●船上の人 遠く鴎が鳴いている。 遠い潮騒が柔らかく耳朶を撫でては過ぎる。 羽が触れるよりも軽く、しかしそれよりもハッキリとした印象を残すのは聴覚だけでは無い。まず視覚、一面には見事な青色が広がっている。海の青さが空を映したものである、何て。まったく冗談としか思えない位の深い青を湛えている。嗅覚。じっとしていても鼻腔の奥まで滑り込んでくるのは胸がすくような潮の香り。 「ああ、海だ。実に海だな」 デッキに上がって白い手すりに手をかけて、子供のような調子で言って目を細めたのはこの大きな客船が今大海原を滑っている理由を作った――時村沙織その人である。 「そら、船は陸を走りはしねぇよ」 一方でそんな沙織に付き合って甲板に出て、ようやく遠慮なく紫煙を燻らせたのは――よれた白衣が何時ものままのもう一人の室長、真白智親である。 此の世ならざる神秘に相対する特務機関アーク。その日々の戦いに報いるべく『福利厚生』と銘打たれた夏のバカンスが計画されたのはかれこれ二ヶ月程は前の話であった。日頃の活動から考えればそれはある意味で場違いなものであったかも知れないが、如何な組織とて人間の作るものならば本質は意外と大差無い。 「感動もんだね。何時来ても。街で溜まった毒とゴミがこそげ落ちる」 「そりゃあよござんした。……客船一隻回すお前のやり方にはある意味呆れるけどな」 「派手でいいじゃん」 「……そうかも、な」 金銭感覚の無さをある意味で開き直っているかのような沙織(おんぞうし)に智親はお愛想程度の相槌を打った。アークの福利厚生が如何なるものであろうとも今更議題にするには遅すぎる。 空には大きな太陽。見下ろしているのは大海原と白い客船だ。 圧倒的な現実の前に野暮を言うのも退屈である。 「確かに生き返る気がするよ。ストレス漬けだもんなぁ」 智親は気分を切り替えるように大きく伸びをした。 何処と無く、流れている空気さえ違うように感じられる。 いや、実際に違うのだろう。日本は時に賞賛を集め、時に失笑に晒される程度には――世界に類を見ず文明社会の縮図を描く忙しない国である。狭い本州のじとじとした夏と太平洋上に浮かぶ島のそれとが最初からイコールされる筈は無いという事か。 「ま、時間は短いようで結構あるさ。 結構あるようで夢幻みたいなもんだから、どっちも油断は出来ないけどね」 「成る程、掴み所が無い訳だ」 楽しい時間は早く過ぎるという。 では、時間がゆっくり流れているようにすら感じられる南国の風情と重なればどうなるか? 冗句めいた沙織の肩を踵を返した智親がポン、と叩いた。 「ま、一時の息抜きを楽しめるといいんじゃねえか。室長さんよ」 智親の言葉は意図的に無責任で、意図的な皮肉が混ざっていた。沙織はそれを見逃さない。遠からぬバカンスに期待を寄せ、楽しむ気一杯の笑みを浮かべて声を上げた。 「お前にだけは言われたくねぇよ。室長さんよ!」 ●参加者向け情報● 書き込む際、『スレッドをチャット的に利用する事』はしても構いません。但し各スレッドの注意に従って下さい。 合計六箇所からなるイベント用特設会場(スレッド)の書き込みによって何かが起きるかも知れません。 何も起きないかも知れません。結果は神のみぞ何とやらですが、参加してみると面白い事があるかも知れません。
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