「――何故、逆凪は動こうとしない?」
黒覇は幾度目か知れない溜息を吐き出した。直情径行たる百虎は日頃は丸め込み易い相手だ。しかし、今日はどうあっても『言わせたい』らしい。
「ナイトメア・ダウンは――リベリスタだけのものではないだろう。
この国に生き、この国で過ごした――誰にとっても、望んだものでは無かった筈だ。
確かに、忌々しいリベリスタが壊滅した事は我々のビジネスにとっては素晴らしいニュースだった。あの事件がその後の躍進に繋がらなかったとは言わない。だがね――」
『合理主義者の黒覇は、そんな彼とは思えないように歯切れの悪い調子で呟いた』。
「あの事件は損害の方が大きかった。
……静岡県に、我が社の社員が居なかったとでも思うのか。支社が無かったか、取引先が、友人が、多くの愛すべき部下が、その親類縁者が――居なかったと思うかね?
あの街が壊滅した時、お前は快哉を上げたか? 私が上げたと思うか。
そんなものはあの狂人――黄泉ヶ辻京介位のものだろう。
あんな事件、必ずしも起きる必要は無かったのだよ。私が日本人である以上は――」
フィクサードは所詮人間でしかない。
悪であろうとも、多少の例外を除けば――情も、生活も、社会との関わりもある。
「それに、どちらにしても私は天下を取れる人間だ」と付け足した、「被害の問題だ」と嘯く彼の本音は知れなかったが。少なくとも命を賭してまで止めなかった事と、望んでいたかどうかは大いに別問題である。
百虎はそれ以上は追求せずに「そうだよな」と呵呵大笑した。
過去の黄昏を止めに赴くまでの義理は無い。
だが、箱舟が運命の荒波に立ち向かわんとするならば――
「好きにさせておけばいいのだ、あんな連中。
私としては手を下すまでもない。『R-typeで減ってくれる事が合理的』だと思うがね!」
――黒覇は、何とも不機嫌にむくれた顔を見せて吐き捨てた。
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