人の被害者も、よもやそんな主張込みで料理を振舞われるとは思っていなかっただろう。 「おや、美味しくなかったかい? 何事も腐りかけが美味いとは言うのだけど、間違いだったかな」 残念そうに、男は呟く。誠に残念ながら、振舞われた料理は腐りかけどころか腐りきっている上に微妙に蠢いているようですらある。この上ない残念な状況でありながら、事態は全く笑えないものであったのは、言うまでもない。 ●押し付けは良くない 「何事も、鮮度が大事だよね」 『万華鏡』(カレイド・システム)に繋がれた端末を操作し、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)は相変わらずの表情で、そんなことを言った。 「勿論、情報はその最たる物だね。こうして、事件が起こる前に処理することが出来る」 彼女の言葉はご尤もだが……流れていた映像が、何ともシュールであったためか、リベリスタ達の間に流れる空気は微妙なものだった。何せ、食あたりで倒れる多数の被害者に、腐りかけのよさを説くなど、普通に考えておかしい事この上ない。 「相手は、フェーズ2のノーフェイス。元はまっとうな料理人だったらしいけど、ちょっとしたきっかけで腐りかけの料理を追求した結果、ああなってしまったみたい」 腐りかけの料理を追求するような革命的な事情はさておき、放っておけばそんな被害ですまないことは明白である。外見は普通の男性だったが、フェーズ2なだけあって、相応の力量はあるとみていいだろう。 「主な攻撃手段は3つ。包丁による接近戦と、腐食性の液体による遠距離攻撃、それと、匂い」 「匂い?」 「体臭……ではないけれど、染み付いた匂いを意図的に放出する能力も獲得しているみたい。この匂いで通行人を足止めして、料理を半ば強引に振舞ったみたい」 何ともはた迷惑な能力である。重ねて解決を依頼するイヴを前に、リベリスタ達がめまいを覚えたのは言うまでもない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月27日(水)22:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●どうしてこうなった ここは、一般の目を欺いてしつらえられたリベリスタとエリューションの戦場である。特に戦うに不都合ない広さ、不都合ない天候、気温。これから始まる戦いを予感させるに足る場所である。 だがちょっとまって欲しい。だったらなぜ、エリューションたる藤堂成実に対峙しているリベリスタは三名なのか。なぜ、手に手に持つのは、料理道具だったりするのか。っていうかその間に立つリベリスタの皆さん、なんでそんなに和やかな雰囲気醸し出してんですか。 『医食同源、漢方専門の薬師兼料理評論家の汐崎です……皆さんの料理を審査させて頂きます』 涼しい顔をして、一歩前に出た『水底乃蒼石』汐崎・沙希(BNE001579)は達筆で記された文章を提示した。こころなしか気が逸っているようにも見える。気のせいにしておこう。 「ぐるぐさんも食べるー。審査員係やるー!」 一方、そういう感情を隠しもしないのがこの『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)だ。その輝きに満ちた目からは、緊張がどうとかそういうものは感じられない。あなたは別にそれでいいと思います。 「タダメシー、タダメシー! ついでだからボクも審査するよー!」 と、駆けつけた風を装って現れた『斧槍狂』小崎・岬(BNE002119)とかに至っちゃノリノリどころの話ではない。傍らに立つ『まっちろじか』草臥 木蓮(BNE002229)の目もいい感じに輝いて……なんか視線がチラッチラッとあさっての方向向いてますが気のせいです。 そんな視線は露知らず、その状況を固唾を飲んで見守るのは焦燥院 フツ(BNE001054)の姿。マスクを装備する準備の良さは、幾人かと共通して抜かりはない。……モルぐるみでそのシルエットがファンシーなのも問題ない、はず。 (私は確かお腹を空かせた子を見かけたから追って来た筈だが……?) そんな至極真っ当な疑問を差し挟む余地もなく、藤堂は流されるままに料理対決に巻き込まれたのである。 街灯の上で待機頂いている『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が高所から眺めていた情報を元に――十五分ほど遡ります。 「あぁ……、お腹が空きました……」 何処かうつろな目に抑揚のない声でふらふらとふらつく『ガンランナー』リーゼロット・グランシール(BNE001266)。勿論演技なのだが、気恥ずかしさも手伝ってか、その声は真に迫る物が感じられる。万華鏡の観測と違わぬタイミングで通りがかった藤堂がそれを見逃す筈もない。ああも辛そうなのは宜しく無い、と曳いていた屋台を彼女へ向けて歩き出す。何故かカラーコーンとロープで立ち入り禁止の旨がでかでかと表記されていたり、その手前で近づくのを忌避する感覚を覚えたものの、使命感と天秤にかけて、明らかに使命感が勝った。ロープを切らないように配慮しつつ、ほいほいと付いて行った先は、ありふれた空き地だった。 「お嬢さん、お腹がすいているのなら」 私の料理を……そう言いかけたところで、彼はその場に居る人影に気付く。手に手に調理道具やら弁当箱を持ったメンバーは、一見すれば料理人に見えなくもない。 「お前に、本当の料理を教えてやる、勝負だっ!」 そう堂々とたんかを切ったのは、『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)。中華鍋とかカセットコンロとかマントの下に背負った威容は、本人の意図通り『謎の中華料理人』そのものであった。並び立つ料理人(本職)二人も、やる気満々だ。 「そこまでのやる気があるなら、断るのも失礼だろうね。分かった、請け合おう」 要は自業自得でした。リーゼロットさんマスクの下でマジしたり顔。 ここまでの手順に持っていったフツの強結界と『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)のセッティングも、褒められて然るべき事前準備だと言っていい。 ●勝負です。 「では、僕の料理から試してもらおう」 藤堂の屋台の客席を審査席として転用したそこに並べられたのは、『テクノパティシエ』如月・達哉(BNE001662)による新作料理だった。リベリスタ側からしても驚きがあったらしく、事前に知らされていたと言え、提供された二品の料理を前にて驚きを隠せなかった。 「納豆パスタと納豆コーヒーゼリークレープだ。前者は両親の出身を代表する食材の組み合わせから選んだ。後者はパティシエとしての経験から作らせてもらった」 口元に笑みを浮かべ、自信あり気に促す姿には、相手の土俵にたった負い目は全くない。納豆を使いこなしてみせた、という矜持だけが伺える。その様子を見て、真っ先に手をつけたのは岬だった。どちらかといえば量を重視していた彼女からすれば、今や遅しという感じだったのだろう。 「……美味しいよ?」 「思ったより、糸引いてない……それに、意外と違和感無いね、このクレープの味」 岬のクレープを分けてもらう形で、功刀・六花(BNE001498)も素直な感想を口にした。名前を聞く限りは決して美味とは言えない組み合わせだが、なかなかどうして。 「これは……! 納豆をしっかりかき混ぜたことで粘り気がなくなり、しかしその旨味がより強まって他の食材との調和を深めている! 食材に対する深い愛を感じる……!」 『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545)の言う通りである。解説有難うございます。 補足するのなら、実は納豆は一定量かき混ぜることで食感や風味が増すのだ。そのおかげで、普通に作るより食材との調和が取れた料理となったのだろう。発想の勝利である。 「アイデアの混声合唱やでー!」 ぐるぐなどに至っては手拍子を交えて褒めていたりする。結果としては、各人の評価は上々といったところか。 「じゃあ、次は俺の料理を食べてもらうぜ!」 意気揚々と料理を持ってくるのは、竜一だ。彼は持ってきた料理道具、そして素材を駆使して作ったシンプルな焼き魚だ。ただ、中華鍋を使ったことや、調味料を最小限に抑えたことで、より食材の魅力を引き出していると言えた。 『基本に忠実ながら遊び心も忘れない…これは良い仕事してますよ』 「味付けもシンプルで食べやすいです。とてもいいと思います」 沙希もまた、軽快な筆致で彼の料理を褒め称える。リーゼロットの言葉が語るように、基本に忠実、というのは実に強いということが証明された形なのだろう。 「素材の味を引き立たせるのに、下手な小細工や食材の熟成なんて俺は考えないね! 新鮮な食材を自然な形でだしてこそだろうっ!」 竜一のどや顔極まれり。いや、理にかなった結果出したんで素晴らしいことですけどね。 「じゃあ、私の番だね。予め作ってきたんだ、どうぞ」 続いて、凪沙の弁当箱と、魔法瓶の味噌汁が披露される。玉子焼きは、冷めたことを考慮して甘みは若干強く、塩加減は控え目に調理されたようで、今のタイミングを待っていたように、丁度いい塩梅で仕上がっている。他の料理も、色合いもよく、冷めたことを考慮された出来上がりだった。無論、味噌汁は温かいため、味については語るべくもない。 「温かみのある……素敵な料理だと思います」 「シンプルだけどこれはなかなか美味いぜ!」 シエルの柔らかい笑顔からは偽りなどは一切感じられず、木蓮に至っては弁当の三分の一を平らげる程なのだから、その評価が高いのは言うまでもない、のだろうか。 パチ、パチ、パチ、パチ……と、静かな拍手が響く。藤堂、口元はともかく目が笑っていなかったりもする。 「いいものを見させてもらったよ。新鮮な食材、というのも悪くはないのだろう……だが、それで終わってしまうと私の立場も無いしね。試食、してもらえるんだろう?」 と、目で示されたリーゼロットにしてみれば気が気ではないようなことを言ってのけた。そも、アレは嘘でしたという訳にも行くまい。返答に窮した彼女をよそに、歩み出たのは凪沙と岬の二人。 「同じ料理人として、食べないわけにはいかないね」 「机の中に放置されてた焼きそばパンだって大丈夫っだったんだ、このくらい!」 全く、命知らずのアンチクショウ共である。とはいえ、勝負である以上は誰かの評価が必要なのだろう。出された藤堂の料理が、思いの外E・エレメント然としていない風の料理だったのは、万華鏡に従って動いた末の運命の自浄作用だろうか。 「……う」 だが、臭いは半端ない。口に含んだまま顔を白黒させる岬とは別に、ちょっと辛そうにしながらも二口ほど口にした凪沙は、料理の欠点を挙げ連ねる。素材の鮮度もだが、かなり許しがたかったのだろう。胃袋が無事だったのは、事前準備の賜物か。 「こんなの食べるの、無理に決まってるでしょーがっ!」 六花は伝統のちゃぶ台返し。 「バクテリアさんにとっては絶品料理だと思うのですが、ごめんなさい……私、バクテリアじゃなくて本当にごめんなさい」 シエルは至極大真面目に頭を下げている。ええ、これ彼女なりの真面目なエクストリーム謝罪です。 「……分かったろ? お前は食材とも客とも向き合えなくなっちまったんだ。そんなの料理人じゃねぇよ」 「料理は心だ。相手のことを思って作った様子のない自己満料理に、先はないっ!」 フツ、次いで竜一が相次いで非難の言葉を紡ぐ。当然といえば当然だ。自分の信念にかまけて客の顔を忘れた料理人に、論じる信念などあろうはずもなし。 「ぐ……っ、私にだって信念はある、努力もした! それを理解できないのは」 「……見苦、しい。生産者の、皆さんに土下座すると、いい」 怒りを隠さず包丁を手にとった藤堂の背に突き立つのは、天乃のスローイングダガー。それ以上を語らせまいと、言葉の端に宿る怒りと共に、戦端は切られるのだった。 ● ×調理 ◯処理 「……さて、生ゴミに分別するとしましょうか」 幻想纏いを介し、リーゼロットは戦闘服姿へと姿を変える。行動を阻害しないスマートなフォルムと、その手に握られたショットガン――先端から迸る光は、自己強化を施した証だろう。 「守りは任せな! 初手から全力で行くぜ!」 周囲の戦闘態勢への移行を見守るまでもなく、先手とばかりにフツも守護結界を発動させる。地味ではあれ、手堅き一手だ。 「こ……の、調子に乗るんじゃないッ!」 藤堂の怒りと共に振るわれた左手から、腐食液が放たれる。禍々しい色合いを以て迫るそれを鮮やかにかわし、凪沙は拳にガントレットを構え、彼と対峙する。 「止まっ、て」 スローイングダガーを回収しつつ放たれた天乃の気糸は、見事藤堂を打ち据えることには成功したものの、絡めるには至らない。 「不幸にする技術なんて、僕は許せない」 「悪いけど、倒させてもらうよっ!」 相次いで、達哉と六花の気合いも飛ぶ。達哉が発現したショルダーキーボードは、本人の意思を反映して鋭い音をかき鳴らし、六花の両の手に降りた刃も、打ち合わされて甲高く響く。 「癒しの祈りもて……シェフの最期の晩餐への祈りと致しましょう」 胸元に当てた手とクロスに願いを込め、瞑目したシエルの口から願いが紡がれる。それは確かな形を為して、彼女自身をも強化した。 「食らえ、この一撃!」 竜一の渾身の一撃が、藤堂をよろめかせる。吹き飛ばすには至らなかったものの、十分な威力を以て彼に隙を与えたのは事実。 「痛いか! 痛いだろう! その痛みは、お前を殴る俺の心の痛みでもあるんだっ!」 「熱い拳で――思い出せ!」 堂々たる一喝に言葉を返そうとした藤堂だったが、その言葉を遮るのは、凪沙が放った炎の拳だった。外しこそすれ、その熱気に驚きを感じるのは間違いではない。 続いて繰り出されるのは、岬の異形たるハルバード。腐食料理を口にしたせいか、やや精細に欠ける動きではあるものの、牽制としての役割は高い。次いで放たれる木蓮とぐるぐの援護射撃もまた、的確に命中しつつある。或いは矢、或いは銃弾。動きを鈍らせるにはやや心細いが、着実な成果を上げている。 「調子に――」 だが、そこで足を止めていれば藤堂はフェーズ1程度でしかなったろう。それを乗り越えるほどに、彼は歪んでしまっている。 「乗るなと言っている!」 咆哮と共に、全身から空気すら歪める臭気が放出される。各人、思い思いの方法で臭気を防ぎはしたが、生理的嫌悪は消せはしない。 「んっ……凄い、臭い」 「包丁で切り付け、毒液もかけ、匂いで魅せる……斬新な調理スタイルですね……」 天乃、シエルなどは特にそうだったらしく、表情にも苦悶の色が浮かぶ。斬新であるのは実に否定出来ない。 追撃を放とうとした藤堂の包丁は、しかし六花の打刀と打ち合わされ、激しい剣戟を放つ。割って入るメンバーをも裂くほどに激しいそれは、しかしシエルや沙希、フツの尽力を以てして最小限の被害に抑えられている。 「貴方のもう一つの命、頂きます」 ――そして、この状況ですら撃ちぬく精度を自らに課したのが、リーゼロットだ。彼女の技能によって驚くべき集弾率を備えた散弾は、藤堂の手から包丁を取り落とすことには失敗したものの、包丁そのものの能力を大きく減じるほどに、大きな瑕を刻んでいった。 「残念ながら、そこは僕の領域だ」 リーゼロットの一撃から、六花の連撃に押し切られた藤堂を待ち受けていたのは、幾度か彼を阻み、そしてついに絡めとった達哉による気糸の罠だ。 「ぐっ、こんなもの……!」 「この糸はパスタよりもコシが深く、蜘蛛の糸よりも強靭だ。貴方の包丁では絶対に切れないだろう。自分自身とも言える道具を人を傷つけるために使う限りはな。尤も、その包丁も、もう用を足さないようだが?」 ぐいと腕を引き、その罠を振りほどこうとするが、欠けた包丁や傷ついた身体では、満足な膂力は出せはしない。その上から更に天乃の気糸を絡められれば、尚のこと。 「フツ、君には彼の為に念仏を唱えてもらいたい。……いいか?」 「お安い御用だ。だが、念仏唱えるなら、終わらせねえとな」 達哉の言葉に、フツは不敵な笑顔を向けつつ、鴉を放つ。気糸ごと藤堂を撃ちぬいたそれが燃え落ちる瞬間、解放された彼に迫るのは。 「散れ、涅槃の果てへ」 「初心を、思い出せ!」 達哉のフィンガースナップと共に放たれた圧力と、料理に情熱を傾けた者としての、決意の一撃であった。 ●違えたレシピ シエルやフツが鎮魂の祈りを捧げ、天乃やリーゼロット、残ったメンバーが事態収拾に当たっている間、凪沙は偶然にも、藤堂の屋台に隠されていたレシピを発見する。腐りかけにこだわり過ぎた挙句、道を違えた彼のレシピ。扱い様によっては、もっとよくなるであろうそれを拾い上げると、彼女は決意を新たにした。 ――もっと美味しく、作ってあげよう、と。 本件にあたったメンバーがその恩恵を受けたのは、当然の流れとして付記しておく。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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