小麦粉か何か。
ふと思い立ち帰宅する娘を迎えに出てみました。
学校へと通学路を歩いていると、如何にもLOで凌辱されそうな赤いランドセルが群れて1人を囲んでいました。
特に思うこともなく、すれ違いざまに群れの一匹の手首をつかんでひねり倒しました。
「うちの娘と遊んでくれてありがとうございます。」
囲まれていたのはうちのサンダーでした。
脛を蹴られランドセルを叩かれ死ね死ねと罵倒を浴びせられておりました。
わたしもちょうどこの子らと同じぐらいの年のころには同じことをされておりました。
今やどうどうと力づくで制圧できるようになったのですから、当然心おきなく復讐致します。
彼女らがわたしを苛めていた当人かどうかはどうでもいい。「いじめっ子」「ヤンキー」というカテゴリに復讐できればわたしはそれでいいのです。
「なんだよばばあ」
「邪魔すんな」
などと実にこうチンピラなワードを吐いてわたしの繊細な心を掻き毟りやがるので、良心の呵責なくほほをつねくりました。
「うちの娘と遊んでくれてありがとうございます。」
謝礼は言葉ではなく態度。気持ちがある限り言葉は重ね続けるのが真摯な態度と言うものです。
女の子たちは退散していきました。
サンダーは居づらそうな、申し訳なさそうな顔をしています。
「わたしはああいうノリの子供が嫌いなだけだ。
お前を守りたいとかそんなことでは全然ない。」
サンダーのおどおどした態度は変わりません。
失敗したかな、と思いわたしは言葉を重ねます。
「あいつらはきっと、お前にどれだけ酷いことをしたかを反省なんてしないよ。
あいつらは悪いことをしたとすら思っていない。
お前が誠心誠意心を尽くして正当性を主張したところで、『虫けらのくせに生意気だ』としか思わない。」
「差別はよくないことだ。苛めは悪いことだ。
でもね。罪悪感がなきゃ、悪いとかよくないとか、あんまり意味がないんだよ。
あいつらにとってお前は目の前に居るだけで不快で、だから叩いて殺してもいいゴキブリと同じなんだ。」
サンダーは顔を伏せています。
肩をゆすって泣いているようでした。
余りに辛気臭かったのでわたしは彼女をボディスラムの要領で持ちあげて帰りました。
そして、頭の中で明日からの引っ越しのプランを考えていました。
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