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<死中に活を得る>
「……度し難いな、時村の御曹司」
受話器の向こうで静かに言った男の言葉を戦略司令室の主は肩を竦めて受け止めた。国内フィクサード主流七派の筆頭格・逆凪黒覇と彼が『八柱目』と称した神秘界隈の新興勢力アークのトップ・時村沙織。言わずもがなの敵同士である二人が直接会話するシーンは特別な状況であるを言わざるを得ないだろう。
「何を狙っている? 時村沙織」
そして、恐山のエージェント・千堂遼一の仲介で繋がった『ホットライン』は黒覇をしてそう言わせるだけの意味を持っていたという事である。
「単純な計算だ。お前なら理解出来ると思うがね、逆凪黒覇」
軽く答えた沙織が先に告げた衝撃の事実とは――
「――アークが『魔神王』に宣戦布告を受けた事を教える事がかね?」
――アークがこれまで緘口令を敷いて保持していた『重大な秘密』の暴露であった。
「敵である私に随分と思い切ったものだ。私が如何に『バランス』を重視しているとは言え……それを聞いて千載一遇のチャンスを見逃すと思ったか?」
「いいや。お前は超がつく程の合理主義者と聞いている。まだしも共存の働きかけをしてきた『親衛隊』とアークじゃ本質的には前者につくだろうってのは承知の事実さ。俺がお前に『それ』を言ったのは別の思惑があるからだ」
お互いに『似ても焼いても食えない』タイプ同士の競演である。「ふむ?」と興味深そうな反応を返した黒覇に沙織は続ける。
「問題は、俺達に宣戦布告してきたのが『魔神王』だって事実の方だ」
「……発言の意味を理解しかねるが。彼はバロックナイツなのだろう?」
「勿論。だが、その口振りじゃお前はキースを聞き及んではいないだろうな。
いいか。俺達がどんな風に『本来意味の無い宣戦布告を受けたと思う?』」
破天荒な気分屋であるキースの行動指針は合理主義者である黒覇の理解の外である。沙織が三高平を一人で訪れて言いたい事を言って帰っていった彼の行動を説明すれば苦笑した黒覇は言葉も無い。
「読めてきただろ?」
「……少なくとも御曹司が何を言いたいかは想像が可能ではある」
「つまり、そういう事。もし、今回の戦いでアークが倒れたらば、力を持て余した『魔神王』をお前達が相手にしなければならない可能性が極めて高くなるという事だ。バロックナイツの席次は五位。これまでで最高の順位を持つアイツをアークならぬお前達が、だ」
沙織の発言は厳密にはブラフを交えている。キース本人と示し合わせがある訳でも合意がある訳でも無い。されど、超合理主義者である黒覇は自分のものさしで測り難い『馬鹿』を嫌うのは間違いなかった。沈思黙考する彼に沙織は更に畳み掛けた。
「どの道、キース・ソロモンに宣戦布告を受けた俺達は、ヤツに構わざるを得ない。お前達に訪れる『アーク壊滅の大チャンス』は『親衛隊』の勝ち負けに関わらず継続するって訳だ。
これはお前達の『損』になるかね?」
「機会を改めろと?」
「何ならリヒャルトでもクリスティナでも通してキース・ソロモンの情報を集積してみればいい。俺の言っている事がどれだけ現実的危機か分かるぜ。そしてもう一つ言うなら、だ」
沙織は言葉を切って勿体をつけてから続けた。
「『損しない』だけで不満足なら『得』もつけてやる。
逆凪カンパニーの傘下企業が新エネルギー開発事業を進めている――例の話があったな? 時村がそれに出資してやる」
「――――」
アークの状況は確かに八方塞がりだ。死中に活を得るにはリスクの塊に飛び込む事さえ止むを得まい。されど、自身の予想以上に切り込んできた沙織に黒覇が珍しい反応を見せた。
「本気か? 時村沙織」
「お前達に求めるのは『他人の喧嘩に手を出すな』までだ。
知っての通り俺達が勝てる保証もねぇよ。
お前の望む共倒れの可能性も十分だ。そして、キース。俺の提案だ。
どうする? どっちの方がお前の会社は利益を上げる?」
冷房の効いた室内で沙織の首筋を汗が伝った。
大胆な発言も乾坤一擲の博打でしかない。
返答を待つ沙織にやがて黒覇は――
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