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<三高平防衛線>
戦争というものが突然に、然したる憎悪も無く起き得る事は歴史が幾度となく証明している。
互いに譲れない一線があるならば、如何ともし難い事実はあるものだ。
時に友愛は無力で、拳が雄弁に語る機会は少なくない。ましてや、それが強き者同士ならば。
「良かろう。『我らの友』占星団は、アーク本部への攻撃を開始するのじゃ。木偶どもも市街地に解き放つがええ。目晦ましにはなるじゃろう」
「目晦ましというよりは嫌がらせですがね。……ああ、別に批判しているわけではないのです。私どもも、適度に騒々しい方が動きやすい」
市街地を見下ろす丘の上。傍に控えた伝者へと命を下し、上機嫌に愛剣の切っ先をアーク本部の方向へと向けたエイミル・マクレガー。そんな彼女に冷や水を浴びせかけたスーツ姿の白人男性は、彼女の剣が自分に向けられるや否や、降参とでも言わんばかりに両手を上げてみせた。
「ふん。KGBは通信網の撹乱にでも努めるがよいのじゃ。アークの連中とぶつかるには、荷が重かろう」
「お気遣いはありがたく存じます。ですが、私どももそれなりには場数を踏んでおりまして」
セルゲイ・グレチャニノフ、『最後のKGB長官代行』。ラスプーチン配下の一派、旧KGBのフィクサードを束ねる細身の男は、エイミルが放つ殺気じみたプレッシャーにも動じず、にこりと微笑んでみせた。
「それに、せっかく『万華鏡』を騙して手に入れた時間です。戦力を出し渋って無駄にすることはありますまい」
前回の襲撃で、ぎりぎりまで『万華鏡』からエイミル・ソウシ両部隊を隠したのは、ラスプーチンの隠蔽魔術に加え、この男が暗躍していたからである。如何なフォーチュナでも、最後に情報を分析するのは人間。ならば、フォーチュナが誤認するレベルにまで偽装を加えてやればよい。
例えば七派に身をやつさせ、例えば無関係な一般市民に紛れ。普段ならば通用するかは怪しいが、ラスプーチンの魔術が彼らの上に霞をかけている。そうなれば、偽装活動においてKGBの上に立つ組織などありはしない。
この奇襲めいた状況を迅速に、即座に、完璧に見事しつらえたのは、彼等のまさに尽力である。
「せっかく猊下の加護なのです。時は金なり、というのは、世界中にある諺ですので」
「……好きにするがええ」
要は、主君と自分達が稼いだ時間を無駄にするな、と言っているのだ。KGBはともかく主君を出されればエイミルは弱い。吐き捨てて、ぷいと押し黙る。
「さ、そろそろ楽しいおしゃべりは終わったかね? 俺らも準備は出来てるぜ」
代わりに横から口を出したのは、全身を黒衣に包んだ丸サングラスの男、土御門・ソウシ。ラスプーチン配下ではエイミルの『我らの友』占星団員、セルゲイのKGBフィクサードに並ぶ勢力を誇る、『黒衣衆』を束ねるこの男は、二人からの刺すような視線を柳に風と受け流す。
「土御門の坊主。判っておるな? 儂らの目的は真白 智親を討ち、『夢見る紅涙』を我が君の元に持ち帰ること」
「へいへい、そんなおっそろしい気配ぷんぷんさせなくても判ってるって。それ以外に、なんであんな面倒くさい所を攻める理由があるんだよ」
セルゲイは何も言わなかったが、およそ軽口に乗ってくるような雰囲気でもない。やれやれ、と肩をすくめると、ソウシはコートを翻し、市街地の方角へと歩き出した。
「そんじゃ、俺達も始めるぜ。あんたらもよろしく頼むわ」
ひらり、と手を上げれば、背後で二つの足音が別々の方角に歩き出すのが聞こえた。
(――おお、怖い怖い)
信用されているとは思っちゃいないが、意外に鋭いな、とは心の中で。『午前二時の黒兎』は、これから始まるであろう戦い、その中で『果たすべき役割』について思考を巡らせる。
(さあ、どうするよ、アーク?)
時刻は夕方。夕陽がサングラスを照らし、その瞳を外界と隔てていた。
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