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<エインズワースの次男坊>
未曾有の大混乱に満ちた市街に幾多の運命が交錯する。
この世界を侵食せんとする『赤』と瞬く運命の『青』。憤怒の熱情を前にした強い意志の迸りは辛うじて破滅を水際に押し止めていたが、刻一刻と変わる状況は決して予断を許していない。
(……成る程、やはりきりがないという訳ですか)
乱れた呼吸を整えながらラルフ・ウォルター・エインズワースは、迫り来る新たな敵を睥睨した。
消耗を抑えながら戦うという彼のプランは結果的に正解だった。
ミラーミス出現を機に生じた異変は加速度的にその範囲を増しつつある。その震源が何処にあるのかは――彼としては同じ結論を有した二人を知る由も無いのだが――クェーサー夫妻ならずとも分かる所であった。
ごああああああああああああああ――!
元は人間。しかして、今は人間ともそれ以外とも呼称し難い。全身を赤く染め、異常に発達した筋肉を膨張させた『赤の子』の豪腕を、目を閉じたラルフは軽く回避した。
「さて、如何しますか……」
妻手製のスコーンに合わせるアフタヌーンティーの銘柄を思案するような気楽さで優雅に彼は呟いた。
ほぼ同時に態勢を乱した敵の後背を奪った彼はその首筋に鋭い致死の一撃を加えている。
獣の持つ特有の鋭さと、聡明な人間の知性を併せ持つ彼は――英国の名門・エインズワース家の次男坊だ。その暢気な性格からリベリスタとしては『昼行灯』とも呼ばれる彼だが、果たして実像はそうとも限らないものである。
「……いえ、如何するも何もありませんね。梅子と桃子をWifeに任せた以上は……」
真夏の太陽はギラギラと破滅の時間を照らしている。
じっとしていても汗ばむ陽気にラルフは長い舌を口から出した。
この国は自分の故郷ではない。だが、この場所は愛する人の、愛する娘達の――居場所であった。
ラルフにとっては、守らなければならない場所だ。あの監獄のようなエインズワースでの暮らしに、一筋の光をくれた――奔放なミューズ(さくらこ)を彼は心から愛している。
(そう言えば、彼女は怒っていましたね)
「君は来てはいけない」と固く禁じれば――勃発したのは初めての夫婦喧嘩だった。
それなりに長い夫婦生活の中で、初めてラルフが押し切った『命令』は、それだけの意味を持っている。
顔を真っ赤にして、怒るだけ怒り。最後には従った桜子の顔を思い出せば……
「……………やれやれ、背負うのは嫌いだったのですが」
……ラルフは言葉とは裏腹に全身に力が満ちていくのを自覚した。
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