<××という名の罪業、そして呪い>
神奈川県横浜市、三ツ池公園――今や極東における神秘のパワーバランスの中核、中心地をなしていると言っても過言ではないその場所は、平時以上の緊迫感に包まれていた。
この場所を実質的に支配、監視するアークが『今夜』の為に組織した戦力は彼等の持ち得る最高峰。本部に対しての最低限の備えと、それぞれの任務に赴く主力リベリスタを除いた主要戦力の過半をこの一時の為に注いでいる。
「……で、こりゃ一体どういう騒ぎなんだ?」
神秘の洞としての三ツ池公園の中心地――『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアによって開かれた『閉じない穴』の前に立っているのは、金髪の貴公子である。言わずと知れたその男の名はキース・ソロモン。『魔神王』の名を世界に轟かせる彼は他ならぬバロックナイツが一員である。
「テメェ等が協力しろっつーから来てやったのによ。随分な歓迎で、『ソノ気』になるじゃねーか」
頭を無造作に掻くキースに通信機に映る沙織が苦笑した。
『間違ってもその気になってくれるなよ。ここに居る連中はお前の腕前を見に来たんだから』
沙織の言葉は無論方便である。キース・ソロモンなる魔術師の秘奥を覗きたいと思う人間は確かに多いだろうが、戦力が集められたのは興味本位ではない。キースがアークの予期せぬ『何か』をしない保証は無く、そのリスクが消し去れない以上は対応戦力を集中させるのは必須であるからだ。元より日本の、世界の命運を左右しかねない『穴』に有力なフィクサードを招き入れざるを得ないという状況自体が極めて強いイレギュラーを孕んでいるのは言うまでも無い。
「……そっか」
『は?』
「そうか、そうか。よし、そういう事ならヤル気になって来たぜ!」
『……あ、ああ。そうしてくれ。是非』
沙織は予想外に自分の言葉を真に受けたらしいキースにやや面食らった反応を返した。
盟約を事実上破棄する形で三高平市から逃亡したアシュレイが『閉じない穴』の制御を放棄した以上、そのリスクは飛躍的に高まったと言える。非常に不安定な情勢の中、『九月十日』を経て再びアークと会敵したキースにリベリスタが協力を依頼したのは――リベリスタ達による意見討論の結果、アークがそのアイデアを受け入れるに到ったのは、ある意味で彼が『そういう人物』だからとも言える。
裏表無く単純明快。善人ではないが悪人とも呼べない。
希代の大魔術師の一人にして、脳筋(シンプル・イズ・ベスト)。
そして彼は何より――ある意味においては魅力的な人物であった。当事者として敵対していたリベリスタの多くをして、悪感情を抱いていないフィクサードというのは何とも稀有であると言わざるを得まい。
アークのオーダーは『閉じない穴』の制御。そしてそれが可能ならば、その技術の供与。条件を提示しようとするアークに対してキースが出した要求は「来年の九月十日までにもっともっと強くなれ。それからあとで死ぬ程飯を食わせろ」……正真正銘の貴族の要求するエンゲル係数は大変な事になりそうだが、それは時村の問題だ。
閑話休題。
前置きはさて置いて、ともあれアークはキースの存在に状況への活路を見出した。
原理主義的な『ヴァチカン』辺りならば卒倒しかねない選択だが、清濁併せ飲むのがアークの強味である。
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