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<金色の獣>
キース・ソロモンは飢えていた。
「ああ――」
全くもってどうしようもない程に飢餓していた。
丁度、子供が遠足を目前に控える夜のようにざわめいていた。
愛しい恋人を今まさに抱きしめようとする男のように昂ぶっていた。
「――ああ。待ちくたびれた」
独白めいた一言は誰に聞かせるものでもなく。
しかし、同時に数万の聴衆に伝えるものであるかのように良く通る。
――――!
姿見えない聴衆はこの世界には有り得ざる魔性達。
招かれざる客は『主』たる美青年の僅かな苛立ちと、多大な期待と、これより始まる彼による彼の為の『劇場』を品定めしているかのようだった。
「結局、勝ちやがったしよ。『あんな化け物に』」
この上なく『他人の事を言えない男』は何処まで本気か愉快そうな笑みを見せている。一方でそんなキースにしか聞こえない女の『声』は箱舟の健闘に驚きを見せていた。
「ああ。だから言っただろ、『見込み』があるって」
キースの手にした『ゲーティア』が薄い輝きを帯びている。少年の声は「だからおいらは言ったのさ」と少し自慢気に告げ、厳しい男の声は「何れにせよ皆死ねばいい」とにべもない。
「さぁて――」
正直を言えばキースは約束までの僅かな時間さえ惜しみ、極上のステーキに今すぐにでも喰らいついてやりたい程の心持ちであったが、『貴族』たる彼は溢れんばかりの野獣の気配を帯びていながらも本質的にはそういう無作法を好まなかった。
約束の日は間近に迫っている。
あと少し。
あと少し……!
その我慢は魔人の全精力を傾けねば達成出来ない難事である。全身に力を漲らせ、いよいよ危険な気配を研ぎ澄ますキースの頭に尊大なる王の少しからかったような声が響き渡る。
――成る程、キース。余は卿のそんな所は嫌いでは無いぞ?
「――はは、『王様』に褒められた。ま、どうでもいいけど、よ?」
『時』までは今暫し。されど、最早――今暫し。
「喰いてぇ」
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