そこに、ある種の「はじまり」として、『漣の指輪』が関わってきます。
前述の彼の生きがいに関するバランスを、指輪がどう崩したのか。
自身を取り巻くすべてのものを排除して己の研究の為に生きる。
そう決めたのはいつだっただろうか。
(『<三ツ池公園大迎撃>青の波間』より)
研究に没頭するあまり家族を全てを失った男。
アーティファクトを手に入れた時から全てが狂いだした。
(『<三ツ池公園大迎撃>青の波間』より)
この情報からわかる通り、指輪は「生物研究の追求」だけを
究極目標として存分に追求できるように、
「家族の幸せの実現」部分を削った、あるいは歪めたのだと考えられます。
探求の業だけを満たせるように、「家族」に関する情や記憶を捻じ曲げ、
彼がわき目もふらず走れる環境を整えた。
それが、人生の目標に関してきわめてシンプルな取捨選択を可能にする
『シングルライフ』の効果だったのでしょう。
その結果、彼は自分の妻を『ケープ』なるキマイラに作り変え、
生物兵器の探求だけに邁進する道を進み始めます。
指輪に家族の記憶を消され、改竄され、狂気のレールを先へ先へと敷かれながら。
くり返しになりますが、彼が指輪なしでも、いずれこの行動に出たかどうか、
その可能性の話はさして重要ではないのだとボクは思います。
大事なのは、事実として、
指輪の悪質でありながらこれ以上なく充実したサポートによって、
彼が「家族」などの他のすべてのファクターを捨て置き、
引き返せない求道の道をいく逸脱者と化したことなのではないでしょうか。
◆疑似家族創造についての考察◆
そのタチの悪さはともかく、ここまでを見るなら話はシンプルです。
1人のフィクサードが、アーティファクトの力で思考と選択を先鋭化させ、
狂いながらも、究極の生物兵器研究の道を歩き出した。
親衛隊事件の1つ、『<亡霊の哭く夜に>鉄紺色の喧囂』で、
オルドヌング家の長男を、ひそかに生物兵器に改造してみせたときも。
あるいは『<Reconquista>謂わぬ色の祟り』で、テレジア・アーデラインを
実験材料として思うままに利用したときも。その志向は明確でした。
ところが、その後から少し、彼の探求に別の方向性が垣間見えはじめます。
端的にいえば、生物兵器に疑似家族的な特徴を植え付けていくようになるのです。
たとえば、倫敦事変の1つで、彼は
頭のない少年型のキマイラ『デュラハーン』をつくり出し、
そのキマイラに黒髪の少年の頭部を探させました。その際出てきた情報がこれです。
男の思考が研ぎ澄まされていく。探求者であり技術者であり研究者である男の願望。
「あの子の髪はもっと濃い黒だ(後略)」
(『<霧都の蜘蛛>Grayish tone Navy』より)
これは生物兵器に、息子のまさやさんの代替物としての
意味を付与しようとした行為に他なりません。
なにせ、このキマイラのタグは『2013UkLo.mask-0091M』。
「2013年イギリスロンドンで、海音寺政人が作成した91番目の生物兵器」
ということでしょうが、最後の「M」はおそらく素体のイニシャルであるよりは、
まさやさんにしたいという願望を込めた「M」でしょう。
(実際、これを逆手にとった結果、ボクは首をかききられかけたわけですが……)
そして、同じく倫敦事変。
彼自身がごく久しぶりに姿を現した 『<倫敦事変>Arcadia blue』。
そこでは、日系人に見える「ベージュのコートとケープを羽織った女性型」
のキマイラ『シオド・ブラッド』が投入されます。
これは明らかに、妻のみさきさんを模したものです。
さらに直近の事件を見ると、この技術を突き詰めていった結果として、
『<アーク傭兵隊>青の連鎖』では『海音寺政人の同位体』が、
『<聖杯の男>Filth Fluorite』では『海音寺なぎさの模倣体』が、
今回の『<太陽を墜とす者達>青の漣』では『海音寺みさきの模倣体』までもが
生み出されていくことになります。
傍から見れば、彼がやっていることは、技術的には高度ながらも単純明快。
つまり、自身の生物兵器の完成度を高めるとともに、
そこに家族の特性を持たせる実験をくり返してきたといえるのです。
さて、それではこの「家族を取り戻す」という歪な欲求は、
彼が指輪を手にし、探求の道を邁進し始めた当初から、
確たる目標の1つとして存在していたのでしょうか?
おそらく答えは「否」なのではないかと、ボクは考えます。
指輪の助けを借りた当初、「家族」の要素は一度解体され、
あるいは嘘の記憶で都合よく後景に追いやられ、
「目標それそのもの」は「生物研究の追求」だけに絞り込まれていたはずです。
シンプルな選択。シングルライフ。余分を排した探求の道と到達への意志。
最初の戦場に、みさきさんを作り替えた『ケープ』がいたのは確かですが、
それは別に彼が意図的に家族に似せて作ったキマイラではなく、
単に彼女を素体としたキマイラとして、そこに存在していました。
彼自身が、でき損ないの『ケープ』を連れてきたうえに
庇うという自分の心の「残滓」に戸惑っていたくらいですから……
そこに「妻らしきものを作り直そう」という意識はなかったと考えるのが妥当です。
そう、少なくとも最初の段階では、無意識下ではともかく意識下においては、
「家族を取り戻す」という志向は見当たらなかった。
(手記の―3―へ続く)
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