背筋を正した悠里に戦乙女は満足気に頷いた。
『私は主人より遣わされこの場所へ赴いた』
「主人……ディーテリヒだね?」
『然り。主人の望みはこの槍を貴様等に届ける事だ』
場が一斉にざわめく。ディーテリヒが本物の『ロンギヌスの槍』を有していたというのはアークの共有情報である。そしてその神器中の神器が如何なる威力を秘めているのかも。
「どういう事だ? 何故、ディーテリヒはそれを僕達に――」
「――即座に受け取れ!」
最も重要な聖遺物を前に怪気炎を上げるレオンハルトはさて置いて。
『それが主の望みだからとしか言えぬ。いや、私が敢えて多くを語る必要すら無いだろう――』
白槍を悠里に手渡した戦乙女はすっと目を細め、柔らかな胸元から取り出した虹色の石を空にかざす。周囲の光を飲み込んだ石がオーロラのような輝きを放ち、空のスクリーンに衝撃のシーンを映し出した。
「これは……」
リベリスタの見た映像は満願を成就させたアシュレイと、倒れるディーテリヒであった。
「セシリーとアルベールは……?」
『魔女は戦いに優れぬが、小手先の技術にだけは長けている。貴様等の予想以上の健闘と、主本人の意思が重なれば――邪魔を遅らせる位は容易かったろう』
何よりもディーテリヒ本人が己が騎士の『邪魔』を望んでいなかったならば……
「でも、何故」ともう一度問うた悠里に戦乙女は淡々と答えた。
『主の計画は同時に成ったという事だ。
私が貴様等への遣いとなったのはかの方の望みに他ならぬ。
かの方はおっしゃっていた。『審判は公平に下されなければ意味が無い』と。魔女めに絶望の手段を与えたならば、貴様等には等価たる希望の手段が必要だという事』
常人の判断を遥かに飛び越えたディーテリヒの考えはリベリスタには分からない。だが、永きを生き、一つの目的に邁進した魔術師の行く末を人間的な感覚で測る事は困難なのかも知れなかった。
「……あの穴を何とか出来るのね?」
『それは本来、唯の武器として使うものではない。どの道貴様等には使えぬ。
但し――神秘を殺すという本来の用途であれば、その出力が十全で無かったとしても』
「私達の望みは叶う、のね。成る程、分かり易いわ」
「主の御心に沿わぬ者を全て処理すれば良い。元よりそういう話だ」
彩歌は納得し、レオンハルトは尚更したり顔であった。
魔術師なる深淵は理解し難いがどうでもいい。
拗らせた馬鹿女の思考はなぞるだけ無駄だ。どうでもいい。
重要なのは、アシュレイが曰く絶望に到る最後のパーツを埋めたという事。
重要なのは、アークが曰く希望を拓く手段を得たという部分のみだ。
騒然たる現場に多数のリベリスタ達が集まってくる。
そこには多数の戦いを越えた歴戦の戦士達もあった。
見た顔も、それ以外も。アークのリベリスタ達が――
『次は――敵として相対しよう。楽しいな、戦士達よ』
ヴァルハラの乙女達は主を殺した相手を守護せよという主命にまで背く事は無い。
それは己が死さえ、目的の礎にした主を今も加護しているからなのだろう。
空へ飛び立った戦乙女は満足気に混乱の三高平市を後にする。
決戦の足音は、既にその気配を隠そうともしていなかった。
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