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<ナチス・レポート>
「つまり、連中は常に効率を欲しているという事だ」
ブリーフィング・ルームで貴樹、沙織を前にした深春・クェーサーは現況を纏めたレポートを片手に深い溜息を吐き出した。
「それは同時に今回の敵に『甘い期待』が難しい事も意味している。
下手人――今回の敵は時代の遺物、謂わば『亡霊』だ。
鉄十字猟犬とも呼ばれる奴等――『親衛隊』は欧州でも指折りの武装組織として名高いフィクサード結社だ。元・武装親衛隊少佐リヒャルトがWW2当時に敗走したナチス信奉者達を取り纏めて組織した戦闘集団。奴と同じ元・武装親衛隊の面々も居れば、陸軍や空軍を経た連中も居る。『親衛隊』の名はだから仇名のようなものだが。アレ等がどんな人間かは余り語る意味は無いだろうな」
深春の言葉に報告を受ける沙織は苦笑を浮かべた。
この程、全国規模で生じた『危険な事件』は看過出来ない状況を示していた。日本中の神秘事件を未然に防ぎ、被害を軽減する為のアークの活動は実に多岐に渡る。所謂『エース部隊』が直接事に当たるのはその一部であり、戦闘力に優れぬまでもリベリスタ活動に従事するメンバーは多い。任務に赴いた彼等を『カウンター』するように現れた『親衛隊』は既に少なくない被害と痛撃をアークに与えている。
「被害はどうなっている?」
「『相当数』だ。元から実力差がある上に任務中を狙われちゃ分が悪い。万華鏡による『カウンターのカウンター』で対抗出来る戦力を此方も差し向けてるけどな。『親衛隊』の攻撃基準が弱い方の隙を突くゲリラ戦、じゃ中々しんどいぜ」
貴樹の言葉に応えた沙織はもう一言を付け足した。
「最悪なのは――どうも『親衛隊』が七派とつるんでやがる事だ。
諜報部の報告、戦略司令室の分析共に同じ結論。『親衛隊』と七派は一定の合意を結んでるのは間違いない。ケイオス戦で痛んだ七派は矢面に立つ事を嫌っちゃいるが――後ろで支援してるのは間違いないぜ」
これまでのバロックナイツは最強最悪の戦力を誇りながらも『極東の空白地帯』を侮り続けた経緯があった。故にアークはその間隙を突き、その傲慢を破壊するに到ったのである。されど、『親衛隊』はジャックやケイオスとは一線を画し、国内の主流フィクサード達と一定の合意を果たしているらしかった。『敵を選ぶ』という状況に余念が無かったのである。
「連中の『的確過ぎる襲撃』は七派の情報支援によるものだろうな。
連中は万華鏡程じゃなくてもフォーチュナ能力をも有している。『親衛隊』を番犬に使ってアークの力を削ぎ落とす心算だろう。確かにこれは連中にとっては全く痛まず効率がいい」
深春の言葉に沙織は頷いた。
『親衛隊』は専らミッションに赴く『弱い』リベリスタを狙い撃ちにしている。しかし彼等を安全圏にしまいこむのも難しい。エースのみでは全ての仕事には事足りず、彼等の力なくてこの国の治安を維持するのは困難だからだ。『親衛隊』の襲撃に対抗するべく、本部の待機戦力がこの救援に借り出されているが、被害を完全に食い止めるのは極めて困難である。混沌組曲の三高平決戦でも戦局に少なからぬ影響を与えたアークの組織力を削り落とされる事は避けねばなるまい。
「頭を使う敵は厄介だな」
貴樹の口元に浮かんだ何とも言えぬ表情は強い疲労を含んでいた。
『親衛隊』と主流七派が結託しているのは確かに問題だ。しかし、本件において彼が懸念する最大の材料は又別に存在していたからだ。
「『親衛隊』をバックアップしているのは七派だけではないのだろう?」
「ああ。大田重工及び系列企業のトップ。日本のドンの一人だな。
大田剛伝。ナチとどう関わっているのか、狙いまではまだ掴めていないが――神秘界隈に進出しようって腹心算か。『親父と同じように』」
皮肉を交えて頷いた沙織に嘆息した貴樹は呟いた。
「昔から厄介な男だったぞ。甘言も実弾(カネ)も通用しない。
……こんな時間をおいて、再びやり合う事になるとは思わなかったが」
現役時代はクリーンな政治家として鳴らした貴樹が口にした『フレーズの問題』はさて置いて。『大時戦争』の呼び名で時勢を賑わせた二人は議員時代からのライバルなのだ。
アークの驚異的なまでの行動力は時村財閥に支えられている部分もある。そんな時村に対抗するだけの資本と援護が『親衛隊』にある以上――彼等の現況は万全であろう。
「ともあれ、まずは『親衛隊』の戦力と出方を伺う必要がある。
連中は此方の戦力と動き方をリサーチ済みだが、こちらは違う。
反撃の機会は、遠からず探さねばならないが――」
欧州を知る深春にも、まだ『親衛隊』の全貌は読めていない。
この局面をまずは乗り切る事が重要だった。鬼が出るのか蛇が出るのか――三度目の嵐が何を望むのかを、まだ誰も知らないのだから。
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