「『神の目』の使徒は、流石の魔女にとっても大いなる警戒対象と見える――」
言いたいだけを言いっ放し、アシュレイが通話を一方的に遮断してしばらく。
「――なるほど。またも一杯食わされたというところですか」
天井を睨めつけていたラスプーチンは、苦い色を滲ませて呟いた。此度の魔女の動きは、ラスプーチンの動きを逆手に取った意趣返しに相違あるまい。とすれば、アークとの交渉を纏めることができなかったのは痛手だったと言えよう。魔女を狩り出すことが出来ればそれでよし、とした自らの不明を恥じるより他にない。
言い訳をするならば、これまで友人付き合いをしていた連中に『そこまで』するかとも言えるが……彼の場合、心底からアシュレイはそういう女だと確信していたのだから、やはり何を述べる余地も無いか。
「セルゲイでは肩書きが余計な警戒を招きすぎる。ソウシという劇薬を投入すべきシーンでもない。少々無骨に過ぎるとはいえ、エイミルが妥当なところだと思ったのですがね」
アークとの先の交渉について決裂の要因を探るならば、塔の魔女アシュレイへの評価に隔たりがありすぎたということだろう。
魔女は必ず、明日にでも裏切ると確信し、そうなれば穴の制御方法の安全性などと悠長に言っている場合ではないと考えていた彼やエイミルと、アシュレイの裏切りにはまだ期日的余裕があるという暗黙の前提の上で、より安全な方法の保証を欲したアーク。無論、組織的な性格が理由になった面もあるだろう。
結果として、キース・ソロモンというジョーカーを引き当てたアークは当面即座の破滅だけは回避した様子だが――このイレギュラーが生じ得なかった場合、アークにとっても非常に危険なものだった筈だ。ラスプーチンにしてみれば、なぜあの魔女をあてにできたのか、という惑いの方が強い。
……尤も、ラスプーチンが誠実極まる交渉者かと言えばそういう事は無いのだが。自身をしてキース・ソロモンより幾分か熱心に対応すれば、彼と同じかもう少しマシな手当ては出来ただろうとは思うが、逆説的にキース・ソロモンが解けなかったパズルならば、自分が対応しても即座にクリア出来ない難題になるのは間違いないからだ。
「彼らとは、遣り合うつもりはなかったのですが……」
魔女の言を信じるならば、もはやアークとの和平の道は残されてはいない。彼女の仕掛けた封印はあまりにも悪辣で、双方ともに譲ることができる要素が今度こそ皆無なのだ。強いて言うならば『自然に解けるのを待つ』、或いは『アークと共に手を取ってアシュレイを撃滅せしめる』……それ位しか方法が無いが、徒に時間を浪費しかねない判断は、もはや彼には難しい。せめて何十年か前ならば、アシュレイの口車を断固として拒否する暇もあっただろうが……情報がフェイクという可能性もあるが……いや、そんなすぐ判る嘘をわざわざ伝えに来る意味も無いだろう。
彼女は周到だ。自分とのコンタクトにリスクがあった以上、恐らく仕掛け自体は本当のものだ。
「……遠からず、この精神も擦り切れて闇に消えましょう。その前に紅涙を取り戻すには、致し方ないのでしょうね」
嘆息。
彼の前で実に多くの革醒者は『死んで』いった。肉体の破滅ならぬ精神の破滅は永遠に健常なる肉体だけを用意した所で人間に限界を作っているのだ。身近な証左が――現実を教えている。あの女(アシュレイ)は何歳だ。そして、彼女はまともか。否、相当の昔に情を交わした時にさえ、彼女は閨で呟いた。「時間が無い」と。
個人差こそあるだろうが、ラスプーチンは己の事を理解している。兎にも角にも猶予はそう長くはない筈だ。
不快。
腹の底を煮え滾らせるような不快感に彼はギリ、と奥歯を噛んだ。
だが、彼とて名の知れたフィクサード。戦いが避けられないとなれば、後は勝つための手を尽くすだけである。たとえそれが、魔女の掌の上で踊るに過ぎないとしても。
ああ。
いつかと同じ。いつもと同じ。裏切りの魔女は、世界全てに牙を剥く。
――封印解除の方法は、かの『万華鏡』の開発者、真白智親様がお亡くなりになることです!
条件不問。わあ! とってもかんたんですね☆
※『閉じない穴』(キース遅延状態)の影響で崩界度が1上昇しました!
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